大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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話がごちゃごちゃしてると言うかアレなので、後で判り易い説明を作中でできたらなぁとか思ってみたりしてまして。

で、流石にそろそろギャグパートナシは自分的にテンション下がる感じだったので、無理やり入れたらそっちのがメインな上に総文字数一万越え。

……うんまぁ、その、えぇまぁ……はい。

2021/11/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました酔誤郎様、リア10爆発46様、水上 風月様、有難う御座います、大変助かりました。

それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


ワイハで会談

 

 ハワイ独立政府

 

 

 嘗て観光業が盛んだった元米国ハワイ州では、海岸線の殆どがその手の用地として整備されたため、現存する施設の大半がレジャーや宿泊用の物である。

 

 だが深海棲艦が出現して以降、この太平洋のヘソとも言うべき諸島での生活は、当然ながら大きく変化する事を余儀なくされている。

 

 先ず米国の重要軍事拠点は深海棲艦との戦闘で全て壊滅し、戦闘に参加した軍人は殆ど帰らぬ人となった。また戦闘艦も全て出撃したものの、当然ながら全艦轟沈、海の藻屑となっている。

 

 またハワイ諸島の人口は当時百二十万人程居たが、現在の総人口は六十万人程に減り、外部から隔離された状態の為生活水準はかなり低い物となっている。

 

 先ず発電所が稼働できず、電力の喪失に伴いライフラインが前世紀の、所謂中世時代と変わらないレベルとなっている。

 

 中間棲姫が手を出さず、海湊(泊地棲姫)が保護していた為近海での漁ができ、ある程度の農作物が生産できるので生きていけるが、現在は世界から切り離される以前の水準にはほど遠い。

 

 

 軍事施設からかき集めた燃料や、僅かな太陽光発電でどうしても稼働させなければならない施設、主に病院等の生命に関わる場所は細々と稼働してはいたが、肝心の薬品不足によって現代医療とは呼べない治療しかできなくなっている。

 

 つまりハワイの人口が当時の約半分にまで減っているのは、深海棲艦によってではなく、緩やかに衰退していき今の数に至ったという方が正解である。

 

 

 ハワイ島カイルア・コナ。

 

 嘗てはカメハメハ一世がハワイを統一する以前よりも存在し、政治の中心でもあったと言われる地区。

 

 吉野達が入港を許されたホノコハウ・スモール・ボート港がある地区であり、独立政府が管理する、当時の稼働している施設があるのもここであり、会談は元ホテルであった場所で行われた。

 

 

「初めまして。ハワイ行政府議長をしておりますテイラ・カハナモクと言います」

 

「日本海軍東方方面軍司令長官を務めてます、吉野三郎と言います。今日はお時間を頂き有難うございます」

 

 

 見た目は五十代程だろうか、黒に近いグレーのスリーピースをカッチリと着込んだ筋肉質の男は、ゴツい手で握手を交わした後は籐でできた椅子を勧めつつ、人好きのする笑顔を吉野へ向けた。

 

 

「いやぁまさか、外部から……しかも日本から我が国に客人がいらっしゃるとは。正直今も我々は混乱しておりますよ」

 

「そうでしょうね。三十五年もの間外の世界から切り離されていれば色々と大変だったでしょう」

 

「ですなぁ。当時はすぐ本国から救援が来るものだと思ってましたが、十年経ち二十年経ち、現在ではもうアメリカは存在していないのではないかと考える者もおりました」

 

 

 アメリカという大国を思えばちょっとやそっとでは滅びないというイメージはあるが、流石に三十年以上も音沙汰がなければそう思う者がいるのもおかしくはない。

 

 何せ彼らは深海棲艦を間近にして暮らしてきたのである。開戦当初は世界最強と謳われた太平洋艦隊が手も足も出ずに滅んだのを見てもいる。深海棲艦に直接襲われた訳ではないが、恐ろしさという面で言えば米国本土の者よりも知っているのがハワイの人々であった。

 

 そのハワイの近海は中間棲姫や海湊(泊地棲姫)が庇護してはいるが、彼らが自由に活動できる海域は陸から沖合十海里程までだという。

 

 キロに換算すれば二十キロメートルに届かない。それ以上沖に出れば有象無象が跋扈する魔の海域、正に絶望としか言いようのない環境である。

 

