大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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色々ありましてちょっと短め。

いや5000字越えで短めとは一体と我に返ったとかはナイショ。

2021/09/18
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、酔誤郎様、水上 風月様、有難う御座います、大変助かりました。


東方方面軍としての戦い

「中将、全艦隊配置完了しやした、出撃前に一発檄をお願いしやす」

 

 白い二種軍装を外套のように羽織った男、トラック泊地基地司令長官である羽田(はた)安二郎(やすじろう)は、母艦の舳先で腕を組んで遥か先を睨む男 ── 輪島博隆に連合艦隊の出撃準備が整った事を知らせた。

 

 

 西蘭泊地が特殊教導任務の再開を決定してから三ヶ月後、メルボルン周辺の施設整備は八割方は完了していた。ただ相当数の艦娘を新規に建造した関係で追加の整備が必要となり、竣工は一か月程遅延していた。

 

 その間吉野と大本営の間で協議を重ねて調整した結果、特殊教導の差配は西蘭泊地側からの希望がほぼ通る事となった。

 

 本来通る筈もない上申は、当該任務に於ける必要資金を始め、維持に必要な物資全てを西蘭側が拠出するという提案が功を奏した結果と言えよう。

 

 また、この任務を軍部が正式に通達したと同時に東方方面軍の設立も正式に発布されたが、吉野はこのタイミングで西蘭泊地は資源や弾薬等、泊地単体で全て賄える体制が整っていると大本営に情報開示し、以降東方方面軍に於ける資金、資源に於いても西蘭泊地が全て賄うという事を条件に太平洋攻めの許可を認めさせた。

 

 

 軍部の要職再編に伴った大方針の発表、これを支持する形で西蘭派閥は維持という不可避の支出的負担を負い、更に東方方面軍の名に相応しい支配海域も奪取する計画を上奏した事によって、軍部の威信を改めて国内に喧伝する事になった。

 

 これらは政界に進出した坂田(さかた)(はじめ)と政治将校に転向した大隅(おおすみ)(いわお)二人の発言力を強める結果となり、インド洋に進出するつもりの欧州側にも現在進行形で少なくない影響を与える事となっている。

 

 

 ある意味世界が注目する軍団、日本海軍東方方面軍の艦隊指揮を執る総司令官輪島博隆は、クエゼリン基地沖に展開する八艦隊、総勢四十八名の艦娘達を静かに見渡し、静かに……しかし獰猛に口角を吊り上げた。

 

 

「俺らが生まれた時から太平洋ってのは人類の手が及ばねぇ不可侵領域だった。湧き出る深海棲艦、橋頭保もねぇだだっ広い海って名の地獄、それが太平洋ってヤツだ」

 

 

 深海棲艦が跋扈して以降、人類は海から締め出され、地球の七割は人が足を踏み入れる事も難しい死地となった。輪島だけでなく、ここの集う全ての者達はそうなって以降の世界しか知らない。

 

 

「別にここを獲らなくてもよ、人は生きていける。無理しなくても今ならゆるゆるとやってけるだろうよ」

 

 

 世界最大の海である太平洋。そこは広くはあったが故に人が生きる為に必要な陸地が殆どない。基地や泊地というバックアップが必要な艦娘とは違い、拠点を必要としない深海棲艦にとってこの海は環境故の経戦力という、能力を最大限発揮し得る戦場と言える。

 

 

「まぁでもよ、俺らもお前らもよ、軍人ってのは防人であると同時に先兵だ。死にたくねぇからって目の前の海から目を逸らしちまったらよぅ……」

 

 

 ダンッ と杖のように体を預けていた軍刀で突き刺すように甲板を叩き、舞鶴司令長官、第二次太平洋攻略艦隊総司令官の輪島博隆は全ての僚艦へ吠えた。

 

 

「ここで全部から目を逸らしちまったらよ、心が死ぬンだよ!」

 

 

 嘗ては生きる為に戦い、今は守る為に存在する日本海軍。提督とはそれを具現する防人であるべきである。

 

