fate/zero 滅びの魔王と騎士の譚   作:ぴよぴよひよこ

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-地獄の底で-

 

 

 

 冬木市民会館。狼煙を上げた一派であろう英雄王はすでに亡く、しかし魔王エリスティンとその騎士ディルムッドは迷うことなくその建物へ侵入していく。建設途中の屋内はところどころコンクリートが剥き出しになっていたが、彼女らはそういうものなのかと気にすることも無い。

 この先から異質な魔力が流れ出ている。エリスティンはかつての世界で感じ取ったものに似た気配を辿っていた。

 吸い込まれていくように歩を進め、赤い天幕と同じ色をした客席が荘厳さをかき立てるような大ホールへと至った。舞台の中央には燦然と輝く黄金の(さかずき)が見えない手に支えられているかのように浮いている。

 

 あれが、聖杯。魔王と騎士が確と認識する。

 ランサー陣営としてはマスターもサーヴァントも欲するところではなかった聖杯戦争の景品たる奇跡の杯。勝者に賜わされる万能の釜。

 戦闘の形跡が無いにも関わらず真下には巨大な穴が開いており、周囲は炎が盛っていた。何が起きたかは知る由もない。しかし知ったところで意味もない。ここで待てば勝ち上がってきた者がいずれ現れるだろう。

 英雄王も、征服王も打ち倒した魔王の陣営。残るサーヴァントはセイバーかバーサーカー。未だ左手を封じられているセイバーがやや劣勢かもしれないが、どちらが勝ちあがってきたとしても構わない。

 魔王は答えを得、従者は武勲を立てた。両者ともに聖杯戦争に参加するための切望を、完璧な形ではなくも果たしたのである。ディルムッドに関していえば最終的な勝利として聖杯を主に献上することも望んでいたが、当のエリスティンがあまり聖杯に頓着していないので最後の敵のことだけを考えている。

 

「これが聖杯、ね……」

 

 エリスティンが舞台中央の杯を(はた)から眺めて言葉をもらした。どうにも胡散臭そうな声音にディルムッドもどうしたのかと主に尋ねる。

 

「如何致しましたか?」

「いや……まぁ些細なことだ」

 

 答えずに、聖杯から視線を切る。彼女が不審に思ったのはこの「万能の釜」とかいうものが、あまりに禍々しい魔力を湛えていたことからきている。エリスティンはもう少し……端的に言えば神秘的なモノを思い浮かべていたのだ。

 彼女が知る由もないが、聖杯は既に完成に至りつつある。霊格の大きさが通常のサーヴァントの二、三騎分もある英雄王が斃れたことで中身が漏れ出し周囲を焼き払った。その汚泥のような中身が想像していたものと少々かけ離れていたのである。

 だが、別に聖杯の機能がどういうものであれ彼女にとって大した意味を持ち得ない。願いが叶うとしても、叶わないのだとしても、もう待つだけでいずれ欲するモノは現れるのだから。

 もし聖杯を手に入れたのなら、その魔力を()に持ち越させて、次回の聖杯戦争に召喚されるサーヴァントを強化してもらおうなどと思っている。その願いなら別に、叶おうが叶うまいが現時点で満足している以上聖杯の機能など些末事に過ぎない。

 

「それよりも、お前は誰が来ると思う、ディルムッド?」

 

 自分たちが入ってきた通路は恐らく裏口。勝ち上がってきた者は正面から来ると踏んで聖杯の前に陣取ったエリスティンは、隣に並び立つ騎士に最後の敵の予想を訊いてみた。

 互いに残ったサーヴァントと緒戦で切り結んだ主従である。エリスティンはバーサーカーの野獣のような咆哮、膂力、しかし狂戦士にしては荒くも美しい舞のような武錬を思い出して鑑みる。もはや魔王の敵には能わないが、勝ち残る可能性もゼロではないだろう。

