大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2020/09/01
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました鷺ノ宮様、sat様、orione様、フウヨウハイ様、有難う御座います、大変助かりました。


幕間
大本営第一艦隊旗艦、大戦艦飲兵衛


「グェェ……ップ」

 

 

 開幕一番がゲップで始まるこのSSは正直どうなんだろうかと云うメタい話しは横に置いといて、場所は大本営付属出撃ドック横。

 

 その少しある堤防突堤で一人の男、大本営第二特務課々長である吉野三郎中佐(28歳独身この前の健康診断でやや脂肪肝と診断された)が一部消費者よりCD-Rの匂いがすると称されるいつもの清涼飲料水を片手に海を眺めていた。

 

 

 時間は日付を跨いだ辺りだろうか、男の見る先には空と海とが混ざり合った黒い世界が広がっており、少し手前に視線を移せば背後でまだ作業が続いているであろうドックから漏れた光が僅かばかり反射して細やかな変化を見せている。

 

 吉野にとっては新しい課に着任し、人生初となる部下となる艦娘と出会い、互いのちょっとした意見の相違で少しばかりの意見の摺り合わせを行い、親睦をほんの少し深めた処で業務を終了し、風呂メシトイレと済ました後、互いの新しい部屋に持ってきた私物を整理した後疲れたであろう秘書艦を寝かしつけた後、ぶらりと散歩がてら訪れた最終地点がここであった。

 

 

 尚、新しい課に着任したのと同時に吉野には新しい部屋が与えられ、そちらに住所と共に移る事になったのだがそれはまた別の機会に語られる話。

 

 

"プシッ"

 

 

 吉野はここに居座ってから二本目である世間では杏仁豆腐+炭酸飲料っぽい味がすると言われる飲料のプルトップを跳ね上げる。

 

 今日は色々あった、実際に起こった出来事もそうだが、それにも増して精神的部分の変化やそれに伴う自身の仕事に対する方向性への迷い。

 

 今迄は上から命じられた仕事を淡々とこなし、結果をより精度の高い物にする為の模索をする為だけの日々であったと言ってもおかしくない。

 

 それは基本一人で行動し、背負う手間も責任も一人分であった為に可能な物だった。

 

 しかし今日初めて部下を持ち、更にその部下が人では無く艦娘であった為、色々自分が今まで知ってはいたが深く触れる事の無かった部分を垣間見る事になり、自身のこれから就くであろう任務に対してこれまでの様な形での遂行は不可であり、それに伴う方向転換を模索しなくてはいけなくなった事に対しての不安がこの深夜の放浪に至ったと云う訳だ。

 

 

「ゲフッ」

 

 

 本来ならこの様な時酒でも煽れば多少は気分も変えられるのであろうが、生憎とこの吉野三郎中佐(28歳独身実はたれパンダグッツ集めが密かなマイブーム)は酔うと云う事が出来ない。

 

 物理的に飲酒し、アルコールを胃に収める事は可能だ、しかしそのアルコールは吉野の体に影響を与える事は無い、エチルでもメチルでもだ、あったとして少々胃を荒らす程度で酩酊は愚かほろ酔いすら出来ない。

 

 これは体質などと云う生物的特徴に因る物ではなく、極めて科学的な、そして本人にはこの先生きている間ずっと付き纏う呪いの内の一つである。

 

 故にこの男は酒を嫌う、他人が飲む分には無関心だが自身に向けられた場合は目に見えて不愉快な相を露にする。

 

 

「ゲ~~~ップ」

 

 

 三度目のゲップである、世に色々綴られる物語はあれど、物語りが始まって主要人物が終始吐く台詞がゲップのみと云うのはどうなのだろうか?。

 

 くどい様だが三度目である。

 

 

「邪魔をするぞ」

 

 

 そんな無言で炭酸ガスを吐き続ける男の横にドカリと腰を落とす人物……

 

 

「こんばんは、武蔵さん」

 

 

 褐色の肌、世間的にはどうなのだろうかと云う際どい衣装というかサラシにピッチリ身を包んだ艦娘、大和型二番艦武蔵である。

 

