大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2021/08/24
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました黒25様、ちゃんぽん職人様、対艦ヘリ骸龍様、有難う御座います、大変助かりました。


はい、榛名は大丈夫です!

「成程、随分と腑抜けた面になった物だな金剛型三番艦」

 

 

 武蔵は目の前に居る榛名を睨め付けつつ、不機嫌な相を表にそう吐き捨てる。

 

 

 時は榛名が試射を行ってから七日後、場所はその時と同じく兵装調整用試射場前水域。

 

 そこには艤装を背負い、正対する二人の戦艦の姿があった。  ─────────

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 あの試射を行ってから数日、吉野は出来る限りの時間を榛名と共に過ごし、観察をする事でこの艦娘の事を理解しようと勤めていた。

 

 

 一日目、特に何をさせるでも無く、事務室休憩用ブースで共に過ごす、黙ったまま微動だにしないその様は、物言わぬ人形と変わりは無かった。

 

 二日目、とりあえず散歩と称して執務棟の外に連れ出す、榛名は何を言わずとも吉野の後ろを離れず着いて来ては居たが、周りの様子を気に掛ける様子は無く、いたずらに体力だけを消費しただけだった。

 

 三日目、前の日と同じく、只二人で無目的に歩くだけの一日が過ぎた。

 

 

 四日目

 

 宛ても無く、散歩という名の徘徊の途中で中庭に立ち寄った。

 

 

「榛名君、ちょっと休憩にしようか」

 

 

 そう言ってベンチへ腰掛けつつ、吉野は榛名へひやしあめの缶を差し出す。

 

 

「……有難う御座います」

 

 

 受け取った缶を暫く見詰めていた榛名は、缶のプルタブを跳ね上げ中身を啜り始める。

 

 

ジュルジルジルジル……

 

 

 春先の中庭は、穏やかな陽気も相まって、まるで時間の流れが止まった別世界の様な印象を受ける。

 

 

ッパ

 

 

 周りから聞こえるのは風に揺れる木々のざわめきと、花壇に植えられた華が揺れる微かな音のみ。

 

 

「……あまい」

 

 

 そう口から漏らした榛名の胸の奥では形容のし難い疼きが生まれ、両手で握った缶に視線が釘付けになる。

 

 

「……提督」

 

「何かな? 榛名君」

 

「……榛名は何か…… 大事な物をどこかに置いてきた気がします」

 

 

 榛名の表情に変化は見られない、しかし口から発した言葉にはこれまでに無かった"榛名自身の心の内を吐き出した感情"が確かに篭っていた。

 

 

「ん~…… そっかぁ、大事な物かぁ、思い出せないってのはむず痒いモンだねぇ」

 

「……ずっと長い間それが何なのか考えて…… 探してきました、でも…… もう疲れました」

 

 

 要点だけを並べただけの、酷く尻切れとんぼな言葉。

 

 

「……」

 

 

 その表情は相変わらず人形の様に変わってはいない。

 

 それでも吉野にはそれがこの艦娘が必死に心の中から掬い上げ、漸く口から吐き出した言葉なのは判っている。

 

 

 吉野の視線は榛名が缶を握る両手に注がれている。

 

 その手は微かではあるが小刻みに震えていた、感情を表に出し、言葉にする事すら今の彼女には難しい物だとその様子が充分に語っている。

 

 

 昔、ほんの少しだけ行動を共にした少女、微かに思い出されるその表情は、無邪気に笑う歳相応の物だった。

 

 その表情を殺し、感情すら表に出せない程にこの榛名という艦娘の精神を磨り減らした物とは何なのか?、それを自分は探す事が出来るのか?

