大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 最早セフトとは口が裂けても言えません。

 しかしプロットはまだ色々とありますので、続きます。

 はい、続くんです……


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2020/11/10
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました柱島低督様、対艦ヘリ骸龍様、水上 風月様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


取り敢えず外交、色んな意味で。

「ごめんなさい、ちゃんと監視してるつもりだったのだけど、まさかこういう手で来るとは思ってなかったわ」

 

 

 西蘭泊地奉行所(執務棟)の提督執務室。

 

 書類の束を手に苦い相を滲ませる髭眼帯の前では、特務課の外事担当である矢矧が綺麗な90°お辞儀の姿勢で頭を下げていた。

 

 

「いやぁこれは仕方ないよ、だって国とか機関相手じゃなくて個人の行動だからねぇ」

 

「それでもよ……以前からおかしな動きはしてたんだけど、貴族院が直接管轄している機関だったから、この微妙な時期に無茶はしないだろうって思い込みで様子見していたら、出し抜かれてしまったわ」

 

「普通なら矢矧君の考えで間違いはないよ、ただこっちもモーリス卿(駐日英国大使)が貴族院に復帰してたから、彼の事を当てにし過ぎてた感もあって対応が緩くなっちゃっててねぇ」

 

 

 当時の大坂鎮守府と英国の関係は、海湊(泊地棲姫)との邂逅以降に発生した利権関係の末、一応(・・)対外的には犬猿の中という体を見せていた。

 

 それは当時鎮守府の司令長官であった吉野と、英国駐日大使であったモーリス・ウインザーが直接対話の席で対峙した際、あわや国際問題にまで発展する寸前まで舌戦を交わしたのが発端となっている。

 

 

 が、実はこの会議に於いて実は双方示し合わせてはいないが、其々の目論見と関係確立の為の見えない駆け引きが行われていた。

 

 

 モーリスは会議にて、海湊(泊地棲姫)絡みで発生した利権を引き合いに出し、英国王室の要請という形で時雨の譲渡を吉野に迫った。

 

 対して吉野はこれを拒否し、まだ海湊(泊地棲姫)の名代として鎮守府に着たばかりの静海(重巡棲姫)という存在を使ってゴリ押しという形で全てをひっくり返した。

 

 どちらも強硬手段かつ、結果としては双方物別れという形でこれらの話し合いは白紙という結果に終わる。

 

 

 しかしこれらの話し合いの裏には、また違った思惑と結果が出来上がっていた。

 

 

 そもそも英国側としては持ち出した話から始まって、時雨の譲渡というのはそもそも無理という事は理解していた。

 

 それでも無理な話を引き合いに出したのは、欧州連合と、艦娘という戦力を多く抱える日本という国のパワーバランスの差を埋める手段の一つを得る事を目的とした、事前交渉の一環であった。

 

 現在行われているレンドリースは当時欧州連合にとって避けられないと予想された事案であり、対象とするのは日本一択なのは当然である。

 

 それを見越していた欧州連合は、外事や交渉を主に受け持つ英国を尖兵とし、先ずは着手可能な処からと日本に駐留しているモーリスに大坂鎮守府へ働きかけるよう指示を出していたのであった。

 

 

 また吉野自身も全てではないが、相手方(欧州連合)が意図する事情と目的を察知はしていた。

 

 結論を言うともっと話は丸く収める事は可能だった、更には好条件を積んだ上で、双方が良好な形で会議を終了させる手も存在した。

 

 吉野側にある程度内情が漏れ、そういう流れになるだろう事は流石に交渉事に強い英国も知っている事であり、本来なら場はある意味茶番で終わる筈であった。

 

 

 だが結果はそうならなかった。

 

 

 何故ならこの話し合いは、当時まだ名称も決定していなかったレンドリースという政策に対する、英国と日本の間にある意識の違いが問題だと吉野が危惧したからである。

 

 

