どんなにつらいことがあってもけっして屈しない。
何度踏まれても道端の花が立ち上がるように。
何度涙を流しても、それがきっと力に変わる。
これは二人のアイドルによるプロデュース物語。

きっと素晴らしい明日(未来)がやってくるはず……。

この作品はPixiv様にも投稿しております。

1 / 1
この作品は偶々岡本真夜さんの曲「TOMORROW」を聞いていてふと思いついた作品です。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、どうぞ。


掴み取る明日

 芸能界と呼ばれる世界で765プロダクション所属の男女ユニット「ツインプリンス」を知らない者たちはいなかった。

 椎名飛鳥と菊地真によるアイドルユニット。

 歌ってよし、踊ってよし、ルックスもよしという三拍子そろった今ではトップユニットとして活躍している。

 椎名飛鳥は女性アイドルの多い765プロダクションで唯一の男性アイドルだ。普通であれば女性アイドルの中にいる男性アイドルとはルックス的にもどうしても浮いてしまいがちになる。しかし、飛鳥本人の容姿は一つの人形のようにあまりにも完成されすぎたものだった。

 艶のある髪は繊細な絹糸のように美しくあるが、ぞんざいに首筋が半分隠れるくらいのショートカットに切られている。しかし、その髪型がかえって見る人を引き付けてやまない彼の特徴の一つでもあった。また、整った顔立ちは見る者によって男性にも見えたり、女性にも見えたりとするくらい美形であり、きれいというよりは凛々しいという言葉が似合っていた。その顔にある一つ一つのパーツもまた磨き上げられた刀のように見事に美しく整ったものだった。鋭くありながら静けさが漂う雰囲気を秘めているなど不思議な魅力をもっていた。

 そんな彼とユニット組んでいる菊地真も負けじと劣らぬアイドルだ。

 彼女の性別は染色体上女性であるが、育児上の影響か男性的、ボーイッシュな印象を受けさせる顔立ちをしている。飛鳥と同じく触れるとサラリと流れる感触を感じさせるような黒髪を短くショートにしており、二房の跳ね毛がチャームポイントの一つとなっている。凛々しく精悍な顔立ちは特に同性のファンを魅了してやまなず、彼女が仕事上男性役を多く引き受けている理由でもある。

 今となっては有名なユニットとなり、あちこち東奔西地している二人であるが、ここまで上りつめるまでには当然のように苦労もあった。

 個人としてはそれなりに高い評価を得ていた頃にユニットを組み始めたが、毎回オーディションに合格することができるわけでもなく、初めのうちはなかなか歯車がかみ合わずに失敗することが多かった。

 回される仕事も個人でするものに比べるとあまりにも小さな者が多かった。

 周りからの評価も低迷し、解除した方がお互いのためなのではないかと囁かれるほどだった。

 事務所のほうでも一時はそれを考えた。

 しかし、誰よりも遅くまで残り、歌に始まり、踊り、表現力を磨く特訓をする二人の姿を陰ながら見守っていたため、もう少し様子を見てみようということになっていた。

 少しずつであるが評価が上がってきた二人の間には確かな絆があった。

 それが確固たるものになった出来事がある。

 それは何度目かのオーディション通過に失敗した時のことだった。

 

 季節はうだるような暑さのある夏だった。

 朝の八時という早い時間帯から受付が開始され、そのまま審査に移行されるといういつものオーディションに「ツインプリンス」の二人は参加していた。

 付き添いとして二人以外にも多くのアイドルを抱えている男性プロデューサーの松本が一緒にいた。

 個人としても、ユニットとしても何度もオーディションは経験しているため、それほど緊張はしていないが、不安はあった。

 今回のオーディションというのは十や二十というアイドルではく、その倍の人数が参加するほどの大きなものだった。このオーディションを無事に合格することができれば、低迷の一途を辿っているユニットの人気上昇につなげられるだろうということから、今回二人は参加していた。

