大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 大坂鎮守府の人員補充が開始され、艦娘に先駆け先ず研究ラボに新たなる者が着任する、ピチピチ淑女BBA天草早苗54歳、その昔ラボに巣食う主として恐れられた自称天才ハカセもその人であった。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/03/28
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、じゃーまん様、有難う御座います、大変助かりました



吹雪型 五番艦 弐

 

「提督、何故今回の演習は直接見学が禁止になっているのでしょう?」

 

 

 大坂鎮守府地下三階、戦闘指揮所内には本来入室を想定人員以上の者が集い、各々パイプ椅子やら座布団を持ち込んでのお祭り状態。

 

 時間はマルナナフタマル、朝食を済ませた後本来なら業務に入る前のブリーフィングをしている時間であったが、今日は叢雲が申請していた演習の日であり、その関係で幾人かの者は周辺海域の封鎖と哨戒に駆り出され、残りの者はその演習の見学の為にそこへ集っていた。

 

 演習開始はマルハチマルマル、鎮守府西側の広範囲海域にて行う予定であり、通常なら演習と言えば判定をする者や見学者等で岸壁辺りはごった返している筈であるが、今回の演習に限り判定員は付けず、また見学もこの戦闘指揮所でのみ許可されるという少しおかしな事になっていた。

 

 

 その指揮所の中央辺りに座る吉野の周りには髭爺こと唐沢が隣に、また榛名や時雨といった課の初期組が陣取り、それを囲むような配置で鎮守府所属の者が天井の大型モニターを見るという形での鮨詰め状態で見学と相成っている。

 

 

「ん、叢雲さんの希望で集中したいから視界に誰も入れたくないって事で、今回の見学はここでのみ許可を出させて貰ったんだけど……何かえらく人が多くない?」

 

「教導総括の叢雲さんが本気で戦う姿って誰も見た事がないし、相手に朔夜(防空棲姫)さんをわざわざ指定してるって事はさ、やっぱり普通じゃないって皆思ってるんじゃないかな」

 

 

 膝の上に時雨が陣取り、前には榛名が三角座りで足の間にINという色んな意味で身動きが取れなくなった吉野は苦笑を浮かべ、人口密度というか艦娘密度が上がった室内を見渡してみる。

 

 各々はいつもの如く菓子や飲み物持込でのお祭り状態、ある意味いつもの風景であったが、これから行われる演習がどうなるのかという大体の予想がついてる現状、それは吉野にとってどちらかと言えば余り歓迎しない雰囲気という気もしなくはない。

 

 

「普通じゃないと言うよりも、これからやるのは駆逐艦叢雲の葬式みたいなもんだからねぇ、誰も自分が死ぬとこなんて他人に見せたくなんか無いだろうさ」

 

 

 吉野から見て巨大なテーブルの正面に座る白衣を着た長髪の女性、天草が紫煙を吐き出しながら漏らした言葉に室内が水を打ったかの如く静まり返る。

 

 駆逐艦叢雲の葬式、その一言のインパクトに背全員の視線が言葉の主に注がれるが、当の本人は何食わぬ顔で煙草をプカプカ吹かせ、涼しい顔で茶菓子に手を伸ばそうとしていた。

 

 

「天草女史、今何と仰いましたか?」

 

「あ? 聞こえなかったのかい? 今からやろうとしている事は演習でも模擬戦でも何でもないよ、叢雲が駆逐艦として海に浮かぶ最後の一戦、まぁ言い方を変えれば引退式みたいなもんかねぇ」

 

「最後……ですか?」

 

「そうだよ、アンタは……大和だったかい? 三代目第一艦隊旗艦だと時期的にアイツら五人が何で"特別"って呼ばれてる理由を知ってる訳ないかぁ、ふむ、なぁ、長門辺りはそこんとこどうなんだい?」

 

「……噂程度には、しかし実際戦っている様を見た事が無い上に、語る者によって内容がまちまちという有様で……」

 

「はん、あいつから『人修羅』の看板を継いだお前ですら良く判ってないとか、軍は余程アイツらの事を隠しておきたいらしいねぇ」

 

 

 天草は咥えていた煙草を指で揉み消し、一度伸びをした後室内をゆっくりと見渡し、最後に正面に座る髭二人に視線を合わせると、再び煙草を一本咥えて前を睨む。

 

 火も点けずにピコピコとそれを上下させ、それでもじっとりと前を見る目は吉野と唐沢を睨む様であり、同時にその表情から何かを探ろうというあからさまな視線を含んだ挑発的な色を含む。

 

 その視線を受け、髭の眼帯も天草と同じく煙草を咥え、苦々しい表情でたった一言『どうぞ』とだけ言葉を呟く。

 

