大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 手直し再掲載分です。

 何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。



2018/03/01
 誤字脱字修正致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、黒25様、ちゃんぽん職人様、対艦ヘリ骸龍様、じゃーまん様、有難う御座います、大変助かりました。


榛名流対空砲火

[(;゚ロ゚)]

 

 

 操作室上部に設えている大型モニターには何とも表現のし難い顔文字が表示されていた。

 

 時雨はそのまま視線を自身が支える男、吉野三郎第二特務課々長(28歳独身非自然回復教)へ移す。

 

 

吉野 ( д)     ゚ ゚

 

 

 とても表現が難解な相を表に貼り付けている、更に視線は吉野の向こうで吉野と同じく外の様子を見ている金剛へと向けられる。

 

 

金剛 ( ̄ー ̄)

 

 

 これは判る、所謂ドヤ顔と云うヤツだろう、場所が離れているので表情が見えない夕張は別として、この二人の表情の対比は同じ環境に身を置き、同じ物を見ている反応としては、普通はちょっと理解し難い物である。

 

 時雨の視線はその二人が見ている物、その原因となっている物の方へと移っていく。

 

 

 兵装調整用試射場、その施設から凡そ500mは離れているだろうか、その海上でドカンドカンと云う爆発音と共に火球が弾け飛んでいる。

 

 オレンジ色のソレは花火としては些か地味で、その光が滞空している時間も短い。

 

 

 人の目から見たそれはたったそれだけであるが、その距離でも装備している武装の射程範囲内である艦娘から見れば、そこで現在何が起こっているか手に取る様に判る。

 

 激しく爆発の華が咲くそこには弾けるオレンジ色と燻る黒に混じって白い破片が宙を舞っている、大小様々であるがそれはどれも間違い無く、元は仮想敵機として空中に射出された円盤の成れの果てである。

 

 適度に散開された位置から射出される陶器製の円盤、宙を飛ぶのは同時に五~六枚だろうか?、その円盤が描くであろう軌跡が交わる付近でその爆発は起こっている。

 

 特に直撃しているのはその中の一枚、使用されている砲弾は徹甲弾、当たれば当然陶器製であるそれは砕け散るであろう、しかしそれだけだ。

 

 運動エネルギーを貫通力へ変換する事を目的として使用されるその砲弾では複数の標的を同時に墜とす事は不可能である、が、実際その砲弾は爆散し、周囲の標的はその爆風と破片に巻き込まれ塵となっている。

 

 普通に考えれば近接信管か触発信管の類いを組み込んだ砲弾なのではと思うのが普通だ、事実対空用砲弾として開発された三式弾は時限信管を用いて任意の位置で砲弾を炸裂させ、可燃性の子弾を撒き散らす仕組みになっている。

 

 対して今空中で弾けている砲弾は徹甲榴弾、確かに内蔵された炸薬を起動するのに遅延信管辺りは内蔵されているかも知れない、しかしその用途的に徹甲榴弾は構成素材が硬い物でないと用を成さない為、対空砲弾として利用するには問題がある。

 

 例えば内部に炸薬を詰めた徹甲榴弾を三式弾と同じく信管を作動させ爆発させたとしても、何も無い空中では精々幾つかの破片になって飛び散る程度で、砲弾その物を粉々に砕く程の爆発エネルギーを発生させる事は不可能である。

 

 徹甲榴弾とは相手の装甲に命中させ、或いは貫き、その運動エネルギーと衝撃で潰れた砲弾自体を内蔵した炸薬で爆発させ、破片を子弾として撒き散らす事でダメージを増加させる弾頭だ、"潰れると云う前提"無しで対空力を得る程には破片の拡散効果は望めない。

 

 

 姫級・鬼級の装甲すら貫く威力のエネルギーを発生させる大口径砲弾は当然頑強に造られており、仮想敵を模した磁器の円盤は愚か、艦載機の装甲程度では精々引っかき傷程度しか付かず、潰れる事など在り得ない。

 

 なのに目の前ではその砲弾が綺麗に爆散し、破片を思う存分周囲に撒き散らしている、何故か?