 

「事前に連絡を差し上げた通り、米国は健在であり、現在は世界規模でのやり取りが再開されています」

 

「えぇ、我々もお知らせ頂いた情報を精査し、今も色々と話し合いの最中でもあります……が、未だ話し合いの準備すら整っておりませんよ」

 

「でしょうね。我々も今回は話し合いというよりは、顔合わせ程度のつもりでお邪魔させて頂いてます」

 

「そう仰って頂けるのは有難いです。なにせ何をどう話し合いをすればいいかという事すら決め兼ねていますので、ちゃんとした会談をするのはかなり先と思って頂ければと。それと……」

 

「はい、米国と連絡を取り合ってでないと、話自体が前に進まないという事ですよね?」

 

「そうです。一応現在ハワイは独立政府という形で運営してはいるのですが、アメリカだけではなく、世界がどうなっているかという情報も知らなければ何も判断できない状態にあります」

 

「と言うと? ハワイは本国への復帰を望まれないので?」

 

「先ずそこが問題なんです。確かにハワイは世界から切り離され、嘗てのような文化的生活ができなくなりました。Mr吉野が言うように本国への復帰を望む声もそれなりにありますが、果たしてそれは可能なのでしょうか?」

 

「あー……その辺りのお話も含めて、自分としては今回状況説明と質疑応答をするつもりでお邪魔させて貰っています」

 

 

 嘗てはアメリカ合衆国の五十番目の州であったハワイ。そこは深海棲艦によって外部から切り離され、生きる為に独立政府を立ち上げた。

 

 政府としての機能が回り始めて三十年。現在の中枢に居る者は米国の州であった時代は知っていても、恐らく世代的に未成年だった者が殆どだろう。

 

 そして更に現況しか知らない世代が現場を差配している筈であり、生活環境に対しての改善は求めていても、米国への復帰という点で言えば状況次第ではないかと吉野は予想している。

 

 

「先ずこのハワイ近海は、これからも深海棲艦のテリトリーである事は変わりません。今までと違うのは、米国との連絡が可能である事と、ある程度の物資が入手可能になるという事でしょうか」

 

「これまでと変わらない……という事は、これからも我々は海神様の庇護を受けられると?」

 

「う……海神様?」

 

 

 ハワイの住民は確かに深海棲艦のお蔭で世界から切り離され、島に封じ込められている。だが同時にハワイから出なければ死ぬ事はなく、また定められた海域内では逆に支援されているとも言えた。

 

 

「えぇ、確かに我々はこの島から出る事は叶わなくなりました。でも認められた海で活動しているのなら逆に守られてもいるのですよ。例えば海難事故に遭い流されてしまっても助けて頂いたり、鮫や(しゃち)からも襲われなくなりました。ですので我々はここの海を支配している方を海神様と称え、御使いの方へ定期的にお礼をお渡ししているのです」

 

 

 そう言えば初めて海湊(泊地棲姫)と邂逅した際、ハワイからコーヒーとか諸々が貢がれている的な話があったなと吉野は思い出し、改めて海湊(泊地棲姫)とハワイの住民との関係性を再認識する。

 

 

「成程、我々は貴方達が言う海神様にお願いしてテリトリーを通らさせて頂いてます。これからもそこは変わらず、この周辺海域は海神様のテリトリーという事になりますね」

 

「そうですか。私個人としてはその辺りは問題とは思ってません。しかしハワイがアメリカ本国へ復帰を望むという事になるとその辺りはどうなるのでしょうか」

 

「その場合、ハワイ周辺は誰の物でもない海域になります。つまり、ハワイが米国への復帰を希望した場合米国が艦隊を派遣し、防衛を担うという事になるんじゃないでしょうか」

 

「しかし、アメリカ本国にはハワイを防衛する戦力はないのでしょう?」

 

「何故、そう思われるのです?」

 

「嘗てハワイは太平洋に戦力を派遣する為の重要な拠点でもありました。しかし三十年も音沙汰がないというのは、ハワイに派遣する戦力がない、若しくは派遣するに足る重要な役割を見出せない場所になった。もしそうじゃなければ日本の軍が接触を計る前に連絡がある筈でしょうしね」

 

 

