海と山で暮らすノノ村で4年に一度行われる一大行事の事である。盛大な祭事として内外に知ら渡っていた。
三日間、続く祭りにおいて、“大風様”と直接会う事の出来る“風の巫女”に選ばれた少女――ラファンは、一人のリオソウル装備をしたハンターと出会う。
※『モンスターハンター~天の鎖~』の外伝です。時系列的には、物語開始の数年前。セルが、ある古龍を追っていた際の二度目の邂逅を主体に置いています。
基本シリアスですので、それが苦手の方はバックブラウザを。
入賞などは考えてません。一応は本編に繋がる事を考えてあるので、謎が多く残ります。気になる方は本編をお願いしマース。
それではどうぞ。
「今年の『風の巫女』は――ラファンに決定しました」
村長から、その報告を聞いた母は、跳び上がって喜んだ。わたしは、喜ぶと言う感情を通りこし、現実味の無い決定に放心していた。
足も無茶苦茶震えたのも覚えている。もちろん、嬉しかったからだ。
ノノ村。辺境の更に辺境にある、わたしの故郷である小さな村では、四年に一度に訪れる2月29日に『大風祭』というお祭りがある。
『大風祭』は、海と山に面しているノノ村全てを使って行われる、大自然の恵みに感謝するお祭りなのだ。
木の上と海の上に家を造って暮らしているわたし達、ノノ村の住人にとって“風”は大切な縁なのである。
かつては海と山では二つの集落があり、優劣を競って争いながら暮らしていた。しかし、ある時現れた“大風様”は二つ集落が協力しながら生きる事を教えてくれたそうだ。
今では、互いに助け合って暮らしており、“大風様”が4年に一度訪れる時には、海と山は総出で、かの神を祝う事が決まっていた。
その中で、海と山の民の12歳以下の子供の中から、一人だけ選抜される。
選抜された子供は“風の巫女”と言われ、『大風祭』に現れる“大風様”と直接お会いし、その姿と言伝を承る事が出来るのだ。
何よりも名誉とされ、その言伝はノノ村の歴史書に残ると言われている大切な役回りなのだ。無論、その時の“風の巫女”の名前も残る。
母も、父も、わたしの名前が歴史書に残ると言う事が嬉しく、わたしも同じだった。
海と山で『大風祭』の準備が一ヶ月前から始まった。
食料を蓄えて、外部の村や街に『大風祭』の旨を公布する。三日間行われる為、初日を逃しても、“大風様”が現れる三日目に来る人たちも多かった。
ちなみに、“風の巫女”は“大風様”への閲覧は最後の行事で、それ以外でも祭り中が多忙である。けれど、それでも“大風様”との邂逅は余りあるほどの名誉である為、苦には思わなかった。
誰もが、楽しみ、笑って、祝い合う『大風祭』。
わたしも、“風の巫女”としてあっちこっちへ顔を出し、ひと月の間、何時間も練習した踊りや、礼拝でいっぱいっぱいになっていた。
そんな中、ただ一人だけ違う雰囲気を纏っていたハンターに気がついたのは、わたしだけだった。
「ハンターさん」
『大風祭』の三日目、最終日。
様々な行事が行われ、昼夜通して人の声の絶えないノノ村には多くの人たちで溢れていた。
「…………また君か。……仕事はいいんですか?」
「ちょっと休憩です。もう後は“大風様”への礼拝だけですから」
『大風祭』が始まってから、ずっとこの場所から動かない、ハンターの視線は、今夜に現れる“大風様”の居に続くとされる入り口に置かれた石碑だった。
山の切り立った崖から洞窟へ入り、4年に一度通る事が出来る道を進むと、まるで造られたような小さな浅瀬が現れて、そこに“大風様”が現れるのだ。
「今夜、“大風様”が現れるんです。この三日の『大風祭』も、“大風様”がわたし達を見失わない為の、祭事なんですよ!」
「…………僕にとっては、あまり意味が無い行事です」
蒼い鎧を着たハンターは、その異様な雰囲気から、『大風祭』の間、誰もが近づくのを避けていた。しかし、“風の巫女”に選ばれたラファンは、始まってからのハイテンションで、恐れる者など誰もいなかった。
「じゃあ、なんで『大風祭』に参加してるんですか?」
ハンターはずっと何も食べていないようだ。それどころか、初日に最初に見かけた時と同じ場所に腰を下ろして三日間、石碑を見ている。