 

 それが見付かったとして、この目の前の艦娘の心を救う事が出来るのか?  ─────────

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

─────────  五日目

 

 榛名の事を秘書艦時雨に任た吉野は、大本営()下第一艦隊に宛てられていた"小さな鎮守府"に出向いていた。

 

 

「武蔵さん、ちょっと、頼まれて、くれませんか、ねぇ?」

 

 

 そう用件を口にした吉野は、何故か武蔵にバーリトゥード宜しくマウントポジションを取られ、雨あられと振り下ろされる拳をヒョイヒョイと避けていた。

 

 

「貴様がっ! 泣くまでっ! 殴るのをっ! 止めないっ!」

 

 

 武蔵が放つ殺意を込めた拳が吉野を掠め、ドスンドスンと鈍い音と共に床へ叩きつけられていく。

 

 

「のぉ木曽よ、アレは何をしておるのじゃ?」

 

 

 唐突に廊下で始まったアルティメット・チャンピオンシップを横目で眺めつつ、利根は酷く冷静に、しかし真っ当な疑問を、横に居る同僚の木曽へぶつけていた。

 

 

「あー、アレなぁ……」

 

 

 木曽がボリボリと頭を掻きつつ利根に事のあらましを説明し始める。

 

 

 それは先日の事、最近戦況が芳しくない南方海域の対策を練る為、大隅巌大将が関係者を呼び出し会議をしていた。

 

 召集されたのは戦略研究室の室長、当該海域基地所属の副司令級文官数名、そして大本営()下第一艦隊から第四艦隊の旗艦及び副艦。

 

 内容は緊急を要し、また問題解決の糸口が見出せない状況であった為、酷く緊張した物だったらしい。

 

 

 現場と指揮する側との意見の剥離、互いに譲り合う事無くそれは平行線を辿り、生産性皆無の時間が流れる。

 

 互いの口数も徐々に少なくなり、緊張していた空気が険悪に変化し掛けた時、それまで無言を貫いていた武蔵が突然席を立った。

 

 

 何事かと周りの者が見守る中、武蔵は肩で風を切る様に上座へと移動し、席に着く大隅の傍らで歩みを止る。

 

 訝しむ表情の大隅を睨み付けるその眼は、幾多の深海凄艦を海へ沈めてきた武人・戦艦武蔵が戦場で見せるソレであった。

 

 

 水を打ったかの如く静まり返る会議室、誰も空気に飲まれ動けない、動く事が出来ない、そして周りが固唾を呑んで見守る中、武蔵は大隅に向ってスカートを捲くりあげた。

 

 

 堂々と、胸を張り、武人然とスカートの中身を大隅に見せ付ける、其処に一切の躊躇いは無く、威風堂々とスカートの中身を大将に見せ付ける大戦艦武蔵の姿があった。

 

 

 再び水を打ったかの如く静まり返る会議室、誰も動けない、動こうとはしない、そして周りが固唾を呑んで見守る中、武蔵は大隅に向ってこう言い放った。

 

 

「ふふふ痴女だ、怖いか?」

 

 

 其処には姫級を沈めた時の様に、武人としてやり切った感を存分に漂わせた戦艦武蔵と、訝しむ表情のまま固まった大隅、そして凍りついたままの会議室があったという。

 

 

「……何じゃそれは?」

 

「俺は副艦として会議に参加してんだけどな、その時吹雪さんに言われて武蔵の姉御を会議室から連れ出す手伝いをしたんだ……」

 

「ふむ、それで?」

 

「まぁ後は吹雪さんお決まりの折檻コースになった訳なんだけど、その時姉御が言うにはどうもサブ(三郎)に何か吹き込まれたらしくてな」

 

「それが何でスカート捲りに繋がるんじゃ?」

 

「さぁ? 泣きながらナンかサラシだの新世界だの訳の判んねぇ言葉を言ってた気がするけど、結局意味が判らずじまいでね」

 

「要するに三郎がまた何かやらかして武蔵の逆鱗に触れた訳じゃな? ほんに彼奴(あやつ)はいつも懲りん奴じゃのぅ」

 

「ウワア~ン木曽えも~ん、たぁすけてぇぇぇ」

 

 

吉野がクネクネと凶弾から器用に身を躱しつつも、やたらと緊張感の欠如した命乞いの言葉を上げている、ヒートアップした武蔵の形相と比較すると、とても珍妙な空間がそこに繰り広げられている。

 

 