 

「ドックから見えたものでな、久しいな、影法師(かげぼうし)

 

 

 武蔵の口から出た影法師と云う言葉に少し苦々しい表情を相に出しつつ吉野は深い溜息を吐いた。

 

 

「艦娘さんは目がいいですね、ドックから此処までたっぷり一キロはあると思うんですが」

 

「なに、何も無い海のド真ん中で米粒より小さい距離の白坊主(しろぼうず)共を51センチで打ち抜く事に比べれば、ドックの先一キロなぞほんの足元にある空き缶を蹴り飛ばす様なものだ」

 

 

 吉野の足元に転がるドクペの缶を指で差しながら武蔵はカラカラと笑った。

 

 

「後気配を殺して近付くのは辞めて貰えませんかね? 漏らすかと思いましたよ」

 

「フッ、気付いてた癖に良く言う」

 

「真後ろに立たれた時ですけどね、戦場なら死んでるとこですよ」

 

「艦娘でもこれに気付ける者はそう多くない、誇っても良いと思うのだがな?」

 

 

 武蔵はそう言いつつ右手をスカートの中に突っ込むと日本酒の瓶を取り出した、サイズ的に4合瓶の様だが武蔵の履いているスカートの丈的に考えるとそこは例の四次元的なアレの機能に因るものだろう。

 

 次いで左手でパチンと指を弾くとぐい飲みがその手に納まった、突っ込まない、突っ込まないぞと吉野はぐっと堪える。

 

 

「っと、ツマミはこれで良いか」

 

 

 そう言うやいなや酒の瓶を傍らに置いた武蔵は、右手で胸のサラシに手を突っ込んだかと思うと、ズルリと某軽巡と同名のマークが入ったさきイカの袋を取り出す、因みにお得用の様でかなりのボリュームだ。

 

 

「そっちか~…… いつか誰かやるとは思ってたんだけど武蔵さんか~…… そうか~……」

 

「む、食うか?」

 

 

 開封したさきイカの袋を差し出す武蔵。

 

 右手に持つドクターペッパーとさきイカの織り成すハーモニー、うん、無いな、それは無い、そう判断した吉野は口の中で発生するであろうハルマゲドンを回避する為遠慮を示す右手をさきイカの袋の前にかざした。

 

 

「そうか、なら飲むか?」

 

 

 プラプラと酒瓶を揺らす武蔵だが、吉野は露骨に嫌そうな表情を表に貼り付け首を横に振った。

 

 

「あーあーつまらん、嫌う理由は判るが、酒は人の口を滑らす道具にもなれば人間関係を円滑に回す油にもなる、下戸の建てた蔵はないと言うぞ? 少しは(たしな)んでみてはどうだ」

 

 

 そう言うと酒瓶の口を切り、そのまま瓶を煽ると中身の半分程を喉に流し込む、酒豪らしい武蔵の飲み方である。

 

 

「武蔵さん?」

 

「何だ?」

 

 

 吉野は武蔵の脇に転がるぐい飲みを無言で指差す、それを見た武蔵は、ああと頷いて……

 

 

「折角新技を披露したのにスルーされてしまったな」

 

「なにしてんの大和型二番艦!? 連合艦隊旗艦ってそんなワザ編み出しちゃったりする程暇なの!? ねぇ!?」

 

「アッハッハッ、相変わらずで何よりだ、貴様と飲むと肴がいらんので酒代が安くて済む」

 

 

 そう、今目の前で酒瓶を煽り、胡坐をかいて豪快に笑う呑兵衛、銘を大和型戦艦二番艦武蔵、日本海軍大本営第一艦隊旗艦にして連合艦隊旗艦、立場だけで言えば日本の艦娘の頂点に立つ内の一人である。

 

 

「相変わらずって事ならお互い様じゃないですかね、何でいつも小ネタを仕込んでくるんです?」

 

 

 ジト目でそう返す吉野に対し、ヒラヒラと手を振りながら武蔵はさきイカの一本を口に放り込みながら不満気に愚痴を(こぼ)す。

 

