大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回のあらすじ

 出航、打ち合わせ、そして米粒まみれになった提督。

 (※)今回はいつもより長いです、倍くらい、そして会話が中心。
 そういった物が苦手な方はブラウザバック推奨です。
 

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。

2016/06/17
 誤字脱字箇所修致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


会談、そしてセカイノナゾ

 南鳥島

 

 本土から遥か東南、周りを海に囲まれたその孤島は島の西に辛うじて使用可能な滑走路が一本、東側に気象観測用の機器が据えられた幾つかの建造物が建つだけの無人島。

 

 島の周りは珊瑚に囲まれ、その先は深度1,000以上の水深の為海の色は濃く、また一番高い所でも海抜8mしか無いそこはほぼ平らと呼んで良い地形の為、島から見ればぐるりと海が見渡せる。

 

 海岸線の総延長は凡そ6,000m、早朝のジョギング程度で周れてしまう程度の大きさしかないその島は、三角形の特徴的な形をしていた。

 

 島の滑走路、その南端、珊瑚が見える海岸脇には小さなビーチパラソルとテーブルがポツンと据えられており、そしてそこには色白の半裸と呼べる程際どい姿の女性と、その女性の肌色と同じ色の軍装を纏った男が一人。

 

 

 「遠路はるばるようこそ、貴方に会えるのを楽しみにしてたわ、……って言っても、この島、貴方達の国の物だから私達が勝手に占拠してるよーなモンなんだけどね」

 

 

 テーブルに両肘を付き、気だるそうに男を見つめる女性の名は防空棲姫(ぼうくうせいき)、深海棲艦の脅威度カテゴリー的に言えば上位から数えた方が早い個体であり、その艦種は駆逐艦である。

 

 駆逐艦、そう聞くと艦娘を知ってる者なら見た目は歳若い少女のイメージになりそうなのだが、それはこの個体には当てはまらず、見た目少女どころか色々立派に育った体躯を備え、半裸に近いその姿はややスレンダーながらも均整がとれており、白い肌と紅い目という特徴が無ければ世の男共を虜にしてしまうのではないかという妖艶さを醸し出している。

 

 しかしこの個体の特徴はその容姿では無くその能力にこそにある、秋月型を超える対空迎撃力、そして大和型を編成した超攻撃力偏重艦隊からの全力攻撃ですら意を介さぬ程の防御力。

 

 この女性と相対した世の提督からは例外なく『お前のような駆逐艦がいるか』と全方位突っ込みが入る、そんな個体がこの防空棲姫である。

 

 

「まー半分放棄した感じの島ですし、バレなきゃいいんじゃないでしょうかねぇ、あ、すいません、自分日本海軍所属、大本営麾下第二特務課の課長やってます、吉野三郎です、この度はご指名有難う御座います」

 

 

 そしてその超弩級駆逐艦の前で、どこぞのセールスマンよろしく軽口交じりに挨拶をする男は、吉野三郎中佐(28歳独身バカンスしたい)はさも当たり前の様に目の前の深海棲艦とにこやかに握手を交わしている。

 

 

「そう言って貰えると助かるわ、なんせずっとややこしいのに追っかけられたり、ここまで来るのに迷いまくったから陸が恋しいかったのよぉ、あーやっぱ地に足をつけるのって落ち着くわねぇ~」

 

 

 現在の海の覇者と言っても良い存在がどこぞの船乗りの様な事を言ってのける、どうやら深海棲艦も陸が恋しいらしい、イメージぶち壊しである。

 

 

「成る程、それはお疲れ様ですねぇ、大変だったでしょう? ちなみに防空棲姫さんはどちらからここに?」

 

「ん? えっと出身? そうねぇ確かインド洋の……モーリシャス辺りかしら? まぁ私が発生したのはその辺りだけど、あちこち放浪してた時間の方が長かったから厳密にはどこの出とかって言われてもイメージ沸かないわねぇ」

 

