ちんじゅふを つくろう!   作:TNK

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担当したのは女性だから薄い本展開は無い

「提督、おはようございまーす!」

 

「提督、おはようございます。

朝食、出来ておりますので」

 

「島風、鳳翔さんおはよう。

頂きます」

 

鳥が鳴き、木がさざめき、味噌汁が湯気を上げる。

 

「今日で一週間、か」

 

そう、あの日僕が笹中中将と交渉してから、一週間が経とうとしていた。

一先ず僕達との交渉は笹中中将の独断なので、中将の別荘である連れて来られた家を借り受けている。

 

「提督ー、昨日であの中将さんへの報告書は出来たんでしょ?

速く出撃しようよー!」

 

「いや、その前にやる事が有る」

 

「もー、後は何をやらなきゃいけないのさ?

速く終わらせようよー!」

 

「うん、じゃあまず身体検査しに行こうか」

 

 

 

「……提督、幾つか疑問が有るのですが」

 

笹中中将の管轄下の軍施設で島風の身体検査を待っていると、鳳翔さんが話しかけてきた。

 

「何?」

 

「何故提督が書類を作っている間に検査をさせなかったのですか?

検査をするにしても、艦娘を調べる為ならば、私も調べた方が良いのでは」

 

「ああ、それは簡単な話ですよ。

作っていた書類は、君達と、ついでに死んでる事になってる僕の新しい戸籍を作る書類もあったから出来るまで身体検査をさせられなかったんです。

君を検査しなかったのは……リスク管理の問題の為ですね」

 

「リスク、ですか?」

 

鳳翔さんが小首をかしげる。

 

「そう。

鳳翔さん、あなたは、かつての大戦に生まれた艦の記憶と、戦い方以外は何も知らない。

でしたね?

僕達人間のみならず、君達艦娘も自分の事を知りません」

 

そう、何も知らないんだ。

 

「だからこそ、身体検査をしたのでしょう?」

 

「はい。

だけど、もしかしたら艦娘は身体検査をしたら戦えなくなるかもしれません」

 

「流石に、そんな事は無いと思いますが」

 

「そうですね、でも万が一すら無いとしても億が一ならなら有り得るかもしれない。

我々が普通に行っている身体検査の内容のどれかが艦娘にとって致命的になる可能性は否定できませんので。

生憎と、艦娘に関しては前例がないない尽しですから、こればかりはやらなければ」

 

苦笑を浮かべていた鳳翔さんが、笑みを消す。

 

「……では、提督。

もしも、これで島風が戦えなくなったら、どうしたのですか?」

 

「最後まで面倒を見ますよ。

彼女は島風で、僕は提督ですから」

 

「……そうですか」

 

そしてまた、鳳翔さんは笑みを戻す。

 

「それと、鳳翔さんにもそのうち身体検査はして貰う事になると思います。

島風を先に身体検査に出したのは、艤装の影響が体にどう出るのか、というデータが欲しかったのも有ります。

掠り傷と言っても良い物でしたが、島風は戦闘によりこれまでにダメージを負っています。

ですが、不思議と彼女自身にダメージは無く、艤装にばかりダメージが行っていた。

……まあ、艤装の方はそれこそ下手に弄れませんし、一部はしたくても出来ませんから、艤装はレントゲンで内部の構造を見る程度に留めていますが」

 

「……ああ、連装砲ちゃんですか……」

 

「はい、連装砲ちゃんです……」

 

連装砲ちゃんに身体検査の話をした所、凄まじい速さで逃げてしまったのだ。

 

あれだけは生命体なのかロボットなのか今でもよく解らない。

まあその分笹中中将辺りには目に見えて艦娘達が尋常の存在では無い事の証明に貢献していたようだから良いんだが。

 

「では、構造が解った今、島風の艤装は修復出来るのですか?」

 

「いやー……適当に町工場辺りに依頼して相応の部品を削り出したりで、作って貰う事は出来るでしょう。

ただ、艦娘が艤装も含めて一つの生命だとすると、拒絶反応を起こす可能性が有ります」

 

要するに、移植と同じだ。

輸血を思い浮かべても良い。

血液型が合わない血を輸血した所で、害にしかならないように。

現時点で解っていない"何か"が合わない部品で修復したら、むしろ害になってしまうかもしれない。

 

人間と同じように拒絶反応が起こるとしたら、どの拒絶反応になるのか。

艤装が臓器だとしても、超急性拒絶、急性拒絶、慢性拒絶。

そのどれになっても今の艦娘の知識に乏しすぎる僕達にはどうしようも出来ない。

 

「……だから妖精さん、居てくれると良いんだがなぁ」

 

後高速修復剤も。

でも、今の所妖精さんの存在は、影も形も無い。

高速修復剤なんてものも無い。

 

