ソードアート・オンライン《三人の勇者》   作:ホイコーロー

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14話《そして彼は》

 現状は、最悪と言ってよかった。

 後もう一押しのボス攻略。総指揮であるディアベルの奇行。情報と異なる展開。現場の混乱。カイトの暴走。

 そして、結果としてコペルの死……。

 全てが食い違い、最悪の形で噛み合ってしまった。くそッ……なんだって俺はこんなところで……。

 

「……アスナ、動けるか。」

 

「え、えぇ! もちろんよ!」

 

「そうか。じゃあ、援護を頼む。」

 

「え、ちょ、ちょっと待って!」

 

 返事を待っていられる状況じゃない。コペルが吹っ飛ばされて距離は開いたが、今だって、ボスはカイトを狙っている。……()()()()()()()()()()()

 俺が見据えているのは、勝利だけだ。

 

 

 

 

 俺はアスナに援護を任せ、言うが早いかボスの前へと走り込んでいった。やはり、ただ走るだけじゃ間に合わないか……。そう考え、短剣を取り出して《イルファング・ザ・コボルド・ロード》へと投げつける。

 《投剣》スキルにより威力を持ったそれは、ボスへと届く前に弾き返される。まぁ、当てることは二の次だ。目的はヘイト集めだからな。

 狙い通り、ボスはこちらへと目標を変更させる。あー……怖ぇ……。

 俺はソードスキルを発動させながら走り、ボスの《刀》目掛けてそれを振り切る。ぶつかった直後、反動で身体は後方へと吹き飛んで行った。やっぱり俺のパワーじゃこれが精一杯か。だが……

 

「アスナぁ!!」

 

「えぇ!!」

 

 その隙をつき、アスナがソードスキルを叩き込む。キリトほどじゃないが、こいつの一撃も相当なもんだ。

 その間に俺も態勢を整え、アスナに加勢する。

 これを見ていたキリトもこっちに来た。これだけの手練れが三人も集まって、倒せないような道理はないだろ。

 

 ただでさえ残りわずかだったHP。カイトの暴走による猛攻と、今のアスナのソードスキル。

 

「「「はあぁッ!!」」」

 

 俺とキリト、アスナによる滅多斬り。《敏捷》を鍛え上げている俺たちに、《イルファング・ザ・コボルド・ロード》は翻弄される。

 

 カイトやディアベルだって、冷静なら何の問題もなかったはずなんだ……。

 

 あいつが死ぬようなことなんて、なかったはずなんだ……。

 

「おらぁ!!!」

 

 そしてついに、キリトのソードスキルによって《イルファング・ザ・コボルド・ロード》のHPバーが底をつく。

 その動きが止まったかと思うと、空気中へとその姿を消していった。

 

 虚空に浮かぶ《Congratulations!!》の文字。

 

 俺たちの初めてのボス戦が、ここに幕を閉じた。

 

 

 

 

『や、やった、のか……?』『あ、あぁ、そうだ。やったんだ、俺たち……! 俺たちの、勝ちだ……ッ!!』

 

 後方から聞こえてくる歓喜の声に、俺は苛立ちを覚えていた。俺たちの勝ち、だと? 本気で言っているのか? お前たちが何をしたっていうんだ?

 カイトはいまだに立ち上がることさえできていない。キリトとアスナも、立っているのがやっとだ。

 

 お前らが、何をしたっていうんだ……。

 

『やったな、お前!』『さっきの剣技スゴかったな!』『今度、俺に剣を教えてくれよ!』

 

 何人かが近くへ来て、色んなことをまくしたてる。そのどれも、俺の耳へと届いてはいなかった。

 

「Congratulations‼︎ この勝利はあんたたちのものだ。」

 

 広場で見たエギルとかいうプレイヤーも俺に称賛を送ってくる。勝利……。

 そういえばディアベルは……うん、助かったみたいだな。あいつが生きているのは、幸か不幸か……。

 

