たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 100話のお祝いありがとうございます。
 (*^▽^*)


第九話 希望と罠

 

「身請け、ですか?」

 

 聞き覚えのない言葉に、反射的に僕の口が耳にしたばかりのその言葉を繰り返す。

 戸惑いを多く含んだその声が、ホームの正門を抜けたばかりの道に小さく流れていった。

 僕の困惑した視線を受けた命さんが、小さく頷きながら希望の宿った瞳で、前を行くシロさんの背中に視線を向けた。

 色々と命さんや春姫さんの事を考えながら寝てしまった翌日の朝。

 これから一体どうすればと頭を押さえながらベッドから下りて、足取り重くホームの食堂へ向かった先で待ち受けていたのは、シロさんが用意した食事を勢い良く掻き込む命さんの姿だった。

 落ち込んでいるだろうと思っていた命さんは、前の日の絶望的な様子は何処へといった姿で、その昨日とのあまりの違いに、食堂に集まっていた神様達が呆然と立ち尽くす前で朝食を食べ終えると、挨拶もそこそこにシロさんを連れて出ていってしまった。

 僕もその想像外の光景に立ち尽くしていたけれど、直ぐに思い直して慌てて朝食を口に放り込むとその後を追いかけた。何とかホームの玄関のところで追い付いた僕が、命さんにその昨日の様子の違いについて聞いてみたところ、返ってきた答えが『身請け』というものだった。

 

「その『身請け』というのは、一体何なんですか?」

「簡単に言えば、娼婦を金で引き取るというものだ」 

 

 僕の疑問に答えたのは、前を歩くシロさんだった。

 少し歩くペースを落として僕たちの斜め前の位置につくと、顎に手を当てて何か考える姿を見せた後、シロさんは顔をこちらに向けてきた。

 

「アマゾネスのような例外はあるが、娼婦には負債がある」

「負債って、借金ですか?」

「そうだ。娼館は娼婦を働かせて、その娼婦の借金と利子を回収している、ある意味借金取りみたいなところだな。だからと言うか、ある娼婦を気に入った客が、その娼婦その者を購入することもできる。だが、それにはかなりの大金が必要だ」

 

 かなり、という言葉を強調するシロさんの様子に、思わず僕はごくりと喉を鳴らしてしまう。

 

「そ、そんなに、ですか」

「まあ、それもピンキリだがな。客が欲しいという娼婦が、今後もたらすだろう利益と同等か上回るだろう金が必要だ。少なく見積もったとしても百万、相場で言えば2、3百万と言ったところか」

「さ、三百万ッ!?」

 

 あまりの大金にひきつった悲鳴のような声を上げてしまう。

 神様の借金を思えば何十分の一に思えるかもしれないけれど、教会の地下の生活が未だ染み付いた僕には気の遠くなる金額だ。

 だけど、驚きに固まる僕の横にいる命さんは、それを聞いてもあまり驚いた様子は見えない。

 もしかしたら事前に金額まで聞いていたのかもしれない。

 

「三百万程度で驚くな」

「で、でも三百万ですよッ!!? それだけあったら一体なん百っこジャガ丸くんが買えるのかわかんないですよっ!?」

「一応言っておくが、三百万で買えるのは平均的な娼婦だ。もっと上のランクの娼婦では、下手すれば桁がもう一つ増える可能性もある」

「け、桁がもう一つって……いっせんまんヴぁりす……」

 

 先程までもやもやと胸の中で渦巻いていた、女の人を物のようにお金で取引する事に対する嫌悪感が、あまりの金額の衝撃で吹き飛んでしまった。

 

「そ、そんなお金……」

 

 更にガツンと頭にまで響いたその衝撃は、僕の足をよろめかせ、力なく歩くペースに歩幅を合わせてくれる命さんをおそるおそる覗き見る。

 だけど、命さんの顔は変わらず、決意を秘めた瞳を真っ直ぐ前に向けていた。

 

