大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 元帥吉野さん差し置いてオカン最強説が浮上した。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/09/05

 本文内説明不足な部分を補完する為編集、追筆。


2016/10/14
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたremitch様、有難う御座います、大変助かりました。


南方戦線での悪巧み

「流石にすんなりとはいかない物だねぇ」

 

 

 斉藤は秘書艦飛龍から手渡されたお絞りで顔を拭いつつ、溜息混じりの言葉を誰とも無しに向け吐き出した。

 

 場所はリンガ泊地執務棟にある執務室、八人座れる応接椅子にはこの泊地司令長官である斉藤信也(さいとう しんや)少将とその秘書艦飛龍、向かいに吉野三郎ともう一人の男。

 

 

「久し振りの新規海域攻略ですし、幾ら戦力を組み替えたからと言ってもずっと防衛特化でやってきましたから、切り替えというか連携が今一つ繋がらないんでその辺りも不安ですね……」

 

 

 吉野の隣の男、ペナン基地司令長官椎原登喜男(しいはら ときお)大佐が同じく渡されたおしぼりで顔を覆いながら、テーブルに突っ伏す勢いで体を前に傾ける。

 

 

 第二次捷号作戦と銘打たれたこの作戦は、南方リンガ泊地とセレター軍港、そしてペナン基地という三つ並んだ拠点を軸に、インド・マレーシア・ミャンマーに囲まれたベンガル湾一帯のテリトリーを攻略し、同時にその辺りから同三拠点へ攻勢を掛けて来る深海棲艦を撃破・鹵獲するというのを目的としている。

 

 元々そこに居座る海域のボスは戦艦タ級flagship、取り巻きは水雷・輸送系の深海棲艦が多いので攻める事自体は容易とも言えるが、その道中を巡回している戦艦ル級改flagship二隻を中心とした水上打撃艦隊の防御層が半端では無い程厚く、中々先への突破がままならない状態に陥っていた。

 

 

 加えて拠点へ攻勢を掛ける元艦娘と思われる深海棲艦、戦艦棲姫が二体を中心に、重巡リ級elite、重巡リ級、駆逐ハ級flagship、駆逐ハ級という攻撃力偏重艦隊が守勢に回る事もあり作戦難易度を更に上げていた。

 

 

 当初吉野が上層部へ上げていた作戦は、大本営から第二特務課艦隊及び第一~第二艦隊をリンガ~ペナンラインへ配置、攻勢を掛けて来る深海棲艦を迎撃し元艦娘であろう戦艦棲姫を鹵獲、その存在を取り込んで現況の支配海域を定期清掃した後彼女達をその海域のボスとして据え足場を固めるという物であった。

 

 しかしその案に対し元老院から帰ってきた答えは、先ず新規海域を攻略し国民に対して今作戦の有用性をアピールし支持を得る事が先決であるという事、更にその際は第一艦隊~第三艦隊を前線から少し下がったブルネイ泊地周辺に配置して日本々土の安全を確保するという代替策であった。

 

 

 戦艦棲姫の鹵獲というミッションは外せない部分であっても、その先にある結果が既に攻略済み海域の足場固めより新規海域開放という事の方が国民に対して受けがいいのは当然であり、その際受けるリスクは軍の戦力より日本という国を重視する。

 

 政治・経済を主とする元老院が出した結論がそうなるのもある意味当然と言える物であったが、それを実行する現場はたまったものでは無いというのが本音である。

 

 

 頼りにしていた大本営からの戦力は無く、更に新規海域を攻めると共にそれと同等か以上の存在が徘徊・攻めて来るのである、攻守のバランスを図り戦力を逐次作戦へ投入するものの現況では連携が上手く取れず成果と呼べる物は殆ど無いという状態で、一旦体勢を整えている最中での作戦会議という事で現在指揮官達はリンガへ集合している。

 

 

「海域のザコの数が異様に多い上に、いっつもダイソン(・・・・)共がいいとこで横槍入れてくっからどーにもなんねーんだよクソがっ!」

 

「ははっ……ダイソンかぁ、言いえて妙ですねぇ」

 

