大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。



2020/09/01
 誤字脱字修正致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、orione様、雀怜様、フウヨウハイ様、有難う御座います、大変助かりました。


時雨のヲモイ、テイトクのキモチ

「さて、着任後やるのは順番としてはおかしいけど、今から面談を始めま~す」

 

 

 一部の者からは湿布の味がする炭酸飲料と称される缶飲料片手に、吉野は妙に間延びした口調で、横に座る秘書艦時雨に水を向ける。

 

 

「僕に興味があるの? いいよ、何でも聞いてよ」

 

「ん? 今何でもって言った?」

 

「そうだね、とりあえず聞きたい事があるなら何でも聞いて貰っても構わないかな? 但し返答は言葉だけじゃなくて肉体言語も含まれるかもしれないけど」

 

 

 そうにこやかに返す時雨の左手には彼女のお気に入りとされるコーラの前を横切る冒険活劇飲料が入った缶が、右手には鈍い光を放つごつい指輪状の物が連結されたブツ、所謂メリケンサック的なアレが装着されていた。

 

 

「やめてください死んでしまいます」

 

「大丈夫だよ提督、こんなの使うつもりはないし、もし使ったとしても一瞬だから」

 

 

 それは一瞬だけ使うと云う意味なのだろうか? それとも使ったら一瞬でその用を為すと云う事なのだろうか? どっちとも取れる意味合いだが結論としてどちらの答えも一緒なのでその先は考える必要が無いのは確かであろう。

 

 吉野は軽く冗談のつもりで発した言葉だったが、それに対する時雨は笑顔でメリケンサックという返答、この辺り本気での警告なのかそれとも彼女なりのジョークなのか、付き合いが浅い相手だけにさじ加減が判らないのは辛い処である。

 

 

「んーあー、じゃあ面談始めますね? 先ず最初に確認しておきたいんだけど、君はここに転任する際にどれだけの事を知らされているのかな?」

 

「それって辞令とかその辺りの話かな?」

 

「それも含めて、誰かから聞いた噂とか、上司から聞いた前評判とか全部」

 

 

 時雨は一瞬考えた素振りを見せたが、スカートのポケットに手を突っ込むと、おもむろにA4大のバインダーを取り出し、その中から一枚の紙を抜き出した。

 

 

「あ、君も四○元ポケット使えるんだ…」

 

「僕が知っているのはこの辞令書の控えに書いてある事と、ここに着任してから提督に聞いた話だけだね」

 

「ん、ちょっと拝見させて貰うね」

 

 

 時雨から受け取った紙は彼女が受け取った辞令書のコピーだった、良くある書式のそれには前に吉野が大隅大将から受け取った内容と酷似した文章が並んでいた。

 

 

 

海軍単冠湾泊地駆逐艦白露型二番艦時雨

 

任海軍大本営第二特務課秘書艦(武装警護)

 

平成二十八年三月二十八日

 

軍令部総長 大隅巌

 

 

 

 どこにでもある軍書式移動辞令書の内容(一部を除く)である。

 

 繰り返し言おう、どこにでもある軍書式移動辞令書の内容(一部を除く)である。

 

 

 

「ん……んん……ん~」

 

 

 その辞令書(控)を片手に思案する吉野の姿を例えると、渋い表情で何かを考え、やや軽く前傾し、軽く握った拳を口元に当て、そしt

 

 

「ああ、何だか【考える人】っぽいポーズだよね」

 

 

 ぶっちゃけ某ロダンの彫刻【考える人】のポーズで固まっていた、と言うかナレーションに対し突っ込みはどうかと思うのだがそこの処どうだろう時雨君?

