大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 
 南鳥島近海にて深海棲艦と戦い、勝利した末空母棲鬼を拉致る事に成功した第二特務課艦隊(仮)
 そして吉野課長の財布に危機が訪れる。



 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。



2016/06/24
 文章の表現を一部修正致しました。
 ご指摘頂きましたKK様、有難う御座います、大変助かりました。


2018/12/27
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたMWKURAYUKI様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


入渠施設にて

船は往く往く水平線。

 

 大本営発捷号作戦の中核である防空棲姫との交渉の末日本近海に於ける不可侵条約を取り付け、更にその後強襲してきた深海棲艦の一団を迎撃、これを退けあまつさえその旗艦であった空母棲鬼を鹵獲した第二特務課艦隊(仮)

 

 大量に弾薬を持ち込んだ事もあり、戦闘の継続は可能であったが負傷者多数の為速やかに島から撤収、現在第二特務課艦隊の面々+αを乗せた強襲揚陸艇"轟天号"は、現在日本本土から南鳥島の凡そ中間点辺りを航行中。

 

 日は沈み、月明かりのみの海原は暗く、漆黒の轟天号はその(いろ)に溶け込みつつも、白い航跡を残しつつ北西へ向かっている。

 

 こんな表現をしているとさも伊達な印象を受けるがこの船、実はかなり致命的な欠陥を抱えている。

 

 

 それは船体を塗り上げている色、どこもかしこも真っ黒であり、夜の海では保護色として効力を発揮しているが、これが昼の海や透明度の高い水域になるとバカみたいに目立つのである。

 

 なにせ強襲揚陸艇と名は付いているが、内部には簡易の入渠施設や武器庫、そしてある程度の期間寄港せずとも活動が可能な様に極小ながらも工廠が据えられていた。

 

 その大きさは凡そ50m×10mの箱型であり、用途的には簡易拠点の様な物になっている。

 

 こんな真っ黒な船が昼間に海を航行していたら目立つ事請け合いであるのだが、建造指揮を採った夕張は、持ち前の厨二病をこじらせてしまい、『カッコイイから』という理由故に"保護色"という基本的な配色がすっかり抜け落ちた結果、この様な不気味な色の船となっていた。

 

 

 そんな轟天号の内部、丁度中央辺りにあるトイレでは吉野三郎(28歳独ペーパーはダブルエンボス派)が至福の時を過ごしていた。

 

 一体何が至福の時なのかは表現を控えさせて頂くが、そんな状態であった。

 

 

 得も言えぬ表情で溜息を吐き、鼻歌混じりにカラカラとトイレットペーパーを巻き上げ、最後の儀式を行い、(しめ)やかに全てが終わろうとしていた時。

 

 

 

『ニギャーーーーーー!!』

 

 

 

 しかし現実は無情、居るかどうかも判らぬ神は『これでFinish!?な訳無いデショ!』とどこぞの紅茶戦艦の台詞と共に全てをぶち壊し、文字通り吉野は便器から飛び上がる。

 

 余り聞かない類の珍妙な悲鳴に困惑しつつ、辛うじて粗相を免れた吉野は慌ててズボンを上げ、チャックにシャツの裾をチョロ出ししながらトイレから飛び出すと、悲鳴が聞こえたと思われる方へ駆け出した。

 

 

 細い艦内通路を船尾の方へ向かうと『入渠室』と表記されたプレートが壁に貼り付けられており、その下にあるドアが開かれたままになっていた。

 

 室内からは複数の切迫した声が聞こえ、ドアが開け放たれているからであろう、バタバタと走り回る足音が外まで響き、否応無しに緊急事態である事を吉野に認識させる。

 

 

「何があった!」

 

 

 慌てて中に踏み込むと、やや大きめなバスタブの様な物が二つ並び、其々横に高速修復剤の空バケツを持った榛名と妙高、奥には腕を組んで渋い顔の防空棲姫が壁に寄り掛かっており、更にその付近を夕張があたふたと走り回っていた。

 

 そんな室内の中心にあるバスタブからは、砲塔が生えた太い尻尾と尻だけがプカプカ浮かんでおり、もう片側のバスタブからはまるでシンクロナイズドスイミングでもしているかの如く、水面から白い足がピーンと一本生えていた。

 

 

「いやホント、何があったのコレ……」

 

 

 股間から布切れを生やし由緒正しい雷巡の格好のまま固まる吉野、痙攣した尻と足だけが見えるバスタブ、そんなシュールで気まずい空間がそこに出来上がっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 珍妙かつカオスな騒動が起こった訳。

 

 その発端は傷を癒す為、艦娘達が入渠施設を利用する処から始まる。

 