「……笑ってる場合ではないぞ、アレの動向が読めんと我々の目的が果たせん」

 

 

 吉野達の後ろでは第二特務課艦隊旗艦の長門、そして戦力再配置によってトラック泊地からペナン基地へ転任してきた摩耶がそれぞれ面白く無さ気な表情で溜息を吐いていた。

 

 この摩耶は現在第二特務課艦隊へ編入されているが、元は大本営第二艦隊で旗艦をしていたあの摩耶であり、当時艦隊を指揮していた沖野中将が病死した後同艦隊を辞し前線へ転任するも、希望していたリンガへは編入されず同じ前線であるトラック泊地へ送られていた。

 

 幾多の戦場を渡り歩き数々の経験をしてきた彼女であったが南洋には色々思う処があったのか、常に南への転任を打診しており今回の捷号作戦に於いてその希望は漸く叶えられた形になったが、それは第二艦隊に居た時とは違って潤沢な補給こそあったものの、海域の攻略では無く深海棲艦の鹵獲という目的に沿わない戦いをせねばならないという立場に苛立ちを覚えていた。

 

 更に吉野という大本営から来たポっと出の大佐(・・・・・・・)の指揮下に置かれている事にも不満があり、それが元で現場では幾度か暴走気味に立ち回ったり旗艦の長門と衝突したりと余り良い結果に結びついてはおらず、それもまた連携の不備に繋がる結果となっていた。

 

 

「そのダイソン……戦艦棲姫が率いる艦隊ですが、当初はこちら側の攻略艦隊に対する牽制の為の出現が中心だったのですが、現在その活動海域はややこちらの防衛ラインに寄せた辺りを中心に動いているフシがあり、攻略艦隊が出た後手薄になった拠点への攻勢という可能性が出てきているので要注意というのが現況になってます」

 

 

 リンガ泊地秘書艦の飛龍が手元の資料をに目を落としつつ、各方面から上がってきた情報から出された戦況を報告する。

 

 叩くべき相手が同じエリアに集っているならば、叩けるなら押し駄目なら引く、色々作戦はあるだろうが基本的な戦術はこれに集約され判断も容易になる。

 

 しかし敵戦力が分散された場合、戦艦棲姫の艦隊が拠点へ攻勢すると仮定するとしたならば警戒し守りを固める拠点はリンガ・ペナン・セレターの三拠点。

 

 攻略艦隊を出した状態で攻められれば基地防衛戦と海域の敵に挟まれる形で出た艦隊は前にも後ろにも動けないまずい状況になる、そしてそれ以前に各拠点に姫級二体を含む艦隊を防衛する戦力を残すとなると出せる戦力に不安が残るという問題が残される。

 

 

「元老院が出した"海域攻略"と"大本営艦隊による防衛線の構築"、この二つが全てを台無しにしちゃってるねぇ…… せめてどっちかならまだ打てる手もあるんだけど」

 

「いっそ攻略を一旦置いておいて防衛に戦力を振ってみてはどうだ?」

 

 

 斉藤のボヤきに長門のツッコミが重なる、確実な戦略を模索するならそれが一番無難な戦略だが、それが成功した結果得られるのは敵性艦鹵獲という物であり、元老院が目論む"新規海域開放"という餌に湧く国民に対し"それのどさくさに紛れて"深海棲艦との一部和睦という爆弾の公表という筋書きが成り立たなくなる。

 

 深海棲艦との協力関係の確立は国益としてプラスであるものの、その存在は未だ一般の人間には得体の知れない敵という認識のままであり、その存在との共存というのは世論としては受け入れ難いものであるのは考えるべくも無い事実でもある。

 

 今はまだ軍内部限定という小規模での話なので隠蔽も出来てはいるが、この先秘密裏に結ばれた"日本近海に於ける深海棲艦との不可侵条約"という事実は海域の安全性が改善された今、その事実が表面化するのは時間の問題であった。

 

 そうなった場合世間から責められるのは軍部は勿論、それを承認した元老院にも及ぶのは確実であろう。

 

 

 そんな切羽詰った権力層を納得させるには"海域攻略と深海棲艦上位個体の鹵獲"はどちらかと言えば前者の方が重要になってくる。

 

