だから私は『葵』なのだ。
三月三日、妖怪の名は葵。
差す月明かりに照らされて、人里で開催される雛祭りに意気揚々と向かったのだが…?
ペッタペッタとリズムを踏めば、ぴったぴったと水が跳ね。スキップする足と、弾むショルダーバッグ。
赤く盛った情熱の太陽とお別れ。これからは冷涼な月の時間。満点の星空に目を輝かせ、私は歩く。
私は今、人里に向かっていた。何故か? 単純に、祭だからだ。
今日は三月三日。そう、私が今から行くのは雛祭りだ。……本来雛祭りとは、お人形さんを飾って女の子が健やかに成長するよう祈祷するパーティーのはずだが……。
幻想郷の住民は酒好きの騒ぎ好きばかり。ことあるごとに祭や宴を開こうとするのだ。もちろん人間も例外ではない。
先程までは強い雨が降りしきり二の足を踏んでいたのだが、しだいに雨は弱まり、やがて完全に止んだ。ここぞとばかりに家から出発し、家から人里に出発したというわけだ。
さて、そろそろ人里に到着しそうである。
門をくぐって広場に向かえば、太鼓や笛の音が聴こえ、屋台の兄ちゃんたちの威勢の良い声が聞こえるだろう。楽しみだ。
スキップはより一層高くなった。
◇ ◆ ◇ ◆
────ドンドコドン、カッ、ドンドコドン、カッ────
夜空に響く祭囃子。連ねた提灯が全体を照らす。広場に人は、ちらほらと。
良かった、まだ始まったばかりのようだ。
中心に鎮座する龍神像の両脇には太鼓が一個ずつ。鍛え上げられた上半身を曝す若い男性が、力強く振動を叩き込む。
像を中心に広場は円を描き、沿うように屋台が立ち並ぶ。私の真正面には舞台がある。催し物に使われるのだろう。
さて、とりあえず一周見て回ろうか。そう思い、歩みを進めるのだった。
すると、何が理由か、屋台の兄ちゃんに沢山話しかけられた。
「妖怪のお嬢ちゃん。その羽、綺麗だね。安くするからお面を買っていかないかい?きっと似合うよ」
「そこな嬢ちゃん、可愛いから綿あめをあげよう。皆にはナイショだぞ?」
「金魚を掬っていかないかい? 今なら五本までポイは無料だよ」
「ヨーヨーを────」
以下、延々と勧められ続けた。一体何が目的なんだ。まあ、断るわけにもいかなかったから、大人しく買ったり掬ったり装着したが。
そして……。
「あら。ええと…あそうそう、
「やっふぉー、霊夢」
博麗 霊夢。彼女とは、以前異変で色々お世話になったのだ。皮肉込みで。
紅白の脇出し巫女装束に身を包み、後頭部には巨大なリボン。両のもみあげの直下には変なものがぶら下がっている。
「……フル装備ね?」
「
「ええ」
よしフル装備だとすれば。…自分の姿を想像してみよう。
桃色花柄の浴衣に、脇に挟んだ射的の賞品のテディベア。斜めに装着されたお面。片手に食べかけの綿あめとりんご飴、もう一方には水と金魚を入れた透明な袋。そして口にくわえられたフランクフルト。
ふむ、完全な装備である。
「
「早く食べちゃいなさいよ」
「もがっ。……ごっくん」
「丸呑み?」
「何か用?」
普段の霊夢ならば、遠目に見るだけで話しかけさえもしなさそうだが…。いや、偶然会ったというのも怪しいものである。
もしや妖だからと言って退治されるんじゃなかろうか。
「やあね、別にそんな勘繰らなくてもいいのに」
「………」
「まあいいわ。何か企んでたら退治するわよ」
ほらやっぱり。
「大丈夫よ、何もしないわ」
「そう、じゃあ私はこれで」
本当にこれだけだったようだ。と、霊夢に別れの挨拶をしようとしてると、彼女は言葉を続けた。
「あぁ、ヒナが厄払いの舞いをするらしいから、見ていくといいわ」
「ヒナ?」
「鍵山雛。会ったことなかったのね」
「うん」
そりゃもちろん。
「まあ、話はそれだけよ。じゃあね」
「うん、バイバイ」
結局、何を話したかったのかイマイチ要領を掴めなかった。
もしくはあれか、踊りやるからつって宣伝してたのか。それって、妖怪を脅しながらやるバイト?