 そしてディルムッドも左手を封じた決闘の相手、セイバーの剣技を瞼の裏に映して想像してみる。名高き騎士王はその名に違わず優れた剣士だった。いくら本調子から外れていたとしても、決して遅れを取るとは思えない。

 

「俺は、セイバーが来ると思います」

 

 ディルムッドが判然とそう言ったのを聞いて、エリスティンは苦笑した。

 

「どちらかというと希望じゃあないのか? まあ、私もそう思っているのだがな」

 

 くすくすと笑みをもらすと、ディルムッドも困ったように微笑を浮かべた。

 どっちが勝ってもおかしくない。が、どちらかといえばセイバーが勝ち残ることを期待する。それが二人の共通の思いであった。

 バーサーカーが来るとなると、すでにその実力が知れている魔王にしてみればはっきり言って面白くもなんともない。ただ蹂躙して終わるだけ。しかしセイバーであれば、初戦の決闘が最終局面にしてやっと帰趨を決することができるのだ。

 それでもやはり勝敗の行方はこちらに分があると踏んでいても、魔王もその騎士も、何も思い残すことなく此度の聖杯戦争を終えることができる。ゆえに、正面の大扉を開ける者が、凛とした少女の姿をした騎士王であることを望んでいた。

 

 ギ、ギィ――

 しばらく待つと、ついに大扉が開かれた。耳障りな軋みで弱々しく開いた扉から現れたのは、果たしてセイバーであった。

 やはりバーサーカーとの戦闘の後なのだろう、白銀の鎧が煤に塗れていて、表情は疲労を隠すこともできないらしい。だが彼女もサーヴァント、その名は遠く極東の島にまで轟く大英雄。そして、騎士なのだ。一度剣を執れば、また勇猛果敢に挑みかかって来るに違いない。

 

「やはりお前か、セイバー」

「魔王……ランサー……」

 

 蒼褪めたセイバーの顔はどこか悔し気であり、眩しそうにしているようにも見えた。

 

 セイバーは――アルトリアは、狂戦士(バーサーカー)、かつての朋友ランスロットとの死闘で体力を消耗していた。だが、それ以上に打ちひしがれていた。騎士王に裁かれたかったという忠節の騎士の思いを理解できていなかったことに。これまでの自分の在り方に突き刺さる疑惑と悔恨の鏃に。

 

 征服王が云っていた。――聖者では民を導けぬ。

 だがそれ以外のやり方を知らなかったのだ。正しいと信じていたのだ。

 魔王が云っていた。――その願いは、やめておけ。

 だがそれ以外の方法を知らないのだ。もはや償うには全てをやり直すほかにないのだから。

 

 目の前に立つ最後の敵。魔王エリスティンとその騎士ディルムッド・オディナ。

 彼らはキャスター討伐時の決別を乗り越えてきたらしい。そしてより強く結びついたのだろう。その強さで以て征服王もあの黄金のサーヴァントも打ち破ってきたのだろう。

 なんて……羨ましい。魔王などという忌み名を持った女はしっかりと従者と疎通している。傍らに立つ騎士は凛然と真っ直ぐにこちらを見ている。煤に汚れた自分を恥じたくなるほどに、その有り様は輝かしい。

 

「…………ッ」

 

 そこを退け、と言いたかった。聖杯は私の物だと、なりふり構わず喚きたかった。

 しかし、できない。この身が騎士王で在ればこそ、そんな無様は到底晒せない。王として相応しくないと自覚しても、これまで踏み躙ってきた者たちのために己は清廉でなければならない。例え道化のように見えたとしても、それしか処方を知らないから。

 

「もはや語るに及ぶべくもない。ディルムッド、お前の戦いだ。決してこい」

「は!」

 

 エリスティンが騎士に命ずる。

 かつての倉庫街で言った。「この戦場は貴様に任せる」と。セイバーを討つのはディルムッド。それは決闘が始まった時からの決定事項である。セイバーは思っていたより弱っていたが、ここが戦場であれば気にすることではない。自分たちも決死の覚悟で英雄王と征服王に相対した。それはハンデでもなんでもない、ただの当然の事柄に過ぎないのだ。