「……初めて勝負で負けた。だから……追いかけて決着をつける為です」
その言葉は、並の人間ならば恐れを感じるほどの殺気が吐き出された。しかし、ラファンは、これから会う“大風様”の事で頭が一杯で、彼の殺気などまるで感じない。
「へー。わたしの叔父さんもハンターですけど、今はドンドルマに居ますよ。けど、ハンターさんの装備の方が、ずっと強そうですね」
彼女の親戚にも何人か、ハンターが居るらしい。それでも、目の前の彼ほどの装備は持ち合わせていないとの事だ。
「結構、若いですよね? わたしの予測ですけど……20代でしょ! ハンターさんは!」
びしっと指を刺して、宣言するラファンへ、ハンターは一度視線を向けただけですぐ逸らした。
「それに、何も食べてないんじゃないですか?」
ラファンはごそごそと、三日間着こなした巫女服の中から、おにぎりを取り出す。
「はい、どうぞ! 合間に食事をとる様に言われていたのですが、食べる間が無くて、丸一日、わたしが肌で温めていた、おにぎりです!」
「いりません」
「そんな事言わずに~」
ぐいぐいと、おにぎりを押し付けてくるラファンの様子からも、変に高いテンションであるとハンターは嘆息を吐いた。
「ワザと……食事は抜いてるんですよ」
「なんで?」
横で、もふもふとおにぎりを食べだしたラファンは、頬におにぎりを含みながら問う。
「歌を聞く為です」
「…………別に、ご飯制限しなくても、下に降りれば聴けますよ?」
少し離れた場所では、『大風祭』に呼ばれた音楽隊と、演劇隊によって様々な音楽と演劇が繰り広げられていた。今は、“風臨劇”と呼ばれる、“大風様”の現れたノノ村の歴史を演劇で披露していた。
「人の創った歌ではなく……この世界の歌です」
「世界の歌?」
首をかしげるラファンは、“大風様”に会った時に聞いてみよう、と聞き流した。
「……確実に仕留める為の下準備なんですよ。だから、別に僕の事は気にしないでください」
「じゃあ、質問を変えます!」
おにぎりを食べ終わったラファンは、立ち上がってハンターと同じように石碑を眺める。
「ハンターさんは、誰かを好きになった事がありますか?」
「ありません」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜。海と山の村民と、外からの旅人達が集まる石碑の前で、海と山の長老に儀礼と励声を受けたラファンは、その時を待っていた。
「“風の巫女”ラファン。今宵、貴女は……“大風様”より天明を預かる事となる。その言葉を嘘偽り無く、この場へ持ち帰ると誓うか?」
「わたしの生、名に賭けて誓います」
山の長老からは、巫女服の上へ大きな衣を羽織られ、海の長老からは“風の巫女”と言う事を“大風様”に認識してもらうための、冠が被せられた。
すると、その場に現れた“風の巫女”を見つけたように、肌を撫でる“そよ風”をその場の全員が感じ取っていた。そして、石碑の奥に続く洞窟から、反響していた波の音が消えた。
後は、ただ無言でラファンは石碑の奥へ降りて行く。次に彼女が皆の前で声を発するのは、“大風様”からの言葉であるのだ。
「シャムール?」
「そう。このノノ村に支援してくれている貴族の方でな」
ほとんどの人間が石碑の前に赴いている中、がらん、と人気の無くなった祭り広場で酒を飲みながら、ほろ酔い気分で二人は会話していた。
「
アリアナは一族の代表として、ノノ村の祭りに参加していた。誰かが行く必要があるとの事だったが、田舎の祭りには上流貴族たちは興味がない。
しかし、ハンターとして活動しているアリアナは、色々な活動環境を知る為にも『大風祭』に進んで参加した。
「お嬢ちゃん、知らないのかい? フェニキア様は4年前の『大風祭』に現れてな。村の雰囲気を気に入ってくれたとかで、その頃からノノ村に色々と施設を造ってくれたんだ。海には港を造ってくれて、山には牧場を造ってくれたよ。おかげで、これだけ豪華な『大風祭』が出来るようになったし、ハンター達も拠点にしてくれているなぁ」
フェニキア・シャムール。聞いた事が無い名前だ。しかし、ノノ村の人たちがこうも慕っている所を見ると嘘とは思えない。
