大本営第二特務課の日常   作:zero-45

323 / 329
お久しぶりです、こっそり再開します。

一応完走する予定ですのでどれだけ時間が掛かるか分かりませんが、お付き合い頂けたらと思います。

また細々した事は活動報告に書くつもりですので、その辺りはどうか宜しくお願い致します。

それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。

2021/08/25
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました様、有難う御座います、頭が高いオジギ草様、水上 風月様、リア10爆発46様、大変助かりました。


軍令部からの依頼

「え、艦娘教練学校の再建ですか?」

 

 吉野達は欧州から西蘭泊地への帰還の途に就くついでに大坂鎮守府へ立ち寄ったのだが、そこでは現在大本営から出向いてきた軍令部からの使者と面会というか、予想外の相談を持ち掛けられ困惑していた。

 

 軍令部第二課という、中央に於ける教育・演習を差配する部署の責任者である沢渡(さわたり)重蔵(じゅうぞう)という海軍大佐は分厚いファイルに纏めた資料と、軍麾下の拠点から寄せられたという嘆願書をローテーブルの上に積み上げ、熱の籠った言葉で吉野達へ現状の説明を行っていた。

 

 因みに現在沢渡の他にテーブルに就くのは大坂鎮守府司令長官の九頭(くず)路里(みちさと)、舞鶴鎮守府司令長官輪島(わじま)博隆(ひろたか)。そして西蘭泊地司令長官の吉野三郎である。

 

 

「はい、以前吉野少将がここ大坂鎮守府で二期だけ行った特殊教練。あれが現在軍部……特に前線の拠点で高く評価されておりまして」

 

 

 吉野達が大坂鎮守府で活動していた際、深海棲艦を麾下に置くという特殊性を生かす為に極短期ではあったが、仮想敵を本物の深海棲艦に任せ、熟練者の更なる能力の向上と、姫鬼級という上位個体との戦いを経験させるという特殊教練を行っていた。

 

 内容は過酷を極めたものであったが、実施期間に対する効果は劇的であり、また系統立てた教育内容は現場で戦う艦娘達の"戦術"だけに留まらず、指揮を執る提督達の用兵等、所謂"戦略"にも大きな影響を及ぼしたという。

 

 

「そりゃモノホンの深海棲艦とガチンコする訳だからな、艦娘同士で演習してるよか効果はあるだろうよ」

 

「仰る通りです、こんな事は少し考えれば理解が及ぶ簡単な話なんですが、いかんせん指揮官側の"戦略"というのは兵学校で基礎が叩き込まれた後、現場でもそれを基準として運用されてきたものですから、何と言うか劇的な変化というのはやはり歓迎されないのですよ」

 

 

 完璧とはいかずとも、十全に回っている。日本海軍の戦略はある意味艦娘所有国の指針にもなっており、世界一の制海権も有するという実績も伴う事で自他共に認める"スタンダード"となっていた。

 

 それに対し吉野達が実施した調練とは現状の戦術・戦略を叩き台にし、更に一歩踏み込んだ極めて実践的な内容であった為、ある意味スタンダードとしてはなり得なかった。なにせ教導対象は既にある程度一線で活躍していた艦娘達である、教育後にある程度の効果と戦果を上げたとしても中々それらの評価は認知され難い状態にあった。

 

 

「往々にして現場の意見というのは中々上に届かないというのが実情でして。しかも大坂で教育されたのは鎮守府という元々強力な戦力が集う拠点の主戦力でしたから、教導の有用性が認められるまでにかなりの時間が掛ったんですよ」

 

 

 短く刈り上げられた襟足をボリボリと掻きながら、絵に描いたように生真面目な文官然とした沢渡は積み上がっている資料から数枚の紙を引き抜き、戦績や消耗度というデータ化された結果を説明しつつ、その間に各拠点より上がってきた嘆願の話も差し挟んでいく。

 

 実績と有用性に続き、需要という部分を巧みに織り交ぜて交渉相手をその気にさせる手腕は、流石内政一筋の文官一流の交渉術と言える説明が延々と続く。が、残念ながら幾ら有用性が認められようが嘆願されようが、肝心の教導施設は既に物流拠点へ転換されている。

 

 しかも、肝心の仮想敵である深海勢は内地から遠く離れた南半球の西蘭泊地へ異動している為、教導を行う事は難しい。

 

 

「あー……沢渡さんのいう事は理解しましたが、残念ながら肝心の教導環境はもうありませんし、仮想敵である深海勢も内地に存在しませんから、ご要望に応える事は難しいかと」

