大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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2016/09/16
 誤字脱字修正致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


老将、語る

「ふむ、存外抜けた顔しとるのぉ」

 

 

 開口一番、白い髭を乗せた口からそう言葉を発した人物は、壁に設えられた大型の液晶画面の中で口角を僅かに上げている。

 

 

「はっ、締まらない(つら)は生れつきであります故、申し訳ありませんが自分では如何とも出来兼ねます、少将殿」

 

 

 その液晶画面に向って、そう言葉を返す吉野三郎中佐(28歳独身マックではフィレオフィッシュしか食べない派)は、やる気無さ全開で敬礼をしつつそう答えた。

 

 場所は大本営執務棟地下3F、有事の際シェルターの役割を兼ねる地下施設の最も警備が厳重な〔地下指令施設群〕の内の一つ、"小会議室"。

 

 

 "会議室"は大中小各一部屋づつ存在し、平時でも利用可能な施設でもあるが、基本将官以上の人間しか利用を許可されない。

 

 軍の中枢にあって防諜が常である大本営に於いて、地下会議室は"盗聴が不可能な唯一の場所"として存在し、盗聴機器の設置や監視用機器の設置・持ち込みは厳禁とされており、管理者も定められていない。

 

 軍の中には派閥が多数存在するが、この場は"完全な共有空間"として暗黙の了解の下運用されており、例え軍のトップであろうがここの中で行われている会話を知る術は無い。

 

 

 吉野は重巡洋艦妙高が着任した夜、業務終了時に"前任地の提督からの預かり物"として封筒を一つ渡された。

 

 その中を確認すると、時間と場所を指定した文章のみが書かれた紙が一枚入っていた、文末には岩川基地司令の染谷文吾少将の直筆のサインと、それを証明する印が押されている。

 

 

 それから二日後の1900、指定された場所、大本営地下小会議室にて、吉野は岩川基地司令長官染谷文吾少将との会談の場に着いていた。

 

 

「いやすまんのぉ、儂は思った事がすぐ口をついて出る性質(たち)らしくてのぉ、まぁナンだ、愛嬌のある顔?、とでも言うか……」

 

「いや少将殿…… お気遣い大変有り難く思いますが、無理にフォローをいれなくとも…… その……」

 

「そうか? ふむ、なら遠慮はせんでおこうかの、それと儂の事は染谷で良い、少将殿と畏まられてはこそばゆい」

 

「はっ…… しかし」

 

「良い、今日は本音で話す為に会議室を押さえた、いらん気遣いで話を濁らせたく無い」

 

「……承知致しました、染谷長官」

 

「堅いのぉ、まぁ自分の上司の師匠を前に緊張するのは仕方ないが、相手の求めとるモンを汲んで合わせる事も礼儀の一つじゃぞ?」

 

「はっ、勉強させて頂きます」

 

 

 岩川基地司令長官、染谷文吾(そめやぶんご)少将。

 

 艦娘が世に顕現する以前、まだ日本の防衛組織が"自衛隊"と呼ばれていた頃から深海凄艦と戦ってきた猛者であり、この戦争では国内から前線に至るまでの補給線を敷き、安定させた立役者であり、戦闘面においても"用兵の染谷"と称される程、艦娘の運用法では相当評価が高い。

 

 本来なら大本営に召還され、階級も大将を用意されるはずであったが、本人がそれを辞し、生涯現場主義を貫いている為、一拠点の司令長官に収まっている。

 

 しかし兵站の中枢を支えている事もあり、現場・大本営共に影響力は強く、大将の上の少将等と揶揄される時もある。

 

 

 それより吉野にとってやり難いのは、この染谷文吾少将は、自分の上司である大隅巌大将の師匠であり、その現秘書艦吹雪の最初の司令官だった人物であるという処だろうか。

 

 顔を会わせた事も無ければ話した事も無いが、自分が逆らえない人間の更に上の人間と話す事になるのだから、多少の緊張は仕方が無い。

 

