ちんじゅふを つくろう! 作:TNK
「……で。
たった数日で出向から戻って来たと」
「いや、笹中中将。
他の研究も色々と見せて貰っていたんですが、生憎基礎研究の物ばかりでして。
基礎研究も大切ではある事は重々承知していますが……。
あ、島風、君のお土産は一番端の、そう、それだ、シュークリームだ、今のご時世結構高いからこれで勘弁な。
その横にあるのは鳳翔さんへ買ってきた包丁だから持っていくのには注意してくれ」
「やったー!」
元自らの別荘であり、現提督とその艦娘の拠点となっている屋敷のソファで、笹中中将はため息を付いた。
「出向については良いのですよ。
結果も……出せたようですし」
「Wow……」
「ああ、金剛、今日のお茶はインド産のダージリンティーだよ。
このティーセットと一緒に買っておいたんだ、ダージリンティーの本場の茶は美味いだろう?」
「私はどぅ~もこういう嗜好性のある物品が艦娘の性能の変化に貢献するとは思えないのですが、提督君。
……おや、和菓子なんて買っていましたか?
ティーセットは大物で運ぶのが手間だったので覚えていますが……んまっ」
「……yes。
この御茶は美味しいネ」
「ああ、その和菓子は鳳翔さんが作ったのですよ」
「ほう、艦娘は料理を作れると……!?
これはまた新事実ですな!
艦娘には調理の仕方が誕生時から備わっているという事になる!」
「どうやら艦としての記憶の中に、主計係……飯炊きの人達の調理の様子があったようで、料理が出来るんですよ。
多分島風や金剛も出来ると思いますよ?」
「何で、その出向先の所長が、こちらに出向して来るのですか……?」
笹中中将のソファの隣には大型の品の良いテーブルがあり、その上にはティーセットが置かれている。
その椅子には連れて来たという金剛と……出向したはずの場所の所長が、何故か和菓子と茶を嗜んでいた。
「おおぅ、それは簡単な話ですよ笹中中将殿!
こちらには……彼の命名に従って呼称すると艦娘が、三体も居ます!!
確かに研究室の外では不確定要素が多すぎる、しかし艦娘という革新的な発見が有った今、細部を詰めて検証する時では無い!
艦娘と言う存在の概要を洗い出す時だ、それならばやるべきはフィールドワークからですよ!!!」
「……という訳らしくてですね。
恩も売れますし、損する訳でも無し、と」
「……相変わらずですな、所長……」
笹中中将が頭を抱えるのを尻目に、島風が僕の背中に飛びつき、しがみ付く。
そのまま足をぷらぷらとさせながら自慢げに僕に喋り掛ける。
「んふふー、ねえ提督?
私達もね、渡したい物が有るんだー、ねー、鳳翔?」
諸々の片づけを済ませたのか、その声と同時に鳳翔さんが現れる。
「はい。
どうぞ、提督。
提督が居ない間、二人で狩りをして確保した物です」
そうして鳳翔さんが差し出した布の中には、二つの欠片が……艦娘の元が有った。
「おぉ……!
まさかこんなにもすぐ二つの献体が……!
フィールドワークをしに来たのは間違いでは無かった!」
「Wow……こんな小さな物から、私が……私達が生まれたのですね」
「勝手に出撃していたのか?
大丈夫だったか、損傷は?」
艦娘の元を包んだ布を一先ずティーセットの隣に置き、島風の肩を掴む。
「というか、島風。
お前いつも艦娘の兵装のままだったのに、今日は私服じゃないか。
どうした?」
「……えーっと、提督……」
「提督。
島風は昨日の出撃で被弾につき、艤装は中破。
……どうやら、私達艦娘が最初に着ていた衣服は、中破時に損傷するようです」
言いよどむ島風を尻目に鳳翔はそれだけ言うと、島風の背中を押す。
それで踏ん切りがついたか、おずおずと背中に隠していた衣服を島風は僕に見せて来た。
「……ごめん、提督。
私、当たっちゃったぁ……」
「いや、無事で良かった。
……状況は、どんな感じだったんですか、鳳翔さん?」
鳳翔さんはいつもの柔和な笑みを消し、淡々と報告する。
「はい、私達は最初に提督が私達二人を組ませた時の戦術を用いて戦闘を行っていました。
ですが、戦闘を終了し、次のイ級を誘引している最中に至近距離に重巡洋艦級が出現、私を庇い島風が直撃。
島風が五連装酸素魚雷で反撃、その後私が誘引していた艦載機を全機戻して爆撃で重巡洋艦級を撃沈させました。
尚、その際に件の欠片も発見できました」
「何……!?」
「重巡級の直撃でこれと……!!
