大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 碧さんの過去的な話が終了、今回から新展開かも知れない予感。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/12/03
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました鶴雪 吹急様、対艦ヘリ骸龍様、有難う御座います、大変助かりました


第二次捷号作戦
そこにある信念と生き様


「やっと調整がついたよ、それが捷号作戦の作戦指令書と概要まとめ、そして関係書類になる、確かめたまえ」

 

 

 大本営執務棟七階最奥、元帥大将坂田一(さかた はじめ)執務室。

 

 吉野はこの海軍のTOPに座る人物に呼び出され彼の居城とも言える場所でテーブルを挟み対峙していた。

 

 

 呼び出しの内容は坂田が口にした通り、(かねて)てより計画されていた捷号作戦作戦第二段階発令に関しての知らせと、それに関する詰めの為である。

 

 今回の作戦は大雑把に纏めると規模は軍単独で実施するには影響が大きい部類の物であり、国益に大きく関わる類の物であった為、作戦の総指揮は軍部でありながら政治関係の方に深い関係のある坂田が執る事になっていた。

 

 そして軍としては既に作戦実施に於いて調整は済んでいたが、それ以外の政治・経済界という関係各所、それの実質支配者階級が集う元老院という組織に対する折衝が上手く纏まらずに時間が掛かったのだが、幾らそれらの者達が作戦実施に渋っても代替案は出る事は無く、また現状維持という手段自体愚策という事を認識していてか、結局の処様々な制約が付きはしたものの、捷号作戦作戦は実施するという事で話の取り纏めは終了した。

 

 今吉野と坂田の間にあるローテーブルの上にはA4サイズの封筒が二つ並んでいる。

 

 片方はちょっとした辞書並みの厚みがあり、対してもう片方はと言うと手で仰げば飛んでいきそうな如く薄い物、見た目はどちらも厚み以外は同じという物であった。

 

 

「お疲れ様です元帥殿、早速拝見致したいと思うのですが…… これはどちらから拝見すれば宜しいでしょうか?」

 

「ふむ、どちらからでも構わんよ、中身は同じ物だからね」

 

「……はい?」

 

 

 二つの封筒を見比べる、確かに形は同じ物であるが明らかに内容量と言うか厚みが違っている、比率で言えば優に三桁は差があるだろう、しかし目の前の元帥が言う言葉をそのまま捉えればその二つは同じ物だという。

 

 これは何かの問答なのか? それとも他に別の意味があるのか?

 

 吉野は思わずこれは舌切り雀の葛篭(つづら)的な何かであり、うっすい封筒を選ぶと何かダウト的な罠があるのかと思い、二つの封筒に触れる事は無く、じっと見比べ厚み以外の違いを確認していた。

 

 

「いやそんなに警戒する物では無いよ、むしろ私としては両方を確認して君の意見を聞いてみたいんだがね?」

 

 

 屈託の無い笑顔の老将であったが、頬に刻まれた大きな傷跡と、半分喪失した片耳がその笑顔をより一層不気味かつ胡散臭気に見せていた。

 

 しかし一応それでも軍のTOPであり、吉野にとってはどうあっても逆らえぬ相手である、両方の中身を確認して意見を述べよと言われればそれに従う他は無かった。

 

 そうして先ずは分厚い片の封筒を確認すると、先ず捷号作戦作戦発令に関する指令書、そしてその概要に付いての細かい指示が書かれた物、その他は作戦実施に於いて事前に確認・申請せねばならない関係各所への書類が殆どを占めるという、ある意味見慣れた類の物であった。

 

 全てを確認するには時間的制約があり、内容はザッとしか見れなかった物の概ね不審な点は見当たらず、またそれ以上の詳密な部分は後で事務方(じむかた)の妙高と確認すれば良い部分であり、今確認する事は恐らく無いと判断出来た。

 

 なら問題はもう片方の封筒の方だろう、これだけ必要書類があるというのにその封筒の中身は見た目だけだが恐らくは10枚も入ってはいない程の厚みしか無い、しかし坂田ははっきりと『どちらの中身は同じ物』と言い切った。