 

「順番で言えば長門の言うやり方が正解だと思うんだけど、それをするには時間が足りない…… 大本営の艦隊が防衛線を張ってられるのは次の"定期清掃"までだ、それまでに姫を鹵獲して体勢を整え、更に新規海域攻略となるとねぇ……」

 

「んじゃ今防衛線に出張ってる第一と第二を前線に押し上げてウチら全員で攻略すればいいじゃねーか」

 

「それは出来ない、この作戦が終了した後国民へ発表される情報の中に"本土防衛の為大本営の艦隊が防衛線を構築していた"という事実が無いと元老院は困るらしくてね」

 

「んだよまた元老院の都合かよっ」

 

 

 斉藤の言葉に苛立ちソファーを殴り飛ばす摩耶、振り下ろした拳は吉野が腰掛けていた背もたれを直撃し、その勢いで飲んでいたドクペが鼻腔へ逆流してむせるという間抜けな絵を見せていた。

 

 ゴホゴホと涙を流し、半笑いの長門に背中をさすられる吉野は現在空気としてソファーの置物になってはいたが、その顔は手にした資料の中身を頭に入れつつ口元を歪ませた状態で笑っており、見る者が見ればそれは"悪戯を思いついた悪餓鬼の顔"に映った事だろう。

 

 

「……で、吉野大佐はさっきから何かキモい顔でニヤニヤと資料眺めてたみたいなんだけど、良かったらその訳を聞かせてくれるかい?」

 

「それは構いませんが少将殿、この会議内容は記録として残る物なんですよね?」

 

 

 砕けた雰囲気で意見の交換はなされていたものの、それは作戦を左右する事案を扱う場である事は確かであり、言葉尻はやや硬い物に直されるが会話は全て議事録として記録に残される。

 

 吉野の顔を暫く見つめていた斉藤は無言で記録用のボイスレコーダーを停止し、口をニヤリと歪ませた。

 

 

「あー…… ちょっとボイスレコーダーの電池が切れたようだ、飛龍、予備の電池はどこだったかな?」

 

「えっと、すいません、ちょっと今電池の予備は切らしてたみたいでして…… 酒保から取り寄せ致しましょうか?」

 

「ん、じゃそれで宜しく、でと……今は会議の最中だし、内容は後で記憶を辿って議事録として起こしても大丈夫だろう?」

 

「ですねぇ、それじゃメモだけ取るようにしておきますね」

 

 

 流れる様に展開されるマッチポンプ、周りに居る者は三文芝居を前に苦笑を隠せない状態なのは仕方の無い話である。

 

 

「さてと、それじゃあ吉野君、あのアホ共が出したクソったれな条件のお陰で我々は色々詰んじゃってるんだけど、そのわっる~いツラからすれば何か面白い事思い付いたと見ていいんだろう?」

 

 

録音されなくなった途端元老院の事をアホと称するリンガ基地司令を見て、苦笑しつつも吉野は頭の中にある"悪巧み"の内容を整理しつつ、それについての説明を始める事にした。

 

 

「色々考えられる事はありますが、この作戦を遂行したと言える条件は後方で張られてる防衛線を動かさずに新規の海域攻略し、深海棲艦上位個体を鹵獲するという物ですよね?」

 

「そうだね」

 

「なら先ず我々は海域攻略の為の艦隊を編成し各拠点から出撃させます」

 

「ほう? 出撃させちゃうんだ」

 

「はい、そして姫級率いる艦隊がこちらの拠点を攻めるタイミングは当然、各拠点から攻略艦隊が出撃した後、戦力が手薄な状態になった時だと思われます」

 

「そうだろうねぇ、そうなっちゃうと主力が出ているから守る側としてはちょっとシャレにならない状態になっちゃうんだけど?」

 

「そこで、我が第二特務課艦隊は攻略艦隊出撃と共に、この辺りの……拠点前の海域に展開します」

 

 

 吉野はテーブルの上にある海図のマレー諸島やや西側の海域の辺りをトントンと指先で叩く。

 

 

「うん? それじゃぁ姫艦隊を相手するのは君の艦隊のみって事になるね、攻める側じゃなく拠点を背に戦うにしちゃちょっと辛くないそれ?」

 