 だが、このようなオーディションはこれまでも何度も行なわれていた。二人は当然のように参加し、そして、敗退を繰り返していた。

 歌が悪いのか――ならばとボイストレーニングに比重を置いてレッスンを組んだ。しかし、結果は変わらなかった。

 ダンスが悪いのか――二人にとってダンスは得意分野だった。そのダンスが評価されないというのは納得がいかないということで、必死になってダンスにさらなる磨きをかけた。しかし、結果は変わらぬ不合格というものだった。

 ならばとビジュアル、表現力が未熟なのか――プロデューサーやトレーナーだけではなく、時間の空いている同じ事務所のアイドルたちの指導を仰いだ。これだけやれば合格できるだろう、そんな手ごたえが二人にはあった――それでも女神は微笑んでくれず、二人は敗退した。

 どうして……。それが二人の共通の疑問だった。

 誰もが二人の合格を信じていた。だが、二人はその期待を裏切る不合格を繰り返すばかりだった。

 ユニット発足時の期待が大きかった分、周りからの失望も大きかった。

 それでも必死に頑張る二人ならばという最後の希望を誰もが抱いていた。

 だが、真は徐々に疲れていった。

 このままユニットを組んでいてもお互いのためにならないのではないか、そんな後ろむkな考えをもつようになっていた。

 表向きは気丈に振舞っていても、心の中は迷いと不安で渦巻いていた。

 それは飛鳥も同様だった。性別的な問題を持ち込むつもりはないが、やはり一人の男性として女性である彼女を支えてあげられないというやるせなさと責任を感じていた。

 受付が終わり、自分たちの番を待つ。

 衣装は男性らしさを強調させる黒を基調としたものだった。この色は真のイメージカラーでもあった。

 着替えをする時は、基本的に飛鳥は男子更衣室で行なう。待機室には他の事務所の女性アイドルたちがいるためにとてもではないがいられなかった。飛鳥が待機室にいられないということから着替えを終えた真はそこから飛鳥のいる男子更衣室に移動する。そこには二人の他にプロデューサーの松本の三人しかいないため、オーディション前の最後の調整を自由にすることができた。

 歌も、ダンスも、表現も悪くはない。

 あとはおそらく……気持ちの問題なのだろう。

 自覚はしているが、いざ気を強く持とうとしてもなかなかできることではない。

 負け続けてしまっている二人にとっては酷なことだった。

 

「よし、二人とも行こうか。なあに、大丈夫。あれだけ練習したんだから」

 

 もう何度かけた言葉であろうか。

 明るく励ます松本であったが、胸中では複雑な思いがあった。

 それはこのオーディションを数日前に控えていた時のこと。突然社長である高木順一朗に呼ばれ、社長室に出向いた。重苦しい雰囲気の中、閉じられていた彼の口から出た言葉は「ツインプリンス」の解散だった。理由は問うまでもなく、期待していたほどの功績を上げられず、人気は低迷するばかりであるからだった。高木自身も二人が視力を尽くして努力をしていることは知っている。

 だが、アイドル、芸能界の世界は過程ではなく結果が求められる。どんなに頑張ったところで、結果が出なければ意味がない。二人の努力には太鼓判を押せるが、結果が伴わない以上は当然の処置だった。この話を二人にいつしようか。それをずっと考えていた。解散させることで二人を傷つけることに躊躇していた松本であるが、かえってこのまま存続させたところで結果は変わらないとここにきてようやく判断した。

 これ以上二人が苦しむ姿を見てはいられない。残酷な宣告になるだろうが、今日のオーディションに合格できなければ解散することを伝えようと決めた。

 もちろん本番を前にした今は言わない。

 言わずとも二人の顔を見れば分かる。必死になっているその表情からは鬼気迫るほどの執念が感じられた。

 なぜここまで必死になっている二人が苦しまなければならないのか。それをこの世界で言うのはどうなのかと他のものからはつっこまれるかもしれないが、どうしても思わざるを得なかった。

