「私からも話がある」
あれから更に幾つかのこの件での問題を話し、ある程度の結論が出ると弐集院が席を立ち、その彼の準備をサポートするため明石も席を立って学園長室を後にした直後、イリヤが申し出た。
主だった面々が揃っている今が良い機会だと思ったのだ。
ただ、白い少女が改まって口を出した所為で先程より強い緊張感が……まだ内容も話していないのに漂っていた。
異邦人であるイリヤの存在がそれだけ
イリヤもその空気を感じたが、敢えてそれを
「此処にいる皆は、私の事情を理解しているから単刀直入に言うわね。この世界に『大聖杯』が存在する可能性が浮上したわ」
「は?」「「なっ!?」」「え?」「……!」
近右衛門、エヴァ、タカミチ、木乃香、アルビレオがそれぞれに驚きの様相を示す。
「……唐突ですね。その考えに至った根拠はあるのですか?」
冷静な様子でアルビレオがいち早く尋ねる。驚きに対する耐性が居並ぶ面々の中では一番あるためだ。
「……」
イリヤは微かに躊躇を覚える。コレを話すという事は自分の身体の事を明かす必要があるからだ。
首を振って躊躇いを振り払う。一つ大きく深呼吸する。
そして告げた。
「――それは私自身が『聖杯』だから」
告げたその思いもよらぬ言葉に全員が絶句する。――ただそれを既に知るエヴァは正体を明かした事への驚き、であろうが。
そうしてイリヤは……聖杯そのものとして鋳造・改造された
アインツベルンに課せられた
「エヴァは知っていて、タカミチには以前少しだけ話したわね。私の家のことを……」
「……」
「あ、ああ」
エヴァは沈黙し、タカミチは曖昧に頷く。
それにイリヤはおや?と首を傾げる。エヴァはともかくタカミチの反応は予想外である。
もっと、詰め寄ってくるものだと思っていたから意外……と思う。
だが、それを気にするよりも、
「うっ……うっ……そんなぁ」
顔を両手で拭って涙を流す黒髪の少女に意識が向いた。
「コノカ……」
「イリヤちゃんがそんな道具やなんて、子供の頃から身体を何度も何度も切られて改造されたって……そんなカナシイ事とってあらへんっ……」
まだ15と多感で繊細な年頃の少女には重すぎたらしい。
「嘘でも本当でも、イリヤちゃん……自分のことをそんな風に言ったらアカンよぉ。だってイリヤちゃんはこうして生きてる人間なんやから。決して道具や造り物なんかやない……!」
グッと乗り出して席を立ち、ソファーの間にあるテーブルを乗り越えてイリヤの所へ飛び込む。
「うっ…うぅ」
抱き締められた強く強く。
「……コノカ、ごめん。ありがとう…」
自分よりも大きな少女の身体を抱きしめ返した。長く柔らかな髪で覆われた頭も撫でる、その優しさを労るように。
その撫でる感触で更に泣かせる事になったが、それでも落ち着くまで撫で続けた。
背中も優しくポンポンと叩く。幼子をあやす様に。
(……サヨもそうだったわね。初めて知った時はこうして酷く泣かれた。この子はこれで私の
さすがにこの場ではそこは黙っていた。皆に心配と不安をより与えるから。
恐らく来年の春までが限界だろう。その予感がイリヤにはあった。時計の針が刻む音がそう耳に聞こえていた。或いは歯車の軋む音か……。
木乃香が落ち着くまで少し時間を要し。
「それで貴女が聖杯……『小聖杯』だというのは分かりました。そのように生み出され、造られたのだと」
「む」
ようやく孫娘が落ち着いたというにまた刺激しかねない言いように近右衛門がアルビレオへ若干鋭い目を向ける。
しかし、アルビレオは意に返した様子はない。むしろ喜ばしい物を見たような、新しい玩具を見つけたかのような……ウキウキとした感情が見え隠れしていた。本人はしっかり隠しているつもりだろうが。
とことん悪趣味だとイリヤは思う。
(ほんと、あの神父とそっくりで息が合いそうね……この
内心で呆れと軽蔑を込めて呟く。ただこれでも一応善人の類であるのが更に
そういう意味でも