 

 

「僕もお手伝いができたらいいのに」

 

 

 サラっと時報ネタで返すのは辞めて頂きたい。

 

 

「ありがとう時雨君、状況は大体掴めたからこれ返すね、それともう少し聞きたい事があるんだけどいいかな?」

 

「うん、何かな?」

 

 

 

 今度は吉野が机の上に置いてあったファイルを持ってきて中から一枚抜き出すとそれを時雨に手渡した。

 

 

「これは僕の個人データだね、僕が見てもいいの?」

 

「内容を見たら判ると思うけど、ただの履歴書みたいなもんだから見られて困る様な物じゃないよ、それよりもここ…」

 

 

 吉野が示す部分には【装備一覧】と書かれた文字、それを見た時雨は成程といった表情を見せる。

 

 

「提督は僕の装備が普通の艦娘とは違うから、それがどうしてかって事を聞きたいんだね?」

 

「察しが良くて助かるよ、良かったら聞かせてくれるかな?」

 

「うんいいよ、じゃとりあえず今持ってる装備ここに出しておくね?」

 

 

 そう言うと時雨は右手にはめてあったメリケンサックと左手の缶飲料をテーブルの上に並べる、そして左手をポケットに突っ込むとテーブルの上にある物と同じ形のメリケンサックを取り出し置いてある物の横に並べた。

 

 

「やっぱりポケットから出すんだ……ん?」

 

 

 なにやら横で時雨が身をよじりつつ、右手を首の後ろ、襟の中に突っ込んでいる。

 

 

「ちょっと待ってね、ん~…」

 

 

 そう言いつつ右手を襟から引き抜くと、ズルリと棒状の物体が姿を現した。

 

 

「え、そこから!? 何か新パターンなんだけど!?」

 

 

 

 時雨が襟から引き抜いた刀はイメージした物とは少し違い、一般の日本刀に比べ鍔が少し小さく、柄の先端に房が付いた飾り紐、鞘には鞘金具が取り付けられている。

 

 

「僕の孫六は見ての通り普通の拵えとは違って九十四式軍刀の拵えになっててね、ちょっと長さと重心をいじってて片手で使い易い作りになってるんだ、まぁ趣味みたいなものなんだけど」

 

「成程軍刀か、これで全部かい?」

 

「今携帯してる分は全部だよ、ドックの火器保管室にはまだ色々あるけど、全部近接武器で普通の砲とか魚雷は無いかな」

 

「まだあったりするんだ…」

 

「ちゃんとリストを作っておくべきだったね、少し時間を貰ってもいいかな?」

 

「リスト作る程あるんだ……」

 

「ここに来るまではテーブルに置いた物だけだったんだけど、明石さんにサスケを貰った時世間話で装備の話しになった時にね、ちょっと…」

 

「んんん? ちょっと?…」

 

「手持ちに色々武器があるから使ってみないかって、いいよって答えたら武器ロッカー丸々5つ分位の量が」

 

「明石ぃぃぃぃ、なにしちゃってんの明石ぃぃぃぃぃ、駄目だろ明石ぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

 色々聞きたい事や話をしたい事があるのに中々話しが進まない、半分程は自分の突っ込みせいだと判っていても止められない…。

 

 精神的に疲れた視線の先にあるのは真新しい壁時計、時刻を見ると丁度0900を指していた。

 

 

「マルキュウマルマル。世間は忙しないね」

 

「あっはい、サーセンシタ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「メッコールとかサルミアッキとか一体何層を狙って入荷してるんだアイツんトコは」

 

「何か近い内に需要が発生する予感がしたので取り寄せたって言ってたね」

 

「悪い冗談としか思えない話だけど、こと商売と怪しい装備に関してはアイツの嗅覚は異常な的中率を叩き出すからねぇ」

 

「まぁそのお陰で僕みたいな艦娘や提督みたいなマイノリティ気味の人間でもある程度快適に過ごせる訳だし、感謝はしていいと思うんだけど」

 

 

 結局あの後話しを継続させるには微妙な雰囲気になってしまったので気分転換と称する当ても無い散歩に出掛け、ついでだからと足りない細々した備品の購入ついでにでっかい釘を刺すつもりで明石の酒保を尋ねた訳だが当の店主は工廠へ出ており店番の酒保妖精さんしか見当たらなかった。

 