 テイラ・カハナモクの話は状況的に当然行き付く答えであり、ほぼ正解とも言える。

 

 深海棲艦の支配海域と人類の支配海域を考慮すれば、ここに辿り着けるのは吉野達だけであろう。また、米国がハワイを望んだとしても、得られる物は面子しかない。ハワイという場所を維持する為の戦力を抽出する余裕もなければ、本国と切り離された状態では兵站も、戦力の供給もできない為、米国単体では恐らく防衛は不可能である。

 

 

「テイラ議長のご懸念は尤もです。しかし住民の皆様が居る以上我々が勝手に何かをする事はできませんし、一度米国側と協議して、これからどうするか決める必要があると思います」

 

「日本の立場からすればそうなるでしょうね。で? もし我々が現状を望むという答えを出した場合、先程Mr吉野が仰った『ある程度の物資が入手可能になる』というのは、どこからどれだけ誰が運んでくるのか、当然それらの物資は無償ではないのでしょう? その場合どうすればいいのか……実際我々は貨幣経済を形だけ維持してはいますが、輸出入に関われる規模も信用もありませんからね」

 

 

 貨幣価値は国の信用で成り立つ。

 

 現在のハワイは閉鎖された地域でのやり取りをする目的でそれらを使っているが、外とのやり取りは規模的に不可能である。

 

 

「取り敢えずハワイが独立政府のままという状況でお話すれば、そちらが出せる産物を我々が買い取るか仲介し、それに応じた物資を対価に充てるというのが現実的な話になるかと。当然売買する物品の市場価格などの情報は随時お知らせします。そうしないと不平等取引になってしまいますから」

 

「成程、現在ハワイでは燃料と加工品全般が不足していますが、七十万人規模の必要物資全てをお願いする事は可能なのでしょうか?」

 

「取引状況にもよりますが、もし我々がその辺りに介入するとなれば、最初は品目を絞って様子見という事になりますね。取り敢えずの前提は嘗てのようなライフラインの復活になるでしょうが……」

 

 

 ここで吉野はもしハワイが米国に復帰せず、独立政府という形を維持した場合の取引と、それに伴う環境整備の話を全てする事にする。

 

 ハワイがどう決断するにせよ、吉野達ができる事とできない事の提示、これらは本来米国を抜きにしていい話ではないのだが、その辺りを明確にしておかねば、そもそも彼らは身の振り方すら決められないからである。

 

 

 もしハワイが独立政府としてやっていくのであれば、ライフライン……その中核、全ての基本である電力を供給しなければならない。一応西蘭でも油田は開発していたが、それらは重要な軍事物資である為供給はできない。

 

 代わりに日本に提案したのと同じく、ハワイに残る火力発電所を改装しメタンハイドレートを勧めるつもりではあるが、もう三十年以上稼働していない施設だと最悪新たに発電所の設置も検討しなくてはならないだろう。

 

 そこまで話が進めば発電所は吉野達が建設してもいいと思っているが、街のインフラ整備はハワイ側に力を注いで貰う事になるだろう。

 

 

 何故吉野がこれだけハワイに肩入れするつもりになったのか。それは当然中間棲姫や海湊(泊地棲姫)と話し合った結果が第一であったが、ハワイから産出される物資は吉野的に欲しい物が多く、また人類と切り離された、言い換えればどこからも邪魔されない労働力があるエリアと繋がれるという部分が実は大きかった。

 

 

「成程、Mr吉野は我々のパトロンになってくれると?」

 

「いやいや、そうじゃなくて顧客と言うか、得意先と思って貰えれば。当然取引仲介もしますし、その辺りはそちらの希望に沿う形になればいいかなと」

 

「そうですか。どちらにしても選択肢が増えるのは我々にとっても有難い話です。ただそれはアメリカとの間でも成り立つ状況なのかというお話をお聞きしても良いでしょうか?」

 

「現状米国からハワイに至る直接航路は存在しません。一応我々はミッドウェーに橋頭保を築きますが、あくまでそこは日本の軍事拠点ですので、我々よりも米国側が使用する事に難を示すでしょう。また連絡手段に於いても使えるのが軍事回線のみですので、当然情報がこちらの知る事になります。ですので常用は難しいと謂わざるを得ません」

 

「ふむ、やはりハワイがアメリカに復帰するのは難しい状況なんですね」

 

