大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 艦娘が深海棲艦として黄泉還る、その一端を垣間見せた第一秘書艦、そして狂気の宴が始まった。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/09/26
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、レミレイ様、有難う御座います、大変助かりました。


艦娘としての意地と矜持

 風を切る音が耳を撫でる。

 

 狙う砲は力強く砲火を吐き出し、目に付いた有象無象に穴を穿って水底(みなぞこ)へ沈めていく。

 

 体が軽い、今までに感じた事が無い程に体と意思が一体となった感覚。

 

 相手の動きが読める、どこを見て何がしたいのか、そしてこれからどう動くのか。

 

 その全てを掴んだ"全能感"が辺り一面の、目に見える全てを掌握し体が勝手に動いていく。

 

 

 銀髪の少女が海に稲妻の如き軌跡を残し、それになぞられた物は悉く爆ぜ、沈んでいく。

 

 

『時雨…… お前は時雨なのか?』

 

 

 耳に聞こえる声に視線を投げると、敵の壁の向こうに居る長身で黒髪の戦艦の姿が見える。

 

 それは良く知った艦娘長門の姿、誰言おう自分の師とも呼べる存在であり、敬愛するべき艦娘である。

 

 

「うん、どうしたの長門さん」

 

 

 進路に居る目障りなイ級(駆逐艦)を排除しつつ、問い掛けられた言葉に違和感を覚え首を傾げる。

 

 

『そうか、時雨……お前か』

 

 

 何を言っているのだろう、自分は自分以外の何物でも無いのに。

 

 自分の変わってしまった姿や、撃てる筈の無い砲を駆使して敵を屠っている事実、それら全てを無視した銀髪少女の心は両手の中にある、艦娘では使える筈の無い5inch連装砲の様に歪な形としてそこに在った。

 

 

「識別信号、第二特務課一番艦時雨の物と確認、あそこで"敵を喰らい続けている異形"はウチの第一秘書艦で間違いないわ」

 

 

 艦載機から送られてくる情報を口にする加賀の目は味方を見るそれでは無い、むしろ警戒の色が濃く表に現れ、必要なら全ての艦載機を差し向ける構えで様子を見ていた。

 

 

「識別一致、本人の受け答えもおかしな処は無い、加賀……もしアレが普通じゃないとしても手を出すな、その時は私がケリを付ける」

 

 

 長門の顔は複雑な物だった、沈んだ仲間が再び姿を見せたがその様は見知った者では無く、深海棲艦と呼称しても不思議では無い姿をしていた。

 

 敵を屠るその姿は尚異質で、糸を引くかの如く紅い燐光を発しながら目に付く物全てを手当たり次第に沈めていく。

 

 その姿は今戦艦棲姫と対峙している朔夜(防空棲姫)を彷彿させる物があったが、それよりも禍々しさが滲み、味方としての頼もしさよりも嫌悪感を強く感じた。

 

 

『こちら轟天号、長門さん、リンガ海域攻略艦隊より入電、我ガ艦隊敵首魁ヲ仕留メリ、繰り返します、我ガ艦隊敵首魁ヲ仕留メリ』

 

「こちら旗艦長門了解した、速やかに撤収を求むと返信してくれ、武蔵聞こえたか、リンガは海域を解放したそうだ」

 

『ああ聞こえた、こっちは今仕上げに入る処だ、が、思ったよりダメージを受けているから撤退時は支援を頼みたい』

 

 

 遥か彼方の海域攻略部隊の心配はしなくて良くなったが、それと同時にこちらは幾つか問題が発生していた。

 

 金色のヲ級がまだ健在の現状、戦艦棲姫を曳航しつつ離脱する際はある程度の被害は覚悟しなればならないという事。

 

 もう一つは今も暴れ回り凶弾を振り撒いている銀色の駆逐艦、今は味方として立ち振る舞ってはいるが、肌で感じる空気は"必ず良くない事を起こす"者特有の物だと長門は強く感じていた。

 

 

「……なるべく早く頼む、厄介事が幾つか残っている、出来るだけここから早く撤退したい」

 

『判った、15分くれ……その間にカタを付ける』

 

「頼んだ」

 

 

 艤装に内蔵された時計を確認する、時間は既に17時に近く、この季節の南洋海域では日没まで後一時間を切るか切らないか。

 

 撤退の時間を考えればまだ大丈夫とも言える時間だが、離脱時に目の前に居る深海棲艦達を蹴散らしながらの行動を考えると行動は早いに越した事は無い。

 

 

「時雨、聞こえるか? 一旦こっちと合流して足並みを揃えてくれ、そろそろ突入した部隊が戦艦棲姫を引き摺ってこっちに合流する、撤退戦の準備だ」

 

 