「そうなんですか、このご時勢のんびりクルージングなんてこっちとしては自殺行為ですから、羨ましい限りです」

 

「そんないい物じゃないわよ、食料調達も寝床も全てセルフだし、何も無いだだっ広い海ばっかりだし、たまに会うヤツらなんか『イー』とか『ロー』とかしか喋らないし」

 

 

 吉野の脳裏には黒い流線型の、口から魚雷を吐き出すポピュラーなあの深海棲艦のイメージが思い浮かぶ、成る程、ヤツらの名前は単純に泣き声辺りからきてるのかと思ったのだが、そうすると戦艦辺りは『ルー』とか言うのか? それじゃ仮面を被った雷巡なら『チー』とでも鳴くのだろうかとどうでもいい事に想いを馳せていた。

 

 

「成る程…… 確かにそれは退屈そうだ…… 時に防空棲姫さん」

 

「何かしら?」

 

「つかぬ事を伺いますが、自分と防空棲姫さんって以前どこかでお会いした事ってありました?」

 

「何? ナンパでもしようって言うの? ふ~ん、まぁ見た目はギリ合格って感じだし、グっとくる口説き文句の一つでも聞かせて貰えるなら相手をしてあげなくもないわよ?」

 

「ああいえそうじゃなく、何で今回の交渉で見ず知らずの自分を指名したかって事なんですが、その辺りがサッパリ判らないもんで」

 

「あっさりスルーしたわね、って貴方を指名した経緯が判らないって事かしら、成る程、確かに一面識も無いのにいきなり名指しでこんなトコに呼ばれれば(いぶか)しむのも当然よねぇ、まぁ理由は単純、興味があったと言うか面白そうだったから」

 

 

 興味があった、面白そうだから、防空棲姫が言うのは"何故吉野をここに呼んだのか"であって、"何故吉野の事を知っているのか"の答えになっていない。

 

 そう吉野が言おうとしたが、その言葉が口から出る前に防空棲姫から聞きたい言葉が返ってきた、それも予想外の人物の名と共に。

 

 

「五月雨がねぇ、何かあると弟くん弟くんって言うのよ、もぉずっとよ? 最初はハイハイって流してたんだけど、流石に四六時中そんなの聞かされてたら嫌でも興味が沸いちゃうじゃない?」

 

「はぃぃぃ? 五月雨ちゃんんん?」

 

 

 "最初の五人"白露型六番艦五月雨

 

 言わずと知れた最初に顕現(けんげん)した艦娘五人の内の一人、戦闘力は並、特に特筆した装備も持たずどちらかというと不器用…… と呼ばれるには生易しい程そそっかしいこの艦娘は、最初期の五人の中で唯一現役で前線に居る(・・・・・・・・・・)艦娘である。

 

 海を往けば転倒し艦隊の足並みを乱す、砲撃すれば砲弾が明後日の方向へ消えていく、そんな超絶ドジっ子であるが、周りからはそれとは真逆の評価をされている。

 

 転倒した時は、艦隊が足を止めたお陰で誰かに直撃するはずだった魚雷を回避させ、逸れた砲弾が待ち伏せの為隠れていた敵艦をたまたま直撃し奇襲を潰す。

 

 そんな彼女の行動は無意識下で周りから危険を遠ざけ、自身は高確率で敵からの被害を受けずに帰還する、幸運艦と呼ばれる某陽炎型八番艦を更に上回る豪運を、ドジと共に撒き散らすこの駆逐艦は『奇跡の五月雨』と呼ばれ、軍の中ではある意味生ける都市伝説の様な扱いをされていた。

 

 まぁそれでも本人のドジに由来する損傷はそれなりという残念な結果も伴っているので、前述にある幸運艦の如く"一部では死神扱い"という畏怖される存在で無いのは確かなのだが。

 

 

「丁度ハワイ辺りを彷徨ってた時だったかしら、遭難して流されたとかで波間にプカプカ浮いてたあの子を拾ったんだけど」

 