 

「ところでどうだ妙高は、中々面白かろう? アレは見た目上の者を立てて見せるのが得意じゃが、無能に対してはとことん辛辣じゃ、おんしがどんな扱いを受けとるか聞きたい処じゃがのぅ」

 

「扱いと言いますか、初対面で色々見せて頂きました、後は…… まぁ、少々特殊な飲み物をご馳走になった位で……」

 

「う…… うむ、そうか…… あの絵の具水を飲まされたか、それはまぁ…… 難儀だったのぅ……」

 

 

 そう言う染谷はどこか遠くを見る目になり、対する吉野の目からはハイライトが消えている、恐らく二人の心は、赤青黄色の宇宙の彼方に旅立っているに違いない。

 

 

「まぁ、アレの特殊な嗜好は別としてじゃ、おんしに言うておく事があってのぅ」

 

「何でしょうか?」

 

「今回の異動の件に関して、アレは納得しておらん、艦娘として命令には逆らえんからそっちに行ったが…… 送り出すのも相当苦労したわい。」

 

「一応彼女には拒否権があったはずでは? 何故無理やり異動させたのです?」

 

「儂は老い先短い、恐らくもう片手の指を数えるまでにはこの席に座っておる事も無いじゃろうて」

 

「それはまた……」

 

「もし儂がおらん様になって次の司令官が来たとしたら、恐らく妙高は排斥される、アレは事務方としては優秀だが長く裏を見過ぎた、今更他の拠点に送ってもそこの連中には手に余るじゃろう」

 

「自分の認識としては、染谷長官の元で腕を振るっていた秘書艦を就けて貰えるなら、後任の指揮官は色々楽なのではと思うのですが」

 

「儂のやり方を知り、そして長年基地の艦娘をまとめてきたアレが居たとして、後任が自分流のやり方をしようとしても邪魔になるだけじゃよ、そして基地の艦娘達も恐らく妙高と意見を同じくするだけじゃ、そうなると指揮官にとっても艦娘にとっても双方に(えき)は無い」

 

「それが判っているなら、今からでも後継者を育てるか探してみては如何です?」

 

「時間が足りんわい、それに今の戦局を見るに、儂の息が掛かったモンをこの要所に据えるなんぞ大本営が許さんじゃろう」

 

 

 染谷文吾という男は用心深く、そして石橋を叩いて砕く程の慎重派で通っている。

 

 大規模作戦実施時に於いてもそのやり方は顕著に見られ、少しでも不確定要素があれば絶対に首を縦に振らない、そういうスタンスでずっとやってきた。

 

 岩川基地は南方方面に対する兵站の要である、そこが機能しないと前線への物資や戦力の供給がままならない、故にそこの主である染谷が動かなければ作戦自体成り立たない。

 

 なまじ発言力があり、そして武勲も申し分ない人物であったからこそそれは認められてはいたが、逆を言うと新規海域を開放して支配海域を増やしたい"鷹派"と呼ばれる連中には目の上のなんとやらには違いない。

 

 その邪魔者がやっと居なくなるのに、その後継となる人物を置く事は今後の作戦立案に大きく影響を及ぼす事は火を見るより明らかだ。

 

 恐らくそれに関係してであろう、岩川基地の後任人事に関して染谷少将が関わろうとしても"何故か"いつも芳しい結果に結びつかない。

 

 

「現場に拘り過ぎ、周りを鑑みなかったツケが回ってきたのも知れんのぅ」

 

「しかし染谷長官のやり方に賛同する勢力もあったはずですが……」

 

 

 そこで吉野は大隅大将含め、慎重派と言われている面々の名前を口に出そうとしたが、モニターに映る染谷の表情を見てその言葉を飲み込んだ。

 

 薄く自嘲の笑みを表に貼り付ける老骨の少将の目は、既に何かを悟っている者特有の色をしている。

 