 

「大坂鎮守府は物流のハブ港として再設定されましたからな、船舶の往来もありますし、演習を行える海域を用意する事は難しいでありますな」

 

「内地でそういう事ができそうなのは……北方辺りになるンだろうがよ、西蘭から教導の為に戦力を引き抜く事は難しいンじゃねぇの? 特に今深海勢って漸く配置が確定したトコなンだろ?」

 

「ですねぇ、西蘭泊地は漸く通常業務ができる形になったばかりですし、深海勢を遠方に送る余裕はないんですよ沢渡さん」

 

「それは存じています、なら例えばですよ? 教導対象の艦娘をそちらに出向させる事ができたら、受け入れて貰う事は可能ですか?」

 

「西蘭泊地は泊地棲姫のテリトリーに間借りした状態ですので、部外者を受け入れる事は難しいですね……」

 

 

 西蘭泊地だけに限れば施設の拡張は元より、物資にしても潤沢と言えるレベルまでに拡張されている。しかし元々拠点単体で全てを回すという目的と、外部干渉を排除する為敢えて海湊(泊地棲姫)のテリトリーに居を構えている。

 

 吉野が求めれば恐らく海湊(泊地棲姫)は許可するだろう。が、吉野自身は防諜は元より、独立性が揺らぐ拠点運営をするつもりは毛頭ない。

 

 

「では現在西蘭泊地の外部窓口となっているメルボルンに当該施設……嘗てこの大坂に存在した海軍特殊兵学校を再び建設する事はできませんか? もし可能なら必要経費は軍が全て出資しますし、豪州に対する調整もこちらでさせて頂きますが」

 

 

 沢渡の提案する案が実現可能か否かという事だけで言えば、充分可能ではある。ただこの問題は吉野にとってできるできないというものではなく、受けるか受けないかという問題である。

 

 世情で言えば、日本海軍の戦力増強戦略は"数の積み上げから質の向上"へとシフトしていた。艦娘の数が事実上頭打ちな状態で支配海域が広がった故の事情は、極論で言えば日本だけの事情に留まらず、世界的な問題となっていた。

 

 

「ここだけの話、我が国の制海権が及ぶ海は現状人類が自由にできる海の実に六割に上ります。その為(くだん)のレンドリースでは戦力不足を補うには足りないので、暫定的ですが同盟国から抽出された多国籍軍を受け入れようという話も出ています」

 

「多国籍軍……成程、ロシアの歩み寄りによって「イエメン協定」の改定で、欧州連合所属の戦力がインド洋へ出てこれる可能性も出てきましたしね」

 

「……やはり、吉野少将はその辺りもご存じでしたか」

 

 

 艦娘という戦力を揃える事が可能となった欧州各国が、脱ロシアの為に連合を組んだ際、親ロシアの国々は欧州連合の戦力が自国の海域を通過する事を禁止すると通達してきた。

 

 勿論それらはロシア主導で行われた対抗手段であったが、この通達により親ロシア国家であるイエメン・エリトリアという紅海の出口は封鎖される事になり、欧州側の戦力は地中海からインド洋に出られる唯一の海路であるスエズ運河を使う事ができなくなった。

 

 その為日本から欧州までの制海の大半は、現状日本が全て担当している状態にある。

 

 

 しかし各国の艦娘保有数が増加していくに伴い、ロシアにもレンドリース枠を拡大するという融和策が現在水面下で話し合われているという。

 

 吉野自身はイシドル・アレクセーエフ-ロシア連邦軍参謀総長という個人的な伝手(つて)によってこの情報は掴んでいたが、敢えて関わる事はしなかった。

 

 これらの件はインド洋から日本まで続く制海権に関わる話になる事は確実で、関わった場合西蘭泊地に対する協力要請がくる事になってしまうと吉野が危惧した為であった。

 

 

「現状我が軍の戦力ではギリギリインド洋の制海権を維持し得ている状態にあります。確かに欧州側から戦力の拠出があればその辺りの懸念は払拭されますが……」

 

「成程、利権関係の問題もそうですが、意地が多分に絡む……という事ですな」

 

「えぇ。利権関係としては現在インド洋に面する産油国の殆どは親ロシア国家が殆どですが、イエメン協定の改定がされるとなれば、欧州側の担当海域は最低でも紅海からスリランカ、ヘタをするとベンガル湾までという事になり兼ねません」

 

