大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 銀色のお下げが黒髪に、イメチェンは僅かの間だけだったという。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/03/01
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、じゃーまん様、有難う御座います、大変助かりました。



日が沈む、そして命も沈む

 血飛沫が舞い、怒声が木霊する。

 

 零距離での殴り合いを嫌い下がろうとすれば(まがね)の衝角が唸りを上げて来る為容易に後ろへ下がる事は出来ない。

 

 戦艦棲姫の片割れ"ヤマシロ"が艤装と共に榛名を挟み撃ちの形で打撃を繰り出すが、あろう事か目の前の金剛型は巨大な艤装を背負い投げヤマシロごと海面に叩きつける。

 

 戦艦としては華奢な体躯のどこにこんな力があるのかと驚愕の相を露にすれば、己も被るだろうダメージを無視した榛名の接射による追撃は、損傷が激しいヤマシロの艤装の腕をとうとう千切り飛ばしてしまった。

 

 

「ゴアアアアアア!」

 

 

 尚も続く理不尽な暴力に、ジワジワと砕け始めていたヤマシロの戦闘意欲がとうとうポッキリと音を立てて折れてしまった。

 

 その様は絵に描いた様に険しい顔から色を奪い、不幸だわと連呼しつつなよなよとした動きへ変化していく。

 

 そして最後に見せた結果は大の字になって海に体を投げ出し全ての行為を放棄するという蛮行、その主を庇う為か片腕を横に広げ榛名の前には意思を持つかの如く艤装が立ちはだかる。

 

 

「……何のつもりですか」

 

「何のつもりも何も、もう疲れたわ……好きにしなさいよ」

 

 

 暫く無言のまま巨躯の向こうに居る戦艦棲姫を見る榛名だったが、大きく息を吸い込むとまるでピッチャーが全力でボールを投げるフォームに似た形で勢いを付けて拳を振り抜いた。

 

 いつもの様な腰を入れた"突く"形では無いそれは威力よりも勢いを意識した物で、ダメージはそれ程では無かったが、ヤマシロの艤装を数m向こうへ弾き飛ばす程の効果を発揮した。

 

 更に勢いのままヤマシロに跨る様に立つ榛名は、薄い微笑みを表に貼り付け一瞥をくれると、水面に身を投げ出しこちらを睨む戦艦棲姫の顔面に恐らく今日一番気合を乗せたであろう拳を叩き込んだ。

 

 ガツンという硬質な音が響き身の丈を超える盛大な水柱が上がる、それが収まった時、そこには意識を手放した戦艦棲姫が力無く浮いており、拳を叩き付けた姿勢のまま榛名は目を細めて聞こえる筈が無い相手に言葉を投げ掛けた。

 

 

「貴女は榛名より強い筈なのですが……心は榛名よりずっと弱かったみたいですね」

 

 

 勝ったという実感が薄く、少し消化不良の榛名が上体を起こし周りを見渡せば、それ程遠くない場所で冬華(レ級)と武蔵のコンビを相手に砲撃戦を繰り広げる戦艦棲姫の片割れが確認できた。

 

 キリキリと右の51連装砲の狙いを定めるが、暫くの後口から溜息を吐くと砲身を定位置に戻し、髪を手で()いて足元に浮かぶ戦艦棲姫を肩に担ぎ上げた。

 

 

 

「何故逃げる! 前にデロッ!」

 

 

 冬華(レ級)の16inch三連装砲が吐き出す砲火が戦艦棲姫の前に立ちはだかる艤装を叩く、時折反撃の砲弾が飛んでくるがそれを避ける事もなく前に進む。

 

 その無謀な前進は普通なら致命的な位置に弾着してもおかしくは無かったが、時折武蔵が放つ正確無比な砲撃が微妙にその狙いを外させていた。

 

 羅刹の如き勢いで迫る黒パーカーを振りほどいて間合いを取りたくても、ガードを下げた途端戦艦棲姫本体に51連装砲からの砲撃が突き刺さるという連携を取られては、守りを固めたまま後ろに下がるという消極的な立ち回りしか戦艦棲姫には出来なかった。

 

 冬華(レ級)は前に出つつも艦載機はおろか、雷撃すら行ってはいない。

 

 戦艦として前に立ち、戦艦として相手と戦うと決めた時点で副砲すら使うのを止め、正面からの殴り合いの姿勢を貫いていた。

 

