「ほーんと!?本当にこのケーキ、ぜーんぶあたし一人で食べちゃっていいの!?」
目をキラキラと輝かせ拝むように両手を組みながら、机の上に大量に用意されたケーキを見渡す京。
そんな京に台所から京の母は微笑みを返す。
「いっーやっほぅ!ビンゴビンゴビンゴー❤」
いただきますの合図と共に大量のケーキを口に運ぶ。
「美味しいぃ! 最高❤」
ショート、チョコ、チーズ、モンブラン。
普段なら誕生日でも一つか二つしか食べられないケーキが、今日は
「こんなたーくさんのケーキを一人で食べていいなんて――京は今世界で一番の幸せものです!」
普段はこんな高い食べ物をお腹一杯食べる事なんて出来ない。
何故なら京の家は兄一人、姉二人の六人家族。
一般家庭の京の家じゃお腹一杯のケーキなんて食べられる訳がなかった。
――――でも今日は大丈夫らしい。
どうしてだっけ。
そう考えた瞬間――フォークを落とした。
何故?と手先を見つめると――小刻みに震えていた。
「ホ、ホークモンも一緒に食べましょ! お姉ちゃん達も遠慮しなくていいから――ほら!」
そうだ。せっかくなら皆で食べた方が楽しい。
京はホークモンや姉達を手招きして椅子に座らせた。
ホークモンも姉達もそのケーキを口にすると目を見開いて喜んだ。
そんなホークモン達の姿に幸せを噛みしめる。
手の震えはもう止まっていた。
「――――皆さんが動けないというならワタシが京を助けに行きます!」
ヴェノムヴァンデモンにこのままでは京達は死ぬと伝えられたホークモンは京の足元に纏わり付く闇に手を添える。
他の選ばれし子供達を責める気はなかった。
誰もが分かっている。今ここで戦力を失えば全員が死ぬ。
だからこそ――戦えない自分だけでも助けに行きたかった。
……だが、マインドイリュージョンを受けていないホークモンは京が囚われた世界に行く事は出来なかった。
目の前で自分のパートナーが闇に飲まれるのを見守ることしか出来ない自分に絶望して膝をつく。
「……すみませんミヤコさん……ワタシは無力です。
ですがワタシは――――ミヤコさんは必ず帰ってくると信じてます」
この場所でただ一人なんの役にも立たない自分に出来るのはパートナーを信じる事だけだった。
「――――あれ? 私は―――――そっか、みんなと一緒に足湯に入りに来たんだった」
気が付くと浴衣に着替えて足湯に浸かっていた自分に驚いた京だったが、
湯に浸かる足の心地よさに疑問がゆっくりと消えていく。
「はぁ~きっもちぃ~ まるで足が溶けるみたい」
思わず頬が緩む。
本当に自分の足が湯の中へ溶けていくような不思議な感覚。
だけど嫌な感じはしない。
むしろ心まで軽くなっていくようだった。
そうだ。
色々大変だったけど、もう全部終わったんだ。
だから今こうして皆で旅行に来ている。
あたし達の戦いは終わった――――
――――お前達はここで確実に殺す
突如、体が心底冷えつくような冷風が京を襲う。
「さ、寒い……」
凍り付くような冷風に京は両手を体に回してグッと耐える。
だが震えが止まることはなかった。
だけど足湯に浸かっている足先だけは全く寒くない。
むしろ暖かいと感じる。
京は無意識に足湯へ身を寄せる。
この暖かさの中にいれば大丈夫な気がした。
京は足湯に体ごと飛び込もうとしたが――突然ホークモンに体を抑えつけられた。
「ど、どうしたのホークモン?」
京の問いにホークモンは答えない。さっきまでかけてほしい言葉を言ってくれていた筈なのに何も答えてくれない。
漠然とした不安を振り払うように京は皆の顔を見渡した。
光子郎の困ったような笑顔。
伊織がたまにしか見せない年相応な笑顔。
ヒカリのお母さんみたいな優しい笑顔。
タケルの屈託のない満面の笑み。
そしてミミお姉さま達先輩の優しい笑顔。
皆が笑っている。
それを見ているだけで胸の奥の不安が少しずつ溶けていく気がした。
みんなの笑顔を見渡しながら京は最後に守谷へ視線を向けた。
守谷も笑っている。
――そう思った。
だが。
「あれ……?」
京は首を傾げる。
笑っている筈なのに。
どんな表情をしているのか分からない。
口元は?
目は?
眉は?
思い出そうとしても何も浮かばない。
守谷君って――どんな風に笑うんだっけ?