「だそうじゃぞ木曽えもん、そろそろアレをなんとかせんと下の第四艦隊から苦情が来るやも知れん」

 

「誰が木曽えもんだっつーんだ、……ハァ、武蔵の姉御、そろそろ止めとかないとまた吹雪さんが飛んできちまいますよ?」

 

 

 廊下で繰り広げられていた大本営アルティメット・チャンピオンシップは、レフリー・キソーがゴングを鳴らしつつ介入した後、ほんの少しの場外乱闘を経てノーコンテストが成立した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……で? 頼みとは一体何だ?」

 

 

 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、武蔵はぶっきら棒にそう言った。

 

 その頭にはタンコブらしき膨らみが見える。

 

 

「ええと、その、ちょっと演習をお願い出来ない物かと……」

 

 

 武蔵が座るソファーの前で正座したまま吉野が用件を口にしている。

 

 その頭には、某31アイスクリームで期間限定の時に販売されるトリプルなアレの如きタンコブが乗っている。

 

 

「……」

 

 

 そして武蔵の横では、大本営アルティメット・チャンピオンシップの真の覇者である吹雪がジト目で二人を監視している。

 

 

「演習? そうかそうか貴様も提督の端くれになったのだったな、艦娘にその身を挺して見本を見せようと云うその心意気は天晴れだ、今すぐ表へ出ろ、存分に砲弾をくれてやる」

 

「は? いやいやナニ言っちゃってくれてんです? 自分がやる訳無いじゃないですかヤダー、これだから脳筋痴女はコワイワー」

 

 

 まるで小学生が争うレベルの舌戦は、開幕した瞬間ハイパー壱号、クレイジーサイコ○ズ、キャプテンキソーの甲標的が放つ無慈悲な雷撃を浴びた哀れな駆逐艦の如く消し飛んだ。

 

 

「……相手は何処の艦隊だ? 貴様の処にはまだ二人しかおるまい?」

 

 

 武蔵の頭には更にタンコブが一つ追加されている、一つ目から正確に対を成す位置にそれは鎮座し、更に大きさが寸分違わぬ物である事から、それを作ったタンコブ職人が只ならぬ技量の持ち主だと伺える仕上がりとなっている。

 

 

「……いえ、艦隊戦じゃなく、うちの榛名君と()って頂きたいんですが」

 

 

 静かにそう返す吉野の頭には通天閣の如き四連タンコブがそそり立つ、某不幸戦艦妹がその部分だけを見た場合、姉と勘違いしてしまうのでは無いであろうかという程ジェンガジェンガしている。

 

 

「……」

 

 

 武蔵の隣では初代大本営アルティメット・チャンピオンシップ覇者であり、同時にタンコブの匠である吹雪の目が金色のオーラを放つ三白眼になっている。

 

 恐らくその視線だけで空母凄姫を新型赤艦載機ごと屠れる程の力があるだろう事は想像に難くない。

 

 

「……ほう? 単艦での演習か? 昔の意趣返しをさせてくれるとは有難い話だな、それで? 貴様は何を企んでいる?」

 

「特に何も、只ちょっとお願いしたい事がありまして……」

 

「……言ってみろ」

 

「演習は本気でお願いします」

 

「この武蔵、()るからには演習だろうが実戦だろうが手など抜かん事は判っているな? その上で念を押す理由は何だ?」

 

「その辺りは当日になれば判るかと…… お願い出来ますか?」

 

「ふむ…… 良かろう、空いてる時間を調べて後で連絡する、場所は大演習場でいいか?」

 

「いえ、兵装調整用試射場でお願いします」

 

「兵装調整用試射場? 単艦同士で()るなら狭いという事は無いだろうが、何故其処なのだ?」

 

「ちょっとした事情で、そこでなければ意味が無いんですよ」

 

 

 吉野の目は真っ直ぐに武蔵を捉えている、先程の飄々としたそれとは打って変わり、仕事の時に見せる"影法師(かげぼうし)"の(かお)になっていた。

 

 

