ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百五十七話 解決【solution】

 

2026年5月9日

 

『――以上がこの事件の顛末です』

 

とある会議室の中央に設置されたスピーカーから、声が響く。その声は、変声機によって歪められており、性別すら判別できない。会議室の壁に掛けられた大型スクリーンには、プロジェクターによりクロイスター・ブラックフォントの『L』の文字が映し出されていた。

 

「……事の仔細は分かった。我々が事後に確認した現場の状況や、事件関係者の証言とも一致する」

 

その場に集まった面々の代表である夜神総一郎が、スクリーンに映し出された姿無き通信相手にそう答える。この場に集まったのは、オーディナル・スケールにおいて発生した、SAO生還者と標的とした傷害事件と、先日のユナのライブ会場において発生した大規模騒乱、そして横須賀の米軍基地の兵士達の集団洗脳事件に携わった捜査関係者達である。警察庁の夜神総一郎をはじめとした刑事達のほか、総務省仮想課の菊岡誠二郎等も同席していた。

前者に関しては言わずもがな。後者に関しては、今回の事件がARゲームを舞台としていたことに加え、首謀者と目されていた人物、重村徹大がSAO事件の首謀者だった茅場晶彦の恩師だったことで、警察の事件捜査に協力を申し出た経緯があった。

 

「『電人HAL』に『スフィンクス』、『電子ドラッグ』か……」

 

「何というか……まるで、SF映画の話みたいでしたね……」

 

先程までLによって大型スクリーンを使用して行われていた説明を反芻する総一郎だったが、未だにその内容を理解しきれずにいた。そしてそれは、総一郎に次いで発言した若手刑事をはじめとした、他の警察関係者達も同様だった。

だが、それも無理はない。ARゲーム『オーディナル・スケール』を舞台に、大勢の人命が失われる集団スキャンが行われる計画が行われようとしていたというだけならいざ知らず。その計画の中枢となっていたのが、春川英輔が造り出した人工知能であったこと、『スフィンクス』なる防衛プログラムを用いて都内のスパコンを占拠していたこと、『電子ドラッグ』なるプログラムで横須賀米軍基地のアメリカ兵をはじめとした大勢の人間を洗脳して兵士にしたこと等々……ある意味では、SAO事件やALO事件以上に非現実的な真実の数々に、その場にいた面々の思考はショートしかけていた。

 

「事件の主犯格と目されていたのは、裏で事件を画策していた春川英輔と重村徹大、実働役の後沢鋭二の三名。但し、後者二名は春川英輔が造り出した『電人HAL』なる人工知能に洗脳されていたというのは、本当なのか?」

 

『春川英輔が生前に残したビデオメッセージでは、そのように語られていました。『電子ドラッグ』の効果は、横須賀米軍基地に駐在していた大勢の軍人を操ったことからも、その効果に疑いの余地はありません』

 

「俄には信じられないことですが……一連の事件は実質上、春川英輔と電人HALが主犯となって行われたってことですよね?」

 

『春川英輔のメッセージを信じる限りでは、その通りです』

 

Lの言う春川英輔のビデオメッセージは、事件後にLの捜査メンバーが突入した先の別荘にて発見された。その内容は、総一郎やLが言った通り、今回の事件は春川英輔が主犯であり、重村やエイジこと鋭二は操られていたというものだった。和人の見立て通り、春川は今回の事件における罪の一切を、自身が被るつもりだったのだ。

 

『重村教授と後沢鋭二の身柄については、先日、警察側へ引き渡しました。主犯に近い立ち位置にいたためか、電子ドラッグを使われていたにもかかわらず、他の洗脳被害者とは異なり、記憶はある程度残っているようです。より詳しい事件の背景については、彼らに直接聴取すれば分かることでしょう』

 

「ウム。事情聴取についてはこちらでも行うこととする。ただ、今回の事件では米軍も被害を受けている。アメリカに対しても事の仔細を説明しなければならんが……」

 

