大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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2016/12/03
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、対艦ヘリ骸龍様、有難う御座います、大変助かりました。


箱庭の楽園、少女の戦場

 あれは何時の事だったろうか、幼い彼女はまだ戦場を知らず、庇護された存在だった頃。

 

 大本営と云う場所は戦争を主導する中心であったが、皮肉にも一番戦火とは遠く、幼い彼女にとって楽園と言えた。

 

 

 優しい姉に連れられ、穏やかに流れる時間、見て回る物は全て物珍しく、初めて触れる物には興味が尽きなかった。

 

 

 そんな宝探しの様な毎日、幼子はちょっとした好奇心と悪戯心に誘われ小さな大冒険に出た。

 

 ほんの少しだけ、足を踏み出した場所はお世辞にも散歩とは言えない程の距離、それでも姉の目を盗んで抜け出し、行き先を初めて自分で選ぶと云う行為は幼子にとっては間違い無く"小さな大冒険"であった。

 

 

冒険に出る  ────  

 

 

 そうは云ってもそこは子供の行動力、普段姉と行った事のある場所を回るのが関の山だった、何時もの様に中庭で戯れ、少しばかりベンチで休み、そして来た路を戻る、それだけで冒険は終わるはずだった。

 

 

────   その日少女はいつもとは違うモノに出会う。

 

 

 少しヤレた白い軍装に身を包んだ男、そのやる気の一片も感じられない雰囲気と見た目は、大本営と云う上位組織では風紀上褒められた風では無く、少女が接してきた"大人"とは掛け離れていた為に興味の対象になった。

 

 更にその男の足元では見たことの無い小さな生き物が四本の足で忙しなく男の周りを駆け回っている。

 

 そんな"物珍しいモノ"を発見した少女が黙って見ているはずは無く、好奇心のままに行動を起こすのは自然な行動と言えた。

 

 

 男が"丁稚奉公"と呼ばれる雑務の一つ、上司の愛犬ペスの散歩中、軍の中枢である施設に居るはずが無い"子供"からハイパーなお下げが放った魚雷ばりの攻撃を受ける。

 

 

 小さな襲撃者は男を前のめりに倒す、倒された男は突然の事に驚き、固まったままだ。

 

 少女は男の背に乗ってケラケラ笑っていた、端から見れば微笑ましくも、事案発生とも見れる光景だ、なにせ満面の笑みを表に出す少女を乗せた四つん這いの男は混乱の為に半笑いであり、"幼女から絶賛ご褒美受けてます"に見えなくもない。

 

 

 一しきり人間ロデオを堪能した少女の標的は、四足で歩く己より小さなモノへと移る。

 

 生を受けて短い期間、恐怖心とは無縁の世界で育った少女は、溢れ出す好奇心を満たす為に謎の生物にしがみつき、ねぶり倒す。

 

 

 この少女からの一方的な先制砲撃から始まり着弾観測射撃至るコンボは、男が正気を取り戻す迄の数分続く事になる。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「で? 嬢ちゃんはどっから来た訳?」

 

 

 男は鈍く光を反射する赤いメタリックの缶に口を付けつつ、隣で男の持ってきたビニール袋を漁る少女へ質問してみる、が、一心不乱に袋の中身を物色する様子を見るに、恐らくはまともな返事は返ってこないだろう事は想像に難くない。

 

 

「あっち!」

 

 

 男は少女が指差した方向へ首を向ける、そこには凪いだ海、吸い込まれそうな蒼を広げた空が広がっていた、成程、海か、そうか。

 

 溜息を深く一回、視線を少女へ戻すと次の獲物を決めたのであろう、その手には毛書体で"ひやしあめ"と書かれた缶が握られていた。

 

 ペスの散歩の前、小休止の時に飲もうと愛するドクペを買いに酒保へ寄った際、明石に試供品として渡された物だ。

 

 

 そのブツを渡す明石の顔は明らかにニヤけていたが、古今東西の毒飲料に精通している男はその中身がナニか知っていた、故にこの後行く予定である兵装調整用試射場の誰かにそれを"陣中見舞い"として振舞おうと画策していた。

 

 

「……飲むか?」

 

 

 そう聞かれた少女は男に満面の笑顔で肯定の意を表す、男も何故か満面の笑顔で答える、正にゲスである。

 

 

ッポ、ゲフゲフゲフ!

