大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/04/19
 ルビの打ち間違いを修正、誤字修正。
 
 坂下郁様、orione様、ご報告有難う御座いました、大変助かりました。



妙高の覚悟、提督の覚悟

「吉野中佐の仰っている事が今一つ理解出来ないのですが」

 

 

 そう言う重巡洋艦妙高は、笑顔の割には近寄りがたいオーラのバリアで防御を固め、向かいに座る吉野三郎中佐(28歳独身コイケヤよりカルビー派)に攻撃的な視線を向けている。

 

 場所は大本営執務棟2F、第二特務課施設リビングルーム、時間は0025、深夜である。

 

 

 岩川基地司令長官染谷文吾少将との会談から数えて三日、吉野は今目の前に居る重巡艦娘の"破滅へのカウントダウン"阻止の為、何か出来ない物かと無い知恵を搾り出していた。

 

 まぁ搾り出すと云うか"無い知恵を絞る"為の情報が少な過ぎて時間を無駄に浪費しただけだったのだが。

 

 

 では何故吉野の行動が徒労に終わったかと云うと、それはまったく単純な事で、この妙高が抱えている問題の核は、他人が関わるという外因的な物の類いでは無く、心の問題、要するに個人的な物が起因であった事。

 

 幾ら情報を集めようと、理知的な解決法を模索しようとしても、人の心という何ともファジーで理不尽な部分が大本なのだから、結局の処本人と話をして原因を特定し、説得するしか方法は無いのである。

 

 

 まぁこの辺り、そんな単純な事に気付くのに数日要してしまったのは褒められた物では無いだろうが、他に試せる手段を模索する時間も余り無いのは間違い無い上に、部の悪い賭けに負けたとしても無くすのは最悪吉野自身の命だと云うのもあって、多少無謀であるが吉野は行動を起こす事にした。

 

 

 作戦名〔当たって砕けろ〕

 

 砕けるつもりは毛頭無いが、もう色々ややこしい事をこねくり回して頭皮のダメージを蓄積するなら、本人と直接話をしてどうにかしてしまおうと、この男は半分投げやり的な行動に出たのである。

 

 先ず失敗すると流血沙汰になると聞いていたので、部外者が立ち入らない特務課施設で、そして第三者が絡まない様に深夜に妙高を呼び出し、更に簡潔に話を進める為に吉野が発した第一声が

 

 

「妙高君、どうすれば君の自決を思い留まらせる事ができるかな?」

 

 

 であった。

 

 この行動を簡潔に表現すればバカである、いきなり夜中に呼び出されて一体何事かと思ってみれば、唐突に口から出た第一声がこれ。

 

 普通いきなりこんな事を言われれば相手の正気を疑う事は間違いないだろう、当然の事だ。

 

 そして結果として妙高の口から出た言葉が、冒頭での物であるのは極自然な物であろう事は難くない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ん? ああいやそのまんまの意味だけど?」

 

「ですから、何故私が自決しないといけないのでしょうか?」

 

「あ~ 一昨日にさ、自分、染谷少将殿と会談したじゃない?」 

 

 

 染谷の名を吉野が口にした瞬間、妙高の表情が更に訝しむ物になる。

 

 

「んでその時言われたんだよね、今回の異動に妙高君は納得してなくて、もし異動先の上司が気に入らない人物なら多分自決するだろうって」

 

 

 暫しの静寂。

 

 妙高は押し黙ったままテーブルに視線を落とし何かを考えていたようだったが、すぐに何か思い至ったのだろう、深く溜息を吐くと吉野に視線を戻した。

 

 

「成程、吉野中佐が何を考えてらっしゃるかは判りませんが、染谷司令が何を中佐に吹き込んだのかはよっく判りました」

 

「それは何より、んで、妙高君の自決を止める方法ってどうすればいいのかな?」

 

「ですから、何故私が自決なんか─────  」

 

「─────妙高君」

 

 

 吉野はテーブルに肘をついて頬をその上に乗せると、じっと目の前の艦娘の目を覗き込む様に見詰める。

 

 

「本音で、話そうか、君が抱えてる問題の核は君自身の異動人事に関しての事…… というか、ぶっちゃけ自分と君の間にある関係性の問題だと認識しているんだけどどうだろうか?」

 

「何故そう言い切れるのです?、それ以前に私が何故現状に不満を抱いていると言うのです?」

 

「少なくとも君は自分の事を上司として認識してはいないよね?」

 

「……」

 

「多くの艦娘は人の強い想いに呼ばれこちらに顕現(けんげん)し、人を守る為の戦いに身を置く事で自身の個としての存在をより強く認識する、そして艦娘は己に戦う場所を与え、命令を下す…… 自身が付き従うべき人間に依存する傾向にある」

