飛び立つ妖精を、僕は友達と呼んだんだ   作:テフロン

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第4話 同色の者を、異色と言った。

 泣いてしまえ。

 苦しさを飲み込んで自分を傷つけて死んでしまうぐらいなら―――泣いて吐き出してしまえ。

 

 

 今日も妖精たちが飛んでいる音が聞こえる。

 艦載機のエンジン音が頭の中で響いている。

 

 

「みんな、無事に帰ってきてね」

 

 

 午後―――出撃が多くなる時間帯。

 ガラガラになっている宿舎に取り残された自分だけがぽつりとここにいた。

 

 

「無事に、帰ってきてね」

 

 

 そっと両手を合わせて祈りを捧げる。

 捧げる対象は妖精たち。

 生きて帰ってほしいという想いだけを精一杯に込める。

 別に祈らなくても変わらないことは知っているけど。

 やらなくても変わらないことは分かっているけど。

 それでも何もしないということはできないから。

 今の僕にはそれしかできないから。

 

 

 

 

「今日の戦死者は18名です」

 

 

 無機質に聞こえた言葉に僕たちは誰も何も言えなくなった。

 重苦しい雰囲気に誰しもが飲まれていた。

 

 18名―――今までで一番大きな被害である。

 大きくなってきた僕たちの鎮守府もついに空母を相手にするようになったのだろうか。

 もちろんこれまでだって無傷でこられたわけじゃない。だけど、多くても3名までだったこれまでの被害とはわけが違う。82名のうち18名だ。ぽっかりと空間が空いて広くなる。

 18名の中には、足立君の名前もあった。仲間が堕ちるのが怖いと恐怖を口にした怖がりで誰よりも仲間を大事にする者の名前があった。

 いつも隣にいた人がいない。いつも話していた相手がいない。

 恐怖と虚しさが、残された者の心を大きく占めていた。

 

 

「東部オリョール海において敵主力打撃群と交戦、空母ヲ級2隻を同時に相手取りこれを見事撃沈いたしました! 対してこちらの被害は軽微! 出撃した吹雪、祥鳳がともに中破。赤城、足柄、利根は小破。神通は無傷とのことでした」

 

 

 前田君が報告してくれた戦果は甚大である。きっと提督、艦娘たちは喜びの中を歩いているころだろう。上手くいったことに喜びを噛みしめていることだろう。

 だけど、ここには喜んでいる妖精は誰一人いなかった。失ってしまったものの大きさに頭を整理するのでいっぱいのようで誰もが口を紡いでいる。唯一戦果を口にしていた前田君も必死に堪えているようだった。

 各々が悔しそうな、泣き顔を晒しながら力なくとぼとぼと寮へと歩いていく。

 

 

「みんな、おかえりなさい!」

 

 

 できるだけ大きな声でみんなに声をかける。

 誰が死んだのかなんて聞くことはしない。

 それはみんな知っていること。

 僕も知っていることだ。

 悲しそうなみんなの顔を見ていると、思わず泣きそうになる。

 こんな想いをしている今を投げ出したくなる。

 それでも、そうするしかないから。飲み込むしかないから。僕たちはそのためにいるんだ。死なずに生きていられることの方が稀なんだ。生き物はいつか死んでしまうんだ。そんな理屈で吐き出しそうになる感情を無理やりせき止めていた。

 

 

「…………」

 

 

 その日の夕方には妖精みんなで黙祷がなされた。静かに手を合わせて、各々が想うことを海の彼方へと届けた。

 埋葬するものなんて何もないけど、名前が刻まれた小さなお墓を作った。無限に広がっているように見える海に消されてしまって何もかも忘れてしまうのが嫌だったから。そんな想いから始めた僕の行動を妖精たちもいつしか手伝うようになっていた。

 名前の刻まれたお墓の前で両手を合わせていると、不意にお墓に影が被った。等身大の大きさから妖精ではないことは一瞬で分かった。

 ここに来たのは、あなたで3人目です。

 僕はゆっくりと振り返り、史上3人目となる訪問者を視界に収めた。

 

 

「あんた……」

「叢雲さん、いいところに来たね。よかったら手を合わせてあげて。今日の勝利のために沈んだ英雄たちのために」

 

 

 叢雲さんは、複雑な表情を浮かべながらも手を合わせて黙祷してくれた。夕日に照らされた銀髪が彩を加えている。丁寧に重ねた両手には優しい祈りが込められているように見えた。

 暫くした後に顔を上げた彼女の瞳は、綺麗なほど澄んでいた。

 

 

