そして先に言っておきましょう。
こんなに口の悪い八幡を、僕は今まで見たことがありません。
気が付けば、見知らぬ土地に俺は立っていた。
右から左へ吹き抜ける、心地良い風。
視界に入り込んでくる、どこまでも青い空と賑やかな街並み。
そこかしこから聞こえてくる、人々の話し声。
試しに腕を前に突き出して手の平をうんと広げてみる。まだ完璧とは言えないが、そこには確かに自らの体を動かした感覚があった。
そう……これだ。これこそが俺が待ち望んでいたもの。ついに……
「ついに! 俺は戻ってきたアアァァァ!!!」
周囲の視線が一斉に彼へと集まる。だがそんなことは気にしない。待ちに待ったこの瞬間、今はじけないでいつはじけろと言うのだ。
「(さっそく一狩り! と行きたいが……約束があるからな。確か待ち合わせ場所は一番でかい木の根元だったか? まだ遅れてるわけじゃないし、適当にそこらを見て回っちまおう。)」
落ち着いて見ると、開始直後だというのにかなりの人数がログインしているようだ。このログイン率の高さがSAOの注目度が生半可なものではないということを物語っているだろう。
そして、やはりというかなんというか。女性よりも男性プレイヤーの方が圧倒的に多いはずなのに、どちらも同じぐらい……いや、むしろ女性の方が多いようにも見える。おまけに誰も彼もが美男美女ときた。
「(ま、これもRPGの醍醐味の一つだな。俺の方がおかしいんだろう。)」
特にこのSAOではそれが顕著に出ていることだろう。何せ、設定された見た目がそのまま自身の肉体となるわけだから、格好良くしようというのは当然である。
俺自身はというと、βテスト時には多少は見た目を変えてはみたものの、違和感があったので今はリアルとほぼ同じ容姿にしている。普段見慣れている格好の方が過ごしやすいというのは、きっとそれはそれで当然の感覚だろう。
それでも人並み以上に整った顔立ちをしていたので、周りとさして変わりはしないかもしれないが。
しばらく歩いていると、一際浮いているプレイヤーを見つけた。
いや、”沈んでいる”とでも言うのか……目元がすごい。目つきが悪いというわけでもないのに、どことなく負のオーラが漂っている。どう見ても理想を形にしたようには到底思えない。
というかあんなアバターも作ることができるのか。こればかりは感心を通り越してもはや意味がわからない。何を思ったのだ、製作者よ。
「おい、ちょっとそこのプレイヤー。そうそう、お前。なぁ、名前は何て言うんだ?」
とりあえず、非常に興味が湧いたので声をかけてみることにした。
「へぇ、ハチマンっていうのか。俺はカイトだ。よろしくな、ハチマン。」
そう言って、突然話しかけてきたこの正体不明男……いや、名前はカイトって今名乗ったか。とにかく、このカイトとかいうコミュ力の塊みたいな奴が手を差し伸べてきた。
え、なに? マジなんなのこいつ? あ、実はどっかで面識とかありましたっけ? それならまぁ、これだけ距離感が近いのも頷けなくはない。過去にそんな人物がいた記憶はないが、実は忘れているだけでいたのかもしれない。
だとしたらまずいな。人の顔を覚えられない奴が真っ先に排斥対象になるのは自明の理だ。親しい人物ともなればなおさらだろう。ここは下手に出てポイントを稼がなければ。
いやー、これは失敬失敬。
「いや、初対面だが……?」
マジか……。こいつの中では初対面の奴にいきなり名前を尋ねて挨拶して握手を求めるのは常識の範囲内だっていうのか。とんだ化け物に目をつけられてしまった。
どうもこいつの場合、コミュ力がどうというよりも神経が図太いだけのような気がしなくもないが。
「……あぁ、よろしく。」
とりあえず、差し伸べられた手を振り払うような、猫のような警戒心を俺は持ち合わせているわけではない。ここは素直に応じることにしよう。
どちらかと言えば、通りすがって行く奴らが物珍しそうな目でじろじろと見てくるものだからショック死する寸前だった。ぼっちは視線に敏感かつ、ウサギのような繊細な心の持ち主なんだよ。察しろ。
え? どうして一々動物で例えているのかって? 黙れ、殺すぞ。
「おい、これからの予定とかあんのか? 俺はこれから狩りに行くつもりだったが。」
とりあえず、これからどうするかは決めなければなるまい。まだログイン人数がそれほど多くないとはいえ、既にゲームは始まってるんだ。時間はいくらあったって足りやしない。
「んー、そうだな……ってやっば!」
「は?」
「行かなきゃいけない場所があんの忘れてた! すまないが、ちょっとついて来てくれねぇか?」
俺に選択肢はなかった……。予定があんなら俺みたいな奴に構ってる場合じゃなかろうに。
まぁ、ここはついて行くのが最善だろう。どうも、こいつは玄人っぽい雰囲気を醸し出してるからな。損はないはずだ。
え? 動物のような、見事な観察力と直感だって? 黙れ、殺すぞ。
「遅い。」
辿り着いた先には一人の青年が立っていた。
おい、もう一人いるなんて聞いてないぞ。仲良し二人組の中に赤の他人が混ざることがどれだけ苦痛なのか知らないわけではあるまい。さっきと言い、やはり神経が図太いだけなのか……? つまりKYか。なら恐るるに足りず。
というか、人を待たせてたのかよ。最低だな、こいつ。
「悪かったよ。ちょっと面白い奴を見つけてな。」
おい、それはもしかして俺のことか?
「哲はホントに……。それより見た目そのままじゃないか。」
え、今なんか本名らしきものを聞いちゃったんですけど。しかもリアルと同じ容姿だってはっきり言いやがった。頭大丈夫か?
人の名前を他人の前でバラしたり、リアルの特徴をバラすとか。こいつも最低か。それならおあいこだな。よかったな、カイト。
まぁ、リアルネームをプレイヤー名に設定してる俺が言えたことじゃないと思うけどな。あれ、大丈夫か、俺。
「いいんだよ、これで。そんなことよりもさ、今言った面白い奴を連れてきてるんだよ。こいつがそのハチマンだ。」
やっぱ俺のことでしたか……。そんな面白いとか、盛大にハードルあげんのやめてくれませんかね? もうそれだけで帰りたくなってくるんで。
「……うす。よろしく。」
「お、おう、よろしく……ってお前、今どこから出てきたんだ!?」
は? ……まさか俺のこと見えてなかった? なるほどね、それでカイトの本名も口走っちゃった訳か。納得納得ー……できるか。なんでだっつの。
いや、待てよ。確かSAOではDFS《ディテール・フォーカシング・システム》とかいうもんを採用してるって聞いた覚えがあるな……。なんでも、見ようとしている対象物以外の細部を誤魔化してしまうことで、システムリソースを節約する技術だとかなんとか。
なるほどね。今、あの超最低クソ変態野郎はカイトに焦点を合わせてたから俺が見えていなかったと。それなら納得だ。超最低クソ野郎にまけといてやる。
「俺はずっとカイトの後ろにいたんだが。それよりお前の名前を教えてくれ。まだカイトからも聞いてない。」
「あ、あぁ、すまない。俺の名前はキリトだ。これからよろしくな、ハチマン。」
気付いてると思いますが、四行ほど空くごとに、視点が変わったり時空を飛んだりしています。難しいっす。
ちなみに、DFSはふりがなで入れようとすると、くっそ違和感なので横に配置しました。誤字ではないです。
≪前作との大幅な変更点その一≫
ヒッキーがぼっちじゃない。