 

「……」

 

「そして前線から長らく遠のいていた君が、自身の上司に依存をしないと云うのはちょっと考え難い、更に、今現在君は自分の事を"吉野中佐"と呼び、染谷少将殿を"司令"と呼んでいる」

 

「……そうですね」

 

「そして現在君が自分の上司として認めているのは染谷少将殿だとしたら、当然君自身の認識では今も変わらず、所属は岩川基地になっているんじゃないのかな?」

 

「仮に私の認識がそうであったとして、何故私が自決すると云う結論になるのか判りません」

 

「今君が言ったのが本音か嘘か判らないけど、現状君にはもうここ以外居場所は無いという事は判ってるはずだ、そしてその状態でこのままいけば間違い無く君自身は自決の道を選ぶ、それは君が一番信用している染谷少将殿が言い切った事なんだよねぇ、そこんとこどうなのかな?」

 

 

 再び二人の間には静寂が訪れる、妙高としては適当に理由を並べこの場を取り繕う事は簡単な事ではあったが、それは同時に染谷が己の仕えるべき主である事を自ら否定する事に他ならない。

 

 何があってもそれだけはしない、出来るはずがない、何故なら吉野が言う様に、今もこの妙高型一番艦の中で主は只一人、染谷文吾少将のままなのだから。

 

 

 

「無理に返事は聞かないさ、無言というのが君の出せる精一杯の答えなんだろうしね、まぁそれを踏まえて重ねて聞くけど、どうすれば君に自決をさせず、自分が君の提督として認めて貰えるのか教えて貰えるだろうか?」

 

「……私が提督として付き従う方は染谷文吾少将只一人です、あの方と共に戦い、あの方と共に生き、そしてあの方が靖国に入るのであれば私も共に逝く、それが私の願いであり、私自身の存在意義です」

 

 

 吉野を見据える妙高の目には迷いは無く、何物も寄せ付けぬ意思の強さがそこに表れている。

 

 成程、共に居た時間の長さも相当だが、生きる事も死ぬ事も分かち合い、肉親よりも硬く結ばれた絆を第三者がどうこうしようだなどと云うのは、土台無理な話に違いない。

 

 

 ならこのまま"彼女が自身の身の振り方を決める"のを認め、その後補充の人員を申請した方が状況的に楽だろうし、双方丸く収まる良い方法なのでは無いだろうか?。

 

 

「…………ははっ、無いな、それは無い」

 

 

 そう自嘲交じりの言葉を吐き出した吉野は、さぁやるかと腹を括り、目の前の艦娘が見据える視線を真っ向から受け止めた。

 

 

「成程、君の考えは理解した、その上で自分は君の上司(・・・・)として話をしよう、現状自分は岩川基地司令長官染谷文吾少将から正式な手続きを経て、妙高型一番艦妙高を受領し、自分が指揮する艦隊へ編入した」

 

 

 その言葉を聞いた妙高の目には明らかな怒りと、そして殺意が見え隠れしている。

 

 

「そして君は今現在自分の指揮下に在り、この第二特務課の貴重な戦力の一翼を担っている、故にその戦力の損失に繋がる行為は如何なる理由があろうとも、"提督として"認める訳にはいかない」

 

「私がその"提督の命令"を拒否したとしたらどうされます?」

 

「軍規に則って、君の命令拒否の理由が認められるかどうか、然るべき筋へ話を振って、判断を仰ぐ事になるだろう」

 

「成程、私は"手続き上"異動命令を受け入れ、こちらに編入されていますから…… "提督の命令"に対する拒否が認められる事はなさそうですね」

 

「そうだろうね、君の抱えてる事情は極個人的な問題だ、そんな物(・・・・)に指揮官からの命令が曲げられる事は先ずあり得ない」  

 

「成程…… なら、仕方ありませんね」

 

 

 妙高はそう言うと、小さく溜息を吐き、袖口から短刀を抜き放つと、己の喉元を裂こうと刃を引いた。

 

 

 

─────────  噴出す赤い飛沫

 

 

 

「……邪魔をするなら貴方も死ぬ事になりますよ?」

 

 

 短刀は妙高の喉には届かなかった、その代わりにそれを遮る形で割り込ませた吉野の左腕の、肘から先が足元に転がり、傷口からは(おびただ)しい量の鮮血が噴出している。

 

 

「……ああ、染谷のジイサンが…… そんな事…… 言ってたっけな」

 

 