 

「最近つまらんルーチンワークの繰り返しでストレスが溜まっててな、こういう事は身内にしか出来んしまぁ何だ、許せ」

 

 

 ガハハと笑いつつ背中をバンバン叩く武蔵、その勢いで本日四度目のゲップを口から漏らす吉野であった。

 

 

「ケフッ、ルーチンワーク? ……ああ定期清掃に出撃してたんでしたっけ?」

 

「……うむ」

 

 

 【定期清掃】、数ヶ月に一度大本営所属の艦隊が制海権内に発生した深海凄艦を討伐する為に出撃する事の隠語である。

 

 

 人類が深海凄艦と呼ばれる天敵と相見えてから30年。

 

 最初の5年程は人類の持つ兵器が殆ど効果を発揮しない相手に対して一方的な敗北を繰り返し、一時期瀬戸内海を含め一部の内海以外が深海凄艦のテリトリーとなった、海路を閉ざされ、敵の分布が比較的薄い場所を縫う様に飛ばねばならぬ空路も増え続ける深海凄艦の為に用を成さなくなった。

 

 海岸線から大きく内陸へ疎開し建て直しを図ったものの、海に囲まれ資源の殆どを国外に依存していた日本は緩やかな死を迎えるのも時間の問題と思われた。

 

 それから更に3年、"最初の五人"と呼ばれる艦娘が妖精という存在と共に現れ極僅かながら主要都市周辺の海域を奪還、同時に政府はこの艦娘と妖精に接触を図り協力を取り付け、軍の再編と艦娘の建造及び運用法を確立し、日本に面した海岸線全てを開放するのに更に2年。

 

 その後は順調に橋頭堡(きょうとうほ)を設け、艦娘の数を増やし、爆発的に制海権を広げた軍は大々的に反抗戦を展開、その時の試算では10年も要さずに世界の海を深海凄艦から奪還出来るはずだった。

 

 

 そう"はずだった"のである。

 

 

 それはある程度海域を開放した時の事である、それまで数は多いものの特に戦略的な行動をしていなかった深海凄艦が徐々に組織的な行動をするようになってきたのである。

 

 更にそれに呼応するかの様にそれまで確認されていなかった上位個体、後に姫や鬼と分類される深海凄艦が現れた為、軍は更なる戦力投入を余儀なくされ徐々にその勢いが無くなっていく。

 

 

 問題はそれだけでなく、支配下に置いた筈の海域では時間経過と共に駆逐した筈の深海凄艦が増えていき、最終的に姫や鬼といった上位固体までもが現れるという現象が発生、爆発的に増えないものの、定期的に間引かなければ維持が出来ないという事態に陥る。

 

 一方の人類側はある程度艦娘が建造されそれなりに戦力は整いはしたものの、ある程度の数が建造されると艦娘本体ではなく艤装のみが出来上がるという事案が頻発、海域で稀に邂逅する艦娘にも同じ現象が見られる様になった。

 

 艤装自体は既存の艦娘の改修に使用されある程度の強化が可能ではあったが個体数の増加に比べ戦線の拡大という戦果を残すにはそれでは不充分であった。

 

 

 それならばと一部の前線基地では、"捨て艦"と呼ばれる手法でわざと性能の劣る艦娘を沈め、より戦果の期待出来る強力な艦娘を迎えようとしたが、意図的に艦娘を沈めた基地では艦娘はおろか艤装すら建造が出来なくなり基地機能が維持出来なくなった為閉鎖を余儀なくされた。

 

 

 紆余曲折と多大なる犠牲の末現在では新たに海域を攻略するのは戦力と資材を潤沢に使える程の準備が整った時のみ行い、平時では各前線基地が一定数の深海凄艦を間引き、強力な上位個体が確認された時にのみ大本営が持つ強力な艦隊で駆逐するという"ルーチンワーク"が出来上がった。

 

 

「成程、確かに武蔵さんが愚痴を零したくなる気持ちも判らんではないですが、海域維持も大切なお仕事ですよ? それがなきゃ国民が餓えるし軍は干上がっちゃいますからね」

 