「ハワイまで流されたって何してんのサミー!? てか艦娘なのに遭難ってどういう事!?」

 

 

 流石奇跡の五月雨と呼ばれた駆逐艦、遥か遠くのハワイまで敵と遭遇せずに流された挙句、友好的な、それも防空棲姫という上位個体に拾われるという天文学的確立を引き当てていた、もはやファンタジーである。

 

 

「な~んか話聞いてたら放っとけなくなっちゃって、日本まで送り届ける事になったんだけど途中色々聞いてる内に興味が沸いちゃってね」

 

「は…… はぁ、色々突っ込みたいところは目白押しですが、自分の事は五月雨ちゃんに聞いてたって事で納得しました、で、そのドジっ子駆逐艦は今どこに?」

 

「ん? 五月雨? それならここに着くなり『南で呼ばれているよーな気がします!』とか言ってどっか行っちゃったわよ」

 

「サミー…… どんだけフリーダムなんだ……」

 

 

 日本の危機を救うかも知れない深海棲艦を吉野に引き合わせた駆逐艦は、今日も何処かで盛大にしくじりながら、豪運を振り撒いてるようだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「それで? 別に随伴艦を連れて来ていいって言ってたはずなんだけど、貴方一人でこんな所に来て良かったの?」

 

「ええ、そちらも同伴してるはずのレ級を洋上に待機させてるみたいですし、交渉するならお互いに条件はイーブンでないと不公平でしょう?」

 

「ふーん、随分と律儀ねぇ、まぁレ級が沖に居るのはそんな理由じゃなくて、"外側の事"警戒してあそこに居るだけなんだけどまぁいいわ」

 

「うん? 外側?」

 

「いえ、それはこっちの事情、気にしなくていいわよ、それじゃ交渉とやらを始めましょうか…… とその前に、色々とお互いの認識面での情報を摺り合わせておく必要があるわね」

 

「あーそうですね、ではその辺りから始めましょうか」

 

 

 そう言う防空棲姫は相変わらず両手に顎を乗せたまま、しかしその目に挑戦的な色を(たた)え、吉野を射すくめるように強く見つめる。

 

 

「私達深海棲艦の生態はもう説明しなくてもいいわよね?、テリトリーの話とか、その中の上下関係やそうなる条件とか」

 

「ええ、存じてます、ですから今回もなるべく最悪を回避する為に必死で交渉をしようと思ってますんで、どうかお手柔らかにして頂けたら助るんですが」

 

「お手柔らかにねぇ、……まぁいいわ、それで今私が日本近海に居付くと周りの有象無象(うぞうむぞう)もオマケに付いてくる訳なんだけど、これっておかしいとは思わない? ただそこに居るだけでそこそこの縄張りと手下が手に入るのに今まで誰もそうしなかった」

 

「ですねぇ、幾ら艦娘の本拠地が目と鼻の先だからといって、この30年一度も日本近海は上位個体の脅威に晒された事は無かったですし、ちょっと不自然な気はしますね」

 

「それなんだけど、先ず私達は基本的に人、若しくはそれ以外でもいいわ、海で沈んだ者の想念を核ににして生まれてくるのよ、そしてどこかで死んでもその想念があった場所で再び生まれ、また海へ(いざな)われる」

 

「想念…… ですか、艦娘は古の艦の、そして深海棲艦は沈んだ者の…… 存在は似通(にかよ)ってますが、その話が本当なら人間は深海棲艦に勝つ事は不可能って事になりますね……」

 

 

 言葉尻は柔らかいものの、険しい表情になる吉野を見た防空棲姫はそれとは逆に嬉しげな表情を表に貼り付ける。

 

 

「中々理解が早くて助かるわ、そう、元が船の艦娘と、大体が人の想念を元にした深海棲艦とは数が文字通り桁違いって事になるわね、海に沈んだ者が皆こっち側に来るとは限らないけど、それを差し引いても艦娘と深海棲艦の戦力比なんて計算するのも馬鹿らしいわよね」