 松本は自分のプロデューサーとしての実力不足が悔しかった。

 ドアが三度ノックされ、開けられると係員の男性が顔を覗かせた。

 どうやら本番らしい。

 もう一度二人の背中を軽く叩きながら励ましの言葉を送る。

 二人は固い表情のまま小さく頷いた。

 うまくいってくれ……。

 部屋を後にする二人の背中を黙って見つめながら見送る松本プロデューサーは、ただそう願うしかできなかった。

 

 辺りはすっかり暗くなり、静けさが漂っていた。

 今日一日は晴れが続くという天気予報は当たっており、夜になった今も空には日中のうちにほとんど流れてしまったのか雲一つない状態だった。月が顔を出しており、静かに光を地上に降り注いでいる。

 その周りには無数の星が瞬いており、まるで自分たちアイドルのようだと思った。一つ一つの星が競い合うかのように瞬いている。

 だが、無数にあるためか人の目にとまるのはわずかな数のみ。目にとまらなかった星はただ虚しく瞬き続けるしかない。自分はまさにそれなのだと飛鳥は小さくため息をつきながらそう思った。

 オーディションが終わったあとは現地解散ということで、飛鳥は一人海浜公園の道を歩いていた。

 普段は凛々しい顔つきをしているにもかかわらず、誰もいないということもあってか気持が素直に出ていた。元気のない、落ち込んだ顔がそこにあった。

 

「また不合格、か……」

 

 もう何度目だろうか。

 負けることに慣れてしまってはアイドル失格であるがここまで負けが込んでしまえば自然と笑いがこぼれてしまう。情けない自分を責めるような、そんな笑いが。

 ――今日までどれだけレッスンを積み重ねてきたか。

 確かに他のアイドルたちも自分たちと同じようにレッスンを積んできただろう。それでも今日のオーディションには合格できる手ごたえが確かにあった。それはユニットを組んでいるパートナーである真も同じだった。彼女も同じように合格を確信していた。それは本番を無事に終えたあとも同じだった。だが、いざ結果が発表されたら自分たちの名前はそこにはなかった。聞きもらしたのではないかと、張り出された結果の書かれた紙を何度も見た。それでもやはり自分たちの名前はなかった。審査員の言い間違えでも、書きもらしでもない。自分たちは負けたのだ、他のアイドルたちに。

 松本プロデューサーとのミーティング時、とうとうユニット解散が言い渡された。どうして、という抗議の気持ちとともにやはりか、という納得の気持ちがあった。当然真とともに抗議した。まだ自分たちはやれると、次こそは、と。

 だが、松本プロデューサーは首を縦に振らなかった。これはもう決定事項だった。どうしようもないことだった。現実を突きつけられた二人はしばらく無言のまま立ち尽くしているしかできなかった。

 しばらくして隣からすすり泣く声が聞こえた。顔を俯き加減に横に向けているから彼女の顔は見えなかったが、言わずもがな、泣いていたのだろう。女性である彼女を泣かせてしまった。男性としてこんな時なにか声をかけるべきだったのだろう。

だが、それができなかった。正直飛鳥もショックが大きかった。追い討ちをかけるようにしての解散宣告であったからなおさらだった。

 そのまま現地で解散することになり、松本プロデューサーは事務所に報告に行くということで先に帰っていった。

 それを黙って見送っていた二人。変える方向はまったく違うため、二人もここで別れることになる。しばらく泣いていた真であったが、帰る時にはすでに泣きやんでいた。彼女は強い、そう改めて思った。

 

「それじゃあ、今までありがとう」

 

 それはこちらのセリフだと言ってやる。

 そうかな、と真は寂しそうな笑みを浮かべながら言う。

 そんな彼女に飛鳥は一言謝罪する、支えてあげられなくてごめん、と。

 