「米国政府次第としか言えませんが、我々の協力を減らしたい場合は、減らした分だけ不自由が増すという事になってしまうかと」

 

「いや、私としてはもうハワイはこのままで、外部から物資が届く形がいいと思っています。オフレコになりますが、Mr吉野の仰った話の裏付けが取れれば我々は独立政府の維持を選択する事になると思います。しかし……」

 

「しかし?」

 

「もしそうなった場合、アメリカへの移住を希望する住人はある程度出ると思うのですよ。その時はどうするかという問題が出て来るかなと」

 

「成程、しかしそれこそ我々がお答えできない類の物になります。なにせ移住先が米国になりますし、その後の待遇や生活支援は米国の問題ですから」

 

「でしょうね。その辺りも含めて暫く議会での話し合いが続くと思います」

 

「判りました。それでは取り敢えず一か月後を目途にもう一度お邪魔する事にして、その時に米国に連絡が取れる機器を持参しますので、その事を議会にもお伝え下さい。ところで……大体でいいのですが、米国へ移住を希望している方の人数って把握されてますか?」

 

「移住希望者の人数ですか……まず議会の方針を決定しないと個人の希望はそもそも固まらないと思います」

 

「でしょうね。そこも米国の受け入れ態勢次第になってしまうと思いますが、現在長距離航海に耐える貨客船は存在しませんので、人員輸送は基本戦闘艦になると思います。そうなった場合移住の手間や時間はそれなりに掛かるのではと思います」

 

「ふむ、確かに深海棲艦の事を考えると客船での航海は難しいか……成程。その辺りの話も参考にさせて頂きます」

 

 

 深海棲艦が海を支配して以降、外海を往くのは戦闘艦、それもほぼ艦娘母艦とそれを護衛する船が殆どである。

 

 物資を輸送するタンカー等にしても、艦娘母艦を中心にした船団護衛が就かなくては目的地まで至れない。

 

 嘗てのように移動手段としての船が存在しない今、もしハワイから住民が米国本土に移動するとして、現実的な手段は恐らくモスボール処理している空母や戦艦級の大型戦闘艦を出すしかない。

 

 改装処理していない場合、米軍所有の航空母艦で戦闘はしないと仮定し武装や艦載機を制限した状態にすれば、恐らく三千人から四千人、戦艦だとその半分程の輸送が精々だろう。もし復員船として改装するならその限りではないが、武装を剥ぎ取り区画を改装してしまった場合、戦闘艦としての復帰は難しくなる。

 

 ハワイからの移住希望者がどれ程になるか予想は立てられないが、米国側としてはたった一度の作戦の為に、貴重な艦娘母艦の素体を潰す事は難しく、もし実現しても艦数を絞ってのピストン輸送になるだろう。

 

 実際アイスランドに逃げ込んでいた海兵を復員させた際、米国は約二万人を輸送するのにモスボール解除した航空母艦で十往復させている。つまり、その際は未改装艦で作戦を遂行した事になる。時間がなかったとはいえその前例ができてしまっている場合、やはり数万規模の人数をハワイから米国へ運ぶのは、かなりの時間を要すると思った方がいいだろう。

 

 

 この辺りの情報を吉野はカハナモク議長に伝え、顔合わせを兼ねた事前会談は終了した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「みんなお疲れ。後はミッドウェー方面をどうするかだけど……妙高くん、輪島さん達に連絡って取れるかな?」

 

「それが……こちらの予定が思いのほか早く終了してしまったので、通信衛星の移動がまだ完了していません。恐らく後三時間程は掛かると思います」

 

「ふむ、早めの移動をさせたつもりだったんだけどそれでも間に合わなかったのかぁ」

 

「ハワイ側の対応が思ったよりも早かったですし、会談自体も一回で終了してしまいましたから」

 

「そうだね。混乱してない訳じゃないんだろうけど、これだけすんなり話が進んだって事は、こっちが予想してたより米国復帰の声は小さかったのかも知れないね」

 

「孤立して三十年ですし、流石に帰属意識も薄れているという事でしょうか」

 

「だねぇ、ある程度の世代交代も進んでるだろうし、昔を知ってる世代も現状を知らないままだと答えは出せないから、その辺りは様子見してるのかもね。でも米国との話し合いが進めばそういう層の声も大きくなってくだろうから、これからの方が時間を食うかも知れないって前提で予定を組む方がいいんじゃないかな」