「色々と、シャムールには妙な噂があるのです」
すると、横から大量の食べ物を食べながら歩いてきたのは竜人族の男だ。
「おう、シュウエン先生。あんた、去年もそんな事言って、祭りに出禁になって無かったか?」
「なので、顔を隠して潜入してました。このムニエルは美味しいですね」
アリアナと向かい合う様に、酒を飲んでいる売店のおっちゃんの横に座る竜人族の男――シュウエンは、意味深な言葉にアリアナは聞き返す。
「どういう事です?」
「えーっと、アリアナさんですね? カルスから話しは聞いてます。優秀な方だと」
「それは光栄ですわ。それよりも、シャムールについて何かご存じ?」
「ええ。世間では度々、シャムールの名前を使う者達が確認されているのです。しかし、その後数年で姿を消しています」
シュウエンが言うには、シャムールは確かに存在する貴族だが、不意に現れては、不意に姿を隠す、と言った奇行を繰り返しているらしい。
意図は全くの不明であり、ある種の都市伝説のようなものだった。
「おかしいですわね。ソレだけ、極端な不審な動きがあるのなら、貴族間も何らかの記録が残っているはず……」
「ワタシもそう思ったのですが、流石に情報は固い。そこで、ノノ村に現れるという情報を頼りに本人に会いに来たのですが……今年は参加していないようですね」
「? なんだ。二人ともフェニキア様とは会わなかったのか? 祭りには来てるよ?」
「積み上げるものなのねぇ」
「アイツの気まぐれだった。奴の事も……殺せなかったハズはない」
「恋、しちゃったのかもね」
「どっちがだ?」
「どっちだと思う? あたしは相思相愛だと思う」
「殺し合う運命だとしてもか?」
「見た感じ、二人とも下手だからねぇ。まだ、互いにお互いの気持ちに気づいてないなんて、ロマンチックが止まりませんなぁ」
「やはり、殺しておくべきか。奴の所為で、降臨が早まるかもしれない」
「面白そうって思うから? それとも今日が、世界の修繕日だから?」
「2月29日。『祖』が唯一意識を世界に溶かす日だ」
「昔は、うるう年って言ってたんだっけ? 確か、ずれ始めた日時を修正する為の予備日」
「だからこそ、人々の意識が集まり、そこから『祖』は世界の情報を吸い上げる。そして、今も視ている」
「……後、何年耐えられるかなぁ? そろそろだと思うし……そうなると、時間も無いよねぇ」
ずっと見えているのは灰色の光景だ。
「ただ、オレが求めるのは一つだけだ。おめでとう。お前はこれより『龍殺し』の名を名乗れる。その本能のままに殺せ! 振り回すだけの大火に方向性が出てきて、益々殺しやすくなっただろ? ちゃんとお前の席は残しておいてやるからよ。退屈になったら、戻って来い。クッカカ」
白でもなければ黒でもない。ただ、それだけが当たり前の世界だと、
疑い様の無い世界の模様。雑音と無駄な光景だけが本当に苛立ちを誘う。
しかし、ソレだけでは目的は果たせない。だから、ようやく
共に、元に戻れたと――『蒼の龍殺し』として気兼ねなく、奴らを殺せると――
「…………来た――」
その“そよ風”は間違い用の無い奴のモノ。忘れるはずがない。唯一にして、意志を否定された存在が、この場所に今夜やってくる。
「ストームアイ。今度こそ……殺す」
奴らを殺すのは……息をするよりも当たり前の行動だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
石碑の入り口から潮が引いた事で現れる洞窟を通って、月の光の下に出た。
「わぁ――」
思わず、そんな声が出たのは、月の光に照らされた空間に出たからである。キラキラと、浜辺となった場所に残る塩が月の光に反射している。
その中心には、一つの石碑が突き出ており、その岩には無数の文字が刻まれていた。不思議な事に、その石碑には錆びた後などは一切無く、ただ光を反射させており、神秘的な光景に目を奪われた。
「“大風様”。まだ、いらっしゃらないのですか?」
ラファンは、不安そうに呟く。この場所は、洞窟が傘のように上部分を覆っており、上からは死角になっており、見えないのである。
「……ふぅ」