 

「征くぞセイバー。この聖杯戦争、最初と最後を騎士王との戦いで飾れることを、俺は誇りに思う」

 

 なんの憂いも無く、ディルムッドが主を背に槍を構える。

 セイバーには眩しくて見ていられない。

 あの英霊のなんと眩いことか。輝く貌というのはまことの史実であったというのか。これほどまでに清澄な闘気をぶつけられてなお恨めしく思う自分が情けない。

 だが、彼女の手は半ば無意識の内に剣を執った。もう願望の成就は目の前に在る。最後の敵さえ討てば、新たな(ヽヽヽ)願いを叶えられる。全てに報いるには、あの奇跡に縋るしかないのだから。

 

「……ああ、ランサー。決着を、つけよう」

 

 その槍に誉れ在れ。しかし、この首を討とうとも輝くことはないだろう。そんな皮肉を噛み殺して、セイバーは位置的に有利な客席の上段で剣をかざした。

 

 無音にして熾烈な睨み合い。聖杯の周囲の炎も二騎の英霊の気迫に圧し潰されてその身を隠すように縮める。エリスティンは舞台の上でその行く末を静かに見守っていた。

 確実にディルムッドが勝つ。

 ステータスも、保有魔力も、既に敵に与えた呪いも全て鑑みて結論は出ている。しかして彼奴は騎士王とかいうこの世界でも指折りの英霊。封じているとはいえ最後の力で未だ知れぬ宝具を見せるのかもしれないし、はたまた伝承の通り不死性でも発揮するやもしれぬ。最後まで何が起こるか分からない。だからこそこの聖杯戦争は愉しい。

 エリスティンの期待通り、セイバーは今までに見せたことの無い剣の輝きを放った。聖剣に相応しい、神々しいまでの光の束。

 しかし、その宝具の発動に驚いていたのは、手にした本人セイバーのみであった。

 

「な――!?」

 

 少女が瞠目して己の剣を見つめている。エリスティンもディルムッドも、様子のおかしい彼女に怪訝な目を向けた。

 封じられたはずの聖剣を解放したことは別に驚くまでもない。加減や斟酌(しんしゃく)による使い道だってあるのだろう。けれどもセイバーの驚きようは敵対する彼女らにとっても不可解に過ぎた。

 

「どうした、セイバー」

 

 ディルムッドが槍を構えたまま言葉を投げかける。だがセイバーはそれに返す余裕すらも無いらしい。

 

「何故だ、キリツグ!? よりにもよって貴方が、何故ッ!?」

 

 キリツグ、という聞きなれない人名らしき言葉に、エリスティンが眉を(ひそ)めた。

 あの有無を言わさぬ強制力、恐らく令呪を使って無理矢理に宝具を使用させようとしているらしい。だが奴のマスターはアイリスフィールという女だったはず。鞍替え? 確かにあの白い女は戦闘には向いていなかったし不思議ではない。では新たなマスターは一体何をさせようとしているのだ?

 

 ――第三の令呪を重ねて命ず――

 

 どこかからひそやかに、しかし判然とした声が聞こえてくる。

 エリスティンが声の方向に目を向けるとボックス席に一人の男が立っていた。掲げた右手にはまさしく令呪が光り輝いている。

 あの男が、セイバーのマスター。

 そう判断しつつも別に止める気も殺す気も起きはしない。何をさせるつもりかは知らないが、あのマスターが決闘に勝利するために策を練っているのならそれはそれで構わない。

 

 ――セイバー、聖杯を破壊しろ!――

 

「――なんだと?」

 

 聞こえてきたセイバーへの命令に、今度こそエリスティンは猜疑を口にした。

 聖杯を、破壊する? 何故? そのために奴らはこれまで戦ってきたのではないのか。聖杯を求めない事例が自分自身ではあれども、セイバーは願いを持っていたし、従っているのならマスターも同じはずだ。