 

 

 海に沈んだ者の想念、第二次世界大戦で日本という国の軍人で海に没した物だけと限定したとして、少なく見積もっても百万人は優に犠牲を出している、それに他国の者、更に民間人、これだけ加えてしまうとそれこそ桁がもう一つ跳ね上がるのは間違いない。

 

 対して艦娘はその大戦で戦ってきた軍艦から生まれてくる、同種同艦は幾らか存在したとしても、現状その数は頭打ち状態で万にすら届いてない状態。

 

 

 戦闘は、投入される数がある程度までは個の能力に左右されるが、規模が戦争と呼ばれるものに膨れ上がると単純に数で優劣が決定する。

 

 その理論でいうなら現状、人類側にとっての勝利の目は微塵も存在しないという事になる。

 

 

「仮に深海棲艦や艦娘の損耗を生き死にという概念にあてはめると、私達は死んだ海で生まれ続け、艦娘は人が呼び続ける、そして基本それは終わりが無く、循環し続ける」

 

「……輪廻(りんね)

 

「私達が生き物という扱いならその言葉に間違いは無いわ、だから深海棲艦は己が人として死に、そして苦しみと共に発生し、全ての起点になるその場所に(こだわ)る、深海凄艦は余程の事がなければその場から離れようとしないし、苦しみを与える人を排除しようとする、更に人に呼ばれた艦娘は己の発生源である人に(こだわ)り続け、結果として双方は絶対に相容れない関係になる」

 

 

 長年奪還してきた海域に無限ともとれる深海棲艦が発生し続けるのも、そしてエリアが隣接しているにも関わらず大規模な他海域からの侵攻が無いのもその仕組みがあったからこそなのだろう。

 

 真実か否かは吉野に判断はつかないが、少なくとも現状、今までの事を納得させるには防空棲姫の言う事は充分筋が通っている。

 

 

「でもね、日本という国はそのシステムの枠から外れているのよ」

 

「……と言うと?」

 

「他の国とは違い、あの時戦ってた日本人は天皇を現人神(あらひとがみ)(まつ)り、己をその臣民(しんみん)としてきたわ、戦地へ向かい死んだ者も、死せば魂として祭られ靖國に入ると信じられてきた」

 

「ええ…… 確かにそう教育され、実際そう認識していたでしょう」

 

「他の国ではそうじゃなくて、単純に国の為とか家族の為とか、個人的な意識が根底にあった、でも日本人全ての者がそうとは言えないけど、当時の日本軍に従属していた者の死生観(しせいかん)の先には少なからず靖國という対象が存在していた」

 

「……確かに」

 

「神なんて存在しないはずのこの世に、余りにも幾多の人間の想いが集ってしまった結果、靖國に神という名の力を降ろしてしまった訳よ」

 

 

 盛大な夢物語だ、そう表現するのが当然の様な話であった。

 

 しかし事実がどうあれ、当時の日本は諸外国に比べその多くは余りにも無知で、そして国がそう強いたであろう結果自然と同じ場所を見つめ、目指した。

 

 それが大きな渦となり、残った結果が言葉に出来ぬ悲劇だったとしても、歴史はそれを事実として刻んでいる。

 

 

「靖國が特別な物という事ですが、それと日本近海における上位個体の出現にどう関連するんです? まさかファンタジーみたいに聖なる何かとか大いなる力とかで深海凄艦から日本を守ってるとでも?」

 

「大体そんな認識でいいと思うわよ?」

 

「ばかな、その話が事実なら、そもそも下位個体であっても深海棲艦が日本近海に存在するのはおかしい、現に貴方は今こうしてこの靖國のテリトリーに何食わぬ顔で存在している、それに戦争初期は僅かながら本土侵攻までされたんですよ? 矛盾してませんかそれ」

 