 

 

「し……時雨君? ええとその、わんもぁぷりーず……」

 

「えと、榛名さんの撃ち出した榴弾が榛名さんの撃ち出した徹甲弾? で打ち抜かれてるね、結果榴弾が空中で弾けて周りの標的が吹き飛んでる……と思うよ?」

 

 

 とんでもない事実がそこにあった、古の名将の言葉を模すなら [爆ぜぬなら、射抜いてしまえホトトギス] 辺りだろうか、余す処無く脳筋理論が散りばめられた対空砲撃であると言える。

 

 

「榛名君が撃った榴弾を榛名君が撃った徹甲弾で打ち抜いてその後榛名君が撃った榴弾が空中で爆発して榛名くんは対空標的を撃ち落してるって事でいいのかなと言うか榛名君何人居るのかな? なぜなぜどうしてティーチ・ミー・ホワイ?」

 

「提督、少し落ち着こう? 言葉が意味不明な上に語尾がどこかの魔法のプリンセスになってるよ? 懐古ネタは禁止じゃなかったのかな?」

 

「フッフ~ン、どうネ? あれぞハルナスペシャルデ~ス」

 

 

 パクパクと腹話術人形の如く意味不明な言葉を吐く吉野の隣では、金剛が某吹雪型四番艦ばりのネーミングセンスで妹の射撃技術を鼻高々に自慢している。

 

 吉野が徐に、遙か彼方で爆発を繰り返す辺りを指差し金剛の方を見る。

 

 

「ハルナスペシャル」

 

 

 砲撃を続けている榛名へ指を向ける。

 

 

「ハルナ?」

 

 

 更に元の爆発が見える辺りに指を戻す。

 

 

「ハルナスペシャルデ~ス!」

 

「榛名君が撃った榴弾を榛名君が撃った徹甲弾で打ち抜いてその後榛名君が撃った榴弾が空中で爆発して榛名くんは対空標的を撃ち落してるアレは榛名君のスペシャルな技だと榛名君のお姉さんである金剛さんは仰いますか?」

 

「Hey! ハルナのバーゲンセールみたいな言い方は辞めるネ!」

 

「でもアレはちょっとオカシイデ~ス、タマがピューンでガツーンでドカーンでパンツデ~ス、在り得ないデ~ス、後妖怪紅茶お化けはいつも言い方があざといデ~ス」

 

「おぅテメェ何どさくさに紛れて人の事ディスってんだ表出ろやコラ」

 

「ハイ…… サーセンシタ…… チョウシ乗ってました……マジカンベンして下さい……」

 

 

 時雨は真顔で吉野の襟首を掴む金剛の向こうに

 

 ナニカ

 

【挿絵表示】

 

 

 を見た気がしたが、艦娘としての勘でその辺りに突っ込むのは命に関わる気がしたので敢えてスルーする事にした。

 

 

 

 現実逃避をする吉野の前では、事の張本人である艦娘が未だ対空射撃を絶賛継続中である。

 

 水上標的への射撃時と比べ、より一層腰を落とした姿勢、そして足を前後に踏ん張る姿は時折風圧で捲くり上がるスカートも相まって吉野がパンツと評する様に扇情的と言えなくも無いが、異常な速度で吐き出される轟音と、赤く焼けた砲身がその姿を異質な物に見せている。

 

 連続で砲撃してはいるが、基本二射ワンセットで砲弾を射出しているらしく、空に向けた大口径艦砲はドドン、ドドンと云う左右の砲から打ち出す独特なリズムで発生する爆音を虚空に刻み込んでいる。

 

 

「総合的なダメージ値を稼ぐ為に徹甲弾、そして対空効果を得る為に少しでも爆散効果の望める徹甲榴弾を装備して、より効果を発揮する為に飛翔する徹甲榴弾を徹甲弾で狙撃して潰しつつ爆散させる」

 

「デスネ~」

 

「先に打ち出した砲弾を潰す為には更なる速度と運動エネルギーを持つ砲弾が必要になる…… ので、次弾には発射用炸薬を増量設定したホットロード弾」

 

「あ、火薬増量弾って榴弾の火薬を増した物じゃ無いんだ……」

 