近くにある手ごろな高さの岩に、腰を落ち着かせると“大風様”が来るのを待つ。ここの潮が再び満ちるまで1時間。それまでに“大風様”は現れると言われているのでその瞬間を待っていた。
そして――
「あ……」
ふわり、と、強くもなく、弱くもない風が髪を揺らし、少しだけ視界が覆われた。それを手で押さえて視界を確保すると、いつの間にか目の前には、黒い影が石碑に生まれている月の光の影に“大風様”が居た。
「お、“大風様”!」
ラファンは立ち上がり、目の前に現れた影の前へ歩くと跪く。
「わたしが、今年の“風の巫女”です。往来にて、この場への顕現を本当に嬉しく思います」
「…………」
「かつて、貴方様がお救いくださいました、ノノ集落はノノ村と名を変え、皆、幸せに過ごしておいでです」
「…………」
「4年ごとに、わたし達にお言葉を残してくださると聞いております。此度も、差し支えなければ、わたし達を導いてください――」
「……――――」
礼節を尽くすラファンは“大風様”の視線を感じていた。しかし、次にその視線が外れた事に疑問を抱き、同時に背後から人の気配を感じた。
「一体……いつから“神様”の真似事を続けているのか……知らないけれど……これからは繋がる事は無い――」
彼は石碑の道から来たのではない。海を通り、海底に近いルートを通ってこの場所へ現れたのだ。海水で濡れた鎧から、雫が垂れているのがその証拠である。
「ハンターさん!?」
そこに立っていたのは、蒼い鎧――リオソウルU装備を着けた、一人の狩人だった。
「神なんかじゃない。人の意志とは決して合い慣れる事は無い。だからこそ、目の前の幻想に囚われ続けると――――」
最後に笑ったのは、父と母が帰って来た時だった。それから、たった一つの感情を残し、残りの生き方は全て捨てた。
「必ず殺される。必ず奪われる。お前達にとっては、僕たちの生き方なんて路上の小石のようにしか見えていない」
「何を……言っているんですか?」
ラファンは、近づいて来るハンターに初めて恐怖を感じた。いや……気がつかなかっただけだと――
「誰を殺したかなんて……誰を奪ったかなんて……知ろうとしないからこそ、何も変わらない。だから僕が殺す」
初めて感じる、ソレを行使する事に特化した人間の本気の殺気にラファンは、ひっ、と純粋な恐怖を感じた。
その時、風が包む様にラファンへまとわりつく。優しく両手で包むような、優しい風は彼女を場の隅へ運んだ。
「“大風様”!」
「“大風様”なんかじゃない。ましてや“神”などでも無い。コイツはただの――」
ハンターが消えるように“加速”した。その踏込みで浜辺の一部が弾けたような跡を残すと、次の瞬間に彼は“大風様”の眼前へ、背の鞘に収まった自らの武器――龍刀【焔火】の柄を握っていた。
「ただの“
鯉口が切られ、青色の刀身が月の光に反射する。
世界各地に残る、今の人類が理解し得ない技術と文献の数々。
多くの竜の伝承と、ソレに対抗する様に見つかる数々の
どの文献にも節々に現れる、この世界の見ていると言われる“祖”の存在。
全ての情報が統合され、理解されれば自ずと世界と人は繋がるのだ。
だが、ソレを人の身で知るにはあまりにも時間が足りなさすぎる。ならば、理解しなければならない。
そして……点と点を繋ぐために必要な事を、人の
世界と――
世界を知る為に必要な
「人類は知っている」
彼女の叫びが洞窟内に反響して、こだましていた。
「“大風様”! ハンターさん! やめてください!!」
だが、そんな
ただ、その場に身を溶かす二つが聞こえているモノは――
「世界の歌」
ハンターの囁きが、その場に通る。
優しかった風が、今度は目の前の
聞こえている――
もっと、意識を世界に溶かす――
肉体を捨て、感情を捨て、思考さえも捨て――
意識を世界に溶かしていく――
「――――」
風の流れ。世界へ繋がりを強める程に、目の前の敵を殺す為に必要な情報が明白に視覚に入って来る。
正面から来る風を躱す。風は後ろの壁に斬りつけたような跡を残した。
足を攫うような風を躱す。下の砂浜をスプーンで掬ったように抉られた。
真上から押しつぶすような風を躱す。巨大な怪物が踏みつぶしたような跡が残った。
「――――」
