少ない情報で真実を捜し求めるゲーム。
では、問題です。
貴方は突如一面水色の世界に居ました。そこで誰かに聞かれます。
「お前は誰だ?」
俺は俺だと答えた貴方は突然浮遊感を感じながら、高熱の赤い何かに落ちていき死にました。
なぜ、死んでしまったのでしょう。
夢をみていた。海だけが広がる世界で、俺は1人水面に立っていた。誰もいない、孤独な世界でただ1人。空を見上げて、一面水色の世界を眺めていた。
そこはまるで水色のペンキをぶちまけたように一切として一色で、俺という存在が場違いに思えた。俺という色を拒絶しているように海は水面に押し上げ、空は俺から遠ざかっている。
「……お前は誰だ?」
何処からともかく聞こえた声。誰の声なのかもわからない。聞いたことのあるようで、聞いたことのないようで。頭がその答えを拒否しているような感覚を覚える。
中性的な声だ。まだ変性の終えてない少年の声にも聞こえるし、女性の声にも聞こえる。
思い出そうとすると気分が悪くなる。何故そんな事が起こっているのか自分でもわからない。自分のことは自分が一番わかっているなんてそれは嘘だ。医者に聞いたほうが理解できるだろう。
「お前は、誰だ?」
「俺は……俺だ」
何ともわからない声に俺はそう答えた。何の変哲もない返答でありながら自分でも間抜けな回答だなと思うもの。学校のテストで書こうものなら廊下で立っていろと怒られるだろう。
そんな時、ふと自分自身に違和感が生まれてた。
己の両手に視線を落とす。そこには本来あるはずの腕が存在していない。
足元へ視線を向ける。だがそこにも何も存在しなかった。俺の腕も、足も、そこにはなかった。俺という存在が曖昧になっていた。
俺が、何もなかったのだ。
「お前は誰だ?」
「おい! 俺の体はどこにある!」
質問を質問で返す愚行をしてしまったが、この際どうだって良いと自己完結させる。今一番大事なのは、この声の主の正体ではなく、自分自身の体がどこへ行ったのかというものだ。俺の体がなくなった。それの方が重大に決まっている。誰だって自分の体がなくなったらそっちを優先するに決まっているだろう。
「お前は誰だ?」
「俺は俺だって言ってるだろ! 俺の体はいったい――」
――どこにあるんだ。そう怒鳴ろうとした瞬間、俺の見ていた世界が暗転した。
何故かはわからない。だけど浮遊感を覚えたのは確かだ。まるで唐突に穴が開いてそこから堕ちたように、あっけなく、本当にあっけなく、俺の肉体は下へ下へと落ちていった。
それこそが自然の摂理のように感じた。そりゃそうだ。重力の向かう先に落ちるのは当然至極というもの。だから人間は地球に留まっていられるんだと、呆れて笑ってしまった。人間、死に掛けると笑うというが本当だったんだなと俺はあらためて自覚した。
そこで俺はあらためて理解した。今、死にそうになっているんだと。
白式を呼んだ。だが反応を起こさない。うんともすんとも言わない。俺の声が届いていないのだろうともう一度叫ぶ。だが反応を示さなかった。
下降する速度が上がっていく感覚を持つ。背中が熱くなる。マグマの中にでも落ち込むのだろうか。燃え盛るマントルの中に『ゴミ箱に投げ捨てる紙くずように』あっけなくあっさりと飛び込んでしまうのだろう。
下降する先に視線を向ける。そこに広がるのは一面の赤。先ほどとは対照的な暖色が、俺を殺さんと待ち構えていた。
いやだと叫んでも、落下はとまらない。
嘘だとぼやいても、真実は変わらない。
助けてと呼んでも、誰も来やしない。
言葉を発するたびに、俺の恐怖は増大していった。
背中が赤い灼熱に触れる。いつか食らったエネルギー砲の方がよっぽどマシだと思える痛みが体全身に駆け回り、体が溶けていくのを肌身で感じた。
皮を焦がし、肉が焼け、神経が溶ける。そんな知りたくもない情報が未だ自分の脳に送られてくる。どれだけ拒絶しようと、その一瞬の情報は今もなお、患部から伝わってきていた。
手を伸ばす。誰かがこの手を掴んでくれるかもしれない。藁にも縋る思いで手を前に出した。まだ死にたくないと手を伸ばす。俺にはまだやるべき事があるんだと手を伸ばす。