「あのハジけ具合だと榴弾の炸薬も幾らかは増量してるかも知れないねぇ…… でも物理法則的にどうなの? 砲撃のエネルギー全部と装甲に当てた衝撃でやっと潰れる砲弾を、空中で狙撃した程度の衝撃で爆散出来るもんなのかねぇ?」

 

「ン? ナニ言ってるデスカ? 二発目のホットロード弾の弾頭はAPFSDSネ、幾ら徹甲弾でもハルナスペシャルをするには威力が足りないヨ」

 

「ハィィ? 侵徹徹甲弾んん!? ちょっと待って!? しぐしぐ……時雨君、榛名君が撃ってる二発目の砲弾ってどんな形してるか判る?」

 

 

 時雨は榛名を暫く凝視し、少し申し訳なさそうな表情でその様子を口にする。

 

 

「えっと、少し普通の砲弾より細い感じかも知れないけど、良く判らないかな?、後空中で何か分解してるかも……」

 

「oh、シグシグはいい目してますネ、アレはウィリアム・テルの矢みたいな形をしてマース、細く見えるのはそのせいデスネー、空中で何か見えるなら多分サボだと思うネ」

 

「待った!」

 

「何ネ?」

 

 

 吉野は手元に持ってきた鞄から一枚の書類を抜き出し、その書類を金剛の目の前に突き出した。

 

 

「さっき榛名君が書き足した装備一覧です、ほらココ、ココです、徹甲弾HLって書いてるデショ!、HLってホットロードでショ! APFSDSなんて一文字も書いて無いデショ!?」

 

「oh、それネ、えっと装備申請時にホットロードって書かないと予算通らないからそう書けと言われてるらしいデスヨ?」

 

「誰に?」

 

「明石」

 

「ぬぉぉぉぁぁぁぁぁぁ! おかみぃぃぃぃぃ! 明石! 明石をココに呼べぇぇぇぇ!!」

 

「マァ弾頭の形がチョット違うだけで、火薬マシマシにした徹甲弾なのは事実だからソレで問題ないネって言ってたヨ? HAHAHA。」

 

「アホかーーーいっ!? 全然違うわーーーい! 何してんだアイツは、ヘタしたら虚偽の申請で懲罰食らう恐れだってあるのにぃぃぃぃ」

 

「ン~、でもそれ処理してるの大淀デショ? ホラ、あの二人が関わってるなら…… ネ?」

 

 

 金剛の言葉を受け、吉野の頭の中ではある場面が思い浮かぶ。

 

 

 夜、屋敷の一室で悪代官と悪徳商人が差し向かいつつ謀議が繰り広げられている。

 

 上座には黒髪メガネ、しきりにメガネをクイクイと位置調整をしているのは神経質な性質だからか?。

 

 下座にはピンクのモミアゲ、その顔には悪人ヅラ然としたいやらしい笑顔が張り付いている。

 

 二人は不自然極まりないわざとらしい酒宴を装いつつも、これはお約束と言わんばかりに杯を傾ける。

 

 その口から出る台詞は当然あの台詞以外にあるまい。

 

 

 [大淀様の好物をお持ちしました、金色の菓子で御座います] 

 

 [くっくっくっ、明石家、お主も悪よのぅ]

 

 

 しかし違和感が丸っきり感じられないのは自分だけでは無いはずだと吉野は更に思考を埋没させる。

 

 

 大淀……確かに大本営の財務大臣とか、影のヒエラルキーの頂点だとか、三大怒らせてはいけない眼鏡の内の一人だとか呼ばれてた気がする。

 

 因みに後二人の眼鏡は武蔵と霧島である、三人が揃うと撲殺・滅殺・抹殺のジェットストリームナントカが発動すると言われている、飽くまで噂である、多分、恐らく、そうである事を祈る。

 

 

 

「お…… oh淀さんですか…… そうですか…… まぁうん、はい」

 

 

 

 何故だか吉野は乾いた笑いを口元に浮かべ、視線を泳がせている、小市民が経済の暴力とモノホンの暴力に屈した瞬間であった。

 

 

 

「えっと提督、質問ばかりで申し訳ないんだけど、そのエーピーなんとかってどんな砲弾なのかな?」

 