 深海棲艦が出現して以降、海に囲まれ、また他国からもある意味見捨てられ孤立し、しかしそこから艦娘という戦力を得て戦い続けてきた日本と、近年艦娘と邂逅を果たし、漸く戦備を整え始めた欧州という世情の違いが吉野を暴挙と言える行動に駆り立てた。

 

 

 深海棲艦との泥沼の闘争は既に三十年以上続いてきた、人として成人し、戦いに身を投じてきた日本という国の軍人はこの時点で既に世代交代を果たし、更にはその世代も軍の中核を担う立場へと就いていた。

 

 だが対深海棲艦という軍拡を本格的に始めたばかりの欧州連合、特にそれを主導する英国は、艦娘先進国からのデータや協力があって運用ができたとしても、現場という面ではまだ試行錯誤という状態にある。

 

 

 突っ込んで言ってしまえば、艦娘に対する軍人としての思い入れや矜持という面では、日本と英国では比べるべくもない程の差がある。

 

 

 共に命を掛け海原を駆けた三十余年。

 

 流した涙も、血も、悲しみも、それら全てを含め、日本と英国では、特に精神的に大きな差があるのは当たり前である。

 

 

 故に、レンドリースという政策が施行された場合、艦娘という存在の扱いで日本と欧州側で軋轢が生まれるのは間違いない。

 

 艦娘は深海棲艦に対する戦力、切り札であるという欧州側の認識は、当然日本にもある物だと言えるだろう。

 

 だがそれ以前にこれまで戦ってきた時間や経験は、海軍所属の者に艦娘を戦友として、部下として、そして愛すべき存在と認識させてきた。

 

 現場という枠に限るならば、そこで活躍する殆どの軍人は生まれた時には既に深海棲艦との戦いの最中にあり、艦娘と共に戦ってきたという世界はごく当たり前であるのだ。

 

 

 艦娘の運用の期間や精神性の違いはレンドリースという制度を、片や戦力の効率的な配置と取る者と、戦友を無碍に扱う行為と取る者とに分けてしまうだろう。

 

 

 故に吉野はあの時、英国駐日大使にわざと噛み付いた。

 

 認識の違いは双方に致命的な軋轢を生む、国民ベースではそうではなくとも、日本の海軍士官は艦娘の事を単なる戦力としてではなく、共に往くべき友として見ていると。

 

 

 英国駐日大使であるモーリス・ウインザーという男は、貴族として当然であるように愛国心の強い人物である。

 

 しかし同時に他国へ大使として駐留する程には世情を読み、関係性に重きをおく性質でもあった。

 

 

 故にあの話し合いでは、敢えて吉野と対立するという形で英国の面目を保ち国益を守る行動を取った、が、同時に吉野がそうした行為に及んだ裏を後に理解し、その上で日本と英国にある艦娘という存在に対しての意識的な差を埋める必要性を感じた。

 

 現在彼が駐日大使ではなく英国貴族院に席を置くのは、自身が国内で働かねばそれらの情報が十全に生かせないと感じたからであった。

 

 

 結論として、英国の狐と揶揄される元駐日大使と、現在は日本を離れ南半球で半独立的な立場にいる髭眼帯の間には、表立って手を組むという間柄ではないにしても、実は其々にある種の信用を抱く間柄でもあった。

 

 

「来週火曜日の一〇(ヒトマル):三〇(サンマル)、メルボルンの西蘭泊地中継基地に於いて、英国国立研究所の要請で関係所員立会いの下、同国海軍本国艦隊に配備されていたNelson級 一番艦 Nelsonをこちらへ引渡す為の手続きを行います」

 

「あちらからの打診があったのは確か……五日前だっけ?」

 

「はい、そしてこちらからの返答が一昨日の午後になってからですので、これらは事務手続きの時間を含め色んな意味で(・・・・・・)異例の事態になっていると言えるのではないかと……」

 

 

 吉野と同じく資料を手にした大淀も、何かを思案しているのだろう報告の言葉を口にしつつも視線は資料に記載されている文面を行き来していた。

 

