大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/06/11
 脱字加筆修正致しました。

 坂下郁様、ご報告有難う御座いました、大変助かりました。


彼女達のその後、提督のカラダ

「先程吉野中佐に私の命を預けてきました。」

 

 

 場所は大本営医務局々室、部屋の中には主である暁型四番艦電と、第二特務課秘書艦時雨、戦艦榛名、駆逐艦吹雪、そして重巡洋艦妙高が集っていた。

 

 今回、治療を続けていた吉野の容態が安定し、現在の容態の確認と、職場への復帰時期の相談等、本来なら同課代理を務める吹雪と電が打ち合わせをする予定であったが、何故か同課に所属する全員を電がここに呼び出していた。

 

 先に部屋には電、時雨、榛名が待機していたが、其処に吹雪に連れられて妙高が合流する形で全員が集まった。

 

 

 あの事件の後、妙高は自室で軟禁されていた訳だが、意図して吹雪は他の二人には妙高を会わせて無かった為、こうやって彼女達が顔を合わせるのは、実は事件の後始めてであった。

 

 

 妙高が入室するとピリピリと空気が張り詰める室内、時雨は勤めて冷静にしようとしていたが、その横に座る榛名は明らかに怒気を孕んだ目で妙高を見詰めていた。

 

 そんな中、妙高が二人の先任の二人に対して言った第一声は冒頭の台詞であり、続けて言ったのは

 

 

「それでもまだ私は中佐からお許しを受けてはいませんし、先任のお二人にも、ご迷惑をお掛けしたお詫びをしていません」

 

 

 それを聞いた榛名は妙高の左腕を掴み上げ、お互いの鼻が触れる程の位置まで顔を寄せてきた。

 

 濁った眼、感情の一切が抜け落ちた相、それでも底冷えのする様な冷たい殺意を向けている目の前の艦娘は、普段のおっとりとした"榛名"では無く、戦場で幾多の敵を海の底に沈めてきた"武蔵殺しの榛名"という艦娘だった。

 

 

「貴女は提督の腕を落としました」

 

「はい」

 

「貴女は提督を刺しました」

 

「はい、そうですね」

 

「なのに何故貴女は無傷なんでしょう?」

 

 

 ミシリと榛名に掴まれた腕から骨が軋む音が聞こえる、それでも妙高は顔色一つ変えず、真っ直ぐ榛名を見詰め返した。

 

 

「何故、貴女は、まだ生きて此処に居るんです?」

 

「……腕を落とせと言われるなら落としましょう、腹を貫けというなら貫きましょう、でも、私はまだ"死ね"と命令を受けてはおりません、ですから死ぬ訳にはまいりません」

 

 

 二人の艦娘の間には、今にも弾けそうな危うい緊張感が漂っている。

 

 暫く室内には、二人の艦娘が発する険悪な空気が生み出す緊張感が漂っていたが、ソファーに座っていた第二特務課の秘書艦がその沈黙を終わらせた。

 

 

「妙高さんはさ、提督と会って話をしてきたんでしょ?」

 

「……はい、つい先程少しだけ」

 

「提督は何て言ってたの?」

 

「恐らくですが…… あの人は自暴自棄にならず、良く考えた上で、死を選ぶ以外の可能性を模索しなさいと…… そう仰ったと思います」

 

「そっか…… ならもういいんじゃないかな、ね、榛名さん」

 

「……」

 

「提督が言った事に対する妙高さんの答えが、"命を提督に預けてきた"って事なんだったら、もう僕達に言える事は何も無いんじゃないかな」

 

 

 榛名は無言で時雨の方へ視線を向ける、黙ってはいるものの、その怒気は少しも収まってはいなかった。

 

 

「だってさ、あの提督だよ? 自分が死ぬかも知れないって時に、意地を張って説教しちゃうような頑固者なんだから、今更僕達が何を言っても仕方ないとは思わない?」

 

 

 今にも流血沙汰になりそうな雰囲気の中で、この小さな秘書艦はあっけらかんと、溜息を吐きながらそう結論を下した。

 

 

「時雨ちゃんは…… 怒っていないんですか?」

 

「怒ってるさ、当然でしょ? でも僕が怒っているのは妙高さんにじゃなくて提督にだよ、いつも無茶ばっかりして、その度に心配するこっちの身にもなって欲しいよ」

 

 

 怒りの言葉というより、愚痴と表現した方が良い言葉を口にする秘書艦の顔は、何故か笑顔になっている。

 