「しかし、どうして今になってなのです? 大聖杯が貴女の刻印と繋がりがあるというのでしたら直ぐに気づけたのでは? それこそこの世界に来た直後か、記憶を取り戻した後にでも……」
「…………」
単純に忘れていた、と言うべきか迷い――……
「そこは私がお話しましょう」
『なっ!?』
飛び出たルビーの声、その直後に誰か男性の声が続く……少なくともイリヤとエヴァは知っている声だが。
「なんじゃ!?」
「え、なに? 誰?」
知る筈も無い近右衛門とその孫娘が二重の意味で驚く。
アルビレオは無言だがルビーを凝視して見たことのない唖然とした
「おやおやおや〜? この声はシロウさん。それも白髪で肌が浅黒くなって擦り切れた方の」
『ッ! 貴様…! この悪魔のステッキが何故此処に!? 何を企んでいる!』
愉快げな可愛らしい女性の声と、ドスの利いた警戒感マックスの男性の声が室内に響く。ただ片方は実際に声がする訳では無いが……脳に響く電波である(念話)。
「企むも何も私はいつもの通りですよ。(わたしが面白いと思う)愛と(わたし自身だけの)正義のために戦う(あそぶ)だけで……」
『……――エヴァ』
「え、なに?」
突然の事に困惑し思考が止まっていたエヴァにシロウが声を掛ける。
『戦闘準備だ。この悪魔のステッキを全力を持って破壊するぞ』
「え……えぇ…?」
「キャー、イリヤちゃんたすけてー、暴漢です暴漢がでましたー、
唖然とし付いて行けない周囲。
困惑しきりのエヴァ。
静かに怒りを向ける赤い宝石の声。それをやたら正義、正義と強調し連呼して、煽る宙を舞う玩具のようなステッキ。
もはや
「この
「どけ、イリヤ。ソイツを破壊できない! エヴァ、こんな所で初披露もなんだが……」
「お、やる気ですか?。ヤル気ですね。イリヤちゃん、こっちもドドーンとやっちゃいましょう☆ 本当の
「いいからおちつきなさーーーーーい!!」
瞬間、私、キレた。なんだテメェ……この短い間でもうストレスがマッハ。やってしまって構わないでしょう?
そう内心で苛立った台詞を述べて、イリヤはスカートに構わず腰を回し脚を上げ、鋭い上段回し蹴りをステッキへ、
「へゔぁ!?」
抜き手のように突き出した右手でエヴァの胸のペンダントを掴んで鎖を左の手刀で切って床へ叩き付ける。
『うぉぉ!?』
ハァ……とやった後、落ち着けるために足をやや開いて両手を腰に当て残心の構えを取るイリヤ。
「ピンク……か」
「シ、シロウゥーー!」
タカミチが何かを見たのか小さく呟き、エヴァが叩き付けられた宝石を慌てて拾い悲痛な叫びを上げる。
そしてイリヤは思った。どうしようかしらこれ?
残心の構えのまま、やってしまった事に内心頭を抱えていた。
数分後。
「では改めて、皆様初めまして私は人工天然精霊のマジカルルビーと申します。この杖……愉快型魔術礼装カレイド・ステッキに宿る意思のようなものになります。これからよろしくお願いしますね。……といってもアルビレオさんとは初めてではありませんが」
「なんですって!? それはどういう――いえ、後にするわ。また脱線しそうだし……」
ルビーの自己紹介の後、イリヤは驚き問い詰めようとするが後回しにする。
アルビレオの「それが懸命ですね」と同意する呟きが耳に入るが、それも努めてスルーする。気に掛かり過ぎるからだ。
視線を移して赤い騎士を視界に入れる。
『私は……そうだな。エヴァに仕えた初めての従者だと思ってくれれば良い。名は彼女が呼ぶようにシロウとでも、或いはエミヤとでも好きな方で呼んで貰って構わない。……この杖との関係については追及しないで貰えると助かる』
一見限界したように見えるシロウだが、宝石から精神体を『投影』しているだけで実体はない。
どうやらシロウの魔術とエヴァの幻術を組み合わせての合作魔法らしい。
「エヴァの初の従者……チャチャゼロがそうではなかったのか?」
「実体がないのは気に掛かるけど、それにあの宝石……」
学園長の言はともかく、イリヤはタカミチの言葉にそういえば、と思い出す。
