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2018/03/21
誤字脱字修正反映致しました。
ご指摘頂きました坂下郁様、黒い明星様、紅雪様、黒25様、物数寄のほね様、対艦ヘリ骸龍様、有難う御座います、大変助かりました。
準備を始めましょう
吉野は現在大本営内にある職員宿舎の一室に居た。
其処は元々吉野の為に割り当てられた部屋であったが、所属する部署の性質上海軍の力が及ぶ地域の端から端迄飛び回る毎日を送る様な生活をしていた為、生活の拠点というより大本営に居る間の仮の宿的な使い方しかされていなかった。
因みに吉野三郎には血縁者は居ない、配偶者も居ない、天涯孤独の身であって自他共に認めるロンリーガイである。
更に言うと住民票の所在地すら大本営の宿舎になっている有様、従って毎朝ゴミ出しの時顔を合わせ挨拶をする近所のマダムとの禁断のアバンチュールも無ければ、毎朝優しく起こしてくれるちょっと天然の入った可愛い幼馴染とのキャッキャウフフなライフなんぞはディスプレイの遙か彼方の存在である。
そんなマイホーム(仮)の中、事務机の前で吉野は大隅大将から受け取った書類を片手に色々思考を巡らせていた。
時間は午前4時過ぎ、あの大将執務室で辞令を受けた後、空腹で限界の胃を満たす為士官食堂に飛び込み、一航戦の赤いヤツばりなペースで食い物を胃に詰め込んだ後、宿舎に戻り眠れるだけ眠った。
結果目が覚めたのは日付も変わった午前3時、眠気スッキリの思考バッチリなコンディションであるが、時間が時間だけにやる事は限られていた、と云うより通達された部署に着任する迄時間にして28時間。
それまでに確認しやっておかなければならない事を頭の中で順序立てつつ先ずは大将から受け取った書類の確認を始めた… と云うのが現在の状況である。
そしてその封筒の中身であるが、入っていた書類には着任予定の人員詳細と極々僅かばかりの命令文が記された書類が数枚入っていただけである。
「えらいざっくりきたなぁ……」
任務詳細には第二特務部課々長着任の日時、そして同課に与えられる執務室の場所、優先的に使える施設一覧、最後に
『当該特務に耐え得る人員育成の為着任予定の艦娘を迎え、艦隊を編成せよ、尚以降の任務については追って発令するものとする。』
という最初の任務内容が記載されている。
「要するにアレだ、自分にこんな命令を下すって事は艦娘に戦闘方面じゃなくて、
書面に書かれた文章には特に行動内容についての記載は無く、【
となればやる事は今迄吉野が従事してきた任務を艦娘と共に継続して行えという意味として認識しても良いだろう。
そしてこれ迄吉野がやってきた【特務】とは有り体に言えば諜報活動と作戦実施前の調整役、それも特定の物は扱わず、攻略海域周辺の情報収集から各地方施設の内部事情の洗い出し、果ては那珂ちゃんのライヴツアーをする上で効果的に艦娘のイメージアップをする為のスケジュール作成や開催場所の選定等、もはやなんでも屋宜しくあちこち飛び回っていた。
大本営には諜報活動を専門に行う部署は他にもあったが、そちらは専らお偉方の派閥争いの為の粗探しや政権闘争等の道具に使われ、中立的な運用は殆どされていない状態であったので、各将官クラスの者は自分の配下で独自に情報収集の為の組織を持つのが普通であった。
吉野が所属していた特務課というのは大本営直下の組織ではなく大隅大将
「艦娘に大将んチのペス(愛犬)の世話させたり、那珂ちゃんの付き人させたり……」
吉野の頭の中ではペスという可愛い名を付けられた獰猛なドーベルマンの顔が浮かんでいた、噛まれた時は死ぬかと思った。
次に那珂ちゃんのリクエストで午後ティーをコンビニまで買いにパシらされた(ダッシュ強要)時の苦い思い出も浮かんでいた、ちょっと泣きそうだった。
「後は黒っぽい高官を拉致って情報をゲロさせたり、証拠が揃い切らなかったクズを始末したり……」
犬の世話から始まりパシリ、誘拐拷問、暗殺等同列に扱いつつこなさなければならない程度には【特務課】の仕事は多岐に渡っていた。
「要するに先ず組織作りから始めろって事ですかね・・・」
誰に言うでもなくそう一人ごちた吉野が手にしたのは、自分の部下になるであろう着任予定である艦娘達の情報がまとめられたファイル。
「これ中身を見なくても普通じゃないって判るよね」
時雨改二(秘書艦)
榛名改二
妙高改二
神通改二
不知火改
大鳳改
正直有り得ない。
「全部改二まで改装済みって事は高錬度だろうし、顔ぶれもちょっとした泊地とかだったら第一艦隊張ってるよーなメンツだろこれ、地球の裏側まで午後ティーパシらせろってか?」