 改めて周りを見渡すと、やはりみんな勝利に酔いしれているようだった。あぁ、そうだな。勝ったんだもんな……。

 

「ちょっと待てぇ! 一つ、はっきりさせなあかんことがある!!」

 

 突然聞こえてきた、今までとは違う雰囲気を纏う怒声に、俺は漸く耳を傾ける。しかし、同時にどこかで聞いたような関西弁に嫌気が刺した。

 

「そこのお前! そうや、ボスに止めを刺したお前のことや!」

 

 キバオウは、キリトを指差し怒鳴りつける。

 

「お前、俺らの情報が間違っとることを前もって知ってたみたいやったやないか! どうして黙っとったんや、この……βテスターが……!!」

 

 

 

 

 これは、なんだ?

 あいつは、何を言ってるんだ?

 キリトが、βテスター?

 情報を、一人占めしてた?

 ディアベルが危険な目にあったのは、キリトのせい? コペルが死んだのも、キリトのせい……?

 

 あいつは、何を言ってるんだ……。

 

 

 

 

『そ、そうだ!』『お前のせいだ!』

 

 徐々に、後ろで黙っていた連中からも非難の声が上がってくる。

 さっきまで、勝利の余韻に浸ってたとは思えない変貌ぶりだな。いや、情報を独占してたってことと、ボスに止めを刺したことは、あいつらの中で別のことなのか……。

 キリトが悪者で、俺やアスナは正義ってか。

 

 笑わせるな。

 

「ふ、ふざけないでッ! こっちはコペル君が……パーティの一人がいなくなったばっかりなのに……どうしてそんな酷いことが言えるの!!」

 

 ついに、アスナが耐え切れずに反論に出る。それじゃ、だめだ。感情に任せて反論しても……こういう奴には効果はない。

 

「だからそいつが始めから情報を共有しとったら済んだことやないか! それにやな、コペルとかいう奴が死んだきっかけは……そこに跪いてるアホが暴走した所為やないのか!?」

 

 キバオウは、未だにコペルが消えた場所から立ち上がることのできないカイトを指差し言った。

 

 しかも、キリトの次はカイトか……。つくづくふざけてる。お前の大好きなディアベルを助けたのはカイトだぞ……?

 何なんだ、一体……。いや、俺は知ってたはずだ。別に、今に始まったことじゃない。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 知ってたのなら、どうすればいいのかも分かるよな……? だったら俺は、俺にできることをするまでだ。

 

「茶番だな……。」

 

「な、なんやと! もう一回言うてみぃ!!」

 

「聞こえなかったか……? 茶番だって言ったんだよ、この間抜け。」

 

「ハチ君……?」

 

 アスナ、お前じゃ、役不足だ。

 手本を見せてやる。

 

 

 

 

「間抜け、やと……何が間抜けや!!」

 

 面白いぐらいに挑発に乗ってくれる……。その時点でお前の負けなんだよ。こっちには”手札”が揃ってる……。

 

「あぁ、教えてやるよ。お前、ディアベルがやられそうになった時、何してやがった。」

 

「何って、お前も見とったやろ。ディアベルはんの指示に従って後ろに下がっとったんや。」

 

「じゃあ、なんでディアベルはそんな指示をしたんだと思う。」

 

「そりゃ、わいらが危険にさらされないように……「違うな。」……は?」

 

「それは違う。ディアベルは、一人で倒せるまで弱ったボスと一対一になりたかったんだ。」

 

「……どういうことや。」

 

「LAボーナスだよ。ディアベルの狙いは、お前らの身の安全なんかじゃなくてLAボーナスだった。」

 

「LA……ボーナス……? なんや、それは。」

 

 あぁ、そうだ。お前は知らないはずなんだ。

 

