大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 どこに行っても悪巧み、それが吉野クオリティ。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/07/26
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました鷺ノ宮様、有難う御座います、大変助かりました。


指揮官としての資質とは

「それでは今作戦の短い間ではありますが不肖この大鳳、お傍に控え吉野司令をお守り致します」

 

 

 吉野三郎率いる第二特務課・大本営第一艦隊混成の部隊は戦艦棲姫が率いる艦隊と対峙する為、現在ベンガル湾とアンダマン海を隔てる様に位置するニコバル諸島の西側、北センチネル島付近に展開していた。

 

 島の南に第一艦隊を置き、第二特務課艦隊は北へ、そしてその島にはもしもの為に燃料・弾薬の予備を陸揚しており簡易の補給拠点とし、島の東側に位置する南アンダマン島との間に母艦轟天号は停泊、有事の際は南アンダマン南部の海峡を抜け撤退する手筈になっている。

 

 周囲は小島がひしめき防衛は容易な地形、しかし同時に戦線が下がった場合そこが主戦場になってしまうと逆に戦い辛くなるという不安もあったが、そこは敵の支配海域にあって周り全て海という状況よりはマシという判断での艦隊展開であり、更に今作戦中数度の攻勢により暫定的であるがアンダマン海は海軍側が制海権を握っている状況であった為に、この位置での迎撃が選択されていた。

 

 

 深海棲艦組は轟天号で待機しているものの、それ以外の艦娘は既に抜錨し展開を終えている、そして轟天号付近を護衛する艦娘は時雨、不知火、妙高、大鳳の四人。

 

 今回第一艦隊替え玉作戦の為リンガ司令長官斉藤信也少将は艦娘数名をパラオへ向かわせていたが、それと同時に大鳳を艦隊護衛として第二特務課艦隊へ編入させていた、ちなみにこの大鳳は第二特務課へ来るはずだったあの大鳳である。

 

 

「周囲の警戒はお任せを! 何人たりともこの瑞雲六三四空の目を潜り抜けここに辿り付くのは不可能です!」

 

 

 水上偵察機瑞雲、彼女が使う瑞雲は第六三四海軍航空隊で活躍したという瑞雲界のエリートと言うべき瑞雲である。

 

 ちなみに第六三四海軍航空隊とは日向師匠と伊勢さんが主役の変則的水上機部隊の事を指すが、これといって特筆される様な活躍はしていない、しかしそれでも何故か瑞雲六三四空は瑞雲界ではエリートである。

 

 むしろ何故正規空母の大鳳が瑞雲という"扱えないはず"の水上偵察機で4つのスロット全てを埋めているのか、発艦の時どうしてボウガン的なアレで撃ち出さずフリスビーみたいに瑞雲をシパシパとスローイングしているのかという事は聞いてはいけない。

 

 例え大鳳の護衛の為に居るはずの時雨の手には、愛刀(関孫六)の代わりに何故か虫取り網的な何かが握られていたとしてもそれは何だと突っ込んではいけない雰囲気がそこにはあった。

 

 

 装甲空母という激戦区ならより必要とされるはずの彼女をあえて攻略艦隊から外して第二特務課へ寄越した斉藤の考えは、彼女の搭載する86機の艦載機全てが瑞雲六三四空であるという狂った状況を目の当たりにすれば何となくお察しである。

 

 

「あ…… ああまぁうん、周囲の偵察は大事だね…… でも大鳳君、何でその瑞雲手投げしてるの? ボウガン改造して撃った方が疲れないと思うんだけど……」

 

 

 大鳳は航空機の発艦の際他の航空母艦の様に弓や巻物というギミックは使用しない、その代わりボウガンの様な道具を使い艦載機を打ち出す。

 

 それは形状や取り扱い易さもあるのだろう、大鳳という艦娘は他の航空母艦と比べても艦載機の発艦は低錬度でもそれなりの者が多いという。

 

 

 吉野の尤もな疑問に答える為目の前に居るタウイタウイ出身の大鳳四姉妹の三女である彼女は瑞雲を手に持ち、その機体の足、所謂フロート部分を指でチョイチョイと吉野に判り易いようにつついて見せ笑顔を浮かべながら説明を始めた。

 

 

「この瑞雲六三四空ですが、足のフロート部分が61cm酸素魚雷になってるので衝撃を伴う発艦は避けないといけないんです、ですからボウガンは使えません」

 

「って足が魚雷ってナニ!? そんな事しなくても瑞雲てふっつーに魚雷搭載シテルデショ!?」

 