「あー、んっと侵徹徹甲弾?、正式名称は装弾筒付翼安定徹甲弾と言って、まぁナンだ、ぶっちゃけ徹甲弾の正統進化系って言われてる砲弾だねぇ」

 

「進化系?」

 

「そそ、例えば砲弾による運動エネルギーを装甲にぶつけるとして、そのエネルギーを受け止める表面積は小さければ小さい程装甲面に対する影響は高くなる」

 

「うん」

 

「突き詰めればある程度運動エネルギーを受けた物体は熱を持ち、流体に変化する、ぶっちゃけ溶けちゃう訳だ、そしてその流体は当然運動エネルギーが向くべき方向へ飛散する、要するに散弾で言う処の子弾だね、まぁこの辺りは"貫通力を高める為のアプローチによる結果がもたらした副産物"だけど、今は結果としてそっちの方面に有用性が見出されてるかなぁ」

 

「装甲が溶けるんだ……」

 

「金槌で金属を叩いてみると判るよ、叩いた箇所はほのかに温かくなってるから、物理的に熱は金属を流体に換える性質を持っている、それを応用して貫通力を高める様効率的に運動エネルギーを熱交換する形状にした砲弾兵器がAPFSDSってヤツだね、まぁ艦娘の武装としては正直不適格だと自分は思うけど」

 

「え? でも今使ってる徹甲弾より威力があるんでしょ? 何が駄目なのかな?」

 

「APFSDS、和名は装弾筒付翼安定徹甲弾、金剛さんが言った様に弾頭の形は羽の付いた棒、つまり矢に酷似してるんだけど、通常砲弾と違って直径が細いのが特徴になっててねぇ」

 

「うん」

 

「まぁ効果云々は割愛するけど、初速がとんでもなく速いんだ、そして細い弾頭、結論として弾道がブレる、安定しないんだな、その為砲弾に翼をくっ付けた上でサボットって云う砲口に合わせた台座に固定して撃ち出す、余分なパーツが増える分衝撃にも弱くなる、撃たれない事前提のこれまでの兵器とは違って、ある程度その可能性を見越している艦娘の兵装としては不適格だ」

 

「そっか、細い弾頭を普通の口径の砲から撃つ為に栓をして隙間を埋めてるんだね…… それでも僕にはまだプラスの部分が勝ってる感じがしちゃうかな」

 

「自分もそう思うよ、でもね、実はもっと致命的な欠陥がある」

 

「まだ何かあるの?」

 

「あるんだなこれが、えっと…… 艦娘の使う砲には砲弾の弾道を安定させる為にライフリングが切ってある、これはまぁ知ってるよね?」

 

「そうだね、確か砲弾の質量が増すごとにライフリングの回転も増やさないと直進性が安定しない……だっけ? 座学で聞いた覚えがあるよ」

 

「良く勉強してるね、そう、ww2当時の兵装を模してる艦娘の砲関係は全てそれに準拠する、でも今言った装弾筒付翼安定徹甲弾は、安定翼を付けた関係で砲弾自体が回転すると空力バランスが崩れて逆に直進性に大きな障害が生まれる、つまり真っ直ぐ飛ばなくなる」

 

「え…… それじゃ……」

 

「そう、APFSDSを射出する砲は基本ライフリングが切られていない滑腔砲だ、艦娘の砲では射出出来ない、もし性能を保ったまま運用しようとするならライフリングが切られていない専用の砲身を備えた物を用意する必要がある」

 

「砲の改造なんてしちゃうと妖精さんがスネて仕事してくれなくなるんじゃ……」

 

「拗ねるかぁ、時雨君はそう表現するんだねぇ、まぁ実際の処ww2以降の武装は基本妖精さんには認識されないってのが回答だったらしいけどね、つまり余程の事が無い限りAPFSDSなんて艦娘の装備としては採用出来ない」

 

「それじゃ弾頭の性能とか言う以前の問題だね…… それで提督は結局何を言いたいのかな?」

 

「そこにアンフィット装備を使う艦娘が居るじゃろ?」

 

 

 そう言いつつ吉野は榛名を指し示す。

 

 

「あ……」

 