「成程、理由は判らんが貴様が本気ならこちらに断る理由は無い、場所を押さえるのはそちらに任せる、それでいいか?」

 

「すいませんが、宜しくお願いします。」

 

 

 そうして時を経た七日目、戦艦武蔵と戦艦榛名は二度目となる単艦による演習を迎える事となる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

─────────  武蔵が吐き捨てた言葉に榛名は特に反応を見せる様子は無い、只無言で正対し、作り物の様な表情を向けたままそこに立っていた。

 

 

 

「何があったかは知らんが三郎が念を押した意味が判った、確かにそう言われてなければ"人形相手の演習"なんぞ馬鹿らしくて放り出してた処だ。」

 

「……」

 

 

 向かい合う二人の距離は凡そ50m程、砲の有効射程距離を考えると、互いに砲身を額に当てている様な物だ。

 

 そして二人が艤装に搭載しているのは試製51連装砲、日本海軍で稼動している二組しか無い装備がそこで対峙していた。

 

 

「えーっと、そろそろ確認してもいいかしら? 今回はお互い単艦での演習、エリアはこの施設に割り当てられている海域一杯で、使用弾種は演習用ペイント弾"赤"」

 

 

 夕張が言ったペイント弾"赤"、それはそのまま演習弾の中に詰められているペンキの色を示す。

 

 通常演習で用いられているペイントの色は、蛍光塗料が混ぜられた緑や黄色が一般的であり、血の色を彷彿させる赤は忌避され殆ど使用はされない。

 

 それでも稀に使用される時がある、その意味する処は演習弾を使用した物であったとしても、それは真剣勝負であり、"死合い"だという意思をお互いに示した時のみである。

 

 

「時間制限無し、終了はどちらかの"轟沈判定"が出た時のみ、被弾箇所にペイントが観測された時は、被害状況を想定した制限を妖精さんが動きに反映させるから気をつけてね」

 

「死なない、傷を負わない以外は実戦と同じ状況を作り出す、双方弾切れの時は補給をした後、寸前のダメージを残したまま仕切り直す、"あの時"戦った時と同じ条件だ、異存は無いな?」

 

 

 夕張の説明に合わせ、武蔵が確認の為そう言葉を被せる、そして榛名がそれに肯定の意を示す頷きを一度だけ返す。

 

 吉野は陸側から二人に一番近い位置に陣取り、その様子を眺めていた。

 

 

「提督、そこだと流れ弾が飛んで来るから危険だよ?」

 

 

 その横では時雨が周りを確認しつつ場所の移動を促すが、当の吉野にその提案を受け入れる気配は微塵も無い。

 

 

「あ~、かも知んないねぇ」

 

「操作室ならカメラで様子が見れるだろうし、防弾壁に囲まれてるから安全だと僕は思うんだけど」

 

「だねぇ…… でもあそこからじゃ自分の目で見るには遠過ぎるんだよね」

 

「移動する気は、無いのかな?」

 

「悪いけど……無いね、それじゃ、意味が無い」

 

 

 そう言う吉野を暫く見詰めていた時雨は、背中から愛刀"関孫六"を引き抜き、それを腰へ添えると海と吉野の間に割り込んだ。

 

 身長差がある為、時雨が目の前に立っても吉野の視界を遮る事は無い。

 

 

「砲弾斬りは余り得意じゃ無いんだけどな……」

 

「ん~、時雨君にはいつも迷惑を掛けるねぇ~」

 

 

 吉野が如何にも時代劇で出てきそうな台詞を口から漏らしつつ、頼りになる秘書艦の頭を撫でると、時雨はホニャっと表情を崩した。

 

 

「おとっつぁん、それは言わない約束だよ」

 

 

 変わり者の提督の秘書艦は、割とノリの良い変わり者だった。

 

 

「観測器と艤装のリンクを確認、周辺海域に感無し、いつでもどうぞ」

 

 

 館内放送と共に演習開始を示すサイレンが鳴り響く。

 

 互いに初弾を放ち、演習を開始する。

 

 

 缶の圧力は一杯に、決して単純な航跡を描かぬ様時計回りに相手との距離を保つ。

 

