大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回のあらすじ

 秘密基地には滑り台と魔の艦長席があった。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/12/27
 誤字脱字箇所修致しました。
 ご指摘頂きました梁矢 狼様、坂下郁様、KK様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


波乱の予感、更に着任

「すいません、これ、どういう状況なの?」

 

 

 目一杯困惑の表情をした吉野三郎中佐(28歳独身秘密基地司令)の炉を挟んで向かいには、吹雪が茶筅(ちゃせん)で椀の中の抹茶をシャカシャカと攪拌(かくはん)し、その横では何故か電がパック牛乳を(すす)っている。

 

 そして吉野の左には榛名が座り、右には妙高。

 

 当の吉野本人は吹雪の真正面で胡坐(あぐら)をかいた状態で座っており、秘書官時雨はすっぽりと吉野の懐に納まっている。

 

 

「現状提督の脇には左右各一名、合計二人しか並べません、このような状態で(いさかい)いを避け、円滑な艦隊運営を実施しようとした結果、最適解として導き出された陣形がこれなのです」

 

 

 妙高が至極真面目な表情でそう述べる、その言葉に榛名は頷き、時雨は耳まで真っ赤にしながらも、何故か吉野の膝にペシペシとチョップを繰り出していた。

 

 カッポーンという鹿威(ししおど)しの音と、とシャカシャカと抹茶を攪拌(かくはん)する音、そしてペシペシと膝を叩く打撃音が連なり、良く判らない世界がそこに展開されていた。

 

 

「そ…… そっかぁ、陣形なのかぁ…… なら仕方ない? かな、うん……」

 

 

 意味をまったく理解してはいないが、思考する事を放棄し半笑いの吉野の目の前に抹茶が入った椀が差し出された。

 

 目の前のそれを時雨経由で受け取った吉野は中身の半分程を(すす)り、精神統一を試みる。

 

 

 口に広がる独特の苦味、鼻腔に感じる深緑の香り、それらを肺に流す様に空気を吸い込み一息吐くと、目の前の吹雪に視線を向ける。

 

 

「結構なお手前で、で? 吹雪さん、(みやび)一時(ひととき)に無粋だとは思いますが、本題に入って貰えると有難いのですが……」

 

「そうですね、三郎さんを待ってる間にゆっくり楽しませて頂きましたし、彼女達にも"特務とはどんな物か"という基本的な説明も出来ました、そろそろ今回の作戦についてお話してもいいでしょう」

 

 

 吹雪がそう言うと、少し離れた位置で控えていた夕張がポケットから一抱え程の紙束を取り出すと、そこに居る者にそれを配り始めた、物理的にそれ程の大きさも量もポケットから出すのはおかしいのではあるが、その辺りはもう今更なので誰も突っ込まない。

 

 夕張から配られた紙束に視線を落とすと、それの表紙には『捷号作戦概要(しょうごうさくせんがいよう)』という文字が確認できる。

 

 

「し…… 捷号(しょうごう)作戦!?」

 

 

 吉野は思わず目を見開く、吹雪と電以外の者も吉野とそう変わらず驚きの表情を露にしていた。

 

 

 捷号(しょうごう)作戦

 

 太平洋戦争時、大本営立案の元、陸海軍合同で展開された同名一号から四号まで行われた大規模作戦。

 

 マリアナ沖海戦でアメリカに大敗し、絶対防衛圏と言われていた南方戦線サイパン周辺を抜かれ、本土攻勢の可能性も考えなくてはいけなくなった日本軍が、残存兵力のほぼ全てを投入し戦況の打開を図った総力戦。

 

 戦線の維持の為に必須となる資源還送航路の死守を主眼としたこの一大作戦は、結果として多くの命を散らしたにも関わらず大敗を喫し、資源確保を断たれた国は軍事経済とも大きく傾き、日本を破滅の道へ追い立てることとなった。

 

 この作戦では当然多くの艦船も海に没し、当時の記憶を有する艦娘達にも数々のトラウマを植え付ける物になっている。

 

 

「捷号作戦…… ですか」

 

 

 妙高が苦々しい表情でその文字を睨む、彼女だけではなく他の二人も同様なのは間違い無く、姉妹を、或いは戦友を、そしてそれ以上の物を彼女達はあの海へ置き去りにしていた。

 

 南方海域と一括りにするには戦場は広大で、行った海戦は数え上げればきりが無く、時雨にとってはスリガオで西村艦隊壊滅の憂き目に遭い、榛名はマリアナで、妙高はシブヤン海で大破撤退を余儀なくされている。

 

 

「今回の作戦はある意味国家の存亡に関わる案件です、現状消耗戦を強いられている我々にとって、新たな可能性を見出せるかも知れないこの作戦はどうしても成功させなければなりません」

 

 