「ですねぇ、防衛しつつ敵を殲滅、更に鹵獲となるともう一手足りない…… と言うか、目的のどれかは取りこぼす可能性があります」

 

「だねぇ、拠点の居残り組みを投入したとしてもアレだ、ちょっと心許ないと言うか……」

 

「そこでコレですよ少将殿」

 

 

 次に吉野が指差したのは、各拠点に所属する艦娘のリスト。

 

 それを見てペナン基地司令の椎原が眉根を寄せて吉野を見る。

 

 

「おいおい、確かにウチには先日建造された武蔵は居るがまだ演習にしか出した事の無い低錬度艦だ、幾ら大和型と言っても実戦経験の無いおぼこ(・・・)じゃ盾にすらなるまい?」

 

「確かに、ですから椎原司令のとこに居る武蔵さんにはパラオに向かって頂きます」

 

「パラオに?」

 

「はい、後はそうですね…… 少将殿の支援艦隊に配置されている日向さんと、第二艦隊の利根さんもお借り頂けますか? 後は……」

 

 

 リストを見つつ吉野が次々と艦娘の名と所属を読み上げる、その数6名

 

大和型二番艦 戦艦武蔵

球磨型五番艦 重雷装巡洋艦木曽

伊勢型二番艦 航空戦艦日向

赤城型一番艦 正規空母赤城

利根型一番艦 航空巡洋艦利根

秋月型一番艦 駆逐艦秋月

 

 

「ああ…… そういう」

 

 

 斉藤はメモに書かれた艦娘を見て呆れた表情で何かを納得していた、そして椎原も同じく半笑いのまま吉野の顔とメモを交互に見つめている。

 

 そのメモに書かれている艦娘の名前は大本営第一艦隊を構成している艦娘達と同じ名前であった。

 

 

「今選出した艦娘さんは、こう言っては失礼ですが今作戦においては抜けても余り支障の無い戦力の方達です」

 

「……で、君は彼女達を艦隊として編成してパラオ泊地へ向かわせ、あっちで防衛線を構築している大本営第一艦隊とそっくり入れ替えた後彼女達を前線へ引っ張って来ようと?」

 

「元老院には"本土防衛の為大本営の艦隊が防衛線を構築していた"という事実さえあればいい、そして前線で姫級艦隊を叩いてしまえばあんなバカ共の顔を立てて展開している防衛線は無用の長物ですから……」

 

「いやぁ悪いっ、なんて悪い事考えるかなぁこの大本営の大佐殿は」

 

 

 そんな白々しい突っ込みを入れるペナン基地司令であるが、その顔は吉野と同じくニヤリと口元を歪ませた悪代官の様な物になっていた。

 

 

「まぁこの作戦が実行できるかどうかは少将殿が各方面、特に元帥殿とパラオ泊地基地司令殿の首を縦に振らせるかどうかに掛かっている訳なんですが」

 

 

 吉野の言葉に執務室の全ての視線が斉藤に集中する。

 

 当の斉藤は渋い顔をしつつもそのメモとリストを確認し、あーあと諸手を挙げてソファーの背もたれに身を投げ出した。

 

 

「判った、判ったよぉ…… そんな目で見なくても何とかしますよぉ、ホント吉野君って色々容赦無いねぇ」

 

「他にいい案があるなら自分としてはそっちを採用したいと言うのが本音ですが」

 

 

 作戦自体上手くいっても結果としては元老院の出した条件を袖にしたという事実は変わらない、対外的に顔を立てた形になっても結果として吉野の立場が悪くなるのは間違いない。

 

 それでも全てを満たし結果を残すとなれば戦力が足りないのは事実であり、替えようの無い戦力を埋める為の案は"替え玉"という反則手を使う以外に方法は無かった。

 

 

 こうして時間的猶予が残されていない南方戦線での戦いは禁じ手を絡めた崖っ淵の様相を見せる事になり、この作戦は深海棲艦との戦いが勃発して以来恐らく軍では作戦参加艦隊最多になるであろう戦いへと発展してゆく事になる。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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