 しかして今、はっきりと。その願望器を破壊しろとあの男は命じた。令呪を重ねて――つまり如何な対魔力を持っていたとしても抗えぬ強制の奇蹟。あの輝く剣は間違いなく聖杯を狙っている。あの位置から(ヽヽヽヽヽヽ)

 

「ディルムッド、下がれ!」

 

 この場所からでは防ぎきれない。そう判断した魔王が叫んだ。

 その特異な体質上、必要性の薄さからエリスティンは魔術的な防御の(すべ)を得手とはしていなかった。己だけならともかく、離れた位置にいるディルムッドごと守るのは難しい。

 聖剣の一撃がどのようなモノかは知らずとも、英雄王という前例を考慮して指示を飛ばした。もはや相手が決闘を捨てた以上前に出るのも吝かではないが、今にも振り抜かれそうな宝具、射程に捉えて歯を打ち鳴らすのも間に合いそうにない。

 

「何が――」

 

 騎士は主の荒声に驚きつつも瞬時に従ってセイバーの正面から飛び退(すさ)る。その瞬間、二人の眼は凄まじい光の炸裂に焼かれた。

 

「――やめろおおォッ!!」

 

 何も見えぬ光芒の中で、セイバーの絶叫が響き渡った。

 魔力が光となって極大の熱量と破壊力を持つ斬撃と成る。それがセイバーの宝具、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。

 エリスティンは舞台の袖で聖剣の解放に舌を巻く。

 その凄まじさはやはり、かの創世の一撃に比肩しうる。なるほど騎士王と名乗るだけはあったということか。

 だが同時に今の一撃に、強制的に全てを注ぎ込まされていたのも感じ取っていた。これだけの威力、さらに上を往くものを連発した英雄王こそが異常なのだ。恐らく視界が戻った時にはセイバーの姿はないだろう。

 結局、決闘の行方は闇……否、光の中。魔王は肩を竦める。

 あの善の騎士を討たせることでディルムッドに魔王の騎士という立場を明確にさせる腹積もりではあったものの、まあ終わってしまったものは仕方がない。次を待てばいいだけのこと。

 

 眼球ごと造り直して視界を取り戻し大ホールの中を見渡すと、やはりセイバーの姿はもう無くなっていた。ボックス席を見てもマスターの姿もない。

 遅れて立ち上がったディルムッドもどこか残念そうに騎士王の居た辺りを見つめている。

 

「やれやれ、最後まで思うように往かぬものだな」

「……そうですね。ですが、我らが勝者であることは変わりますまい」

 

 聖杯を捧げることは叶わなかったが、もはやそれは固執すべき事柄ではない。ディルムッドはついに聖杯戦争を勝ち抜き、主とともに栄光を勝ち取ったのである。

 エリスティンはそんな騎士に苦笑を溢した。純然たる勝利でなくとも、奉ずべきは魔王のみ。そんな騎士はやはり染まってきているのだろう。

 

「ハッ、お前もらしくなってきた――」

 

 二人は油断していた。もう敵はいない。聖杯も無いが、ゆえにこそ剣を抜くことも、ましてや警戒することなどとうに頭から抜け落ちていたのだ。だから気付かなかった。セイバーの放った一撃が天上すら切り崩して、その先に聖杯の本体(ヽヽ)があったことに。

 

 どぶん、と。或いはぶつり、と。視界か思考か判然としないまま二人の意識は真っ黒に染め上げられた。

 黒い太陽。聖杯戦争の根本的存在である大聖杯(ヽヽヽ)と繋がる孔。そこから、さっきまで聖杯だと思っていたモノから溢れていた泥とは比べもつかぬ量の汚泥が溢れて二人に降り注いだのだ。

 

 