「そ、そんな。ボクだって何もできなかったよ……」

 

 真は視線を横にそらしながら呟く。

 また彼女に余計な責任を背負わせた。どうしてそれしかできないのか。男として、飛鳥はすごく悔しかった。

 

「また明日からはソロ活動だね。お互いに頑張ろう」

 

 くよくよしないのも彼女のよいところだろう。だが、完全に吹っ切れているとはいえないようだ。無理して明るく振舞っているようにしか見えない。

 こんな時なんと言ってあげられたらよいのか。ありきたりな言葉として「無理をしなくてもいい」、などと言えばよかったのだろうか。

 結局最後までなにも言うことができず彼女が帰る後姿を黙って見送ることしかできなかった。

 その後疲れ以外の理由から鉛のように重くなった足を引きずるようにして帰宅の途につこうとしていた。腕時計を見ればもう夜の七時を大きく回っていた。両親にはオーディションで遅くなるとしか伝えていないが、応募人数が多いから時間がかかっているのだとでも考えているだろうから大丈夫と思う。

 夏であるからか、夜になってもやや蒸し暑い。時折吹く風が髪と頬をなでるようにして吹き抜けて行く。海浜公園であるためか、塩のにおいがした。

 静かな海の波音をBGMに公園内を歩く。

 半ばあたりに来たところで突然携帯電話が鳴った。どうやら電話のようで、両親かと思ったが、通話先の名前には【菊地真】と書いていた。

 どうしたのだろうかと思いながらもとりあえず電話に出る。

 

「もしもし?」

 

 しかし、電話の向こうからは言いよどんでいるためかなにも聞こえない。

 今度はどうしたのかと要件を聞いてみる。

 

『あ、飛鳥。疲れてるところごめん』

 

 彼女の表情は見えないが、声にいつもの力がないことからやはり落ち込んでいるのだろう。

 それよりもどうして電話などかけてきたのだろうか。それを尋ねてみる。

 

『ちょっと話があってさ。今から会えないかなって』

「電話じゃだめなのか?」

 

 落ち込んでいる女性相手にそのような言葉はどうかと言った後で後悔する。

 だが、電話先の彼女は気にしているようではなかった。

 

『できれば、直接会って話がしたいんだけど……。今どこにいる?』

 

 しおらしい。彼女らしくない。やはり無理をしているのだ。

 飛鳥はすぐに海浜公園だと言う。

 体力つくりで走るコースに含まれているため、事務所からは離れている。

彼女の住んでいる家と事務所はけっして遠いという距離ではない。ここまでもそれほど時間をかけずに来ることができるだろう。

 

『それじゃあ今からそっちに行くから待っててくれる?』

 

 落ち込んでいる彼女に何一つ言葉をかけて上げられなかったこともある。その願いを無碍になどできなかった。

 

「分かった。それじゃあ、待ってる」

 

 電話の向こうで小さく『うん』と聞こえた。

 通話を切り、飛鳥は公園内にある遊具のブランコを椅子代わりにして座り込んだ。

 彼女が来るまでに少しでも沈んでいた気持ちを落ち着けておきたかった。

 

 十分も経たないうちに自転車をこぐ音が聞こえたと思ったら真がやって来る姿が見えた。

 飛鳥の姿に気づいた彼女は自転車から降りてそれを押しながらこちらに歩み寄って来た。

 普段はあまり見られない私服姿だった。だが、やはり家庭の事情からか年頃の男子高校生が着るような服だった。それが似合わないわけじゃないというのが厄介だった。

 それはそうとして、彼女がどうして話をしたいと言い出したのか、その理由を聞くために隣の空いているブランコに座るように促した。

 真は小さく頷くと素直にちょこんとブランコに座り込んだ。

 足を伸ばして小さくブランコをこぎだす。

 キィキィという特有の音が静かな公園に小さく響く。

 しばらく無言でブランコをこいでいた真であるが、ようやく話す気になったのかこぐのをやめ、こちらに顔を向けた。

 

