大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 摩耶様艦隊の露払いでLO500ちゃんの救出を急ぐ寄せ集め本隊、彼女達が辿る未来と作戦の成否は如何に。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。

(※)御注意
 今回は轟沈含め残酷な描写が含まれます。
 ギャグ皆無です、そして長いです。
 艦娘愛に溢れ轟沈許すまじな提督様はここでブラウザバック推奨かも知れません。


2016/08/29
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたレミレイ様、坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


アマゾンと握り飯スキーな不思議ちゃんの話・了

 状況は最悪だった。

 

 第二艦隊から連絡のあった地点へ急ぐ間は幸運にも深海棲艦との接触は無く、最後に投下された中継筒より程近い位置を捜索した処、それほど時間を労せずIXC-001(IXC型 一番艦)の識別番号を拾う事に成功した。

 

 レーベがその信号を辿り大まかな位置を特定、その場所を伊58に伝え海中を捜索して貰った結果、その位置は激しい爆雷の攻撃に晒されたのか、海底の岩棚が崩落、岩石の山になっていた。

 

 そしてその山の中心部がレーベ達が指定した位置であり、状況的には恐らく深海棲艦に追われたU-511が身を隠した処に攻撃を受け、崩落した岩棚の下敷きになり今もそこに生き埋めになっているという事が考えられた。

 

 

 岩の山という表現は比喩では無く、人の数倍はあろうかという岩が折り重なり、その隙間を拳大の石が埋めているといった状況。

 

 ドイツ規格の短波通信で呼び掛けるも反応は無く、安否を確認しようとしても岩をどうにかしないとままならない。

 

 

 魚雷で邪魔な()を吹き飛ばしてしまおうかとも思ったが、水中でそんな事をしようものなら爆圧で岩諸共U-511は潰れてしまうだろう。

 

 結果、伊58と伊8は人力で動かせる岩を黙々と撤去するという事に時間を費やす他は無かった。

 

 作戦の主目的はU-511と邂逅し連れ帰る事、もしそれが適わなくとも報告の為には彼女の亡骸か、最悪艤装の一部だけでも持ち帰らなければならず、その為には是が否でもこの岩山の一部は切り崩さねばならない。

 

 

 そして海の底で潜水艦娘二人が必死に作業を進めている一方、海の上でも切羽詰まった状況になっていた。

 

 レーベとマックスが待機している上空をぼんやりと金色に輝く何か(・・)が数個通り過ぎた。

 

 

「レーベ…… あれ」

 

「深海棲艦の艦戦? 金オーラ付きって事はフラヲかな、まずいな……こっちを見つけた?」

 

「上空を旋回してたから多分ね、次は本隊が来るかも……」

 

「FlaK42と単装砲だけじゃ多分捌き切れないね…… ゴーヤ、緊急事態、敵に発見された、出来ればすぐにでもここを離れたい状況なんだけど、そっちはどんな感じかな?」

 

 

 チラリと確認された敵艦載機の姿は今は確認出来ない、しかしマックスが言う事が本当なら確実に相手はこっちの位置を確認した筈である。

 

 そして艦載機の射程に入っているという事はここはすぐにでも戦場になる事が予想され、その相手は空母だけでなく随伴しているだろう深海棲艦も含めた物になる。

 

 

 レーベの武装は対潜に備え九三式水中聴音機と三式爆雷投射機、マックスは3.7cm FlaK M42と12.7cm単装砲に61cm四連装酸素魚雷。

 

 実質空母を含む敵艦隊に対し、迎え撃てるのはマックスただ一人であり、陽動すらままならない状況である。

 

 この様な状況にならない為に第二艦隊は露払いをしていたのだが、流石に深海棲艦の支配下海域とあっては陽動が一艦隊程度ではどうにもならなかった。

 

 そもそもこの作戦はそれが判っている状態での強行策の色が濃く、更にそれを成立させるのに電撃作戦という前提は不可欠であった。

 

 そんな作戦の中心である救出隊が対象を確保するのに手間取り足止めを食らっている現状、こうなる事は当然の結末とも言えた。

 

 

『お姫さんは見つけたでち、生きてはいるでちが……覆いかぶさっている岩が大き過ぎてどうにもならないでち……』

 

「岩?…… 動かせないなら魚雷で吹き飛ばすとかは出来ないのかな?」

 

『水中での衝撃波はそんな生易しいモンじゃないでち、そんな事をしたら爆圧で岩諸共この子は粉々になるでちよ』

 