そして霊夢は、人ごみの中に消えていった。めでたい色も周りが目立てば、案外カモフラージュされるものである。木を隠すなら森。鯛を隠すなら熱帯魚の水槽だ。
気がつけば、広場の人数はだいぶ増えていた。
寺子屋帰りの子供、それに付き添う親。同い年の友達を連れ添い笑いあう女の子たち。それらを全て見て、優しく見守る老人たち。
誰も彼も、皆笑っていた。
やはり祭とは良いものだ。そこにいるだけで心が晴れやかになる。
ここでふと、あることを思いついた。
こんな笑顔の大勢の前で舞うのだから、彼女もさぞ嬉しいことだろう。
心境を聞きに、鍵山雛が居ると思しき楽屋へ向かった。
◇ ◆ ◇ ◆
舞台裏、休憩所。畳の座敷の上には、座卓に頬杖をつき、お茶を飲みながらぼーっとしてる鍵山雛の姿があった。
「ねーえ」
「あら、誰? 可愛いお客さんね」
「葵よ。あなたは…ヒナ?」
「ええそうよ」
突然の来訪者、いやむしろ侵入者にも関わらず笑顔で迎えてくれた。その頬はほんのり赤い。
綺麗な翠色の髪はフリルの沢山ついた赤いリボンで纏められている。…ちょっと目に悪いかもしれない。
真っ赤なドレスにも沢山のフリルがついていて、とても可愛らしい。
「なにか用? うふふ……ひっく」
「もしかして、呑んでる?」
「そうよ〜」
ヒナの隣に座り、座卓の上の湯呑みを覗くと、緑や茶色ではなく透明な液体が入っていた。
「だいぶ酔っているみたいだけど、大丈夫なの?」
「それより葵ちゃん可愛いわねぇ。雛人形みたいだわぁ」
私の髪をくるくると弄りながら言った。絡み酒か。
しかも話がいきなり変わったし。
くるくる弄られて数秒、私は口を開いた。
「黒髪じゃないけどね。……そう、雛人形といえば、」
「うん」
「ウチ、飾ってないんだけどお嫁に行けるかな?」
「うふふ。それは仕舞い忘れた時ね。あとお嫁には行き遅れるだけだから、大丈夫よ」
「そうなの?」
「えぇと、一日仕舞い忘れるごとに一年行きそびれる、だったかしら」
「なんだ、大したことないじゃん」
「妖怪の感覚だったらね」
ヒナが苦笑いして、その話題に一旦オチがついた。
それから暫く、雑談に興じた。
だがそれも束の間。私が侵入してから半時ほど経った頃だろうか、ヒナがふと呟いた。
「……さて、そろそろ私の出番かしらね」
その言葉に重ねるように、楽屋の奥から声が響いた。
「雛様ー! そろそろご準備をー!」
「……らしいから、あたしはもう行くわ。お祭り楽しんでってね」
すっと立ち上がり、手を振りながら去る雛に、手を振り返した。
数秒後、会話がかすかに聞こえる。
(あれ? 雛様お顔が赤いですよ、風邪ですか?)
(酔ってるだけよ、気にしなくていいわ)
(な……お説教は後でしますよ!)