「帰る途中だったんだよね、ごめん」

「気にしてないさ。で、話ってなに?」

 

 前置きはいらないと遠まわしに言う。

 だらだらしていたらまた気持ちが落ち着かなくなると思ったからだ。

 

「「ツインプリンス」のことなんだけど、ごめん……ボクの力不足で」

「真だけのせいじゃない。オレにも責任はある。だから、そんなに思いつめるな」

 

 即断即決、くよくよしないというのが彼女のよいところでもあるが、逆に責任を背負いすぎてしまうという悪い癖もある。彼女が納得しなければ延々と同じやり取りが繰り返されそうだ。

 

「「ツインプリンス」は確かに男性的な面を強く押し出すユニットで、ボクの求めているアイドル像から大きくかけ離れたものだったけど楽しみにしてたんだ、一緒に組めること」

 

 照れくさそうに視線を斜め下に落としながら真は言う。

 確かに彼女がアイドルになった理由は男らしい自分を女らしい自分に変えたいという願いからだった。宙ぶらりんな自分とは違う、自他共に認める女性になりたかったのだ。

 だが、今回のユニットの売りは二人の男性らしさを全面的に押し出すことだった。765プロダクションには女性らしさを押し出すユニットはあっても男性らしさを押し出すユニットがなった。しかし、飛鳥と真の二人がそれぞれソロでそれなりに評価が上がってきたのを見計らっての企画だった。しかし、結果は散々なものだった。何が悪いのかも分からず、失敗を繰り返し今日でとうとう解散を宣告された。この世界では仕方のないことであるがやっている二人にとっては到底受け入れられるものではなかった。まだアイドルになって一年経っていない新人であるが、それでも売れ出しているアイドルとしてのプライドがある、意地がある。

 真も同じことを考えていたようだ。

 負けず嫌いな彼女である、そう考えるのは当然だ。

 これだけ負け続けていながら折れずにやり続けられたのは、彼女のその芯の強さがあったからだろう。

 

「悔しいよ……」

 

 その言葉とともに大粒の涙がこぼれ、地面にしみを作る。

 声をあげて泣かないのではない、泣けないのだ。

 彼女がこれまで男として育てられたのが影響しているのだろう。涙をこぼすだけ。声を出すまいとして、歯を食いしばっている。

 

「悔しい、か」

 

 ああ、真の気持ちには大いに賛成だ。

 結果を残せないこと、解散させられること。そのどちらにも納得できない。納得の行く結果を残さずにやめるなど、誰ができようか。

 だが、すでに決定事項。それを覆すことなど、ただの二人のアイドルにできるだろうか。

 

「真は、どうしたいんだ?」

「もう一度……もう一度だけ、挑戦したい」

 

 着ていた服の袖で涙を拭き、真剣な表情でまっすぐな視線を向けてくる。

 ああ強い、彼女は本当に強い。

 男性にもなりきれず、女性にもなりきれない宙ぶらりんな自分からすれば彼女はとても男らしい。こんなことを言えばどんな目にあうかは目に見えているが……。

 だが、芯が強いというのは女性らしいとも言える。

 彼女が羨ましい、憧れてしまう。

 

「今度こそ合格して、飛鳥ともっと「ツインプリンス」を続けたい」

 

 強い意志のこもった視線は強くオレの心をとらえた。

 どんなに踏まれても何度でも立ち上がる道端に生えているような花のように。

 涙を流した分だけ、きっとそれが糧となり、成長することができる。

 

「プリンセスじゃないけど?」

「それは、ええっと……い、いじめないでよ」

「はははっ、悪い」

 