 

 そんな勿体つけたやり取りをした後、白衣を着た自称天才ハカセは面白く無さ気な表情を表に出し、吉野の隣に座る榛名を指して問答を始めるのである。

 

 

「あー……そこの金剛型、榛名だったか? お前艦娘って何だか知ってるかい?」

 

「え? 艦娘……ですか?」

 

「そう、艦娘、お前も含めたここに居る髭と私以外の全員、それが何なのか、判ってるなら言ってみな」

 

 

 突然投げられた質問、その唐突さと内容の不確かさに榛名は一度視線を落とし、暫く言葉を選ぶ様に思案する様を見せるが、やや首を傾げながらも己の中にある『艦娘とは何か』という問いに答える為、知識として知るそれを確かめる様にゆっくりと言葉にしていく。

 

 

「古の戦舟(いくさふね)、その魂の欠片を内包し、戦う術を持って受肉した存在……でしょうか?」

 

「あー、うん、間違いじゃ無いね、確かにそれはアンタ達の事をザックリと述べればそうなる、もっと突っ込んで言えば、お前達は戦闘指揮と感情を担う生体部分と、戦闘行為を行う為にある艤装をパッケージングした存在、組成する肉は違うが内臓や働きが人間と同じ作りの生身に、戦闘艦をデフォルメ・縮小した機関を装備した何か(・・)と定義されている」

 

「そうですね」

 

「まぁ概ねその辺り理解してりゃ普通問題は無いんだけどさ、アイツら五人とお前達と比較するのにはもうちっと突っ込んだ知識が必要になってくる」

 

 

 再び煙草に火を付け、たっぷりと紫煙を肺に送り込んだ後『さてと、授業でも始めるかね』という言葉を煙と共に漏らしたハカセは、今度は誰に向けてでも無く言葉を吐き出し始める。

 

 

「お前達は己が装備した機関を使って海を渡り、武装を使用して戦う訳だが、その諸々のコントロールはお前達では無く艤装に納まるFairyが行っている事は知っているな? 航行をする為の機関操作、戦闘時の火器管制、それら全てに於いてヤツらが居ないとまともに機能しない、それは生体部分が指揮を執る者とすればFairyは舟の乗組員、つまりお前達自身人型をしているとしても有体は戦闘艦その物と言える、さてここでその乗組員であるFairy……妖精か、この不可思議な存在なんだが、コイツらは一体何だと思う? 何でもそつ無くこなし、被弾時に消滅しても何時の間にか復活しているそいつら、その正体を知っているヤツは誰かいるかい?」

 

 

 黒髪の白衣が問う言葉に誰も答えを返せる者は居ない。

 

 艦娘という存在が出現して以来、数々の不可思議を現実の物とし、人類の科学を超越した技術をオカルトに半分足を突っ込んだ状態で顕現させる謎の小人。

 

 未だその存在は謎とされており、また妖精さん自体が自分に何か強く関わろうとすれば拒否の反応を示し、極まれば文字通り消えてしまう。

 

 そんな不可思議な存在は、それと共に在る筈の艦娘にでさえ謎という存在でもあった。

 

 

「実は私自身アイツらが何なのかを説明する術を持たない、が、それでも無駄に長い間研究をしていく過程で一つの仮説を見つける事が出来た、艦娘という舟の生まれ変わりと共に現れ、そいつらが戦う何もかもをサポートする存在、それは昔海に没した人間、アイツらはそれの一部じゃないかと踏んでいる、お前達は自覚していない様だが其々に憑くFairyは画一的な存在では無く、艦種によって働きが違う、そして個々の艦に於いても役割が違う、それはお前達が昔に沈んだ艦の生まれ変わりとして顕現した時に、その舟の乗組員もセットとなってこの世に還ってきた存在なんじゃないかと私は踏んでいる」

 

 

 見た目がデフォルメされた人形の如き小さな存在、艦娘に関わる者なら日常的に見るあの小人が在りし日に、自分達と共に海に没した英霊達であると告げられ、多くの者は動揺した様を見せる。

 

 海を渡り、戦火を潜り、文字通り最後を共にした同胞(はらから)、いつも何気なく接してきた小人がその英霊達であると言われれば、彼女達が何も思わないという事は有り得ないだろう。

 

 

「魂なんてオカルトを信じちゃいないが、実際お前達の存在自体オカルトの塊みたいなモンだ、舟があるなら乗組員が居てもおかしくはあるまい? まぁあくまでアイツらは人というよりその一部が顕現した物なんだろうと予想はしてるんだけどねぇ」

 