 

「そうですね、今まで選択肢自体無かったでしょうし、取りまとめという意味ではこれからが本番と見ていいでしょうね」

 

「まぁどっちにしてもこっちは米国へ繋ぎをした後待ちって事には変わりないし、作戦としては概ね予定通りって事でいいんじゃないかな」

 

 

 母艦泉和(いずわ)のブリッジでは出港準備を整えつつも、吉野と妙高が現状確認をしつつ、今後の予定のすり合わせを行っていた。

 

 この作戦を遂行するにあたり無線封鎖を行ってはいるが、吉野達と輪島達が別行動した後は其々の状態を把握するのが困難であり、連携が取り辛くなるだろうという事で、一時的に南極向けの通信衛星をミッドウェー上空まで移動させ、連絡が取れる形にする予定であった。

 

 だがキリバスからミッドウェーの間では戦闘回数が少なく、別行動に移るまでの時間が殊の外短いものになった。更に接触したハワイ側の対応が思いの外冷静であり、会談も一度で終わってしまった。その為通信衛星の移動が間に合わず、別な意味で吉野達は予想外の事態に陥ってしまった。

 

 

「やっぱもう何機か衛星を打ち上げる必要があるねぇ」

 

「しかしレアメタルの採掘量が芳しくないという事ですし、その辺りを無視して打ち上げてしまうと、衛星の寿命が半分以下になると夕張さんは仰ってましたが……」

 

「それなんだよねぇ、今後の採掘量が増えれば帳尻は合わせられるんだろうけど、もしそうじゃない場合、資源の優先度が変わっちゃうから、通信衛星じゃなくてキリバス側から物理ケーブル敷くか、泊地から南極側に短距離通信網を敷設するか、うーん……悩ましいねぇ」

 

 

 西蘭泊地の担当海域内は、一部を除いて衛星通信網を敷設している為リアルタイムでの情報伝達が可能になっている。

 

 ただその内の幾つかは嘗て研究目的の為に打ち上げられた耐用年数が過ぎた試験衛星も含まれている為、入れ替えの為の衛星を新たに打ち上げる必要があった。

 

 だが西蘭には衛星を造り打ち上げる技術はあっても、レアメタルを含む一部の資源が入手できないとあって急遽南極大陸の開発に着手した訳だが、それでも必要資材は幾つか欠けた状態にあった。

 

 

「いっそ米国か、欧州側に打診して入手してもいいのではないのでしょうか」

 

「それはどうにもならなくなった時の手かな。衛星通信網はある意味ウチの生命線だし、そこに外部の手が入るのはなるべく避けたい。最悪南極方面は短距離通信に置き換えて、ミッドウェーはキリバスからハワイ経由で海中ケーブルで繋げばなんとか……時間は掛かるけどねぇ」

 

「そう言えば提督、ミッドウェーって誰が司令に就くの?」

 

 

 眉間を指でモミモミし、盛大な溜息を吐く吉野に時雨がお茶代わりの例の赤いメタリックのヤツを手渡す。

 

 西蘭泊地は某どこかの国に負けない程茶の時間に拘るところがあり、たとえ戦場であろうが手が空いていれば十時と十五時にはティーするのが普通になっていた。

 

 これは砲撃戦の最中でも水筒のティーをガブ飲みしつつ戦う英国勢や金剛型長女の影響が強く作用した結果だが、その文化と、多方面から集った者達が織り成す"多文化の闇鍋"とも言える西蘭泊地が融合してしまった事で、吉野達のティータイムはとんでもないカオスに進化してしまったのである。

 

 

 艦長席に座る髭眼帯はいつものドクペ。おさんどんする時雨の手には例のチェッカーフラッグ柄のニクイヤツ(サスケ)。オペレーターシートでは妙高が青い宇宙(ギャラクシー)をクピクピと飲み、いつの間に指揮所に上がって来たのだろう、黒猫のタンゴ(ネココスメイド服)型のオペレータースーツに身を包んだ叢雲がシッポの鈴をチリリンと鳴らしつつ、謎の清涼飲料を飲むという異空間。

 

 