随分親しげである。神と人との距離感も変わりつつあるのかもしれない。いやむしろ、もっと前からか。
…いや、よく分からないし、知らないや。
これ以上ここに居ても詰まらないので、祭りの会場へ戻ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆
さて、どうしたものか。人が多い。
いよいよ祭のクライマックスが近づいたためか、広場は大変混みあっている。
ヒナが踊るであろうステージの付近は酸素濃度が低そうである。しかも男性ばかり。背が高くて前が見えない。
比べて私はせいぜい十歳くらいの女の子のそれだ。見えるわけがない。
しょうがないから飛びながら見る事にした。大丈夫、
周りを見ると、他にも飛んでいる者の姿がちらほら見受けられた。そのほとんどは妖怪だが、人間がちょっとだけ。
霊夢や、
周りをキョロキョロしていると、ざわつく声が聞こえた。主にステージ付近の男性らから。
今回の主役とも言えるヒナが壇上に躍り出たのだ。
舞いの前から拍手喝采。もう広場は湧き上がっている。
ってオイ、ひな祭りってそんなのだっけ。 …まあいいや、これが幻想郷流なのだろう。
とまれ、少しするとざわめきは一気に収まった。
荘厳で、お淑やかに奏でられる笛の音に合わせ、ヒナが踊り始めた。
回転を主としたその舞いは、先刻聞いたところによると“厄”を集めているらしい。
その場にいるだけで“厄”が吸い込まれ、見るだけで幸運が訪れると言う。そして里の人々は一年の息災を願うのだ、とも言った。
軽やかに、跳ねるような太鼓の音に導かれ、舞いに熱が入る。
回転しながらヒナは、笑っていた。
大勢の前で舞うときどんな心境なのかと問うたのはついさっきの出来事だ。
それに対してヒナは、こう答えた。
『楽しくて、嬉しいに決まっているじゃない。皆を幸せにできるんだから、神として…いえ、雛として本望よ』
だそうだ。できれば、来年からも毎年祭に行き、また活力に満ちたこの踊りを。
そんなこんなで演舞もフィニッシュ。と同時に上空に浮かび上がるは、大輪の華。花火だ。
その花は咲き終えると、幾色もの花弁を、水晶の欠片を散らした。
花が咲き誇るのに遅れて鳴り響く轟音。これがまた花火の大きさを物語る。
続けて次々と散ってゆく華たち。人間たちも感嘆の声を漏らしている。
「……やっぱり、良いなあ」
誰にでもなく、全てに向けて放った言葉は、轟音に掻き消されていった。
◇ ◆ ◇ ◆
帰り道。私は、従者と共に帰路についていた。
「で、迎えにきてくれてたのね」
「ええ、
やはり私は過保護の賜物である。
「花火、綺麗だったよねぇ」
「ですねえ」
「来年も行けるかな…?」
「それは…お嬢様の機嫌次第でしょうね」
従者は苦笑いして、そう返した。
後はヒナの踊りがどうたら、おみやげ云々、なんて話したりもした。
すると次第に私の家が見えてきて。
「さ、お嬢様が首を長くして待っていますよ。土産話を沢山してあげてください」
「しょうがないなあ」
不承不承、家の門に近づく。門番にも一応挨拶はしておく。
「ただいま、
「おかえりなさいませ、
『アオイ・スイッチ』
♢ 以下蛇足・補足・設定説明
「やあやあ、よくぞ帰った我が妹よ!」
「うん、ただいま」
「怪我はないか? 疲れているのならベッドで休むとよい!」
「その口調、疲れない?」
「うん、面倒くさい。夜にやるテンションじゃないわー。ああ眠い」
吸血鬼なのにか。
「今日は一緒に寝ようよ、楽しい事、いっぱいあったんでしょ?」
「まあね…」
「話して聴かせてー」
「はぁい」
お姉様は結構我が儘である。
さて、ことの発端を説明しよう。
ある日、私はお姉様に言いつけてやった。外に出たい、と。
むしろ何故今まで閉じ込められてたのかというと、単純にお姉様が姉バカなのだ。シスコンとも言う。
私を大事に思うあまり家から出さないという、なんとも過保護な495年間だった。
そこで私が外出される条件として出されたのが『偽名を使うこと』。
その理由としては、対外的に『フランドール・スカーレットは狂っているゆえに紅魔館からの外出は禁止されている』となっているらしい。
そのため、私の素姓を知る霊夢(あと一応魔理沙にも)事情を話し、口裏を合わせるよう交渉したとかなんとか。
そうすれば私は、紅魔館の外では完全な『葵』になれる。
……苦肉の策だが、それくらいの案しか思いつかなかったのだ。
何にせよ、無事に外を見て回れたのだから一件落着である。
どんびこからりん、すっからりん。
まず、謝らせてください
『オリ主』タグはまるっきりの嘘でした、すいません
まあ読者さまを騙すためには必要な事だから…仕方ない仕方ない
あと、こっそりですがハピナさんのコンテストに参加させていただきました
このような素晴らしいコンテストに参加できたこと、光栄に思います
テーマは「悪意なき嘘」ということで一つ、お願いします
あらすじにさえ、この事を書かなかったのはちょっとやり過ぎでしたかね
でも、どうしても最後の方のシーンで驚いて欲しかったんだよなあ…
実は結構、所々に葵がフランだという伏線をばら撒いているので、見つけていただければ作者冥利に尽きます
もしや咲夜とフランが一緒に帰るシーン以前に気づいていた方もいらっしゃるかも…?
まあ、ここで長々と語るのもアレなんで、ここらで締めさせて頂きとう存じあげまする。続きは活動報告にて。
ではまたいつか、ロールメでした。