 だが、それでも、己は戦い続け、前のめりに死んでいくのだと輪島は言う。

 

 

 艦娘は人を守る為に存在するという。彼女達の魂にはその想いが焼き付いている。だがそれと同じ程に、嘗て海を往き、戦い、散っていった記憶も刻まれている。

 

 

 成し得なかった思い、沈んでしまった悔しさ。そして失ってしまった後悔。相反する想い。だが艦隊の指揮を執る提督の言葉は、彼女達戦舟(いくさぶね)の記憶を嫌でも掻き立てる。

 

 

「この前は中途半端に引いちまったけどよぉ……今回はぜってぇ勝つからな。目標ォ! ミッドウェー諸島! ハグレの姫鬼級は捕獲、後は全部蹴散らしちまぇッ! 全艦抜錨!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 輪島が指揮する連合艦隊は鶴翼の陣形で北を目指す。舞鶴、トラック、クェゼリン、そして西蘭。各拠点から其々二艦隊ずつ抽出された八艦隊は前方に五艦隊、後方に三艦隊を配置し、進路をミッドウェーに向けたまま真っ直ぐに進んでいく。

 

 そこから後方約十海里、水深約百五十メートルに一隻の潜水艦が連合艦隊から付かず離れずの距離を意識しつつ追従していた。

 

 

 西蘭泊地所属艦娘母艦泉和(いずわ)のブリッジでは、艦長席で吉野がメインスクリーンに映し出される戦域情報を確認しつつ、指揮所に詰めている者達へと次々に指示を飛ばす。

 

 

「艦隊四時方向二十二海里に感。潜水状態で四体接近中」

 

「水深は?」

 

「現在三十メートルですが、毎分十メートルの速度で浮上中です」

 

「なら『轟』(連合艦隊母艦)へ通達して後方艦隊に処理して貰えばいいね。取り敢えずこっちは水中監視を続行する」

 

「了解です、(潜水棲姫)ちゃん達の位置もこのままで宜しいでしょうか」

 

 

 コンソールに必要情報を入力しつつ確認してくる妙高に、吉野は「そのままで」とだけ返してモニターを見続ける。

 

 

 今回の作戦は吉野達が出せる限界の戦力が出撃している。

 

 連合艦隊に含まれる戦力も各拠点の主力を集めたものだが、前回ミッドウェーで戦った時に遭遇した深海棲艦の数を参考に、今回吉野は西蘭から深海勢を含む"虎の子"も連れて来ていた。

 

 

 主戦力は確かに連合艦隊である。だが今回、潜水艦型の母艦を持ち出した吉野は敢えて後方に控え、後顧の憂いを断つ為に水中からの脅威を取り除く事に専念する。

 

 

「潜水してる敵艦隊の大半は連合艦隊へ真っ直ぐ進んでますね。それも水上艦タイプの者が殆どみたいですけど」

 

「前回の時も、アンダマン海で扶桑(戦艦棲姫)君達を鹵獲した時も、数を前面に押し出して来る時はその周辺で別戦力が潜水状態で迫ってくるってのが常套手段だったからね。ただ位置さえ判ってればそっちは脅威にならないし、水上艦タイプは完全に浮上するまで攻撃手段が皆無だから、迎撃は水雷戦隊だけで事足りる」

 

 

 吉野が経験した大規模作戦の殆どは上位個体を中心とした強固な艦隊よりも、どちらかと言えばいつの間にか浮上してきた別動隊と言える多数の深海棲艦の方が脅威となっていた。

 

 本来深海棲艦はテリトリーとした海域から動かず、それに対応した戦略をもって戦うというのが海軍のセオリーなのだが、ここに"元艦娘の上位個体"というファクターが絡むと大きく状況が変化する。

 

 テリトリーの縛りが無くなり、敢えて不利と言われる"潜水状態での移動と潜伏"を多用し奇襲染みた包囲を仕掛けてくる。

 

 艦娘を前世に持つという事は、海軍式の戦術をある程度知識として覚えていても不思議ではなく、それに対応した戦い方をしてもおかしくはないと言える。

 