「ミッドウェーは取り敢えず橋頭保ってより中継地の意味合いが強いし、計画が上手くいけば戦闘は殆ど発生しない予定だからリーゼくんに任せようかと……思って……るん……ねぇ叢雲くん、それ、ナニ?」

 

 

 現在大坂鎮守府で司令の補佐をしていたリーゼロッテ・ホルンシュタインであったが、以前とは違い拠点が物流拠点となってしまい、要衝防衛の指揮は九頭でも事足りる状態という事で、ある意味浮いた状態になっていた。

 

 更に九頭とリーゼの相性は微妙らしく、衝突こそなかったものの、関係は良好とは言い難かった。その為リーゼは西蘭への異動を希望していたが、それを許可してしまうと深海棲艦のテリトリーは基本人の立ち入りを受け付けないという対外的な言い訳が崩れてしまう為、吉野はミッドウェーの解放後、そこの司令長官として彼女を異動させるつもりでいた。

 

 

「え? コレ? 陽炎茶屋の新製品って試供品貰ったんだけど。アソコのブツにしては中々イケてるわよコレ。アンタも飲む?」

 

 

 眩しい笑顔でそうのたまう叢雲の手には、鈍いメタリックの缶に恐らく誰でも見た事があるだろう、ある食品のパッケージと同じ意匠がプリントされていた。

 

 

「私のオススメはシーフードだけど、素人にはチリトマトかノーマルヌードルがいいかもね」

 

 

 飲料の説明を口にしている筈なのに、何故ヌードルという食品の名称が出てくるのであろうか。それは彼女が飲む飲料の正体にある。

 

 

「に……日清カップヌードルソーダ……」

 

 

 日清カップヌードルソーダ

 

 世界に誇る即席麺。それも容器にINされる所謂カップ麺。日清が開発し世界のスタンダードとなったカップヌードルという食べ物。

 

 それの発売五十周年を記念して、日清はある商品を限定発売した。

 

 先ずは数あるカップヌードルのバリエーションをニコイチ的に悪魔合体させたブツ。その名も「合体シリーズ」。Sio+ノーマル、シーフード+カレー、チーズカレー+チリトマト、豚骨+味噌。これらはカップラーメンとしてのバリエーションという事で、味は兎も角そういう麺(・・・・・)という事で食べちゃう事はできるだろう。

 

 しかし叢雲が飲むブツは清涼飲料水である。しかもソーダ、所謂炭酸系清涼飲料水である。

 

 普通そこには即席麺的要素はINしない、寧ろソーダと悪魔合体してしまうと物理的にではなく精神的に死亡確定の毒が誕生してしまうのではないだろうか。

 

 キャッチフレーズは「おいしいかどうかはあなた次第」「想像の斜め上を行く仕上がり」という、正に確信犯的このブツの缶には、「種別炭酸飲料」と色んな意味でメーではないかという種別名が記されている。

 

 

「あ、ホントだ。チリトマトって書いてるけど味はちょっとスパイシーなトマトジュースになってるね」

 

 

 髭眼帯に毒され過ぎた弊害か、小さな秘書艦時雨は躊躇わずに叢雲から手渡されたチリトマトヌードルソーダをクピクピしつつそうのたまった。

 

 恐らくこれらには調整されたフレーバー的なブツをソーダで割った的な製法が使われているのだろう。そう考えればチリ的成分をある程度オミットすれば残るのはトマァトゥ。成程、流石天下の日清、やたらめったらインパクトを追い求める他メーカーに比べればまだ良心は残っていたのかと吉野は安心した。

 

 

「そうですね、見た目がアレでちょっと口にするのは怖かったのですが、確かに味はソーダとして成立するように調整されているみたいです。味としては……ちょっと変わったジンジャーエールといった処でしょうか?」

 

 

 いつの間に受け取ったのだろうか、妙高の手には蓋がもぎ取られ中身が空になったノーマルのカップヌードゥプリントの空き缶が握られていた。

 

 成程、普段ギャラクシーを愛飲する味覚の持ち主のレビューという事で少し警戒する必要があるだろうが、時雨の反応を見れば評価的な面では安心かも知れない。流石世界の日清。創始者安藤百福サンのスピリッツはちゃんと受け継がれているんだなと吉野は感心した。

