Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

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Mission report28 PM18:00i

 September 29th PM17:00 Street car(路面電車)

 

「ここは、俺は一体……」

 

 無人となった路面電車の座席に、1人静かに横たわっていた隊員が目を覚ます。意識が戻ったことにより、傷の痛みも甦り苦悶に喘ぎながらその場に立ち上がる。

 

「部隊はどうなった?」

 

 自分がどのようにしてここまで来たのか、誰が手当てをしてくれたのか、必死に気を失う前の記憶を辿る。

 

 ダメだ、奇妙な怪物に襲われて触手に腹部を貫かれたところまでは覚えている。その時部外が1人死んだことも。だが、そこからどうやってここまで来たのかがわからない。ここがどの辺りなのかも。

 

 男の部隊は市庁舎近辺に降下して活動を続けていたが、路面電車がある場所は市庁舎からかなり離れたダウンタウンの警察署近辺である。彼が部下と分断されてる地点から遠く離れているため、合流は不可能だろう。

 

「外に出て状況を確認せねば」

 

 腹部の止血は完全ではないため、少し動くだけで患部から血が流れ包帯に滲む。大量出血は起こしていないが、外科手術による措置を受けなければ、血圧の低下によるショック状態に陥るだろう。

 

 手足の感覚が鈍い、それに悪寒も走る。思ったよりも傷は深いのだろう。だがまだ動ける。

 

 患部の左下腹部を庇おうとするため、不自然に体重が右に片寄る。のそのそと緩慢に動くさまはゾンビと変わらない。奴等の仲間になった気分だ。

 

 負傷による影響だけではなく、高濃度のTによる感染もしているため、彼の感じている気分はあながち間違いではない。感染の自覚があるかどうかは別であるが。

 

「くそ、胃のあたりがやられてるのかもしれない、下手したら小腸や肝臓、横隔膜も」

 

 歯を食いしばりながら車両を移動し、1車両目の出入口まで進み、右手で電車のドアを引いて開ける。大して力を入れているわけでもないのに、彼の患部から更に血が滴る。外傷性の空気を含まない鮮血。恐らく腹腔内でも内出血が起きているだろう。内蔵脱出が起きてない、今のところ起きそうにないのが救いである。しかしながら、腹腔内の出血は概ね1500~3000mLであるため、10分から20分で死を迎えてしまうであろう。

 

 今度気を失えばそのまま逝ってしまうだろう。さっきよりも呼吸が荒くなっているのが自分でもわかる。脈拍も早くなっている。

 

 自らが重篤な状態であるにも関わらず、彼自身を動かす動機は罪悪感であろう。戦場であれば、後送も治療も望めない手の施しようがない者は諦められるのが常。戦線復帰も望めない者は後回しが常識。なのに俺は身を助けられここにいる。無事な者を犠牲にして。

 

 こんな状態であっても彼は、冷静に物事を判断することに長けていた。自分の置かれている状況から察して、何が起きたのかをその豊富な経験に基づいて理解してしまうのだ。

 

「不甲斐ない!」

 

 何とか外に出てみたのはいいが、そこで彼は痛みと進行する体内の変容のあまりに、その場にへたりこんでしまう。

 

 さっきよりも感覚が鈍い。握っているはずの右手の銃の感覚が感じられない。まずい。こんな状態で命を拾おうとは思わないが、何もなせないまま、むざむざと死ぬのか。

 

 どんどんネガティブな思考に陥る彼の前に、数体のゾンビが路面電車の発着場の通りのL字の角から姿を見せる。警察の制服を着たゾンビとTシャツにジャージといった市民の格好をしたゾンビ。

 

 荒い呼吸と覚束無い手足、薄れる意識の最中で彼はゾンビの姿を見て自分を奮い立たせる。悲鳴を上げる体を酷使し無理矢理立ち上がると、握っていたライフルを向け一心不乱に引き金を引く。痛みや意識の低下といったものや感覚の鈍化がその瞬間は消え去っていた。

 

 しかし、それは彼の思い込みであり、体は正直だ。低下した身体ではまともに銃を扱えない。弾はゾンビの側を通過するだけの、全くの無駄遣い。1弾倉の半分が空を切り、残りの半分近くが当たりこそするが、腹部や手足といったダメージを与える箇所ではなかった。