 

「だけどさ、提督が意地になって我侭を言う時は、自分の為じゃなくて、必ず誰かの為に(・・・・・・・)何かをしようとしてる時なんだよね」

 

「……」

 

「僕の仕事はそんな提督を支えて、守る事だと思ってる…… まぁ今回はちょっと失敗しちゃったけど」

 

 

 再び無言のまま時雨を見ていた榛名だったが、大きく溜息を一つ吐くと、握っていた妙高の腕から手を離し、視線を目の前の重巡洋艦へと戻した。

 

 

「まだ榛名はちゃんと納得はしていません」

 

「はい」

 

「時雨ちゃんが提督の盾になるのなら、榛名の役目は、目の前に立ち塞がる一切全てを薙ぎ倒す矛になる事です」

 

「……そうですか」

 

 

 榛名の貌は相変わらず無表情のままだが、先程とは違い、妙高を見る眼に殺意は殆ど含まれてはいなかった。

 

 

「貴女は提督の敵ですか?」

 

「……私が此処で何を求められるのかは判りません、でも居場所と存在意義を与えられた分、命令をこなし、意地汚くても精一杯生きて……」

 

 

 そして妙高は、榛名に対して不適な笑みを口元に浮かべつつ、こう宣言した。

 

 

「"提督"が言った答えと云う物を、一緒に探していこうとと思います」

 

 

 その言葉を聞いた時雨はソファーから立ち上がり、榛名の横に並びつつ、妙高の目の前に右手を差し出した。

 

 

「僕は白露型駆逐艦、時雨、改めて、これからよろしくね、後、ウチでは身内同士での敬礼は基本省略する事になってるから、握手して貰えると嬉しいかな?」

 

 

 時雨から差し出された右手を妙高は握り返す、それを横で見ていた榛名も何かに満足したのだろうか、ゆっくりと右手を差し出して、妙高に負けじと口元に挑戦的な笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「金剛型三番艦、榛名です、ようこそ第二特務課へ、妙高さんには恋も、戦いも、負けませんよ?」

 

 

 榛名は姉である金剛型二番艦の台詞を織り交ぜた言葉で、和解と歓迎と、ちょっとばかりの宣戦布告の意思を妙高へ示す。

 

 対する妙高も黙ってその右手を握り返したが、その時ほんの少しだけ強めに力を込めたのは、榛名の挑戦に対する彼女なりの返答の為による物であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「そちらの話し合いがまとまったみたいなので、電が三郎ちゃんの容態の説明と、少しだけ皆さんに知っておいて欲しい事をお話します、いいですか?」

 

 

 電の言葉に三人の艦娘は黙って頷いた、その三人の後ろでは吹雪が電に向かって一度だけ、軽く首を縦に振った。

 

 それを確認した電は、手元にあるカルテに視線を落としつつ、吉野の傷の具合と、治療の進捗状況の説明を始めた。

 

 

「先ず切断された左腕ですが、筋組織と神経の接続、及び骨の整複は問題なく終了しているので、今は固定した状態で経過を診ているのです、恐らく後遺症は残らず、二週間程でギブスは外れると思うのです」

 

「え?、腕の切断が二週間程度で治るのですか?」

 

「完全に元に戻る為にはそれから暫くリハビリが必要になりますが、傷自体は二週間程で概ね元に戻ると思うのです、治癒の早さに妙高さんが驚くのは無理の無い事とは思いますが、その理由は後でちゃんと説明しますから、少し待って欲しいのです」

 

「そうですか…… 話の腰を折ってしまい申し訳ありません、話の続きをお願い致します」

 

「ありがとうなのです、それでは腕の以外の部分についてですが、腹部の創傷ですが、左の脇腹から刺し込まれた刃物が肝臓を貫通し、小腸まで刃先が達した状態で一時大量出血を起こしていましたが、止血が行われた為大事には至って無いです、こちらも現在治療は完了し、ほぼ完治している状態なのです」

 

 

 止血をした、そして僅か五日でその傷は完治している、そんな在り得ない事を聞いた三人は驚きを隠せない。

 

 

「ただ、治療をする上で少し強めのお薬を投与していますので、暫くはその後遺症で上手く体が動かないかも知れませんから、皆さんにはその手助けをお願いしたいと思うのです」 

 

 

電はそう言うと、カルテを机の上に置きつつ、視線を吹雪の方に向ける、そして吹雪が軽く頷くと、今度は電の話を継いで吹雪が三人に説明を始めた。

 