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

 と、安心したのも束の間。妙高の対面にあるオペレーターシートでは、何故か真顔のまま口の端と鼻から乳白色の液体を垂らす、色んな意味で見た目がメーな山風の姿が見えた。すわ何事!? と吉野が見ると、その手には物凄く見慣れた、それでも缶飲料としては異質というビジュアル的に詐欺なSEAFOODという文字がプリントされたブツが震える手に握られていた。

 

 

 それはシーフードヌードルソーダという地雷。

 

 見た目は乳白色であり某メーカーの乳酸菌飲料的なイメージのソレは、見た目に反しまったりとした塩味かつエビやイカ的な海産物フレーバーが強引にINされており、やたらめったらシーフードですよ感を炭酸に乗せて主張する。しかも微かに感じるミルクの後味が全てを包み込みカップヌードゥ感をこれでもかとシュワシュワ際立たせる。

 

 まさか海が主戦場である艦娘をシーのフード的なブツで轟沈させるとはと、日清というヌードゥメーカー(意訳)に吉野はプルプルと戦慄する。

 

 そんな髭眼帯が座る艦長席、ひじ掛けに装備されたカップホルダー。本来なら髭眼帯が愛してやまないドクペの缶が鎮座するであろうそこに叢雲が「はい」と言いつつ黄色的なプリントがされた缶をコトリと置く。

 

 

 カップヌードルカレーソーダ。

 

 それはノーマルヌードゥと並ぶカップヌードゥ四天王の一角。近年チーズカリーにその座を奪われつつあるも、根強い人気を誇り、通常ラインナップに君臨し続けるツワモノ。

 

 そのフレーバーと炭酸という出会ってはイケナイ関係は、日清という悪魔の手によって融合を果たす。鈍い銀色の缶にプリントされたヌードゥ的なプリントには、何故か追加で「あの味がおいしいソーダになった!」とポップかつコミカルな書体でプリントされている。

 

 

 「あの味がおいしいソーダになった!」。吉野が周りをよく見ると、全てのヌードゥソーダの缶にそれはプリントされていた。つまり、そこから導き出される答えはキャッチフレーズ詐欺、見た目のヌードゥ感を鑑みれば一目瞭然、世間一般的な言い方をするとソレは孔明の罠というヤツである。

 

 

 プルプルしつつ髭眼帯はお茶会テロリストの手先となったムチムチの叢雲を見る。その手には正にカップホルダーにINしているのと同じブツ、カレーヌードゥソーダが握られていた。

 

 恐らく髭眼帯とオソロというシチュに思うところもあるのだろう、はにかみつつもニコリとする笑顔を向けられた髭眼帯は断る事もできず、ご乱心した日清からの刺客を震える手で掴み、蓋をもぎり開けた。

 

 

 この手の飲料は意外とチビチビいくよりフツーに飲む方がダメージは少ない。寧ろチビチビいくという事は、味わって飲むというのと同義なのである。飲む量ではなく、感じる回数を少なくする事で全体のキケンを抑制する。その鉄則に従い吉野はカレーヌードゥソーダをグビリと飲み込んだ。

 

 

 第一印象がカレーヌードゥである。喉越しもカレーヌードゥである。鼻に抜けるフレーバーも後味もまごう事なきカレーヌードゥである。しかしカレーヌードゥと違う点を挙げるとするなら、コレは炭酸飲料であり、ソーダという甘味と炭酸のブクブクがプラスされている。判り易く説明すれば、カレーヌードゥの粉末をうっすぃラムネに溶かしたブツ。

 

 

「見た目コーラだけどちゃんとカレーヌードルしてるわね」

 

 

 ムチムチの叢雲がはにかみつつ感想を口にするのを見て、確かにカレーヌードゥだなと思いつつプルプルする髭眼帯は、せめて炭酸だけでもどうにかすればイケるのではとこっそりシャカシャカしてみた。

 

 

 しかし結論としては恐ろしくマズい何かという液体が残っただけで、目論見が裏目に出るという浅知恵を露呈するという結果となった。

 

 

 こうしてテロリズム込みのティータイムを経て母艦泉和(いずわ)はハワイを離れ、未だ戦闘を続行しているであろう舞鶴連合艦隊を目指すのであった。




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 それではどうか宜しくお願い致します。

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