「まぁな、今こうして私が酒を煽ってる瞬間この海のどこかで同胞が血を流し、命を散らしている、それをルーチンワークなんぞと云う言葉で片付けるのは冒涜だ、しかしな、もう足踏みを始めて20年は経つ、初めて会った時は鼻垂れ坊主だったヤツがその筋では"影法師"と恐れられる位に成長する程にはこの戦争は停滞したままだ」

 

「そっちの名前で自分を呼ぶのは武蔵さんと叢雲さんだけですよ、カンベンして貰えませんかね?」

 

「ふふふ、連合艦隊旗艦と"最初の五人"の一番槍にそう呼ばれてるんだ、光栄な事じゃないか?」

 

 

 からかいの相を表に出しつつ眼鏡の位置を直す仕草をする武蔵の手にはチーかまが握られていた。

 

 

「ん?」

 

「んきぎ…… ん? 何だ食いたいのか? ほれ」

 

 

 包装ビニールからチーかまを出す為に噛り付いていた武蔵はもう一本チーかまを取り出した、眼鏡フレームから。

 

 

「んんんん?」

 

「何だ? まだ欲しいのか? この欲しがりやさんめ、ほれ」

 

 

 更に一本武蔵はチーかまを取り出すと吉野に投げして寄越した、眼鏡フレームから。

 

 

 念の為補足しておくと、眼鏡とは目の屈折異常を補正したり、目を保護したり、あるいは着飾ったりするために目の周辺に装着する器具であり、金剛型戦艦四女の本体と噂される物である。

 

 眼鏡フレームとはその眼鏡の一部を構成する部品であり、多くはプラスチックやスチール、チタン等と云う素材で作られており、高級品には水晶やべっ甲を使用する物もある、また金剛型戦艦四女の本体と噂される物の一部を構成する部品でもある。

 

 更に補足すると、一般的にその素材として小物入れやスーパーのレジ袋等は使用されていない。

 

 そう、収納に関する要素は皆無である、微塵も、毛の先程も。

 

 

「うぉぉぉぉ明石ぃぃぃぃ、明石ぃぃぃぃぃぃぃ、明石の技術は世界一ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「むっ? どうした藪から棒に」

 

「いやいやいや、いいんですよ、判ってます、明石なんでしょ? その眼鏡」

 

「うん? 何を言いたいのか良く判らんがこの眼鏡なら通販で買った物だがそれがどうかしたのか?」

 

「え? 通販?」

 

「そうだ、霧島に教えて貰ってな、中々良い品揃えをしていたので試しに一つ購入してみた」

 

「ど……どこの通販でしょう?」

 

「確か○天とか言ったか、注文したら3時間で届いたぞ? 中々便利だなあれは」

 

「楽○んんんん!?」

 

「他にも霧島専用(3倍界王拳)とか大淀専用(艦隊司令部施設)とかも売っていたぞ」

 

「へ…… へ~ そうなんだ…… へ~……」

 

 

 そうにこやかに言う武蔵は次のツマミであるサラミスティックに噛り付いていた、当然眼鏡フレームから取り出した物だ。

 

 

 吉野は謎技術は軍の、特に明石と妖精の専売特許で特別な物と思っていたが、案外自分が知らない処で普通な物なかもしれないと感じ、後学の為に帰ったらリサーチしてみようと心に決めたのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ところでな」

 

「はい」

 

「情報一つと忠告一つ、あと伝言が一つある」

 

「やっと本題ですか……」

 

「戦いの後だ、火照りを冷ますのと舌を湿らすのに僅かばかりの酒は必要だとは思わんか?」

 

「一升以上空けといて僅かばかりなんて言うのはどうかと思うんですけどねぇ……」

 

「こんなご時勢だ、いつ私も靖国に呼ばれるのか判らん、せいぜい心残りが無い程には飲ませて貰うさ…… さて」

 

 

 そう言うと武蔵は胡坐のまま体を吉野の方に向け、真面目な相を向ける、つい今しがたまで酒を口にしていた飲兵衛のそれでは無く、武人としての戦艦武蔵の顔だ。

 