 

 

 ストレートに喉を通すには甘過ぎる液体、後から襲ってくる生姜の刺激、大の大人でも初見では苦悶するソレを物心も付かぬであろう少女が耐えられる訳は無く、噴出すのも当然の結果だろう。

 

 その様子を見た男はフヒャヒャヒャと膝を叩いて笑い転げる、人間のクズだ。

 

 咳き込む少女は涙目で男に抗議の視線を投げる、声を出そうとしても喉に絡む刺激が邪魔をして上手くいかない。

 

 その少女の非難染みた視線に少し罪悪感を覚えた男は、バツが悪そうにボリボリと頭を掻く。

 

 

「あ~、悪ぃ悪ぃ、子供にはまだ早かったかぁ、今から違うの買ってきてやるから、そう怒んなよ。」

 

 

 自分の手にある缶を差し出そうとしない辺り、少しは反省をしているのであろう。

 

 

「ムー、ちゃんと飲めるもんっ!」

 

 

 しかしそう言われた少女は何か思う処があるのだろうか、頬を膨らませて再び手に持つ缶に口を付ける、が、先程の勢いは無く、恐る恐る、眉間に皺を寄せ、唇を尖らせて……

 

 

ジュルジルジルジル……

 

 

 飲む、というより(すす)っている、お世辞にも行儀が良い行いとは言えないが、飲料と種別されてはいるものの、劇物なソレを口に含むには仕方が無いのだろう。

 

 

ッパ

 

 

一口啜り終え、少女は誇らし気に、そして盛大なドヤ顔を男に向ける、成し遂げた、そう表現するに相応しい貌だ。

 

 

「お…… おう、Good…… job?」

 

 

 してやったりと満足気に少女は鼻息を漏らすと、再び缶の中身を啜り始める。

 

 

ジュルジルジルジル……

 

 

 何かを飲むという爽快感は皆無だが、その手にある物を啜ると不思議とくどさは薄らぎ、丁度良い甘みが舌に伝わる、生姜の刺激もそれ程気にならなかった。

 

 

「あま~い!」

 

 

 また一つ、少女の小さな小さな宝箱の中に宝石が一つ転がり込む。

 

 

 しかしこの宝箱の中身はすぐに消える事になる、何故なら少女は艦娘、幼体から成体へと成長すると、それまでの記憶は戦う者としての知識と置き換わり、全て失われてしまう。

 

 しかしそれでも生まれた瞬間から戦場へ駆り出される多くの同胞に比べれば、それは幸せと呼べる物である事には違いない。

 

 

 其処は小さく、余りにも狭くはあったが、それが全てだった少女にとっては間違いなく楽園であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

ギャリギャリギャリ

 

 

 鉄と鉄が擦り合わさる音、鼻を付く油の匂い

 

 

「は~い、弾薬の装填OKよ?、さぁ!色々試してみても、いいかしら?」

 

 

 館内放送から聞こえる喧騒、緊張が肌の表面を刺激する様に撫でる。

 

 兵装調整用試射場と呼ばれる場所では、とある装備の砲撃試験が行われようとしていた。

 

 

 様々な計測用の物であろう機械に囲まれ、その場の中心で腕を組んで時を待つ艦娘、防護用のゴーグルの奥にある相貌は閉じられたまま。

 

 その背中には一目見ただけで普通では無い巨大な砲塔が据えられている。

 

 

 その規格外とも言えるサイズの砲塔はまだ不完全なのであろうか、それともそうする事が必要なのだろうか、砲室を保護すべきフードは取り付けられておらず、中の機構が表に晒された状態である。

 

 