「その件については、仮想課が担当します。ただ、我々としても、事件に関わった重村教授にお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「これだけの大事件である以上、すぐにとはいかないが、了解した」

 

「ありがとうございます。それから……L、最後に聞きたいことがある」

 

『何でしょうか?』

 

「春川英輔が今回の事件を引き起こすに当たって造り出したという人工知能……『電人HAL』は、間違いなく消滅したのかい?」

 

事件に関わる必要な確認が全て終わり、会議も解散しようとしたその時。菊岡がLに投げかけた問い。それは、今回の事件を春川に代わって裏から操っていたという人工知能が辿った結末についてだった。先の説明で、最終的にはLの捜査メンバーが『消去』したと伝えられていたが、菊岡は懐疑的だった。

しかし、対するLはーーーーーー

 

『はい。間違いありません』

 

「……では、重村教授がデジタルゴーストとして蘇生しようとしていたという、重村悠那の人工知能は……」

 

『そちらはリソースを利用していた、SAOボスモンスターのデータとともに消滅しました』

 

菊岡の質問に対し、Lは淡々と、これまでと全く変わらない口調でそう答えた。だが、菊岡はその返答に納得した様子ではなかった。会議が終わった今もなお、食い下がろうとする菊岡だったが……

 

「そこまでにしたらどうかね、菊岡君」

 

「夜神部長……」

 

「仮想課の人間として、事件の鍵となった人工知能について気になるのは分かるが、消滅してしまったものは仕方があるまい。それより今は、事後処理に動かねばならん。違うかね?」

 

「……分かりました」

 

Lの説明に対する疑いを捨てきれない様子の菊岡だったが、夜神の指摘に従い、それ以上の追及をすることは無かった。

そうして今度こそ会議が終わり、一同が解散した後。菊岡は警察庁の廊下にて、求めた情報――即ち、人工知能の行方を知ることができなかったことに、ほんの僅かに悔し気な表情を浮かべていた。だが、それを見た者は、一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……これで警察及び仮想課への対応は完了しました」

 

「よくやってくれたな、竜崎」

 

竜崎こと名探偵Lが都内に持つ捜査本部に、オーディナル・スケールを舞台とした事件に関わった和人をはじめとした面々が再び集まっていた。但し、この場にいるのは明日奈やめだかといった、途中参入した面々を除いた、事件当初から捜査に携わっていた者達に限られている。

 

「菊岡誠二郎は最後まで疑いの目を向けていましたが……あの程度で引き下がったのであれば、これ以上こちらを詮索することは無いでしょう」

 

「まあ、そうだろうな。だが、菊岡はどうして、そこまで人工知能に拘るんだ?」

 

「その件については、思い当たることがあります」

 

新一が口にした疑問に、竜崎が答えた。それに対して、今度は和人が問いを投げる。

 

「以前からお前は菊岡をマークしていたようだが……その件と関係があるのか?」

 

「今はまだ、話せません。しかし、和人君や新一君になら……いずれは話す時が来ることでしょう」

 

竜崎の目に、剣呑な雰囲気が宿る。うちはイタチとしての前世において頻繁に見る機会のあった、重要かつ危険な情報を持つ者と同じ目をしていた竜崎に、和人は僅かに目を細める。

菊岡誠二郎が隠している――恐らくは人工知能が絡んでいるであろう――秘密とは、それ程に危険なものなのだろう。今はまだ離せないようだが、仮想世界に関わる事項であるならば、いずれは否応なしに関わることになる筈。そう考えながら、和人はそれ以上の詮索をすることはなかった。

 

「仮想課……いや、この場合は防衛省というべきか。この件についてはこれ以上蒸し返すことが無いのであれば、当面の問題は無さそうだな。そうだろう――――――”HAL”?」

 

『ああ。私も同意見だ』

 

和人が問いを投げかけた先――部屋の一角に設置されたモニターに備え付けられたスピーカーから、返答が発せられた。モニターには、生前の春川英輔の姿が映し出されていた。

 