 そしてその後も惰性で歩き続け、気分転換という名目の散歩は、とうとう執務棟から外れた出撃ドック迄続くハメになる。

 

 

 因みにこの妖精さんにも色々な種類の存在が活動しており、鎮守府レベルで言えば司令官以外は全て艦娘と妖精さんと云うのは珍しくもない話である。

 

 例えば世間的に知られている妖精さんと言えば手の平サイズのカワイイ妖精さんのイメージが殆どであるが、実は妖精さん全体の数からしてみれば三分の二程である。

 

 小さな妖精さんは艦娘と云う艦船をスケールダウンさせた存在の戦闘をカバーする為に艤装の補助を行ったり、艦載機の操縦をしたり、建造・整備等する為その最適なサイズとしてあの大きさになっていると云う。

 

 では残りの三分の一の妖精さんはどうなのかと言うと、事務や雑務、食堂施設の手伝いや明石酒保の売り子等多岐に渡って活躍し、その大きさは普通の人と変わらない、ただ前出の妖精さんとの違いを挙げるなら、大きさだけでなくその容姿も人のそれと変わらず、ちゃんとした会話も成立する、但しこれも謎の一つなのだが人間サイズの妖精さんは艦娘と同じ年齢層で女性しか存在しないので、その辺りは何か艦娘と関係性があるのでは無いかと言われている。

 

 

 そんな妖精さんの謎を話し合いつつ、気がつけば自然と時雨の装備に話題が及んだ、と言うより彼女からその話題にいくような不自然な話し方に少し違和感を覚える。

 

 

「僕が通常装備を持たないのは"使わない"んじゃなくて"使えない"からなんだ」

 

「使えない?」

 

「出撃中轟沈寸前の傷を負っちゃってね、それが多分原因で装備関係に不具合が発生しちゃってる」

 

「轟沈寸前って…… 修復は済ませたんでしょ? それでもダメだったと?」

 

「うん、砲装備自体は稼動出来るんだけど、上手く艤装と武装がリンクされてないみたい、主に狙いがね… 妖精さんが言うには僕の体側に何かしら問題があるらしくて、射撃の時僕がここだって思った位置と実際に艤装側が調整する位置にズレが出ちゃってるみたいなんだ」

 

「ズレ? それってどの程度の?」

 

「陸上で体を固定して試射した結果だけど、着弾点のバラつきに法則性は無し、有効射程内での停止標的に対する命中率10%以下、砲も標的も固定してるのに毎回違う距離と射角が頭に浮かぶんだ」

 

「雷撃関係も駄目なのかな?」

 

「……発射菅すら作動しなかった…」

 

「それは……」

 

「三式弾みたいな砲弾があればって思った時期もあったけど、僕達駆逐艦用の小口径散弾なんて製造されてないし、もしあったとしても元の狙いが曖昧じゃ満足な結果は残せない」

 

 

 淡々と語る彼女の横顔からは何も感情を感じる事は出来ない、こんな話をしているにも関わらず、不自然な程に……。

 

 

「それで……警邏隊……かぁ」

 

「そう、提督は僕の略歴を見たよね? 最初は主力艦隊に編成されてたけどある日を境に"前線落ち"してる、何か不自然に思わなかった?」

 

 

 これといって返答的に地雷は踏んだ覚えは無い、と云うのに目の前の少女は言葉を発する度に苛立ちを募らせる様に見えてならない。

 

 

「まぁあれだけ露骨に所属が変わってれば誰が見ても何かあったんじゃないかという位にはね」

 

「そうだね、誰が見てもそれ位判る記録なんだけど、どうしてその事を提督は僕に聞かないのかな?」

 

 

 今彼女が言っている部分は問題の本丸の部分であり、予想では一番触れて欲しく無い部分のはずである、それが何故か彼女からその部分の話題が振られているという状況は良いものか悪い物かはまだ判断が付かない。

 

 

「装備関係の確認って事で話しは聞いたはずだけど?」

 