「インド洋からインドネシアまでの制海権は陸に沿う細い海域だからなァ。確かに拠点として使える場所はスリランカか、インドネシア諸島しかねぇな」

 

 

 インドネシア諸島から紅海に至る海域は、陸に沿って制海権を得た細長い海域で繋がっている。その為大規模な軍事拠点を置ける場所は限られており、海域の中間点に位置し、現状放棄されているスリランカが唯一の候補地となる。

 

 またそこから西側の諸国は親ロシア国家が殆どを占めている為、ロシアも参加するだろう多国籍軍が展開するとなると、スリランカを境に東西に分かれた管理海域が出来上がるのは確実だろう。

 

 だがもし欧州側が更に東側、ベンガル湾も担当する事になれば日本側としては歓迎し得ぬ事態に陥ってしまう。

 

 

「維持という面ではインド洋という海は負担となりますが、あの海の奪取は我々にとって悲願であり、今も尚特別なのは皆さんもご存じでしょう?」

 

 

 嘗て西を目指し、軍は戦力を投入し続けた。

 

 今の軍に所属する将官の殆どは、元師である坂田も軍令部総長である大隅も、戦死した桂も。そして現在リンガ泊地を差配している斎藤も、インドネシアから紅海まで続く海の為に戦い、全てを捧げてきたと言っていい。

 

 そして日本の海軍所属の者達は、指揮官だけでなく艦娘に至るまで、あの海(インド洋)は特別という想いを持っていた。

 

 

「艦娘だけじゃなく将兵に至るまで、日本近海奪還戦に次ぐ戦死者を出した海ですからねぇ」

 

 

 南洋の平定は失敗と挫折の連続であった。

 

 東には太平洋しかなく、直近の国には拒絶された。経済的にはインドネシア近海を維持すれば生き延びられた日本だが、真なる同盟国を得ようとすればインド洋を打通し、欧州まで往かねばならなかった。

 

 まだ平和だった世界を覚えていて、その世界を取り戻そうとした者達にとって、まだ深海棲艦が駆逐できると信じていた軍にとって南洋攻略は避けて通れない道であった。

 

 その為に投入された戦力は万を超え、当初着任した艦娘や提督が現在残っていない程に、インド洋は命を呑み込んできたのである。

 

 

 現状を鑑みればその辺りに拘るのが愚かなのは確かではあったが、軍がそれらを呑み込めない程に人も艦娘も死に過ぎた。

 

 

「妥協点は……やはりスリランカまでですか?」

 

「はい、そこから東は是が非でも譲れないというのが上層部の方針です。これもオフレコですが、その方針を通す為に坂田元師は内閣に対し発言力を得る為軍を辞して政界入りし、大隅大将が元師の任を引き継ぐという話になっています」

 

「坂田元師が政界入りして、大隅さんが政治将校(元師大将)ですか……、となれば軍令部総長には寺田(呉司令長官)さんが?」

 

「恐らくそうなるでしょうね。呉の後任はまだ決まってないようですけど、今回の話は軍としては急務かつ既定路線ですが、しかし……」

 

 

 現状西蘭泊地は日本海軍所属ではあったが、同時にアンタッチャブルでもある。内地の経済に食い込み、内地の制海権の維持も担っている。

 

 拠点は遠方かつ到達不可能海域に居を構え、防衛に終始すれば単独で成立する軍事拠点である。

 

 その特異性故軍としても基本不干渉、扱いは言葉の意味そのままの"外様(とざま)"であった。

 

 

 そんな西蘭泊地に対し、再び教導任務の依頼である。そこには面子も筋もかなぐり捨てた、絶対に譲れない"意地"が見え隠れしていた。

 

 

 吉野は沢渡の話を聞きつつも、受けた場合と受けなかった場合、どうなるかという未来の予想を立てていく。

 

 現在軍を主導している層は平和な世界を知る最後の世代。対する吉野達は生まれた時から戦時下の最初の世代。普通なら基本的な物の考え方に差が生まれてもおかしくはない。

 

 

 だがしかし軍に身を置く者達は違う。当事者であり、死が間近にあるからこそ、その死に意味を求める。そして先達の死から何かを引き継いで、己もまた誰かに何かを託して死んでいくと考える。そういう意味では深海棲艦に対する者達は世代に関わらず皆同じ想いを持つ。

 

 現に何のメリットもないと判っていながらも、吉野は思考を巡らせ、九頭は途中から殆ど聞きに徹している。そして輪島に至ってはインド洋の話が出てからは目を細め、睨むようにジッと沢渡の事を睨んでいた。

