気の向くままの短編、置き場。題名は適当です。

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宵闇の素敵な食糧

太陽もすっかり落ち込み梟や虫の声しか聞こえない深い夜。

 

そんな中ある妖怪が産まれた。

 

いや、産まれたというよりは発生したという方が正しいだろうか。

 

その妖怪は気が付くとそこにいたといった感じで鬱蒼と茂る木々の下に佇んでいたのだ。

 

一見すると少女にも見えるその妖怪は夜に映える金色の長い髪を持ち、

それとは逆に吸い込まれそうな黒い色で塗りたくられた服を身に纏っていた。

 

彼女にはまだ名前がない。

 

名前どころか自分が何故ここに居るのか、

そもそも自分が妖怪であるということすら分かっていなかった。

 

彼女は一通り自分の体を観察すると特に何かするという訳でもなく座り込んでボーっとし始める。

 

今のところ何かをしたいをいう目的意識が湧いてこなかったようである。

 

せっかく産まれ出でたというのに、生きる目的を早速見失い始めたみたいだ。

 

暫く彼女はそのままの状態で数日を過ごした。

 

しかし、これまたある日の事ようやく彼女の中の時がある音と共に動き始めた。

 

キュゥー……。

 

その音は彼女のおなかの辺りから発せられた。

隠すまでもなく彼女のおなかが鳴ったのである。

 

彼女は数瞬これがなんの音か分からないような顔をしていたが、

本能というものは便利なもので彼女は自分はおなかがすいているのだろうとぼんやりと理解する。

 

それを自覚してからの彼女の行動は早かった。

 

おもむろに立ち上がると空腹感を満たせるモノを探し始める。

 

まず初めに彼女が見つけたのは木に成っている小さい果実だった。

 

どうやっているのかは分からないが高い位置になっているそれを

彼女はふよふよと浮いて手の届く位置まで移動し手に取った。

彼女はすぐさま見るからにみずみずしく、

芳醇な香りが漂うその果実を齧りつく。

 

見た目からおいしそうだと判断し期待に胸を膨らませた彼女は、

しかしてその恐るべき不味さにそれを吐き出してしまう。

 

彼女にとって芳醇そうなその香りは口に入れた瞬間不快な匂いを発し、

みずみずしそうなその果実はこの上なく食欲の失せる触感をしていた。

 

とてもじゃないが食えたものでなかったのだ。

 

早速といった感じで不味いものを掴まされた彼女は

若干不機嫌になるもののめげずに次の食糧を探す。

 

次に彼女はふと目に付いた耳が長い生き物をターゲットに定めた。

 

それはさっきの食べ物と違って動くことができるらしく彼女は最初捕まえるのに少々苦戦してしまう。

 

しばらく彼女とその長い耳の生き物で逃走劇を繰り広げていたが、

決着は意外にも呆気なくついた。

 

中々捕まらなくて癇癪を起こした彼女に反応するかのように彼女の周りに

黒い、この上なく真っ黒なナニカが噴出し始めたのだ。

 

それは出てくると同時にその生き物に纏わりつくと

その生き物の抵抗も虚しく締め付けついには殺してしまった。

 

彼女はこの結果に満足したのか無邪気な満面の笑みを浮かべながら

少女は既に物言わぬ屍となった生き物に近付いていく。

 

少女は座り込み亡骸を持ち上げると、よく味わうようにして咀嚼し始めた。

 

最初はなかなかの触感に彼女も満足気な笑みを浮かべていたが、後味が良くなかったらしい。

 

さっきと同じように吐き出してしまう。

 

「あー……うー……みぁ……」

 

何処か悲しい顔をした少女はうめき声のような鳴き声を発すると深い森の中へと入っていった。

 

 

◆◆◆

 

 

あの後も彼女はありとあらゆる食べれそうなものを口に運んで行った。

 