 

「ネルソンって確かついこの間邂逅したばかりの艦娘さんで、英国本国でさえまだちゃんと配備し終わってないんでしょ?」

 

「まだちゃんとした情報は掴めてないのだけど、ファースト・シー(第一海軍)コントローラー・オブ・ザ・ネービー(第三海軍)に其々一人、後はロード・ハイ・アドミラル(海軍卿)預かりで一人の計三人しか存在しなかった筈よ」

 

 

 未だ苦い相の矢矧は自身の記憶にある英国海軍の公式記録(・・・・)を頭の中から引き出しつつ、それらに含まれて居ない四人目のネルソン(・・・・・・・・・)がどの部署から選出されたのか謎だと吉野に伝えた。

 

 

「で、引渡しは海軍関係者でも貴族院関係者でもなく、庶民院の代表と王国国立研究所関係者……と、うんこれ、碌な事になってないのは間違いないよねぇ」

 

「これまでの英国艦譲渡の窓口は全て貴族院でしたし、通達も全て同院が連名でのものでしたから」

 

「一応漣ちゃんには裏を取って貰ってるけど、どうもこの件に関して現地では緘口令が敷かれてるみたいで、精度の高い情報収集は期待しないで欲しいって言ってたわ」

 

「で? 矢矧君としては今回のコレは気をつけないといけない案件だと?」

 

「えぇ、判り易く言うと今までこちらとやり取りしてたのはウチで言う慎重派、で、今回引き渡しの通達をしてきたのは鷹派、欧州連合という括りで言えば親ロシア筋に当たるのよ」

 

「んで、今回の行動は結局危ない系なの? それともあちらさんは接触してこっちとの渡りを付ける気なの?」

 

「庶民院の窓口は恐らく後者、でも研究所担当者は親ロシア派じゃなくてバリバリの貴族院関係筋、しかも聖職上院議員を身内に持つ人物ね」

 

「なにそれ、なんでそんな組み合わせになっちゃってんの……」

 

 

 この世界の英国は、議会政治で国政を回していた。

 

 立法府の長として君主(女王)を頂き、貴族院という名の上院、庶民院という名称の下院という両院制という政治体系を採っていた。

 

 この内貴族院とは君主より任命される連合王国貴族と、英国国教会に属する聖職貴族から成る。

 

 対して庶民院とは五年ごとに行われる選挙で選出され、首相を含む殆どの大臣職はこちらから選出される。

 

 

 イギリスとは王家が上位に存在しつつも、民主国家の側面を持たせる為に二院制という形の政治形態となっているが、貴族という存在も居る為それらの者達が貴族院に、そして庶民院が民主的な部分を担っている。

 

 そして現在の状況で言えば、貴族院は自身の力や財力で政治に食い込んでおり、逆に庶民院は民間ベースの経済面連合という色が濃い。

 

 そういう背景があって庶民院には、英国国内に留まらず経済的力を欲する為に諸外国との関係を殊更重視する、故にロシア始めとする共産圏国家とも水面下で繋がりを持つ者も存在し、行動も過激な傾向にある為矢矧が言うように『鷹派』と称される事もある。

 

 

 つまり貴族院筋の、ほぼ世襲制と言われる聖職上院議員は、外部から権力を呼び込む鷹派と本来は敵対関係にある。

 

 

「まぁこっちに寄越すつもりなんだったら大坂で待機してた時にゴドランド君と一緒に受け渡し手続きをしただろうし、彼女の譲渡からこれだけ期間を空けての通達って事は、やっぱなんかあったんだろうねぇ」

 

「それ以前に本国でも配備が整ってない艦娘をそもそもウチにというのは、幾ら欧州筋の政策だからとしても不自然になりますよね」

 

 

 現在各国が西蘭へ艦娘を集めているのは色々な政治的な絡みが関係している。

 

 その最たる物は今年に入って本格的に採掘が始まったメタンハイドレート利権にあった。

 