「あ、あの……それで、春姫さんをもし『身請け』するとしたら、一体幾らぐらい必要なんですか?」

 

 恐る恐る聞いた質問に、ちらりと力なく歩く僕に視線をやったシロさんは、目を細めてその眉間に小さく皺を寄せた。

 

「わからないな。会った感じでは平均より少し上だとは思うが、出身が出身だからな。娼館のルールについては、そこまで詳しくはないからはっきりした金額はわからない」

「そう、ですか……」

「出来れば、【イシュタル・ファミリア】に話を通す前に、詳しい奴から話を聞ければいいんだが」

 

 そう、シロさんが自問のように呟いた時だった。

 

「あれ、ベル君じゃないか? 命ちゃんと―――ああ、君も」

 

 ホームの通りから離れたそこでヘルメス様と出会ったのは。

 

 

 

 

 

「―――え? 身請けの金額?」

 

 ヘルメス様から困惑を露にした声が上がった。

 今、僕たちはヘルメス様に連れられた先にあった喫茶店『ウィーシェ』という所にいた。

 ヘルメス様と出会った際、シロさんが僕たちにヘルメス様は色々と情報通であり、娼館にも詳しいと教えてくれたことから、相談に乗って欲しいとお願いしたところ、この『ウィーシェ』へと連れてこられたのだ。

 喫茶店へと入ると、眼鏡をかけたエルフの主人(マスター)に店の奥の席を案内された。案内された席は、店内からでも死角になった所にあって、密会や内緒な話をするにはもってこいの場所だった。テーブルには、向かい合うように席が四つあったけれど、僕と隣り合って座った命さんの向かいに座ったヘルメス様の所から余った席をシロさんが移動させて、真ん中に審判のように座った。

 そして席に着いた皆がそれぞれ注文をしたところで、早速命さんがヘルメス様に「娼婦を身請けするには幾らかかりますか」と聞いて、先程の困惑した声が上がったのだ。

 首を傾げながら、僕たちを見つめてくるヘルメス様からの答えを、緊張に汗を滲ませながら待っていると、そういえば、僕があの娼婦の人たちに追いかけられる前、春姫さんと思う女の人と出会った直後にヘルメス様とも会っていた事を思い出す。

 と、言うよりも、その時渡されたモノ(精力剤)が切っ掛けで追いかけられたり、その後の神様からのお説教にも繋がっている。

 それを思えば、このヘルメス様こそがそもそもの元凶に思えた。

 そんな少し何とも言えない思いが沸き上がってきた所で、ヘルメス様の口が動いた。

 

「えっと、誰か娼婦になったのかい?」

「……はぁ、焦るのはわかるが、まずは事情を説明するのが先だ」

 

 恐る恐る尋ねてきたヘルメス様の姿に、溜め息をついたシロさんが呆れた声をあげた。

 それから、シロさんがヘルメス様に事情を簡単に説明をしてくれた。

 直接的な名前や事情は言わずに、ただ、命さんの昔の知り合いが娼館街にいて、出来れば助けてやりたいが、レベルは高くはないようだが、娼婦としては中々高級そうだということを伝えると、ヘルメス様は俯いて顎に手を当てると何やら考え込み始めた。

 

「まあ、確かにイシュタルの所から娼婦を助けるとなったら、力ずくはまず問題外だから買うのは良いとして、確かに値段が問題だよね」

「っ―――幾らであったとしても自分はっ」

 

 命さんが勢い込んで声をあげようとすると、シロさんが手を前に出してその続きを遮った。

 

「落ち着け」

「っ」

 

 命さんは噛み付くような目でシロさんを一瞬睨み付けたけれど、直ぐに肩を落として自分を落ち着かせるように息を深く吐いた。

 そのタイミングで、店主が皆が注文した飲み物を持ってきてくれた。

 店主が注文した飲み物を配っている間、自然と皆が黙っていてくれたから、緊迫した空気が少しは紛れた気がする。

 