 現況は危機を脱したとはいえ今だ第二特務課は大本営に向けて航行中であり、更に防空棲姫が一応この海域のボスに座る事が確定したとはいえ、その縄張り全てを掌握するには実の処、後数週間程度は掛かる見通しである為、現在は安全面でも注意しないといけない状態にあった。

 

 幾ら下位個体しか居ないからといって迎撃手段も無いまま長距離を進む訳にはいかず、結論としては高速修復剤を利用して早急に全員の傷を癒し、戦力を整える事になったのである。

 

 そして艦娘全員の傷が癒えた後、問題になったのは深海組。

 

 海戦では彼女達も当然傷を負っていた、特に空母棲鬼のそれは酷く、自力で歩けない程のダメージを負っていたので早急にその負傷をなんとかしないといけない状態であったのだが、そこには幾つか懸念する事があった。

 

 

 一つは空母棲鬼、彼女はこちらを襲ってきた艦隊を指揮していた個体であり、戦いの結果、今はこうして鹵獲されてはいるものの、あくまで動けない状態なので周りに影響は無い状態だが、もし彼女の傷が癒えた場合、艦内で暴れられる可能性が危惧される。

 

 次に根本的な問題として、入渠システムや高速修復剤という物が深海棲艦に効き目があるのかどうか。

 

 

 結論としては、空母棲鬼の件は深海棲艦の生態上、現在彼女は防空棲姫の配下という位置付けになっており、本人の感情がどうであれ防空棲姫には逆らう事は不可能な為、その辺りは問題が無いらしい。

 

 二つ目の懸念は実際にレ級がバスタブに浸かる事でその効力を試してみた結果、艦娘と同じく傷が徐々に癒えていくのが確認されたので取り敢えずは有効と判断された。

 

 

 全てが安全という保障は無いが、現況戦える戦力は一人でも多いに越した事は無いという結論に至った第二特務課の面々は、深海組に対しても高速修復剤を使って傷を癒して貰う事にしたという。

 

 

 ここまでは特に問題は無かった、しかし事件は高速修復剤をレ級と空母棲鬼が浸かるバスタブに流し込んだ時に起こった。

 

 それは艦娘が使用した時と同じく二人の傷を文字通り高速で、瞬く間にして癒す効き目があった、それは驚くべき結果であり、同時に今の第二特務課にとっては朗報であった。

 

 しかしそれはレ級と空母棲鬼には喜ばしい結果にはならなかった、傷が癒え、痛みから解放されるはずのその結末は、居るかどうかも判らぬ神が再び『これでFinish!?な訳無いデショ!』とどこぞの紅茶戦艦の台詞と共に激痛を伴わせ、彼女達の心をポッキリと折ってしまったのであった。

 

 その激痛は戦艦クラスの攻撃を正面から受けても平然としているレ級すら卒倒させる程の威力があった様で、一瞬で消えたのは彼女達の傷だけではなく、深海棲艦としてのプライドすら消し去ってしまうという惨状をそこに引き起こしてしまった。

 

 

「まぁあんなビックリ体験したらトラウマになっても無理ないかもね」

 

 

 防空棲姫の言葉を裏付けるかの様に、入渠室の片隅ではレ級が壁に向かって三角座りのまま『バケツコワイバケツコワイ』とうわ言の様に呟き、空母棲鬼に至っては『何よ何よふざけるんじゃないわよウワーン!』と泣きじゃくりながら部屋を飛び出して行ってしまった。

 

 そんな彼女らの心中を他人事の様に解説する防空棲姫はというと、鼻歌を歌いながら涼しい顔でバスタブに浸かっている、そこには当然高速修復剤という薬用入浴剤は混入されていない、その代わりに何故かバスタブは山盛りの泡まみれになっており、彼女はマリリンなモンローさん宜しく持ち上げた片足を手で撫でながらアハーンウフーンのポーズを取っていた。

 

 ちなみにボディシャンプーや石鹸の類等では風呂をアワアワにする事は難しい、アレはそれ用のブツを混入しなければ出来ないのである。

 

 

 吉野は何故入渠施設がアワアワなのか、どうしてそこで防空棲姫はアハーンウフーンとクネクネしてるのか、壁際でプルプルと三角座りのレ級は放置プレイしたままでいいのかと、とても困惑した状況でパイプ椅子に腰掛けていた。

 

 防空棲姫のバスタブのドまん前で。

 

 

「えーっと…… 防空棲姫さん、えらくご機嫌ですね?」

 

「それはそうよ、湯にゆっくり浸かるのなんて久し振りだもの、お風呂よお風呂。汗臭いのはいや」

 