 

「近々ウチの加賀が貴様の下に就く」

 

「加賀さんですか? またそりゃどうしてです?」

 

「貴様の処に行くはすだった大鳳の着任な、あれが無しになったらしい、恐らくその穴埋めだろう」

 

「はぁキャンセルですか、どこ情報ですそれ?」

 

「上司と"世間話"をしている時に聞いた」

 

「ほ~そりゃまた、何かあったんです?」

 

「リンガに奇襲があったらしくてな、定期清掃で主力が出ていた関係で守りが薄くなっていたんだろう、結果として防衛線が抜かれて泊地施設に直接弾がズドン! だ」

 

「基地施設に直接? 冗談でしょ?」

 

「冗談だと良かったんだがな、お陰で上は大騒ぎさ」

 

「【定期清掃】した海域に、作戦終了直後、更に艦隊が帰還する前のピンポイントで奇襲ですか、きな臭いですね……」

 

「ああ、航路上の敵も主力艦隊も確かに潰してきた、幾ら沸いて出るヤツらとてたった一日二日で元通りなんて事はまずあるまい……」

 

 

 そう言うと武蔵は顔を吉野に寄せてきた

 

 

「ここだけの話、奇襲を掛けて来たヤツらの中には姫級も居たらしい、その辺りの事を考えると、間違いなく他海域から来たヤツらだ」

 

「今までテリトリーを離れて進軍する姫級は稀だったし、あったとしても強行偵察程度だったはず……」

 

「そうだ、これでこっちはまた一つ戦略を潰された、ついでに海域の維持に何か手を打たなければないという頭の痛い問題も発生した」

 

「成程、とりあえず近隣の動かせる戦力をリンガに移動させて支配海域外からの進軍を抑える事にした ……と」

 

「その結果、大鳳は中央の貴様の処ではなく南方へ移動にと ……まぁこういう訳だ」

 

 

 両の掌を上げ肩を竦める武蔵

 

 

「……ところで武蔵さん、穴埋めは判るんですがなんで加賀さんなんです?」

 

「ほぉ? それを私に聞くか? "影法師(かげぼうし)"」

 

「情報を頂けるんじゃなかったんです?」

 

「私は"上司との世間話で聞いた事しか喋らん"よ、そして貴様の上司は私の上司でもある、判るな?」

 

「はぁ…… 幾ら漏洩のリスクを減らす為だからって武蔵さんを使う事ないでしょうに……」

 

「まぁそう言ってやるな、アレも立場が微妙だからな、正規の手続きでは伝えられん事の一つや二つはあってもおかしくはあるまい?」

 

「そしてその煽りを食うのはいつもこっちなんですけどねぇ」

 

「納得いかないなら自分で色々かき集めてみるんだな、それが石になるのか(ぎょく)になるのか判らんが、少なくとも私と違ってその手の事は貴様が専任だろ? 違うか?」

 

 

玉石混淆(ぎょくせきこんこう)ねぇ…… 嫌な予感しかしないんですが」

 

「まぁ、そういう事だ、寝首を掻かれたく無かったら精々情報収集に励むんだな」

 

 

「そしてここからは"私個人としての忠告"だ」

 

「……伺います」

 

「特務課に補充要員が充てられる、数はまだ確定しておらんようだが確実に桁は一つ増える算段だ、私たち第一艦隊も平時はこちらに含まれる、更に大本営所属のまま前線に出していた戦力を一旦戻し、戦力の再編を行う予定だ」

 

「はぁ!? 戦力の再編成!? 全軍のですか!?」

 

「"上司"が動かせる範囲での、な、ついでに貴様が今迄やっていた類いの業務は引き続きこっちでやる事も確定事項だ、……ああペスと那珂の辺りは依然貴様の管轄らしいがな」

 

「ちょっとぉぉ~ なんで犬の世話とかパシリとかだけそのまんまなのぉ? ……って自分は諜報関係引継ぎ一切やってないですよ? どうすんですそっちは?」

 