「―――結論から言ってしまえば、娼婦の位によって多少の前後はするだろうけど、相場は大体2、300万かな」

「それなら、何とか」

「そうです、無理じゃないですよっ」

 

 ヘルメス様の答えに、思わず声が上擦ってしまう。

 シロさんの予想と同じであり、あの時はその金額の大きさに驚いたけれど、確かに高いが絶対に無理ではない金額だ。

 皆に色々と負担を掛けてしまうとは思うけれど、それでも十分手が届く。

 そう思って希望を持った目でシロさんを見たけれど、何故かそこに安堵した様子は見えなかった。

 

「問題は、『団員』としての価値か」

 

 『団員』としての価値?

 シロさんが困ったように眉根を寄せて何か考えているのを見て僕が首を傾げていると、ヘルメス様が小さく頷いた。

 

「ま、そこが一番の問題だね。君も気付いているようだけど、『愛』も司るイシュタルが、男についていきたがる女を留めるような野暮な真似はしないだろう。勿論適正な金を払うなら、だけど」

「あの『歓楽街』の娼婦は、【イシュタル・ファミリア】の団員の一員でもある。『娼婦』としてはともかく、『団員』として引き留められる可能性はある、か」

 

 確かに、その、『歓楽街』のしょ、娼婦は、【イシュタル・ファミリア】の団員でもあるのだから、娼婦をやめるってことは、【ファミリア】から脱退するということでもあって。

 団員として有能なら、それは引き留められるか。

 僕が内心頷いていると、ヘルメス様がシロさんに尋ねていた。

 

「そこのところはどうなんだい?」

「……戦闘要員の可能性はないな、魔導師の可能性はあるが、戦いに慣れている様子はなかった」

「なら、問題はないんじゃないかい?」

「確かに、な」

 

 シロさんの言葉にほっと僕と隣に座る命さんの口から安堵の息が漏れる。

 どんなに見た目が華奢に見えても、ばりばりの実力者であるとかは、冒険者では珍しくも何ともない。

 命さんが春姫さんと会わない間に、彼女が【イシュタル・ファミリア】でも惜しがられる程の力を身に付けていた可能性はないとはいえなかったけど、シロさんが戦闘要員の可能性がないというのなら、そういう心配はしなくても良さそうだ。

 シロさんの話を聞いて、問題はないと判断したのか、ヘルメス様は一息着くように紅茶に口をつけると、リラックスした姿で椅子の背もたれに体を預けた。

 何処か緊張感が漂っていた空気が、ぐっと和らいだ感じがする。

 

「わざわざ相談にのったんだ。折角だから可能な限りだけど協力するよ。イシュタルとも知り合いだしね。それとなくその子の事を聞いてみるよ。で、その娼婦ってどんな子なんだい?」

「春姫殿ですっ! サンジョウノ・春姫という名の狐人の美しい方ですっ」

 

 何とはなしといったような何気ない感じで、ヘルメス様が春姫さんの事について聞いてきたところ、少しでも助けられる可能性を上げたい命さんが、勢い込んでその名前と種族について口にした時だった。

 

「―――狐、人(ルナール)

 

 ヘルメス様の雰囲気が一瞬固くなったのは。

 

「―――狐人がどうかしたか?」

「あ~……そう、だね……」

「ヘルメス様?」

 

 それを直ぐに察したシロさんが、スッと目を細めてヘルメス様を見つめた。

 その視線から逃げるようにヘルメス様の視線があちらこちらに動くのを見て、僕も思わず訝しげな声をあげてしまった。

 

「……これは、オレの信条に反するんだが……」

 

 僕の声に押されたように、ヘルメス様は片手で顔を押さえるように隠すと、囁くように呟き始めた。

 

「ベル君はオレと歓楽街で会った時の事は覚えているかい?」

「え? あ、はい」

 

 というよりも、さっき思い出していたばかりである。

 

「その時なんだが、実はオレは運び屋の仕事を受けていてね。イシュタルへあるものを届けに行っていたんだが……」

「はぁ」

 

 何を言いたいのかわからず、気の抜けた声が漏れるが、ヘルメス様は構わず独り言のように語り続けた。

 

「運び屋として依頼主や荷物について話すのは厳禁であるのは当たり前なんだが……今の話を聞いて黙っているのも何だしね……」

「あの、ヘルメス様?」

「オレが届けたのは『殺生石』と呼ばれる道具(アイテム)だ」

「?」

 

 『殺生石』?