「あれは航空魚雷で威力も射程も酸素魚雷の方が上です、それに雷撃後は邪魔な物が無くなって身軽になりますから高速で周囲の偵察も出来ますし、一度で二度美味しいと思いませんか?」

 

 

 ブンブンと飛び回る86機の瑞雲が酸素魚雷を投下する、その数実に172本、重雷装艦二隻の一斉射に匹敵するそれは正に空飛ぶハイパーズと言っても差し支えは無いであろう。

 

 確かに受ける側としては悪夢かも知れないが、それに乗る妖精さんはそれ以上に悪夢では無かろうか。なにせ魚雷を切り離せば当然フロート部分が無い為にこの瑞雲六三四空は着水する事が出来ない、当然水上偵察機に着陸脚は存在しない、ナチュラルに発艦イコール片道キップが確定している。

 

 そもそも足が酸素魚雷な時点で着水時は爆発か、もしくは沈んでしまうという致命的な構造的欠陥を抱えている気がしなくもないが ……成る程、だから時雨の手には虫取り網なのかと吉野は妙に納得したが、あえてその事はスルーする事にした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「しかしこの中継筒という物は便利だな。こいつがあれば無線封鎖をしなくて良いし、簡易ソナーも兼ねているとあれば戦術の幅が広がる……」

 

「その代わり一本当たり酸素魚雷10本分の予算と運ぶ為に武装を削った丸裸な艦が必要になるけどな」

 

 

 長門が首元に張り付いた骨伝導マイクの調子を確かめながら関心していると、その装備を使う機会が多かった摩耶がうんざりした顔でそれのデメリットにぼやきの愚痴を入れていた。

 

 中継筒とはごく微弱な電波を拾いそれを増幅する文字通りデータをやりとりする為の中継装置である。

 

 重量は酸素魚雷の凡そ倍、内部に長さ20,000mの情報伝達用極細ワイヤーを仕込んだ筒状の物体であり、内部にソナーや暗号解析装置を組み込んだ多機能支援機器である。

 

 性能は特筆すべき物であったが、色々な物を詰め込み過ぎたせいで内臓バッテリーでの稼動は5時間程と短く、更に撤退時に鹵獲されないよう自爆用爆薬を仕込んだ為重量が嵩む上、単体では無く数本で運用を想定されたそれは運搬には武装を外した艦娘か母艦が必要になる。

 

 その為今回は中継筒を妙高が母艦と海域を数回巡って設置する役割を担った為に迎撃艦隊には編入されず、最終的に母艦護衛に回る事になった。

 

 

「コイツの使用限界は5時間だぜ、その間に相手が来ればいいけどダメならまた一からやり直しになる」

 

「それは仕方なかろう、今回の作戦は我々だけじゃなく海域に出ている攻略艦隊からの情報が無いと成り立たないからな、その為に妙高が後方に下がり代わりにお前(摩耶)が編入されている」

 

「……それは判ってるんだけどな、なぁ長門」

 

「何だ?」

 

「この艦隊の指揮官、アイツは信用できんのか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

 

 個人用回線でやり取りをしているせいか、摩耶の言葉は辛辣であり遠慮の欠片も無い物であった。

 

 通常この様な最前線で作戦行動時は命令系統は縦に一本になる様徹底されている、しかし今作戦に於いては艦隊司令官は吉野であったが、戦闘指揮は旗艦長門に一任されているという状況であり、更に待機中とはいえ個人間通信すら規制されていないという摩耶にとって現状は艦娘が主導を握るゆるい(・・・)状態になっている。

 

 確かに戦う者としては色々な事に対応し易く戦略的な幅も増えるだろうが、それは摩耶にとって吉野は艦娘のいいなりになり、それに乗っかり責任を放棄している風にしか見えなかった。

 

 摩耶の考えは多少穿った物であったが海軍としての常識もそれに近い物であり、第二特務課の様に艦娘が主体となって動く部隊は異端と言われても仕方が無いこの艦隊の有体を見て、摩耶が口にした言葉はあながち的外れな事では無いと言える。

 

 

「ナンもかんも艦娘任せ、んでテメーは後ろでふんぞり返って良きに計らえってか? ンなんで姫相手に戦えるのかって話なんだけどな」

 

「そうか、お前はウチの提督とは殆ど繋がりが無かったな」

 

「大本営に居た頃に何度かツラ合わせた事はあったけどな…… なんつーか影法師かなんだか知んねーけど良く判んねーヤツだったなってのは覚えてる」

 