 恐らくは自分が考えている諸々の事など既に実行したに違いない、そしてそれが徒労に終わった事も、長年傍に置いていた秘書艦を異動させた現状を見れば既に答えは出ている。

 

 

「まぁ儂の方も色々ある訳じゃが、そんなジジイの愚痴よりもじゃ、今は妙高の話じゃ」

 

「ああはい、確か無理やり異動させた……と仰いましたね」

 

「そうじゃ、アレは誰に似たのか頑固者でのぅ、異動させられるのなら解体しろとまで言うての、ほとほと困っておったんじゃ」

 

「それだけ染谷司令に陶酔しておられたのでしょう」

 

「うむ…… 共に長く居過ぎた、アレには部下というより娘に近い接し方をしていたのは認めよう、しかし現状艦娘の絶対数は限られとる、ジジイが引退の時連れて行くなんぞ許される訳は無いし、解体するのも忍びない」

 

「心中お察し申し上げます」

 

「そこでじゃ、心当たりの幾つかに妙高の件で打電したらの、丁度新設する部署で事務能力の高い人材が必要なので引き取ると大隅から返事が来ての」

 

「成程、確かにウチに必要な人材ではありますね」

 

「で、先に異動手続きをする事で周りを固めておいて妙高に異動命令を出した訳じゃが、まぁゴネにゴネまくってのぅ……」

 

「あー…… ですかぁ」

 

「仕方無いんで、"もしお前が仕えるに値しない輩なら、お前の好きにすればいい"と言うて納得させたんじゃが……」

 

「……ええと、その、好きにすればいいとは…… どういった内容で?」

 

 

 歴戦の将官の言葉に、静かに相槌を打っていた吉野だが、何故か物凄く、とても嫌な予感がした。

 

 例えるなら大規模作戦が実施され、ガッツリ海域を攻略していったが、一向にE6の攻略が進まず、もしかしてE5おかわりしないといけないのではないかとギミックを疑う攻略勢の心境に似ている。

 

 むしろあの地獄のE5アゲインは資源と頭皮に深刻的なダメージを及ぼしたと思うのだが、春風タソのドリルに免じて許してやらん事も無い。

 

 そしてアイオワは何故母港の台詞が全部英語なのに改修時の台詞は流暢な日本語交じりなのだろう?、でもエロいから許すというメタい話はどうでもいい。

 

 

「うむ、それなんじゃが…… 恐らくこの異動が納得いく物で無いと判断した時は、アレは己の命を絶つじゃろう」

 

「……はい?」

 

「アレの行く先はもう前線には無い、常に儂の影が付き纏う故に指揮官クラスの者は使い辛いじゃろうしの、現に引き取りの意思を伝えてきたのは大隅だけじゃったわい」

 

 

 悪い予感という物は得てして当たり易い物だ、むしろ良い予感という物に巡り合ったと云う経験の方が稀では無いだろうか?。

 

 この時吉野の中では現実逃避と言われてもおかしくない思考が渦巻いていた。

 

 この第二特務課に召還される艦娘は確かに能力こそ高いものの、それは一芸特化と言うには手に余る代物で、しかも今まで着任した艦娘は漏れなく致命的な問題を抱えて来た者ばかり。

 

 もしかするとこの部署は何か任務をこなす為に設立された訳では無く、ここに来る艦娘をどうにかする為に創ったのでは無いだろうかと疑う程前途多難な惨状である。

 

 

 現にまだ確たる任務が与えられてる訳では無く、その前段階である艦隊編成の時点で既に吉野の毛根にはかなりのダメージが蓄積している。

 

 仮にこのまま上手く任務がこなせる状況まで持っていけたとしても、その頃には吉野の頭は江戸時代の侍か、某国民的アニメの波heiさんのチョロ毛HEADみたいになっているのではなかろうか?。

 

 いつもならガリガリと頭を掻くのが吉野三郎(28歳独身まだ育毛剤で間に合うハズ)のクセではあるが、今回ばかりは指で優しく頭を撫で付けていた。

 