「ねぇ、あんた……いつもこんなことしているの? 馬鹿じゃないの?」

「そうだよ。誰かが帰ってこなかった時はいつもやっているよ。それこそ馬鹿の一つ覚えみたいにやっていることだ」

「妖精って死んでもまた生まれてくるんでしょ? いちいち死んでいるのを気にしていたら辛いだけよ?」

 

 

 死んでも生まれてくる。

 どうしてそんなことが簡単に言えるのか。

 少なくとも、妖精たちの前では言ってほしくなかった。

 

 

「お前も同じ癖に。代わりのいる偶々の代わりモノの癖に」

 

 

 叢雲さんを後ろから恨めしそうに見る妖精が、一睨みして去っていく。

 悪気はなかったのだろう。本心からの素直な気持ちだったのだろう。そう思えるだけに、妖精たちの表情は悔しそうで悲しそうで、目元には涙が光っていた。

 妖精の言葉が聞こえない叢雲さんは気づいていないようだったが、僕には叢雲さんのことを咎めることはできなかった。

 見えないもの、聞こえないものに対する感情など、その程度のものなのだ。見えないところで誰かが死んだことを、身近なものに感じろというのは酷である。

 

 

「心配してくれるんだ」

「そ、そんなんじゃないわよ! ただ私はこの鎮守府の空気を崩したくないだけ!」

「そこは心配いらないよ。僕は、せっかくみんな喜んでいるのにそれを台無しにするようなことはしないから」

 

 

 それこそ要らない心配だ。

 僕たちは誰にも悲しみを告げることはないだろう。

 僕たちは誰にも訴えかけることはないだろう。

 死んだことに対して何かができるわけではないのだから。言えば救われることもないのだから。これから戦況はどんどん苦しくなる。深海棲艦はさらに強さを増していく。そうなれば、死者の数はもっと増えていくだろう。

 僕たちはずっと黙して耐えるだけだ。弱音を吐かずに、散っていく。増えて減ってを繰り返して、続いていく。

 妖精は、決して艦娘に想いを届けることはないだろう。

 それに、妖精のいる場所に訪れる者は、艦載機を取り扱う者だけだと相場が決まっている。そもそも出会う機会もないのに、雰囲気を壊すなんて至極無理だ。

 特にお墓にまで来てくれた者となると2名だけ――提督と“叢雲”だけだった。

 

 

「で、何の用かな? こんなところまで僕と何を話しに来たのかな?」

「今日聞きたいことは別にあったんだけど、先に聞きたいことができたからそっちから先に聞くわ」

「どうぞ」

「妖精なんて死ねばすぐに生まれてくるのにこんなお墓まで立てて、何のつもりなの?」

「難しい質問だね」

 

 

 ―――何のつもりなの。

 その疑問を聞いて、頭の中が回答を探し始める。

 

 

「あえて言うなら生きていた証を残してあげたいからじゃないかな?」

「生きていた証?」

「そう、生きていた証」

 

 

 僕は、妖精の存在に疑問を持っていた。

 まるで死ぬために生まれたような、戦うために生まれたような彼らの存在が不思議だった。声は誰にも届かず、思いは誰にも伝えられず、深海棲艦と戦うことだけ義務付けられている。艦娘が装備する艤装に付属する備品みたいなもの。

 きっとそんなふうに生まれてきたのは、どれがあっても深海棲艦と戦う際に邪魔になるからなのだろう。

 声を出せたら、想いを伝えられたら――きっと使う事を躊躇うから。

 みんな違う存在で、唯一のかけがえないものだと知ったら――失うことを恐れて戦えなくなるから。

 だから分かっている者が、気付いている者が、せめてもの記録を残さなければならないと思ったのだ。

 

 

「同じ者なんて誰もいないんだよ。みんな違う者なんだ。艦娘のみんなは同じように取り扱うけど、全員違う者なんだよ。今日死んだ妖精と、今生き残っている妖精は違う」

 

 

 妖精の存在は、まるで道具だ。まるで無機物だ。

 彼らには名前だってあるのに。

 感情だってあるのに。

 誰も呼んであげられない。

 誰も察してあげられない。

 同じ者など何一ついないのだ。

 同じように見えても同じではないのだ。

 それは艦娘に関しても同じ――妖精も同じだ。

 

 

「死んだときに何も残してあげなかったら、何もなくなっちゃうだろう? 何もなくなっちゃったら、まるで生きていたこと自体がなくなってしまうみたいじゃないか」

「私にはどれも同じに見えるけど……あんたは不器用なのね。そんなことをしていたらいつか心が壊れるわよ? 気にしすぎもよくないわ」

「僕なら大丈夫。慣れているから。ずっと前から、生まれた時から、ずっとこうして生きてきたから」

「あんた……」

 