「…………」
京は考える。
考える。
だけど答えは出ない。
そして思い出した――自分が一度も守谷の笑顔を見た事がないということに。
そしてこの場所がヴェノムヴァンデモンによって作られた偽りの世界だという事に。
…………戦いはまだ終わっていないという事に
「……あたしが戻ったって出来る事なんて何もない」
思わず零れた本音。実際そうかもしれない。
京には完全体ダークタワーデジモンが現れてから自分が活躍した記憶なんて何一つない。
常に京が持っていたのはホークモン達の世界を守りたいという結果の伴わない気持ちだけの使命感と、
力になれない罪悪感。
そして自分と同じ立場の筈なのに戦力として覚醒した伊織に対しての僅かながらの嫉妬心。
あたし一人がいなくたって、
戦いの結果は何も変わらないかもしれない
そう思った。
――だけど。
京は唇を噛む。
「守谷君があんなに頑張ってたのにあたしがこんな所で休んでる場合じゃないわ!」
守谷天城。選ばれし子供達にとって謎多き少年。味方だが考えも行動も読めない存在。
勿論京にとってもそうだった。
だけどこれだけはみんな分かっていた。
――守谷天城が誰よりも何かの為に戦っているという事を。
それがデジタルワールドの為なのかリアルワールドの為なのかは誰も断言出来ない。
だけど彼は最前線で行動を示し続けた。言葉通り命を懸けて。
そんな彼の仲間である自分が戦力にならないからってこんな所で油を売っている場合じゃない。
「それに……」
京は幻覚の自分の家族に視線を向ける。
京の家族は心配そうに自分を見つめていた。
「……あたし達がやられたらあたし達だけじゃない。デジタルワールドもあたし達の世界も滅茶苦茶にされちゃう。お母さん達だって大変な目にあるかもしれない」
自分が死ぬのは勿論怖い。
だけど家族がそんな目に合うのはもっと怖かった。
そう考えると少しだけやってやろうという気持ちが湧いてきた。
――守谷君もこんな気持ちだったのかな?
そんな事を考えていると突如、目の前の空間に僅かながらの亀裂が入った。
幻覚と気付いたから出口が出現したのだと判断した京は、そのヒビを広げようと近づく。
が、空間のヒビに手が当たる直前、思わず恐怖で手を止めてしまった。
「…すー、はぁー。すー、はぁ……頑張るのよ京!きっとみんなとっくに脱出してる筈。
あたしだけこんな所で油を売っている場合じゃないわ!
――――こうなったら勢いで壊しちゃうんだから!
――3――2――1――」
「――――京」
カウントを数えて勢いで亀裂を破壊しようとしたその瞬間、突如後ろから声をかけられた。
驚いて振り向くと、そこには京の家族5人が京を見つめて立っていた。
「…………ここはあたしの理想の世界。
ってことはお母さんがあたしを止めるのはあたしがそれを望んでるって事……自分の弱さが情けないわ」
「――――京」
「あーあー聞こえません! あたしは絶対みんなの所に戻る! 幻覚になんてもう惑わされないわよ!!」
制止の声が聞こえないように両耳に手を当てながら言葉を遮ろうとする京を無視するように京の母は微笑んだ。
「――――頑張りなさい」
京は目を見開く。
止められると思っていた。
引き留められると思っていた。
だけど母は優しく笑っていた。
「――京なら出来る」
兄が言う。
「――負けたら許さないわよ」
姉が笑う。
そして最後に父が頭を掻きながら言った。
「――帰ってきたらまた店番頼むぞ」
父の言葉に京は思わず吹き出した。幻覚のくせになんて現金な幻なんだろう。
本当にお父さんらしい。
たとえ幻覚だとしても、その言葉は不思議と胸に温かく残った
勿論店番は面倒だ。
だけど――自分が守りたい未来は、きっとこういう当たり前の日常なのだろう。
京は振り返る。
亀裂の向こうには現実がある。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも。
京は家族へ向かっておどけるように敬礼した。
「――京、行ってきます!」
その瞬間。
小さかった亀裂が世界を両断するように広がった。
京はもう振り返らない。
仲間達が、守りたい人達が待つ現実へ向かって。
京は一歩を踏み出した。
「――みんな……心配かけてごめんなさい。京、幻覚の世界から戻ってきました!」
眩い光が京の身体から溢れ出す。
足元を侵食していた闇が弾け飛び、
失われかけていた身体が元の姿を取り戻していく。
「――ミヤコさん!!」
ホークモンは目に涙を為ながら京に飛びついた。
「心配かけてごめんホークモン!」
「大丈夫です。ミヤコさんなら必ず戻って来れると信じていました!」