「貴様の抱えてた案件は全て消化したんだろう? それに貴様が使ってる(つて)は他のヤツでも使えるものなのか? まぁそういう訳だ」

 

「まぁそう言われれば確かにそうなんでしょうけどねぇ……」

 

 

 大きく溜息を吐いた吉野は半分以上残っている缶飲料の中身を一気に胃に流し込んだ

 

 

「貴様の秘書艦は護衛しか出来ないものの、リ級エリートを落とした事もある格闘能力を持っている」

 

「……グエエップ」

 

 

 本日五回目である、あえて何がとは言わない。

 

 

「仮にではあるが着任が決定している加賀も大本営の屋台骨を長年支えてきた古強者だ」

 

「……」プシッ

 

「おまけにこの武蔵をサシで仕留めた【武蔵殺し】までお前の元に来るという…… っておい貴様! ちゃんと人の話を聞いているのか?」

 

「……真面目に聞いてるからヤケドクペでもしないとやってらんないんですよほんとにもぅ」

 

「何訳の判らん事を言っているのだ、 ……まぁしかし改めて考えてもだな、幾ら大本営の機関だといっても新設の、しかも一介の中佐に与える戦力では無いな」

 

「ですよねぇ、しかも課の設立決定から着任までの時間が短過ぎますし、それこそ諸々の手続きをすっ飛ばしてトップから現場へ直接命令を出さないと無理な早さですよこれ」

 

「手続き関係の話ならちゃんとした訳があるがそれはまだ言えん、しかし近日その理由は明らかになる、それまで待て」

 

「はぁ、なら武蔵さんの忠告というのはこれからウチがやる業務内容について気を付けろって事でいいんですかね?」

 

「そうだ、この武蔵が直接忠告する程特別厄介な物だと思えばいい、私が言える事はここまでだ」

 

 

 ガシガシと頭を掻く吉野、今頭の中ではバラバラになった情報を繋ぎあわせて形にしようとフル回転中である。

 

 

(こっちの専門は(から)め手、しかしそっちの業務は別部署が引き継ぐと……)

 

「……」

 

(しかも部下として送られて来るのは戦闘寄りの能力に特化した艦娘が多数)

 

「……」

 

(更にこのタイミングで南方戦線に大きな変化と、戦力配置の再編と、ふむ……)

 

「……」ペラッ

 

 

 いつになく真面目な相の吉野、視線の先には胡坐(あぐら)をかいたままスカートを捲り上げる大和型二番艦戦艦武蔵、意味が判らない。

 

 

「……武蔵さん」

 

「何だ?」

 

「見えてます、紐パン」

 

「うむ、ちなみにこれは紐パンとやらではなくサラシだ」

 

「ある意味ただの紐と言えなくも無いですね、それでですね武蔵さん」

 

「ん? 何だ欲情したか? まだ話しはあるのだがこのまま場所を移して寝物語(ねものがたり)にしてもいいんだぞ?」

 

「ちぃがぁうのぉぉ~ 真面目に考えてたのぉぉ~ 何? パンツ? パンツさんなの? 吹雪さんなの?」

 

「サラシだ、フフフ、怖いか?」

 

 

 そう言う武蔵はスカートの裾をパタパタと上下させる、成程、ある意味恐怖を感じなくもない。

 

 

「それで、話の続きって何です?」

 

「うむ、私としてはこれが一番重要な話なのだが」

 

「それよりいい加減スカート降ろして下さい、大和型戦艦二番艦痴女」

 

「うむ」

 

 

 武蔵は素直に頷くと、スカートの裾から手を離す。

 

 

「でだな」

 

「はい」

 

「痴女とは何だ?」

 

「アンタ知ってて聞いてるだろ!? カマトトなの!? 痴女でカマトト属性ってどんな新ジャンル!?」

 

「……すまんが言ってる意味が判らんのだが?」

 

「……マジデスカ?」

 

「うむ」

 

「……」

 

「……」

 

「とりあえず用法ですが、大将の執務室に行きます」

 

「うむ」

 

「スカートを捲くり上げサラシを大将に見せ付けます」

 

「……良いのか?」

 