 それでも彼女は女性らしくなりたいという思いを胸に秘めているようだ。

 それはけっして悪いことではない。彼女がアイドルになりたいというきっかけであり、原動力であるから。

 からかうとやはり彼女は女性らしい仕草で抗議してくる。

 恥ずかしそうに頬をわずかに朱に染めて、上目づかいを向けてくる。

 思わずドキリとしてしまう。

 今は椎名明日香ではなく、椎名飛鳥。つまりは、男性としてある。女性からそのようにされたら反応してしまうのは致し方ないことだった。

 だが、これまではなかった感覚に、胸中では戸惑いを抱いていた。

 

「なら、とるべき行動は一つしかないだろ」

 

 無理やりに戸惑いを胸の奥に押し込め、飛鳥はすっくと立ち上がる。

 真は「えっ?」という表情を浮かべる。

 確かにユニット解散は決定事項かもしれない。だが、まだ公にはされていないはずだ。つまり、まだ内部で処理されているだけのこと。まだ間に合うかもしれない。最悪解散に必要な書類があったのなら引き裂いてしまえばよいだけのこと。

 彼女のために何も出来なかった自分が悔しい。ならば、自分と同じ思いを抱いている彼女のためなら何でもやろうと思った。例え意地もプライドもかなぐり捨ててでも、だ。

 

「行くぞ、真」

「えっ!? ちょっと、待ってよ!?」

 

 飛鳥の言葉につられるように真もブランコから立ち上がる。

 

「行くって、どこに?」

 

 首をかしげたまま立っている彼女の手をつかんで歩き出す。突然手を引かれたためか、彼女の口から「うわっ!?」という声がこぼれた。これが「きゃあっ!?」に変わるのはいつになるのだろうか。

 

「当然、765プロダクションの事務所だよ」

 

 少しだけ心待ちにしながらも、これから向かう先をきっぱりとした口調で言った。

 

 時計は八時を回っていたが、運よく社長をはじめ、松本プロデューサーや事務員の音無小鳥の姿があった。

 二人が突然事務所にやって来たのを見て、ゆっくりと団欒していた三人は当然驚いた。

 

「飛鳥に真。お前たち今日はまっすぐ帰ってゆっくり休むように言ったはずだろ」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、こちらに向ってきながら松本プロデューサーは諌めるように言う。

 

「今はそれどころじゃないんだよ」

 

 成人男性の彼と比べればまだまだ成長途中である飛鳥は小さい方だ。

 見上げる形になるが、にらむように視線を向ける。

 

「ならどうしたっていうんだ。なにかあったのか?」

「あっただろう、「ツインプリンス」の解散が」

 

 彼も忘れていたわけではないのだろう。突然の二人の訪問に思わずそう尋ねてしまったのだろう。だが、今の二人にとっては彼の言葉はひどく頭に来た。

 一瞬にして事務所内の空気が重くなったのを誰もが感じていた。

 小鳥はなにも言えずに、ただおろおろと双方に視線を向けることしかできない。

 事務員である彼女自身も二人のユニットの解散については知っていた。

 個人的にはまだまだ応援してあげたいが、元アイドルとしては仕方のないことだろうと割り切るようにしていた。彼女だって短期間ではあったが、何人ものアイドルやユニットがただの 一度の輝きを放てずに終わっていった姿を見ているのだ。

 しばらく双方無言のままにらみ合う形が続いていた。

 

「その件については申し訳ないがもう決定事項なんだ。分かってくれ」

 

 中年の男性、この事務所の社長である高木順一朗は落ち着いた態度で説得するように言う。

 

「そんなことは分かっているさ」

 

 上司に対してこんな口の利き方は普通ならありえないことだ。だが、飛鳥はこれまでもそのようにしてきた。高木もそれについては特になにも言っていない。だからそのまま話を続ける。

 

「もう一度チャンスがほしい……、もう一度、もう一度だけオレたちにチャンスをくれ!」

 

 懇願するように叫び、そして、飛鳥は大きく頭を下げた。

 腰を九十度曲げ、視線は足元に落ちているために前に立っている彼らの表情をしることはできない。ただ受け入れてくれる了承の言葉を待ち続ける。

 