「でももう時間が無い、このままだとゆーを見捨ててここを離れないといけなくなる、一か八かその岩を……」

 

『このまま認識票だけ回収して撤退するか、足一本犠牲にして連れて帰るか…… どちらか選ぶでち』

 

「足? 足をどうするんだい」

 

『お姫様は右足を岩に挟まれた状態で意識を失っているでち、だから彼女に鎮痛薬を投与してゴーヤの持ってるナイフで足を切断して引きずり出すでち、どれだけ痛みを感じるかは判らないでちが、これ以外今お姫さんを助け出す方法は無いでち』

 

「ナイフで足を!? そんな事したら……」

 

 

 伊58の淡々とした言葉に彼女にしては珍しく怒りで言葉に詰まり顔を歪ませる。

 

 残された時間も殆ど無く既に手遅れに近い状況、切断した足は入渠すれば元に戻るがナイフの様な小さな刃物でそれを断つとなれば一息とはいかず、口に出来ない程の苦痛を繰り返し味わう事になるだろう。

 

 実戦は愚か演習すら経験した事が無い彼女(U-511)にとって、いや、生まれて間もない彼女にとってそれは精神的に耐えられる物では無く、これがトラウマになり戦場に出れなくなる可能性すらある。

 

 生きたまま暗い海の底で体の一部を切り刻まれる、そんな状況はレーベですら耐えられるかは判らない。

 

 

「ゴーヤはこの隊の責任者よ、本来なら自分の判断でそれを行う事が出来る、現状作戦を優先すればそれ(・・)が最良だって判ってる筈…… だけどそうせず私達に選択するよう連絡を寄越した、その意味を履き違えては駄目よレーベ……」

 

「……うん、そっか…… そうだよね」

 

 

 時間を掛けず作戦を成功に導こうと思えば伊58の策が尤も理に適っているだろう、そして責任者なら迷わずそうするのが義務であったが、そうはせずに答えをドイツ艦二人に委ねた。

 

 それはヘタをすると自身を含め艦隊員全員の命を危険に晒す事になるが、それでも彼女達に選択を迫ったのは迷った訳でも無ければ責任逃れの為でも無い。

 

 絶対数の少ない潜水艦娘と同じく、彼女達ドイツ艦娘の数は少なく、そして日本という祖国を離れた場所で明日をも知れぬ戦いに身を置く彼女達にとって、たった一人の艦娘でもそれは替え難い同胞であった為、あえて伊58はその選択を二人に委ねたのであった。

 

 

 そうして僅かの時間で気持ちを整理したドイツ艦娘達は伊58の策が現況最良手だと結論を出し、U-511の事は潜水艦娘へ任せ、自身達はもう間もなく来るであろう脅威前をに覚悟を決める事にした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 どれほど時間が経っただろうか、吹き損ねた笛の如く間伸びした死の音を耳にし、反射的に身をよじってそれを躱すと爆風と共に飛散した海水がその身を叩いた。

 

 レーベの艤装は右側上部兵装が爆撃により喪失、左の爆雷投射機も既に残弾はゼロになっていた。

 

 辛うじて主機は無傷で敵の攻撃は躱せてはいるものの、このままでは何れ捉えられてしまうだろう。

 

 マックスの単装砲には幾らか残弾は残されていたが、FlaK M42は弾切れで置物となっている。

 

 全力で動く事でようやく凶弾を躱す事が出来る程に消耗し、体は傷だらけ。

 

 真っ暗な世界で流れる汗を拭い、ふと手を見れば汗だと思ってたそれは赤い雫だった。

 

 

「レーベ…… 血が出ちゃったわ、絆創膏持ってない?」

 

「持ってないよ、取り敢えず塩水で洗ってみたらどうかな?」

 

「ふぅん……それはいい考えね、でも今は手が離せないわ、洗ってくれる?」

 

「無理」

 

 

 気の抜けた言葉は傍で吹き上がった水柱に掻き消され、新たな傷が体に刻まれる。

 

 敵は空母ヲ級flagshipを旗艦に雷巡チ級軽巡ホ級に駆逐イ級後期型が三。

 

 開幕すぐにヲ級を狙った伊8からの雷撃を庇い、イ級が二隻轟沈するも、手持ちの魚雷全てを撃ち尽くすまで援護をした結果、ヲ級とホ級(軽巡)、そしてイ級の一体はほぼ無傷という状態。