 

 

 手にした封筒を一旦テーブルに置き、問題の薄い紐付き封筒を開封する。

 

 一番最初に見えたのは先程見た指令書と"ほぼ"変わらぬ物、そしてやや簡略化された…… と言うか、手順や注意点がかなり削除された概要書と、最後の一枚だけは先程の封筒には入っていなかった辞令書。

 

 

──────────────────

吉野三郎

 

任 海軍少将

 

内閣総理大臣 鶴田栄

平成二十八年八月十一日

──────────────────

 

 

 本日付け少将への辞令書である。

 

 何故…… というより、やはりという内容に吉野は苦い表情でそれを確認し、黙って封筒の紐を整え直すとそれら二つを元あった状態でテーブルへ戻した。

 

 

「ふむ…… その表情だと細かい説明は不要のようだね」

 

「はい、とは言い切れませんが、仰りたい事は理解出来ているとは思います」

 

「ならその並んだ封筒が意味する事と、それに対する君の意見を聞かせて貰おうか」

 

 

 沈黙し、交差する視線、無言で対峙する二人の前にコトリと茶が入った湯飲みが置かれる。

 

 

「お待たせして申し訳ありません、手違いで茶葉を切らしておりまして……ご用意出来たのが今になりました」

 

 

 そう頭を下げ、こちらに微笑み掛ける女性は鳳翔型 一番艦 軽空母鳳翔、坂田一の二人居る秘書艦の内一人であり、主にプライベートを担当する実質"嫁艦"とされる艦娘である。

 

 

「お気遣い有難う御座います、頂きます」

 

 

 一口啜るとそれは程よい温度に淹れられており、味も上品で茶の良し悪しに疎い吉野でもそれは高級な物を使っている事が判る程の物であった。

 

 元帥のプライベートを取り仕切り、身の回りを世話する彼女にとって来客の際出す茶葉を切らす事と言うのは先ず考えられず、しかしそれを理由に"今このタイミング"で茶を出すという行為、成る程一旦固まり掛けている"歓迎ならざる雰囲気"をリセットするには絶妙な間だと吉野は感心した。

 

 そしてその小細工に吉野が気付く事は織り込み済みなのか、鳳翔はあえてゆっくりと、そしてにこやかに茶菓子の乗った皿も並べ、最後には『ごゆっくり』と一言添えて奥に姿を消した。

 

 

「良い秘書艦殿ですね」

 

「だろう? アレにはいつも助けられておってね…… まぁ尻に敷かれるのも中々良いと思わせる程には好い女だよ」

 

 

 張り詰めた空気は一旦落ち着き、先程とは違った空気の間が暫く流れた。

 

 張り詰めた場が弛緩し、一旦頭が冷えた状態で改めて辞令書の事を考え、それが出された現況と元帥の意図を今一度考え直す。

 

 そしてそれが先程と何ら変わらぬ物と自身の考えにブレが無い事を確認した吉野は、目の前の髭の傷が言った二つの封筒の意味を口にした。

 

 

「成る程、確かに立場が違えば自由になる権限は大きく変わりますね、"この封筒の中身程度なら誰の許可を得ずとも己の判断で実行が可能になる"つまり封筒の厚みが左官と将官との権力の差という訳ですか」

 

「そういう事になるかな」

 

「そしてそれは自分に対するメリットであり、同時にそういう箔を自分に付ける事によって元帥殿は元老院側に対して話を通し易くなる」

 

 

 僅かにニヤリと髭に半分隠れた口が吊り上がるが目は笑っていない、坂田は言いたい事はそれだけか、遠慮せずに言ったらどうだと無言で吉野に迫っていた。

 

 その殺意にも似た雰囲気を正面に受けて、わざと無表情を貫く吉野、どちらも一歩も引かない雰囲気を醸し出している。

 

 