 進行を止めないゾンビを見れば、自分が使っている弾は無意味であることは誰でも理解できる。彼は悪態を着きながら、側に転がっていたドラム缶を蹴飛ばし、ゾンビの足元までやると、ドラム缶に残りの弾を浴びせる。中に入っていた燃料系に反応したのか、ドラム缶が爆発すると、ゾンビ達も同時に吹き飛ぶ。

 

 再度地べたに座り込む隊員。そこに銃声と爆発を聞き付けた女性が駆けつける。

 

「何をしてるの。そんな体でこんな無茶を」

 

 女性は男が目を覚まし、行動を起こすことは無いだろうと踏んでいたため、驚愕すると同時に酷く呆れていた。本来なら動いていい状態ではなく、無理に動かれると返って手が掛かってしまう。

 

「黙って寝ているわけにもいかない。何よりコイツらのせいで、部隊は壊滅したんだ」

 

 地べたに座りながら男は怨み言を口にする。戦闘だけでなく、怨み言を口にする余力があるという精神力の強さは脱帽ものである。

 

「彼らも犠牲者なのよ」

 

 宥めるように女性が男に反論する。それに対して男は何も言えない、いや、ついに言うことができなくなってしまったのだろう。意識はあるが、言葉を口にする力は今は無くしてしまったのだ。

 

「"ジル"!」

 

 二人がやりとりを終えた直後に、若い隊員が路面電車に戻ってくる。どうやら彼も路面電車方面からの銃声に駆けつけたようだ。

 

「"カルロス"」

 

 ジルと呼ばれた女性が、若い隊員のことをカルロスと呼びお互いに向き合う。

 

「銃声がしたから駆けつけてみれば、なぜ隊長がここに?」

「目を覚まし自力で動こうとしたのよ」

 

 カルロスと呼ばれた隊員は二人に近づき事の顛末、経緯について女性に聞き込む。

 

 そんな二人の背には、何やら道具が詰められた袋が背負われている。

 

「何て無茶を。それで隊長の様子は?」

「見ての通り、無理をしたから、また意識を失いかけてる」

 

 彼女は腰を下げ男を抱き起こすと、ポーチから薬品をいくつか男に処方する。モルヒネなのか、男は少し呼吸が落ちつき苦痛も和らいでいるみたいだ。

 

「首尾はどうだ?」

 

 首尾と聞かれた女性は、担いでいた袋を若い隊員に見せる。それを見た隊員は小さく頷く。

 

「急ごう」

 

 達成感に浸る暇もなく、二人は男を抱え路面電車へと入っていく。男を再度後部車両に寝かせると、女性は持っていた袋を若い隊員に渡し、座席へと向かう。

 

「準備でき次第すぐに出発する」

 

 荷物を受け取った隊員は中身を確認し、それらを路面電車の抜けている部分に繋げたり、補充したりという作業を始める。どうやら路面電車を動かすための部品のようだ。

 作業時間はそこまで必要ではないようだ。手際よく作業をする隊員は女性に背を向けながら出発について告げた。

 それに対して女性は特に返事をしないが、代わりにある事を告げる。

 

「それと、"ニコライ"は戻らないわ」

 

 ニコライは戻らない。それを聞いた隊員も手を止め振り替えることなく、そのまま「あぁ」と小さく呟く。目的を共にした同志を喪ったことが残念なのだろう。男を発見したのは若い隊員と彼であり、目的地である時計塔までの移動手段、プランを提示したのも彼であり、隊は違えど、よき上司として映ってもいたのだろう。

 

 後部車両に寝かされた男は半覚醒状態であった。しかし、不快感はなく麻酔作用が効いているのか心も安らいでいた。そして自身の先程の発言と行いを思慮が浅いものだと悔いていた。

 

 俺はまだ生きている。何のために部下達に生かされたのか。それを見つけなければ。

 

 男はこの街での活動に新たな目的を加え混んだ。

 

 程なくして列車が動き始める。小さく揺れる車内。その揺れがまた心地よさを与えてくるため、少しばかり眠ろうと男が瞼を閉じた時だった。

 

 列車が動く揺れとは別の、桁違いな振動を耳と肌で感じた男は反射的に飛び上がる。先程投与された薬品が効いているのか、反射的に飛び上がっても痛みは感じなかった。

 それよりも震動の正体が気になった。まるで大きな物体と衝突したような揺れの正体は、何か落下物であった。男の数メートル先に落下したそれは列車の床を凹ませた。

 