「そこ違うよね、提督みたいな理詰めで考える人がわざわざそんな回りくどい聞き方はしないはずだよ、"前線落ちした時何があったか"を直接聞けば装備の事だけじゃなく"何故そうなったか"全部判るはずなのにあえて装備関係限定の話ししかしなかった」

 

 

 

 突き詰めればそこである、"どうして近接武器しか使わないのか"と聞くより"何故そんな事になったのか"という理由を聞く方が合理的だ、でもそれを聞かないのはその話題が彼女の何かを踏み抜く地雷の様な気がして聞くのを躊躇わせた、そして彼女はそんな自分の心を見透かして責めているのは間違いない。

 

 

「……何が言いたいんだい?」

 

「僕はここに来る前警邏隊に居たんだ、満足には戦えないって判ってたから仕方なくだけどね、でも本当は遠征でもいい、何でもいい、とにかく海の上に居たかったんだ、そうすれば主力艦隊に居なくても、多少なりとも敵の数を減らせる機会はあったはずだから……」

 

「君がそれで良くても君の周りの仲間は正直承知しないんじゃないかな?、幾ら近接戦闘で敵を叩ける様になってもそれだけじゃ駄目だ、どんなに頑張っても君は駆逐艦だ、防御力に関しては適切な距離を置いて"攻撃を受けないよう回避する事でしかその身は守れない"、近接戦闘はこれを真っ向から否定している」

 

「……」

 

 

 彼女は俯いたまま唇をかみ締めている、聡い彼女の事だ、こんな事わざわざ言われなくても自覚しているはずだ、なのに敢えてその話しをしている、何が望みなんだろうか。

 

 

「原隊に復帰した直後は色々な事を試したよ、偏差射撃でなんとか調整は出来ないか試したり、速射で面制圧してから近寄って魚雷を投擲してみたり…」

 

「それは随分と無茶をしたもんだ」

 

「本当にね、やればやるだけボロが出て、出撃すれば小破どころか中破は当たり前で、気が付いたら周りと連携なんてとても出来る状態じゃなかったよ」

 

「それは確かに前線から干される訳だ、話しだけ聞いてても無茶し過ぎだって判るよ」

 

「そうだね……だから皆は僕が傷つかない様、沈まない様前線から遠ざけた、皆優しいんだ、提督だって家族だって言ってくれたんだ、だから我慢したんだ、ずっとずっと来る日も来る日も皆が無事で帰ってきますように、だれも沈みませんようにって」

 

 

 戦いから遠ざけられた艦娘、それは自分の存在を全否定されてるような物だ、そして彼女の不幸は周りの仲間も彼女自身も優し過ぎた事、優しさ故に戦いから遠ざけ、優しさ故に戦えない自分を責め、お互いがお互いを知り過ぎた結果どうにもしてやれない。

 

 人は単体では生存が出来ない、物理的にも精神的にも、そして同一の感情のみではだれも救えない、同一の感情のみで形成されたコミュニティーは人を殺す、流れの無い水が腐るのと同じだ。

 

 

「でもね、こんな僕でも必要だから来ないかって話しが来たんだ、正直皆と別れるのはとても辛かったよ、でもこんな僕でも必要としてくれるなら、まだ誰かの役に立てるならもう一度やってみたいって思って」

 

 

 それがウチからの辞令だったって訳か。

 

 

「……ねぇ提督、僕たちは前線には出ない艦隊になるんだろうけど、それでも【武装警護】って指定が来る程には危険な任務をするんだよね?」

 

「……、正直相手が深海凄艦じゃなくて人間に置き換わる分、やり口が巧妙でド汚くなるのは確かだね」

 

「じゃ僕たちはこれからお互いの命を預けながら任務をこなさないといけない訳だ」

 

「まったく以ってその通りで」

 

「……なのに何で危険になるかも知れない問題をそのまま放置するのかな? 会ったばかりだと言っても僕は秘書艦で身辺警護も担当するんだよね? そんなに信用出来ないかな? 砲雷撃が出来ないポンコツだから? 実戦から遠ざかって使い物にならないから? 弾除けにすらなれないって事なのかな?」

