大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 物語再開です。

 艦隊員はまだ揃ってはいませんが、物語は少しづつ動いていきます。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/07/2
 誤字脱字箇所修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたMWKURAYUKI様、有難う御座います、大変助かりました。


退院しました、引越ししました

「蒼い空…… 碧い海…… 私はここで生まれ、戦ってはきたけれど、この世界を色として認識して見ては来なかった…… しかしこうして見ると、同じアオでも海と空ではこんなにも違うモノなのね……」

 

 

 海の(いろ)とは対照的な真っ赤な双眸を眩し気に細め、海原に立つ少女は溜息を漏らす。

 

 

「随分とご機嫌だねボーちゃん、キミが戦いの時以外に饒舌になるのって珍しいじゃん」

 

 

 黒いパーカーを着た少女が無邪気な笑顔浮かべ、水面(みなも)を滑って少女と並ぶ。

 

 

「海ねぇ…… 確かにのんびりと眺めた事なんて無いけどさぁ、そんなに面白いモンなのかなぁ」

 

「レ級はもうちょっと心に余裕を持つべきね、自然を愛でるくらい視野を広げないと色々勿体無いわよ?」

 

「ん~、ボクにはボーちゃんが言いたい事は良く判んないなぁ、こんなとこでじっと海を眺めてるくらいならパ~っと暴れた方がよっぽど楽しいと思うけど」

 

 

 レ級と呼ばれた少女は、首を(かし)げ、隣に並ぶ少女へそう答える。

 

 子供の様に無邪気な笑顔を浮かべつつも、言っている事はとても物騒だ。

 

 

「ほんと、バトルジャンキーねぇ、そんなので大丈夫なの?」

 

「んん~? 何が?」

 

「何がって…… ちょっとしっかりしてよ、そんなので大丈夫なの? 相手をいきなりボコって話をぶち壊さないでよね」

 

「あ~ それなら大丈夫じゃないかなぁ、あっちにはハルナが居るっていうしさ、ボクが幾ら暴れようとしても逆にボコられるんじゃないかなぁ?」

 

「ハルナ?…… 確かムサシゴロシって名前の戦艦だった? 本当にそんなに強いの?」

 

 

 その言葉を聞いたレ級は口をヘの字に曲げながら、巨大な尻尾をパタパタ揺らす。

 

 

「ハルナは強いよ! ボクが本気でかかっていってもボッコボッコにされちゃったんだから」

 

「まぁレ級がそう言うなら強いんでしょうけど…… ねぇ五月雨、ムサシゴロシって戦艦、そんなに強いの?」

 

 

 少女は溜息を吐きながら、後ろに控える青い髪の少女に話を振った。

 

 

「え~っと、防空凄姫さんが言ってるムサシゴロシさんはどれだけ強いか判りませんけど、あたしの弟くんの艦隊には確かに榛名さんって人は居たはずですよ?」

 

「ハルナ? ムサシゴロシ? どっちなの?」

 

「んと、榛名さんっていうのが名前で、ムサシゴロシって言うのは……ん…… ぁ……そう、あだ名です!」

 

「…………五月雨って何て言うか、時々抜けてるのよね、まぁ話し合いが目的だから、そのハルナ? って戦艦が強いか弱いかなんて関係無いんだけど」

 

「あたしそんなに頼りなく見えますかぁ? 頑張ってるんだけどなぁ……」

 

 

 もはや生ける伝説と呼ばれる"最初の五人" その内の一人としては威厳の欠片も見られない少女、白露型六番艦五月雨はガックリと肩を落とし、涙目になりつつそう呟いた。

 

 

「あ~、もぅそんなに落ち込まないでよ、今回の件は貴女が頼りなんだから、お願いよ」

 

 

 防空凄姫は苦い顔で、必死にフォローを入れつつ五月雨の頭を撫でる。

 

 大海原のド真ん中で姫級に慰められながら、頭を撫でられる伝説の艦娘、良く判らない世界がそこに展開されていた。

 