 

「三郎さんの体についてですけど、彼のプライベートに関わる事と、軍事上の機密を含んだ物が幾つかあるので、全て貴方達に説明する事は出来ません、ただこれから先彼と共に任務に就くなら知っておいた方が良い情報を、私の独断で貴方達に伝ておこうと思います、当然これは他言無用でお願いします、いいですか?」

 

「その秘密と言うのは、どれだけの人が知ってるんだい?」

 

「大隅大将、大本営第一艦隊員、元特務課に所属していた若干名と、私を含む"最初の五人"全員です。」

 

 

 吹雪が言った事は、吉野の体の事は、大隅大将麾下の身内には知られている程度の事であると同時に、"最初の五人"と呼ばれた艦娘と吉野は何かしらの繋がりがあるという事実を伝えている。

 

 

「三郎さんと私達"最初の五人"と呼ばれている艦娘は、部下や同僚という関係じゃなくて、姉弟の様な物だと思ってくれればいいと思います」

 

「ですね、三郎ちゃんは電達の弟なのです」

 

「弟…… ですか?」

 

「なのです、詳しいお話は電達からでは無く、三郎ちゃんから貴女達に伝えるべきだと思うので、もしその辺りが知りたいと云うのなら、三郎ちゃんから直接聞いて欲しいのです」

 

「判りました」

 

「それでは三郎さんの体についてですが、先ず彼の体は"死に難く、治り難い"造りになっていると思って下さい」

 

 

 死に難く、そして治癒がし難い体、いきなり説明されたその体の特徴は矛盾を含んだ物だった。

 

 

「三郎さんは子供の頃、とある事情で全身に重度の火傷を負い、体の皮膚を四割程人工皮膚に置き換えています、そして火傷を負った際に発症した多臓器不全と敗血症の為肝臓機能を失っています」

 

 

 人間の皮膚は体を覆い、保護する働きを持っている。

 

 その皮膚が失われた際、人体からは体液と血液が流出し、脱水症状による内臓へのダメージと、失血によるショック症状で生命を維持するのが難しくなる。

 

 火傷の段階は症状により四段階に分類され、重篤と呼ばれ、治療に皮膚移植を要するⅡ度熱傷以上の段階に至っては、成人では皮膚面積の凡そ20%に達した時点で死に至る可能性があるという。

 

 

「通常肝機能が働かない場合、体内の毒素を排出する機能が失われてしまうので、肝臓を移植して健康体に戻すか、人工透析によってその機能を補います、ですが三郎さんには肝移植に適合する人が見つからず、幼い為に人工透析に絶えられる程の体力はありませんでした、そこで三郎さんの体内には、ある装置が埋め込まれています」

 

「ここからは医療的な説明が必要なので、電が説明するのです、今三郎ちゃんの体には、五つ、生体組織由来のフィルターを組み込んだ小型プラントが埋め込まれています」

 

「プラント?」

 

「なのです、四肢の根元にある動脈に一つづつ、そして延髄にある動脈に一つ、このプラントで体内の毒素をろ過し、定期的にそれを排出します、そしてそのプラントなのですが、毒素をろ過する以外にも幾つか副次的な機能が存在します」

 

 

電は一旦話を切り、横に置いてあったペットボトルから一口水を飲み込むと、咳払いをした後話の続きを始めた。

 

 

「この装置を動かし続ける為に、プラント内部には血流を利用した発電装置があるのですが、その装置は血流が一定以上の数値を超えた時、プラント部分で弁を調整して血流をコントロールする働きがあります、そしてもし血流量が異常を示した際、弁を閉じてそこで血の流れを止める機能を持っています」

 

「血流制御…… あっ!」

 

「三郎ちゃんが腕を切断された時でも、出血多量で死ななかったのは、このプラントが弁を閉じて止血をしていたからなのですよ?」

 

「だから…… あの時、血が止まって……」

 

「ですね、ただ緊急的に弁が閉じてしまうと、自発的に開放はしませんから、早急に医局でその弁を開く処置をしないとダメなのです、でないとそこから先の部位が壊死してしまいますから」

 

「成る程……」

 

「そしてこのプラントのフィルターを維持する為に、三郎ちゃんは定期的な薬の投与と、毒素の排出の為にメンテナンスをしないと死んでしまいます」

 

「定期的にと言うと、どの程度の頻度で?」

 