 

 

「提督殿、わざわざ呼び出して申し訳ない」

 

「いえ、笹中中将。

私達の支援をしてくれている事に私はとても感謝しておりますし、あなたが艦娘関係以外の事で私達を呼び出す事は無いでしょう。

私としても、呼び出しに答えない理由は有りません」

 

「相変わらず感が鋭い、と呼べば良いのか。

まあ、それが当たりかどうかは私としても解りかねる事では有るのですが」

 

そう言って、笹中中将は一つの書類を出した。

恐らくは機密であろうその内容には、一つの施設の事が書いてある。

 

「……これは?」

 

「海軍の研究施設でして。

この施設は深海棲艦の素材を搬入し、研究する施設なのです。

ここまでは普通なのですが、一か月前爆発事故が起こったという報告がありました。

ですが……」

 

「おかしい点が有った、と?」

 

「はい。

まず爆発事故が有ったとは言うのですが、それにしては件の爆発が起こったという部屋の、壁の一面しか交換されていないのです。

そして、その爆発事故の後は立ち入りが制限されました。

いえ、元より厳重な警備はされていたのですが、佐官クラスでも入れないほど厳重になっていまして。

……まるで、何かを隠すように」

 

事故が有ったから監査が入る、というのならば常識的ではあるが、逆に警備が厳重になるのは少し異様だ。

つまりその常識を覆すほどには見せたくない、隠したい物がある、と。

確かに、これは何かが有ったと思うには十分だろう。

 

「では、笹中中将、あなたならば入れると?」

 

「入れる事には入れるでしょうな。

ですが、何せあそこは国の専門機関です。

海軍の、と但し書きは付いていても、予算計上が海軍の所から出ているに過ぎません。

それに……こう言っては何ですが、深海棲艦は脅威であり、当面は大丈夫でも未来が見えない切羽詰った状況です。

故に治外法権と化していまして」

 

「下手に権力を振りかざしても、後々そこかしこから糾弾される、と」

 

「そういう事になります」

 

壁の一面だけ。

厳重な警備。

壁に関しては砲弾による物だろう。

 

どっちにしても、僕が笹中中将と接触したのはかなりギリギリのタイミングだったようだ。

数か月遅かったら、その研究機関からの情報が届いていたのかもしれない。

 

「……あちらは、どれだけ情報を掴んでいるんでしょうかね?」

 

「さて。

あるいは何も掴んでいないのやもしれませんが」

 

「それで、私にどうしろと?」

 

「先ほども言った通り、あの施設は治外法権です。

故に、恩を売れれば大きい」

 

「なるほど。

恩を売りがてら、情報を抜いて来いと。

……中々無茶を言いますね?」

 

「何、あちらもなまじ生半治外法権なんて所にはなっていません。

所謂マッド集団ですよ、あそこは。

有益な人材と認められれば、それぐらいの融通は利かせてくれるでしょう。

何せ、遅かれ早かれ公開する情報なのですから。

最悪、あなたが私に提出してくれた情報の幾つかをばら撒けば良いんです。

これはあなたの実績作りの一環でもあるのですから」

 

「……感謝します」

 

「いえ、お気になさらず。

私としても、彼女たちのような存在をただの兵器として扱う未来など、願い下げですので」

 

 

 

「という訳で、僕は出向する事になりました」

 

「え?

……提督、それじゃあ、私達はどうなるの?」

 

「そうだね、最悪君達を呼んで調べる事になる可能性はあるけど……まあ、まず無いと言っていい。

休暇って事になるかな。

金銭は充分もらってるし、鳳翔さんに一人で行動してもらってた際に一般的な知識は教えておいたから、買い物にも困らないだろう。

だから大丈夫だよ」

 

「……提督、私達の事捨てるの?」

 

「なんでや」

 

潤んだ目でこちらを見る島風の額にデコピンする。

マッド集団の巣窟だって言った筈なんだけどな。

人体実験とかされたら嫌なんだよ。

 

それがいずれは必要になる事だとしても。

 

「……あの、鳳翔さん?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

島風は素直に感情を出すからまだ解るんだ。

嫌なら嫌、と素直に表してくれる。

それに対して鳳翔さんは昔の女性と言うか、感情を秘めてこちらに従う向きが有る。

それでいてずっとこちらを品定めしているように見てくるのだから怖い……実際しているんだろうが。

 

「えっと……お土産は、何が良いですか?」

 

「無事の帰還、それがあれば十分です」

 

……ただ出向してくるだけなんだけどな。

 

「早く帰って来てねー、提督ー」

 

ぷくら、と頬を膨らませて、けれどきちんと送ってくれる島風の頭を撫でてから、僕は少ない荷物の整理をしに行った。

 

 

 

「ぃよぉうこそぉ、あなたが笹中中将さんの肝入りの?」

 

眼が見えないほど度がきつい瓶縁メガネ、寝癖と髪質に任せた法則性の欠片も無い跳ね方の髪。

 

件の研究施設の所長は、控えめに言って強烈だった。

 

「肝入りかどうかは解りませんが、それで間違いありません」

 

「ほっほ!