 《LAボーナス》

 それは、《階層主(フィールドボス)》なんかの強いエネミーに存在するシステムだ。こういうエネミーはレイドを組んで倒しにかかるのが一般的なのは当然だ。この時、戦闘に参加したプレイヤーにはもれなくある程度の報酬が約束されるが、一番最後に止め、《LA(ラストアタック)》をきめたプレイヤーには特別に強力な武具が報酬として与えられる。

 

「それがLAボーナスだ。」

 

「そ、そんなん聞いたこともないで!」

 

「そりゃそうだろうな。」

 

「……は?」

 

「だって、俺が《情報屋》たちに、LAボーナスのことを《指南書》に載せないように頼み込んでたんだからな。」

 

 これはハッタリだ。俺もカイトたちに聞くまで知らなかった。俺はβ()()()()()()()()()()()()

 

「なんやと……。なんでそんなことを……。」

 

「まだ分かんねぇか? 今回みたいなことが起きないようにだよ。LAボーナス欲しさに無茶をするプレイヤーが出てこないようにな。だから、LAボーナスのことを知ってるのはβテスターだけだ。」

 

「はぁ……? ……ッ!! ま、まさか、おどれが言いたいことって……。」

 

 お、気付いたか。

 

「そうだ。ディアベルはLAボーナスのことを知っていた。LAボーナスのことを知ってんのはβテスターだけ。」

 

 そこから導き出される結論。それは……

 

「ディアベルはβテスターだってことさ。」

 

 

 

 

「そ、そんな……。」

 

「これで分かったか? 自分がどれだけ間抜けだったのかってことがよ。なぁ、βテスター嫌いのキバオウさん?」

 

 さぁ、ここからどうする。

 ディアベルがβテスターだと知ったお前は、ディアベルに幻滅するのか。それとも……

 

「……そんなこと、どうでもええわ。」

 

 βテスターを、認めてしまうのか。

 

「そんなこと、関係ない! ディアベルはんは……尊敬できる人や! βテスターかどうかなんて、どうでもええ!!」

 

 そうだ、そうだろう。そうこなくっちゃな。

 

「……フッ。」

 

「何を笑ってんねん!」

 

「いやさ、あいつが本当に尊敬に値するプレイヤーだと考えてんだと思うと、おかしくて……。」

 

 これを聞いて、キバオウの形相が激変した。

 そうだ、怒れよ。お前の大好きなディアベルを貶してるんだぜ、俺は。認めらんないだろう。許せないだろう。

 

 ほら、かかってこいよ。

 

「だって手柄を独り占めしようとしたんだぞ? それこそ、お前が嫌いだって言ってたβテスターそのものじゃないのか? 俺だったら誰も信用できなくなる……「だ、黙れエエェェェ!!!」……!」

 

「それも強くなって! わいらを守るために決まってるやろが! ごちゃごちゃと屁理屈を並べ立てるんとちゃうぞ!!!」

 

 激昂したキバオウは、剣を取り出して俺に斬りかかってくる。

 冷静さを欠いた奴の攻撃なんて、ただ避けることはおろか、カウンターを入れるのだって造作もないことだ。

 

 しかし、俺は致命傷にならないように気を付けながら、あえてそれを喰らってみせた。

 

 

 

 

 キバオウがハチマンを斬りつけた瞬間。《犯罪禁止コード》が働き、キバオウの頭上にあるカーソルがグリーンからオレンジへと変化する。

 

 《犯罪禁止コード》

 SAOにある、PKなどを防止するためのシステムの一つだ。プレイヤーが他のプレイヤーを傷つけたりした際に、頭上のカーソルの色が変化する。そうなったプレイヤーには、様々なペナルティが発生するというものだ。

 

「は、ハチ君ッ!」

 

「アスナ、ちょっと、待て。」

 

「か、カイト君!? だ、大丈夫……?」

 

「いや、あんまり大丈夫じゃないが……一先ずは気にしなくて、いい。」

 

「そ、そう……。そうだ! ハチ君を助けに行かないと!」

 