 国家の存亡を掛けた作戦、故に捷号(しょうごう)作戦。

 

 (いにしえ)の、国を破滅へと導いた切欠となったこの名を再び冠し、作戦を発令した大本営の決意は如何ほどの物か語る事も無いだろう。

 

 

「前世で私達は事を成せませんでした、しかし今は昔と違います、私達は意志を持ち、己の力を奮って守りたい物を守る事が出来ます、皆さんはこの作戦名に思う処があるのは当然だと思います…… だからこそこの作戦を成功させ、忌まわしいこの名を、あの時の屈辱を、悲しみを、今世で清算しなければならないと私は思います」

 

 

 彼女自体、サボ島沖海戦で没した為この作戦に参加してはいなかったが、多くの妹を失ったこの作戦に対して無関心であるはずが無い、むしろ艦娘でこの作戦に何も思わない者は一人も居ないだろう。

 

 

「では作戦概要を説明します、現在大本営では今作戦の為、各方面へ出向している戦力を再編成し、国内の泊地・基地へ配置しました、同時に大本営麾下第二から第四艦隊を呉、佐世保、舞鶴に派遣、防衛戦を構築しています」

 

「は!? 国内防衛線て…… 本土決戦でも想定してるんですか?」

 

 

 制海圏沿いでの"外側"の戦力は据え置き、いきなり国内の拠点へ戦力を集中、暴挙とも言える配置に吉野が思わず聞き返す。

 

 

「作戦が最悪の形で進行すればそうなる可能性も出てきます、今回第二特務課に発令されたマルトク案件とは、深海棲艦上位個体との接触とネゴシェーション、そして日本近海での不可侵条約の締結になります」

 

 

 吹雪の言葉に第二特務課面々が度肝を抜かれる。

 

 知性は持つものの、人と深海棲艦はその生態と社会性が違いすぎる為に、理性的な関係を築く事が不可能とされているのが通説である。

 

 それがいきなり不可侵条約の締結という高度に政治的な話になっているのだ、驚くのも無理は無い。

 

 

「今回の接触において、人選はこちらではなく、あちらが指定してきたもの(・・・・・・・・・・・・)です」

 

「……はぃぃ?」

 

「接触を図ってきたのは防空棲姫、交渉する者には"影法師"吉野三郎を指定し、その麾下にある艦隊員のみ随伴を許可するとの事です」

 

「ぼ…… 防空棲姫ぃ? なんで姫級が自分を名指しで指定…… てか、自分の事知ってるんです?」

 

「なんとなく…… ですが予想は付いてます、ただそれは憶測の域を出ませんから、今後の作戦に対しての影響も考慮しここでは言及しません」

 

 

 吹雪の言葉に何故か隣の電が苦笑いをしている、恐らく事情を知っているのではあろうが、吹雪が理由を述べないと宣言している以上、そこから理由を知る術はあるまいと吉野は理解した。

 

 

「日本近海は幸いというか…… 過去から現在まで高度な知性を有した上位個体は存在しませんでした、故に存在する深海棲艦は下位個体のみで、数はそれなりにあっても組織的行動は見られませんでした」

 

 

 深海棲艦との戦争が始まって暫く、日本という国が艦娘という決定的な戦力を有するまで数年持ち堪えたのは(ひとえ)にこの環境故の事である。

 

 群れても下位個体のみで編成され、更に散発的な攻撃しか受けなかったので辛うじて生き永らえた、単純にそんな事情があったからこその幸運であった。

 

 

「しかし今回交渉が決裂し、防空棲姫が日本近海まで侵攻してきた場合、深海棲艦の生態上日本近海の下位個体は彼女の下に集い、組織的に本土を強襲する可能性が出てきます、防空棲姫という指揮官を得た"軍"という形で」

 

「成る程…… それを見越して国内拠点に戦力を再配置した訳ですね?」

 

「そうです、しかし逆を言えば交渉に成功し、不可侵条約を結ぶ事ができれば日本近海の深海棲艦との戦闘は心配しなくて良い事になります」

 

「そして後顧の憂い(こうごのうれい)は断たれ、その分浮いた戦力を存分に外側に向ける事が可能になるといった算段ですか……」

 

「三郎さんは恐らくご存知かと思いますが、制海圏周辺の深海棲艦が今までと異なった動きを見せています、現有戦力でこれに対処しようとすれば、幾らか戦線を下げ、これに対処しないといけなくなります」

 

「結果、資源の枯渇と辛うじて国交が結べている諸外国との繋がりが切れ、日本は孤立、それによって更なる弱体化の悪循環に陥る…… と」

 

「そうですね、どの道このままでは我々に打てる手はありませんでしたし、今回の件はある意味渡りに船だったのかも知れません」

 

 

 以前武蔵から聞いた"特別厄介な案件"と"南方戦線で起きている変化" バラバラだった点が吉野の中で(ようや)く一本の線として繋がった。

 