 

 日本は元々海外に依存していたエネルギー供給を自国で賄う為に、アメリカ国内でもその色が濃いが、自国内でも油田を所有する為国内企業の保護という観点から主に輸出面での利用が想定されている。

 

 だが欧州は未だ中東とアフリカ諸国にエネルギー資源を頼った状態であり、資源還送航路の距離や安全性を考えるとアメリカや日本からの輸入というのは旨みがない。

 

 しかしその事情を知っている資源産出国が結果的に欧州連合へ強い発言力を持つに至り、ある意味協力関係にある欧州連合内では軋轢が生まれつつあった。

 

 それを嫌った欧州諸国は、主な資源の輸入元を切り替えるつもりまでは無いが、牽制の意味を込めてメタンハイドレートの一部輸入を決定した。

 

 

 距離的にはアメリカから輸入するのが良いが、大西洋を渡るには船団護衛として艦娘を充てる必要がある。

 

 しかし欧州連合側は防衛以外に割ける戦力はなく、またアメリカ側も現状では同じ状態と言えた。

 

 対して、オーストラリア方面は距離があるものの、船団の安全という面は日本の海軍が絡む関係上心配がない。

 

 

 ある意味恒久的に、しかしそれ程量は必要が無い。そんな需要を満たす為に欧州連合が打った手は、日本では邂逅不可な艦娘を西蘭に譲渡し、代わりにオーストラリア東部資源還送航路の船団護衛を委託するという案であった。

 

 元々欧州から日本までの航路は日本の海軍が制海権を持つ為、安全は保障されていた。

 

 そこからオーストラリア東部までの航路も安全となれば、後はコストの問題だけになる。

 

 あくまで中東に対する牽制の為の輸送なのでそれ程の頻度は必要なく、そのため艦娘の譲渡と言えど各艦一名づつだけで済み、恒久的な船団護衛も得られるとなれば、各国の負担も少ない。

 

 

 そういう事情が重なり、西蘭泊地には欧州側から艦娘が送られてくる素地が出来上がった。

 

 

 現在は取引を承諾した西蘭泊地は欧州より送られてくる艦娘を遠慮なく受け取り、更にはメタンハイドレートの採掘、輸出権をオーストラリアに譲るという形で泊地との関係を良好な物とした。

 

 更には本来なら忌諱される筈の軍事施設となる泊地の外事施設を、この船団護衛の名目でメルボルンに置くという事にも成功する。

 

 

「まぁ今の状況じゃ直接話を聞かないと全然事情は見えてこないし、それまでは情報収集の方に注力するしかないかねぇ」

 

「そうね、今は漣ちゃんに探りを入れて貰ってるのと、プリンツがドイツへ出向中だからそっちの筋からも洗い出しはして貰ってるわ」

 

「と言うと、彼女は単独任務になっちゃうね」

 

「えぇ、だからそっちも無理させる訳にはいかないから詳細な情報は期待しないで」

 

「成る程、了解、後は……ええっと」

 

 

 一旦手にした書類を机の上に置いた髭眼帯は、別のファイルを手にして中身に目を通した。

 

 そこには鹵獲してきた欧州水姫と欧州連合から譲渡されたゴドランド、そして大本営より新たに受領した海防艦娘占守(しむしゅ)択捉(えとろふ)の初期教練報告に関する書類に目を通した。

 

 

「ウチに海防艦は正直運用的にどうかなって思うんだけど、ほらまだ艦の特性掴んでないし」

 

「あー……確か彼女達は九頭司令が以前から大本営に要請してたという話でしたよね」

 

「そうね、でも例の定数削減で駆逐艦への差し替えをせざるを得なくなったからって、血の涙を流しつつウチへ枠を譲ってきたとか、あれを見ちゃうと無碍にはできないんじゃなくて?」

 

「ああ、うん、海防艦は……まぁ、そう……そうねぇ、う~ん、やっぱ難しいよね~この船」

 