 ――全て憎い。全て殺せ。全て呪え。罪と悪が渦を巻いて捻じれ狂う。

 ――死怒呪殺憤悪死罰欲鬱不堕――死慨戮滅失壊――呪嫉怠鍼死慢殺――――妬殺憤悪死罰欲――――鬱不堕死慨戮滅失壊――――

 とめどなく続く呪詛が無限の渦(ウロボロス)の如く連なり混ざって溢れかえる。常人では一瞬たりとも耐えることのできない悪性の呪いの塊。

 ――呪嫉怠鍼死慢殺――――妬殺憤――死怒呪殺憤悪――――鬱不堕死慨戮滅失壊――――死罰欲鬱不堕――死慨戮滅失壊悪死罰欲――――

 黒い泥の中で永劫呪い続け、生きとし生けるもの全てを殺し尽くすまで止まらぬ怨嗟の声。

 

 だが。

 

「――しゃらくさい」

 

 魔王エリスティンにとって、それは単なる日常でしかなかった。

 

「そんな(モノ)、聞き飽きたわッ!」

 

 早く死ね。早く殺せ。神が祝福をばら撒いて、民が剣を執る。

 かつての世界で、ヒトにも神にも呪われ続けたエリスティンは『この世全ての悪(アンリマユ)』と同様の存在にして、全てを呑み込んだモノ。呪いも怨嗟も、今なおその胎の中に在る。

 斯くして呪いの泥も呑み込んで、魔王エリスティンは再び地を踏みしめた。

 

「全く以て度し難い。これが万能の願望器ならば、私は願いなどいつでも叶えられるではないか」

 

 彼女を避けるように散り、ならばと館外へ殺戮に向かう泥を見やりため息を()いた。こんなモノを欲しがるのが、征服王以外にいるとはな。

 

「が、ハッ……!」

 

 泥を飲み干す際に、ヒトガタをなんとか保っていた騎士をついでに引きずり出したエリスティンだったが、根が善性の彼にはこの呪いが致命的であった。息も絶え絶えに身体を起こすことさえ叶わないらしい。

 

「情けないなディルムッド。まだ悪の騎士には程遠いか」

 

 らしく(ヽヽヽ)はなっていても、まだ染まり切ってはいなかった騎士では悪性の呪詛に耐えられなかったようだ。魔王に染まりかけていた彼はギリギリのところで正気を保っていたが、今にも思考は塗り潰され、狂気に侵されようとしている。

 

「も、しわけ……ゴザいま、せん」

「槍も失ったか」

 

 双眸から血のように黒い泥を垂れ流して、ディルムッドが謝罪する。その手にはもう、己の誇りたる二振りの槍もない。魔王の騎士として誓いを立てた、あの黄色の短槍も。

 

「だが――そうだな。まだ貴様には褒美を与えていなかったな。

 魔王が賜わす。ディルムッドよ、貴様の望みを言え」

 

 しかしその身こそが我が槍なれば。ディルムッド・オディナこそ唯一にして最後の魔王の騎士なのだ。

 倒れ伏す騎士のそばにしゃがみ込んで、魔王が彼の口元に耳を寄せた。ごぼりと呪いの塊を吐きだしながら、ディルムッドがなんとか言葉を紡ぐ。

 

「どう、か――この身が、魔王様、の、騎士で在る内に――」

 

 ――殺してほしい。

 最後の最後まで、ディルムッドは騎士で在ることを望んだ。

 泥に意識を呑み込まれて如何な悪逆の徒として永らえようとも、魔王の(しもべ)でなければ意味が無い。こんな下らぬ――そう、ちっぽけ(ヽヽヽヽ)な呪いを振り撒く存在が魔王の騎士であるものか。ゆえに、どうか、我が主よ――

 

「良かろう」

 

 己の騎士の願いを汲んで、魔王が剣を抜く。心に浮かんだのは永い生の中、忘れられそうにない短くも濃い騎士との日々。

 後にも先にも、魔王に傅くなんていう大莫迦者はお前だけだ。まだまだ甘っちょろいが、まあ、見れぬわけではなかった。満足して逝け。

 初めて得たこちら側(ヽヽヽヽ)に立つ者。神の怒りも恐れず魔王につく者など、この男をおいて他にない。

 