 

 

 何故そんな回りくどい聞き方をするのかと彼女は責めた、信用してないのかと彼女は怒った、そして自分は弾除けにもなれないのかと涙を流した……

 

 

「自分の命を軽く見るヤツには背中は預けられない、自分を使い捨てとしてしか見れない人間が他人の命を背負うことなんてできはしないんだよ、時雨君」

 

 

 戦う事を諦めないといけないという不安に、心が半分折れ掛けた処に振って沸いた転任辞令、もしかしたらもう一度、誰かの為に……

 

 

「君も皆と同じ事言うんだね、判ってるんだよ、ちゃんと判ってるんだよ、でもね、目の前で妹が沈んで、僕は何も出来なくて、やっと海に立てると思ったら武器も上手く使えなくなってて、それでも皆の役に立ちたい、少しでも誰かが沈む危険を減らしたい、でも誰もそれを許してはくれないんだ、こんなのってないよ、僕は生きる事も死ぬ事も出来ないままあの村雨が沈んだ海にまだおいてけぼりになったままなんだ!」

 

 

 転任するには相当な覚悟が必要だったのは間違いないだろう、そしていざ着任してみたら本音を喋らずのらりくらりと話題を逸らす上司、駆逐艦としては致命的な程歪んでしまった自分の有様が原因で必要とされてない、不要と捨てられる、なまじ人よりも聡いが故に少女はそう判断した、一度入った皹は心をいとも簡単に砕いてしまう…

 

 

「……」

 

「変に優しくしないで欲しいんだ、駄目なら駄目ってちゃんと言って欲しいだけなんだ、僕だって自分がおかしいって判ってるから、君はいい人だよ、だから一言言ってくれれば諦められる、会ってすぐの君に言わせるのは酷だと思うけど……」

 

 

 

 

 

『僕の解体命令を……出して欲しいんだ』

 

 

 

 

 

 ……手遅れだ、もう心が折れてしまっている、そうなった人間を元に戻すのは並大抵ではないのは嫌という程経験してきた事だ。

 

 

「誤解の無い様言っておくけど、自分の秘書艦に君を指名したのは上の誰か、恐らく大将か秘書艦の吹雪さん辺りだと思う」

 

 

 人一人が壊れる瞬間、こんな糞ったれなもんはそれこそこの世界じゃ道端に転がってる石ころ程度には良く見る普通の光景だ。

 

 

「……だから?」

 

 

 腹の底から沸き上がるドロドロとした物を一度飲み込んで心をフラットに持っていく。

 

 

「君の事は既に秘書艦として決定済みの状態で自分の処に回ってきた、そして自分はそれを拒否しなかった、何故か? それは自分の上司が決定した事だからね、それに君は今日着任したばかりだ、その君を今解体するのは任命責任に問われるので到底その願いは聞き入れられない」

 

 

 一度心が折れたんなら元に戻すなんて事せずに全部放り出せばいいんだ、全部一度砕いて捨てちまえばいい、そして何も無くなったらそこから全部詰み直していけばいい、ああそうだ簡単な話しじゃないか。

 

 

「要するに命令だからって理由で秘書艦に僕を据えたって事なんだよね? 信用も出来ないのに? まともに戦えるかどうか判らないのに? 命令されたから仕方ないし、上の目があって解体命令も出せない、軍隊って本当に大変な処だね……本当に……本当に君たちには失望したよ」

 

 

 そうして言ってやるのさ、この糞ったれってな!