 

 武蔵も冬華(レ級)の援護は続けているものの、基本相手が相対する姿勢を見せた時にはあえて手を出さず、退き撃ちの姿勢を見せたときにのみそれを潰すかの如く砲を放っていた。

 

 

「何で私、こんな所でボコスカ殴r……はぁ、空はあんなに……あ、もうすぐ夕方なのね……」

 

 

 ヤマシロと呼ばれる個体とは違い、姉と呼ばれたこちらは徹頭徹尾現実逃避をしたまま、器用に攻撃を捌きつつ戦闘を繰り広げていた。

 

 技量という面では戦艦棲姫の方が二人より数段上と言わざるを得ない上、逃げとも攻勢とも違う姿勢は存外に掴み処がないのが災いし冬華(レ級)と武蔵の猛攻は柳に風といった風に効果が非常に薄い形になっていた。

 

 

 そもそもこの二人の深海棲艦上位個体は戦いたくて戦っている訳では無く、そこに安寧を求める為に戦っていたに過ぎない。

 

 そして安住の地と定めやれやれと腰を落ち着けたと思ったら即そこは激戦区に様変わりし、やりたくも無い戦いをせざるを得ない今に日々ストレスが溜まりとうとう現実逃避という悪癖が噴出したのであった。

 

 

 ヒートアップする冬華(レ級)にのらりくらりと躱す戦艦棲姫、余りにも両者の温度差が酷い為に泥仕合へ突入するかと思われたその時。

 

 

 

 ゴバス! と鈍い音が響き周囲の時間が停止する。

 

 

 

 口をдの形に開き固まる冬華(レ級)、眼鏡のレンズが光を反射し表情が読めない武蔵。

 

 

 そしてとても憂いた表情のまま空を見上げる戦艦棲姫の延髄には飛び蹴り気味で何者かの脛がめり込んでいた。

 

 ドバシャーと気をつけ姿勢で倒れる戦艦棲姫の後ろには、額に青筋を立て腕を組んだ朔夜(防空棲姫)が仁王立ちで足元の戦艦棲姫を見下ろしていた。

 

 

「お……おい貴様……」

 

「あ……ああああボクの獲物……」

 

 

 戦艦としての意地と誇りを掛けた戦いは、無残にも後方から飛んできた延髄切り一発によってその幕を閉じてしまった。

 

 ジロリと二人を睨み、時計を付けている訳でも無い左手首をビシビシと突つきながら朔夜(防空棲姫)は 『いい加減にしろこの脳筋共、時間が無いのよ!』 と言い放ち、そのまま固まる二人を放置して戦艦棲姫を担ぎ上げると武蔵にそれを放り投げた。

 

 

「行くわよほら貴方もボサっとしない!」

 

 

 何故か戦艦棲姫の艤装も蹴り上げられ追い立てられる、理不尽の極みがそこにあった。

 

 

「あうううボクの獲物がぁ~」

 

「……泣くな、帰ろう…… 帰ればまた来られるからな……」

 

 

 さめざめと泣く冬華(レ級)に、木村何某少将がキスカ島を目の前に口にしたという言葉で武蔵が慰めるという哀愁漂う絵面(えずら)を見せながら、突撃をした彼女達は第二特務課が今作戦最大の目的としていた戦艦棲姫の鹵獲という仕事を成し遂げたのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「突撃隊より入電、戦艦棲姫二体鹵獲成功!」

 

「よし、血路を開くぞ……集中砲火! 周りのザコ共を蹴散らしてやれ!」

 

 

 赤城の言葉に反応し、長門の怒声が辺りへ響き渡る。

 

 刹那、四方へ向いていた攻撃が一部の守りを残し、全て一方向へ集中する。

 

 雷撃砲撃爆撃、凡そ全ての撃がつく物が集中するそこは海の理不尽が先頭をきって駆けてくる方向。

 

 有象無象の骸が敷き詰められた絨毯の上を戦艦棲姫を担いだ一団が駆け抜ける。

 

 

 飛来する砲弾を物ともせず、時には担いだモノ(戦艦棲姫)を盾にして一気に敵中を駆ける一団の後ろから、狙い済ましたかの如く金色を放つ数機の艦爆が飛来する。

 