 今その砲塔が産声を上げようかとする時、兵装調整用試射場の射弾観測室のすぐ後ろで男と少女は砲塔を背負う艦娘を見ていた。

 

 

 本来なら迷子である子供をこの様な場に連れて来るのは道義上に於いて、同時に機密保持の観点に於いてもしてはならない事であった。

 

 しかし男が中庭で子供を預けそうな人物が見当たらず、更に探す時間も無かった為、兵装調整用試射場の操作室にでも押し込んでおけばいいかと取り敢えず連れて来てはみたものの、想像以上に慌しい状況に割り込む事は適わず、仕方無く少女を保護しつつの見学となってしまっていた。

 

 

 男と手を繋ぎ、喧騒の外れから場の中心を見る少女の顔には笑顔は無かった、その代わり好奇心がその目に色濃く表れている。

                          

 今迄浸かっていた穏やかな時の流れとは違い、周りの空気は体を無遠慮に撫でていき、聞こえる音は鼓膜に大きく響く、今迄とはまったく正反対の極みにある世界。

 

 

「わぁ……」

 

 

 それでも恐怖や驚きよりも好奇心の方が勝っているのは、幼くとも少女が艦娘だからに違いあるまい。

 

 

「観測機器全作動確認OKよ、いつでもいっちゃって!」

 

 

 スピーカーから聞こえる声に対し、今迄微動だにしなかった艦娘の相貌が見開かれる、獣の様な相を露にし、口角を吊り上げ、声高らかに ────

 

 

「大和型弐番艦、武蔵……推して参る!」

 

 

 ガチリ…… 名乗りと共に金属の噛み合う様な音、続く轟音。

 

 弾ける空気の奔流と虚空に描かれる炎の波紋。

 

 そのどれもこれもが規格外であり、中腰で少女の手を握っていた男は空いていた手で顔面を思わず庇う程に、目に見えない暴力が無骨な砲から周囲へ撒き散らかせられていく。

 

 連続して生まれる厚い空気の渦と衝撃、それを身に浴びても男の隣に居る少女は変わらず、微動だにしなかったが、只一つ、見開かれた目には変化が現れていた。

 

 その目に浮かぶのは好奇心では無く羨望、食い入る様に見るそれは幼い見た目には不釣合いで、酷く不自然に見えた。

 

 

 徐々に熱を帯び、顔を(しか)めてしまう程の煙流が漂うその場でも少女は只一点を凝視する。

 

 

──── その場所は軍の中では珍しくも無い一施設。

 

──── 行われているのは戦いでは無く只の砲撃試験。

 

 

 それでも"小さな大冒険"を経て辿り着いた其処は、兵装調整用試射場という小さな箱庭で行われている"ただの砲撃試験"であったとしても、小さな艦娘にとっては、間違い無く、生まれて初めて触れた戦争であった。

 

 頬を撫でる熱気も、耳を叩く轟音も、眼を焼き尽くすかの様に煌めく発砲炎も、"本来己が在るべき世界の物"だと云う事を少女の本能が告げていた。

 

 酩酊(めいてい)にも似た甘い眩暈が頭を揺らし、永遠に続くかと思われたその世界は唐突に砕け散る事となる。

 

 

 海へ向っていた炎の柱は艤装の根元で弾け、破片を撒き散らかせながら砲塔を鉄の塊へと変える。

 

 

飛び散る油と赤い飛沫 ────

 

"何か"が少女の体にぶつかる感覚 ────

 

 

 身を焼く熱気と衝撃に、逸らした眼を再び開けた時、そこにあったのは無残にささくれ、めくれ上がった砲身であった物と、中身をぶち撒け空になった砲室 ……そして右肩から先を失い、赤い飛沫を散らす艦娘の姿。

 

 

「武蔵ぃ!」

 

 

 横に居た男は艦娘に駆け寄り、支えようとするが、その艦娘はそれを振りほどき拒絶の言葉を吐き出す。

 

 

「触るな! この武蔵は日ノ本の矛となりし者、たかが砲が爆ぜた程度で膝を屈する事は許されん!」

 

 