草の陰に隠れていた虫、空を飛んでいる鳥類、食べ応えのありそうな熊の親子、

果ては人の姿は取っていないものの大雑把に見れば彼女と同族の存在、

妖怪ですらも彼女によって葬り去られていた。

 

けれども、これだけの試行回数を重ねたにも関わらず彼女の口に合うものはいなかったようで、

ついぞ完食した生き物は現れなかった。

 

……暫くの間この森には体のどこかを欠損した屍の山が築き上げられることになる。

 

まあ、それはともかくこの少女は依然変わらず美味しい食べ物を求めて辺りをふらついていた。

その時の彼女の唯一の生きる目的は自分の舌にかなう食糧を見つけ出すという、原始的な欲求であった。

 

そして、ある巨大な木の根元に、初めて少女は自分と似た姿を持つ生き物を見つけた。

 

その生き物は黒い髪を腰のあたりまで伸ばし、白い獣の皮で出来た簡素な服を身に纏っていた。

 

少女は自分に似た体の構造を持つ生き物に興味を持ったのか、

すぐさま捕食するということをせずに近づいていく。

 

ふと、気付いたのかその動物が少女の方を振り返る。そして、

 

「……思ったよりも早いね。……まあ、いいや。私はヤエ。あなたは?」

 

いきなりそんなことを言ってきた。

 

今まで自分から逃げる動物はいても、何か声を発してくる生き物を

見たことがないこの少女は少しドギマギしてしまう。

 

「あー……」

 

少女のなんとも言えない声が静かな森の中に浸透していく。

 

 

「? 名前よ、名前。貴方の名前を聞いているの」

 

どうやらヤエというらしい少女は、

相手が自分の質問の意味を理解してないと思ったのかそう繰り返す。

 

しかし、初めて言語というものを聞いたその少女はもちろんその言葉の意味を

理解することができずにただ言葉といえない鳴き声のようなものを上げる。

 

「うー、……みぁ……」

 

「もしかして、名前がないの? ……なら、いいや。私が名付け親になってあげるよ」

 

一人で深夜の森に居座っていた割には明るい雰囲気を纏うヤエという少女はそう言うと、

腕を組み考え始める。

 

少女はそれをただ見つめる。その様子はともすると彼女は

いったいどんな素敵な名前を付けてくれるのだろうと期待しているようにも見える。

 

「げろしゃぶ……、金髪だからキンコでも良いわね。どっちが良い?」

 

が、産まれたばかりの少女でも分かるネーミングセンスの酷さに少女は首を激しく横に振り、

拒否の意を示す。

ヤエは残念そうな顔をしていたが特にこだわりが

あるという訳でもなかったらしくすぐに別の案を出してくる。

 

「じゃあ、そうね……私の趣味だけどルーミアなんてどうかしら? 

この皮肉な感じが最高に良いと思うんだけど」

 

「ルーミア……ヤエ?……」

 

「そう、私でいうヤエが貴方のルーミアよ、分かった?」

 

今度は少女も気に入ったらしくフンスと鼻で息を吐くと

ふよふよと空に浮かぶヤエの周りを飛び始めた。

 

関係ないが少女改めルーミアはその時何処かからおいしそうな匂いを感じていた。

 

 

ヤエという少女は名前を付けた後もルーミアに何度も話しかけた。

生まれは何処なの、とか、好きな食べ物は、とか、願い事が叶うとしたら何をする、とか。

無論、言葉の意味を理解できていないルーミアが理知的な返事をすることはついぞ無かった。

が、ヤエは別段気にしていないらしく、むしろ最初から誰かに話しかける事それ自体が目的だったのかの様に振る舞っている。時折、ルーミアの柔らかい頬が気に入ったのか、指でつついてその感触を確かめたりもしていた。

 

ルーミアもルーミアで理解はできていないが話をするヤエを見て何が嬉しいのか、されるがままにして口角を上げはにかんでいた。

 