「そうか」

 

 

 長門は顎に手を当て暫く何かを考えていた。

 

 摩耶はその様を眉根を寄せて眺め、恐らく次に聞かされるだろう長門個人の答えを腰に手を当てて待っていた。

 

 

『こちら第二特務課艦隊旗艦長門、轟天号聞こえるか』

 

 

 しかし摩耶が耳にした長門の言葉は個人間通話での物では無く、艦隊員全員が聞くであろうチャンネルからの物だった。

 

 

『こちら轟天号、どうしました?』

 

『夕張か? すまんが提督に話があるのだが代わって貰う事は可能か?』

 

『あ、はい提督ですね? 少々お待ちを』

 

 

 会話を切っての艦隊通信、律儀な長門の性格からして個人の意見をぞんざいに扱う事は無いのは摩耶には判っていたが、それとこの通信との繋がりが判らない。

 

 判らないが、その行動は長門に投げた問いの答えに繋がる物だという事は理解できる、故に訝しながらも摩耶は黙って事の成り行きを傍観していた。

 

 

『こちら艦隊司令吉野、長門君どしたの?』

 

『ああ、実は抜錨前に艦隊司令から出撃の言葉を貰っていなかった事を思い出してな』

 

『出撃の言葉?』

 

『そうだ、指揮官たる者出撃時は部下の戦意を高揚させる言葉の一つや二つ贈るのは当たり前だと思うのだが?』

 

『え!? 戦意高揚に繋がる言葉て何言えばイイノ!?』

 

『そんなの簡単よ、帰ったら間宮でオールと言えばいいだけだもの』

 

『マテーヤそこのBlue! それ言葉じゃなくて提督の財布で戦意高揚させようとしてない? ねぇ!?』

 

『いや、それなら間宮だけでは無く鳳翔で打ち上げも必要だ』

 

『おいそこのたけぞう、酒が飲めたら何でもいいと言うのかこのハレンチ眼鏡!』

 

 

 次々と耳に届くのは指揮官と部下の会話と言うには程遠い何か、内容は軍用回線で聞くには沿ぐわない冗談混じりの雑談然とした物。

 

 それでもその会話は嫌な物では無く、そしてその会話をする者達の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

「摩耶よ、お前の言う信用とは違う物だが我々はあの提督を軸として此処に立っている、そして……」

 

 

 摩耶は見る、自分の少し前方で腕を組む艦隊旗艦の後姿を。

 

 それは摩耶が知っている"人修羅(ひとしゅら)"と呼ばれた艦娘でも失意の最中(さなか)北へ姿を消した戦艦の物でも無かった。

 

 

「私は彼の者を自分の仕えるべき将と決めた、この身が海原に沈む日が来るまでそれは変わらないだろう」

 

 

 摩耶は吉野という男とは接点が無いので答えは出せないが元大本営第一艦隊旗艦であった戦艦長門の事は良く知っている、その長門にここまで言わせる男とは何者なのか。

 

 

「確かに見た目胡散臭い男だと言うのは否定はせんよ、なんせあの男の真価は深く関わらんと判らん物だからな…… それでも我が主への侮蔑の言葉は以降、この長門が許さん」

 

 

 そう言った背中は先程と何ら変わらぬ物だったが、言葉にははっきりと怒りの感情が乗っていた。

 

 摩耶は納得はしていない、しかし少なくともこの艦隊に居る者はあの後方の母艦に居る男を指揮官だと認め、そして共に戦う者だという事に疑問を持ってはいないという事は理解した。

 

 ならばもう何もいう事は無い、最低でも足並みは揃っているし戦う事に不都合は無い、後は自分に納得のいく戦いを、何度も煮え湯を飲まされ続けたこの海域の敵へ牙を突き立てる事だけを考えればいい。

 

 

 高雄型三番艦は海を睨む、数々の同胞が流した血を吸い今も尚青を(たた)えるこの世界()を。

 

 今一度手にした20.3cm2号連装砲握り直し彼方を伺う、未だ敵影は見えず、しかしずっと前線に身を置いていた摩耶には判っていた。

 

 己が牙を剥く瞬間がすぐそこに迫っている事を、理屈では無く肌に感じる感覚で。

 

 

『敵影見ゆ! 二時の方角距離60』

 

 

 そしてその時は偵察機を操っていた大鳳の報告と共に訪れる。

 

 

 こうして数々の想いと因縁を其々心に抱きながら、南洋の戦いは火蓋を切って落とす事になった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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