 長門の問い掛けに反応は無く、敵の合間に見える銀色は相変わらず回りに殺意を振り撒いている、数度同じ言葉を投げ掛けるが反応は無く、時間だけが刻々と過ぎていく。

 

 やはりか、そう結論付けた長門は再び加賀に現場の指揮を預け単身敵の只中へ突入を開始する。

 

 

 傾き歪になりつつある太陽、轟音が響き硝煙の匂いが漂って来る場所を目指し突き進む。

 

 直近を恐らく深海棲艦だった何かが飛んでいき、掻き分けるかの如く進めばそこは唐突に開けた場所があった。

 

 痙攣し、半身を浮かべるだけの物。

 

 狂ったかの如く砲火を散らし、返り討ちとばかりに吹き飛ばされる者。

 

 そして次々と怨嗟の声を上げ、水底へ消えていくモノ。

 

 

 そこには地獄があった、等しく、中心に居る銀色に食い散らかされた哀れなモノ達が、淡々と手の届く範囲から穿たれ、轢き潰されていく。

 

 その姿は銀色だったが間違い無く駆逐艦時雨の姿をしていた、しかしそこから滲む紅い燐光は長門が今まで対峙してきた深海棲艦上位個体と呼ばれる化け物達と同じモノだった。

 

 

「時雨…… まだ私が誰か判るか?」

 

 

 その言葉に銀色は動きを止め、静かに、何かを確認する様に振り向いた。

 

 感情の抜け落ちた顔、チリチリと火の粉が舞う様に目から滲む燐光、周りの惨状の規模にしては返り血と呼べる物は少なく、恐らく敵は一方的に殺し尽くされたに違いなく、そんな事をしても尚そこに居る銀色は息を乱すことすらしていなかった。

 

 

「……どうしたの長門さん?」

 

「ああ、イヤホンが外れていたのか、なら仕方ないな」

 

 

 長門は己の耳をチョイチョイと指差し、時雨にイヤホンを装着し直す様促した。

 

 そしてああと苦笑しそれを耳へ嵌め直した時雨はニコリといつもの笑いを表に出した。

 

 

「そろそろ退いてこっちと合流するんだ、突撃班の撤退の為に備えんといかんからな、いくぞ」

 

「……なんで撤退するの?」

 

 

 笑ったまま首を傾げそう聞き返す時雨の顔は、本気で長門の言葉が判らない様な邪気の無い表情で、指示を出した長門でさえ一瞬言葉を飲み込む程に普通の仕草をしていた。

 

 

「……もう一度言うぞ時雨、撤退戦の準備だ、ここを離脱して皆に合流する」

 

「え…… 撤退って、何で? 敵がこんなに居るのに? 全部殺していないのに?」

 

「全てを屠る必要は無い、我々の任務を忘れたか?」

 

「ん…… コイツラ全部殺す事が僕達の仕事じゃないの?」

 

「時雨!」

 

 

 二人の間に水柱が上がる、銀色の殺意に一旦退いていた有象無象が殺意の消えた仇敵を喰らわんと再び包囲の輪を縮め始める。

 

 湧き上がる殺意、迸る狂気、その奔流は少し離れても長門の肌を嫌悪感と共に撫でていき、声にならない悪態が自然と口を付いて吐き出される。

 

 息を吐くが如く自然と繰り出される砲撃、再び始まる蹂躙。

 

 

 言葉は通じた、誰かも認識していた、ならばまだ心は深海には()ちてはいないのだろう。

 

 

 

 もし何か問題があったなら援護をするつもりだった。

 

 己を見失っているのなら殴ってでも連れ帰るつもりだった。

 

 

 

 目の前で沈んだと思った妹分を、敵の只中に残して再び沈ませる選択肢は長門には無い、その結果己の身に破滅が待ち受けようともだ。

 

 

 

「しぐれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

 41三連装砲が吼える、狙うは銀髪の駆逐艦。

 

 言葉で聞かぬなら殴ってでも、それが艦隊旗艦である長門の仕事である。

 

 

 甘く狙いを付けた砲弾は難なく躱され、訝しむ表情の時雨が長門を見る。

 

 そこへ無言で拳が振り下ろされ、対する時雨はそれを受け止める。

 

 至近で絡み合う拳と掌、敵弾が至近で弾けるがそれを無視して互いの視線が絡み合う。

 

 

「なに……を、するのかな、長門さん」

 

「命令違反をしておいて何をするとは呆れた物言いだ」

 

 

 空から降って来た直撃弾を避ける為互いに飛びずさる、下がった時雨の横に居たヌ級(軽母)は肘を食らって腹を潰され、長門が飛んだ位置に居たリ級(重巡)は裏拳で頭が吹き飛ばされる。

 

 互いの周りに居る敵は既に無視され、銀色の狂気と人修羅と呼ばれた怒号がぶつかりあう。

 