リアクティブアーマーのような物ですかね……?
ふむん?」
「中破ストッパーかな……?」
笹中中将、所長、そして僕。
三者三様の反応を返し、全員がまじまじと島風の服を見つめる。
「……Ladyの服をじっと見つめるのは、失礼デハ?」
「「おっと、失礼」」
「ほう……材質は通常の布と変わりないようですが……何故これで重巡リ級の攻撃を凌げたのか……。
匂いは……ふむぅ、特に異臭はしませんな、であれば生地自体に何かが有るのか、それとも艦娘が着ていたからなのか……」
「……提督ぅ……」
「うん、島風、もう隠していいよ。
というか隠しなさい。
ほら所長、止めてください。
金剛も艤装取りに行こうとしない」
僕と笹中中将は眼を逸らすが、所長は眼を逸らすどころか近づいて丹念に生地を触っている。
というか嗅いでいる。
半ばどころかガッツリとセクハラをされ、島風が頬を染めて眼に涙を溜める。
……金剛の事、止めなくていいんじゃないかな?
というか、僕も含めて視線が針の筵だというのに何でこの人は全く頓着せずにじろじろと見られるのだろうか。
時と場合を弁えないのか。
……弁えないから、マッドなんて言われてるのだろうなぁ。
ある意味尊敬に値するレベルだこれは。
「……しかし、ついに中破しちゃったか……。
損傷の修理、どうするべきか……」
「ああ、それなら私に良い考えが有りますよ!」
パキン!
「……パキン?」
コン、ゴリゴリ……。
「ハンマーでは中々綺麗に粉末に出来ませんな……」
空気が固まる。
所長が、二つある艦娘の欠片のうちの小さい方をハンマーで砕いていた。
それどころか丹念に磨り潰している。
そのハンマーはどこから出したんだ一体。
「……所長?
何をして、おいでで?」
「んふふ、見て分かりませんかぁ提督君?
艦娘の元である欠片を磨り潰しているだけですよぉ?
……あぁ、えっと……鳳翔君、でよかったかね、君、擂り粉木があれば持って来てほしい、丹念に擦りたいのでね」
鳳翔さんは喋らない。
いつも通り眼を細めて微笑みを浮かべている。
だけど、室温が下がったように感じるのは気のせい……じゃないな、うん。
殺気の余波で汗が噴き出る。
これは不味い、理由次第では殺傷沙汰になり兼ねん。
「……あの、所長、何の目的でこんな事をしているのか、説明して貰えませんか?」
「おやぁ、そんなに知りたいのですかぁ?
私としてはもっと擦りたいのですが……仕方ありませんねぇ。
では提督君、この欠片に触って見て御覧なさい」
そう言って、所長は粉々に砕けた欠片を指差す。
「……これで何も無かったらどうするんで……」
そして、意外な事に小さな欠片が光り輝き。
「テヤンデー」
「スットコドッコイ」
「ヤローブッコロシテヤラー」
「……妖精、さんだ……」
三頭身、どこぞの春日部一家を思わせる丸い顔面。
艦これの不思議要素の結構な部分を占める妖精さんが、僕の掌に乗っていた。
その総数、およそ30体。
「……要するにですねぇ、サイズの問題だと思うのですよ」
所長が椅子に座り、踏ん反り返りながらダージリンティーを啜っている。
「んっふぅ。
……思い出してみてください、件の重巡から取れたこの欠片、隣にある駆逐級か軽巡級から取れた欠片よりも明らかに大きい。
つまり欠片のサイズは倒した深海棲艦の規模に依存しているという事。
そしてこれは推測ですが、この欠片のサイズが、艦娘のクラスを決めるのでしょう。
では、欠片のサイズが最も小さい艦艇の基準をすら下回れば?
