今回のハリーは、とある魔法使いの老人に引き取られたようですよ。
とある夜の事だった。世界は暗黒期を迎え、人々は日々闇の魔法使い達に怯える毎日。一筋の淡い光も泡となり、いつになっても虚しく消えていくばかりの毎日だった。
そんなある日の事だった。魔法界という海底を照らす、大きな光が現れた。母なる太陽の愛によって守られた、小さくも強き命の光。闇の世界に君臨する憎き王を倒し、再び深海へ光を届けた、小さくも美しい魂の瞬き。
光は闇を打ち消し、白は黒を染め上げた。対等であり表裏である善と悪は、一人の少年によって勝敗を分けた。
崩壊した田舎町の英雄の家に、一人の大男が訪れた。真っ黒で豊かなヒゲに冷たい涙を流し、瓦礫を掻き分けていた。ハロウィーンの楽しい夜に、彼は一人で涙を流しているのだ。無邪気な子供達は、怪物の仮装をしながら、雪道を走り回っていた。今宵は、暗く美しく寒い。
大男の姿も、この壊れた家も、子供達には見えていない。家々から漏れる光は、粉雪を黄色に染めていた。無邪気な声が聞こえた。
「トリックオアトリート!」
「あらまぁ怖いオバケさん達だこと。ふふ、お菓子をあげるわね」
「わーい!」
楽しげな、明るい声が大男の耳に入ってきた。悲しみがこみ上げ、ブワッと涙が吹き出した。その時、瓦礫の下から意識を失った赤ん坊を見つけた。大男は赤ん坊を抱き上げ、その頭を優しく撫でた。大粒の涙が赤ん坊の顔を濡らした。額には、大きな稲妻型の傷跡ができていた。
大男は、壊れた家から出た。家とも言えないこの土地に、大男は目を向けたくなかった。すると、自分の大きな腹にシーツを被って目の穴を開けている子供が飛び込んできた。手に持つカボチャの形の入れ物から、いくつかお菓子が飛び跳ねた。
「あっ、ごめんなさい」
子供はすぐさま謝った。子供は大男に恐怖を示している様子もなく、ただ不思議そうに彼の顔を見つめた。
「ねぇおじちゃん、これ…」
子供は、手に持ったレモンキャンディーを大男に差し出してきた。
「おじちゃん! 落ち込んでる時はね、お菓子が一番良いんだよ! このキャンディー、ぼくのお気に入りなの! おじちゃんにあげるよ!」
子供は、シーツの上からでも分かる笑顔でそう言った。大男は、先ほどとはまた違った涙が流れてきた。彼は子供からキャンディーを受け取ると、涙を拭き取ってニコリと笑った。
「ありがとう坊主、元気が出た」
「うん! じゃあ、ばいば〜い!」
「気をつけるんだぞ!」
「は〜い!」
子供は飛び跳ねながら、何処かへ走って行ってしまった。こんな笑顔の子供がいるのに、今大男の手に抱かれている子供は、何と不幸なのだろうか。
大男はレモンキャンディーを口の中に入れた。何故だか、このキャンディーは、今まで食べたどんな料理の中でも美味しく感じられた。
近くでバチッという破裂音がした。慌てて音の場所に目をやると、そこには一人の老人が立っていた。しかし、普通の老人とは言い難かった。彼は紫色の長いローブを着ており、真っ白で長いヒゲと髪を持っていた。半月型の眼鏡をかけており、その奥に潜む青い瞳は、月に照らされて揺らめいていた。
「ハグリットや、ハリーは無事かね?」
老人は、ゆっくりと落ち着いた趣で、ハグリットと呼ばれた大男に近づいてきた。ハグリットは大きく頷いた。
「ハグリット、泣くでない。ハリーが無事なのじゃから」
「だ、ダンブルドア先生…ハリーは、どうなるんでしょうか?」
ハグリットは涙声で老人ーーダンブルドアに問いかける。不可思議な空気を纏った彼は、ハグリットの腕の中で意識を飛ばしている少年を、ジッと見つめた。
「本来ならば、唯一の血縁となったダーズリー家に預ける所じゃが、流石にあんな場所にハリーを預けるほど、わしは愚かではない。しかし、自分が『生き残った男の子』という特殊な環境からは、しばらく離れておいた方が良いのじゃ。時が来るまで」
ダンブルドアは、静かに言った。
「しかしダンブルドア先生、一体何処に預けるんですか?」
「うむ、わしはこの子が幸せに過ごせれば、それで良いと考えておる。従って…この子は、わしが責任を持って育てる事にした」
ハグリットは驚きの表情を浮かべる。少しオロオロした後、質問を投げかけた。
「魔法界から遠ざけるのでは?」
「おぉ勿論じゃともハグリット。この子はマグルの街で育てる。ごく普通の、少年として生きるのじゃ」
「じゃあ、俺は会えないって事ですか?」
「残念じゃがその通り。ハグリット、再び彼と会う時が来る。辛抱して待つのじゃ」
「へい、分かりました」