 聞き覚えのない道具(アイテム)の名前に疑問符が頭に浮かぶ。

 命さんやシロさんにも顔を向けたけれど、どちらも聞き覚えがないのか何か知っている様子は見えない。

 それは何なのかと尋ねようとしたけれど、僕が口を開く前にヘルメス様はカップに残っていた紅茶を一気に飲み干すと共に席から立ち上がってみせ、話の終わりを示してきた。

 

「オレが言えるのはここまでだ。ただの勘違いなら良いんだけど……さて、オレはこれでお暇させてもらうよ。じゃあね命ちゃん、ベル君」

 

 そう言ってテーブルから離れかけたヘルメス様だったけれど、2、3歩ほど歩いたところで、肩越しに僕達―――違う。

 シロさんへ振り返った。

 

「―――ああ、そうそう君に聞きたい事があったんだ」

「……何だ」

「『ランサー』という男について、何か知りはしないかな?」

「――――――」

 

 『ランサー』?

 また、聞き覚えのない言葉に疑問を浮かべながら、命さんを見るけれど、そちらも僕を疑問が浮かんだ目で見返してきていた。

 なので、ヘルメス様の問いの先であるシロさんへと顔を向けたけれど、そこには一切の情報を読み取れない顔があった。

 

「……そうか、なら()()()()()()()()()

 

 ただ、僕には何もわからなかったけれど、ヘルメス様には何か感じるものがあったのか、無言のシロさんに対して何やら謎めいた視線を向けたあとその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――しかし『身請け』か、そんな方法があったんだな」

 

 薄暗いダンジョンの中を歩きながら、隊列の真ん中を大刀を担ぎながら歩くヴェルフが、隣を歩くベルに向かって感心した声音で呟く。

 春姫の話を聞いた時、下手をすればオラリオでも有数のファミリアと争うことになりかねないという恐れがあったが、確かにこの方法ならば時間が掛かるだろうがそこまで事が大きくなる可能性は低い。

 代わりに文字通り金は掛かるが。

 それでも仲間を危険に晒すよりかは万倍もマシである。

 

「でもですよ、300万というの相場なのですから、用意するのは最低でも500万は必要だと思います―――ああ、立派なホーム(拠点)が手に入ったかと思えばヘスティア様の借金バレに娼婦の身請け……このファミリアにイベント(騒動)は尽きませんね」

 

 後ろを歩くリリが悪態を着きながらも、仕方がありませんねといった顔をしながら前を歩くベルの背中を見つめていた。

 

「幸い春姫に身請けの話は来ていないようだからな。時間はあるんだ、安全第一、資金は確実に用意するぞ」

 

 後衛のリリのその更に後ろを全体を警戒して歩くシロが、話を閉めるように声を上げた。

 金は用意した、しかし肝心の春姫は別の誰かに身請けされていた。

 といったような最悪な事態を避けるため、シロが事前に複数の情報屋から最近の『歓楽街』の身請け話を確認してみたところ、幸い身請け話で春姫と言う名や、似た特徴を持つ娼婦は上がらなかった。

 そして今、ベル達【ヘスティア・ファミリア】一行は、とある依頼を受けダンジョンの14階層を進んでいた。

 何気にシロを加えた初の全員でのダンジョンということもあり。

 シロは無理に隊列の中に組み込まず、特に位置を決めることのない遊兵として設置され、今は基本後衛として一番後ろにいた。

 今回受けた依頼は、何と直接な指名依頼であった。

 依頼主はアルベラ商会。

 これまで全く関わりのないものではあるが、そういった者との接触は、あの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』以来何度となくあったことからそこまで不審ではなかった。

