桃花の時間1
律がE組の仲間になってから数日後の休日。
雪彦は駅でぼんやりとしていた。
いつもの椚ヶ丘中学校の制服ではなく、水色のTシャツにロールアップしたやや丈の長い白いパーカー、黒いカーゴパンツにスニーカーという私服だった。
特に予定もなくそうしている訳ではなく、以前桃花とした二人で遊びに行くという約束の日で待ち合わせをしているからだ。
◆
駅で合流した二人が繁華街を歩いていると雪彦が、自分たちを監視する視線に気づいた。
「…………桃花、ちょっとごめん」
そう言うと雪彦は桃花の腰に手を回し抱き寄せた。
「えっ! ちょっと雪彦くん!?」
一瞬甘い展開を期待した桃花だが、雪彦の目が鋭くなっているのを見て違うと悟った。
「誰かに尾けられてる」
「え?」
雪彦にそう言われても桃花は上手く理解することができなかった。しかし、それは当然といえば当然の反応である。街を歩いている中でいきなりそんなことを言われて、はいそうですか。と、納得できる方がおかしい。だが
「―――殺せんせー関係の人かな?」
二人は普通の中学生ではない。地球を破壊する超生物の殺せんせーに関わりのある中学生だ。そして殺せんせーはE組の生徒を大切にしている。もし、それを知った殺し屋が殺せんせーに対する人質として自分たちを狙っているとしたら?
他にもいくらでも利用価値があるのがE組の生徒だ。
「どうかな……」
一方で雪彦はもう一つの可能性についても考えていた。
修学旅行中にかかってきた電話の内容だ。父親である史彦に恨みを持つ男のことを。雪彦が気配を感じたのは複数いた。つまり、その男が仲間を引き連れているのではないかと雪彦は考えていた。
しかし
(一人が厄介だ。……桃花を巻き込むことになるなんて―――)
正直な所、雪彦は視線を感じた集団の大半はそこまで脅威ではないと感じていた。だが一人だけ、実力が全く測れない者がいた。
おそらくこいつが頭だろう。
(尾行に気づいていると合図は送ったけど―。失敗だったかな)
雪彦も伊達や酔狂で桃花を抱き寄せたわけではない。
一つは小声で話しかけ、かつ桃花の動揺を抑え込むため。もう一つは、唐突に今までと違う行動をとること。そして背後に一瞬だけ殺気を送り、尾行者に対して気づいている、と合図を送るためだった。
これで一度、相手が引き上げてくれれば、その時点での桃花の安全は確保できる。そう考えていた。
しかし、もし相手が桃花の素性を調べたとしたら。
そうなったら、桃花だけじゃない、彼女の家族にまで被害が行く。そう考えたら尾行者は泳がせるべきだったか、と考えが上手くまとまらない状態になっていた。
(一度考えを切り替えたほうがいいか。父さんに……。いや烏間さんに連絡を取ったほうがいいな)
雪彦一人であれば史彦に連絡を取りそのまま迎撃に移るのも一つの手段ではあるが、今は桃花がいる。そしてすでに彼女を巻き込んでしまっている。
それなら防衛省所属で、桃花の家族の保護も出来る烏間に連絡を取るのが一番だと判断した。
(っ!? 殺気? このまま下手に連絡を取ると襲われる可能性もあるか、どうする?)
背後から微弱だが殺気を感じた雪彦はスマホを取り出そうした手を止めた。
スマホを取り出そうとするタイミングでの殺気による威嚇。
偶然ではない。
雪彦が殺気で気がついている、と威嚇したように。相手も同じように返してきたのだろう。
雪彦に緊張が走る。
周りに人もいるとはいえ、熟練の殺し屋だったらすれ違いざまに人を殺すことも可能だ。特に雪彦が警戒している一人は実力が未知数。自分一人なら逃げ回ることもできるだろうが桃花がいる以上危険な行動はしたくなかった。
(スマホを取り出して連絡を取る隙を作らないと、でも、できるのか?)