 

 せめてもの救いはト級(雷巡)が大破状態で一斉雷撃の心配が無い為まだギリギリではあったが立ち回っていられる事だろうか。

 

 しかし夜戦でありお互い目視がままならない状況下では、数に劣り、また空から見られてるレーベとマッスクにはもう打てる手は皆無と言える。

 

 

「ゴーヤはまだかな…… もうそろそろヤバいんだけど」

 

 

 単装砲に最後の予備弾を装填しつつ、今も尚時折見える発砲炎が確認出来る方向を見据える。

 

 光が見えれば基本その場から飛び退き体勢を整える、相手の狙いは"空の目"がある為事の他正確だが、それが今は逆に助かる形となっている。

 

 光が見えた位置へ一発だけ砲撃を放ち牽制する、当たれば儲けものだがそれは気休めにしかならず、相手へダメージを与える事は期待は出来ないだろう。

 

 そして単装砲の弾が尽きた時、それが相手に気取られれば恐らく距離を詰められ最悪の結末が訪れる。

 

 その時が来る前にマックスには早急に処理しておかねばならない事があった。

 

 

「ねぇレーベ……」

 

「何かな?」

 

「後数発で弾が尽きるわ、そろそろ貴女は引きなさい」

 

「……何言ってるんだい、弾が無くなっても引くなんて事は出来ないよ、まだゴーヤ達が……」

 

「デコイは二つも要らないわ、貴女は引いて…… まだこの後母艦の護衛に回る任が残ってるでしょ?」

 

「デコイって…… 言いたい事は判るけど、残りの敵を一人で相手するなんて無茶だよ」

 

「……足をやられたの、今は動いてるけど主機の振動がどんどん酷くなってきてる、多分…… そろそろ停止する」

 

 

 レーベは新たに直上からの爆撃で発生した水柱を躱しながらもマックスに体を寄せていく。

 

 着衣は自分と同じくボロボロで、背部の煙突は既に吹き飛び、そして右足は膝から下に掛け長い裂傷が刻まれ、更に靴型の小型主機は沈黙しているのだろう左足のみでやっと浮いている状態だった。

 

 暗くてそれまで見えなかった相棒の姿がその視界に飛び込んできた。

 

 それは余りにも痛々しく、絶望的な姿。

 

 

「マックス…… それ……」

 

 

 ほんの数分見なかった相棒は既に航行する事も難しい程に被弾し、軽口が叩ける様な状態では無かった。

 

 

「私はもう母艦へ帰る程航行する事は出来ない、でも砲撃は可能よ、そして……」

 

 

 とん、とマックスはレーベを軽く突き放す、そして惰性で離れた二人の間に砲撃による水柱が立つ。

 

 

「貴女は兵装は喪失してるけど、それをコンバートすればまだ戦える…… 現状を考えれば何が最適か、判るでしょう?」

 

 

 航行能力はほぼ失ったが、後僅かだが砲撃が可能なマックス、逆に兵装の全てを喪失したが航行に問題が無いレーベ。

 

 誰が敵を引き付ける為にここに残り、誰が母艦へ戻りそれを補助するのか、答えなど考える事も無く出ている話だ。

 

 

 自分はここで死兵となってもレーベを、そして今も水底でU-511を救出する為奮闘している潜水艦娘を生かすのだと。

 

 無言で微笑むその顔が、言葉にせずとも雄弁にそう語っている。

 

 

 マックス・シュルツは普段自己主張を好まない物静かな艦娘であったが、たまに何を考えているか判らない突飛な行動をする事があり、それを問いただしても訳の判らない返事しか返って来ない事が多いという困った一面を持っている。

 

 そして一度こうと決めたらどんな状況でも自分の考えを曲げない、そんな艦娘だった。

 

 

「敵は三体、最初のハチの一撃でかなり警戒をしているからおいそれと近寄っては来ないわ…… 恐らく対潜装備はしてないんでしょうね、でもそれは長くは続かない」

 

「なら僕がマックスを曳航して……」

 

「私は犬死にするなんて御免だわ」

 

 

 遠慮も飾りも無い言葉、長年共に死線を潜り抜けた相手だからこそ言えるその言葉。

 

 それは拒絶と同時に相棒を生かしたいが為に搾り出した心からの言葉、たった一言だが付き合いが長い為にレーベにはそれが嫌でも判ってしまう。

 