攻撃距離に入った太刀が、風翔龍へ。しかし、その一閃を、まるで体重を感じさせない動きでふわりと躱す。
その風の流れをハンターは見えていた。風翔龍の躱した先へ追いつく様に、足が地へ付くと同時に強引に加速。間隙を狙う。
ブレス。まだ地に足が着いていないにも関わらず、風翔龍は口から高密度の空気を吐き出す。だが――
「ここで殺す――」
加速は止められたが、ハンターは正面からブレスを受けて、その場に留まっていた。
密封された空間。この場所は空間制圧を主とする風翔龍にとっては狭すぎた。故に、最大の力を発揮できる状態の半分ほどしか引き出せていない。加えて――
「潮が――」
空間へ潮が戻ってきていた。時間にして後、30分ほどでこの場所は再び海中に沈む。
「――――」
「逃げられると思っているのなら、そんなに愚かな事は無い――」
ハンターは風翔龍が入って来たであろう、海水が入って来る唯一の空間を塞ぐように立ち回っていた。だが、その立ち回りは己の退路をも断つ事になるのだ。
「もう、戻らないと! ハンターさん!! 死んじゃいます――」
もはや、彼女の眼には幻想は映っていない。彼女の瞳に映っているのは、
“殺す”か“殺せない”かの二択を選択しているハンターと――
ソレを迎え討ち、屠ろうとしている風翔龍だけ――
皮肉なモノだった――
古代の技術を反映させた者達は、何を願ってそれらの技術を残したのだろうか――
この世界で――世界と共存する為の技術――
皮肉としか言いようがない――
世界と――龍と――共存する為の技術だとすれば……
人は龍に近づいている。
いがみ合う運命だったのか?
同じ郷里を持つハズの人と龍は――
「殺す……殺す! 殺す!! お前達は! 龍は! 全て殺す!!!」
壁を蹴ってハンターは洞窟内を跳び上がる。
それに対して風翔龍はブレスを放った。
天井を蹴る。その際の加速は矢のように、ブレスを突き破ると――
「――――」
風翔龍の肩から胴へ強く、深く、太刀が滑り込んだ。
着地の衝撃で膝程まで海水が跳ね上がる。だが、同時に――
ハンターは眼や耳や鼻から大量に出血した。
何をしたのか分からないが、風翔龍も又、ハンターを倒すために最大限の能力を駆使していたのだ。
同じ世界に居るとしても――
世界を考え、他の意志を考え、認識を考えても……
これは全て決められていたのか? 『
もしも……ただ一つの誤算があるとすれば――
「――――」
ラファンが後ろからハンターを止めるようにしがみ付いた。だが、ソレは“大風様”を護るための行動ではない。
このままでは本当に帰らなくなる彼を、人へ引き戻し、共に還る為の――
「もう……止めてください。お願い……もう……」
人を“正す”のは、いつだって“人”である。いや……人でなければならないのだ。
出血は止まらない。外的要因は無く、おそらく内部を攻撃されたとハンターは悟っていた。それでも、ラファンが止めなければ死ぬまで戦いが止まる事は無かっただろう。
だが、海水はハンターの腰部分まで迫っており、今戻ったとしてもギリギリ、地上に出れるかどうかだった。
「君は還ればいい。僕は、コイツを殺す」
ハンターの視界は朦朧としていた。世界の歌を聴き過ぎた反動と、風翔龍の正体不明の攻撃によって極端に衰弱している。三日三晩、“世界の歌”を聴くために休息を取らなかった事も大きな要因だった。
「っ…………」
それでも、ラファンは彼から離れなかった。ハンターは次の一太刀へ全てを注ぎ、今度こそ奴の命に、この
だからこそ、ラファンを引き放そうとした時――
「――――え?」
「――――っ!!」
ハンターとラファンの身体が浮き上がった。ソレは“大風様”が現れた時に感じた。“優しい風”であり、二人の身体を入り口まで運んだ。
人には人の――
龍には龍の――
この世界を理解し、己の意識を貫く、意志があると言う事だ――
「“大風様”……?」
龍は人類にとって生存競争の相手であると言う事は、ラファンも知っている。だからこそ、風翔龍が助けてくれた様に見えたのは驚いたのである。
「今更!!」
だが、ハンターは違った。身を乗り出す様に、海水に満たされていく洞窟に立つ風翔龍へ叫ぶ。
「今更! 僕を助けるのか!!? 何で今!