 

 九頭路里大坂鎮守府司令長官が拠点異動に伴い計画していた『大坂鎮守府強化(意訳)計画』のある意味目玉とされていたかいぼうかん二人の着任は、色々諸々の事案が重なり頓挫、ある意味別な事案(・・・・)を回避するに至った。

 

 

「と言うか提督」

 

「ん? なに大淀君」

 

「確か提督は今回欧州出撃の準備段階から、今日までずっとお休みを取られてませんでしたよね?」

 

「ん? あー……そうだったかな?」

 

「と言いますか秘書課から提督の休暇を勧めて欲しいと再三陳情が上がってきてるんですが、提督は彼女達から何もお聞きになっておられませんか?」

 

 

 大淀の瞼が半分ほどに下がりジトっとした物に変化する。

 

 と同時に視線に耐え切れなくなった髭眼帯は思わず視線をスススと逸らした、が、そこには何故か満面の笑みを浮かべる矢矧がスススと移動してきた。

 

 

「来週にはタフな交渉事が控えてるし、ここらで英気を養うのは必要だと思うのよねぇ、て・い・と・く?」

 

「あ、いやまだ決算関係で確認しとく案件とか、ほら、こっちの件とか……」

 

「提督がお休みを取らないと秘書課の子達も出ずっ張りになってしまい可哀想です」

 

「え、いや彼女達にはちゃんと休みは与えていた筈なんだけど!?」

 

「提督がずっと働いているのに彼女達が休む事なんてないでしょ? それも気付かない程余裕が無くなってるんだから、ほら、もう休んでほらほら」

 

「え、ちょっいきなりナニソレ矢矧君待って! ねえっ!」

 

 

 こうして色々な不安事を後日に残しつつも、約一ヶ月振りとなる休みを強制的に言い渡された髭眼帯は、大淀、矢矧コンビに引き摺られる形で執務室から放逐され、三日間の連休に突入するのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 魚釣りとは、世間では我慢強い者が釣果を上げる物と誤解されがちである。

 

 しかし本当はせっかちで、我慢という物に縁遠い、所謂短気な者程釣果を残し易い。

 

 

 魚釣り、特に海釣りに於ける浮き釣りというジャンルに限っては、時間経過と共に潮の満ち干きが発生し、魚が游泳する水深、所謂"棚"が変化する。

 

 

 そして短気な者程釣れないと言っては浮き下の調整を頻繁に繰り返す。

 

 結果潮の満ち干きに対し適正な"棚"を捉える機会が多くなり、釣果も上がる事になる。

 

 

 まぁそれは横に置いておき、急遽執務から締め出された髭眼帯は手持ち無沙汰になり寮で休暇一日目を過ごすが、昼から暇してる人員は泊地には少なく、また趣味が合う者も出払っている関係で超暇状態で過ごす事になった。

 

 二日目も同じ状態になりどうしたものかと途方に暮れていたが、泊地周辺の海底調査の中休みで帰投していた(潜水棲姫)がたまたま私室に遊びに来たので、何か一緒に暇つぶしをしようズと提案したところ、彼女の口から『うおつり』という抑揚の無い声で提案がなされる。

 

 

 そんな経緯を辿って休暇の最終日である三日目は、元々釣りも一時期ハマっていた事もあり、(潜水棲姫)の希望を受け入れる形で現在髭眼帯は松浪港外れの波止場で浮きを眺め、横に(潜水棲姫)をチョンと従えた形でのんびり釣りをしていた。

 

 

 筈であった。

 

 

 バーリボーリムシャムシャと、釣りたてピチピチのお魚さんが咀嚼される音と波が奏でる音が織り成す牧歌的な波止場。

 

 フォールディングチェアーにシッダウンしつつ、怪訝な表情で一点を見る髭眼帯と、その膝に上体を預け、バーリボーリという咀嚼音の発生源を眺める(潜水棲姫)という珍妙な場がそこにあった。

 

 