 そんな自分の半身とも呼べる存在をこれから見捨て、自分はここを離れなければならない。

 

 

「ゴーヤ達がここを離脱できるまで引く訳にはいかないわ、でもそこまで粘ったら幾ら貴女の足でも離脱は不可能よ、ここは役割分担でいくわ……いいわね?」

 

 

 話は終わりだとばかりにそこから離れ、更に一発砲を放つ、発砲炎に一瞬照らされたその顔はいつもと同じ無表情。

 

 

「レーベ…… Bis bald(またね)

 

 

 それに返す言葉はレーベには無かった、一方的に放たれた言葉は、それを否定すれば彼女の覚悟を無駄にし、沈む命を増やすだけであった。

 

 そうしてドイツZ1型一番艦 レーベヒト・マースは踵を返し東を目指す、振り返る事すら許されぬ感情に背中を押され全力で。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 海の底では微かな振動を感じながら伊58がU-511を岩山から引きずり出す為奮闘していた。

 

 援護から戻った伊8にU-511の上体を引っぱらせ、右膝の間接と腱を伸ばさせる事で骨の隙間にナイフを滑り込ませる。

 

 視界が赤く染まり、手に痙攣する手応えが伝わってくる。

 

 事前に投与した薬は艦娘用に調整された強力な鎮痛剤である、幸いな事にU-511は意識を手放し痛覚とは無縁の世界にいたが、それでも体自体の反応が無くなる事はない。

 

 

 仲間の体を切り刻む、そして(ほとばし)る血液は水中であった為己の体に纏わりつく、そんな赤い地獄を数分続け、唐突に手応えが無くなった時、U-511の体からは抵抗が無くなり、岩山から引き摺り出す事に成功した。

 

 人の体とは違い大量出血しても割りとすぐそれは止まる為心配は無いだろう、伊8と二人で小さな体を挟み、すぐそこを離脱する為に行動に移す。

 

 

「こちら潜水艦隊旗艦、お姫さんの曳航を開始するでち」

 

 

 まだ断続的にだが体に振動が伝わってくる、それはまだ戦闘を継続している証であり、その味方に現状を伝え撤退を促す事はこの別働隊旗艦であるゴーヤの役目である。

 

 繰り返し短い呼び掛けをするが返事が無い。

 

 伊8にU-511を託し、少しだけ浮上し戦況を確認しようとする、もしかするとレーベやマックスは砲撃音でこちらの声が届いてない可能性があるからだ。

 

 伊58の魚雷は伊8に託した為、それは序盤の支援時に全て消費されたので武装は皆無であったがそれでも仲間を見捨てて撤退する訳にはいかない。

 

 

「こちら潜水艦隊旗艦、対象の確保に成功したでち、そっちも早く撤退するでち!」

 

 

 感じる振動が更に大きくなってきた時、イヤホンから少しくぐもった声が聞こえてきた、それは判別が難しい程小さな物だったが辛うじて言葉だという事は判った。

 

 

「……こちら水上班マックス・シュルツ、ゴーヤ…… こっちは敵が密集しているから浮上してはダメ、少し前にレーベを母艦へ先行させたから貴女達もそのままゆーを連れてここから離脱して」

 

 

 帰ってきた言葉は判ったが、その意味が判らない。

 

 レーベが離脱している? 敵が密集している? どういう事だ?

 

 それが本当だとして何故マックス一人だけまだここに居る?

 

 

「こっちは主機沈黙、弾も尽きたわ…… もう持たない、だから引いて……」

 

 

 直後に激しいノイズが響き、そして轟音以外に何も聞こえなくなった。

 

 

 レーベを送り出したタイミングが良かったのか、それともそれを察知した為に前に出たのか。

 

 今マックスは左右をホ級とイ級に挟まれ、更に前には視認できる程の距離に目から金色(こんじき)の燐光を滲ませた異形が杖を振るっているのが見える。

 

 主機は完全に沈黙し、浮力も徐々に失われつつある。

 

 弾も尽き反撃も出来ぬままただ攻撃を受け続ける。

 

 

 貫かれる痛み、爆風に叩かれる痛み、色々な痛みと恐怖が体を支配し、悲鳴を上げそうになる。

 

 それだけはすまいともはや握る必要の無くなった単装砲を投げ捨て両手で口を覆う。

 

 『痛い、苦しい、死にたくない』

 

 首元に張り付いたマイクを千切れば、通信機を切れば存分に悲鳴を上げる事は出来る。

 