しかもわざわさ一番上に書かれている時雨改ニの欄には(秘書艦)という指定までしてある謎仕様。
「どういう事なの?……」
困惑気味にファイルのページをめくると、其々の艦娘がここに着任する直前の所属部隊名、そこでの略歴、通常使用している装備の順で書かれた履歴書の様な物がまとめられていた。
最初は駆逐艦時雨の項。
第二特務課発足に合わせて着任予定、前所属は単冠湾泊地、約三年前に同泊地にて建造され、凡そ一年半に渡り第一艦隊と第二艦隊を行ったり来たりしている。
通常第一艦隊とは水上打撃艦隊や空母機動艦隊、そして水雷戦隊と云った戦闘面では主力を担う編成が主で、第二艦隊は泊地レベルで言えば第一艦隊への決戦支援や随伴と、これまた主力を張る戦力とみていいだろう。
この時雨はほぼ全ての作戦においてその主力の一翼を担っていた訳だが、ある日を境に第三、第四艦隊へ編成される事が多くなり、最後の半年に至っては泊地警邏隊の所属になっている。
「艦娘が警邏隊所属?」
吉野がいぶかしむのも無理は無い、通常艦娘とは深海凄艦を相手に戦闘を行う物である。
対して基地施設の警備に就くのは海軍施設ならば海兵隊から選抜された警邏隊、施設外の周辺は陸軍管轄の憲兵隊が担う、また主目的が対人である為従事するのも人間が普通である、艦娘がその任に就くと云う事は、人に向けてその力を奮う可能性を示唆しており、通常なら有り得ない配置である。
そしてページの末尾、この時雨と云う艦娘が常より装備している武装一覧を確認するとこう記載されている
第一スロット : カイザーナックル
第二スロット : カイザーナックル
第三スロット :
他軍隊格闘術等
「んんんん?」
目を凝らして装備欄の文字を確認しても、消しゴムでこすってみても、あぶり出しなのかと裏からライターの火をあててみても特に記載内容に変化は無い。
どこをどう見ても、何をどうしても一遍の曇りも無く、そこにはメリケンサック二つにポン刀一本の表記しかない、いや備考には軍隊格闘術習得済みのお知らせもあったか。
古の軍艦の魂を宿し、海原を駆け、人類の天敵である深海凄艦と死闘を繰り広げる艦娘の装備が、しばき倒し、ぶっ差し、止めに締め上げるという連撃仕様だというのだ。
むしろ清々しい程近接特化と言うべきだろうか? いやそれ以前に深海凄艦に対して切った張ったは通用するのだろうか?
そこで吉野ははたとしてファイルの表紙を確認し直す。
時雨改二(秘書艦)
「あー……、これはアレですわ、秘書艦(執務補助)ってより、秘書艦(用心棒)って事ぉ?…… 今度の部署は憎まれ系がメインになるのかなぁぁぁ?」
自分の職務に対する先行き不安感MAXな思考を抱きつつ、次のページを確認する。
次にあるのは戦艦榛名の項。
第二特務課発足から7日間後での着任予定、前所属はブイン基地、五年前に大本営にて建造され、横須賀鎮守府、ブルネイ泊地、リンガ泊地と転任し、最終的にブイン基地に着任したとある。
略歴には全ての任地で第一艦隊所属を外れた事は無く、ブイン基地においては艦隊総旗艦も勤めていた様だ。
「ブインの榛名? ……ブイン? ……知ってる……知ってるぞぉぉ、この榛名って確か【武蔵殺し】の榛名じゃないかぁぁ?」
その昔、大本営で開催された大演習(と云う名の御前試合)において、当時呉所属第一艦隊旗艦の大和型二番艦武蔵にタイマンで挑み、一方的にボコボコにした金剛型戦艦が居たという。
また一時期南方海域で猛威を奮っていたレ級率いる艦隊をいとも簡単に駆逐し、あまつさえそのレ級を舎弟に据えた金剛型戦艦が居たという。
夜むずがって中々床に就かない駆逐艦達に『いい子にしてないと武蔵殺しがお仕置きにやって来る』と怪奇物語として囁かれる金剛型戦艦、それがこの【武蔵殺しの榛名】である。
普通こんな話を聞かされても何かの冗談か酒の席でのヨタ話と一蹴してしまいそうだが、吉野はその職務上様々な情報に触れており、先の逸話を含めてこの金剛型三番艦にまつわる数々の伝記が事実である事は認識していた。
「上の連中はウチに一体何を求めてるんだ?……」
そう呟きながら確認した装備欄にはこう記載されている。
第一スロット : 試製51cm連装砲
第二スロット : 試製51cm連装砲
第三スロット : 一式徹甲弾
第四スロット : 一式徹甲弾
「まあ… 主砲は… そう… まあ… そうねぇ…」
主砲はまぁいい、色々突っ込みたい処だがとりあえずそれは横に置いておく、この威力の主砲に合わせるにしては一式徹甲弾と云うのは些かオーバーキル……
まぁ言いたい事はあるが脳筋思考としては許容範囲と言えなくは無い、しかし、しかしだ、何故一式徹甲弾が複数のスロットを占有しているのか?