 それは少し前に時雨が沈められた時の焼き直しの様に最後尾の武蔵へ襲い掛かるが、それは腹に抱いた爆弾を落とす事無く空で弾け飛んだ。

 

 まるでそれを待っていたかの如く正確に突き刺さる弾は悉く空の金色を穴だらけにして叩き落していく。

 

 

「この秋月が健在な限り……二度とやらせはしません!」

 

 

 左右に自立駆動型の砲台二機を従えて、秋月型一番艦は空に吼えた。

 

 結果として戻ってきたとしても一度は目の前で仲間を爆撃によって喪失している、防空の要として第一艦隊の空を守っているという誇りが"二度目"を許す筈が無い。

 

 その執拗な迎撃は金色の飛翔体を空中で細切れになるまで粉砕し、海に落ちる時には原型を留めている物は一つも無い程苛烈な物だった。

 

 

「流石防空特化艦ね…… 航空母艦から見ればゾっとする物を感じるわ」

 

「そう言いながらも烈風を射線に合わせて潜り込ませてる加賀さんも大概なんじゃないですか?」

 

「私にこんな無茶を仕込んだのは赤城さん、貴女ではなくて?」

 

「さあ? 私にはとんと身に覚えが」

 

 

 空には対空砲火と艦戦が層を成し進入不可能の屋根が築かれる、既に日が半分海に隠れた現状持てる航空兵力全てを展開した大盤振る舞いの結果がさせたぶ厚い守りの空がそこにあった。

 

 

「戦艦棲姫、鹵獲完了です長門さん」

 

「よくやってくれた、榛名達はそのまま母艦へ急いでくれ、他の艦も空母から順次撤退、殿(しんがり)は私が務める、急げ!」

 

 

 対空の傘はそのままに、其々は抱えていた魚雷を斉射しては反転して母艦(轟天号)を目指す。

 

 敵の殆どはその辺りに集結していたのか後退する者の付近には新たな敵影は出現しなかった。

 

 そして艦隊の殆どが反転をした頃、囲みを作っていた有象無象が突如唸りを吐き出し突貫を開始する、それは攻撃も程々に追い縋る様に動きを見せ、叩いても叩いても屍を乗り越えて迫る様は死の波と化して殿(しんがり)の長門へ迫ってくる。

 

 

「飛び道具が来ないのは在り難いが……これは飲み込まれると抜け出せんな」

 

 

 絶望的な光景を前にするも尚顔色一つ変えず長門は的確に近い位置から敵を屠っていく、なるべく後続の障害になる様に、少しでも敵の足を遅らせる為に。

 

 ジリジリと間合いが詰まる壁に幾度目かの斉射を放った時、横に並ぶ気配を感じそちらへ目を向ける。

 

 

「摩耶か」

 

 

 継ぎはぎだらけの艤装を背負い、据えられた砲で弾幕を張る重巡洋艦、高速修復剤で傷を癒したにも関わらず、その体は傷だらけになっていた。

 

 狙いが付け難い砲を渋い表情で操りながら、(かつ)てなんでも屋と呼ばれた艦娘は長門よりもハイペースで砲弾を放っていた。

 

 

「……無茶するつもりはねぇよ、でもこんだけの数幾ら人修羅でも単騎じゃどうしようもなんねぇだろ? 少しは手伝わせろよ」

 

「ああ……そうだな、少し力を貸して貰おうか」

 

 

 背面航行しつつ小型の艦は摩耶が、固い類の物は長門が、其々狙いながら屠っていく。

 

 止めは刺さなくとも先を走る物を転ばせれば後方から迫る艦艇の一団に轢き潰されていく、手間が掛からないと言えばそうだがそれは見ていて気持ちの良い物ではない。

 

 撤退戦は粛々と進み母艦(轟天号)も突出してきた事もあって作戦としては成功する事はほぼ確定した。

 

 しかし殿を受け持つ長門達と先頭との距離は徐々に開き、逆に追い縋る有象無象はジリジリと間合いを詰めて来る。

 

 長門の中ではもう覚悟は出来ていたが、どこかのタイミングで足を止め、迎え撃たないと艦隊の安全な撤退は不可能な状況になっている。

 

 

 摩耶を引かせ、迎え撃つタイミング、それは先頭の者が母艦へ辿り着いた瞬間。

 

