飛んで行ったみんなは無事に帰ってくることができるだろうか。
僕たちが管理している部隊は、ほとんど死なないなんて言われているけど、ほとんどというだけで死ぬ者は死んでしまう。
「みんなを信じて待とう」
残ったみんなには、そう伝えた。
残っていたみんなは、静かに頷き敬礼の姿勢をとった。
そして僕は、ひたすらに祈るように海の果てを見つめていた。
なぜ僕はここにいるのだろうか。
こうして呟くと凄く哲学的な問いに感じてしまうけれど、この場合の疑問はもっと単純なものだ。
どうして鎮守府と呼ばれる軍港で働いているのか。
どうして軍港なんかにいるのか。
どうしてここで働くことになってしまったのか。
これらに対しての疑問である。
働くことになった理由として最初に槍玉に挙がるのが、纏わりついてきた妖精と話してしまったことだろう。たまたま近くにいたときに、妖精が話しかけてきたから思わずお喋りしてしまったことがあだとなってしまった。
行く当てもなかった僕は、そのまま流れるようにしてこの役職についてしまっている。
「妖精管理部」
思わず二度見してしまいそうな名前である。
管理部なんて言うけれども、僕一人の部署である。僕一人しかいない。
やることは妖精の体調管理が主で、話し相手になっているだけだ。
それ以外には特にやっている認識はない。しいて言えば、妖精が怪我をした際に手当てをするぐらいだろうか。
妖精の話し相手なんてしたことがなかったけど、話をすればするほど妖精と話をしている感覚がどんどんなくなっていくのを感じていた。
「妖精と話している感覚がないって言っても、そもそもこれが妖精っていう感じが全くしないんだよね」
ここの妖精は随分と変わっている。
羽も何もついていなくて飛べない。
その代わり、みんながみんな人語を理解できる。
僕が担当しているのはそのほとんどが艦載機に乗る妖精である。理性があって、艦載機と呼ばれる飛行機に乗ることで空を飛ぶことができる妖精である。だから全てが全て、話ができるのかといわれると不明だけど、僕の知る限りにおいては人の話している言葉を理解しているように思う。
そして、その中でも偶に会話ができる妖精がいる。
「おかえりなさい。お疲れ様です。怪我はありませんか?」
「ただいま帰りました! 今日は誰も死にませんでした!」
部隊の隊長を務めている妖精―――前田君が元気よく返事を返してくれた。
隊長という立場にいる妖精はみな会話をすることができる者で固められている。隊長を選出しているのは妖精自身で、どうにも力の序列があるみたいだった。
「それはよかった! 今日は打ち上げをしよう。あ、もちろん明日も出撃しなきゃいけない人は飲んじゃだめですよ?」
「それはあんまりではないでしょうか。一航戦である正規空母の赤城さんは、うちの鎮守府のエースです。明日も出撃命令があるかと思います」
「じゃあまた今度だね。生きて帰ってくるように!」
「善処します!!」
迎えたのは、総勢―――82名の艦載機に乗っている妖精たちである。
妖精はそれぞれに各々の表情を浮かべながらぞろぞろと妖精用の建屋に入っていく。
彼らの生態系はよく分かっていない。何を食べているのかとか。呼吸しているのかとか。何も知らない。
だけど、笑みを浮かべて元気よく挨拶してくれるその様子はまるで人間のようで、本当に嬉しそうだった。それを見た僕も嬉しくなった。
ただ、通り過ぎていく妖精の中で一際目を引く者がいた。うつむいて元気がなさそうにしている。いつもそういう雰囲気を纏っている妖精だった。
「足立君! ちょっといいかな?」
「は、はい……なんでありましょうか?」
「そんなに怯えなくてもいいのに。僕はあくまでも仮職員の立場だし、友達と思ってくれていいんだよ?」
「そ、そんなことできないであります……」
足立君は、1部隊の小隊長をしているが自信が無さ気なのが勿体ないところだ。場数もこなしていて経験も豊富、特に危機管理能力が高いのが特徴で操縦も上手いって聞くんだけど―――どうしても一皮むけないと言われている。
使う側には分かるみたいだね、そういうの。
僕は戦場に出たことがないから分からないけど、使っている身からしたら同じように命を懸けているわけだし、いろいろ理解できるのかな。
「やっぱり怖いの?」
「……怖いであります」
「死ぬのがってこと?」
「いえ、仲間が墜ちるのが……」
こうした話を聞くことが僕の役目であり仕事である。