 

 半笑いの吉野の前では防空棲姫が、スケスケの際どい服を着たあの陽炎型九番艦の台詞を口にしつつ、相変わらずアハンウフンしていた。

 

 

「成る程、確かに風呂はイイデスヨネ風呂は…… てか、泡風呂はちょっと提督的にはどうかな~ って思ったりもしちゃうんですが……」

 

「え? これバスタブの横に備え付けてあったから使っただけなんだけど、ダメだったの?」

 

「え、備え付け?……」

 

「ほらそこ」

 

 

 防空棲姫が指差した先には確かに幾つか薬剤の入ったボトルが並んでいる。

 

 その中の一本を吉野は手に取ると、そこに貼り付けられているラベルを確認した。

 

 

-入渠用入浴剤バブルス-

 

 

 微妙にマイケルさんチのお猿さんチックなネーミングがされた入浴剤、そのラベルには腰痛・冷え性に効果的という、"体を完全修復する為に使用される入渠"に用いられる薬剤としては意味が無いのではという効能についての謳い文句と共に、明石薬品という製造元の名前が記されていた。

 

 吉野は無言でその入浴剤の蓋を開け、おもむろに防空棲姫のバスタブへ中身全てぶち撒けると、何故か額に青筋を立てたままそれを全力でかき混ぜた。

 

 

「ちょっ!? テイトクなに!? 泡が……って前見えないから! 一緒に入りたいなら服ぐらい脱ぎなさいよってキャーーーー!」

 

 

 結局全裸の防空棲姫が泡で滑るからと慌てて吉野に抱き付き、何とか鯖折りでその泡立てマシーンを鎮圧した頃には入渠室が泡まみれで、三角座りのレ級の怨嗟の声だけがブツブツと聞こえる異空間がそこに広がっていたという。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「いやちょっと取り乱しました、申し訳ない」

 

 

 泡の塊から目と口だけを出し、某ビバンダムさんみたいな状態の吉野は泡の中に手を突っ込んで頭をボリボリと掻いていた。

 

 それを相変わらず泡が山盛りのバスタブに浸かりながら、防空棲姫は三白眼で睨みつけている。

 

 ついでに部屋の隅では依然レ級が三角座りでブツブツ何かを呟いていたが、見た目只の泡の山なのでとても不気味な状態になっている。

 

 

「一緒にお風呂する位は別に構わないんだけど、ちょっとこれはオイタが過ぎるんじゃないかしら?」

 

「いや別にそんなつもりは微塵も、っていうかハイ、イエ、ホント申し訳御座いませんでした……」

 

 

ミシュランなタイヤのイメージキャラクターぽい何かが頭を下げる、防空棲姫はチャプチャプと湯に浸かりつつ溜息を吐いた。

 

 

「ところで防空棲姫さん」

 

「あー、そういえばそれなんだけど」

 

「はい?」

 

 

 何かを思いついたのか、ジト目だった防空棲姫はコロリと表情を変えつつ、指を一本ピンと立てた。

 

 

「防空棲姫、それ確かに私の名前なんだけど、何ていうの? 名前っていうより個体名称な感じなのよね」

 

「ああまぁ確かに、ですねぇ」

 

「でね、折角こうして一緒に行動する事になるんだし、そんな呼ばれ方するよりちゃんとした名前で呼ばれたいっていうか、そうね……何かいい名前ないかしら?」

 

「ないかしら……って、また唐突ですね、その為に自分にここに残れって言ったんです?」

 

「あ、それとは別件で話もあるんだけど、それでもほら、兵は拙速を尊ぶって言うじゃない?、パパっとこう…… 優雅でエレガントな名前って無いかしら?」

 

 

 言ってる事は判るが、兵が拙速を尊んた処で優雅かつエレガントな名前が出る事は恐らく難しいのでは無いかと吉野は思った。

 

 

「名前ですか…… 防空棲姫さんの文字から幾らか拝借して、…… ボーキさんとか」

 

「それ本気で言ってるなら、また熱い抱擁で背骨を砕いてあげるわ」

 

「え!? ダメなんですか!?」

 

「それマジで言ってたの? ほんとにもう…… でもどうしようかしらね、艦娘の頃の名前名乗っても仕方ないし、適当に決めるのはちょっとねぇ、なんとなく思いついたにしては悩ましいわねコレ……」

 

「いやそりゃ名前ですから…… ってんんんんん?」

 

 

 指を頬に当て、悩まし気な表情の防空棲姫、その口からは割りととんでもない爆弾発言が転がり出た。

 