「……お前は、誰だ?」
だが、この手が掴むものはなく。その体は朱の中へと溶けていく。その耳に最期に聞こえたのはまた同じような質問。
俺の夢はそこで途切れた。
●
絶叫と共に勢いよく体を起こした一夏は、己の体がまだ顕在か確かめた。
顔を触る手を目視する。シーツの上にある足へ視線を移す。五体満足なのを確認すると、彼は大きなため息をはいた。
まだ夜空の月が美しく輝いているというのに気分はどんより大荒れだった。一夏はシャワーを浴びようと立ち上がり、汗で塗れたシャツを脱ぎ始める。ISの訓練の時よりも出たのではと思われる汗の量に、自分自身驚きが隠せないのか口の端をひくひくと麻痺したように動かしていた。流石に汗かきすぎでしょ。と、一夏は内心そう思った。
「ったく、変な夢のせいだ」
彼は小さくため息を吐くと、シャワールームへと向かった。汗でぬれた下着を洗濯機に直接ぶち込み、上がってからで良いやと洗濯機を回さずシャワー室に入る。
取っ手口を回し、シャワーの水がお湯に変わるのを少し待つ。例え高級ホテルのような設備を持つIS学園の個室だからといって常日頃からお湯が出るわけではない。どこかの幼馴染なら男は黙って水でもかぶれと言うのだろう。ちょっと今回くらいは勘弁して欲しい。いや、常に勘弁して欲しい。
シャワーの水がお湯に変わる間、どのような夢を見たのか思い出そうとした。あれだけ汗をかいた夢だ。とてつもなく恐ろしい夢だったのだろうと。それはもう思い出したくないと思わないのかと聞きたくなるが、好奇心のほうが恐怖心を勝ってしまったのだ。
「……あれ? 俺どんな夢見てたんだっけ」
十人が十人、そんな事知るかと返すであろう間抜けな発言。先ほどまでの苛立ちは何だったのだろうか。今1人部屋でよかったとこの上なく思った一夏は、お湯となったシャワーでその体から汗を流した。こんな馬鹿な姿を晒さずに澄んだのは自分が男である故なのだ。男万歳。
頭から降り注ぐ暖かいお湯が、汗で冷え切った体を芯から温める。風呂もいいが、こうやってシャワーで体を温めるのも良いなと感じる。常日頃から風呂はいいぞと外国育ちの友人達に勧めていた風呂派な彼だが、この瞬間はシャワー派に寝返っていた。これなら変な夢を見ずに朝を迎えることが出来るだろうと、一夏は楽観的に考える。すまないお風呂、今日はシャワーの気分なんだ。とちょっと内心謝ってみたり。
そんな時、ふと一夏はシャワー室の姿見に視線を向ける。そこに映るのはいつもの自分の姿。だというのに何故か一瞬、変な感覚というか、何か違和感を覚えてしまったのだ。
「……?」
だが、何に関して違和感を覚えたのか全くわからない。これまでも毎日自分の姿はシャワーに入る際は見ているというのに、いったい何に違和感を持ったのだろうか。一夏は首をかしげながらも、シャワーの心地よさに身を委ねる。その暖かい生命の源をその肌にぶちまけた。
風呂は命の洗濯というのなら、シャワーは命の掃除と言ったところだろうか。全てを洗い流すという意味では十分掃除出来ているなと彼自身感じた。
我ながら言い得て妙だと思った彼はシャワーを終えて就寝する間、先ほどの違和感も夢の内容なんて気にすることなく眠りについた。
今までの恐怖など一切感じることなく、彼の瞳は再び閉じられた。
薄れゆく意識、力が入らなくなる四肢。彼の体は眠りにつくのだとその活動を最小限にとどめ、脳を休ませようと、意識を混濁へと手放す。
意識が途切れるその瞬間。一夏の脳裏に何かが過ぎる。それは、彼が夢で聞いたワードなのだが、残念ながらそれに気づくことはなかった。
「お前は、誰だ?」
彼の意識は再び、微唾みの中に飛び込んでいったのだった。
●
一夏が変な夢をみてから数時間がたった。今はお昼時。学生は食事を取りに購買へ行ってパンを買い、食堂へ行って料理を注文し、手作りの弁当を抱えて好きな場所で友人と食べあう。
ここ、IS学園もその例外ではなく、彼は友人達と昼食をとりに食堂へ来ていた。
彼の視線の先に何やら楽しそうに会話をしている二人を見つける。食事をしながら和気藹々と話す二人は、一度外に繰り出せば必ず男が声をかけるほどの美人外国人。一夏も、IS学園に来なきゃ絶対関わることのなかった少女達である。