 それは必然的に歪な円を水面へ刻み込み、その中は何人たりとも進入を許されない死の世界へと変貌する。

 

 

 撃ち合いが開始されて数合目、榛名が対空砲火で見せた"連なり撃ち"で武蔵の周りにペイント弾の中身を撒き散らす。

 

 微細な飛沫が少しづつ武蔵の艤装へ付着し始め、赤色が目立ち始める。

 

 

「なんだ、前線で経験を積んできたのかと思ったが、何の事は無い、小賢しい小手先の技を増やしてきただけとはな。」

 

 

 その武蔵の言葉に少し片側の眉根を上げた榛名は、砲撃の頻度を上げ、武蔵の周りを爆発炎で囲んでいく。

 

 そして武蔵の艤装に付着するペイントが、そろそろ主機へ影響を及ぼすかと思われたその時……

 

 

「そんな無理な撃ち方をしてれば体幹がブレて足元がお留守になる、そしてそれに合わせ至近弾で止めていた狙いを命中弾にしてやれば、そら」

 

 

今迄掠る気配も見せなかった武蔵の砲弾が榛名の左砲塔を直撃する。

 

 

「何だ、木偶(でく)の様な顔をしていたからてっきり無反応だと思ったが、こんな安い挑発に乗って向きになって撃ちまくってくるとは可愛いものだ」

 

「……」

 

「そして覚えておくがいい、駆け引きとはこうする物だ、小手先に頼る者は寄る辺が無くなれば何も残らん」

 

 

 直撃した砲弾の威力は凄まじく、直接砲弾を受けた砲塔は元より、その後部の砲身にも幾らか飛び散ったペンキが付着していた、その為爆発により砲身が歪みを及ぼしたと判定され使用不可能にななる。

 

 これは単純に手数が減っただけでは無く、撃てる砲弾数を半減させ、継戦力を著しく下げてしまう結果となった、そしてそれは弾薬補給の機会があったとしても回復しない致命的なダメージになる。

 

 

「榛名さん、第三砲塔に直撃弾、内部弾薬が暴発し第四砲身に歪み判定、腔発(砲身内暴発)を避ける為に使用不可になります」

 

 

 判定状況を告げる夕張の声が、僅かにハウリングを伴いスピーカーから聞こえてくる。

 

 

「つまり、たった一発の直撃弾で左側の武装が全てオシャカになった訳だ」

 

 

 飛び交う砲弾の数が目に見えて減っていき、武蔵の言葉が結果として現れる。

 

 それは万遍無くと云う訳では無い、当初速射砲の如く連撃を繰り出していた榛名が精密射撃に切り替えた為、弾幕の密度が大幅に薄くなっている。

 

 対して武蔵はと云うと開幕から砲撃のペースは変わらず、蓄積する一方だった弾幕がほぼ無くなったお陰で立ち回りが更に巧妙になる。

 

 

「榛名さんの弾筋がブレてきたね……」

 

 

 明らかに精度が落ちた榛名の砲撃を確認しつつ、更に流れ弾が来る確率が上がった事を警戒する時雨は、ほんの僅かだが吉野の方に体を寄せる。

 

 

「地力の差……かな? 武蔵さんは元々実戦でも人型を相手にする事が多いし、平時でも演習の量は普通の艦娘より遙かに多い、"駆け引きが物を言う戦場"では滅法強いんだ」

 

「そうみたいだね、最初の一撃を貰った後から一方的な展開になっちゃってる」

 

「時雨くんの見立てではどんな感じ?」

 

 

 後方に見える大型モニターには 榛名 -中破- の文字と、行動制限の詳細が羅列されている。

 

 

「榛名さんの行き脚(航行速度)が徐々に落ちてきてる……と思う、このままだと、どんどん死角に回られちゃって対処出来なくなるんじゃないかな……」

 

「足を止めての撃ち合いになると?」

 

「それまで榛名さんの装甲が持てばいいんだけどね、お互い一撃の威力が大きいから、長期戦にはならないんじゃないかな」

 