 

 不器用だから生きてこられたんだ。

 賢かったらきっと生きていられなかった。

 覚えて、記憶して、刻み込んできたから今がある。

 もう誰も覚えていないけど、もう誰もいなくなったけど、僕だけが抱えている記憶がこれまでの過去を雄大に示している。

 分かってもらおうなんて思わない。

 僕は、頭の中で会話を打ち切ると主題から離れ続けている会話を修正しに走った。

 

 

「この話はこれでおしまい。それで、叢雲さんの用事って何なの?」

「……あんたには、そのつもりはないかもしれないけど一応釘を刺しておこうと思って」

 

 

 そう言った叢雲さんの表情が僅かに曇る。

 決意を込めた表情で、少し多めに息を吸い込むとまくしたてるようにセリフを吐いた。

 

 

「よく聞きなさい! 絶対に司令官の期待を裏切るようなことはしないで! 司令官はあんたのことを随分と信頼しているわ。でも、私にはあんたが不穏分子にしか見えない!」

 

 

 叢雲さんの推測は間違っていない。

 僕は、不穏分子だろう。というか、異物だろう。

 妖精が見えるというだけで。

 妖精と話せるというだけで。

 十分に異分子である。

 

 

「大丈夫だよ、僕からは何もするつもりはないから」

「そうじゃないのよ!! あんたに何かをするつもりがなくても、周りがそういう雰囲気を作り始めてる! 空母の連中はあんたにずいぶん肩入れしているみたいだし、内部分裂なんてしたら目も当てらないわ!」

「ああ、そういうことか」

「本当ならすぐにでもここを追い出してやりたいところよ! だけど、司令官が言うから仕方なく置いてあげてるの! 少しは立場をわきまえなさいよ!! 私からはそれだけ!!」

 

 

 まるでお前のせいだと言わんばかりの勢いで顔を赤く染めながら指をさす。これは、彼女なりの宣戦布告のようだった。

 提督に害をなせば即座に追い出す。叢雲さんも提督さんのことを心配しているのだ。僕が仮に造反した場合に、それに付随してしまう艦娘が出ないように警戒しているのである。内部で裏切りが行われて、かつて仲間だった者たちで争うなど、提督が最も見たくない光景なのだろうから。

 叢雲さんは、言うだけ言ってその場を後にする。

 どんどんと小さくなる後姿が見えなくなるまで見送る。

 妖精もいなくなり、叢雲さんもいなくなった妖精の墓には、僕だけが残った。

 

 

「どうすればいいのかな。僕はどうしたら、どうすればいいのだろう?」

 

 

 疑問が頭の中を徘徊する。

 見上げた空は、綺麗な茜色に染まっている。

 オレンジ色の雲は、青空の下とはまた違った顔を見せていた。

 空を漂う雲のように、風のままに気ままに生きていけたらいいのに――そんなことを考えていると唐突に先ほどと同じ大きさの影が差した。

 

 

「あんた、一方的に言われすぎ! なんとか言い返しなさいよ! 裏切られる方が悪いって言いきればよかったじゃない! 裏切られるなんて人望がないんじゃないって言ってやんなさいよ!」

「駄目だよ、そんなこと言ったらそれこそ追い出されるでしょ?」

「そうなったらそうなったでしょ!? 世間知らずに言いたい放題言われるのは癪に障るのよ。何も知らないくせに、先に来た奴っていうのはそれだけで何を言っても許されるって? 冗談じゃないわ!」

 

 

 怒りを見せるテンポはさっきと同じ。

 声のトーンもさっきと同じ。

 それもそのはずだ――ここにいるのは、叢雲だからだ。

 “叢雲さん”とは違う、“叢雲”がここにはいた。

 

 

「叢雲、色々と言いたい気持ちは分かるけど、落ち着いて」

「これが落ち着いていられる!? あんたが間違って私をあいつと混同しなかったら私は解体されていたのよ? いらないからって、二人目だからって!!」

 

 

 どうして叢雲がここにいるのか。

 それは、解体される手はずだった叢雲を“叢雲さん”と間違えたからだった。

 妖精と話すことができる関係上、工廠に出向くことも多かった僕は解体の場面に立ち会うこともあった。解体現場には、どこかで見たような艦娘がいつも毎日2体ずつ送り込まれてくる。