「自分が左官という立場に居る内は大隅巌(おおすみいわお)大将麾下の私兵という域は出ない、それは軍にとっても日本にとっても深海棲艦という力を取り込むという者として脅威となり好ましくない、しかし将官という"軍団の長"としてそこから切り離せば派閥としては関係性は残るものの軍の要人、私兵では無く公という立場の日本海軍の力と言う事で取り敢えず対外的には言い訳は立つ……国の内だけではなく外に対しても」

 

「それと同時に君の身の安全も今より格段に保障されると思うんだがね?」

 

「……確かに」

 

 

 世の中は零か一かという単純な物で成り立っている訳では無い、道理でそれしか手は無いと判ってはいても、自分に組せず脅威となるなら待ってるのが破滅でもそれを排除しようという存在は少なからず居る。

 

 それは立場が上なら上である程強くなるのも確かであり、実行力があればそのその歯止めは効き難くなる。

 

 

「中佐の理解が早くてなによりだ、さて、そんな政治的駆け引きを理解して貰った上で君にはここにある封筒、どちらか一つだけ持ち帰って貰おうと思う、好きな方を持って行きたまえ」

 

「はっ、では謹んでこちらの物を選ばせて頂こうかと思います」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「でかした提督、その若さでこの昇進のペースは中々無いぞ、艦隊旗艦として誇りに思うと共に貴官の元に就ける事を私は誇りに思う」

 

 

 満面の笑顔で執務棟から戻った吉野の背中をバンバンと叩く長門、言うまでも無いが彼女は世界が誇るビックセブンである、その力もビックな物であり、叩かれる者がヒョロ助な吉野ではカタパルトから射出された艦載機の様に前に吹っ飛ぶのはまぁ仕方の無い事である。

 

 そして吹っ飛んだ先に居るのは秘書艦時雨、彼女は見た目少女と言われる程小柄ではあったがそれでも艦娘である、飛び込んできたヒョロ助の一人や二人受け止める事は造作も無い。

 

 そして飛んできたヒョロ助吉野の頭を当然の様に胸に収めて抱き締めるのも色んな意味で造作も無い事である。

 

 大きくも無く、それでも小さくも無い胸でモフモフされながら時雨の背中を全力タップするヒョロ助と満面の笑顔でモフモフを続行する秘書艦、うらやま地獄が展開されるそこは大本営秘密基地執務室。

 

 

「今日はお祝いかな、まだお昼過ぎだし皆に連絡して夜はちょっと豪華な晩御飯でもいいよね」

 

 

 バンバンとタップされるもそれを無視してモフモフしながらにこやかに言う時雨の向こうでは既に食材の注文を始めている妙高、流石デキる事務員である、しかし吉野はモフモフ地獄真っ最中なので彼女のデキる仕事振りを見る事はなかった。

 

 

「提督がこんなに早く軍の要職に就くなんて榛名、感激です!」

 

 

 時雨と同じく満面の笑顔でそう述べる榛名、その胸では時雨からシフトされた吉野の頭が何故か当然の様にモフモフ状態になっており、心なしかタップをする吉野の勢いが弱まっている。

 

 それは幸せの感触に酔っている訳では無く、酸素が足りない為に弱っているというのはもはや説明不要である。

 

 そしてこのモフモフ地獄はこの後妙高から朔夜と続き、最終的に何故か長門や龍鳳に至るまで参加するというオッパイフェスティボーに発展したが、そのフェスティボーの唯一の参加者側である吉野は妙高モフモフ辺りで力尽き記憶が飛んでおり、更に最後の龍鳳に至っては場に流されモフモフはしているが、何故自分がモフモフしているのか判らないという、目のハイライトを薄くした彼女がピクリとも動かない吉野をモフモフするという珍妙な絵面(えずら)が展開されていたという。

 

 

 そんなオッパイに弄ばれた吉野の軍装に付けられた肩章は今までと色は同じであったが花びら五枚の桜を模した星の数が一つ増えていた。

 

 