「成程ねぇ……」

 

 

 榛名は中破判定が出た直後から船速が極端に落ち、防戦寄りに動く事を強いられる。

 

 

「どうした? あの時"の貴様はそんな腰の引けた戦い方なんぞしなかったぞ」

 

 

 戦場で殺意を以って砲を向けられた事は幾許かあったが、己を否定される事や一方的に嬲られる経験は榛名には無かった、それ故いとも簡単に榛名は武蔵の挑発に乗せられてしまう。

 

 

「……黙れ」

 

 

 煽られる言葉に反応すれば、その隙を衝いて凶弾が喰らい付いてくる、既に缶の出力は半分以下に制限され、限界まで振り絞らなければ回避する事さえままならない。

 

 

「逃げるか? それもいいだろう、だがな、我等戦艦は当ててナンボ、喰らってナンボだ、盾にも矛にも成れない者が戦場で一体何をするというのだ」

 

「……ダマレ」

 

 

 限りなく至近弾に近い夾叉、主機を庇ったせいで二番砲塔沈黙、水柱が視界を遮る、邪魔だ、まだ相手は小破の判定すら出ていない、ならば回避を捨てて撃ち合うしか無い。

 

 

「ほう? やっと()る気になったか、だが遅い、もう貴様には私を追う足も、砲弾を受け止める装甲も残っていない、大人しく白旗を揚げてはどうだ?」

 

「黙れぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 撃ち出される砲弾は互いに至近弾、しかし続けて撃ち出そうとした二射目は更なる被弾で逸れ、あらぬ方向へ飛んでゆく、武蔵の砲は四機全て健在で、榛名に残されたのは一機のみ。

 

 偏差で撃たれれば四倍の手数に適うはずも無く……

 

 

「っ!? 提督っ!」

 

 

 榛名の放った砲弾は流れ弾と化し、吉野が居る場所へ墜ちてくる、が、時雨が辛うじてそれを叩き切る。

 

 爆発こそ無いものの、内部に充填された赤い液体は周囲を朱に染め上げる。

 

 

「……時雨君、助かったよ、君が居なかったら直撃してるところだった」

 

「……実弾だったら僕も提督も完全にアウトだったね」

 

 

 吉野を含め、辺りはペイント液で真っ赤になっている、これが実弾だった場合、その染まった箇所は死亡確定のキルゾーンになっている。

 

 

「うん、次からはもうちょっと考えて行動する事にするよ」

 

「こんな状況になっても一歩も動く気配の無い人が言っても、全然説得力に欠けると思うよ」

 

 

吉野と同じく全身を朱に染めた時雨は操作室のモニターを見詰めている。

 

 

「でも…… もう終わり、なのかな?」

 

 

榛名 -大破- 主機沈黙 第一砲塔基部破損の表示がそこに表示されていた。

 

 

「終わり、だな、結局貴様は器用に砲を操ってはいたが、肝心の心はここに無かった、信念も無く、只反応だけする腑抜けに私は"それ"(試製51連装砲)を預けた覚えは無い」

 

「……」

 

 

 榛名は既に其処から動く事は出来ず、更に攻撃する手段も尽きた。

 

 目の前でこちらを睨む艦娘と、更に向こうに見える朱に染まった人影が視界に映る。

 

 

 ……何故か心臓が跳ね上がる感覚を覚える。

 

 

「もう戦えない相手に砲を向ける程私は酔狂では無い」

 

 

 視界の中の艦娘が踵を返す。

 

 一度は超えるべき目標として憧れ、自分の全てをぶつけた相手。

 

 

「"武蔵殺し"の看板は貰っていくぞ」

 

 

 遠ざかる後姿。

 

 あの人に勝ち、全ては達成されたはずだった、でも何かが足りなかった。

 

 

 そう…… 決定的な何かが。

 

 

 それを考える日々、戦ってる間だけは足りない何かが埋まっている気がした。

 

 なればその足りない物は戦いの中にあるのでは無いか?、そう思い全てを戦場へ注ぎ込む事にした。

 