「大体三ヶ月に一度位ですが、飲酒や過剰なカロリーの摂取でフィルターの寿命が縮まってしまいますから、不摂生な生活は厳禁なのです」

 

「だから…… 提督は普段から"酒は飲めるが酔えない"って言ってたんだね」

 

「お酒だけじゃ無いのです、本来血液に含まれない物は全てプラントがろ過して回収してしまいますから、治療の為の薬や麻酔といった類の物は三郎ちゃんには殆ど効き目が無いのです」

 

「え…… それって……」

 

「はい、三郎ちゃんは麻酔や痛み止めが効かない体なので、現在は脳へ直接眠剤を投与して強制的に眠らせている状態です、そうしないと痛みに耐え切れないですから……」

 

 

 吉野三郎が飲酒の誘いを固辞し、それを呪いと称するのはこの機能故の事であるが、それ以上に薬が効かず、体に刃を入れる治療行為には相当な覚悟と我慢を必要としている。

 

 

「脳の負担の事を考えると、長時間の薬の投与は避けなければいけないので、気休め程度の処置でしかないのですが……」

 

「無茶ばかりするから……」

 

「ですねぇ、だから皆さんにはくれぐれも三郎ちゃんが無茶をしない様に、お願いしたいのです」

 

 

 そう言って電は目の前の三人に頭を下げた。

 

 

「電さんに言われなくてもそれが僕の仕事だから」

 

「ですね、提督の事は榛名がきっちり監視しておきます」

 

「今回の件は私に責任があります、全てこの妙高にお任せ下さい」

 

 

  三者三様の様子を見て、電は苦笑しつつも、少しだけ肩の荷が降りた気がした。

 

 

「それより、今説明されたプラントと云うのは肝臓の代替だと言う事は判りましたが、どうしてそれが治癒期間の短縮に繋がるのか判りません、他に何か別の機能でもあるのでしょうか」

 

「それは……」

 

「それはさっき言った機密と、三郎さんのプライベートに関わる事なので、私達から説明する事は出来ないの」

 

「成る程…… そうですか」

 

「ただ、三郎さんに当時移植された皮膚組織は人の物では無く、艦娘由来の生体組織で、それを体に定着させる為に、当時開発されたばかりの高速修復剤と、ある物が大きく関係しています」

 

「艦娘の皮膚組織!? そんな…… 人と艦娘の生体組織は全然違う物のはずです、それをどうやって……」

 

「三郎ちゃんの命を救ったのは、艦娘の体と、高速修復剤、とあと一つ・・・、これは多分、本人の口から聞くべき事なので言及しませんが、聞く側にも言う側にも覚悟が必要な事だと思うので、無理に聞き出さず、三郎ちゃん自身から話をするまで待ってあげて欲しいのです」

 

「傷の治りが異常に早いのも、高速修復剤を使っているからですか?」

 

「厳密には高速修復剤とは別の物なのですが、概ね間違いでは無いのです、そして三郎ちゃんの体は、人以外の生体組織を復元する事ができませんから、多少の傷なら人と同じく自己治癒をするのですが、今回の様に重症を負った場合、医局で適切な処置をしないと傷が完治する事は無いのです」

 

「だから"死に難く、治り難い"体……」

 

「私達から説明出来る事はこれで全部かな…… 申し訳無いんだけど……」

 

「ううん、色々聞けて良かったと僕は思うよ、ただ残念なのは、この話を提督から聞きたかったって事位で……」

 

「……さっきなのですが、病室で三郎ちゃんがポツリと 「死ねない理由がまた出来た」 と言ってました」

 

 

 電の言葉を聞いた吹雪は、珍しく驚きの表情を見せた。

 

 

「三郎ちゃんは、体だけじゃなくて、心にもちょっと問題を抱えています、無鉄砲なのも、自分の命を粗末に扱うのも、それが原因なのです」

 

「電ちゃん……」

 

「吹雪ちゃん、もしかしたら、この子達と一緒に居る事で、三郎ちゃん自身が救われるかも知れないと、電は思うのです」

 

「そう……そうだと、いいね」

 

「電は皆さんには期待しているのです、いつか三郎ちゃんが自分の事を皆さんに全て話す日は、そう遠くは無い事だと思うのです、ですからそれまで、どうか電達の弟の事を、宜しくお願いしますね?」

 

 

 そう言うと、大本営医務局々長の暁型四番艦電は三人の艦娘へ再び頭を下げた。

 

 

                       




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

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