「ボクからもお願いします。もう一度やらせてください!」

 

 真も飛鳥に続いてお願いするように言い、頭を下げる。

 

「だめだ」

 

 しかし、高木から返ってきた言葉は二人にとって聞きたくないものだった。

 

「確かに君たちのやる気は十分に理解している。努力も認めよう。だが、それが結果につながらない以上、続けさせるわけにはいかないのだよ」

 

 分かりきっていることであるが耳が痛い。

 結局自分たちのしていることは子どもがほしい玩具を買ってもらえないから駄々をこねているのと同じなのだ。

 ここまでなのか……。

 このまま引き下がるしかないのか……。

 違う、例え何度無理だと言われても引き下がらないと決意して来たのではないか。

 頭を上げず、何度も頼み込む。

 あと一度だけのチャンスがほしい。それが無理ならユニットは解散しても構わない。

 真も一緒になって頼み込んでくれる。

 必死の声に悲痛さが見え隠れしている。

 彼女ばかりに負担をかけるわけにはいかない。

 強情なまでに頼み込む二人を前にして、無理だと繰り返していた高木も徐々に押され始めていた。アイドルとしての意地とプライドが威圧感となり、彼はそれをヒシヒシと肌で感じていた。

 これだけ失敗を繰り返していれば諦めがつくのが普通だ。

 かつて高木もプロデューサーであったため、そんなアイドルたちを何度も目にしてきた。

 だが、この二人は見てきたアイドルとは違っていた。

 何度踏まれようが懸命に自己主張をしている道端の花のように。

 ふと気を抜いてしまえば見落としてしまうが、それの力強さと美しさは花畑に咲くものたちに負けずとも劣らない。

 二人はまさに道端に咲き続けている花なのだ。

 それに気づかず踏みつけてしまうのは本当によいのだろうか。

 あと少し、もう少しで認めてもらえるかもしれない。

 そんな雰囲気を感じつつあった飛鳥は自分がもつアイドルとしての意地もプライドもかなぐり捨てる。膝を折り、床に正座の体勢で座る。手のひらをついてそのまま額を床にこすりつける。いわゆる土下座だった。

 それには三人とともに隣にいた真も驚きを隠せなかった。

 アイドルが土下座をする。それはありえないこと。目の前の光景をとてもではないが信じられなかった。

 

「飛鳥くん、なにをしているんだ。早く頭をあげるんだ」

「頼む、もう一度チャンスをくれ! あと一度だけでいいんだ!」

 

 頭をあげるように言う高木であるが、飛鳥は頑としてそれを聞こうとしない。すべてを投げうってでもこの願いは受け入れてもらわなければいけなかった。

 このままでは終われない、終わりたくないという二人の気持ち。

 高木は何かを言おうとして飛鳥に手を伸ばそうとしたが、それを途中でやめ、ゆっくりと手をおろして腰に当てる。盛大にため息をつきながら肩をすくめる。

 

「小鳥くん。確か解散について書かれた資料があったはずだが、あれは処分しておいてくれないか?」

「社長、それじゃあ!」

 

 パアッと表情を明るくして、真が言う。

 高木はゆっくりと人さし指を立てる。

 

「これが最後のチャンスだ。絶対にものにするように」

「当たり前だ。今度こそオレたちの最高のパフォーマンスを見せてやる」

「社長……、ありがとうございます。頑張ります!」

 

 うれしさのあまり二人は思わず抱き合ってしまう。

 そんな二人の姿に三人はやれやれと苦笑いを浮かべながらも見守っていた。

 

 ユニット解散という危機を一時的に回避することができた。

 残されたチャンスは一度限り。

 だが、きっとうまくいくだろう。

 だって今日もまた、大きなステージの上で二人のプリンスが踊っている姿があるから。

 でも、その明日(未来)が訪れるのはもう少し後の話――。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。