床に刻まれた魔法陣の四隅に虹色に輝く石を置く。
指定された場所に正しく設置されている事を確認すると、少年は魔法陣の外へ出た。
緊張した面持ちで、胸の空気を入れ換える様に大きく息を吐く。
「先輩」
少年の傍ら、自分の身長よりも大きな盾を持つ少女が少年に声をかけた。
「システム・フェイトの準備が整いました。いつでも行けます」
「ありがとう、マシュ」
少女―――マシュ・キリエライトに笑顔を見せ、少年は魔法陣の前に立つ。
「どんな方が来てくれるのでしょうか・・・・・・?」
「さあね。いずれにしても俺達に協力してくれるなら良いよ」
心配そうなマシュを落ち着かせる様に軽く答え、少年は魔法陣の前で目を瞑る。
「ーーー始めよう」
呼吸を整え、瞑想状態へ。そして、体内に眠る異能の力ーーー魔術回路を起動させた。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
詠唱と共に魔力を精製し、魔術回路を魔法陣と同期させる。最初は蝋燭程度に。やがて、スポットライトの様に眩しい光を放ちながら、魔法陣から風が流れ出す。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
風は暴風となり、魔法陣の中で竜巻の様に荒れ狂う。
同時に、少年の身体に電流が流れる様な痛みが生じだした。
バチバチ。バチバチ。
放電する様に光る魔法陣は、電気椅子に座らせた罪人
への罰の様に少年を苛なんだ。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
だがーーーその苦痛を受けて尚も少年は詠唱を続けた。額からは冷や汗がとめどなく流れ落ち、顔色は血の気が失せて青白くなっている。
明らかに限界を超えた魔術行使でもあるにも限らず、少年は歯を食い縛りながら魔術回路を加速させる。すぐ後ろでマシュが手を固く握って見守っているが、それすらも少年は意識の外に置いた。
魔術の詠唱で思い浮かべるのは、海へのダイビング。
深く、底の無い海へと潜っていくイメージ。
息苦しさで呼吸が苦しくなってくる。
だが、その苦痛の先。そこに目的となるものが沈んでいる。
そこに向かって精一杯に足を動かし、手を伸ばしてーーー望んでいた手応えを感じた。
「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
最後の詠唱で最大限の魔力を魔法陣へと流し込む。
魔法陣が金色に変わり、光が奔流となって溢れ出す。
光の奔流は柱となって、少年とマシュが思わず顔を覆い隠す程の輝きで部屋を照らし出した。
そしてーーーーー
「おやおや・・・・・・これは興味深いですねぇ」
召喚陣の中から、のんびりとした男性の声が上がる。
そこには眼鏡をかけた中年の男性が立っていた。
年齢は五十くらいだろうか。背筋をピンと伸ばし、山高帽の合間からキッチリと揃えられた髪が彼に見た目よりも若々しい印象を与えていた。一目見て高級感のあるスーツを身に纏い、手にはチェスの駒を模した様な馬頭ステッキ。
まるで絵に描いた様な英国紳士風な出で立ちでありながら、彼の纏う落ち着いた雰囲気が服を完璧に着こなしていた。唯一、気になる所があるとすれば、格好に反して顔立ちが東洋人のそれである事くらいか。
「はじめまして、魔術師さん。僕はキャスターのサーヴァント、エルキュール・ポアロ・・・・・・と、言いたい所ですが」
一旦、言葉を切って男は懐から何かを取り出した。
目の前のマシュ達が良く見える様に広げれたのは、一冊の手帳。そこには男の顔写真と共に、一つの紋章―――昇る朝日と日光が刻印されていた。
この紋章の名は、旭日章。この印が示す事実は、すなわち。
「警視庁、特命係の杉下です。以後、よろしくお願いします」
テレビ朝日のドラマ『相棒』より杉下右京を召喚。
エルメロイ二世の様な疑似サーヴァント扱い。シャーロック・ホームズにしようか、と思ったけど、ポアロの方が右京さんらしいので。