 

ルーミアは思った。私と似た姿を取ったこの生き物は何なのだろう、と

ルーミアは思った。彼女はいったい何を言っているのだろう、と。

ルーミアは……思った。いったいどうしたら私は彼女の様になれるのだろう、と。

 

 

 

そうぼんやりと考えていると、ルーミアは唐突に腹部の辺りから今まで感じたことも無いような空腹感を感じ涎が止まらなくなってしまった。

ルーミアは今まで感じた中で一番食欲が湧いているのを感じ、困惑しおろおろとし始める。ヤエはそんな彼女を見て優しく微笑んだ。

 

 

「……ふふっ。最初はただの子どもかと思っていたけれどやっぱり貴方も立派な妖怪なのね」

 

ルーミアは強烈な空腹感とめまいを感じると共に、ふとヤエのことを見る。

どういう訳かめまいだけは収まった気がする。

 

「………」

 

「喋れないのは知っているけど返事が無いのも味気ないわね。そうなのかー、ぐらい返せないの?」

 

「……なのかー?」

 

「……惜しい、あと少しね」

 

少しの間、ヤエとルーミアはそんななんとも言えないコミュニケーションを取る。

それは会話とも言えない珍妙なものであったが、ルーミアは短い交流で何となくヤエの事を私は気に入っていると考えた。

 

そう考えた瞬間に空腹感が、より一層深まるのにルーミアは気づいていない。

 

けれども、ヤエはもうそのことには気付いていたのだろうか。

もう一度優しく微笑み、ルーミアの美しく月夜に映える金髪を撫でるように触ると、突然足を投げ出し仰向けになった。

 

「さて、案外、最後にやりたいこともやれたしもういっか……。

さあ、ルーミア。涎なんか垂らしていないでこっちにいらっしゃい」

 

ルーミアは言われるがままにヤエの傍まで行く。

ヤエに言っている通りに彼女の口元からは涎が溢れていた。それに気付いたルーミアは慌ててそれをふき取る。

その様子を見ていた彼女ははかなげな表情を浮かべると、ルーミアの頬を優しく撫ですれる声で呟く。

 

「……悪いけど私はあんまり長くないから……私は貴方に食べられることを歓迎するわ。

ルーミア。後はご遠慮なく」

 

そう言ってヤエは眼を瞑り腕をこちらに差しだしてくる。

ルーミアは少し逡巡したが、一次的欲求には耐えられなかったようだ。

鼻孔をくすぐる甘美な香りに触発されて横になったまま動かないでいてくれるヤエの腕に喰らいついた。

 

「っ!……やっぱり、痛いものは痛いのか……。ああ、貴方は気にせずに続けなさい」

 

押し殺した悲鳴に一旦ルーミアは咀嚼を止めてヤエを見る。しかし、ヤエに促されてまた一口齧り付いた。

 

「……なのかー…」

 

「……惜しいわね。もう少しよ」

 

ルーミアは一抹の勿体なさを何故か感じたが、食べ進めていく。

 

それから数分たった後、ルーミアが一度食休みをするときにはもう、ヤエから声が発せられることは無かった。

 

そしてルーミアは捕食をすることもできる黒いナニカを最後まで使わなかった。それを使うのは何故か勿体ないとルーミアは思ったようだ。

 

しかして、ルーミアは一度も吐き出すことも無く最後の一口を丸のみにする。

 

 

ケプッ。

 

 

どうしてか心の中に寂寥感がふつふつと湧いてくるが

彼女は漠然とこれが私のあるべき姿なのだろうと考えていた。

水分が目から流れ出る現象を不思議に思うものの、それが何なのか教えてくれる人は少なくとも今近くにいない。

 

「そうなのかー……」

 

返事は無い。

声は静寂を取り戻した森に吸い込まれていった。




もやもやする話を書きたいと思っていたけど、何か失敗した。
どうしてこうなった。


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