 ちょっとした釣果しかないだろうと思い、釣ったお魚さんは水の張ったバケツに数匹INされていた、が、それは闖入者がトコトコ髭眼帯の前まで来て、手掴みで捕らえた後「おいしそう」という言葉と共に頭からバーリボーリされてしまった。

 

 

「ん、やっぱりお魚さんは新鮮なものが一番よ、ね」

 

「……えぇまぁ、そうですね」

 

「特にこの鯛、おいしいわ、よ」

 

「美味しいのですか……」

 

「おやびん、一匹貰ってもいい?」

 

「あ、独り占めはよくないわ、ね、はいこれ」

 

「うむ、大儀である」

 

(潜水棲姫)君も○カジリする系なんだぁ……」

 

 

 良く分からない邂逅が発生し、現在フォールディングチェアーにシッダウンする髭眼帯の左には鯛を頭から○カジリする(潜水棲姫)と、右には何故か鯛を頭から○カジリする恐らく深海棲艦の上位個体という絵面(えづら)

 

 このカオスの元凶はと言えば、釣れる鯛にテンションUPした(潜水棲姫)が「おやびんすげー」を連呼して、「ふははそうかね、ならもっと大物を狙ってみようじゃないか」と調子に乗った髭眼帯がとった、浮き釣りをしつつも投げ釣りを同時進行するという行為に端を発する。

 

 投げ釣り用の餌は用意してなかったので、即興として釣れていた鯛を切り身にしてドボーンした。

 

 そして浮き釣りに注力していると、投げ釣り竿に当たりの反応があった為、竿を盛大に煽り巻き上げる。

 

 

 本来そこそこの大物を見越した筈のロッドが大きくしなり、予想外な大物の手ごたえに髭眼帯は往年の名作、「釣りキチ○平」の一シーンを脳内再生しつつリールを力いっぱい巻き上げた。

 

 右へ左へと引っ張られるライン、ギャリギャリを音を立てつつ負荷が掛かるリール。

 

 元々人の手を数十年離れ放置状態であった松浪港は、魚の警戒心が薄く大物が掛かる割合が高い。

 

 これはもしやメートルサイズを超える獲物かも知れないと興奮した髭眼帯は、無駄に三平的オーバーアクションで獲物を引き寄せた。

 

 

 そして吊り上げた獲物は、確かに予想通りメーターオーバーサイズの()であった。

 

 ただしそれは魚類ではなく、深海棲艦の、それも上位個体であった。

 

 

 しかもその恐らく姫であろう個体は西蘭泊地所属ではない個体で、しかしやたらとフレンドリーと言うかノホホンとした姫であった。

 

 

「ねぇテイトクさん、もう一匹もらってもいいかし、ら?」

 

「あ、えぇどうぞ……」

 

「ん」

 

「え、飲み物もくれる、の? ありがとう」

 

 

 取り敢えずこの海域に居るという事は海湊(泊地棲姫)の関係者だろうと思った髭眼帯は、(潜水棲姫)から手渡されたタヒボベビータを口から吹き出し、虹を発生させている姫にどう接した者かと思案する。

 

 

「ゴホッ……エフッ……これ、なに、物凄く個性的な味がするの、よ」

 

「あー……素人がいきなりそれだとハードルが高いですから、はい、こちらをどうぞ」

 

「ありがとう、頂くわ、ね」

 

 

 水が減少し淀んだ用水路の味がすると評判のタヒボベビータにむせる姫さんを見かねたのか、髭眼帯はクーラーボックスにINしていたヒエヒエのドクターペッパーを取り出し、プルタブを跳ね上げた後手渡した。

 

 両手で包み込むように受け取り、それをゴクゴクと飲む多分姫と思われる個体。

 

 顔の下半分は黒いマスク状の装甲に覆われている為どうするのかと髭眼帯は観察していたが、それは飲食時には左右にパカッと開き邪魔にはならない構造になっていた。

 

 