 そう言う吉野は切り落とされた腕に構う素振りも見せず、右手で妙高の襟首を掴み、自身へ引き寄せ、お互いの額と額が触れ合う程近くに顔を寄せてきた。

 

 一瞬眉根を寄せた妙高は、右手に握られた短刀を迷わず吉野の左脇腹に突き立てる。

 

 

 刃渡りは30cm程はあろうかと思われるそれの2/3程が吉野の腹の中に埋没する。

 

 焼きゴテを腹の中に差し込まれたのではと思われる程の熱を感じ、思わず悲鳴を上げそうになるが、ぐっとそれを喉に押し込んだ。

 

 

「聞こえなかったんですか? 邪魔をしないで下さい」

 

「話は…… まだ、終わって…… 無いんだけどなぁ……」

 

 

 腹部に感じていた熱は、少し収まる代わりにそれ以上の痛覚を呼び覚ます、今刺さっている短刀は内臓のどこかへ達しているのは確実だろう、それをほんの僅か、少し捻ねれば死は避けられないと云う状況。

 

 それでも吉野は一歩も引かない、引かないと腹を括ったからには引いてやる理由は無いと意地で妙高を見据える。

 

 

「提督!?」

 

 

 後ろから悲鳴に近い時雨の声が聞こえる、それ程大きな音を立てた覚えは無いのだが、通常課の者は寝静まっている時間帯であった為に、リビングに隣接した部屋に居る時雨にはその僅かな争う音が聞こえたのだろうか、様子を見に出てきた様である。

 

 そしてそこに現れた小さな秘書艦は、自分が守るべき提督が凄惨な状況で目の前に居る事に一瞬唖然としていたが、すぐさま状況を飲み込み、自分がするべき事を成す為に行動を起こした。

 

 

 恐ろしく早い速度で距離を詰めつつ軍刀を抜き出す、そして迷い無く振り抜かれる刃、それを吉野の脇腹から引き抜いた短刀で妙高は受けた、小振りの物だが時雨の振り抜いた関孫六を受け止めて折れない処をみると、短刀も結構な業物なのだろう。

 

 ほんの一瞬で行われたその様を横目で見た吉野は、修羅場で出すには間の抜けた調子で言葉を口から搾り出した。

 

 

「あー…… エフッ、寝てるとこ起こしちゃったかなぁ…… すまないねぇ……」

 

「何言ってんのさ提督っ! なんで…… 何これ? どうして!」

 

 

 どうやら時雨は軽く混乱している様だ、軍刀を握る手は震え、短刀と交わる刀からはカチカチと音が響く。

 

 

「……今、ちょっと込み入った話をしててねぇ、すまないけど引いてくれないかな?……」

 

「そんな命令聞ける訳ないじゃないか!」

 

「時雨!!」

 

 

 怒鳴り声に肩を跳ねて動きを止める時雨、その声に妙高も体を強張らせる。

 

 

 

「……問題ない、まだ、大丈夫……」

 

 

 

 そう言った吉野の目は時雨を真っ直ぐ見詰めている、その苦し気な表情を見ると体の芯から熱が抜け、震えが止まらなくなるが、それでも自分の主が大丈夫だと、そう言った。

 

 一緒に居た時間はそれ程長い訳では無かったが、自分が主と決めた男はこんな時に嘘や誤魔化しは言わないのは知っている。

 

 

「何をしてるんですかっ!」

 

 

 声がする方向へ目を向けると、騒ぎを聞きつけたのであろう榛名が、今正にこちらへ飛び掛ろうとしている処だった。

 

 それを見た時雨は、榛名の体に抱きつく様に押し留め、それ以上榛名が前に出れない様に足を踏ん張った。

 

 

「時雨ちゃん!?」

 

 

 小さな秘書艦は顔を上げれない、ポロポロと涙を流しながら榛名を押し留める事しか出来ない、それが今主が自分に対して求めている事だと判っているからだ。

 

 

「どうしたの!? 離して時雨ちゃん! 提督が…… 提督が!」

 

 

 視界の隅で榛名に必死でしがみ付き、呻き声しか上げない自分の秘書艦を見た吉野は、泣かせてしまった罪悪感と、徐々に増してくる痛みに顔を歪めながらもう一度二人の艦娘に声を掛ける。

 

 

「ちょっと今お話し中でね…… まぁアレだ、ヤバくなったらギブアップするからその時はヨロシク」

 

 

 一方妙高は、その時吉野の様子がおかしい事に戸惑っていた、正確に表現するなら吉野の体の様子が、だが。

 