「片方の砲はライフリング有りの通常砲、そして片方はライフリング無しの滑腔砲、ハイブリッドと言えば聞こえはいいけど、携帯してる砲弾は共に互換性は無いというリスキーな組み合わせ、常にその砲弾の使用比率なんかも計算して戦わないと対空射撃なんてとても出来ないと思うんだな」

 

「そう、だね」

 

「さてと、困ったね、卓越した技術と法外な破壊力を得た代わりに、汎用性と安定性が明後日の方向へトンズラしちゃいました、どうしたもんかねぇ……」

 

「……」

 

 

 時雨の視線は榛名見据えたまま動かない。

 

 暫くの間、砲撃の音と振動だけが世界の全てになる。

 

 時雨は尚視線を動かさず、吉野は黙したまま、そしてずっと二人の会話を横で聞いていた金剛は腕を組んだままその相を崩す様子が見られない。

 

 

 暫く時間が流れ、遠い彼方で幾許かの砲弾が弾け飛んだ時、時雨は吉野の脇から正面に移動して両の手を吉野の胸に添える。

 

 その手は硬く握られていた、そしてそれを示すかの如く両の眼には一つの決意が滲み出ている。

 

 

「榛名さんが何を望んでるのかは僕には判らない、けど僕がしなきゃならない事は判るよ」

 

「それはまたえらく抽象的な答えだね」

 

「そうだね、ちゃんと榛名さんと話して、一緒に過ごして、それから、榛名さんに足りない物を僕が埋めるんだ」

 

「大きく出たねぇ、それってかなり難しい事だと思ったりするんだけどな?」

 

「難しいよ、多分ね、だから少しでも大丈夫って思える様にする為に、僕の足りない部分は榛名さんに埋めて貰うんだ」

 

「それでも足りない時は?」

 

「……それでもだよ、関係ない、僕は絶対引かないし、前しか見ない、"考える事を辞めるな"、"最悪の中の最善を掴み取れ"、全部提督が言った言葉だよ、これが今の僕の全部、だったら……」

 

 

 時雨が次の言葉を紡ぐ前に吉野の体は壁に叩き付けられる。

 

 首を万力の様な力で締め上げ、怒りの相貌を湛えて、吉野の目の前には金剛型一番艦金剛が殺意を以って立っている。

 

 

「サブロー……」

 

「……何です?」

 

「このコに一体ナニをシタ?」

 

「何をとは?」

 

「一体ナニをシタらこんなに"真っ直ぐな眼"をスルようにナル?」

 

「真っ直ぐな眼です? それに何か問題が?」

 

「トボケルナ! この眼ハ自分の死を受け入れた者ノ眼だ! 覚悟なんかジャナイッ! 死ヌ事を前提ニ海に出タ…… "捨て艦として追われた"あの時の同胞がしてたモノと同じ眼ダ!!」

 

「……申し訳無いですが、その当時まだ自分は軍属では無かったんで、金剛さんの仰ってる事がどういった物なのか判り兼ねます」

 

「オマエ……」

 

 

 ミシリと嫌な音と共に、首を締め上げる力が更に大きくなる、あと少し力が掛かれば喉が潰れ、折れてしまうだろう。

 

 それが証拠にさっきから吉野の口からは言葉では無く、空気が僅かばかり吐き出されているだけだ。

 

 それが言葉として耳に届いているのは骨伝導マイクが声帯から振動を拾っているからであり、全員がヘッドホンを装着しているからに過ぎない。

 

 その僅かばかり吐き出される空気すら止まろうかと云う時、金剛の首筋に何か冷たいモノが当てられた。

 

 

 その正体を確認する為金剛が視線を巡らせると、どこから取り出したのであろうか、軍刀を握った時雨がその手の得物を金剛の首筋に添えている。

 

 

「シグレ……」

 

 

 視線の先の少女は静かに首を左右に振る、その手にある刀は深海凄艦の装甲を両断した事もある業物だ、少しでも力を入れて引いたなら金剛の首は簡単に胴から落ちるだろう。

 

 

「だめだよ金剛さん、それ以上やるなら僕は金剛さんを斬らなくちゃいけなくなる」

 

「……シグレは騙されていル、コノ男に何を言われたか知らないケド、進んで死ヲ受け入れた先には何も残らナイ、生きていタ事スラ無かった事にサレル」

 