 身元のハッキリした者であり、下手な非公式な冒険者依頼(クエスト)などよりも何倍も信頼の置けるものである。

 とはいえ、そんな相手からの依頼をそうほいほいと受けるようなものではないが、今は事情があり、何よりタイミングが良かった。

 この依頼を知ったのは、今から3日前。

 身請けというアイデアを手に入れ、そのためには大金が必要だと知った丁度その日である。

 ホームへと帰還したシロ達が、この依頼を知ったのは。

 内容は、ダンジョンの『食糧庫(パントリー)』から石英(クオーツ)を手に入れてくること。

 難易度は低く、その分依頼料は低い筈のその報酬額は、何と100万ヴァリス。

 普通に考えれば詐欺ではある。

 しかし、ヘスティア(主神)の借金という傷はあるにはあるが、今急成長中の【ファミリア】と縁を結ぶための投資との考えは理解できた。

 何より金が必要だと言う時に上がった話である。

 それを知った命が噛み付くような勢いで依頼に賛成し、警戒気味だったヘスティアやリリに対し身請けの話をすることで渋々ながらも何とか了承を得た。

 そして準備や情報収集等もろもろで3日を費やし、今日、【ヘスティア・ファミリア】一行はダンジョンを進んでいた。

 

「500……500かぁ……なら、今回の報酬を得たとしても残りは400。時間はあるとはいえ用意するなら早い方がいいよな。それなら下の階層を狙うのも手か」

「確かに今のベル様のレベルを考えれば無理ではありませんが、レベルだけでダンジョンは攻略出来ませんよ。何より大事なのは『情報』です。まぁ―――」

 

 ヴェルフの意見に、釘を指すようにリリが口を開くが、その視線をチラリと自分の後ろに向けた。

 

「―――あの人(シロ)がどれだけのモノかによっては話は変わりますが」 

「シロさんの力は、僕何かとは比べ物にならないよっ!」

「いやまぁ、確かに絶対レベル1とは信じられねぇけどよ」

 

 自分の事のようにシロを褒めるベルに、苦笑しながら頷くヴェルフ。

 そんな二人に、視線を戻したリリがジトリと睨み付けた。

 

「只者ではないことや、その強さについては分かりきっていますよ。リリが言いたいのは、ダンジョンにどれだけ精通しているかです―――が、それも、まぁ……大丈夫かとは思いますが……」

 

 そして再度チラリと後ろのシロへと視線を向ける。

 先程会話をしていた時よりも距離が離れていた。

 今の会話は聞こえないだろう位置ではあるが、色々と非常識な男である。

 聞こえていないと判断するには甘い距離でもあった。

 隊列と言うには離れすぎてはいるが、非常識とは言い切れない距離。

 シロの実力を考えれば、いざとなれば瞬く間もなく駆け寄れるだろう。

 その強さは間近で見ていたが、思い返してみても自分の目が信じられない。

 非常識なまでの強さ。

 理解できないと言ってもいい。

 まるでお伽噺の英雄だ。

 いや、それすらもまだ大人しいか。

 昔いたと言われるあのオラリオ最強であるオッタルよりもレベルが上だと言う、今は無き【ヘラ・ファミリア】や【ゼウス・ファミリア】の冒険者達ならばとも思ったが、問題はそのシロがレベル1だと言うことだ。

 一度となく、リリは何度となくヘスティアに確認したが、間違いなくレベル1だという。

 シロが目覚めた後、あの強さでレベル1はありえないと言うことでギルドの職員が調査に来た時があったが、おとがめは一切なかった。

 つまり、レベル1は嘘でも偽りでもないと言うことだ。

 意味が分からない。

 とはいえ、シロが最初からあれだけ強かった訳ではないことはベルやヘスティアからの話しで聞いており、あの異常とまで言い切れる強さになったのは、一時期行方不明となっていた間であることは間違いはない。

 なら、その間は何処に?