 周囲を巻き込んだ壮絶な殴り合いは同士討ちを誘発させ、先程とは違った狂った世界をそこに展開させていく。

 

 速さが命の駆逐艦に接近戦を挑み、尚喰らいつく戦艦の追撃は周りを囲む有象無象の壁の為ほぼ互角の立ち回りとなっていた。

 

 

 銀色もまだ弁えてはいるのか致命的な一撃は放っていないものの、砲撃は確実に長門の機動を削ぐ狙いで撃ち出される。

 

 それを無視して前進し肉弾戦で挑む長門、どちらも一歩も退かず無駄で、非生産的な削り合いが延々と続いていく。

 

 

「どうして、邪魔を、するのかな?」

 

「どうしてだと? それは私が艦隊旗艦だからだ」

 

 

 至近で弾ける5inch連装砲からの衝撃を噛み殺しつつ拳を叩き込む、時雨のこめかみからは何かが軋む様な音が聞こえるがその表情は変わらない。

 

 

「お前を連れ帰らねば私が後悔するからだ」

 

 

 足を滑り込ませ肘を叩き込む、打撃を受けても苦しさは見えないが眉を顰める表情はまだあの少女の面影を残したまま。

 

 

「お前が沈んだら!」

 

 

 最後は技も何も無く、ただの頭突きが銀色の少女の頭部を捉え、互いの息が掛かる程に密着する。

 

 

「あの男が……泣くからだ」

 

「誰が……泣くの?」

 

 

 動きが止まった体を引き倒し、遠慮無しの拳を額へ叩き込む。

 

 

「一度死んだお前を再び海へ戻した男だ」

 

 

 凡そ駆逐艦を殴っているとは思えない手応えが拳から伝わり、有象無象をも叩き潰す拳から血が滲む。

 

 

「自分の未来(昇進)を蹴ってまで私達と共に死ぬとほざいたあの男だ!」

 

 

 何かが潰れる嫌な音と共に拳が割れる。

 

 

「そんなどうしようもない弱い男が、自分を残して先にお前が逝ってしまったら……泣くに決まっているだろうが!」

 

 

 殴る事が適わなくなった手を握り締め、押さえていた手を自分の懐に引き寄せる。

 

 長門がそれだけ力を込め殴っても尚、銀髪の少女の顔には目立った傷はついていなかった、それでも殴られた痛みの為かそれ以外の為か、紅い瞳からは一筋の涙が流れ落ちていた。

 

 

「てい……とく?」

 

「そうだ、我等が主だ」

 

 

 銀色の少女の顔が途端に歪み、口から嗚咽が漏れだした。

 

 それは敵を蹴散らし長門すら震撼させた異形の物ではなく、酷く見知った少女、第二特務課秘書艦時雨という少女の顔だった。

 

 

「忘れるな、我等の主が共に在り、そして死ぬと言うのならば……我々は提督より先に逝く事は許されない、全身全霊を以って地獄から帰還を果たさねばならない」

 

「なん……で、僕、提督のこと……」

 

「忘れていたのなら心に刻め、その魂は誰が為(たがため)に在るのかを」

 

 

 見た目の年相応に泣きじゃくる少女を肩に担ぎ、敵をなぎ倒しながら包囲の外を目指す。

 

 砲撃が道を作り空からの援護がそれを拓く。

 

 そして分厚い殺意の壁を抜けた時、口を△にしてジト目で睨む鬼とニヤニヤと笑いを浮かべる青いサイドポニーがこちらを見ていた。

 

 

「……憑き物は落ちたようね」

 

「ああ、手の掛かる妹分を持つと苦労する」

 

「これで貸し三つよ? 間宮の本練り(羊羹)二本と伊良湖最中一つ」

 

「……それは提督にツケといてくれ、コイツの手綱は私の領分では無い」

 

 

 苦い顔をしつつ肩から涙目の少女を下ろすと、殺意と紅い燐光が収まり、何故か黒髪に戻ったいつものお下げがそこに居た。

 

 未だ泣きじゃくる少女の頭を一撫でしつつ艦隊旗艦は振り返り、沈み始めた太陽を背に艦隊全体へ喝を入れた。

 

 

「全艦隊に告ぐ、こちら艦隊旗艦長門だ、皆も知っての通り既にこの海域は落ち、後は我々が戦艦棲姫を叩き凱旋するのみとなった、現況苦しい展開となってはいるが我々の勝ちは既に見えている、拠って今より諸君等の力とより一層の奮闘に期待し全力で最後の攻勢に入る!」

 

 

 血まみれの右手を振りかざし、肺の中にある空気を全て言葉として吐き出した第二特務課艦隊旗艦は、威風堂々と高らかに全力での攻勢を宣言する。

 

 

「艦隊、この長門に続け!」

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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