 今目の前で泡風呂に浸かる深海棲艦上位種の防空棲姫、彼女は今確かに自身を艦娘だったと言ったのである。

 

 固まるムッシュ・ビバン○ム、首を傾げながらそれを見る防空棲姫。

 

 

「ちょちょちょっ、防空棲姫さん?」

 

「……何?」

 

「防空棲姫さんって、艦娘だったんです?」

 

「そうよ?」

 

「いや島で話してた時、深海棲艦って人の想念から生まれてくるって言ってませんでしたっけ?」

 

基本的に人(・・・・・)若しくはそれ以外(・・・・・・・・)、そう説明してたと思うけど?」

 

 

 吉野は島で防空棲姫と話した内容を必死で思い出そうとしていた。

 

 

「話が長くなりそうだったし、理解し易い物にしようとしてはしょっちゃったんだけど、艦娘だった深海棲艦は少数だけど存在するわ、例えば私、そこのレ級と沈んだレ級、そして鹵獲してきた空母棲鬼」

 

「ファーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 はしょってはいけない大事な部分、しかもその事実がポロっと世間話のついで程度に出てきた。

 

 そしてその言葉を聞き、吉野の頭の中では島での会談以降、ずっと頭の中にあった可能性とそれを否定する根拠、それがまとめて吹っ飛び音を立てて別の物が組みあがっていく。

 

 

「え…… えっとですね、確認させて欲しいんですが、防空棲姫さん、貴女とレ級、そして空母棲鬼さんは元は艦娘だったと?」

 

「そうよ?」

 

「成る程…… そして貴女はレ級と世界を巡り、途中で空母棲鬼さんと揉めて以来、ずっと彼女に追いかけられていた」

 

「そうね」

 

「そうですか…… そしてその旅の途中五月雨ちゃんを拾い、彼女を送り届ける途中で色々話していった結果"面白そうだから"という結論に至り、貴女は我々と講和を結ぶ為に日本近海へ入った、更に貴女を追っていた空母棲鬼さんはそれを阻止しようとしてあの島までやって来た」

 

「講和が目的じゃなくて、テイトクと話をするのが目的だった訳だけど、結果としてはそれで間違い無いわ」

 

「防空棲姫さん……」

 

「何かしら?」

 

 

 泡の塊が身を乗り出してバスタブに寄り掛かり、防空棲姫を真っ直ぐ睨みながら、己の中にある仮説が合っているかどうか確認する為に最後の質問を口にした。

 

 

「もしかして……縄張り関係なしであちこち行けるのって、元艦娘だった深海棲艦だからですか?」

 

「そうね、元艦娘だった深海棲艦は縄張り関係無しにあちこち移動するし、割とその辺拘らないわね、ついでに元艦娘だった深海棲艦は多分…… だけど、意思の疎通が可能な(・・・・・・・・・)上位個体辺りしか居ないと思うわよ?」

 

 

 手の届く距離に前線基地があったとしても、そこが縄張りの外である限り侵攻してこなかった深海棲艦、不可思議ではあるものの、深海棲艦とはそういう物である(・・・・・・・・)と軍では認識されてきた。

 

 なのに近年南方海域周辺のみ(・・・・・・・・)ではあるが、別海域より上位個体による侵攻が確認される様になり、軍ではその対応に追われる結果となっているのが現状である。

 

 

 日本が制海圏としている海域の内、日本海側は大陸と挟まれている狭い海域であった為、戦力配置はそれなりではあったが多いとは言えず防衛寄り。

 

 また北方と西方も南方に比べ資源の回収や国交を結ぶ航路を殆ど開拓する余裕が無く、軍の戦力は今も不安定な南を維持する為に注がれ続けている、結果として余裕が無い北方と西方は積極的には戦闘を行えず、防衛に徹するしかなかった。

 

 

 つまり現在最も艦娘と深海棲艦が頻繁に戦闘を行い、最も多くの艦娘が沈んでいる海域は南方(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)という事になる。

 

 もし沈んだ艦娘も深海棲艦として蘇るのであるなら、そしてその元艦娘の深海棲艦だけ(・・)が縄張りを渡る習性を持っているというのなら…… 何故南方にのみ(・・)変化が起こっているのかの説明が成り立つ。

 

 

「そうか…… そういう事か…… 南方の攻勢がいきなり変化したのは、艦娘に引っ張られた人の想念が多い海域だからとかじゃなくて、艦娘自体が深海棲艦になってたからなのか……」

 

 

 南方海域では、前大戦で特に多くの人々が海で亡くなっている、他の海域とは違う動きがそこにあるなら原因はその辺りにあるのではと吉野は思っていた。

 