 リリはダンジョンに居た可能性が高いと、それも深層近くにいたのではないかと判断していた。

 レベル1が深層?

 ほら話にも程がある。

 勿論根拠はない。

 只の勘でしかないのではあるが、まず間違いはないとは思っていた。

 何と言うか、以前何度か見たことのあるトップの【ファミリア】の冒険者が、低層や中層を歩く姿と雰囲気が似ているのだ。

 ただ、それだけではあるが、リリの勘は告げていた。

 この男、絶対深層に行ったことがある、と。

 そういった事もあり、この男がいるのなら、もう少し下の階層でも問題はないのではとリリは考えていた。

 

「まぁ、この辺りの階層を攻略するか、それとももう少し下へと行くのかどちらでもリリは構いませんが、まずは全員での連携に慣れる事から始めませんとね」

「それもそうだな」

「うんっ、足手まといには成りたくないからね」

 

 そうベルが力強く頷いた瞬間、前を警戒していた命が急に振り返って警戒の声を上げ。

 

「っ、止まって―――くだ、さい?」

 

 かけたが、困惑の声で止まった。

 ベル達は命の警告の声に敏感に反応し、背後からの敵襲と判断。

 ベルとヴェルフはリリとの位置を素早く入れ替えたが、命の警告の声がしぼむように困惑の声に変わった事で戸惑いの表情を浮かべ、視線だけをチラリと背後へと向けた。

 

「あの、命さん?」

「おい、どうした?」

 

 ベルとヴェルフの戸惑いの声に応えたのは、背後にいた命ではなく、一番後ろを警戒していた。今では隊列の最前列にいることになったシロであった。

 

「―――反応が早いな。探知系の『スキル』か、そこの横穴から『ライガーファング』が出ただけだ」

 

 『ライガーファング』。

 15階層以下に出現する筈のモンスターの名に、一気にベル達の間に緊張が走るが、シロが視線を向ける先に武器を向けた時には、その対象となる筈のモンスターは塵に返る直前で。

 警戒が解ける前に、カランと地面に黒塗りの、長剣にしては柄が妙に短い細長い印象のある奇妙な剣が転がると共に、『ライガーファング』は魔石を一つ残してその場から消え去っていた。

 

「―――えっ、と……」

 

 状況から見てシロが『ライガーファング』を倒したのは間違いはないのだろうが、問題はそれを倒しただろう黒塗りの奇妙な形の剣が一体何処から出たのか。

 そして探知系のスキルを持っている命よりもどうやって早く『ライガーファング』の接近に気付いたのか。

 そんな疑問を頭に浮かべたベルやヴェルフ達が武器を構えた格好のまま戸惑いを含んだ視線を向けられながらも、シロはさっさと『ライガーファング』が落とした魔石を拾い上げていた。

 

「ベル、緊張を解くな。こういった大物の近くには、そのおこぼれに預かろうとする奴らが多い。そら―――来るぞ」

 

 『ライガーファング』が消えたことで、脅威は消えたとベル達の間に弛緩した空気が流れそうになった時、腰から抜いた双剣を握ったシロが周囲を警戒しながら警告の声を上げたことで、再度周囲に緊張が満ちた。

 

「来ますっ! 前と後ろ両方からですっ! 注意してくださいっ、数が多いっ!」

 

 周囲から自分達へと目掛け迫り来るモンスター達の気配を感じ取った命が、武器を構えながら声を上げる。

 ベル達も各々が武器を構えるなか、シロはリリを中心となって固まり始めた一団から少し距離を取った場所に移動する。

 

「こちらは気にするな。お前達はこっちはいないものとして好きに動け。邪魔はしない」

「邪魔はしないって―――はっ、手も貸さないって事かよ!?」

「貸してほしいのか?」

「いらねぇよっ!」

 