何が出てくるのでしょうか?」
「……艦に乗る筈だった搭乗員?」
「どうやらこれを見る限り、そのようですねぇ!!」
しかし、そうなると疑問が出てくる。
島風達の艤装には一体も妖精さんは乗っていなかった。
……それにしても。
「結果オーライではある、オーライではあるがっ……!」
「ねー提督、なんでこの人追い出さないの?
正直手に負えなくない?」
「いや、島風。
一応深海棲艦研究では第一人者な人だし、ちゃんと出向の為の書類もあるからおいそれと手出しできないんだよ……」
それに、正直な所僕はこの発想が出来なかったと思う。
そう言う意味では僕だってスペシャリスト面してご高説を語れるような立場じゃない。
原作知識と言う一定の指標があるとはいえ、未だに解らないことだらけなんだから。
有力な協力者である事に間違いは無いのだ。
「……兎も角、今回はお手柄でしたけど!
今後は勝手に行動しないで相談なりしてくださいね!」
「えぇー?」
「えぇー、じゃないです!
……最終的にしわ寄せが行くのは艦娘達なんです。
何も何もするなって事じゃないんです」
「……解りましたよう。
私だって追い出されても敵いませんし」
「良かったな、島風君。
こういう上官は部下を殺さない類だよ。
いや、これに関しては今更だったかな?」
「えっへへー、自慢の提督ですから!」
……いや、提督は艦娘を出撃させたら後もうやる事が無いから。
だから出撃する前段階での準備は提督の役目なんだよ。
僕は提督として当たり前の事をやってるだけなんだよ。
「顔赤いよー、提督ー?
えへへ」
だから皆、そんな目で僕を見るな!
「……さて、それよりも妖精さん達だよ」
「イチャイチャシテンジャネーヨクソガ」
先ほどから妖精さん達は何かしら喋っているようなのだが、どうも内容が読み取れない。
妖精語、とでもいうべきなのか。
「妖精……言い得て妙な名前ですな。
どんな存在かなど学術的な部分は所長殿の領分ですが、何が出来るのかは最低でも知っておかねばなりますまい」
「はい、その通りです笹中中将。
という訳なんだが……君達、僕たち人間の言葉は解るかな?
少なくとも僕は君たちの言葉が解らないから、頷くか首を振るかで答えてくれると助かる。
……というか島風、鳳翔さん、金剛、皆この……妖精さんたちの言葉、解るかい?」
「No。
解りませんネ」
「えー、解んないけど?」
「申し訳有りません、何を喋っているかは……」
「そうかぁ……」
「ホンマツッカエ」
幸いな事に、艦娘達も妖精さんの言葉が解らない様だが、妖精さん達は僕らの言葉が解るようだ。
やれやれ、とでも良いたげな動作をしながら首を縦に振ってくれる。
という訳で、五十音表を作った。
妖精さん達にこれに乗って貰えば、ある程度は彼らの意志が正確に理解できる。
「これを見ていると、こっくりさんを思い出しますな」
「こっくりさんですとぉ?