「…………」
ある程度、非日常的なものに耐性のある雪彦が静かに考えるなか、桃花はそっと後ろを振り返った。
◆
「ヌルフフフ、流石ですね雪彦くん。この距離の尾行に気づきましたか」
「本当に気付かれてるの?」
一方謎の尾行者――もとい殺せんせーとE組の生徒一部は人混みに紛れながら雪彦たちの後を追っていた。
「間違いありません。矢田さんを抱き寄せた際、こちらに一瞬だけ殺気を送ってきました」
ちなみにメンバーは殺せんせー、カルマ、渚、岡島、前原、磯貝、千葉の男子陣、女子陣は中村、奥田、茅野、片岡(クラス委員の二人はストッパーとしてやってきた)
そして
「……」
「……」
神崎と速水だった。
「な、なあ、あの二人大丈夫か? すごい目してるぞ」
「た、多分、ていうか速水もか」
岡島と前原がこそこそと話すが神崎と速水は聞いていない。その視線は雪彦と桃花に向けられている。本人たちに自覚はないがベストタイミングで微弱な殺気が漏れてしまい、雪彦に(無駄な)警戒をさせている。
だが、残念ながらそれに気づく者は誰もいなかった。
「あっ?」
「どうした?」
片岡が声を上げると、磯貝がどうしたのかと尋ねる。
「今、桃花の目がこっち向いたような気がしたんだけど」
磯貝が視線を向けると視線の先には先ほど変わらない雪彦と桃花がいる。
「うーん、一瞬だったし気のせいかな」
◆
(ふーん、そういうことね)
後ろを振り返った桃花が見たものは、E組のクラスメイトと殺せんせーだった。上手く隠れてはいるのだが、さすがにあの大人数では目立つ。というより、殺せんせーは気配の消し方は尋常でなく上手いのだが、その容貌のせいで異様に目立つ。
「ねえ、雪彦くん」
「ん?」
「誰か分かったよ」
「―――マジ?」
「うん、バレないように振り向いてみて」
桃花にそう言われ雪彦はそっと後ろを振り返った―――そして脱力した。
(け、警戒して損した。というか何やってるのさ!? ていうとあの微弱な殺気は―――男子か、そういえば桃花って気になる女子ランキングで2位だった)
そりゃいきなり密着すれば殺気も出るか。と微妙にズレた結論を雪彦は出した。
「あ、ゴメン桃花」
そう言って腰に回していた手を離そうとするが、今度は逆に桃花の方が雪彦に密着してきた。
「と、桃花?」
「このままっていうのも悔しいし、ちょっと仕返ししない?」
「仕返し?」
桃花の提案を聞いて雪彦は苦笑いをこぼした。
(それむしろ俺たちのダメージ増えないかな?)
危険を感じながらも雪彦は桃花に引っ張られていった。
◆
「むむ、徐々に人気のない方向へ向かい始めましたね」
先生たちを誘き出すつもりでしょうか? と殺せんせーは考えるが。
「いや、何か違う気がするけど」
「渚くんもそう思う?」
それを否定するように、渚とカルマが答える。
「いや、待て! この道に覚えがあるぞ!」
「本当か岡島?」
岡島が何かを思い出した。そして戦慄している岡島、その様子をみて全員がただ事ではないと気づく。
「ああ、ここをしばらく行くと―――」
そして、岡島は告げた。
「ほ、ほほホテル街ですか!?」
奥田が顔を真っ赤にしている。
「ちょっと、愛美声が大きい!」
「中村さんもね」
さすがの中村も若干顔を赤くしながらそう言い、渚に突っ込まれていた。
「こ、っここは見逃すべきなのでしょうか―――それとも―――ああっ!」
「見事にテンパってるな殺せんせー」
磯貝が殺せんせーを見て冷静にそう言うが磯貝も若干困っていた。
「あの二人そこまで関係いってたのか」
「どっちかというと矢田が手を引いてたな。恐るべしビッチ先生の弟子」
「ちょっと皆! 有希子ちゃんと速水さんが!!」
千葉と前原が、そう分析する中、茅野が叫び、そっちを見ると二人は地面に手をついている。
表情は伺えないが、おそらく絶望的な顔をしているであろうことは、彼女たちのまとう空気で察しがつく。
「二人とも落ち着いて、まだ二人がホテルに行くと決まったわけじゃないし」
片岡が何とか二人を立ち直らせようと奮起する。
「そ、そうかな」
「……」
その言葉に希望を見出したのか、何とか二人は立ち直った。
「と、とにかく追いかけましょう!」
この時、ホテルのインパクトが強すぎたせいか全員、雪彦たちが尾行に気づいて誘い出そうとしているという考えは頭から綺麗に消えていた。
◆
「けどよく抜け道なんて知ってたね?」
「来るのは初めてだけどビッチ先生に教えてもらったの。ホテル街の抜け道は知っておいて損はないって」
あっけらかんとした表情で語る桃花に対して、雪彦の表情は微妙そうだ。
(あの人、中学生に何教えてんだ)
色々と突っ込みどころが多いのだが、そんなのE組では今さらか、と深くは追及しなかった。
二人は抜け道を通りE組メンバーの背後に回り込んだ。
「くっ、なんとか現場を押さえないと」
「もう少し見てたら面白そうじゃん?」
「さすがにもう止めた方がいいと思うんだけど」
メンバーはゲス組と悪戯組、良識組に分かれていた。
具体的に言うと岡島、前原、殺せんせーといったメンバーで構成されるゲス組と、カルマ、中村の悪戯組、そしてそれ以外のメンバーだ。
グループ分けは普段の行動と、現在の会話内容で分類可能である。
「で、みんな何してるの?」
その瞬間、尾行組全員が凍り付いた。
とても可愛らしい笑みを浮かべている桃花だが、その背後に恐ろしいオーラが漂っているように雪彦には見えた。
怒らせた桃花は、多分一番怖い。
雪彦は新しい恐怖を学ぶのだった。