 だが、戦術は戦略を達成する為の"手段"であり、それだけでは戦場を掌握する事は難しい。

 

 個々が戦法を駆使し、旗艦が戦術を実行させ、指揮官が作戦を組み立て、軍団の頂点が戦略を決定する。艦隊戦闘とはこの順の逆で行われていくが、末端にいく程行動指針の変更が頻繁になり、思考よりも判断力が重要になってくる。

 

 広範囲を見つつ多様な指し手を持つ吉野に対し、深海勢を纏める上位個体達は戦術面でしか対抗手段を持たない、つまり視点と情報の差によって対抗手段を潰されていく。

 

 

 今回の様に吉野達の派閥が戦う際に、戦闘時の総指揮を執るのが輪島なのは経験と直感が優れている為だが、大方針の決定を吉野が判断するのは状況から広範囲の戦略を見るのが輪島より得意であるからで、自然と役割が分担される事になった。

 

 

『轟』(連合艦隊母艦)より入電、バケツの残量が五割を切ったそうです」

 

「でっち、四番コンテナを『轟』(連合艦隊母艦)に運搬、(潜水棲姫)ちゃん達はルートの索敵と護衛を宜しく」

 

『了解したでち』

 

『ん……りょ』

 

 

 この戦場で吉野の麾下にあるのは主に潜水艦を主体とした二艦隊。大本営からの異動と建造、そして(潜水棲姫)による鹵獲の成果によって、西蘭では現在確認されている全ての潜水型(・・・・・・)の艦娘・深海棲艦が複数揃っていた。

 

 

「山風君、でっち達が戻ってきたら深海勢を残して一旦収容。新たに編成した空母機動艦隊を抜錨させて索敵の範囲を広げてくんない?」

 

「わかった……艦隊旗艦は誰を指名したらいい?」

 

「旗艦は龍驤君、副官を祥鳳君でお願い」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ごーやらが戻ってきたら入れ替わりで抜錨や。うちが旗艦らしいから、強行偵察も込みやな。各自彩雲の他に対潜支援も考えた装備を積んで出撃ドックに集合や」

 

「私はどうしましょうか」

 

「祥鳳は艦偵ガン積み以外あり得んやろ、あと神威は瑞雲だけでええ。二人やったら戦域の偵察面は殆どカバーできる筈や」

 

「日進さんはどうします? 対応装備は全て用意してきた筈ですけど」

 

「偵察の手ぇは足りとるけど……せやな、甲標的込みの連撃装備積んどこか。今回ぶっつけで航空機運用するにはちと場違いやし、艦隊の護衛兼ねて経験積んだらええんとちゃうかな」

 

「わしゃぁ索敵だけじゃのうて砲雷撃自体やった事がないんじゃが、そがいな状態で艦隊の護衛なんか勤まらんのじゃないか?」

 

「心配せんでええ。このメンツの目ぇ搔い潜って近寄れる敵なんぞおらんし、もしおったとしても(潜水棲姫)らが始末するさけな」

 

 

 西蘭泊地が編成可能な四艦隊の内二艦隊は、ウォースパイトが旗艦の水上打撃艦隊と球磨が旗艦の水雷戦隊。これらの艦隊は輪島の麾下として連合艦隊に組み込まれている。

 

 残り二艦隊は先述のように潜水艦隊として泉和(いずわ)に随伴しているが、その他に空母機動艦隊を編成可能な人員も連れて来ていた。

 

 旗艦を龍驤とし、副官に祥鳳。以下飛鷹、隼鷹、神威、日進という軽空母と水上機母艦のみという変則的な艦隊。これは偵察を主眼に置きつつも、対潜支援も可能という事を考慮した人員でもあった。

 

 本来ならここに水上機母艦ではなく駆逐艦を編入すべきだが、直接敵と対峙する確率が低いのと、敢えて数が少ない特殊運用艦に経験を積ませる為に水上機母艦の二人は連れて来られている。

 

 

「まぁ、言うだけ言うてアレやけどヤバいヤツが寄ってきたらうちらはとっとと引っ込んで、迎撃艦隊に交代するから心配無用やで?」

 