 シロの言葉に、聞こえ始めたモンスター達の足音に向けて武器を構えながらヴェルフが毒吐(どくつ)く。

 その目は闘争を前にしてギラギラと輝き始めており、シロのからかいの言葉に吠えながら道の奥から姿を現したモンスター達へと向かって一歩足を進め。

 

「行きますッ!!」

 

 それを追い越すように前に飛び出したベルが、あっという間に先行していたモンスターの一体の首を跳ね上げたことで、交戦が始まった。

 

 

 

 

 

 モンスターの群れの襲撃は、数は多かったが『ライガーファング』のおこぼれを狙ったモンスター達であったからか、そこまでランクが高くなかったことからも直ぐに全滅することができ。

 それから何度となくモンスターからの襲撃はあったが、手こずる事もなく順調にベル達一行はダンジョンを進んでいた。

 そうして、もう間もなく目的のパントリーに到着するという時の事であった。

 ベル達がその兆候に気がついたのは。

 

「―――これは」

「足音……っ、え、これってまさかっ?!」

「おいおい嘘だろ」

「ちょっと、待ってくださいよ。まさかパントリーから?」

 

 最初は微かな雑音のように聞こえたそれは、合図のように響いた()()()()()()の叫び声によって確定された。

 一行の皆の心に浮かんだその答えを、最前列にいた命が歯噛みをしながら口にした。

 

「っ―――『怪物進呈(パス・パレード)』!」

 

 正解、とでも言うように、先程聞こえたものよりも大きな咆哮が響く。

 全員の視線が一気にシロへと向けられた。

 四つの視線を受けたシロは、直ぐに判断を下した。

 

「下がるぞ」

「はい」

「全くここまできてっ!?」

 

 シロの短い決定の言葉に、ベル達は口々に文句やらを口にしながらも落ち着いた様子で戸惑うことなく来た道へと振り返って走り出していた。

 躊躇いも戸惑いもないその姿は、もう既に一端の冒険者のパーティーの姿であった。

 その様子に、一番後ろで迫り来るモンスター達を警戒しながらシロが口許を微かに綻ばせる。

 しかし、その口許が、背後から姿を現したモンスター達の集団の前を走る一団を目にしたことで引き締まった。

 

「追われて―――いや、これは」

 

 接近するにつれ聞こえてきた数と声量を増す咆哮に紛れて聞こえ出したモンスターのそれとは違う足音。

 『怪物進呈(パス・パレード)』の切っ掛けとなった冒険者が、生き残ってまだ逃げているのだろうかとシロの脳裏に過ったが、姿を見せたモンスターに追われて―――否、引き連れる一団は、全員が外套(フーデッドローブ)を身に付け顔形どころか性別すら判然としない。

 明らかに正体を隠したその様に、先程から感じていた違和感がハッキリとした輪郭を持ち始めていた。

 

「シロさんッ!?」

「おい、マジか」

「嘘ですよね……」

 

 それが形となってシロ達に襲いかかってきたのは直ぐであった。

 来た道を逆走して走るシロ達が、少し前で通りすぎた十字路を前にしたところで、その十字路の先、()()()()()()()()()()()()が轟いた。

 

「挟まれましたッ!?」

「間に合うっ、止まるなぁっ!!」

 

 状況の悪化(答え)を先頭を行く命が叫ぶ。

 ベル達の足が止まりかけるが、シロの発破に慌てて足を回す。

 幸い十字路は間近、対して前方から来るモンスターの姿はまだ見えない。

 シロの言葉通り、モンスター達に挟まれる前に十字路にたどり着ける可能性は高かった。

 そこまで行けば別の道に逃げ込める。

 直ぐにそう判断したベル達が、駆ける足を更に加速させた。

 

「どっちに―――」

 

 先頭を行く命に追い付いたベルが、間近に迫る十字路に対し、右か左かとシロに判断を仰ごうとした時であった。

 その声に被せるように()()()()()()()()()()()()が響いたのは。

 

「何でっ!?」

 

 別の疑問がベルの口をついて出たが、その疑問はその場にいた者全員の頭に浮かんでいた。

 『怪物進呈(パス・パレード)』に会うのは、最悪ではあるがないことはない。

 しかし、逃げる先でもう一度?