 後ろを向いていた。そしてその後ろ姿と全体像には見覚えがあった。

 

 獣のような雄叫びを上げたそれは、自分の部下を襲撃したモノであった。

 

 列車の異変に女性も駆けつける。女性も振動の正体を見て絶句し、体を固める。彼女にとっても忘れることのできない、仇でもあるが一番遭遇したくない相手だった。

 

「ジル! この車両から出るんだ!」

 

 男にとって憎むべき相手だが、男に私怨の感情は無かった。たたただ、目の前の脅威に対して誰かを逃がすための人柱として、身を捧げる覚悟ができていただけである。

 

 男は直ぐに女性を前方の車両に押しやった。そして車両の扉が開かないようにロックをかける。

 

「"ミハイル"!」

 

 扉の覗き窓から女性が、男の名を叫びながら扉を叩いている。男は一瞬彼女の目を見つめ、すぐに乱入してきたネメシスに向かい直す。

 

 傷を負った俺が生き延びた理由はこの時のためだったんだな。

 

 

 September 29th PM21:00

 

 

「これがラストチャンスだろう」

 

 ヘリの操縦席に座りながら、痺れを切らすようにそわそわと、落ち着つかない様子で体を揺らす男。チラチラと右手首に巻かれた腕時計と、操縦席の窓から外のある一ヶ所の様子を交互に見ている。何かを待っているようだ。

 

 ヘリは市内のある建築途中のビルの上で待機していた。ここがヘリを停めれるだけのスペースと、街を見渡せる一定の高度を持っていた。

 

 地上から18階相当の高さのビルのなりかけは、最近まで作業が実施されていたことを思わせる足場や、機材、木材が隅に残置されている。外側にはクレーンが再開されることのない作業を首を伸ばして待っている。

 更に高層まで建てていくつもりだったのだろう。マストクライミング方式のクレーンのつなぎ材も放置されている。

 

「辺り一面人が生きている気配もなかれば、合図も送られてこない。昨晩から根気よく待機していたが、やはり予想していた通りだ」

 

 パイロットとは別の男が、開かれた状態の後部搭乗口からヘリに乗り込み、パイロットが座る座席と反対の左座席その両方に両手を乗せながら、中央の空いたスペースから顔を出し、パイロットを軽く見下ろす。

 

 U.B.C.Sが任務開始した日より、避難民搬送の任を受けていた二人は初日から次々と音信不通となった仲間と、避難民のために今日までラクーンシティに残り続けていた。燃料の補給が望めないため、早々にこの場所を確保し、こうしてずっと待ちながらヘリで市内を旋回しては生存者達を探していた。

 彼らが活動していることは、ヘリのローター音から生存者達は早くも知っていたが、ヘリと連絡を取る手段もなく、動くに動けないだけではなく、ヘリ側も生存者達の存在に気づくことができていなかった。街中で燻る火の手とその白煙、黒煙から狼煙が上がっても見分けがつかず、発煙筒の灯りと煙もタイミングが悪く、ヘリの死角に入り気づかれることがなかった。

 

「そもそも無茶だったんだ。古びた時計塔の鐘を鳴らさせるなんて。一般人は元より、俺達であっても困難を極める」

 

 ヘリの搭乗員兼狙撃手の男がぼやく。彼の方は生存者の存在と救助については絶望的であり、何も望めないといった様子である。

 

「燃料も残り僅か。万が一合図が送られて救助したとしても、市外まで出れるかギリギリ。市庁舎が陥落した時点で基地に戻るべきだったんだ」

 

 当初の予定であった救助地点は、早くからのゾンビの侵入によりあっという間に占領され、放棄する他なかった。

 救助地点を失ったことにより、新たな地点の設定をする必要があった。白羽の矢が立ったのが街のシンボルであり、その真下付近には開けた広場、公園のようなものになっている時計塔であった。

 ところが、地上で任務にあたる隊員達と突然交信が途絶え、連絡がつかなくなっていた。そこで彼らはありったけの雑用紙に鐘を鳴らせば時計塔にヘリを降下させる旨の書留をヘリから街にばら蒔いた。何枚何百枚ものメモが街に降ったが、それを何人の生存者が受け取ったのかは彼らは知らない。思い付きの行動であったため、鐘を鳴らすことも、メモがどれだけの生存者の目に入るかも深くは考慮していなかった。今になって現実的ではないと思い知ったのだ。