「令呪を以て我が騎士の褒賞と為さん。ディルムッドよ、安らかに――」

 

 死ね、とは言えない。己の騎士の命を摘むのがこんな魔力の塊なんていうつまらないものであっていいはずがない。殺すのは、自分。そう、魔王でなければ。

 二振りの紅い剣がエリスティンの胸から消え去って、ディルムッドのものと成った。

 主と同じ(くれない)を賜り恐悦に浸る。新たな騎士の誓いは言葉も要らず、彼は静かに瞑目して主に感謝を述べる。

 

「――ありがとうございます、我が主よ」

 

 令呪二画分の力がディルムッドを蝕む呪いの勢いを止め、どうにか上半身だけでも起こすことができたようだ。だがその呪いは令呪の大本。いずれそれごと呑み込まれて彼は自我を喪失し、正体を失くすだろう。

 

「貴様は確かにこの魔王の騎士であった。最初で最後の――唯一の、な。

 私から言うことは一つだけ。

 ――――よくやった、ディルムッド・オディナよ」

 

 ああ――

 ディルムッドは、薄れゆく意識の中で願いの成就を果たしたことを嬉しく思っていた。

 そうだ、俺は。ただ、その言葉を欲しがっていたのだ。あの日、山の騒めきを沈めた後に、主君(フィン)にいつもの様に褒められたかったのだ。よくやった、と。さすがだ、と。その一言だけで、この身は充分だったのだ。

 

「ありがたき、幸せに……御座います」

 

 満足だ。満足だとも。栄光を勝ち取り、忠節の果てに消ゆる。これ以上の(しあわ)せがあるだろうか。二回目の人生はなんとも愉しかった。今度こそ忠義の道を駆けて、駆けて、駆け抜けた。何も思い残すことはない。敢えて望外に述べるなら――どうか我が主よ、貴女も誇ってほしい。この騎士が仕えたことを。貴女は、騎士ディルムッドに相応しい君主で在りました。

 

「ではさらばだ、ディルムッド」

 

 するりと、音も無く。魔王の剣は輝ける(くび)を落とした。

 令呪はしっかりとその意義を遂げたらしい。転げ落ちてなおも安らかに笑みを湛えて、誉れも高きディルムッド・オディナは霧散した。満足そうに、誇り高く天へと昇っていった。

 魔王の騎士なんぞ、英霊の座(向こう)に戻ったところで誇れる(はなし)ではあるまいが。

 皮肉気にその様を見届けてから、エリスティンは周囲に目を遣る。市民会館はすでに跡形も無く吹き飛んでしまっていて、遠くでは阿鼻叫喚が風に乗って逆巻いている。まさに地獄の顕現であったが、やはり胸は痛みなどしない。もはやその身は、ヒトの死を悼む器官など持ち得ない。

 

「魔王……見つけたぞ」

 

 そこへ、瓦礫を這い登るようにして、言峰綺礼が姿を現した。この戦闘の余波か他で争っていたのか知れなかったが、見るからに死に体の有り様でいて、なんとも愉快そうに魔王へ這い寄る。

 

「コトミネか。何用ぞ」

 

 ずるりと現れた死にかけの男に、エリスティンは瞳だけ動かして視線をやった。

 

「ただの――答え合わせ、だ」

 

 今にも人としての機能を失いそうな神父はなおも愉しそうに魔王を見つめている。

 

「監督役として認めよう……お前が、聖杯戦争の勝者だ」

「そうか」

 

 勝利の宣告を受けてもエリスティンは顔色を変えない。

 当然だ。勝者に賜わされる聖杯、元より欲していなかったのに加え、今では粉微塵になって吹き飛んでしまっている。彼女に残されたのは、次を待つ時間のみなのである。

 

「フフ……」

 

 死に体の神父が堪えきれないといったように笑みを浮かべている。

 綺礼は答えを欲していた。そして今得た。

 あの男の目の前で、などと息巻いていたのに、奴は自分からそれを破壊してしまった。だが勝ち残ったのはやはり魔王だった。そんな彼女が何を望んでいたのか、この有り様を見れば問うまでもない。そして、そんなモノに悦びを感じる自身もまた、同様の存在に違いない!

