ちんじゅふを つくろう!   作:TNK

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ちなみにその日は後に歴史の教科書に載ったそうな

常識とは環境によって構築される。

例えば某僕の顔をお食べな男のアニメを見て育った子供が黴菌を悪と考えるように。

例えば某机の中から出て来た耳の無い猫型ロボットのアニメを見て育った子供が俺の物は俺の物、お前の物は俺の物とかいうように……これはちょっと違うか。

 

まあ何が言いたいかと言うと。

前の人生の記憶を持っている"僕"の常識は、周囲の物とは一線を画す物だ、という事だ。

 

炸裂音。

地響きのようなこの音は船底に穴でも開いたんだろう。

というか、船の両端が少しずつ上がって来てる。

あ、これ真っ二つに折れて沈没するな。

 

うん、この船10000tクラスの大型輸送艦だったはずなんだけど。

"戦時下"に設計された足も有って割とタフネスな船だって聞いてたんだけど。

穴開くの簡単すぎない?

 

「……うん、こりゃ死んだわ」

 

甲板に伏せ、海面を窺いながら呟く。

他の乗客が海に飛び込んでいくが、片端から撃たれ、喰われ、沈んでいく。

あ、確かあれは陸軍の少将殿だったっけ、何かにつけて絡んできてたなそういや。

まあ死人に口なし、冥福を祈りますか。南無南無。

 

「いやー、艦娘が居なけりゃただのイ級一体でこれか」

 

そう、この世界に艦娘は居ない。

もしかしたら数日後か、数か月後か、数年後か。

出てくる可能性はあるだろうけど、少なくともそれはこれまでじゃなかった。

 

彼らは別段兵器が利かないって訳じゃなかった。

イージス艦の艦砲の、第二次世界大戦時基準ならば小さい口径でも重巡位までなら必要な弾数こそ変われど倒せた。

戦艦級からはミサイルが必要ではあったものの、まあどこぞの新世紀な人造人間みたいに絶対効かない相手ってのは居なかった。

 

ただ、彼らは多すぎた。

懐に入られたら終わりだし、まともにやりあってりゃ弾は尽きるし、かといって倒さなきゃ輸入は出来ないし、空路は量を運べないし低空過ぎると落されるし。

だからって輸送船団に護衛を付けても待ち伏せはされるし貴重な戦力にも損害は出るし。まあ一番効果を上げてるから現在の海上輸送はこのスタイルだけど。

 

じゃあこの惨状は何だっていうと、この船は横須賀から広島行きの客船だったりする。

物資輸送のついでに乗客も、と言ったこの航海は海岸線が地平線に見えるくらいには陸地に沿っていく物だった。

そして後5時間も航海すれば呉に着く、といった所でこれだ。

多分この沈没がニュースとかになったら軍部辺りが手酷く突っ突かれるのが目に見えるぐらいには物議を醸すだろう。

これからはこんな陸地に近い航路でも護衛が必要になるのか、と頭を抱える姿が目に浮かぶ。

 

まあ後の事なんて知ったこっちゃない。

こちとら自分の事で精一杯だ。

 

さて状況を整理しよう。

イ級の脅威は見た通りで、仮にやり過ごした所で10000tクラスの輸送艦の沈没で起こる渦は相当な物だろう。

少なくとも泳いでその範囲から逃れられない程度の大きさは有る筈だ。

 

「正直まず死ぬよねこの状況」

 

将棋で言えば王手。チェスで言えばチェックメイト。

だから、負けない為には/死なない為には【馬鹿】をやる/盤をひっくり返す必要がある。

 

未だに人がボロボロ海へと逃げていく、いや落ちていく。

そしてイ級はそのほとんどを撃ち落とすか浮かんでる人を撃ち抜いている。

 

「仰角は……大体60°ってとこか。

次弾装填は2秒くらい。

……いやー、あれで輸送船とは言えバイタルパート抜くんだからね、無理ゲーだわ」

 

じゃあ、もうちょっと船が傾くのを待つか。

その間、精々頑丈なロープでも見繕ってこよう。

 