 

 でもそれは、それをする事はもう見えなくなってしまった仲間との、同胞との繋がりを切る様な気がして出来なかった。

 

 

 痛みが走る度に沈んでいく体。

 

 体を丸め口を押さえ、ただ沈むのを待つだけの状況。

 

 

 伊58は聞いていた、少し手を伸ばせば届く筈の場所に居る仲間の押し殺した嗚咽を、悲鳴を。

 

 それでも自分はそこへ行く事は出来ない、恐怖もある、しかしそれ以上に自分は別働隊旗艦として作戦を完遂させなければいけない。

 

 その為には一刻も早く伊8と合流し母艦へ急がなければならない。

 

 それでも浮上する事は出来ず、伊8を追う事も出来ずにその中途な位置から動く事は出来なかった。

 

 怒りと葛藤、そして僅かばかりの恐怖、ない交ぜになった感情に歯を食いしばり拳を握る。

 

 

 そうして湿った耳障りな音と共にマックスの悲鳴が聞こえ、それを最後に伊58のイヤホンには何も音が聞こえなくなった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 手を伸ばせば届くかも知れない、水面(みなも)を静かに下から見上げる。

 

 そんな時が来るのは艦娘として判っていた事で、覚悟もしていて、それでもその時は突然にやって来た。

 

 今から行くのは暗く冷たい世界で、遠くを見れば水の中を進む同郷の娘。

 

 

 最後に上げた悲鳴の為か、それとも痛覚が殆ど無くなった為か、今は何も感じない。

 

 

 自分が守り、送り届けた命はとりあえず無事だったか、そう安堵した時、寂しさや悲しみよりも遣り残した色々な後悔と、そして出撃前に慌てて口に詰め込んだ握り飯の味だけが鮮明に思い浮かぶ。

 

 

 そしてそれよりもやや手前、もう顔も判らない一人の潜水艦娘。

 

 

 マックス・シュルツは日本で建造されたドイツ艦である。

 

 前世の記憶を内に秘め、ドイツ艦としての自覚もあったがその祖国を彼女は見た事が無い。

 

 

 もし自分が水上艦では無く水の中を行く潜水艦だったらこの海を渡り行けただろうか、この静かな世界と繋がっている筈のあのDeutsch(ドイツ)に。

 

 そんな事をぼんやりと想いながら、彼女は自然と伸ばそうとした腕を抱きしめ、踵を返した潜水艦娘を目を細めて見送った。

 

 

 

 「Viel Glück(幸運を)……」

 

 

 遠ざかる航跡を見送りながら呟いた言葉は音にならず、泡となって海に溶けた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あの時、もし戻っていれば、手を差し伸べていれば、マックスは沈まなかったかも知れないでち」

 

 

 伊58は当時の事を思い出し、俯いたままポツリポツリと抱えていた想いを吐き出した。

 

 あの後彼女達は母艦へと合流し、第二艦隊と共に撤退戦を繰り広げ、マックス以外の轟沈者こそ出してはいなかったが、母艦くにさきは大本営に辿り着く事もままならない程に破壊され、護衛の任に就いていた艦娘も大破艦が殆どという惨状で、最後はペナン基地へ漂着もかくやという状態で辿り着いた。

 

 終わった事に"もし"を当てはめる事に意味はない、しかしあえて"もし"と言う事で述べるなら、ゴーヤがあの時沈むマックスを救助に向かってもその死は回避出来なかっただろう。

 

 それ以上にゴーヤも敵に補足され、結果として一人でゆーを曳航するハチも母艦に辿り着く事なくこの作戦は轟沈者の数を増やしたまま失敗していた筈である。

 

 

 しかし現実的にはそれは確かめ様も無い話であり、"もし"という言葉に答えは永遠に出せない傷としてゴーヤの胸に刻まれたままとなった。

 

 

 そしてその消えない傷は、(潜水棲姫)という存在を前に再びジクジクと開き、心に沈めていた記憶と共にあの悲鳴を思い出させていた。

 

 

「もしこの子があの時沈んだマックスならゴーヤは……」

 

 

 そう言って頭を上げ、(潜水棲姫)を見ると、視界一杯に白い掌が見えた。

 

 眉を(ひそ)めその手の主を見ると、今も胡麻団子を咀嚼し、こちらを見る白いポニテのメイドな(潜水棲姫)

 

 

「……なんでちか?」

 

 