普通そこは観測機か電探なのではないか? 百歩譲ったとしよう、同じ弾薬として被せてくるならそこは三式弾辺りでは無いのか? 何で一式徹甲弾マシマシなのか? 徹甲弾押しなのか?
此処に至って吉野は深く考えるのは辞めにした、物言わぬ書面に突っ込みを入れた処で答えが返ってくるで無く疲労が増すばかりだからだ。
この辺りは本人が着任した時にでも確かめればいいだけの話である、ただ脳筋思考の理論が理解出来るかどうかはまた別の話なのだが。
ペラリとページをめくると三人目、ここからはどうやら詳細な着任時期は凡そ半月後辺りを予定しており、日程調整中との注釈が入っている。
重巡洋艦妙高
岩川基地にて建造、時期不明、転任歴は無しとある。
「建造日時が不明?」
略歴、主に秘書艦を勤め専ら事務方に従事していた模様、尚戦闘記録及び演習記録は確認されておらず。
「え? 戦闘記録無いの? 改二でしょ? それならかなりの戦闘数こなしてる訳だから記録が見当たらないっておかしくない?」
装備欄
お好みで。
「えー…… ナニこのファジーさ、お好みってそんなシェフの気まぐれランチちっくな事書かれてもさぁ、どうしたらいいのさ?」
別の記載が無いか備欄の文字を確認しても、消しゴムでこすってみても、あぶり(ry (※)無駄でした。
無駄な突っ込みはしないと決めた直後に見た資料は突っ込みたくても何処の部分突っ込んで良いやら謎過ぎる物であった為、当初の目的は果たしているが違う意味で心労を重ねてしまうという結果に至った。
「落ち着け~、落ち着け自分、まだ半分だ、まだ半分残ってる、まだ……まだ、大丈夫でち!」
そう呟く吉野の眼は、某伊号潜水艦がデイリーを兼ねたオリョクルセット終了時に見せる様な独特の雰囲気が醸し出されていた。
少しインターバルを置く為コーヒーを淹れ、たっぷり一時間は掛けて間を空けただろうか、赤疲労マークがオレンジ辺りまで回復したのを自覚した処でデータ確認の作業に戻る。
軽巡洋艦神通の項。
四年前に舞鶴鎮守府にて建造されるもそのまま着任にならず、水雷戦隊強化の必要に迫られてたラバウル基地へ着任、以後転任歴無し。
略歴には当該基地第二艦隊旗艦を勤める、二年前の南方海域における大規模作戦参加時に甚大な損傷を受け一時戦線離脱をしたものの半月後には原隊復帰、以後変わらず第二艦隊旗艦の任に就いていたらしい。
「神通って言えば水雷屋ってイメージだが、どうやらこの神通も戦歴を見るにそっちの方に特性があるみたいだな」
装備欄
第一スロット : 61cm五連装(酸素)魚雷
第二スロット : 試製Fat仕様九五式酸素魚雷改
第三スロット : 潜水艦53cm艦首魚雷(8門)
「……OK、了解、判った、水雷屋のお仕事は魚雷で相手を沈める事だよネ、スロット全部魚雷で埋めるのは正直どうかと思うが最低限本来の役割は果たしていると思う? ……のでまぁ良しとしよう」
「んでもさぁ? 試製Fat魚雷って記憶違いじゃなきゃ潜水艦専用装備じゃなかったっけ? むしろ三スロ目のソレ明らかに潜水艦って名前書いてるよね? しかも艦首魚雷って……神通さん艦首に発射管増設したの? 構造上どうなのそれ?……」
艦隊運用方としては大艦巨砲主義が行き過ぎたオーバーキル戦艦に砲戦を担当させつつ、雷撃は神通で行う、そして雷撃可能距離まで詰めるのに時雨を護衛に充てれば艦隊運営としては問題は無い。
と云う選択肢の無い艦隊運営を頭の中で整理しつつ、そろそろこの異常なデータ群に慣れてきた自分に果たして正常な判断を下せるのであろうかと一抹の不安がよぎったのは内緒の話である。