 

 

この輸送船は、主に嗜好品を積んだ船だ。

だから誘爆しておっ死ぬ事が無い代わりに、上手い事あのイ級を誘導して爆破、とかも出来ない。

 

だから、イ級は倒せない。

 

だけど僕の目的はイ級を倒す事じゃない、生き延びる事。

 

大分船が傾き、そろそろ屈んでもイ級から隠れられない位になった。

飛び込む人は既に全員海に浮かんでいて、怪我して動けなかった人がずれ落ちて海に落ちていく。

 

眼を付けていた怪我人がずれ落ちていく。

それを見つけたイ級が口を……砲を向ける。

 

撃つ。人が弾ける。

 

「今だっ!」

 

そして僕は船から飛び降りた。

思っていた通りイ級は僕に気付くのが遅れ、そして思っていた以上に早く旋回する。

 

旋回は間に合った。

だが装填は間に合わない。

 

「ぃよいしょぉ!」

 

僕はイ級の頭上に飛び乗った。

ずり落ちる前に、すぐさまイ級の出っ張った鼻先に縄を引っかける。

 

「じゃあ、イ級ロデオと洒落込もうかぁ!?」

 

イ級の砲門は口の中の一門だけ。

船に乗ってたり隠れたりしてたら船の起こす渦に巻き込まれて溺死。

飛び降りたら撃ち落とされるか撃たれて死亡。

 

じゃあもうこれしか無いよね、と思ってやってみたが、何とかなるもんだね。

 

でも、現状は死ぬ時間を伸ばしただけだったりする。

縄が切れればアウト、握力に限界が来てもアウト。

軍艦が来て僕ごと撃たれてもアウト、海原の果てに連れて行かれてもアウト。陸地に行っても降りられないしでアウト。

 

「どうしたもんかねー……」

 

イ級は僕を振り落としたいのか、真っ直ぐ進んだり蛇行したり大きく輪を描いて動いたりしている。

だけど残念ながら君に手足は無いんだよね。残念残念。

 

そんな事を考えていたら、船の沈没に誘われたか。

沈む船の影から、もう一匹のイ級が。

 

いや待て、落ち着け。

もしかしたらどこぞのオルタネイティブみたいに同士討ちはしないのかもしれない。

このまま縄を使ってイ級を障害物にし続ければ……。

 

砲声。

 

イ級を隠蔽にした僕の真横に、大きな穴が開いていた。

イ級の目には光は無く、確実に撃沈判定入ったんだろうなって感じの状態。

 

マジか。

お前らBETA以下か。

 

そう呟きたくなるのを抑え、沈んでいくイ級の下になるように身を隠して沈んでいく。

もしかしたらあのイ級は僕をぶち抜けたと思って帰るかも知れない。

このままイ級の死骸を使って隠れて逃げよう。

幸いこれまでのロデオで多少なりとも船から離れたし何とか巻き込まれないで済むかもしれない。

 

大きく息を吸って潜る。

陽光が海面を通り、蒼い水中が広がる。

イ級の鉱物のような質感が、陽光に照らされてキラキラと光る。

そのイ級の残骸の中、小さな一欠けらの破片のような何か。

それが水の光とも、イ級の光とも違う色をしていたので、反射的に触れる。

その瞬間、太陽以外の光が広がった。

 

「……速きこと」

 

「島風の如し、だろ?

知ってる知ってる」

 

白か金か、はたまた銀か。

えもいわれぬ色合いの髪をした少女が、奇妙な背負い物をして水面に立っている。

その周りには兎を模したような砲の配置をしたロボットらしきものがぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 

「あなたが提督なの?」

 

「あーはいはい、僕が提督僕が提督。

だから早くあのイ級をやっちゃって」

 

「わっかりましたー!

島風、出撃しまーす!」

 

おっそーい!よ、島風……。

というか、初期艦島風とか凄まじいな、おい。

 

十秒としない内にあれだけ脅威だったイ級の鼻っ柱が消し飛ぶのを見て、僕は物凄い疲労感に襲われた。


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