正直な所今はすぅんごく忙しいのですが、彼からは良い経験を積ませてくれと言われていますのでねぇ。

この後は適当に人を付けさせますので、どおぅぞご自由に経験を積んでいってくださいませ」

 

所長は僕にあからさまに興味が無いようで、定例文のような文句を吐いた後すぐにどこかに行こうとする。

 

これは不味い、多分このままだと何にも関われずに終わってしまう。

 

「それでは、その忙しい事のお手伝いをさせて頂けませんか?

仮にも出向した身、お役に立たなくては申し訳が立ちません」

 

「ふむぅん……。

まあ、確かに……あれはド素人の意見も有った方が……ふむふむぅん?」

 

顎に手を当てながら数歩歩き、転回。

数歩歩き転回。

どんどんと思考が進んでいるのか、時間が経つにつれて歩数が少なくなる。

 

「わぁ~かりましたぁ、よいですよぉ、どうぞ手伝って頂きたい案件がございましてねぇ。

ただですねぇ、これに関しては口外しないでいただきたい。

約束、出来ますかぁ?」

 

結論が出たのか、回転せずそのままこちらを向いて所長はそう言う。

 

あ、その場で回転はしないのね。

最終的にその場で回り出すと思ったのに。

何となく残念な気がしながら僕は答える。

 

「約束できますが……一体なぜ口外してはいけないので?」

 

「そんなの決まってるじゃないですかぁ!

こんなの知れたら海軍が持ってっちゃうでしょぉ!?

研究出来ないでしょぉ!!?」

 

「あ、はい」

 

ああ、マッドだ。

まごう事無きマッドだ。

何か脇の甘い所と言い思考が一っ跳びして何も事情を知らない人にとってはさっぱり意味が解らない辺り。

 

マッドだ。

 

 

 

「んっふふふぅ、まずは見せようとしている献体の事情についてお知らせ致しましょう」

 

歩きながら僕を先導する所長は酷く上機嫌で喋り出す。

多分機会が有ればノリノリで「こんな事も有ろうかと!」と言いたがるだろうな、これは。

 

「まずこの献体は、赤い光を帯びた特殊な戦艦ル級深海棲艦から"生まれました"ぁ」

 

「生まれた、ですか?」

 

「んっふふふ、まあそう慌てずに。

確かにこの表現には一考の余地が有りはしますが、私は文学者ではありませんのでぇ?

まあでも生まれたという表現が、私は最も正しいと思われますよぉ?」

 

これで確定した。

間違いない。

この研究施設で献体として扱われているのは艦娘だ。

 

「この赤い戦艦ル級は、通常の個体とはけた外れの性能を誇っていたようでしてねぇ?

ミサイルの直撃に耐えたらしいんですよぉ。

そしてそれでミサイルが弾切れになった為に速射砲で滅多打ち。

そうですねぇ、多少のずれは有りますが50発を要したらしいですねぇ。

んっふふ、深海棲艦も進化して来ていますよぉ」

 

赤い戦艦ル級なら……戦艦ル級エリートか。

確かあれの耐久は90、ミサイルで中破に持って行っていたとすれば妥当な弾数だろう。

 

……というか、それはつまり。

ミサイルですら戦艦ル級エリートの耐久を半減させる事しか出来ない程度の威力でしかない、と言う訳で。

そして仮にも大口径の速射砲は戦艦ル級エリートの装甲を抜けない程度でしかないという訳で。

 

「これは下手したら艦娘偏重になるぞ……」

 

「ん、何か言いましたかぁ?」

 

「いえ、何でもありません」

 

というか、軍は余り情報を表に出さないから解らなかったがもしかしてこれまでは通常種しか出て来なかったのか。

フラグシップ級も、改級も出なかったのか。

姫級すらも?

 

だとすれば、海軍の艦船の戦力を大幅に見直さなければいけなくなる。

ハイ・ローミックスなんて夢のまた夢だ。

ハイの部分が艦娘になってしまう。

 

「んっふふふふふふふふぅ、さぁこちらの扉を開いてみるが良いですよぉ!

新しい世界が開けちゃいますよぉ!!」

 

促され、扉を開く。

そこには。

 

「動かないでくだサイ。

それ以上近づいたら撃ちマス」

 

鋭い目つきで砲身をこちらに向ける、金剛の姿が有った。


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