「……」

 

「国ノ為と盾ニなり、見知ラヌ国民ノ為と血ヲ流シ…… 誰かノ勝手な都合だと判ってても…… それでモ守る為ダト笑って沈んだあのコ達ニオマエ達が残したモノは、沈んだ日付と、場所が…… 名前も書かれず番号だけが並ぶ紙切れダケだった!」

 

「金剛さん…… 僕はその人達じゃないけど、その人達が何で笑って死んでいったか判るよ」

 

「……」

 

「何も出来ない、させて貰えないのは物凄く辛いんだ、何もさせて貰えないのは死ぬよりもっと辛いんだ」

 

 

 金剛は吉野を掴む手を離し時雨に向き合う、そして時雨も刀を鞘に納め、金剛を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「でもここに居れば僕は提督を守る事が出来る、提督が命令すれば死ぬ事が出来る、僕にはもう戻れる場所は無くなっちゃったかも知れないけど、命令された中で生きる事も死ぬ事も出来るんだ」

 

「それはただ誘導されているダケネ……」

 

「金剛さんの友達は"守る為だ"って言ってたんでしょ? 笑ってたんでしょ? ならそこを死に場所だって自分で決めたんだ」

 

 

 あの時見送った娘達は笑っていた、そうだ笑っていた、行く先は間違いなく死地と判ってても尚その笑顔に陰りは無かった。

 

 

「違ウ、シネと命令されたかラ、あのコ達に選択肢は無かっタ、ソコに自由意志なんてあるハズが無イ」

 

「命令なんて切欠でしか無いよ、そこに戦うべき敵が居て守るべき物があるなら、僕なら迷ったりなんかしない、絶対引いたりしないよ、だって僕は艦娘なんだ、その僕の生き方を勝手に哀れむのは、金剛さんの友達を哀れむのは、冒涜以外の何物でもないよ」

 

 

 見送る事しか出来ず、戦艦だからと云う理由だけで庇護された自分は、涙を流す代わりに握り締めた拳から血を滴らせる事しか出来なかった。

 

 

「……死ぬ事を正当化するのは ……間違ってマス」

 

 

 金剛は震える手で時雨を抱き締め、愛おしそうにその頭を撫でる、殺気は既に無く、誰に言うでも無く呟きを口から吐き出した。

 

 

「何でですカネー…… もうあの時の地獄は終わったハズナノニ、何でまだこんな眼をしたコが居るんですかネー…… こんなコが出ない様に必死で戦ってきたハズナノニ……」

 

「……金剛さんが怒ったのは僕の為だけ? それだけじゃないよね?」

 

 

 そう言う時雨が見る先には一人の艦娘の姿があった。

 

 何時の間にか砲撃音が止み、辺りには波が奏でる静かな水音と

 

 

「……」

 

 

 こちらを静かに傍観する榛名の相貌。

 

 背負う艤装からは待機状態特有のフラットな駆動音が聞こえ、砲塔は沈黙をしたままである。

 

 

「え~っと、何か良く判らないけど、修羅場っちゃったりしちゃってる?」

 

 

 夕張の戸惑混じりな声がヘッドホンから聞こえてくる、この兵装調整用試射場に居る全員はヘッドホンを装備している、全ての会話はこの場にいる者に共有される。

 

 

「ハルナ……」

 

 

 そう呼ばれた艦娘は抑揚の無い眼を虚空に向けて、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「榛名さんの事は本当に何も判らない、でも榛名さんの眼は、ここに来るまでの僕と同じ眼をしてるんだ…… だから僕は、榛名さんがあのままなら、一緒に居なくちゃダメなんだと思う」

 

 

 金剛は時雨を抱き締めたまま榛名を見つめる、先程怒りに染まっていた両の眼には迷いとも悲しみとも受け取れる色が浮かんでいる。

 

 

「……サブロー」

 

「はい」

 

「聞きたい事があるネ……」

 

「何でしょう?」

 

 

 金剛型一番艦が発する物としては珍しく、諦めの篭った言葉が口から吐き出された ──────

 

 

 




 再掲載に伴いサブタイトルも変更しております。

 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 どうか宜しくお願い致します。

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