「お、嫁! 遅いぞ!」
「悪いラウラ。それにシャルも」
「ううん。そこまで待ってないよ」
一夏を見つけると指を向けながら遅いことを指摘する。先に来て待っていたのだろう。一夏を嫁呼ばわりする少女が、その隣のブロンドの少女と共に彼がこちらへ来るのをじっと待っていた。見た目は正反対な二人の前にドカリと座ると、食堂のおばちゃん特製のかき揚げうどんに口をつける。サクサクとしたかき揚げの食感に喜びを感じながらうどんを啜る。今日一日で一番嬉しそうな顔をした。
「そういえば、何故嫁はこんなに遅かったんだ?」
「いやぁ、先生に今回の授業のこと聞いててさ。相変わらずISについてはてんで」
「何を言うかと思えば、それなら私達に聞けばよかろう」
「そうだよ、僕達でよければいつでも教えるのに」
二人の言葉に苦笑で返す一夏。彼女達の言うとおり確かに代表候補生に聞くのは大事だし、寧ろ教えてもらえるのなら教えてもらいたい。だが残念な事に彼がそうやって聞こうとすると決まって擬音ばかりの武士娘と形や角度から入る令嬢と罵倒を飛ばしてくる中華少女が喧しいのだ。そのため彼はそんな彼女達よりもと副担任の先生に教えを乞うのだ。まぁつまり逃げたのだ。このまま問い詰められるのもまずいと一夏は、とりあえず話を逸らすことを考えた。
「あ、あははは。ってそれにしても何話してたんだ? 楽しそうだったけどさ」
「あぁ、ウミガメのスープというのをしていたのだ」
「ウミガメのスープ?」
何やら聞いたことないワードだったのか一夏は首をかしげながらシャルの話を聞いた。
ウミガメのスープ、一般的な名称はシチュエーションパズルと言い、イギリス発祥のゲームで、日本でも似たようなものに亀雄君問題や20の扉というものも存在しているとのこと。頭を使って想像力を働かせるそれなりに結構有名なゲームらしい。
要約すれば質問できる推理ゲームである。
「結構面白そうだな」
「そうだろうそうだろう。そんな嫁に一つ問題を出してやろう」
「おお、よっしゃ来い」
サクッとかき揚げを噛み千切ると、一夏は自信満々にゲーム開始を待った。ラウラはそんな彼の顔に満足したのか、問題を口にする。
「とある海の見えるレストランで、ある男がウミガメのスープを注文した。男がスープを一口飲んだところで止めて、シェフを呼んだ。そして「すみません。これは本当にウミガメのスープですか?」とシェフに聞いた。その後シェフはウミガメのスープに間違いないと答えると、男は勘定を済ませて帰宅。その後自殺してしまった。何故だと思う?」
「食事時におっかない話してたんだなおい」
まさか食事中にそんな問題を出されるとは思わなかった一夏は、スープ系を頼まなくて本当に良かったと安堵した。一度軽く呼吸を多めに取り、心をおちつかせる。先ほどの問題から何故自殺を図ったのかを考える。この問題は作者によって答えが変わってくるらしく、自分の思った答えが彼女にとって間違いだったというのはよくあるらしい。
うどんを啜りながらうなる一夏。年頃なシャルはそんな彼の姿をみて顔を真っ赤にしていた。最近まわりの女子生徒に染められたのか、そう言う知識がよく耳に入ってくる。そんなわけで一夏の今の状況に顔を赤らめたのだ。
「うーん、難しいな」
「これは質問在りきの推理ゲームだからな。答えを聞くようなこと以外ならいくつか質問していいんだぞ」
「おぉ、そうなのか。なら『この男は、以前ウミガメのスープを食べたことがあるのか?』って質問はありなのか?」
「ありだな。良いとこをついてきた。なら私の回答は『
ラウラのその言葉に一夏は頭をひねる。はいでありいいえ。いったいどういうことなんだと少し頭を抱えた。そもそもこの返答によっては答えが導かれると思ったのにかえってわからなくなってしまった。シャルはそんな一夏の姿にクスリと笑う。
「一夏、この場合のラウラの回答は『とある見方をすればはいであり、別の見方をすればいいえになる』って意味なんだよ。だから今度はそれをついていく質問をすればいいんだよ」