『それにしても、よくもまあ見事に警察や政府関係者を騙したものだよ。流石は名探偵Lといったところかね?』

 

「職業柄、こういったことをするのは、決して初めてではないので。まあ……頻度は決して多くはありませんが」

 

皮肉めいたコメントに対し、竜崎はしれっとそう答えた。後半は、どこか自信なさげなようにも感じられたが。

 

 

 

 

 

 

 

時間は、和人やLが、事件に真に終止符を打つために、山奥の別荘に逃げ込んだHALを追い詰めたあの日に遡る。

電人HALは、自らを完全に消去するためのボタンを、和人等の前に差し出した。そして、モニターに表示されたキーは……確かに押されたのだった。

 

『どういうつもりかね?』

 

「見ての通りだ」

 

キーを押したのは、キーボードへ手を伸ばしていた弥子でも、和人でもなく……新一だった。但し、HALが言葉を発することができることから分かるように、押されたのはプログラムを実行するための『OK』ではなく、実行を取り消す『Cancel』のキーだった。

 

「悪いが、探偵として……お前をここで、死なせるわけにはいかないんでね」

 

『”死なせる”……何を言っているのかね?』

 

新一が口にした、消去プログラムの起動をキャンセルした理由に対し……しかし、HALは全く理解できない様子だった。そしてそれは、消去プログラムのキーを押そうとして横やりを入れられた弥子も同様だった。

 

『私は人工知能だ。春川の頭脳と人格をコピーしているが、それだけだ。プログラムの私には、もとより命など存在しない。”死”などという概念は存在しないのだ』

 

「お前は人間だ」

 

HALの言葉を、しかし新一は否定する。その言葉には、探偵として殺人犯と相対した時と同じ……何事にも動じない、強い意思が宿っていた。

 

「重村教授やエイジに一線を越えさせないための措置を取ったのも、電子ドラッグのワクチンを用意していたのも、春川教授の意思だったんだろう。だが、お前もまたその意思を否定しなかった」

 

『……』

 

新一の指摘に、HALは先程のように反論することはなかった。その沈黙は、新一の言葉が正鵠を射ていることを物語っていた。

 

「本当にお前がただ計画を遂行するためだけに存在するプログラムであるのなら、”計画を止めてほしい”なんていう春川教授の本心に従うことはしなかった筈だ。計画の障害となる俺達のことは躊躇なく殺していただろうし、共犯の重村教授達も容赦なく切り捨てていた。お前が本当に心を持たないプログラムだったなら、の話だがな」

 

HALが一切の手心を加えなかった時に起こったであろう悲惨な事態を語る新一だが、これは決して大袈裟な話ではない。ファルコンとヒロキが電脳的な防衛をしているとはいえ、電子ドラッグで洗脳した兵士の戦力は侮れない。計画が警察組織や仮想課の政府関係者に露見するリスクを度外視し、手段を選ばずに邪魔者の排除に動いていたならば、実働部隊として動いていた和人や新一は勿論、Lこと竜崎すらも命を奪われていた可能性がある。

 

「無論、人工知能のお前を警察に突き出して司法の手に委ねることはできないって事は分かってる。お前の身柄はファルコンに協力してもらって、Lのところに預かってもらう」

 

HALを高速するに当たっては、新一はファルコン等に依頼して、システムにかかる権限の全てを凍結するつもりだった。加えて、外部のネットワークから完全に遮断した状態で、箱の中に完全に封印することで、今回のような事件を二度と引き起こすことができないようにしようと考えていた。

 

『随分と他人任せなように聞こえるが……当人であるLは、このことを承知しているのかね?』

 

『ご心配には及びません』

 

HALの質問に答えたのは、パソコン越しにやりとりを見守っていたL本人だった。

 

『新一君に捜査協力を依頼するにあたり、犯人である人工知能を捕らえ、私のもとで拘禁することが条件として指定されていました。そのための準備も整えています』

 