駆逐艦不知火の項。
二年前にラバウル基地にて建造、以後転任歴無し。
略歴には主に船舶の護衛任務を専任し、主力艦隊が出撃した際には拠点の哨戒に就いていたらしい、しかし駆逐艦でありながら何故か資源回収目的の任務は殆ど参加した記録が無い。
「護衛専任ってまた尖った運営させてたんだな、意外と索敵能力に秀でてるとか? っと、着任地が神通と同じか、多分顔見知りではあると思うが……」
装備欄
第一スロット : 10cm連装高角砲
第二スロット : 10cm連装高角砲
第三スロット : 61cm三連装(酸素)魚雷
「うん、装備関係で壮大なオチがあるかもって不安だったけど至って普通だった、普通って素晴らしい、ビバ! 普通!」
しかし後に吉野三郎第二特務課々長(28歳独身)は述懐する、『異常の中に存在する普通、実はこれが一番厄介な存在なのだ』と……。
最後に、装甲空母大鳳の項。
二年前にタウイタウイ泊地にて建造、同泊地所属大鳳四姉妹の三女、転任歴無し。
「いや確かにタウイタウイなら大鳳だろうけど、四姉妹って資源関係焼け野原になってないかここ?……」
略歴
特定の艦隊には所属こそしなかったが、大鳳四姉妹はローテーションで満遍なく作戦に投入されていたらしく、錬度も比較的高めとある。
装備欄
第一スロット : 彗星十二型甲×30
「おお、最近のトレンドは1スロ目には艦爆を積むと有効と話しはあるし、装備自体は平凡だが最大機数が1スロ目の大鳳だと結構期待が持てるな、いいぞ」
第二スロット : 九七式艦攻×24
「おぉぉ、2スロ目に艦攻か、1スロ目が命中率に劣る艦爆なのに対し、2スロ目は安定した命中率の装備をフォローとして入れるとはナイスな選択肢、中々やるじゃないか大鳳」
第三スロット : 流星×24
「ん? ここで艦戦じゃなく艦攻を持ってきたか、制空権が取り辛いのは痛い処だが、最大の恩恵を受けるはずのウチの戦艦には着弾観測装備が微塵も無いのを考えると、これはウチに限ってはむしろアリかも知れない、いいぞぉ!」
第四スロット : 瑞雲12型×8
「何ぁ故だ大鳳!? どうした大鳳!? 一体どうしたら瑞雲なんて代物を積もうと思ったんだ!? むしろフロート機をどうやって離発着させるんだ大鳳!? トンボ釣り用の装備があるというのか大鳳? もしかしてこれは記入ミスか? 瑞雲じゃなくて彩雲の間違いじゃないのか? いや待て彩雲に12型なんてあったか? そこんとこどうなんだ大鳳!?」
「そうだ、艦載機を放って突撃。これだ」
「っ!? ……どちら様で?」
「伊勢型超弩級戦艦、妹の日g」
「師匠、それ以上はいけない」
「今何やら私を呼ぶ声が聞こえた様な気がしたんだがな、気のせいだったか?」
「いやこれっぽっちも、微塵も呼んだ記憶は無いのですが……」
「航空戦艦、いい響きだろ?わかるか、そうか…… よし飲もう!今日は朝まで帰さんぞ」
「人の話を聞いて下さいお願いします」
「提督なんだその顔は……表面温度も上昇している。病気か? 一緒に寝てやろうか?」
「微妙に改装前後のケッコンカッコカリ台詞を並べて何がしたいんですかってうわその瑞雲どうするつもりなんですかヤメロ!?」
大本営職員宿舎、此処は訪問販売や某国営放送からの取立てとは無縁の世界だが、瑞雲教やポイポイ教など……
独自の文化と教義が
結局この日は資料の確認と各施設の下見だけで殆どの時間を費やすハメとなった、人間は間宮や伊良湖ではキラ付けは愚か疲労を抜く事は出来ないのだ。
再掲載に伴いサブタイトルを手直ししております。
どうか宜しくお願い致します。