「その……妖精さんが昔球磨達に乗ってた人達だったとして、それが今回の演習にどう関係するクマ?」

 

「直接の関係は無い、ってよりアイツら五人とお前達と区別するのに必要な知識をじっくり噛み砕いて説明してやってるだけさね、まぁ事が始まるまでの暇潰し程度って事で聞いておきな」

 

「……クマ」

 

「で、まぁそのFairyが乗組員だとして、お前達とその乗組員を結ぶモノ、そしてお前達を戦闘艦として形作るのに一番重要な楔になっているモノがある、それはコア、艤装に格納されてる舟の記憶、付喪神とか言われてるアレさ」

 

 

 球磨のアホ毛に煙を吹きかけ、ゆらゆら揺れるそれを弄びながら、アホ毛のオプションである球磨が顔を顰める様に満足したのか茶菓子の袋を手元に寄せつつ、天草は持論と前置きをした話を尚も続けていく。

 

 今まで聞いたことの無い話、突拍子も無い内容、それは一笑に伏すには彼女達にとって心当たりが在り過ぎる事実。

 

 

 同じ艦隊に同銘同型艦が配備された場合妖精が混乱して働かなくなるのは何故なのか、特に言葉を交わすでも無いのに意思疎通が取れるのはどうしてなのか。

 

 もし妖精という存在がどこからか沸いた正体不明のモノと言うのなら、在りし日のエースの名を冠したあの艦載機は一体何だと言うのだろうか。

 

 

「お前達の艤装に格納されるコアはFairyとお前達を繋ぐ働きをすると同時に、何かあって損耗したソイツらを再び海から吸い上げる為の機関であると私は読んでいる、それの証拠にコアに実際触れた者は(ことごと)何者か達の(・・・・・)声を聞き、そして気狂いとして使い物にならなくなった」

 

「気狂い……」

 

「そうだ、お前達の艤装に納まっているソレに触れた者は洩れなく『海の声』を聞く事になり、その怨嗟に取り込まれて滅んでいく、だからコアは生体と分離する形で厳重にパッケージングされ、安定した運用が出来る様にされている」

 

 

 艦娘の艤装に内臓されているというコア、公式にそれは『舟の分霊、付喪神』であるとされ、艦娘が戦う為の知識や舟の頃の記憶が詰め込まれている物とされている。

 

 そしてそれに生体部分が触れると徐々に侵食されていき、感情という物が蝕まれ『ただのモノ』に変質すると言われてれていた。

 

 今天草が言った事は誇大解釈すれば同じ事を言ってると考えられなくは無いが、実はまったく違う、ずっと戦う為に必要な物が詰まった(コア)だと思っていたモノ、舟としての自分を成す物が詰まっていたと信じていたソレ。

 

 それが実は海に眠る魂を吸い上げ、没した者を再び戦いに縛り付ける為の機関だという真実、そしてソレに触れる事はその正体を知る事になり、人の為、国の為と戦ってきた自分達が昔共に海原を駆けた者達をすり潰しつつそれを行ってきのだと知る事になる。

 

 それを前提として戦う存在(自分)、その事実を怨嗟の声で芯に捻じ込まれる、あの時己の中で朽ち果てた者達の声を再び聞く事になったとしたら。

 

 感情という物を持って生まれた存在なら耐えられない事実なのは間違いは無い。

 

 

「あくまでコレは私の持論だ、だから安心していいぞ、と、言いたい所だがな、世の中は非情だ……その仮説を裏付ける物証がこの世には存在する、それがアレ(・・)だ」

 

 

 天草がアゴでしゃくって見る事を促した先、天井一杯に広がったそこには、既に抜錨し相手を待つ防空棲姫と、出撃ドックから飛び出しそれに向かって(はし)る者。

 

 

 吹雪型駆逐艦の中にあってその身を包む制服は特徴的なデザイン、白を基調としたそれからは黒いストッキングに包まれた脚が海へ伸びている。

 

 碧銀の髪は長く流れ、頭部には機械的な何かが二つ浮かび、唯一無二のディテールを形作っている。

 

 改二となり体躯が変化した為平時ではむちむちくちくかんと揶揄され、皆に愛されてきた彼女。

 

 

 今モニターに映るそれ(・・)は形はままに、しかし脚が速いと言われる駆逐艦を遥かに凌駕する速度で海を(はし)り、金色に眼を染め上げ、まるで深海から現れた、あの人類の仇敵とされるモノのflagshipと呼ばれる存在と同じ様を見せる者が海を(はし)っていた。

 

 

「最初の五人……前線の者から『人修羅』って呼ばれてた、吹雪型伍番艦のお出ましだよ」

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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