 

「ん…… そう、ですね、あたしがしっかりしないと、弟くんとかが大変な事になっちゃいますね、うん…… あたし、頑張っちゃいますから!」

 

「……本当にこんな調子で大丈夫なのかしら」

 

 

 防空凄姫と呼ばれた少女は、風になびく銀髪を手で()くいながら深い深い溜息を吐くのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 吉野三郎は治療を終え、今日から通常業務へ戻る為に医務局を出た、本来ならばこの後は大本営執務棟にある第二特務課の居室に戻っているところであったが、緊急の呼び出しを食らって大隅大将の執務室を訪れていた。

 

 

 呼び出された先、大将執務室の主である大隅巌は絵に描いたようなしかめっ面をしながらから吉野へ黙って一枚の紙を手渡した。

 

 

 無言で渡されたそれを訝しげに受け取った吉野は、記載された内容に目を通すとそこには、長ったらしくも色々難解な言い回しを含ませた文面と、眉を(しか)めそうになりそうな嫌味の数々が混じった文が書かれた命令書という名の物であった。

 

 ある意味お役所の中で見るに相応しいその書類の内容は、要約してしまうと第二特務課は新設の拠点へ移動するようにとの文言が記されている。

 

 

「拠点内部での刃傷沙汰、艦娘の暴力による建造物の破壊、おまけに第一艦隊が鎮圧に出動とくりゃそらお前、追い出されて当然だわな」

 

 

 大隅が眉根を指で揉みながら、溜息交じりの苦言を吉野へ吐き出していた。

 

 

「建造物破壊ですか? 誰が?」

 

「武蔵殺しだよ、妙高との接触を禁止してたんだが、廊下に木曽と秋月を立たせて監視してたらだ、何を思ったのか部屋の壁をぶち抜いて隣の妙高の部屋へ乱入しようとしやがった」

 

「ファッ!?」

 

「そいつを取り押さえようと監視してた二人が奮闘した訳だが…… なぁ、アレが本気になったらどうにもならんだろ? そんな訳で途中から吹雪やら武蔵やらも参戦してちょっとした修羅場になっちまった」

 

「な…… 成る程、それはお手数をお掛けしました……」

 

「幾ら俺でもそこまでやっちまっちゃ庇いきれん、他の目もあるし、第二特務課は執務棟からの退去と、暫くの間出入り禁止になった」

 

「退去ですか…… て事は、自分らは放逐され流浪の民として大本営を彷徨う事に?……」

 

「流浪の民てお前……」

 

 

 半分冗談交じりに吉野はそう言ったが、ある意味緊急事態であった為、最悪人数分のテントとキャンプ用品を調達して、敷地外れの突堤辺りで野宿をしなければならないかもと覚悟を決めていた。

 

 実際艦娘による刃傷沙汰に破壊行為という前代未聞の大事件を起こしたとなれば、本来なら関係した艦娘は解体され、上司は管理責任を問われ軍法会議が妥当な処分である。

 

 それ故執務棟からの退去だけで済んでいるのは正直異常であり、幾ら大将の直属組織であってもこの処分は余りにも不自然であった。

 

 恐らく大隅が目一杯権限を使って庇ってくれたのだろうが、それ故暫くは表立ってサポートは受けられないはずと、吉野は今後の事を模索し始めたのである。

 

 

「本来なら艦娘も解体で、お前もそれなりの責を負わされる処なんだが、今進行中の案件でお前達の力がどうしても必要になった、だからとりあえず今は処分保留って事で他の連中を抑え込んだ」

 

「任務…… ですか」

 

 

 一つ間違えば反逆罪も適用されるような事をしでかしているのに、それを保留にしてでも優先しないといけない案件があるという。

 

 まだ艦隊の形も整ってない現状で発令される案件とは、当然厄介極まりない物であるのは間違いない。

 

 吉野の表情も自然と厳しいものになり、言い渡されるであろう命令を聞く為に思考を"影法師"へと切り替える。

 