 更に囲い混むように四方向全てから迫ってくるなど、まず偶然は有り得ない。

 ならば、それが意味することは。

 

「罠だッ! 向かってくる冒険者も敵だと思えッ!」

「罠って誰がですかっ!?」

 

 疑問を悲鳴のように叫ぶリリを中心に、逃げられない事を覚悟し、迎撃するためにベル達が武器を構え出す。

 

「知らねぇよっ! リリ助何か恨みを買ったんじゃねぇだろうなっ!?」

「ここまでされる覚えはありませんよっ!?」

 

 大刀を構え直しながら、ヴェルフが強張りそうになる身体に活を入れるようにリリにからかい混じりの声を上げる。

 それにリリが苛立ち混じりの怒声を返しながら、後方支援のための武器の準備をする。

 しかしそれをシロが止める。

 

「……ここに留まるのは悪手だ。オレが切っ掛けを作る。ダンジョンからの脱出を第一に考えろ」

「切っ掛けって?」

 

 迫り来るモンスターの襲来に、ベルは焦りと戸惑いで顔を強張らせながらも戦意を宿した瞳でシロを見返す。

 その一端の冒険者の姿に一瞬笑みを向けたシロは、しかし直ぐにそれを厳しく引き締めた。

 そして両手に掴んでいた双剣を腰の鞘に素早く納めると、モンスターを背にこちらへと駆け寄ってくる外套(フーデッドローブ)で姿を隠した集団へと鋭い視線を向けた。

 

「来た道から来るモンスターを一掃する。()()()()があるかもしれないが、止まらず駆け抜けろ」

「っ―――シロ殿、まさか」

「問答する暇はない」

 

 モンスターとそれを()()()()()()()を覚悟に満ちた瞳で睨み付ける姿に、何をしようとしているのかを悟った命が、何かを口にしようとするもそれをシロは強引に切り捨てる。

 

「ま―――」

 

 それでも命が、何も掴んでいない空の両手をまるで剣を振り上げるような格好をするシロに向かって、再度声を上げようとした時であった。

 

「―――は、連れねぇ事を言うんじゃねぇよ。もう少し付き合いな」

「ッッ!!?」

 

 その間に割り込むようにして、緊張感に張り詰めていた空気に似合わない陽気な声が上がったのは。

 命とシロ。

 いや、()()()とシロの間に唐突に現れたその青い男は、いつの間にか空であった筈の振り上げた両手に魔剣と思われる長剣を掴んだシロに親しそうに話しかけ。

 

「確かめさせて貰うぜ『アーチャー』」

 

 驚愕を露にするシロへと強烈な蹴りを撃ち放った。

 明らかに驚きと混乱に満ちていた筈のシロではあったが、咄嗟に構えていた剣を防御に回す。

 

「―――がッ、ァっ?!!?」

 

 しかし、その謎の男は防御に回した魔剣を、まるで枯れ枝のようにぶち折ると、シロの腹部にその足を深々とめり込ませ吹き飛ばした。

 弾丸のように吹き飛んだシロは、ベル達を挟み込むようにして迫っていたモンスターと冒険者の一団を弾き飛ばしながらも、その勢いを弱めることなくダンジョンの向こうへとその姿を消してしまう。

 目の前で起きたそのあまりの光景に、未だ理解が及ばないのか身動き一つ取れず固まっているベル達を一顧だにせず、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、その優美とも呼べる端正な顔立ちに、牙を剥いた余りにも獣染みた笑みを浮かべた。

 

 

 

「いや―――『偽者(フェイカー)』、か」

 

 

 

 




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 次回、VSランサー戦

 ラウンド1
 

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