複雑な感情がハンターの心を揺らしていた。先度まで殺し合っていた相手を助ける? そんな
“――――わからない。あなたを知りたい”
「――――」
確かに、ハンターの耳には風翔龍がそう言ったように聞こえた。声が出せない代わりに、風が優しく……そう言っているように――
一週間後。
『大風祭』の片づけが終わり、ノノ村は通常通りの日常に戻っていた。
「じゃあ、お母さん! 行ってきます!」
そう言って、ラファンは家を出る。『大風祭』が終わってから、両親にある提案をして、それが昨日でようやく許しが出たのだ。
彼女の足取りは真っ直ぐ、ある場所を目指していた。
「ハンターさん!!」
ノノ村から出ようとしているリオソウルU装備のハンターの元へ彼女は走り寄る。
「……君か。何の用ですか?」
「わたし、ハンターさんと一緒に行く!!」
ラファンは『大風祭』のハンターと風翔龍の戦いを見て、自分の見ている世界がとても狭いモノだと悟ったのだ。村の皆のように、何かを“神”として崇めて生きて行くことは幸せな事なのだろう。だけど、ソレが偽物だと気がついてしまったら、きっと取り返しのつかない事になる。
「…………笑えない冗談ですね」
「冗談じゃありません!」
彼は苦手だった。そんな強い意志で、偽り無く直情的に感情をぶつけてくる存在が。
「それに、怪我をしたハンターさんを一週間も看病したのはわたしですよ? 本当は、あの場所に入るだけで追放ものなのに!」
「…………」
「女の子に助けられて、借りを返さずに行っちゃうんですか? 人としていいんですかぁ?」
「……君のご両親は、この事に賛成してるんですか?」
「はい! ハンターさんについて行くって言ったら、いいよ、って言ってくれました!」
「実は、説得に時間がかかったとかじゃないんですか?」
「ぎくっ!」
実のところ、両親はハンターになる事は反対だった。今まで、そんな事を一度たりとも言い出さなかった事もあり、若干否定的だったのだが。
「で、でもぉ。子供の意志を尊重するのが、大人の嗜みだと思います!」
「人を選ぶ世界です。生半可な覚悟だと、前を向いて歩く事もままならなくなりますよ?」
それは肉体的にも精神的にも、である。その世界に20年近く身を置く者として、それだけは解っているのだ。
「君は、ハンターに向かない」
「わたしは、ハンターさんの見ている世界を見て見たいんです」
ラファンはノノ村で暮らしていただけでは、何も分からなかった。しかし、ハンターの戦いを見て、世界の側面を見た様な気がしたのだ。
自分達が崇めていた事を、祭っていた事を、世界を見て回った眼で見て、本当の意味で“大風様”にお礼を言いたい。
「好きになりたいんです。この世界を、わたしの生まれたノノ村の事を」
崖の下に広がる、海と山の中に存在するノノ村。『大風祭』の余韻が残っているが、昨日の戦いを見て、もっと知りたくなったのだ。
そんな純粋な感情は、成人した精神では得られない思考である。まだ12歳という幼少だからこそ、彼女は気がついたのだろう。
「……わかりました。君には借りもありますし」
その意志は、かつて父と母から感じたモノと同じに見えていた。ちゃんと導けるかは分からないが、このまま曇らせるのは、と思いとりあえずギルドのある村か街まで、彼女の同行を承諾する。
「えへへ。よろしくお願いします! 師匠!」
「いや、ソレは止めてください」
「えー、だってハンターさんの名前をしりませんしぃ~」
意外と図々しい娘だなぁ。と思いつつ、何か適当な名前を言おうとすると、
「ラファン・オーヴァンです」
そう名乗られ、流石に虚偽は言えないと考えを改め、本名を名乗った。
「セル・ラウトです」
「セル師匠。質問を良いですか?」
「……はぁ、なんですか?」
「師匠は、誰かを好きになった事はありますか?」
その時、彼は何も答えなかった。まるで、自分の気持ちが常に向いている相手がいると、半端に自覚する自分への抵抗だったのかもしれない。