 

「実際動いて貰うまで暫く掛かるだろうが、内容はマルトク、詳細は吹雪に聞け、アイツは今お前らの新しい拠点に行ってるはずだ」

 

 

 マルトク、特務に類する案件の内、優先順位、秘匿性、達成難易度、これら全てが最上位の物であり、吉野ですら年に一度携わるかどうかの厄介な任務である。

 

 

「マルトクですか…… って新しい拠点?」

 

「ああ、お前が入院している間に用意しておいた、あそこなら多少暴れても問題ないし、元々扱いに困ってた場所なんでな、そこを利用させて貰った」

 

「……どこなんですそこ?」

 

「お前も良く知ってる場所だがな……」

 

 

 こうして第二特務課は、大本営執務棟から追い出され、新たな拠点へ身を寄せる事になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ブェェックションってコンチクショウ!」

 

 

 吉野三郎中佐(28歳リハビリ中)は、昭和のヲヤジ臭たっぷりなクシャミをひねり出し、目の前の巨大な建物を()め付ける。

 

 後ろは海、今日は晴天で波はそんなに立っておらず、ヒャアヒャアとウミネコの鳴き声が遠くから聞こえる。

 

 

「提督…… オッサン臭いですよ?」

 

「あぁもうすぐ三十路に突入するから、オッサンとか言われても不思議じゃないかもねぇ…… にしてもバリさん」

 

「夕張とお呼び下さい、提督」

 

「あ…… ああうん、えっと夕張君、その…… ここ(・・)が?」

 

 

 海辺に立つ巨大な箱型建造物の前で、吉野は苦い相を表に貼り付け夕張の話を聞いていた。

 

 

「はい、兵装調整用試射場改め、第二特務課秘密基地へようこそ吉野提督!」

 

「秘密基地て……」

 

 

 まるで巨大な工場のような外壁をした建物には、割とどこにでもありそうなスチール製の扉が一つが建て付けてあり、その横には 『第二特務課秘密基地』 と達筆な筆文字が入った(ひのき)の板が貼り付いていた。

 

 

 兵装調整用試射場

 

 大本営設営時初期に建てられたこの施設は、現在艦娘の装備試験の為に使用するという建前で現在も存在しているが、組織の巨大化に伴い施設が整備され、多様化した結果、立地の不便さと設備の老朽化に伴い利用価値がなくなっていた。

 

 それでもまだここが存在しているのは、妖精が建てた建物であるため、強度が尋常ではなく撤去が困難なのと、なにより内部にその妖精が活動する工廠が存在しているからである。

 

 

 妖精は場所に居付き、仕事に(こだわ)り、そして人の選り好みが激しいという性質を持つ。

 

 その為妖精が建てた建造物をむやみに撤去する、仕事を奪う等をした場合、彼女らの協力を得られなくなるばかりか、最悪その地に居た妖精が去ってしまう可能性がある為、彼女達が絡む施設の運用には細心の注意が必要とされる。

 

 

 結果、この施設は利用価値が無くなってしまってもそのままの形で残されており、ある意味大本営では扱いに困っている物件の一つになっていた。

 

 

「いゃ~ 久々の大仕事だったから、妖精さん張り切っちゃって、施設の大改装とか三日で終わらせちゃったんですよ~」

 

「ああうん…… それはまぁ…… 凄いねぇ」

 

 

 夕張の足元には小さな妖精さんが数人、ドヤ顔で吉野に敬礼をしている。

 

 最近仕事を干され気味だったのだが、施設の改装と再利用の為久々に全力で仕事をした為だろうか、彼女達には何故か盛大にキラが付いていた。

 

 そしてこの施設が第二特務課の拠点になったと同時に、そこの管理者であった夕張も自動的に第二特務課へ編入され、拠点設備の管理を任される事になった。

 

 夕張の顔を見ると、足元の小さな生命体と同じくキラが付いているのは、仕事を干され気味だったのは妖精さんだけではなかったようだ。

 