 

「アレは見た目歳若い小娘じゃ、しかしの、儂が岩川で戦ってきた時は常にアレが横に()った、儂が経験してきた事はアレも経験している、故にアレも古強者に違いは無い、艦娘は歳は取らんが心は歳を取る、古今東西年寄りは人の話は聞かんし、頑固者と相場は決まっておる。」

 

 

 そう言った老少将は、吉野を睨む様に見据えた。

 

 

「儂はおんしが何者か知っておる、何故そうなったかも知っておる」

 

 

 その言葉に一瞬吉野の顔が強張ったが、すぐに老少将が言う処の"抜けた顔"を装う。

 

 

「何物か…… ですか?」

 

「大隅がおんしを拾ってきた時にの、ちぃと頼まれ事を引き受けての、海軍三校に席を置いた事も無い者を大本営に置くには、当時の奴にはツテが儂しか無かったようでのぅ、まぁその縁で色々聞いてはおる」

 

「そうでしたか…… 成程」

 

 

 一度は平静を装ってみたが、染谷の言う自分の情報が嘘ではあるまいと判断した吉野は誤魔化す事を止め、無遠慮な視線をモニターに向ける。

 

 その顔からは表情が抜け落ち、一切の感情を内に閉じ込める。

 

 

「……ほぅ? それがおんしの"もう一つのツラ"か、まるで表情が読めんのぅ、儂も色んな"影法師"を見てきたが、大隅が言っとった"一番狗に向いてる男"と言うのも満更では無いのかも知れん」

 

「それで、自分の出自が今回の妙高君の件に関して何か関係が?」

 

「まぁの、"どっち寄りでも無い"中立的な見方が出来るおんしなら、情に流されず、関わった艦娘に正当な評価と待遇を与える事ができるじゃろ」

 

「救ってくれ、とは言わないんですね」

 

「先に言うたが儂はアレと長く居過ぎた、娘と思う程にの、じゃからもうアレの事に関しては贔屓目抜きでは見れんよ、しかし軍の、それも一端であれ現場を指揮する者としてはそれでは筋が通らんのじゃよ」

 

「だから自分に任せると、しかもそれは最悪彼女の生き死にに関わる物だと、こう仰いますか」

 

「まぁそうじゃのぅ」

 

「少将殿、それを世間では"丸投げ"と言うんですよ?」

 

「カッカッカッ、おんしは知っとるかのぅ? 将官の仕事の八割は厄介な仕事をそれに適した人間に回す事じゃ」

 

「後の二割は?」

 

「酒の席で部下の愚痴を黙って聞いてやる事じゃの」

 

「申し訳ありませんが、生憎と自分は酒に酔う事が出来ません」

 

「知っとるよ、まぁ難儀な体じゃな、しかし逆に言えば潰れんなら部下の愚痴も聞き放題ではないかのぅ?」

 

 

 〔のれんに腕通し〕、吉野がこの会話で出した結論を端的に現すならこう言うだろう。

 

 妙高を無理やりにでも異動させた経緯といい、この会談といい、既に逃げ場を無くしてから相手と話を進める。

 

 確かに狡猾だ、厄介な仕事をそれに適した人間に回すという仕事をきっちりこなしている。

 

 要するに今回も"また"頭皮に優しくない厄介事が目の前に転がってる訳だ。

 

 ならやるしか無いだろう、なんせ今自分はその"厄介な問題を抱えた艦娘"の提督なのだから。

 

 

 そう腹を括った。

 

「それとの、もし妙高が自分をどうにかしようとした時は無理に止めるでないぞ?」

 

「何故です?」

 

「アレは目的の為には手段を選ばん性質(たち)でのぉ、邪魔すれば道連れ待った無しじゃ、確実に殺されるでの。」

 

「えぇぇ~……」

 

 

 

 吉野の提督としての覚悟は僅か30秒も経たずに崩れ去った。

 

 

 

                                    




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