地中海の某国、エヴァの依頼でそこで開催されたオークションにて宝石を競り落としたのは彼であった。
「その辺りも後回しで良いでしょう。……ルビー」
「はい、イリヤちゃん。私は色々と少々……いえ、もの凄く特殊な礼装でして。その機能に関してはイリヤちゃんに口止めされているのでお話できませんが――んー、秘密主義も大概にした方が良いと思うんですけどねー☆ でも大きな切り札だから仕方ありません……ともかくもの凄い礼装なだけに、もの凄い機能があってイリヤちゃんにあるバグを見つけて正した訳です」
余計な事を言いそうで黙るルビーの言動にイリヤは眉間を揉む、頭痛を堪えるように。
「それでこの礼装のお陰でバグを取り除いた私は、忘れていた大聖杯との繋がりの事を思い出せたの。情けない話だけど」
『ふむ、バグがあったのはこの世界に転移した影響か。聖杯の孔に落ちた所為のどちらか……』
「所感として後者ね。あの孔に落ちた時の感覚は少し覚えているけど……精神と思考が千切りに切り刻まれて、まるで濃厚なスープに投入されて溶かされるような感じだったから……」
だから復元の際にツナギも兼ねて“混ぜ物”が使われた……そこは言わない。敢えて説明する事でもないし記憶が戻った以上は必要がない部分でも正直あるところだからだ。
(まあ、
それにその彼女ないし彼の対しては複雑な想いもある。ごく普通の人生ではあるも……――なかなかに報われない不幸を持っている。
と――頭を振る。
孔の
『……それで、思い出す切っ掛けになったこの
「今日……いえ、日が捲られているから昨日になるわね」
『まさに直近か』
「ええ、喫茶店と言えば分かる? 私の今の住処なんだけど、そこに宝箱があったの」
『OK。分かった、これほどになく何となく察した。そういう事か。イリヤが工房にした元喫茶店がそうだったのか……』
イリヤとシロウ、お互いにしか判らない事情を共有する。シロウの納得の仕方は滅裂であったが。そうは見えなくとも衝撃的な内容のせいか混乱しているのかも知れない。
「悪魔なんて酷い言いようですね。こんな可愛い
『誰が捕まえただ。お前とどうにかなろうなど死んでもゴメンだ』
「釣れないですねぇシロウさん。昔はあんなに素直で(おちょくり甲斐のある)良い子だったのに……すっかりグレてしまって、ヨヨヨ……ルビーちゃん悲しいです」
ルビーが茶々を入れた所為で、またも漫才を始める赤い騎士と礼装。
『ウソ泣きはやめろ。まったく……で、お前がわざわざイリヤに協力する理由はなんだ? どうにも本当に愛や正義の為に動くとは思えん』
「…………余り疑われるのも不本意ですし、少しだけお話すれば、チャオさんという方ですね。私もクソジジイの、いえ……彼の宝石翁の礼装ですからね。"
『……むぅ、いいだろう。とりあえずは了解しよう』
疑いは残すという事だ。
シロウも慎重だと思う、自分と同様に。
このステッキを無条件に信用するのは……何と言うか危険でないけど危険なのだ。
「なるほど、少し脇に逸れた感はありますが……単に忘れていたものを思い出した、という訳ですね」
「そういう事。ほんと情けない話だけど」
自分の身体の事なのに……。
アルビレオに答えながら少しガックリするイリヤ。
「それで儂らにそれを話したという事は、もしや大聖杯の在りかが分からんのか? そして協会の助けがいると」
「御名答です。流石は学園の長、伊達に年は取ってませんね。その年の功に敬意を表してルビーちゃんがもう少し詳しく説明しましょう」
若干イラッとさせる言いようであるがルビーは、三つの可能性の内、二つを話す。イリヤは三つ目はないと確信しているから。
そして二つを話した後に更に続ける。
「本来であれば、大聖杯がある土地……そこと繋がっている霊脈を通してこそイリヤちゃんはその機能を十全に発揮させます。しかしどういう訳か麻帆良でも、京都でも、そしてサヨさんの御実家のある加賀でも霊脈を介さず、その