ハグリットは大きな音を立てて鼻をすすり、赤ん坊をダンブルドアに渡した。小さな温もりを抱えた老人は、手の中で蹲る彼を見て、優しく微笑んだ。ハグリットはその様子を見て、少し安心した。口の中のキャンディーは、まだ甘かった。
「ハグリットや、わしはそろそろ行く。確か、シリウスにバイクを貸してもらったのう。それで、すぐにホグワーツまで飛んできてくれ。バイクはわしが後で返すから」
「分かりました」
するとダンブルドアは、ハグリットにも優しく微笑み、バチッという破裂音だけ残して消えた。雪にできた彼の足跡は消えども、壊れた痛々しい家は、ハグリットの記憶から一生消える事などなかった。
ハグリットは近くに停めておいた大きなバイクに乗り込み、エンジンを吹かせた。そして走り出し、数メートル先まで行くと、バイクはフワリと浮かんだ。その様子を、あのシーツを被った子供は見ていた。
子供は誰に話すわけでもなく、ただ嬉しそうに飛び跳ねた。
「ぼくがキャンディーをあげたのは、サンタさんだったんだ! ハッピーハロウィーン! サンタさ〜ん!!」
子供の呼び声は、ハグリットには届かなかった。
*
それから、十年ほどの月日が経った。あの赤ん坊は、今何処で何をしているか。それは、ロンドンから少し離れたサーナウェイ通りのアパートで、しかと目に焼き付ける事ができる。
三階建のレンガ仕様のアパートは、ある人物の所有物だった。その人の名は、アルバス・ダンブルドアだ。ハグリットから赤ん坊を受け取った後、ダンブルドアは赤ん坊とこのアパートに住み始めたのだ。
しかし、ダンブルドアにも仕事がある。数年は信頼のできるベビーシッター(スクイブ)を雇い、赤ん坊を世話を頼んだ。
赤ん坊が六歳になると、料理や洗濯、掃除など、人間生活において必要な事が全て一人でできるようになっていた。
そして現在、大男の腕の中で豆粒のように小さく蹲っていた少年は、今日で十一歳を迎えようとしていた。
「ハリー、ただいま」
「お帰りアルバス」
少年はいつも、八時になると家に帰ってくる自分の親を玄関で待つ。サッパリと切られたヒゲと髪に、格好はまさにマグル同然であった。昔の自慢だった長いヒゲと髪は、ハリーと住み始める際にバッサリと切ったのだ。決して彼はハゲてはいない。
対して少年は、同年代の男の子に比べると若干細身だった。エメラルドのような瞳の上に丸眼鏡を被せ、黒い前髪の下に隠れている稲妻型の傷跡は、今でも残っていた。彼の名は、ハリー・ポッター。「生き残った男の子」として、魔法界では知らぬ者のいない名だった。しかしハリーはその事を知らない。
魔法とも、魔法使いとも、一切離れた暮らしをしているハリーにとって、アルバスは家族であり最も信頼のできる人物だった。あまり彼といる時間が取れないが、ダンブルドアはできる限りハリーと一緒にいようとしていた。
ダンブルドアはホグワーツから「姿現し」でこの家までくるのだ。寝泊りも、朝夕の食事も此処。ただ時々は、ホグワーツで食べるけれども。
ダンブルドアはハリーに、「学校の先生」をしていると話していた。教師の帰宅時刻は大体そんなモノなのだろうと、ハリーは一人で納得しているのだ。
「ハリー、話したい事があるのじゃ」
「何? あ、食事しながら話そっか。結構準備してるんだよ〜」
「すまなんだハリー、今日は君の誕生日だというのに…」
「良いんだよアルバス。アルバスは、僕の料理に舌鼓をうってくれさえすれば、僕は満足だからさ」
ハリーは笑顔でそう言う。ダンブルドアの口元も、自然と緩んだ。
食卓につくと、テーブルの上にはいつにも増して豪華な料理が並んでいた。ハリーの大傑作が、照明に照らされてより美味しそうになっているのを見て、ダンブルドアは歓声をあげた。ハリーの料理は、誰がどう食べても絶品なのだ。
「どうぞ、召し上がれ〜♪」
「ありがとうハリー。じゃがその前に、渡さねばならぬモノがある」
「お、誕プレかなぁ?」
ダンブルドアは内ポケットをガサゴソを弄ると、ハリーに分厚い羊皮紙の手紙を渡した。手紙は、何やら動物で囲まれたHマークの赤いロウが押してあり、ハリーは首を傾げて封を開けた。
自分が魔法使いだと知った。その時の喜びといったらなかった。
自分がホグワーツという学校に通うと知った。その時の感動といったらなかった。
ダンブルドアが校長だと知った。少し恥ずかしかったけど、楽しみで仕方がなかった。
ダンブルドアの加護も下、ハリーがホグワーツ魔法魔術学校で友情を感じ、愛を感じ、そして悪に打ち勝ったりするのは、また後の話。