「良いのです、そして『痴女です』と言えばいいのです」

 

「? ……それでどうなるのだ?」

 

「恐らく新世界が広がります」

 

「……ふむ? 何やら判らんがやってみよう」

 

「御武運を」

 

 

 珍しくビシリと敬礼を向ける吉野、同じく答礼する武蔵、ここだけ抜き出せば正しく海軍の姿であるが、色んな意味で間違っていると言う事は補足しておく。

 

 

「まぁそれでだ」

 

「はいはい何でしょう?」

 

「えらく気の抜けた返事だな、まぁいい先々代連合艦隊旗艦から伝言だ」

 

「先々代?」

 

 

 武蔵の口から出た言葉に困惑の色を見せる吉野、それもその筈、歴代連合艦隊旗艦を勤めた艦娘は4人。

 

 

 初代は"最初の五人"の内の一人、現在日本海軍大隅巌(おおすみ いわお)大将の秘書艦を勤める吹雪

 

 二代目は大本営で建造された初の戦艦長門型一番艦長門

 

 三代目は現、元帥大将の秘書艦である大和型一番艦大和

 

 そして四代目は現在の武蔵となっている。

 

 

 この中で吉野が見知っているのは吹雪、大和、武蔵。長門が旗艦を勤めていた時期はまだ軍に席を置いていなかったので残念ながら接する機会が無かった。

 

 

 因みにややこしい話ではあるが、日本海軍での最高位は大将であり、良く勘違いされているのは元帥というのは大将に与えられる称号の事を指す、元帥と云う階級は存在しない。

 

 何故そうなのかは判らないがとりあえず一番偉い大将が元帥大将、大将flagshipとと呼んでもいいかも知れない、そしてその次にただの大将、これは大将eliteになるのだろうか。

 

 と言う事は大隅巌(おおすみ いわお)大将(elite)の部下になる吉野三郎は吉野中佐(後期型)辺りになるのだろうか? 心底どうでも良い。

 

 

「そうだ、何年か振りに連絡が来たと思ったら『どうか妹を宜しく頼むと伝えてくれ』のたった一言だけ、それも電文でだ」

 

「どういう事です? 自分に陸奥さんの知り合いは居ませんが?」

 

「あいつの妹は北に沈んだ、当時の僚艦も一緒にだ、そしてあいつだけが残った、姫級と始めて遭遇した戦いだと聞いている、その後連合艦隊旗艦を辞して妹が沈んだ海に一番近い泊地へ転任した、単冠湾泊地だ、今もそこで旗艦を張ってる、恐らくだが貴様の秘書艦に昔の自分を重ねて見たんだろうな」

 

「……成程、時雨君の事ですか」

 

「私は今迄あいつ程戦場対して苛烈に向き合う艦娘を見た事が無い、そしてあいつ程仲間に対して情に厚い艦娘も他に見た事が無い」

 

「"人修羅(ひとしゅら)の長門"……」

 

「そんな名前もあったか、まぁ何だ、落ち着いたらでいい、便りの一つもくれてやる様に言っといてくれ」

 

(うけたまわ)りました」

 

 

 そう言うと吉野は手に持った一部消費者より青酸の香りがすると評判の炭酸飲料を飲み干すと、足元に転がる缶と一緒にビニール袋に詰め込んだ、そして……

 

 

「始末、お願い出来ます?」

 

 

 それを聞いた連合艦隊旗艦大和型二番艦武蔵は己の眼鏡を指でトントンと指しつつ

 

 

「後かたづけも、作戦の内だ」

 

 

 と答えるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ~後日、某楽○サイトショップ検索の結果~

 

 

 

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「明石ぃぃぃぃ! やっぱりかぁぁぁぁ! やっぱりお前か明石ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 

私物のノートパソコンの画面に向って本気度MAXの突っ込みを入れる吉野三郎中佐(28歳独身実は紐パンがちょっぴり気になるお年頃)の姿が事務室にあったのはまたいつか語られる日がくるかも知れない。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますがその辺りご容赦頂けたらと。


 それではどうか宜しくお願い致します。

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