 その時が死に華の咲かせ処だと静かに長門は機を伺っていた。

 

 太陽が殆ど水面(みなも)へ隠れようとした時、先頭を走る者が母艦を目で捉えた時。

 

 

 長門が覚悟を決め、摩耶へ撤退の指示を出そうとした時。

 

 

 斜め後方で水が弾ける音がした。

 

 振り返れば金色の何かを掴み上げ、上半身を水面から浮上させた何かがあった。

 

 

 それは透き通るが如く白く長い髪を広げ、その髪よりも尚白い肌を空気に晒し。

 

 そしてその目は深海の水よりも深い蒼色をしていた。

 

 天へ向けた右手には、鈍く金色を発する半身を失ったヲ級の首が握られており、掴み上げられた金色からは怨嗟が滲む声無き呻きが漏れ出ている。

 

 

「ふーん……弱い者を(いたぶ)る時はあんなに嫌らしい笑いをしてたのに、自分がそうなった時は随分と苦しそうな顔をするのね……」

 

 

 右手には徐々に力が篭り、何かが潰れていく音がする。

 

 無表情にそれを見るのは第二特務課第二秘書艦(潜水棲姫)、援護の為魚雷を撃ち尽くしても尚長門達の傍に居た艦隊唯一の潜水艦娘。

 

 普段は何を考えているか判らない相が常であったが、今金色を前にした彼女の顔はそれとは別な、冷たく静かな物だった。

 

 

 周りが動きを止めそれを見る中、軽くポキリと音が響き、金色から力が抜け落ちダラリと体を弛緩させるのが見えた。

 

 (潜水棲姫)がそれを摩耶へと投げ捨てる、それは力無く水面を跳ね転がっていく。

 

 

「摩耶……仲間の仇を」

 

 

 反射的に構えた摩耶の二号砲が全て水面に浮かぶ金色に狙いをつける。

 

 

 

 

───────── あの時の、私の仇を

 

 

 

 

 最後に(潜水棲姫)が発した言葉は夥しい砲撃の音と弾ける弾着の音に誰の耳にも届く事は無かった。

 

 

 千切れ飛び粉々になり、金色が海に溶けた時。

 

 

 第二特務課艦隊を追っていた有象無象が後退を始め、散り散りにその姿を闇へ消していった。

 

 まるで祭りが終った時の様に静かに、只一度の攻撃も無く。

 

 唖然とそれを見る長門の前では徐々に暗い海が広がり、突出してきた母艦(轟天号)の光が摩耶と長門を照らす頃には目の前には何も無い海が広がっていた。

 

 

「長門……アイツは、あの白いヤツは誰だ?」

 

 

 荒い息を整えようともせず、金色が消えた海へ砲を向けたまま摩耶は呟く様に言葉を吐き出した。

 

 

「あれはウチの第二秘書艦だ、お前も知っているだろう?」

 

「ザケンナよ、あのメイド娘と今の白いのと、同じヤツな訳……ないだろうが……」

 

 

 長門は無言で母艦へ向き、摩耶の肩を叩いてその場を離れる。

 

 

「あたしはあの目を知っている、知っているんだ…… でも誰だったか判んねぇ」

 

 

 摩耶が振り向く先には白い潜水艦娘の姿は既に無く、サーチライトの逆光に滲む長門の背中だけが浮かんでいた。

 

 

「そうか、ならアレはお前が知っている誰かだったかも知れんが、私達にとって彼女は第二特務課第二秘書艦の(潜水棲姫)だ、それ以外は知らん」

 

 

 敢えて摩耶の問いをバッサリと切り捨てた長門は母艦へ乗り込みながら、そこに居る白い髪の少女見て苦笑を浮かべた。

 

 少女は濡れ鼠の様に水滴を滴らせながら、いつもの考えが読めない表情のままタオルでゴシゴシと体を拭いていた。

 

 

「助かった、礼を言うぞ」

 

 

 そう言う長門に振り向いた不思議ちゃんはニコリともせずに視線を向け、サムズアップしつつこう返事をしたという。

 

 

「貸し一つ、間宮の本練り……ゲットだゼ」

 

 

 こうして任務の目的を果たし海域を離脱する轟天号からは、何故か長門の怒号と共に加賀の悲鳴が聞こえ、バケツを一つ余分に消費するという結末を迎えたという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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