 気掛かりだった事は一先ず解消されたが、それを上回る困難が目の前に壁として立ち塞がった形になる。

 

 吉野は盛大に溜息を吐き、無意識の内に胡坐(あぐら)の中に納まる時雨を抱き締め、丁度あご下にある頭に己の頭部を預ける。

 

 

「わ…… あの、て……ていとく?」

 

 

 その突然の行動に、当然時雨は慌てた訳だが、思ってもいなかった難題に直面した吉野はそれどころでは無かった。

 

 

「あ~ 時雨君はあったかいねぇ、申し訳ないんだけど、暫くこのままで」

 

「ぇ!? ぁ…… うん、ボクは別に構わないけど……」

 

 

 今後の事に向けて吉野の頭の中はフル回転中だった為に、無意識に行った行為と、自然に口をついて出た言葉であったが、抱き枕にされた時雨は湯気が立ちそうな程真っ赤になり、逆に左右からは凍てつく波動が発せられていた。

 

 牛乳を飲み終わった電はやたらニヤニヤした笑顔を浮かべ、隣の吹雪は溜息を吐いている。

 

 そしてその輪の少し外で夕張は、ハブ気味になっている状態に口を尖らせているのに誰も気付かないという少し悲しい状態で放置されていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 第二特務課出撃ドック、艦娘六名を同時に艤装を装着させ送り出す事の出来る施設の横では、一隻の高速船が停泊されていた。

 

 

「じゃじゃ~ん、これが妖精さんの技術の粋を集めて建造された高速揚陸艇"轟天号(ごうてんごう)"です!」

 

 

 プチハブられた為か、やたら大袈裟に夕張がその船のお披露目をする。

 

 ドックに停泊されたその船は、船体全てが漆黒で塗装された全長50m幅10m程の箱型中型船で、船体脇には小型の翼が喫水線下に備わっていた。

 

 

「ドリル付いてない、やり直し!」

 

 

 某怪獣映画の水中戦艦の名前を付ける夕張の偏った知識もどうかと思うが、それに対して当然のように突っ込みを入れる吉野もまた普通では無かった。

 

 

「しょうがないじゃないですかぁ~ 技術的には可能だったんですよ? でも用途を説明したら吹雪さんに却下されちゃったんですよ~」

 

「まぁそりゃ深海棲艦にラムアタックとか、普通に考えたら頭オカシイとか言われても仕方ないんじゃないかな?」

 

「頭オカシイとまで言われてませんって!」

 

 

 実は言われて無いだけで実際思われているとは知らない夕張であったが、それをここで指摘しないのは吹雪の優しさ以外の何物では無かった。

 

 

「えっと、この船は通常機関としてガスタービンエンジンを搭載した水中翼船ではありますが、緊急時には別搭載のパルスジェット推進に切り替え、水面航行する事によって約80ノットの全開航行が可能となってます」

 

 

 夕張の言葉を聞いたその場の者全員の認識が、吹雪準拠になった瞬間であった。

 

 

「艦内装備その他は後で説明して下さい、それよりこの作戦で第二特務課へ新たに二名の艦娘を編成する事を通達します、彼女らは本来もう少し後での着任予定となっていましたが、今作戦の為急遽予定を繰り上げ合流する事になりました、急な話で連携等に不安が残るとは思いますが、作戦遂行に欠かせない人員ですのでその辺りの調整はよろしくお願いします」

 

「航空母艦、加賀です。三郎さんが私の提督なの? 不幸だわ……」

 

「不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 

 知らされてなかった二人の編入、片方の青いのは某不幸戦艦のセリフ混じりに、そしてもう片方の駆逐艦は何故か明後日の方へ敬礼をしつつ着任の挨拶を済ます。

 

 更に作戦実行まで暫く時間が掛かると思っていた面々は、ある事情(・・・・)の為にこのまま出撃しないといけないという緊急事態に少々…… いやかなり混乱の極みにあった。

 

 

「不安しか思い浮かびません……」

 

 

 半分放心状態の吉野の肩を誰かが優しく叩く。

 

 そちらを向くと、とても良い笑顔を浮かべ、何故かサムズアップをする電の姿。

 

 

「成るようにしかならないのです、幾らチキンの三郎ちゃんでもこれだけの支援があればもしかすると奇跡的に多分なんとかなるかも知れないのです?」

 

「デンちゃん、何故最後に疑問符つけた?」

 

「嘘を吐くのは罪だと電は思うのですが、今回の場合は辛うじてそれも許される気がしましたので…… つい……」

 

「……何かもぉ色々台無しだよもぅ……」

 

 

 

 

 かくして大本営発令、凄号作戦完遂の為、大本営所属第二特務課は初となる任務に就くのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 どうか宜しくお願い致します。

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