「いや、それはやめとけ。あいつなら、大丈夫だ。……キリトと合流しよう。」

 

 すまない、ハチマン……。

 

 

 

 

 やっぱ、わざとでも攻撃を受けるのは気持ちのいいもんじゃないな……。……コペル、お前はすごい奴だよ。

 キバオウが、俺にさらにダメージを与えようと追撃してくる。だが、もう攻撃を受けてやるつもりはない。()()()()()()()()()()

 

「死ねやぁ!! ……ッ!」

 

 怒りに任せて突進してくるキバオウを、短剣でいなして転ばせる。頭に血が上ってる奴ほどやり易い相手はいない。

 

「死ね、か。そいつは聞き捨てならねぇな。」

 

 こいつはもう”オレンジ”。準備はできてる。

 

「殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだよなぁ?」

 

「……ッ!!」

 

 《犯罪禁止コード》のペナルティの一つに、《攻撃自由(フリーアタッキング)》というものがある。オレンジやレッドのプレイヤーを、グリーンのプレイヤーが攻撃しても《犯罪禁止コード》が働かなくなるというものだ。

 つまり、今の状況そのものだな。

 

 俺は、攻撃の態勢を整えようとするキバオウの剣を蹴り飛ばし、その首筋に短剣を突きつける。

 

「ひッ……!!」

 

「分かったか? 今回、お前はβテスターがどうとか言っていた訳だが……。ディアベルはβテスターでも構わないんだろ? つまりは、だ。」

 

 俺は一旦そこで言葉を区切り、手に持った短剣を振りかぶった。

 

「所詮、この世界に存在するのは”善い奴”と”悪い奴”だけなんだよ。自分の認識の甘さを、せいぜいあの世で後悔しな。」

 

 そして、その手を振り下ろした……

 

「やめろぉ!!」

 

 が、それは横から入ってきた片手剣に弾き返される。そうだ、お前はそっち側でいい……。

 

「キリト……。」

 

「こんな簡単に人を殺すなんて……間違ってるだろ……!?」

 

「お前がそう思うならそれでいいさ……。」

 

 キリトに続くようにして、ディアベルとアスナ、カイトも俺の前に立ちふさがる。

 

「……さすがにお前らを相手にすんのは、得策じゃないよなぁ。それじゃあ、俺は先に帰らせて貰うとするわ。」

 

 そして、俺は入ってきた扉へと向かう。

 

「そうそう、一つ言い忘れてた。」

 

 その途中、振り返って、俺はさらに言い放つ。

 これが今回の締めくくりだ。

 

 ……コペル、すまない。

 

「くれぐれも忠告しておくが、()()()()()()()()()()()()()0()()()。」

 

「……は?」

 

「間違っても、ここにいる奴以外に、”ボス攻略でプレイヤーが犠牲になった”、なんてことは言いふらすなよ。」

 

「え、そ、それってどういう……。」

 

「詳しくはそこのディアベルにでも訊けばいいんじゃないか?」

 

「……。」

 

 戸惑いを隠せない連中を他所に、俺は一人、部屋の外へと足を踏み出した。

 

 そう、俺が見据えているのは

 

 《完全勝利》、ただそれだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 ハチマンがボス部屋を後にしてから一時間後。

 アインクラッドにいる全プレイヤー中を、”第一階層攻略”との報せが駆け巡った。

 ボスに止めを刺した《勇者》、そして、PK未遂を犯した《裏切り者》の名前と共に。

 

 ある者は友とその感動を分かち合って笑みを零し、またある者は家族との再会を夢見て涙する。

 それはまさに、SAOクリアへの階段を上り始めた瞬間だった。それに貢献した者たちは間違いなく、《英雄》と称えられることだろう。

 

 しかし、その英雄たちの中に、《勇敢な犠牲者》の名前はどこにもなかった……。

 

 

 

 


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