 

「矢は放たれたんだ。もう待つだけしかない」

 

 限界の限界まで待つ考えを改めようとしないパイロット。人一倍仲間思いであることは容易に理解することができるだろう。

 

 そんな仲間思いな彼の願掛けが通じたのか、甲高い教会等で聞く音色のいい鐘の音が街に響く。当然ヘリの中にいた二人もそれを耳にする。

 

 互いに顔を見合せ、聞き間違いでないかの確認で静かに何度か鐘の音を耳にする。聞き間違いではなかった。半ば諦めかけていた合図が送られてきた。誰かが時計塔にたどり着きやったのだ。

 

「生存者だ!」

 

 パイロットは直ぐにベルトを締め、ヘリのエンジンを起動するとメインローターに動力が伝わり、回転を始める。計器や燃料といった機器の確認を済ませ、時計塔に急ぐ。

 

 時計塔の鐘はかつて街のシンボルとして、市民に安寧を音色を聞かせていた、かつての音色のまた鳴り続いている。

 

 10分もしない内に、ヘリは時計塔の側の庭園に到着する。捜索用のライトを照らしながら慎重に降下地点を見ながら生存者の姿を探す。

 

「誰か見えるか!」

 

 イヤマフと一体化されたヘッドセットを着けながら、パイロットの声を耳にしながら、搭乗員も開かれた後部の搭乗口から時計塔付近を見渡す。

 

「誰もいない!」

「よく探せ!」

 

 老朽化して修理中だった鐘がなったということは、人が手を加えたほかならない。必ずいるはずなんだ生存者が。

 

 生存者の存在は確信的である。ただそれが単独なのか複数なのかの違いであり、単独なら時計塔から降りてくるまでの時間、複数ならどこか安全な場所に隠れているだけか。

 

「女が1人出てきた!」

 

 搭乗員が、時計塔と連接されている教会の入り口から女性を発見する。

 

「1人だけか、仲間は!?」

「他はいなさそうだ!」

 

 教会から出てきた女性はヘリに向かって手を降りながら、ヘリに近づく。ヘリも高度を下げ着陸の準備をしていた。

 

「降下して待っていれば他もいつか来るだろう!」

 

 ただ、残念なことが1つある。鐘を合図として生存者をピックアップするということは、その鐘の音に引き寄せられる存在を失念しているということだ。鐘は色んな意味での合図であり、位置を知らせてしまう道具である。

 

 パイロットが着陸地点を見ながら降下している時、どうしても視線と意識はそちらにいってしまう。着陸する場所の地形やその時の風向き等で着陸の難易度が変わるからである。したがってパイロットが異変に気づかないのも無理はない話である。

 

 ふと、視線を正面に戻したとき、パイロットとヘリの前にそれがいた。

 

 黒いコートを着た人型の醜い怪物が。それは携行火器としては最大の威力はあるであろう、ミサイルランチャーをヘリに向かって構えていた。

 

「何かに狙われてる! しがみつけ!」

 

 パイロットの怒号が搭乗員の耳を荒々しく襲う。パイロットが叫ぶタイミングと同時期にランチャーからミサイルが発射されていた。

 

「ダメだ! 間に合わない!」

 

 アラートが危険を報せる。咄嗟に回避運動を取り、ミサイルをかわそうと機体を反らせたが機体の後部側面に直撃してしまう。

 爆発の衝撃は大きく、機体は火を吹きながら安定性を失い墜落していく。搭乗員は直撃した近くにいたため、そのまま即死してしまった。

 

「くそー!」

 

 パイロットは最後の力を振り絞り、生存者がいない地点に墜落させようと、操縦を続ける。

 

「済まない、後は自力で何とかしてくれ。健闘を祈る」

 

 聞こえるはずがないが、生存者の今後を祈らずにはいられないパイロット。

 

 ヘリは反時計回りに回転しながら、時計塔の向かいのマンションへと墜落する。頼みの綱の1つであったヘリを失った。ヘリの墜落を、離れたところから眺めることしかできなかった生存者達は、更に絶望のドン底へと容赦なく突き落とされる。

 


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