 愛飲しているドクペをゴクゴクする姿に若干笑みを浮かべ、ほっこりと様子を伺う髭眼帯。

 

 

 刹那、数回嚥下した後姫さんは無言でドクペの缶を太ももの上に置き、プルプルしつつ真顔で髭眼帯を見る。

 

 目尻に涙を溜めて。

 

 

「私……何かテイトクさんの気に触る事でもしたかし、ら?」

 

「え、ナンデ?」

 

「……これ」

 

 

 控え目にスススと、姫さんは赤いメタリックの缶を髭眼帯の前に持ってくる。

 

 そして何故か髭眼帯は満面の笑みで自身の赤いメタリックの缶をそれにカチンと当てて、「カンパーイ」と言ってゴクゴクするという悲しい見解の相違が出来上がる。

 

 

 確かにドクペは毒飲料界隈では初心者向けのブツであり、タヒボベビータと比較すればイージーなブツといえるだろう。

 

 だがその比較論は一般人からしてみれば、CoCoイ○の8辛が10辛に変化した程度という差でしかなく、毒は毒以外の何物ではないのだ。

 

 因みにCoCo○チの8辛は食うと麻痺し、10辛は痛いというテイスティングになり、味に至っては「胡椒メシ」と呼称される。

 

 

 こうして微妙に心が通わないズレた状態で、何故か魚釣りは続行される。

 

 そして釣れる獲物は一旦青いバケツにINされ、そこから姫さんと(潜水棲姫)が交互にバーリボーリ○カジリというおかしな時間が過ぎていく。

 

 本来なら海軍将官をセンターに据え、左右に深海棲艦上位個体がデュオするという狂ったユニットが泊地の波止場に誕生する事などない筈であったが、ここは海湊(泊地棲姫)のテリトリーかつ髭眼帯は麾下に深海棲艦を置くという状況が、奇跡のコラボを生み出してしまった。

 

 

「おいヨシノン、今からポンポン菓子を作るのだが一緒にどうだ? 今日は休みなのだろ……う?」

 

 

 そんなワケワカメのユニットがワンマンショーしている波止場に、例の海産物ネームキャラがメインを張る某国民的アニメに良くありがちな常套句、「オーイ磯○やきうしようず」的なノリでカラカラとネオアーム〇トロングサイクロンジェットアームストロング砲を曳いてきた海湊(泊地棲姫)が現れたが、何故か鯛をバーリボーリと○カジリしている謎の姫さんを見て目を見開き固まってしまった。

 

 

「……何故お前がここに居る」

 

「あら泊地ちゃん、お久しぶり、ね」

 

 

 ネオアーム〇トロングサイクロンジェットアームストロング砲の前で驚愕の相を表に貼り付ける海湊(泊地棲姫)と、鯛をバーリボーリ○カジリする姫、そして訳がわからず首を傾げる髭眼帯と(潜水棲姫)

 

 良く考えればこれで海軍将官一に深海の姫が三になり、グループはトリオからカルテットになる筈だが、海湊(泊地棲姫)の様子からして、もしやこれは音楽性の不一致という理由で結成は成らずという可能性も出てくるのではとおかしな思考を巡らせ髭眼帯は嫌な予感を頭から追い出した。

 

 

「ん」

 

「……む、これは鯛か?」

 

「ん、食え」

 

「産地直送でおいしいわ、よ」

 

「産地と言うか状況的にバケツ直送になってやしないかと提督は思うのですが、海湊(泊地棲姫)さん」

 

「……なんだ」

 

 

 結局ネオアーム〇トロングサイクロンジェットアームストロング砲を駐機させ、(潜水棲姫)の横に腰掛けつつ受け取った鯛を海湊(泊地棲姫)はバーリボーリと○カジリする。

 

 

「……結局○カジリするんだぁ」

 

「まぁ勧められたからな、で? 何故お前がここに居る」

 

「あらぁ、遊びに来ちゃダメな、の?」

 