「そうか……なら、『この男が自殺したのはこのウミガメのスープが原因』なのか?」
「おぉ、凄いぞ。答えはJaだ。流石は私の嫁、お前は
「あ、ずるいよラウラ! なら僕はアイリーンね」
「なっ、そっちもずるいぞシャルロット!」
二人の少女がわいわい騒ぎだす。が、一夏は依然としてこの問題に意識を集中させていた。簡単に答えが出ないのは問題を聞いていてわかっていたつもりだったが、ここまで難しいものなのか。一夏は考えれば考えたほど深まっていく謎に頭を抱えた。所謂、どつぼにはまったというやつだろう。
そんな姿の一夏をみたシャルは、少し苦笑しながら声をかけた。
「そういえば、箒達はどうしたの?」
「んあ? あぁ、箒は大会が近いとか言ってたな。セシリアは国から届いたパッケージのインストールがあるとか。鈴もその関係だったはずだぞ」
「あぁ、近々行われるキャノンボールファストのための高速パッケージだろう。セシリアは以前の臨海学校で入れていたはずだが、あれよりさらに速くなるというのか」
気分転換にと思ったのだろう。彼女の発言で一夏は一度思考をやめた。確かに、一度思考を止められては、普通の人なら何故止めたと怒るだろう。だが安心してほしい。一夏は一度考え出すと頭から湯気を出すため、この方法は間違いではない。寧ろ良い気分転換になってまともな回答が出るだろう。ちなみにこのまま継続していたら本当に頭がショートしていたかもしれない。
「……さて、どうだ嫁よ。何かわかったか?」
「んー『ウミガメのスープに毒が入っていた』ってことか?」
「ぶっぶー。違うぞ」
一夏の回答に手でバッテンをつくったラウラ。その姿を見た彼は再び頭を抱えだした。
「わからん! 答えは何なんだ?」
「非常に潔いな。そう言うところ、私は好きだぞ。答えは『以前この男が乗っていた船が遭難し、漂流した際に生き残るためにと食べたのが人の死骸だった。だが男はそれをウミガメのスープだと思い込んで食べていたため、今回本物を食べたことで全てを悟って死んだ』という感じだな。色々端折ったが、簡潔に言えばこうなる」
「なるほど、そんな感じだったのか」
心底感心する一夏をよそに、二人は彼の純粋さに自然と笑顔になる。彼のそのどんなことにも真っ直ぐなところに惚れ込んでいるからか、その顔を眺めていたのだ。
「ん? どうかしたのか?」
「い、いや。何でもない」
「お気になさらず~」
二人の視線に気がついたのか、一夏は首をかしげた。そんな時、一夏は昨日のことを思い出した。寝起きでは思い出せなかったというのに、何故かふっと夢が鮮明に思い出されたのだ。
「そうだ、俺もこういうの一つあるぜ」
「ほう? ならば言ってみろ。このドイツのコナンドイルが相手をしてやる」
「それ初めて聞いたよ、ラウラ」
どや顔をかますラウラに一夏は話し出した。それはもう細部まで話した。自分が突然意味のわからないところにいたことから謎の声、そして自分が赤い何かに飲まれて死ぬ。そんな夢をみた。いったい何故そのような夢をみたのでしょうというものだった。
するとシャルは小さくため息をはく。
「……あのね、一夏。それ答えわかんないじゃないかな」
「……あっ」
シャルの指摘でしまったと自らの額を叩く。まさか解答がわからない問題を自分で出そうとは。一夏はため息をつきながらうどんの汁を飲み干した。
「いや、待て」
ここで話しは終わる。そう思っていたところにラウラが待ったをかけた。
何やら思い出そうとしている。それが何なのか一夏達にはわからない。が、先ほどの夢に関連するものなのだろうか。彼女の制止には何の意味があるのだろうか。二人は、彼女の沈黙が明けるのを待った。
「どこかで聞いた事がある。だが、いったいどこで聞いたのだ」
「!? 知ってるのか? ラウラ」
「……いや、聞いた事があるような気がしただけだ。デジャビュという奴かもしれない」
ラウラはそう言うと、再びウミガメのスープについての問題を二人に出し始めた。一夏達もまぁいいかと彼女の出す問題に耳を傾けた。
その直後、爆音が鳴り響き、食堂が吹っ飛ばされるなど、この時の彼らは知るよしもない。