 

「えっと夕張君、聞きたい事があるんだけど……」

 

「はい、何でしょう提督」

 

「軍港脇に堂々と建ってるここが何で"秘密基地"? ちょっとおかしくない?」

 

 

 吉野がドア横に張り付いた看板を指刺しながら、至極まっとうな事を夕張に問い掛ける。

 

 

「何言ってんですか提督! ここは存在が秘密の基地じゃありません! この基地には26の秘密が隠されているんです! だから『第二特務課秘密基地』なんですよ?」

 

 

 ドヤ顔でどこぞの昭和ライダーみたいな建物の成り立ちを説明する夕張、そしてその足元ではコクコクと頷く妖精達。

 

 正直吉野の頭には不安の二文字しか思い浮かばなかった。

 

 

「そっかぁ、26の秘密かぁ…… しかし短期間でここまで仕上げたのもビックリだけど、良くこんな大量の資材を準備できたねぇ」

 

 

 新しい拠点施設は巨大な箱型の建物になっている、元は開放型の屋根付きドックだったのを考えると、外装に使用されている資材だけでも相当な物である事が予想された。

 

 

「ええそれなんですけど、『こんな面白い事を黙って見てるのは勿体無い』って色々資材を融通して貰っちゃって、お陰さまで諦めていた色々なギミックを盛り沢山設置する事が出来たんですよ!」

 

「へ~ 明石から資源供給があったんだぁ」

 

「はいっ!」

 

 

 吉野は思いっきり足元の石ころを海へ投げ捨てた、その石は物理的法則を無視して水面を跳ねながら水平線の彼方へと消えていった。

 

 そんな吉野の苦悩を知ってか知らずか、夕張はさっさと建物の前まで移動すると、その中に入る様吉野を促した。

 

 

「そのドアは一見普通のスチール製ドアに見えますが、ノブに指紋認証の装置が埋め込まれてて関係者以外ロックが外れないようになってます、更にドア本体は特殊軽合金のハニカム構造になってて対爆仕様、付近には壁に偽装されたカメラが設置されていて、画像認証装置に登録された人以外がドアノブに触れると迎撃システムが作動します」

 

「そ…… そうなんだ、それは防犯対策バッチリだねぇ……」

 

 

 一見するとどこにでもあるスチールドアに、要塞並みの防衛システム、誰がどう見ても過剰設備というか、ある意味知らない人間にとっては即死トラップなのでは無いかと思うのだが、ニコニコする夕張と妖精さんに囲まれてそんな事を言える程吉野の精神力は太くは無かった。

 

 中に入る為にドアノブに手を掛ける、ガチャリという音と共に僅かな振動が手に伝わってきた、恐らくセンサーが働きロックが外れたのだろう。

 

 ドアを押し開けようとするが動かない、手前に引くタイプなのかと引いてみるがビクともしない、数度押したり引いたりを繰り返すがまるでドアが動く気配が無いので、どうなっているのかとの意味を込めて夕張を見る。

 

 その様子をニヤニヤと見ていた夕張は、吉野の代わりにドアノブを掴むとあっさりとそれを開け放った。

 

 

 ドアを横にスライドさせて。

 

 

「えぇ~…… なぁにこれぇ……」

 

「防犯というのは最新設備より、案外アナクロな物の方が有効なんですよ? これが秘密基地に隠された26の秘密の一つ、『羅生門』!」

 

 

 コントの小道具みたいなナリなのに、どこぞの映画タイトルの様なネーミングがされたドアを(くぐ)りながら、吉野はとても不安な面持ちで建物の中へ移動する。

 

 

 入り口から中に入るだけでコレである、夕張の言葉を信じるなら後25個はこんな訳の判らないカラクリが存在するという事になる。

 

 

 

 こうして吉野三郎中佐(28歳独身お引越し中)は、不安と共に第二特務課の新たな拠点となる建物に足を踏み入れた。

 

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 どうか宜しくお願い致します。

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