二人の再会を見て、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。
誰も口にはしなかったが、その表情には安堵が浮かんでいた。
京が戻った。残るは守谷とチビモンだけ。
一組だけなら――まだ助けに行ける可能性はある。
だが――
「――なんだ、戻ってきたのかオジョウサン」
ヴェノムヴァンデモンが鼻で笑う。
「オレ様の慈悲を無碍にするとは……
そのまま理想の世界にいれば絶望を味わう事もなかっただろうに。愚かな」
ヴェノムヴァンデモンは心底理解出来ないと言わんばかりに首を振った。
「オマエが戻ったところで何も変わらない。オマエ達が出来るのはせいぜい少しの間足掻く事だけだ」
赤い瞳が京を射抜く。
「死より恐ろしい絶望を味わう未来に変わりはない!」
確かにそうかもしれない。守谷もまだ戻っていない。チビモンも戻っていない。
状況は何一つ好転していない。
それでも――
「……でもだからって戦わない理由にならないわ!」
「10+1だとしても10よりは上になるの! いなくても変わらないなんて言わせないわ!」
「そうですとも!ワタシ達の力を見せつけてやりましょう!」
京とホークモンがそう宣言した瞬間、突然京の背後が光った。
光が消えたそこには――幻覚の世界にいた京の家族の姿があった。
「えぇぇ!? みんな付いてきちゃったの?」
思わず間の抜けた声を上げる京。
だが家族は何も言わない。
ただ、優しく笑っていた。
まるで――
"頑張れ"
と伝えるように。
「――守谷君は言っていました。この世界では想いの強さが力となって現れると」
光子郎は京の背後に立つ家族へ視線を向ける。
「京君にとっての力は家族との絆だったのでしょう」
光子郎はブラキモンを見ながらそう推理した。
伊織にとって根本的な強さは大きさだった。だからこそブラキモンは巨大化したのだろう。
それに対して京はきっと家族の絆こそが戦う理由――ヴェノムヴァンデモンの殺気すら耐えることが出来る理由なのだろうと。
物理的な強さには直結しないが、光士郎はその奇跡の使い方を否定しなかった。
「……ならみんなの前でいいとこ見せなきゃね! 行ける?ホークモン」
「京さんが幻覚の世界でサボっている間、ワタシも充分休憩出来たので問題ないです!」
「はいはいわるーございました!すぐ脱出できなくて!」
軽口を叩きながらホークモンをアクィラモンに進化させる京。
理想の世界を乗り越えたことによりアクィラモンの力は先程よりも増していた。
「クックック……たかが成熟期一体増えた所で何になる?」
「1の力を侮るなかれ!」
「アクィラモン! ヴァンデモンに1の力を見せつけてやるわよ!」
「――――任せてください!!」
京の帰還に奮い立ったアクィラモンは真っ先にヴェノムヴァンデモンへ飛び出した。
「――――無茶だ!」
ウォーグレイモン達は先行したアクィラモンをサポートすべく全力で後を追う。
力の劣る存在のくせに先行して飛び込んできたアクィラモンにヴェノムヴァンデモンは無慈悲な一撃を振り下ろす。
まともに喰らえばブラキモンすら消えかねない一撃――だがアクィラモンに恐れはなかった。
「ミヤコさんの想いは届いています!――ヴァンデモン、とくと目に刻むがいい!
貴様が1と侮った力を――!」
アクィラモンの咆哮と同時に京のD3は光を放つ。
その光はアクィラモンを包み込み、そして晴れたそこには――――
「アクィラモン超進化――――ヒポグリフォモン!」
光が晴れたそこには新たな完全体――大きな翼を携えた白き幻獣の姿があった。
『ソニックボイス!!』
振り下ろされた一撃をヒポグリフォモンは口から音波を発射することで単独で攻撃をそらした。
「チィ…」
土壇場で更なる戦力が加わった選ばれし子供達に対してヴェノムヴァンデモンは思わず舌打ちを漏らす。
面倒だ。何度奇跡を起こそうが圧倒的差は変わらない。いい加減鬱陶しく思い始めたヴェノムヴァンデモンは目前まで迫るヒポグリフォモンに違和感を覚えた。
――何故だ――――何故奴は進化を終えたというのに未だ光を放つのか。
「ヴァンデモン――あたしは絶対に諦めない!ホークモンの為にも。世界の為にも。
そしてたった1人で戦い続けてくれた守谷君の為にも!!」
――――京の強い想いが形となる。
守谷天城のように命を懸けた覚悟ではない。
火田伊織のように過去を乗り越える為の覚悟でもない。
それは――未来を諦めない覚悟。
仲間と。家族と。ホークモンと。
当たり前の日常へ帰る為の願い。
誰も失わない為のわがままな覚悟。
だからこそその想いは――
極限の戦場で生まれた二つの奇跡をも超え、
究極の領域へと足を踏み入れた。
「ヒポグリフォモン究極進化――――ヴァルキリモン!」