 

 龍驤の口から迎撃艦隊という単語を聞いて水上機母艦の二人は納得顔で頷くが、祥鳳は苦笑を滲ませ、飛鷹型の二人は何とも言えない乾いた笑いを口から漏らした。

 

 

「なぁ飛鷹。あたしゃ正直アイツらだけで大抵の作戦は完遂しちまうんじゃないかって思うんだけどさぁ」

 

「ってよりアレ(・・)が迎撃艦隊とか。正直反則だと思うのよね」

 

 

 恐らく待機として詰めているのだろう、龍驤が言う迎撃艦隊と称されるもう一つ(・・・・)の艦隊員達が装備の再点検をしている姿を軽空母達がものっそ微妙な表情で見ていた。

 

 

「くじ引きの結果、旗艦は山城(戦艦棲姫)さんに決定しました」

 

 

 ティッシュ的な物をヨジヨジしたクジを持つ一同。その中心で赤い色がついたブツを持ちつつ山城(戦艦棲姫)は驚愕の表情のままプルプルする。

 

 

「なっ……なんで私が旗艦!? て言うか艦隊旗艦ってテイトクが指名するんじゃないの!?」

 

「テイトクは今指揮で手一杯だから、その辺りは自主的にやって置く事にしたの」

 

 

 プルプルする山城(戦艦棲姫)に、朔夜(防空棲姫)はハズレのこより(・・・)をプラプラさせつつ何故かドヤ顔で胸を張る。因みにクジで旗艦を決めるというアイデーアはこの防空棲姫から出たものだが、当然そんな適当かつ致命的なアイデーアの事を髭眼帯は感知していない。

 

 

「まぁ山城(戦艦棲姫)が一番頑丈だから中々死なないだろうし、旗艦やるのは丁度いいかも」

 

「旗艦指名の理由が死ににくそうだからってナニ!? 扱いが酷過ぎない!?」

 

「寧ろ装甲値は朔夜(防空棲姫)のが上なんじゃないの?」

 

 

 冬華(レ級)は遠慮も何もない暴言をプルプル状態の山城(戦艦棲姫)に吐くが、割と冷静かつ理論派を自称する空がツッコミを入れる。

 

 

「装甲値? あーそれなら私より海湊(泊地棲姫)のが上でしょ?」

 

「ん? 装甲値とは何だ? それは今ポンポン菓子を作る手を止める程重要な話題なのか?」

 

 

 艦種的には確かに防空棲姫とは規格外であり、装甲値という事では恐らくブッチギリの存在であろう。

 

 

 原初の者という更なる規格外を除外すれば。

 

 

 そんな原初の者という規格外は何故か出撃ドックの片隅を占拠し、酸素魚雷の脇に固定したネオアームストロングサイクロンジェット(ポンポン菓子製造機)アーム〇トロング砲へ米をザザザと投入しつつ、不機嫌な相を朔夜(防空棲姫)へ向ける。

 

 因みに出撃ドックは爆発物もそれなりにあるので火気厳禁はデフォであるのだが、夕張謹製のネオアームストロングサイクロンジェット(ポンポン菓子製造機)アーム〇トロング砲は電熱仕様な為、サンソーギョラーイの横でも調理を可能としていた。

 

 

「はいっ、榛名は大丈夫ですっ!」

 

「何でこんなヤバい艦隊の旗艦が私……嗚呼、不幸だわ……」

 

 

 力なく崩れ落ちる山城(戦艦棲姫)を囲む者達、艦娘母艦泉和(いずわ)が誇る迎撃艦隊という名のリーサルウエポン。

 

 山城(戦艦棲姫)冬華(レ級)(空母棲鬼)朔夜(防空棲姫)、榛名、海湊(泊地棲姫)という六人が艦隊を組んでしまうという、吉野をして ──

 

 

 ── 最後まで秘密のままにしなくてはならない秘密兵器

 

 

 と言わしめた艦隊がそこに居た。

 

 

 




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