あんな物、筋肉疲労とそれによる微細な動きによって誘発された自己暗示に過ぎませんよ」
「Table-turning。
懐かしいですネ、偶に船内でやっている人たちが居ましたヨ」
「へー、そうなんだ。
鳳翔さんではやってた人達居たの?」
「いえ、私の所では居ませんでしたね」
懐かしげに五十音表を見る笹中中将とその発言を揶揄する所長。
この人は無意識に誰かに喧嘩を売らないと気が済まないのか。
あの施設が治外法権だったのって純粋にこの人とやって行ける人材が陸にも海にも居なかったからなんじゃないだろうか。
艦娘達は意外な事に島風が会話の潤滑剤になっているようだった。
原作だけを鑑みれば金剛が潤滑剤になる面子だが、やはりゲームと現実とでは違うという事が改めて感じられる。
「まあ、それは兎も角。
妖精さん達、君は一体何が出来るんですか?」
30体の妖精さん達を見る。
その恰好は様々だ。
18体の妖精さん達はツナギのような服を着て工事現場でよく見るヘルメットを被っており、一部はハンマーを、また一部はレンチを持っている。
8体の妖精さん達はパイロットの被る革製のゴーグルの付いたヘルメットを被っており、そのヘルメットからは蒼い髪が覗く。
3体の妖精さん達は真っ白なヘルメットに一本の様々な色のラインが付いており、3体で角材を背負っている。
そして1体の妖精さんは、ねじり鉢巻きを付け、法被を羽織り腕を組んでいた。
正直な話、僕は妖精さん達については注視して見た事が無い。
だからあまり妖精さん達の事については知らないが……4種類の内の後者の2種類の妖精さん達の事は知っている。
……応急修理要員と応急修理女神じゃないか、これ?
僕の言葉を聞くと、分類した通りの組み分けで妖精さん達がそれぞれ班分けをしていく。
どうやら応急修理女神?が集団の長のような物らしく、応急修理女神?が指を出した班から五十音表の上に乗る。
そして、18体の妖精さんが修理など工作系の妖精さん。
8体の妖精さんが艦載機パイロット。
3体の妖精さんと1体の妖精さんが、思っていた通り応急修理要員と女神だったようだ。
「……よっしゃぁ!」
思わず僕は周囲も憚らずガッツポーズをする。
……これで修理が出来る!
それからしばらくして。
僕と、笹中中将と、所長。
三人して、一つの部屋の前に居た。
「部屋を一つ貸せ、誰も入ってくるな、ですか……」
「これはあれを思い出しますね」
「ですな……」
「「鶴の恩返し」」
「……さて、そろそろ作業も半ばでしょうしぃ?
入りましょうかぁ!」
「「いや、さっきの話聞いていましたか所長」」
「これ入ったら不味いですって!」
「妖精達は艦娘にとっての輜重兵のような物らしいのですぞ!
味方の、それも輜重兵を敵に回すのはいけません!
補給無くしてはどんな兵士も戦えんのですぞ!」
「ええい、止めないでください!
その作業を人間が出来るようになればそれこそ君達にも有益でしょうに!!」
「有益では有りますが、それが解る前にその作業をしてくれる者が居なくなってはどうしようもないのですぞ!?」
扉のドアノブを掴んだ所長を僕が脇を抱え、笹中中将が体を張って扉が開かない様に押さえつける。
「島風ぇ!
後どれ位で終わる!?」
「所長殿が入ろうとしている!
今は止めているが、何の拍子に扉が開くか解らん!」
「んーとね、ちょっと待ってー!
……後30分くらいらしいよー!」
駆逐艦の改造前で中破となれば、確かにそれぐらい時間が掛かるだろうけど!
30分間もこうしていられないぞ!?
「……あ、そうだ、所長!
彼らは修理が出来るのです、修理だけでなく何かしら艦娘に有用な物を作れるやもしれません!
待ってる間そっちを確認しに行きませんか!?」
「ほう、それは面白そうですなぁ!」
「……何とかなった……」
「首の皮一枚でしたな……」
「で、妖精殿ぉ!?
彼らの言う通り、何かしら作る事は出来ますかなぁ!?」
「デキルガオマエノタイドガキニイラナイ」
島風に渡した為に作った五十音表を、残った8体の工作系の妖精さんが"で・き・る"と踏む。
「でも、僕が思うに作るにしても何かしら材料が必要だと思うんですが。
それは何が必要なんですか?」
"ね・ん・り・ょ・う"
"か・や・く"
"て・つ"
"ぼ・ー・き・さ・い・と"
「……あー……」
そういえば、忘れていた。
ボーキサイト問題が未解決だった事を。