 同時に艦娘の殆どはその周辺を主戦場とし、沈んでいった物も多い、当然艦娘とそこに沈んでいる人の想念とは無関係とは言えない程の繋がりがあるのは当然だろう。

 

 

「あー、そういう解釈してたのね、ふーん、でも流石ね、間違いではあるけれどその考えはいい線いってるわ、私が知ってる限りでは艦娘が深海棲艦化するのって、沈んだ時に海の想念に触れて、その悲しみに引っ張られてそうなるらしいから、その想念が多く沈んでいる南で私達みたいなのが発生する確立は他の海域より高いはずよ?」

 

 

 人と共闘する艦娘、敵対する深海棲艦、今海原で覇権を掛け、死闘を繰り広げる三つの知的生命体、相反した関係でありながらもその間に絡み合い、互いに結ばれた線が僅かにではあるが吉野の頭の中で繋がった。

 

 

「……成る程、ちょっとまだ色々頭の中整理しないと考えがまとまりませんけど、色々と…… いやかなりこの先の希望が見えてきましたよ」

 

「あら、それはなによりね」

 

「それにしても防空棲姫さん、貴女はテリトリーの事とか、深海棲艦の成り立ちとか事情に詳しそうですが、他の上位個体って皆そんな物知りなんですか?」

 

「どうかしらね、私はあちこち旅するのが趣味だったし、その先々で合った姫とか鬼に色々話を聞いてたから物知りなのかも知れないけど、そうじゃないならあんまり事情に明るい個体は居ないんじゃないかしら?」

 

 

 防空棲姫は腕を組んで、やや得意げにそう答えた。

 

 彼女の話によると、テリトリーに縛られない存在である元艦娘の深海棲艦でも積極的に外へ出る者は少なく、また個体差はあっても戦うという行為は必要な時以外はなるべく避ける傾向にあるらしい。

 

 

「ちなみに防空棲姫さんって、艦娘だった頃の記憶ってあるんです?」

 

「無いわね、もしそんなのあったらそもそも人と戦う事なんてできる訳無いでしょ? 私が自分で判る事は、以前艦娘だった、そしてなんて艦だったかって事くらいね」

 

「え? 自分が何て艦娘だったかは覚えてるんですか!?」

 

「ええ」

 

「……ええと、その、それって……」

 

「ああ、別にそんなの聞かれても気にしないわ、私が昔何だったかなんて今は関係ないしね、私が艦娘だった頃は確か"初月"って艦だったかしら」

 

「うわぁ…… なんとなく秋月型かなって思ってたけど…… まさかのボクっ子て、性格違い過ぎて提督どうしていいかもぅ……」

 

「ちなみにそこでバケツバケツ言ってるレ級なんかは清霜って駆逐艦だったらしいわよ?」

 

「ファッ!? 清霜ぉ!?」

 

「あの子が元駆逐艦だったっていうのを考えると、多分艦娘の頃の特長とか因縁って深海棲艦化の結果にあんまり関係ないんじゃないかしら?」

 

「いえ清ピーはその…… 紛れも無く因縁というか執念が生んだ結果だと思います……」

 

 

 泡まみれでバケツという言葉を連呼しているレ級、吉野はいつか『大戦艦清霜』と呼んであげようと心に誓い、泡の奥の目頭をそっと拭うのであった。

 

 

 こうして後出しジャンケンで頭をピコピコハンマーで殴られた状態の吉野だったが、それでも何故か嬉し気な相を表に貼り付け、頭の中では情報の整理と今後のやるべき事への準備へ思いを馳せていた。

 

 

「ところでテイトク?」

 

「何でしょう?」

 

「私の名前、何がいいと思う?」

 

「あ…… ああうん、名前…… えーっと、防空棲姫さんの文字から幾らか拝借して、クウキさんってどうでしょう?」

 

「私はそんな存在感が薄くなりそうな名前はちょっと遠慮したいかしら」

 

「お気に召しませんか?、それじゃ……防空棲姫さんの文字から幾らか拝借しつつも、親しみやすい感じで、ボッキーさんというのは? いやいっそウッキー?」

 

「嗚呼…… そうね、テイトクってそういう感じの人間なのね……」

 

 

 日本海軍大本営麾下第二特務課々長吉野三郎中佐(28歳独身ムッ○ュ・ビバンダム)は、至って真面目に、そして誠実に防空棲姫の名前を考えていたが、結果としてそれが防空棲姫のお気に召すものが一つも出なかった事は言うまでもない。

 

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております。

 そして今回は皆様にちょっとしたお願いがあり、その事も書く予定では御座いますので、もしお暇が御座いましたらそちらに目を通して頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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