大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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2017/07/25
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、鷺ノ宮様、有難う御座います、大変助かりました。


結局、押し切る事になる

「三郎ちゃんのやる事は突飛過ぎて、呆れて物が言えないのです」

 

 

 三白眼から睨みを効かせた視線を振りまいて、暁型四番艦電は目の前に居る大本営第二特務課々長吉野三郎(28歳独身入院中)に、やや怒気を孕んだ言葉を投げ掛けた。

 

 

 場所は大本営医務局、海軍に所属する者全ての健康を一手に担い、更に日々艦娘だけでは無く、深海凄艦の生態調査まで取り扱う海軍の研究施設である。

 

 

 その研究施設の長を勤めるのは暁型駆逐艦四番艦電、"最初の五人"と言われた艦娘の内の一人。

 

 他の四人共々戦争初期の海軍を支え、数々の戦場を渡り歩いたが、まだ艦娘運用も禄に確立されていない時代に無茶ともとれる転戦を繰り返したせいで、軍の戦力が整い、本格的に反抗戦を始める頃には既に前線へ立てる状態では無くなっていた。

 

 これは他の四人も概ね同じ状態で、現在は其々一線は退いているものの、各々が得意とされている分野へ従事しており、この電は医療面で艦娘を支える道を選び、研究者として医務局の長を勤めている。

 

 

 その容姿は他の"駆逐艦電"と変わらぬ物であるが、暁型駆逐艦が身に着けているセーラー姿では無く、青いタートルネックのセーター、黒いタイトスカートに同色のタイツ、そして白衣を羽織った姿は小さい体躯も相まって一見アンバランスにも見える。

 

 しかし髪を下ろしたその横顔からは見た目とは反して落ち着いた雰囲気が感じられ、彼女が少女の姿をした艦娘ではあるが、内面は充分成熟した大人なのだと言う事が見て取れる。

 

 

「大体の事情は聞きましたし、お仕事ならある程度の無茶は仕方がないのかも知れませんが、物には限度というものがあるのです」

 

 

 半分小言然とした言葉を聞かされている吉野の姿は、切断された左腕をギプスで固定され、首元や四肢の根元に液体が流れる管や、ケーブルの様な物が刺されている。

 

 ベッドの周りには医療用の機器であろうか、用途不明な機械が並び、さながらICU顔負けの雰囲気を醸し出している。

 

 

「デンちゃん…… 良っく判ったのでそろそろ勘弁して欲しいんだけど……」

 

「い・な・づ・ま、なのです、はぁ…… それだけ憎まれ口を叩ける余裕があるなら今日は面会させても大丈夫そうですね」

 

「無理言って申し訳ない」

 

「判っているとは思いますが、本当はまだ眠ってないといけない状態なのです、痛みも相当残っているのでしょう?」

 

「まぁ…… 多少は」

 

「もぅ…… 電はモニターを監視しています、もし数値に異常が現れたら問答無用で睡眠措置をとりますからね?」

 

「出来たら面会が終わるまで見逃して欲しいんですが……」

 

「い・い・で・す・ね?」

 

「ア、ハイ」

 

 

 第二特務課で起こった流血事件は、あの後昏倒した吉野が医務局に緊急搬送され、手術の後入院となり全治三週間。

 

 事件を起こした妙高は一時大隅大将麾下特務課に捕縛され、取調べの為二日程拘束されたが、何故かお咎めなしの状態で開放され、現在第二特務課私室にて軟禁されている。

 

 

 一応上官反逆罪という罰則が下されてはいるが、その内容は吉野に一任され、本人が医療施設から戻って来るまで保留と云う扱いになっている。

 

 

 因みに現在はその流血事件から五日経っているが、この通り吉野が入院状態なので指揮する者が不在の為、第二特務課の臨時責任者は吹雪が執っており、時雨と榛名は執務施設から出る事を禁止されていた。

 

 

 

「来たみたいですね、重ねて言いますが、余り無理しちゃ駄目なのですよ?」

 

「……了解」

 

 

 

 軽いノックが四回、返事を待たずに入室してきたのは駆逐艦吹雪、そして妙高型一番艦妙高がそれに続く。

 

 妙高の手には仰々しい手錠がはめられており、更にその手は後ろ手にされた状態で固定されていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「しかし妙高君の方から面会の申し入れがあったとか、ちょっと提督びっくりです」

 

 

 その言葉を聞いた妙高は眉根に深い皺を刻み吉野を睨みつける、良く見ればその目の下には濃い隈が張り付いており、心なしかやつれている様にも見えた。

 

 

「てか、ちゃんと寝てる? 目の下すんごい(くま)なんだけど」

 

「お陰様で、気分は最悪です……」

 

「やっぱ寝てないのかぁ、それ、美容に良くないよ?」

 

「大きなお世話です、それよりも自分を殺そうとした相手を前にして、良くそんな軽口がポンポン口を吐いて出ますね?」

 

「何? じゃあ恨み言なんかタラタラ垂れた方がいいの? わざわざ見舞いに来た部下相手に? ナニソレ感じ悪ぅ」

 

「茶化さないで下さい! 私はそんな話をしに此処に来た訳じゃありません!」

 

「え? 見舞いじゃないの? ちょっと提督ショックなんだけど……」

 

「~~~~~!」

 

 