 

 しかし容赦無い砲撃も、無慈悲な雷撃も、その足りない部分を埋める事は無かった。

 

 

 無謀な作戦程望んで参加し、形振り構わず戦う様になった。

 

 

 沈めた敵の数は増えたが、その代償として自分の戦い方はどんどん常識とは外れていき、周りには誰も居なくなった。

 

 前線を渡り歩き、足りない物の影すら掴めず、死生観が麻痺する毎日に、どんどん磨耗していく自分に気付いた時には、既に引き返せない処まで来てしまっていた。

 

 

「……」

 

 

 今、自分に背を向けて遠ざかっていく艦娘は確かに自分が目標とした存在だった。

 

 もうすぐこの演習も終わるのだろう、でも、本当にこのまま終わっていいのだろうか?

 

 迷う視線の先には、戦艦武蔵の背中と、そしてその向こうで全身を真っ赤に染め、こっちを見ている人物の姿がやけに鮮明に見える。

 

 

「……ぁ」

 

 

 胸の奥底、錆びて転がっていた小さな箱から軋む様な音が聞こえる、其処から疼きが広がり、渇望が止め処なく湧き上がってくる。

 

 このまま終われない、終わっていいはずが無い、本能がそう告げている。

 

 

 

─────────  何時か見たあの眼は、あの場所は

 

─────────  心を掻き乱すあの赤い、紅い色に咲くあの華は

 

 

 

 自分が望んだ物が、全部と引き換えにしてでも探した"何か"がすぐ目の前にあると云うのに、このまま届かないまま終わってなる物かと闘争本能に火を点ける。

 

 

「ああああ嗚嗚嗚嗚呼!!」

 

 

 回らない主機を、動かない砲塔を、引き摺る様に持ち上げ、其れを武蔵へ向ける、まだ、演習の終了は宣言されていない。

 

 その雄叫びに振り向く武蔵は、声の主を見て口角を僅かに上げた。

 

 

「……ほぅ?、やっと狩るべき獲物の眼になったな、そうか、なら止めをくれてやる、沈め!!」

 

 

 再装填される砲弾、四機八門全てにそれが送り込まれる。

 

 対して榛名は動かない砲塔に右手を振り降ろす、グシャリと嫌な音を立て激しい痛みが襲ってくるが、それを無視して再度拳を叩き込む。

 

 無理やり動かした砲が相手を正確に捉えたか確認する術も時間も無い、相手の方向へ砲身が動いた事を確認すると、武蔵を睨み付け ───────── 

 

 

 

 

 

「勝手は!榛名が!許しません!」

 

 

 

 

 

 互いの砲が火を吐き出す、片方からは八発の斉射、対する片側からはたった一発。

 

 

 刹那

 

 演習弾が着弾し、弾ける独特の音が聞こえ、衝撃が霧散する。

 

 

 

 一瞬轟いた轟音は、徐々に、糸を引く様に小さくなり、やがて波の音だけが聞こえてくる。

 

 

 

 そして演習終了のサイレンが鳴り響き、操作室上部に設置された大型モニターには新しい文字が更新される。

 

 

 

榛名 -轟沈-

 

 

 

 武蔵が放った砲弾はそのどれもこれも全て榛名を捕らえ、全身を余す処無く赤く染め上げていた。

 

 

「……」

 

 

 対する武蔵は愉し気に、そして獰猛な笑みを表に貼り付け、榛名を睨んでいる。

 

 

 

武蔵 -轟沈-

 

 

 

 その首元から赤く広がる色は、上半身の至る処に飛び散っていた。

 

 命中箇所に実弾を受けたと仮定するなら、それが大和型の強固な装甲があったとしても、胴から首が千切れ飛んでいたであろう。

 

 

「二度、同じ相手に殺されるとはな、私もまだまだだったと云う事か」

 

 

 只一撃、残された全て、意地と、想いを吐き出し、最後に武蔵を撃ち抜いた砲身。

 