 苦い顔をしつつ、モグモグと頬を膨らます不思議ちゃんにゴーヤはそう問い掛ける。

 

 口の中の物を咀嚼し終え何かを言うのかと待てば、今度はゴーヤが差し出した胡麻団子に楊枝を突き刺し、再び口へと放り込む彼女()

 

 

「って食うんかーーい、なんでちかなにが言いたいでちか!」

 

 

 マイペースに引っ張られ、思わずツッコミを入れるゴーヤに、モグモグと味わう様にそれを食べ切る不思議ちゃん。

 

 

「……迷惑」

 

 

 ケフッと小さくゲップをすると、(潜水棲姫)は一言だけそう言った。

 

 その顔は相変わらず無表情で何を考えているか判らないが、その目だけは澄んでおり、確固たる輝きを(たた)えていた。

 

 

「……そのまっくすっていう艦娘なんか知らない、わたしは(潜水棲姫)、知らないのと一緒にされると迷惑……」

 

 

 ドイツ艦が轟沈した数は海軍の記録では只一隻、南洋アンダマン沖合いで沈んだマックス・シュルツのみである。

 

 状況的にしか確認出来なかったが、目の前の(潜水棲姫)という存在がマックスであった確率は高い。

 

 

(潜水棲姫)君、その…… 君のそのドイツ語は誰かに教えて貰ったものなのかな?」

 

「……kenne nicht(しらない)、ろーが喋ってた言葉聞いたら自然と話せた」

 

「そっかぁ、自然にかぁ……」

 

 

 金色の缶に口を付け、ゴクリと一口飲み干した(潜水棲姫)の前に、コトリと胡麻団子が数個入った器が寄せられた。

 

 その器はろーが差し出した物であり、その器とろーを交互に見る(潜水棲姫)

 

 そしてろーは(潜水棲姫)に黙って微笑んだまま、(潜水棲姫)はその首を傾げたまま、少しの間無言が場を支配する。

 

 

「……なに?」

 

「マックス…… 今もろーちゃんたまに一緒に居ますって、でもろーちゃんの事助けてくれたマックスとは違うマックスですって」

 

「……だから?」

 

「あの時はありがとうって、お陰でろーちゃん……でっちとかしおいとか、皆と会えたよ…… だからありがとう……ですって!」

 

「ちがう、わたしはまっくすじゃ……」

 

 

 そんな彼女()の頭にポンと手が置かれる、少し不服そうに見上げる視線に対し、答えの代わりと言わんばかりに苦笑いで撫でくり回す吉野。

 

 

「……なに、おやびん」

 

「それはさ、彼女達の奢りだそうだ」

 

「奢り……タダメシ?」

 

「ああ、タダメシだね、全部頂いちゃってOKだから」

 

「……タナボタキタコレ、誰にも渡さんぞ」

 

 

 グリグリと頭を撫でられ、胡麻団子を口一杯にする不思議ちゃんとその他三人。

 

 何とも言えない空気に溜息を付き、ソファに体を沈め天を仰ぐゴーヤ。

 

 

 あの時確かにマックスという艦娘は沈んだ、目の前に生まれ変わった存在が居たとしてもその事実は変わらない。

 

 そして自覚も無く、否定すらする不思議ちゃんを見て、あのドイツ艦は確かにあの暗い水底に沈んだのだと改めて自覚したが、それでもゴーヤは僅かばかり救われた気がした。

 

 

 そしてそれは必死で逃亡したが敵に襲われ意識を手放し、次に気付いた時には失った足と共に、見た事も無い同胞の命と引き換えに生き延びたという事実にろーも少なからず負い目とトラウマを抱えていた。

 

 自分の為に失った、取り返せない"もし"という過去に、ほんの僅かだけ訪れた奇跡とそして口に出来なかったありがとうを言えたその心にも、ほんの少しだけ救いが訪れたのは確かだろう。

 

 

 潜水棲姫であり、メイド服を着て胡麻団子を頬張る不思議ちゃんという少女、その少女の名は(あおい)

 

 

 昔、南洋で戦い、最後はまだ見ぬ祖国を想って沈んだ魂は結局そこには至らず、元居た場所へと戻ってきた。

 

 命と、記憶を引き換えにあの時想った水を往く為の力を得て。

 

 

 

 そしてこの日より20日後、捷号作戦の第二段階が発令され、再び彼女はあの海へ、死と生が繰り返される場所へと出る事になる。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。
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