「まぁそういう結論になっちゃうけど、靖國に影響されるのは知性が高い上位個体に限られるわ、この縄張りでは上位個体は生まれないし、外から来たモノがこの縄張りで死ねば元の海へ還らず浄化した魂として認識され靖國に取り込まれるの、ここで死ぬって事は輪廻から吸い出されて存在が消される……そういう事よ」

 

「なら今まで上位個体による大規模な侵攻が起きなかったのは、靖國があったお陰だと……」

 

「誰も好き好んで自分の存在が消されるリスクを犯してまで攻めようとは思わないでしょ? 周りを固めてさえおけば(いず)れほっといても資源が枯渇して自滅する国なのは間違いないんだし」

 

 

 確かに日本は資源に乏しく、外に依存しなければ成り立たない国である、輪廻という無限の時間を認識する深海棲艦にとって、危険を伴う場所を避け、時間を掛けてただ包囲し続けるだけで勝手に弱体化する国であればれば、無理に攻める必要はない。

 

 成る程、これ程効率的で、確実な攻め方は無いだろう。

 

 

「戦力比は絶望的、更にある程度締め上げておけば勝手に自滅する、難儀な状況ですねぇ、なのに防空棲姫さん、貴方は何故そんな分の悪い賭けの尻馬になんか乗っかろうとしてるんです?」

 

 

 吉野の言葉に口角を上げ、挑戦的な目を更に輝かせ、防空棲姫と呼ばれる女性が楽しげに口を開いた。

 

 

「あら? 最初に言わなかったかしら、理由なんて単純な事よ、面白そうだから(・・・・・・・)、もしここに居る事で私が満足する程楽しいモノがあるなら、今世で私がお仕舞い(・・・・・・・・・)になったとしても全然構わないわ」

 

 

 楽しければそれでいい、そんな刹那(せつな)的な理由でこの深海棲艦はここに来たという。

 

 永遠に巡る生の中で記憶を持ち越せるのかは謎ではあったが、目の前の白い存在は退屈は罪とばかりに言い放っている、全く以って危険極まりない破滅的な考えである。

 

 割と存在が危ぶまれる日本という国、本人達が認識していないだけで片足は棺桶に突っ込んだ状態、そんなどうしようもない詰んだ国を救うのに安全策なんてあるか判らない、手を選んでる時間も、探す手間も残されてはいない。

 

 

 つまりどちらにしても、この目の前の深海凄艦をこちらに引き込まなければこの先未来は無い、吉野の中ではそういう答えに至った。

 

 

「面白そうですか……成る程、では結論として防空棲姫さんは日本というテリトリーに居付いて、我々と不可侵条約を結んで頂けるんですかね?」

 

「ん~ それもいいんだけど貴方、えっと弟くん?」

 

「吉野三郎です」

 

「ああサブローね、貴方自身、この戦争ってどんなつもりで参加してるの? こんな危険なトコに一人で出てくる位だからなんとなくって理由じゃないわよね?」

 

「理由…… ですか? 最初は単純に巻き込まれたからですね、そして今は……ですが、効率良く戦争を回す為ですかね」

 

「……戦争を回す? また変な事を言うのね、それって判り易く説明して貰えるのかしら?」

 

「自分にとって、艦娘という存在と人間はほぼ同価値にあります、そしてそれを前提としてプライベートで関わってる人間関係は艦娘の比重の方が重い」

 

「回りくどい言い方ね、要するに人より艦娘の方が大事って言いたいんでしょ?」

 

「双方比べれば、というレベルでですよ、人間が嫌いな訳じゃない」

 

「ふ~ん、それで?」

 

「人というモノは生来、感情とそれによって生み出された理性を携えただけの"動物"です、否定したとしても間違い無くその根底には動物としての本能が根付いてます、そしてその本能は常に強者を生み出し弱者を蹴り落とす、種をより強い存在として維持しようとする自然の摂理に逆らえずに生きています」

 

「何かえらく壮大な話になってきたわね……」

 

「言い回しが大袈裟になるのは我慢して頂けたらと」

 

「まぁいいわ…… 聞いてあげる」

 