 唇を噛み締め、顔を真っ赤にして吉野を睨む妙高であったが、後ろ手に掛かる手錠の感触が、辛うじて口から出そうになる罵倒を押し留める。

 

 

「何故あの時…… 邪魔をしたのです?」

 

「ん? 何の事かな?」

 

「いい加減真面目に話を聞いてくれませんか?」

 

「ふむ…… まぁ聞くだけなら、でも自分が君に伝えるべき事はあの時全て伝えたから、質問されても碌な返事は出来ないと思うよ?」

 

「話が噛み合ってません、私はあの時貴方が言った提督としての戯言みたいな何かを聞きたかった訳ではありません、それ以前の問題です、私は貴方の事を提督として認めていないと言ったはずです」

 

「ああそれ? うん別にいいんじゃないかな? 自分も色々考えたんだけど、結局人の心は無理に変えられる物じゃないんだ、だから自分の本音と出来る事を君に伝えた、後は君が時間を掛けてでも君自身で答えを出すしかないよね」

 

「考えるも何も、私の答えは最初から決まっています」

 

「君のソレは現実逃避って言うんだよ、答えなんて言える代物じゃ無いねぇ」

 

 

 妙高は咄嗟に反論しようとしたものの、吉野の目を見た瞬間また何も言えなくなった、何故だろう、あの修羅場の只中でも、この男の目を見た瞬間何も出来なくなっていた、否定する気持ちや、喉元まで競り上がった怒りの言葉が自然と引いていくのは何故なのか?

 

 

「戦場で生きる者には自分の死に場所を選ぶ権利はあると思う、でもね、意味の無い死を選ぶのは罪だと自分は思うんだ、少なくとも君が今のまま、自分自身で全てを終わらせたとしたら、必ず涙を流して後悔する人が居るはずだ、少なくとも自分はその人物に心当たりがある、なら、君はまだ死ぬべきではない」

 

 

 淡々と語るその男の目は自分しか映っていない、そしてその言葉は他人の事などお構いなしの、乱暴なまでに自分の答えを一方的に押し付け、己の信念を貫く傲慢さを多分に含んでいる。

 

 

「もう一度、周りの事も含めて考えてみるといい、そしてその答えが今と変わらず死を望むというのなら…… 仕方が無いね、その時は」

 

 

 この目を知っている、傲慢で、頑固で、そして ─────────

 

 

「何度でも、全力で止めてやる」

 

 

───────── 優しくて、厳しい、こんな無条件に、他人の為に己の命を迷わず差し出す程の人間は 

 

 

 嗚呼そうか、似ても似つかぬ容姿、捻くれた態度、その見た目に故に囚われていたが間違いない、今目の前で死に体の、それでも目いっぱい虚勢を張っている男は、自分が共に生き、共に在ると誓ったあの老将と同じではないか。

 

 口をへの字に曲げ、鼻息も荒い男の顔を見ると全身の力が抜けていく、全てが馬鹿らしくなった、最初から自分の決意は無駄だったのだ、この手の人間に真っ向から勝負を挑むのは無駄以外の何物でも無いのだ。

 

 

 何故なら、自分の負けを考えず、認めない、そんな人間に負けなど存在しない、人はそれを馬鹿と呼ぶ。

 

 世の中には色んな馬鹿が存在するが、この男の馬鹿さ加減は群を抜いている、飛び切りの馬鹿だ、それもとてつもなく厄介な、そして多分殺してもそれは変わらない、ずっと付き従っていた自分の父(染谷文吾)もそうだったのだから。

 

 

 今一度確かめ、答えを得ようとした自分の考えは全否定され、望みも断たれた、もうこの男とこの件で話す事は何も無いだろう。

 

 

 妙高は黙って席を立つ、後ろ手の手錠からは鎖が摺れる音が僅かに聞こえる、そしてその顔には怒りも悲しみも張り付いてはおらず、何故か自嘲気味の、苦笑いの相が表れていた。

 

 

─────────

──────

──

 

 

「それじゃ投薬を再開するのです、それとソレ(・・)はどうするのです?」

 

 

 今吉野の枕元には、病室には不釣合いな短刀が一本転がっている。

 

 妙高が席を立った時、横で控えていた吹雪は何も言わず腕の拘束を解いた。

 

 そして両手が自由になった妙高は袖口から短刀を一本引き出すと、吉野の枕元にそれを置いて出て行った。

 

 その短刀は間違い無くあの時吉野の腕を切り落とし、刺し貫いた"彼女が所有する唯一の武装"であった。

 

 

「邪魔にはならないから、このままでいいかなと」

 

「判ったのです、それにしても三郎ちゃんはこれからが大変ですね」

 

「ん? 何が?」

 

「 『責任、取って下さいね』 」

 

 

 妙高が去り際に口にした言葉を器用に真似て、ニヤニヤと笑いを堪えつつ機械の操作をする電、血の気が引いたまま虚ろな目で遠くを見詰める吉野、二人の肩は小刻みに震えているが、その意味する処は180°違う物であるのは間違いない。

 

 

「まぁでも、これでまた…… 死ねない理由を一つ背負い込んじゃった訳なんだけどねぇ……」

 

 

 そう呟いた吉野は静かに眠りに堕ちる、そしてそれを確認した電は、ほんの少し悲しみの混じった笑顔をしたまま病室を後にした。

 

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 どうか宜しくお願い致します。

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