 榛名の全てを武蔵に届けたその砲身には 〔乾坤一擲(けんこんいってき) 大和型弐番艦戦艦武蔵入魂〕 の文字が刻まれていた。

 

 

「ボロボロに…… されてしまいました」

 

「こちらも最後にしくじった、今回は痛み分けだ」

 

「はい…… でも、まだ終わってはいません」

 

「うむ、まだ私は負け越したままだ、いつかこの借りは必ず返す、それまで"それ(51センチ連装砲)"は預けておく」

 

「はい、今度は榛名も無様な姿を晒しません」

 

 

 榛名の言葉に満足したのだろうか、それ以上の言葉は口にせず、只カラカラと笑いながら武蔵はその場を後にする。

 

 

「……」

 

 

 黙って武蔵を見送った後、榛名は大きく、静かに、一度だけ深呼吸する。

 

 戒めが解かれた主機に火を入れて、自分を見ているだろう岸に立つ男の下へと航路を定める。

 

 

 そして首に貼り付けたマイクに手を添え、(はや)る気持ちを押さえ付け、言葉を選んで問い掛ける。

 

 

「……提督、榛名は"強くなりましたか?"」

 

 

 そう榛名が問い掛けた男の姿はまだ遥か彼方、それでも艦娘の視力を以ってすれば、表情の変化すら捉えられるだろう。

 

 

「え…… いやまぁ君が弱いって言うなら、誰の事を強いって言えばいいのかなぁ」

 

 

 そう苦笑交じりに男が返事を口にする、それは榛名が聞きたい答えでは無い。

 

 少し不満気な相を表に出しながら、再び榛名は男に問い掛ける。

 

 

「榛名は…… 榛名は……」

 

 

 

 

    『日本一の……ムサシさんより、つよく、なったでしょうか?』

 

 

 

 

 榛名の問いに、昔自分が少女に言った言葉を思い出し、驚きの表情を浮かべた男は、それでもすぐに口元を綻ばせて

 

 

 

 

 

    『ああ、俺の艦隊の戦艦榛名は、武蔵を倒した日本一強い艦娘さ』

 

 

 

 

 

 そう答えた。

 

 

 

 榛名の心の奥に転がる、二度と開くはずが無かった、錆び付いた小さな箱の蓋が開け放たれる。

 

 其処には何も入っていなかった、少女が艦娘になった時、其処に詰まった小さな宝石は全て消えたのだから。

 

 それでも再び開いた小さな箱には、たった今、"あの日"と同じ小さな宝石がコロリと一つ転がり込んだ。

 

 

 

─────────  巨大で歪な砲を背中に据えた艦娘の目からは、涙がはらはらと(こぼ)れ落ちた

 

 

─────────  声も無く、しかし頷きもせず、只はらはらと両の目から涙を(こぼ)した。

 

 

 

 自分は強くなりたかった。

 

 武蔵の様な強い存在になりたかった。

 

 そして今なら判る、自分はただ強くなりたかった訳では無く。

 

 

 あの日血に塗れた、それでも笑って戦艦武蔵を強いと言ったこの男に自分は認めて貰いたかったのだと。

 

 この"吉野三郎"という男に強いと言って欲しかった、ただそれだけだったのだと。

 

 

 

 碌に覚えていない微かな思い出、小さな決意。

 

 それを探す長い長い時間はやっと終わりを告げた。

 

 

 戦場に身を置く榛名には、これから終わりの無い戦いに身を投じる日々が続くだろう。

 

 それでもその胸の奥にある宝箱には、終わってしまうその日まで、小さな宝石が少しづつ転がり続ける。

 

 そしてそれは二度と消える事は無い、何故ならもう榛名は少女では無く艦娘なのだから。

 

 

「随分とまぁ、派手にやられたモンだねぇ、大丈夫かい?」

 

 

 そう苦笑交じりに頭を掻く男に

 

 金剛型戦艦三番艦榛名は、涙を拭く事もせず、あの日、小さな箱庭で見せた少女と同じ満面の笑顔を浮かべてこう答えたのだった。

 

 

 

 

「はい、榛名は大丈夫です!」

 

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

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