「そりゃどうも、まぁ色々突っ込みが入りそうなんでぶっちゃけると、人間ってのは元々群れると必ず自分その中で一番になりたい、そう出来てる生き物なんですよ、そしてそれがもたらすのは争い、規模が大きくなれば戦争、人間ってのはそんな生き物なんですよ」

 

「成る程ね、まぁそれには同意するわ」

 

「そして現況、深海棲艦という人類共通の敵が居るお陰で、人類は互いに争わずに済んでいます、さて、ここでもし深海棲艦という存在が居なくなったらどうか?、良かった良かった助かったと共に喜びを共有するのは最初だけでしょう、次に起こるのはまた人間同士の争い、まぁこれは人間という生き物の性質上仕方が無い話でしょうね」

 

 

 ここまで一気に説明すると、溜息を吐きながら一旦吉野は話を区切り、しかしと付け加えて話を続ける。

 

 その様は今までの飄々とした物は成りを潜め、真剣な面持ちで防空棲姫を見つめる。

 

 恐らくここからが本音の話になるのだろう、意図してそう見せた吉野の心情を汲み取り防空棲姫は黙ってその話を聞く事にする。

 

 

「人間同士で殺し合うのは構わない、しかし今は艦娘という強力な力を持ちつつも極めて従順な存在が手元にある、そして必ず起こる戦争、そこから導き出される答えは簡単だ、彼女らは否応無しに戦争の道具に使われる、それは守る対象を自らの手に掛けるという彼女らの存在意義に関わり、とてもまともな状態でいられなくなるでしょう、更に別の可能性として、戦争という利権のお陰で生きている人間は多数存在します、もしも深海棲艦を排除した後でその利権が危うくなれば当然次の"人類の敵"が必要になる、その結果、艦娘という人類を超えた存在を敵として仕立て上げる事をするかも知れない」

 

 

 艦娘という存在を身近に過ごす軍関係者でさえ彼女達に懐疑的な見方をする者も少なくない、ならその存在は知っていたとしても接した事の無い多くの者は、その存在自体を恐れ、遠ざけようとしても不思議ではない、もしそうなった場合、基本的に人に対して従順な彼女らに待ち受けるのは苦悩と悲劇しかない。

 

 

「人は群れを成し、社会を形成する生き物です、その中の少数派がどう認識してようと大多数の物の考えが結果として人類が出す答えになる、その認識を変える為には数世代に渡って少しづつ認識を変えていくしかない、だから……」

 

 

 そこから更にはっきりとした言葉で、吉野は自分の答えになるであろう考えを口から吐き出した。

 

 

「今は戦争を終わらすべきじゃない、少なくとも彼女達が良き隣人で、人と共存可能な存在なんだと社会が認識するまで、……後数世代は人が入れ替わるまで深海棲艦という人類共通の敵は存在し続けてくれなくては困る、終わらぬ様、そして人の意識が変わる為に次世代へ種を撒く、その時間を稼ぐ為戦争を効率良く回す(・・・・・・・・・)、自分はその為に軍の(いぬ)になっています」

 

 

 目の前の男は軍人でありながらその存在意義とは真逆の事を口にする。

 

 そしてそれは正論であっても人という立場からすれば暴論でしかない。

 

 そんなちくはぐで、矛盾だらけのこの男の生き方は、全てに退屈と判を押し、刹那(せつな)的な生き方を選択しているこの深海棲艦にとってはとても新鮮で、そして、とても愉快極まりない(・・・・・・・・・・)存在だった。

 

 

「ク…… クックックック…… アッハハハ…… アハハハハハハハハ!」

 

 

 意識せず、何時振りだろうか、心の底から笑いが込み上げてくる。

 

 こんなちっぽけな存在で、なんの力も持たない男が"戦争を効率良く回す"と言い切った、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

 

「アンタバカなの? 軍人なんでしょ? それに戦争を効率良く回すって…… 何様なのよ、あーおかしい」

 