 ついさっきまで鮮血を(ほとば)せていた左腕からは、今は赤い雫が垂れる程しか出血しておらず、突き刺した脇腹からの出血もほぼ止まっている。

 

 止血などしていない、体内の血液が全て流れ出たなんて事もあるはずが無い、なのに出血が止まっている、一体何が起こっているのだろうか?。

 

 不可解な様に気を取られていたが、不意に掛けられた言葉にその思考が中断される。

 

 

「さあ、話の続きをしようか妙高君……」

 

 

 そう言った男の顔は先程から変わらぬ、ややくたびれた相を表に貼り付けた物だった。

 

 自分の右手を見る、そこにはまだ短刀が握られたままだった。

 

 後一刺し、もう一振り、それだけでこの男の命は奪えるはずだ。

 

 その証拠に目の前の男は出血は止まっているものの、顔面からは血の気が引いており、自分の襟首を掴む手は微かに震えている。

 

 

 ほんの少し、後もう少し、行動を起こせば自分の望んだ結果が得られるはずだ、なのに何故?、どうしてそうしない?。

 

 

 

「どこまで話したっけな…… ああもうめんど臭ぇ……」

 

「め…… 面倒って……」

 

「ええと、あー…… 要するにだ、君は前任地の司令官に放り出された、もうお前の席はここに無いから、次大本営な? だったか……」

 

「なっ!? 貴方は一体何を言って……」

 

「ぶっちゃけた言い方だけど、要するにそういう事でしょ?」

 

「違います! あの方は先の事を見据えて…… 私の事を考えてこの異動を仕組んで……」

 

「何をどう繕おうが…… 実際問題変わんないでしょ」

 

「違う!、貴方に一体あの方の、私の気持ちの何が判ると言うのですか!」

 

「判んないねぇ…… だって本音話して貰った事無いんだし、それに"君の事を心底考え抜いて"、生きて欲しいと願って送り出した人の気持ちを無視して、只だだをこねているだけの我侭娘の言葉なんか……判りたくも無い」

 

「この…… この気持ちが我侭というなら…… 共に在りたいと思う気持ちがいけないと言うのなら、これ以上…… 私にどうしろと言うのですか!」

 

 

 冷静で冷徹な仮面を被っていた艦娘は、一番触れて欲しく無い部分に触れられて我慢出来なくなっていた。

 

 父と慕った老将に命令され送り出される、それが意味する事は、軍人として残された時間が僅かな老将との、そう遠くない未来にある今生の別れを受け入れる覚悟が必要だった。

 

 しかしその覚悟をするにはこの異動は余りにも突然で、そして心の逃げ場すら用意されていなかった。

 

 その先に必ず来るであろう孤独と不安に自分は耐える事は出来ないだろう、だからせめてその孤独が訪れる前に自分自身にケリを付ける、そう決めて妙高はここに来た、そう決めていたはずだった。

 

 

「私に…… どうしろと…… 言うのですか……」

 

 

 自分を律する為、自分の弱さを隠す為の仮面はいつの間にか剥がれ落ちていた。

 

 その仮面の下にあったのは、年甲斐も無く、ただ何かに怯え、涙で顔をくしゃくしゃにした艦娘の顔だった。

 

 

 吉野は襟首を掴んでいた手を妙高の背中に回し、自分へと抱き寄せ、今にも飛びそうな意識に渇を入れながら、泣きじゃくる艦娘へ言葉を掛ける。

 

 

「残念ながら…… 俺は釈迦(しゃか)でも菩薩(ぼさつ)でも無いから…… そんな厄介な問題をどうにかしてやる事は出来ないな……」

 

 

 もうちゃんとした考えが出来る程思考が回らない、だから投げっぱなしの、伝えないといけないと思う事を淡々と、今耳元で声を殺して泣いている艦娘に伝える事にする。

 

 

「それでもだ、俺は染谷少将から…… 君の事を任された、命を託された、なら俺は、俺にできる事で君に向き合う事しか出来ない」

 

 

 そうしてゆっくりと肺に空気を溜め込んで、掠れる声で言葉が消されない様にしっかりと口から言葉を搾り出す。

 

 

「君は、……いや、この俺の艦隊に所属する君達の命は、任務の為、守る為にこの俺が使わせて貰う、その代わり俺の命はくれてやる、全身全霊を以って俺が君達に命令を…… 生きる価値と、居場所を与えてやる」

 

 

 足元から力が抜けていき、ズルズルと体が重力に引かれていく。

 

 

 

───────── 暗転

 

 

 

 大本営第二特務課々長吉野三郎は、そのまま崩れる様に倒れ、意識を手放した。

 

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 どうか宜しくお願い致します。

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