 日本海軍大本営麾下第二特務課々長吉野三郎大佐(・・)、彼が元帥より渡され第二特務課へ持ち帰った封筒は分厚くも無く、さりとて薄くも無いという中途半端な物であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「成る程、ヤツの娘(妙高)がご執心になるのも頷ける、私の誘いを袖にした時のアイツと同じ断り方をしよった」

 

 

 苦い顔の髭で傷の元帥は、その感情を中和しようというのか羊羹を口にほおばり苦い顔のままそれをムシャムシャと咀嚼していた。

 

 あの選択を迫った時、吉野は迷い無く並んだ封筒の内分厚い方を手に取った。

 

 それはさも当然という自然な動きであり、今と同じ苦い表情の坂田を一瞥する事もなく『それでは』と立ち去ろうとまでしていた。

 

 坂田が称したように、吉野はその二つの封筒に込められた意味を充分理解していた、それでも選んだのは分厚い封筒、その行動に込められた意味と答えは坂田にとって半分判ってはいたものの、言葉として聞いておかなければ納得出来ない事でもあった。

 

 

「自分は彼女達と生き、そして共に死ぬと約束しました、軍団の長に収まってしまうとその約束は果たせません、折角のお心遣い有難いのですがこればかりは自分の中では譲れない事であります、今回は選択出来るという事ですので自分は現場に留まりたいと思います」

 

 

 選べと言われてはいるものの、それは建前で実質は選択肢の無い命令であるのは判っている事である、しかしそれを蹴ってでも通すという確固たる信念。

 

 その根底にある物は何かという事は坂田には判らなかったが、その言葉と目に宿る迷い無き光は、昔戦友であった男(染谷 文吾)を片腕として大本営へ引き抜こうとした際断られた時に見た物と同じ物だった。

 

 

「フフフ…… 提督もこうなる事は薄々感じてらしたのでしょう? ですから"三つ目の封筒"をご用意してらしたのでは?」

 

 

 理由を述べ、退出しようとした吉野を呼び止めたのは坂田では無く鳳翔であり、その時彼女は黙って吉野の手にある封筒を取り上げ、そしてテーブルに残った薄い物では無く新たに持って来た封筒を取り上げた物の代わりに手渡した。

 

 暫くその封筒を眺める吉野は中身を確認せずに頭を下げ、無言で執務室を後にした。

 

 通す意地は通した、それでも尚それとは違う物を渡されたという事は、それはもう断る事が出来ない物であり、恐らくそれは双方が歩み寄れるギリギリの線で出された物に違いないという事は理解出来たからだ。

 

 

「何故こうも私が必要とする人材は死の淵に立ちたがるのか……」

 

「……逆にそういう方だからこそ提督は必要とされておられるのでは無いでしょうか?」

 

「判っているよ鳳翔、しかしだな……染谷の今を見れば、このまま進めば彼の行く末は無いのでは無いか? 今手放せばもう私ではどうにもならん渦へ彼を放り込む事になる」

 

「それこそ驕りという物です、人は脆弱ですが私達に無い信念を拠り所に生きています、それは他人では理解出来ず、立ち入ってはいけない領分だと私は思うのですが」

 

「……君は強いな、私ではそうまで割り切った考えは出来んよ」

 

「そうだからこそ選ばれお傍に置いて貰えてると自覚していますよ、貴方(・・)

 

 

 最終的に吉野に手渡された封筒は薄くも厚くも無い中途な物であったが、他の二つとは違いそれだけには何故か大佐の肩章二つが入っていた。

 

 まるでそうなるのが判っていたとばかりに用意されたその中途な厚みの封筒は、苦悩し迷った末に出した老将の答えであり、坂田の持つ力の範囲で元老院を納得させるだけのギリギリの物でもあった。

 

 

 

 

 こうして様々な思惑と、意地がぶつかり合った結果やや歪な歩み合いを落とし処とし第二次捷号作戦は発令され、第二特務課は戦場である南洋目指し抜錨する。

 

 

 

 其処に避けられぬ悲劇と地獄が口を開けて待ち受けているとも知らずに。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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