 

「フフ、フフフ……ふははははッ! これがお前の見てきたモノか、魔王!」

「……そうだな」

 

 やはり。やはり!

 コレを見て彼女は生きてきたのだ。ならば、ならば。見続けることによって自分もまた、答えに至る道順が示されるに違いない!

 今までの己を追い込むような修練は間違っていた。どんな崇高な理念にも興味を向けられなかったのも当然だ。

 向けるのは他人。追い込むのは、己でない誰か。艱難を与え、辛酸を舐めさせる。なるほど、考えただけで心が躍る。それにこそ、情熱を注ぐに値する。

 そうか、それが――これが、"生きる"ということか! ああ、私は今生きている――!

 

「素晴らしいッ! やはりお前は私と同じだ。もっと、もっとだ。もっと見せてくれ、魔王――」

 

 心底愉しそうに嗤って、綺礼は、死んだ。

 魔王に首を落とされてその生を終えた。

 

「同じ? 違うよコトミネ。私は――」

 

 ――もう見たくないから、此処に来たのだ。

 地獄も、呪いも。見飽きたし聞き飽きた。だからずっと待っていたのだ、勇者の存在を。

 きっとこの神父は同じとは言わずとも、どこか己に似たような部分もあったのだろう。その身が破滅を求めて精進し続ければいずれ魔王と呼ばれるようなモノにまで至るのかもしれない。

 だとしたら、それを許すわけにはいかなかった。

 魔王は二人と要らぬ。似た者も必要ない。こんな無意味な生は、私一人で充分だ。ゆえに死ね。

 

「本当に――全く以て度し難い」

 

 転がった男の首も燃え散って、独りエリスティンは佇んでいた。

 聖杯戦争――総じて述べれば、愉しかった。今までにない程、この命に迫る猛者もいた。しかし大本がこれか。我々は綺麗に均された地獄の上で戦っていたらしい。なんとも滑稽な話である。結局この身は魔王でしかなく、世界は滅ぶしかないということか。

 だが、終わらせることもまだ叶う。地獄を終わらせる、そんなことができる存在が居るとすれば、やはりそれは勇者としか言いようがないのだ。だから待とう。何十年、何千年だって待つとしよう。心配することはない。種は蒔かれているのだから。

 

「早く来い来い、勇者たち……」

 

 そう呟いて、魔王は姿をくらました。

 聖杯は誰の願いを叶えることもなく砕け散った。だが、真に勝者たる彼女の意を汲んでいたならば。

 きっと次の聖杯戦争はすぐに始まることになる。

 そして恐らく、最強のサーヴァントが参じることになるだろう。

 それが地獄を広げるのか、終わらせるのかは分からないが――

 

 

 

 

 

-fin-

 

 

 

 

 

 




 
 
 

フー、サブタイトルのディルムッドを幸せにしたい(生き残るとは言ってない)も完了しまして、物語を終えることができました。

ここまで読んで頂いた方々、感想や評価をくださった方々、こんな厨二患者の妄想に付き合っていただきまして本当にありがとうございました。

五次もやってみたかったんですけどね、私はSNは10年ほど前にプレステ版をやったきりでうまいこと回せる気がしないのです。原作無視のハチャメチャになってしまいそうです。





ifルート、もし征服王が勝っていたら↓

征服王「王の軍勢!」ドドドド
エリス「影の軍勢!」ゲロゲロ
セイバー「ちょっ、おま」
ディル「南無三……」


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