「それってつまり聖杯の力が何処から来とるか、分からへんって事?」
「おお! お孫さんも察しが良いですね。その通りです。イリヤちゃんは大聖杯ないし……それらしき亜種聖杯とでも言うべきものからのパスを感じているのですが……」
「……これもどういう訳か流れを絞れないのよ。例えるなら
普段は気にならないけど……そう言ってイリヤは吐息する。
「なるほど、確かに厄介だなそれは。大聖杯は話を聞く限りかなりの厄種だ。イリヤの世界のまま汚染されている危険性もある。放っておけばどのような災厄を生み出す事か。なのに何処に在るかまったく判らないとは……」
ソファーの背凭れに思いっきり仰け反り、腕を組んで渋面を作るエヴァ。
他の面々も事の深刻さを理解して同様だ。
「そうですね。ハッキリ言ってこれは世界の危機ですよ。大袈裟でなく大聖杯はそれだけの力を持ち得ます」
「だからルビーは早々に私に教えた訳よね……」
サヨのことは後で良いと言って……そんな事も思う。
「……了解したイリヤくん。他に厄介事が舞い込み、控えている中ではあるが、とても捨て置ける話ではない。日本の各支部には聖杯とは言わず、
「――ええ、決して手を出さず報告のみに徹するようにお願い」
ウム…と、近右衛門はイリヤに深く首肯する。
「国外の方は僕に任せてくれ。『
「ありがとう、助かるわタカミチ」
肩が叩かれ、ウィンクしてフッと笑顔で見せる年上の仲間に、イリヤは同じく笑顔で礼を言ってウィンクを返す。
「い、いや……事が事だからね、当然さ」
何故か照れた様子を見せるタカミチ。それをイリヤは少し不思議に思うが。その瞬間、「!?」と漫画であれば、まさにそんなマークを浮かべているであろう木乃香が居た。
『……』
「シロウ、どうしたの?――あ、いや、どうしたんだ?」
実体無き自分の騎士が何かを考え込んでいるように視線を俯かせて佇んでいた。その様子に気付いてエヴァが尋ねる。
『いや……大聖杯、もしくはその亜種があるとしてそれは何時からだと? ふと思ってな』
「!?」
その言葉にイリヤはハッとした。
確かにそこまでは彼女は考えていなかった。てっきり自分と同時期であると思い込んでいた。
『アイリスフィール……もといイリヤの母の姿をした“あの呪い”がこの世界に現れたのは、少なくとも一年は前。もしくはそれ以上。ならば大聖杯なども……』
「お母様と一緒に現れたという事?」
疑問に疑問をぶつけて尋ねる。
しかし、赤い騎士は首を横に振る。
『だとすれば、先に連中が見つけている可能性が高い。記憶が戻り、パスを思い出したイリヤ……キミは位置が判らなくとも繋がりは感じるのだろう。ならば聖杯の担い手を模している彼女も同様であり、時間的優位のある連中はとっくに見つけていて、既に使用していてもおかしくはない』
「それでもまだ見つけていないだけかも知れない」
『ああ。まだこの世界は
その問いにイリヤは直ぐに言葉を返せなかった。彼の話に思考が追い付かない。
代わりに彼の主たる吸血姫が少し唖然とした表情でシロウを見る。
「シロウ、それは――」
エヴァは何か気付いたのか、もしくはただの予感か、
「――600年前になにか?」
呟く金髪の少女……。
『大聖杯の件に関係あるかは分からん。しかし、どうしてか今になってふと過ってしまった』
仕える主人……否、守るべき、かつて姫君であった幼い少女に向き直って告げる。
『――エヴァを捕らえていた
それはどういう意味なのか?
告げた赤い騎士自身も分からないままに、その
学祭前夜は今回で終わりになります。
シロウの言でもう一話続けるかの悩みもありますが……とりあえずは。
いよいよ学祭本番。
次回更新は一旦ナデシコの方を進めてからになります。
ただ聖杯少女の方が私的には熱があるのでこっちをもしかしたら書くかも知れません。
あんころ(餅)様、誤字報告ありがとうございます
追伸。
……ルビーは書いててヤバイです。台詞が幾らでも出てきて困るくらいに楽しい。