妖精は一人ひとり悩みを抱えている。戦闘凶みたいなのもいるにはいるが、臆病で心優しい妖精が多いということが最近になって分かってきた。
艦娘だけじゃなくて妖精だって戦っているんだよね。
どこから生まれているのか。何から生まれているのか。何も分からなくても―――生きている生き物なんだよね。
理性があるから恐怖がある。本能があるから生きたいと思う。誰も死にたいなんて思っていない。
僕がやるべきことは、そういう理性からくる悩みや本能からくる不安を聞くことだけだった。
「いつもお疲れ様です。あの子たちの様子はどうでしょうか?」
「いつもと変わらないですかね。ただ、小谷野が体調崩して休んでいるぐらいでしょうか。妖精にも病気ってあるんですね。ここに来て初めて知りました」
「そうですか、それは心配ですね。私たち艦娘には妖精の声は聞こえませんから、非常に助かっています。あの子たちをよろしくお願いしますね」
ねぎらいの言葉をかけてくれたのは、正規空母の赤城さんである。
この鎮守府は割と最近できたところらしくて、まだまだ艦娘が足りない場所らしい。らしいなんて不確定な情報になっているのは、僕にその知識がないからだ。
多いのか少ないのかなんて議論は、他の鎮守府の事情を知っている者だけができる議論である。多いのか少ないのかに限らず、どんな人がいてどんな場所なのかもよく分かっていない。何と戦って何を守ろうとしているのかもそれほど理解できていない。妖精の話を聞いても何も理解できなかった時は、これじゃ話ができていないのと同じだと思ったぐらいだ。艦娘も深海棲艦も初めて聞く単語だったし、習ったことないし、ここに来たときは覚えるので必死だった。
「もしよかったらお食事でもご一緒にどうでしょうか? 間宮さんのところで昼食を食べませんか?」
まさかのお食事のお誘いが来た。
僕は、基本的に妖精と一緒にご飯を食べているからこうして艦娘の人たちから誘われるのは初めてである。そもそも、余り艦娘の人たちと出会う機会がないのだ。ここには空母系の方しか来ないし、駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦の人たちからしたら訪れる意味があんまりないというか、別に訪れたくない場所と思われているというか―――有体に言えば避けられている場所だ。
なんでも、妖精と話しているのが気持ち悪いということらしい。艦娘の人たちには妖精の声が聞こえないから僕と妖精が話している光景というのは酷く気持ちが悪いものなのだろう。あるいは、突然やってきた僕を受け入れられないということもあるだろう。
なんにせよ―――避けられているという事実は確かにあった。
「喜んでいきますよ。ただ、僕は薄給なのでおごるのは無理ですよ?」
「仮職員の方は無料で利用できないのですか?」
「無料ではないですね」
「あら? だったら提督と少しだけお話しておきましょうか? 貴方を重用している提督ならば、きっと飲んでくれるはずです」
「そうして頂けると助かります。ですが、あそこは基本艦娘の皆さんが利用される場所なので、僕が行くと視線を集めると思いますよ?」
「そうして避けていたらいつまで経っても現状は変わりません。ただでさえ避けられているのですから早く打ち解けてください」
逃げているわけではないのだけど、そう思われてしまっているようだ。
間宮さんのところには、ほとんど行ったことがない。ほとんどというか一度も行ったことがなかった。そうなると―――故意に避けていたと思われても仕方ないと思った。
「行きますよ。拒否権はあげません」
「赤城さん、結構強引なんですね」
「強引ですって……そうなのでしょうか?」
「疑問符を浮かべながら力強く手を引く赤城さんはどう考えても強引ですよ」
僕は、力強く手を引かれて妖精の建屋を後にする。
後ろには、いつも送り出していた妖精が敬礼をしながら僕を見送っていた。
「あいつら……」
「健闘を祈ります!」
僕は戦いに行くわけじゃなくてご飯を食べに行くんだよ。
そんな心の中の突っ込みが妖精に聞こえるわけもなく、妖精達は姿が見えている間はずっと敬礼したままだった。
勢いで書いてしまいましたね。
書いてみたかったので仕方がありません。
文字数少なめですが、淡々と進んでいく感じにはなるかと思います。
書いても5000字ぐらいにまとまるように書きます。
次回更新は、あらすじでも書いたように未定です。
書きたいと思ったら書きますね。