「まぁ馬鹿げた話ですね、自分でもちょっと誇大妄想入ってると思いますよ?」

 

 

 腹を抱え、涙を流しつつ笑い転げる防空棲姫の前で、いつの間にか吉野はいつもの雰囲気に戻っていた。

 

 

「でも」

 

「……でも?」

 

防空棲姫という力(・・・・・・・・)を取り込めたなら、あながちそれは実現不可能な事ではないと思うんですがね?」

 

 

 吉野の言葉に防空棲姫の笑いは止まる、そして暫く両者の間に言葉は無く、只淡々と波の音だけが聞こえてくる。

 

 

「そう、成る程、要するに貴方は目的の為に私に力を貸せと、そう言うのね?」

 

 

 凄みを増し、辺りの全てを食い散らかすのではなかろうかという殺気が膨れ上がる、深海棲艦上位個体、その名に相応しい禍々しさを身に纏い、紅い瞳が吉野を睨む。

 

 

「是非とも、自分には貴女の力が必要です、何としても自分は貴女を手に入れたい」

 

 

 この世の中で、最も純粋で強大な殺意の塊、それを前にして心が折れそうだった吉野は、それでもすんでの処で笑いを顔に貼り付けた。

 

 『困難な時こそ笑え、そして相手を飲み込め、そこに根拠がなくてもだ』まだ駆け出しの頃、繰り返し先達(せんたつ)から聞かされた言葉、そして幾度となく自分を窮地から救った行動。

 

 気まぐれ一つで命を刈り取られる、そんな状況で最後に吉野が出来る行動はこれだった、後は防空棲姫の答えを待つのみ。

 

 

「何としても私が欲しい…… ねぇ、クックックッ、成る程…… 成る程…… そんなに私が欲しいなら構わないわ、そこまで情熱的に迫られたら流石にグラッときちゃうもの」

 

「……はい?」

 

「心臓が弱いヤツなら即死級の殺意を叩き込んでも笑ってられる神経の図太さ、トンデモ話を真面目に実現しようとする馬鹿さ加減、いい…… いいわ、最っ高よ貴方」

 

「えーと…… それは不可侵条約を結んで頂けるって事でいいんですかね?」

 

「えぇ、私は今から貴方の元に下ると決めたわ、上位者がそれを望むなら果たすのが配下の勤めだし、いいわよテイトク(・・・・)、不可侵条約でも何でも結んであげるわ」

 

「んんんん? テイトク? 今とっても不穏な単語混じってた気がするんだけど、ちょっと確かめさせて?」

 

 

 嫌な予感に冷や汗を流し、何やら致命的な誤解を生んでいる事を感じた吉野は慌てて話を聞こうとするが、それはある訪問者が訪れた為適うことはなかった。

 

 

「ボーちゃん」

 

「……えぇ判ってるわレ級、アイツらこんなとこまで追ってきたのね?」

 

 

 いつの間に来たのか、防空棲姫の横には黒いパーカーに太い尻尾、恐らく深海棲艦としては有名であり、同時に説明が不要な程悪名を轟かす深海棲艦レ級がそこに居た。

 

 

「……どうしたんです?」

 

 

 突然の来訪者に少し困惑しつつも、今まで笑っていた防空棲姫の雰囲気がガラリと変わった為か、吉野は只ならぬことが起きている事を感じ取った。

 

 

「……折角話が纏まりかけてたんだけどちょっと野暮用が出来たみたい、じゃテイトク、少し席を外すわね、貴方達は厄介事に巻き込まれない内にさっさとこの海域を離れなさい、上手く事が運んだらだけど、私は貴方の元へちゃんと戻るから、その時はちゃんと約束は守るわ」

 

 

 ウインク一つ、それだけ言うと防空棲姫はレ級と共にその場を後にした。

 

 

 事情が判らない為引き止める事も出来ずに取り残された吉野三郎中佐(28歳独身フラグ構築師)の耳に、緊急時にのみ聞こえるはずのコールサインが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 




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