「て言うか、この方海湊(泊地棲姫)さんのお知り合いですか?」

 

「知り合いと言うか、コイツは中間棲姫だそヨシノン」

 

「よろしく、ね」

 

「あー中間棲姫さんでしたか、自分ここの司令長官してます吉野です、よろしく」

 

「おいヨシノン」

 

「え、なんです?」

 

「だから中間棲姫だと言ってるのだ、ウチの縄張り北側の首魁の」

 

「……は?」

 

 

 未だ何を考えているか不明な海湊(泊地棲姫)に怪訝そうな色を浮かべて首を傾げ、次いで横の鯛を○カジリしている姫を見る髭眼帯。

 

 そんな波止場は野蛮な咀嚼音と波の音だけが暫く支配していた。

 

 

「……中間棲姫さんと言うと、海湊(泊地棲姫)さんの隣のテリトリーのボス?」

 

「ん~……今はフリーなの、よ?」

 

「え、フリーて」

 

「馬鹿を言うな、お前はまだ自分の縄張りに繋がれたままだろう、その状態でなに……を?」

 

 

 海湊(泊地棲姫)は中間棲姫を睨んだまま、ピコッと首を傾げ、暫くそのまま固まった後何故か髭眼帯の方を見る。

 

 そして髭眼帯は何故か(潜水棲姫)に中間棲姫、そして海湊(泊地棲姫)にジっと見つめられるという居心地の悪い状態に陥った。

 

 

「なぁヨシノン」

 

「え、はいなんでしょう」

 

「お前コイツになにをした?」

 

「え、なにって……フッシュオン(釣りあげた)した後鯛をあげて、ドクペを献上しましたが」

 

「なんだそれは」

 

「なんだと言われてもその、自分も何がなんだかさっぱり判ってませんが、取り敢えずこの方が太平洋西部北側のボスと言うか、海湊(泊地棲姫)さんと同じ原初の者って姫さんなんですよね?」

 

「ああそうだ、コイツはこの縄張りの北を根城とする首魁、中間棲姫……だが」

 

「だが?」

 

 

 海湊(泊地棲姫)の言い様に一抹の不安を感じた髭眼帯は、怪訝な相を更に深めた。

 

 そして海湊(泊地棲姫)はおもむろに中間棲姫をビシッと指差し、次いでカジリ掛けの鯛を、そして髭眼帯の順に人差し指を向けていく。

 

 

 物凄く既視感のあるシチュエーションと言うか、今左隣に居る(潜水棲姫)をゲットした時の出来事を何故か髭眼帯は思い出す。

 

 

「こいつ……僚属(りょうぞく)しているぞ、ヨシノンに」

 

「もしやそれって……餌付け?」

 

「……恐らく」

 

「……待って、姫級って幾ら釣りたてと言っても鯛なんかで餌付け出来たりするんです? ハハハそんなバカな」

 

 

 物凄く真面目な相で乾いた笑いを搾り出す髭眼帯のズボンをクイクイしつつ、「おかわりしていい、かしら? テイトク」という中間棲姫。

 

 

「さて、取り敢えずポンポン菓子を作るか」

 

「えちょっ、現実逃避しないで海湊(泊地棲姫)えもん!」

 

「おやびん、引いてる」

 

「いやこんな時になに冷静に浮きの監視してるの(潜水棲姫)君!?」

 

 

 こうしてワケワカメな時間が過ぎ、謎が解ける事が無いと察した髭眼帯は仕方なく釣りに興じるのであったが、それらは全てバーリボーリされてしまうので最終的な釣果は太平洋の大首魁の一人、中間棲姫のみという事になってしまった。

 

 

 そしてこの邂逅は当然数々の問題に発展するのだが、取り敢えず今は海湊(泊地棲姫)の作るポンポン菓子を食べつつ鯛を釣るという現実逃避を三連休の最終日に続けるのであった。

 

 

 




・誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
・誤字報告機能を使用して頂ければ本人は凄く喜びます。
・また言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

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