 

 

「駆逐艦時雨!!」

 

 

 今迄のらりくらり喋っていた男が突然大声を上げる、張り裂けんばかりに、肺の中身全てを吐き出す様に。

 

 突然大声で呼ばれたせいで驚きの為時雨は肩を跳ねらせ声の主を凝視する。

 

 

「俺の部署は生き馬の目を抜く様な汚い世界にあって、毎日騙し合い、化かし合いが普通で、命の重さなんてクソ程の価値も無い糞ったれな処だ!」

 

 

 突然豹変し、大声を上げたかと思えば自分の所属する部署を罵倒し始めた男に気が触れでもしたかと唖然とする少女。

 

 

「だけどな、そんな糞ったれな場所で俺は死なずに何年も生きてきた、何故だ? 運がいい? やり手だから? アホ抜かせっ! そんな猫でも跨いで通る様なちんけな理由で自分より強くて醜くてでかいやつ等と鉄火場張れる訳ねーだろが!」

 

「ぇ…あの……」

 

「俺の上司を舐めるなよ? どんなに糞ったれで殺してやりたい程いけ好かないヤツでも、俺の上司は絶対俺の命を捨て駒にしなかった! 何が天秤の片方に乗ってよーが反対に俺の命が乗ってるなら迷わずそっちを選ぶ大間抜けだ!」

 

「……」

 

「そんな糞ったれが選んだ秘書艦がお前だ! なら何を迷う事がある? 戦えない? 信用されてない? くだらねぇ! それをどうにかするのが俺の仕事だ!!」

 

「う…うぅ……」

 

「上が選んだ、そして俺が認めた、その時点でお前は俺の秘書艦以外! 何処の! 誰でもねぇ! 誰にも文句は言わせねぇ! 時雨、お前自身にもだ!」

 

「……」

 

「自己嫌悪に陥るのは仕方が無い、だけど自分を貶めるな、それは周りにいるヤツ等を、命を預けて一緒に戦う戦友を貶しているのと同じだ」

 

「ック……うん……」

 

「考えないヤツは阿呆だ、でも考えに飲まれるヤツはただの愚図だ、死にたくなければ考える事は辞めるな、最悪の中の最良を掴み取れ」

 

「うん……」

 

「俺が今秘書艦に求めるのは優秀なヤツでも強いヤツでも無い、白露型駆逐艦二番艦、時雨、お前だ」

 

「僕?」

 

「納得したか?」

 

「僕はまだ、ここにいても大丈夫なのかな……」

 

 

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃにした少女の目の前に男の右手が差し出される。

 

 その右手と男の顔を交互に見つめ、少女は少し小首を傾げる。

 

 

 

「……はい、握手、宜しく」

 

「……グスッ、成…程、小児愛好的な意味とか…女性に触れてみたい為の行動……かと思ったけど、握手してって意味だったんだね?……」

 

 

 そう呟いた時雨は、納得したかの様に微笑みつつ、差し出された手を握り返した。

 

 数時間前似た様な言葉を交わしたのは多分気のせいでは無いはずである。

 

 その時と違のは少女が涙顔なのと、男がやっちまったなぁ的な自己嫌悪が面に張り付いた顔をしている処だろうか。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

~後日の何気無い会話にて~

 

 

「ねぇ提督?」

 

「何かな時雨君?」

 

「提督って理詰めで行動する人だって思ってたんだけど、案外勢いだけでやらかしちゃう人だったんだね?」

 

「んんん……んー、なになに何を言い出すのかな君は?」

 

「あれ? 今日はお前って言わないの?」

 

「ええと自分、そんな事言った覚えは無いでござるよ?」

 

「あれ? 俺って言わないんだ……?」

 

「記憶にゴザイマセン」

 

「そう言えばさ提督」

 

「だから何かな時雨君?」

 

「昨日頼まれてたお使いで、ドクペ買ってきたんだけど」

 

「うんそれで?」

 

「ちょっとした手違いでチェリーコーラ買ってきちゃったんだけどダメかな?」

 

「なんだとぉぅ!? 俺のドクペとチェリーコーラ間違えただとぅ!?」

 

「そうそれ、それが見たかったんだ、はいこれ」

 

「」←ドクペガチンジュフニチャクニンシマシタ-

 

 

 

 

 暫くの間は秘書艦にお仕返しという名の玩具扱いされた吉野中佐(28歳独身武装秘書艦に弄ばれ属性ナゥ)は、気分が高まったら素数を数えるというスキルが新たに開花した模様。

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。



 どうか宜しくお願い致します。

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