 艦娘の左眼が男を睨め付ける、右眼は吹き飛んだ腕と同じく既にそこには無かった。

 

 誰が見ても明らかに死に体である事は明らかであり、普通なら痛みに耐え切れず地に身を投げ出してもおかしくは無い有様。

 

 それでも武蔵と名乗るその艦娘は立っていた、艤装を背負ったまま、その両の足で地を踏みしめている。

 

 

「何言ってんだ、意地張ってる場合かよ! タンカだ! 早く入渠ドックへ連れてくぞ!」

 

「しつこいぞ貴様! 要らぬと言ったら要らん! 其処をどけっ…… 此れ位誰の手も借りんでも問題ない!」

 

 

 尚も近寄る男を再び振りほどいた艦娘は艤装をその場で切り離す、ドスンと音を立ててそれを足元に転がすと、ゆっくりと、しかし一人で外へ続く扉を潜っていった。

 

 

 全身に返り血と油を染み込ませ、苦悶に唇をかみ締める男、周りでは蜂の巣を突いたかの様に走り回る工廠妖精。

 

 男が艦娘を追おうと一歩を踏み出した時、その袖を掴む者があった。

 

 

 その主を見る、そこには男と同じく血に塗れ、袖を掴む少女が居る。

 

 その懐には千切れ飛んだのであろう武蔵の右腕が抱かれていた。

 

 武蔵から離れていたはずの少女が血塗れなのは恐らくその右腕を抱いている為か、それとも爆風で飛び散った血を浴びた為か。

 

 

「ムサシ?……オネーチャン、大丈夫?」

 

 

 真っ赤に染まった少女は泣きもせず、怯えもせず、その口から出たのは懐に抱く腕の主を気遣う言葉。

 

 

 轟沈寸前であっても、己の矜持に従い誰の手も借りずにその場を去った艦娘。

 

 血塗れになり、狂気の只中であろうと傷ついた者を気遣う少女。

 

 

 

──── 嗚呼艦娘とは何と苛烈で、そして真っ直ぐな存在なのだろうか

 

 

 

 男は少女に向き合い、そして目線を合わせる様にしゃがみ、懐に抱く腕を受け取る、それは主から切り離されてもまだ温かさを失わず、赤い雫を垂らしている。

 

 

「武蔵お姉ちゃんなら心配無いって、手もほら、お嬢ちゃんが拾ってくれたからすぐ元通りになるさ」

 

 

 男は血塗れの相とは酷く不釣合いな笑顔を浮かべ、少女の頭に手を載せ撫でながら言葉を続ける。

 

 

 

 

 

     『なんせあの武蔵は日本一強い艦娘だ、これ位屁でもない』

 

 

  

 

 

「日本一……つよい?」

 

「ああ、俺の知ってる艦娘の中で最強さ、だから心配しなくていい」

 

 

 そう言った男はこちらに駆け寄ってきた艦娘と二言三言言葉を交わした後、もう一度少女の頭を撫で、赤い跡が続く扉へ駆け出した。

 

 

「うわぁ!? 何コレ血塗れじゃない!? お嬢ちゃん大丈夫? どこか怪我してない?」

 

 

 男と入れ替わりに来た艦娘の言葉に力無く頷く少女。

 

 

 

 其処は戦場から一番遠い楽園だった。

 

 

 "小さな大冒険"を経て少女が辿り着いた其処は何の変哲も無い軍の一施設だった。

 

 其処で行われたのは只の砲撃試験で、たまたま不具合が起こした事故が起きただけの事。

 

 しかし其処は箱庭の中であったとしても、少女にとって初めて生と死に触れた戦場である事は間違いは無かった。

 

 そして其の戦場は、鉄を散りばめたコンクリートの上で赤く、紅く咲き乱れる血の華があるだけの小さな小さな花壇の様な世界だった。

 

 

 

 

 

 そんな小さな戦場を経験した少女は、この日から間も無く艦娘へと成長し、長く、無謀とも言える己との戦いに身を投じる事になる ────    

 

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

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