 

 

「我々は先達達が切り拓き取り戻した海をはいどうぞ、と、譲り渡す事はできないのです。吉野少将が大坂から去る事になった時、本来矢面に立つべき軍は何も出来ませんでした。そんな我々が今更どんな顔をしてこの様な依頼を口にするのかと思われるでしょうが、どうか特殊教練の再開をお願いできないでしょうか」

 

「沢渡さん、この話は軍令部からのものとお聞きしましたが、主導しているのはどなたです?」

 

「発令は現軍令部総長大隅(おおすみ)(いわお)大将。しかし要請は寺田(てらだ)是清(これきよ)中将。厳密には南シナ海からインド洋に続く海域に居を置く司令官多数の陳情を寺田さんが汲んだ形の結果とご理解下さい」

 

 

 南シナ海近辺と言っても本来そこは鷹派と慎重派の利権が複雑に絡み、パズルの様に縄張りが絡み合っている。

 

 しかし鷹派が瓦解し、実質慎重派が軍部を差配するに至り、現場レベルではあったが急速に融和が進んでいた。

 

 南洋は元々激戦地であり、今も尚損耗はそれなり以上の数で推移している状態であった。朔夜(防空棲姫)が内地周辺海域を平定した事で戦力の一部が配置転換され、一時期その辺りの問題は解消したかに見えたが、結局軍はインド洋に進出して切り回す海が広がるに至り、戦力不足という問題は再燃する事になった。

 

 

 結局、南海方面に於ける台所事情は今も昔も苦しいままである。

 

 

「今ここで即答するのはちょっと難しいですね。いつまでお待ち頂けますか?」

 

「坂田元師はこのまま何もなければ来年の四月に勇退する予定です。それに伴い軍令部の人事も刷新され、新たに親任官の選出と任命を行い、東西南北の軍団長を正式に任命し、各戦線を独立させ、中央は暫く外交と調整に専念するというのが大方針になると思います」

 

「東西南北? おい南方と北方は判ンだけどよ、日本から見て西は日本海、東は太平洋だぜ? 東西に軍団を構えるのは無駄なンじゃねぇのか」

 

「西部方面は内地の鎮守府が持ち回りで防衛の任に当たりますが、実質呉がその辺りを担う事になっています。そして東方に関しては防衛というよりも、影響する海域に近い戦力が担当するという体で……その……」

 

「成程、内地周辺も、太平洋に手を付けているのも我々の派閥、と言うよりも吉野(うじ)の縄張と言えるでしょうな」

 

「え、いやいやいや九頭さん、自分は日本から豪州までの海域を担当してるだけで、太平洋には殆ど関わってませんけど」

 

「ダンナよ、内地の周辺海域は朔夜(防空棲姫)がボスやってるし、そんで太平洋つったらほぼ海湊(泊地棲姫)の縄張りだろ? って事は沢渡大佐の言う"東方戦線"ってモロウチの派閥担当じゃねぇか」

 

「……oh」

 

 

 日本を中心として考慮すれば、北方は既に安定した状態で監視の為の戦力を置くだけで良く、西方は大陸との間にある狭い海(日本海)を警戒すればいいので、実際には深海棲艦よりも仮想敵国に対する備えだけで事足りる。

 

 そして南方戦線は広大かつ主戦場な為軍は殆どの戦力をそこへ投入している。

 

 対して東方、つまり太平洋方面に関しては、肝心の本土防衛は大本営を始め内地の主要拠点が担うのは当然として、実質は朔夜(防空棲姫)が周辺海域の首魁となっている為、軍部筋で言えば吉野の担当とも言える。

 

 更に硫黄島周辺からクェゼリン、更に豪州に至るまでの海域も吉野が担当している為、実質日本から豪州の東方戦線はは吉野が担っていると言っていい。

 

 更には原初の者である海湊(泊地棲姫)と通じている為、それらの東方戦線の防衛ラインは実質日本近海から南下し、そこから南太平洋の三分の二に膨らむ広大な海域と言えてしまう。

 

 

 沢渡だけではなく輪島と九頭からも指摘を受けるという、ある意味その場の全てから総ツッコミを受けた吉野は、またとんでもなく面倒な厄介事が舞い込む事が確定した事にプルプルし始めるのであった。




・誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
・誤字報告機能を使用して頂ければ本人は凄く喜びます。
・また言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。