 僕がこの鎮守府で知っている艦娘はそこまで多くない。それこそ両手で数える程度のもの。だけど、ある日送られてきた艦娘を知らないわけがなかった。なぜならば、その者は提督の初期艦であり、秘書官だったからだ。

 僕は、何度も目にした存在である叢雲が解体されるのはおかしいと――彼女を叢雲さんと勘違いして止めさせたのである。

 

 

「同じ名前を持つ艦娘が同じ場所にいると悪影響が出るんだろうね。叢雲は叢雲さんを見ていてやっぱり不安になったり、負の感情が出てきたりするの?」

「ええ、怒りと苛立ちで頭の中がぐちゃぐちゃよ。あんたを馬鹿にしたことは絶対に許さないんだから!」

「あれ、僕のことで怒っているの? てっきり居場所をなくした方を怒っているかと思ったのに」

「あっ……ち、違うわ。あんたのことで私が怒るわけないじゃない。あんた、何を勘違いしているの? 少し自意識過剰なんじゃない?」

「そんなこと言わなくても、叢雲はなんだかんだ優しいから僕のために怒ってくれているのは分かっているよ」

「私のことを優しいとか言わない! 私は、あんたに借りがあるのよ。助けてくれた借りが……今は私のせいであんたの立場が悪くなっているから文句が言える身分じゃないのは分かっているのよ……」

 

 

 叢雲は、怒ったり、困ったり、喜んだり、恥ずかしがったりと随分と感情が豊かだ。普段は怒っているところしか見ないから知らなかったが、見ていて面白い人なんだと近くにいて初めて知った。

 知って、気付いて、やっぱり叢雲と叢雲さんは違うって思うようになった。違いが分かるようになって、艦娘と妖精の近似性がより感じるようになった。

 どうして艦娘は、妖精のことを道具のように見てしまうのだろうか。僕には両者の違いが分からなかった。聞こえているか、見えているか、伝えられているか、きっと違いなんてそれだけなのだろう。それが――全てなのだ。

 

 

「やっぱり私を解体した方がいいんじゃないかしら……」

「それは無理、もう遅いよ。今頃解体して証拠隠滅してそれで終わりって? 僕はそんな結末を納得しないから。だってそれだと、叢雲の存在が最初からなかったみたいじゃないか」

「だけど、このまま私を匿っていたら追い出されるわよ? 解体していないことがばれたら、いくらあんたといえど」

「いいんだ。それがここのやり方だっていうのなら追い出されても仕方がないよ」

 

 

 それで追い出されるようなら、それも仕方がないだろう。

 軋轢を生まないように同艦は解体する。きっとここではそうしている。それに逆らうようなことをしている僕を追い出す結果になったとしても、それで弱みを握られて脅されても、僕はそれで構わないと思っていた。

 

 

「追い出されたらどうしようかな、何か仕事を探さないとね」

「し、仕方ないから私も付いて行ってあげるわ。あんた一人じゃうまく生活できるとは思えないし……料理ぐらいなら、作ってあげる」

「うん、そうなったらよろしくね」

 

 

 未来がどうなるかなんて分からない。

 叢雲がこうして生きているように。

 僕がこうして生きているように。

 妖精が18名死んだように。

 今日も2隻の艦娘が解体されたように。

 知らないところで終わって、始まっている。

 そして、今日はまだ終わりを見せるつもりはないようだった。

 

 

「あれ、叢雲ちゃん? こんなところでどうしたの?」

「ふ、吹雪、これはね、ちょっと事情があって」

「叢雲さんから、艦隊のことを聞いていたのですよ。私はまだ新参者で、初期艦の叢雲さんに色々と教えていただきたいことがあったので」

「そうだったのですか。叢雲ちゃん、随分仲が悪そうだったから仲良くなったのなら良かったです!」

「吹雪さんは、どうしてここに?」

「ああ、忘れるところでした! 妖精管理部、部長――司令官から至急、執務室に来るようにとのことです。ご同行願えますか?」

 

 

 もしかしてばれたのだろうか。

 矢継ぎ早に進む話に叢雲の表情に動揺が走っていた。

 しかし、ここで行くのを拒否する理由もない。断った方が不自然である。

 

 

「それでは叢雲さん、お話ありがとうございました。先に行きますね」

「え、ええ」

 

 

 僕は、叢雲を残して吹雪の歩みに足並みをそろえた。

 




仕事も一段落して、メインの小説を進めている最中にこちらを思い出し、つい書いてしまいました。
面白くなっているといいなぁ、と心の底から思います。
艦これ、やっている人ほど嫌悪感出そうで怖いですけど、艦これ面白いのできっと大丈夫ですよね。

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