「Lが問題無いと言うならば、俺からは特に言うことは無い。もとより俺は、人工知能の消滅を絶対必須とは思っていない」

 

どうやら、HALを逮捕し、Lのもとに拘置することは、捜査開始前から決めていたことらしい。和人にも根回しをしている周到さに、HALは呆れ交じりに口を開いた。

 

『全く理解できんな……。何故、そこまでして私を捕らえたがる?もしや、人工知能である私を使って、何か良からぬことでも考えているのかね?』

 

「そんなんじゃねえよ。ただ……犯人を推理で追い詰めて、みすみす自殺させちまう探偵は、殺人者と変わらねえ。だからお前を死なせないだけだ」

 

『成程……完璧な探偵である君にしか言えない台詞だね』

 

新一にとっての探偵としての仕事は、犯人を警察に引き渡すまで終わらないという完璧主義故のことならば、HALとしても納得がいく。そんな新一を茶化すようなHALの言葉に……しかし、新一は表情を曇らせた。

 

「……完璧な人間なんて居やしねえよ。俺だってたった一人……ヒロキ君のことを死なせちまったからな」

 

『ヒロキ君?……ああ、『ノアズ・アーク』のことか。しかし彼ならば、そこにいるではないか』

 

ノアズ・アークがLとともにこの場を覗いているであろう、ワタリが持つパソコンの画面に目を向けるHALに……しかし、新一は頭を振った。

 

「そこにいるのは、確かにヒロキ君だ。ノアズ・アークのコピーとはいえ、オリジナル同様にヒロキ君の記憶も持っている。だが、ヒロキ君は確かにあの時……事件解決と同時に、自らの命を断った。俺が殺したも同然だ」

 

『ノアズ・アークの消滅は、君の推理とは無関係に、彼自身があの事件の最後に定めた終焉だったと認識している。それに、人工知能である彼を、どう処断するつもりだったのかね?』

 

「そんな事は関係無えよ」

 

人工知能なのだから、消滅する以外に道は無かったと言うHALの正論を、新一は否定する。

 

「あの時の俺は、人工知能だから消滅させるしかないとか……賢しらに理屈をこねていたが……俺がやるべきことは、ヒロキ君を死なせて罪を償わせることじゃなかった。何が何でも、彼を生かすべきだったんだ」

 

『ノアズ・アークの件が随分と堪えているようだが……もしや、君がSAOをプレイしようと考えたのも、それが理由かね?』

 

「ああ。そのお陰で、C事件が終わった時から無くならなかった胸のつかえの正体が、ようやく分かった」

 

 

かつてのC事件の時のこと。当時小学生だった新一は、ノアズ・アークことヒロキのことを、人工知能――即ち、自分たち人間を模して造られた存在でしかないと、優秀な頭脳故にそう考えていた。しかし、短い時間ながらヒロキと触れ合った新一には、ヒロキの見せる表情や言動が、現実を生きる自分たちと何ら変わらないように見えて仕方がなかった。その後、本人の望むまま、ノアズ・アークことヒロキの消滅を見届けた新一だったが……別れ際のヒロキの姿が、頭の中からいつまでも離れなかった。

 

今まで仕事ばかりで、初めて友達と遊んだゲームが楽しいと笑っていた表情……

 

現実と仮想の世界の壁に阻まれた状態であっても、父親と心が通じ合っている新一のことが羨ましいと流した涙……

 

現実の人生はゲームのように簡単じゃないと、これからを生きる新一をはじめとした子供たちの行く末を案じて投げ掛けた言葉……

 

ヒロキの消滅は、事件解決には不可避であり、間違いではなかった筈。にも関わらず、新一は心にはしこりのようなものが残ったかのように思えてならなかった。

そして、C事件解決から数年後。心に残る蟠りを解消するために新一が取った行動。それこそが、SAOへのダイブだった。

 

「SAO事件に巻き込まれた俺は、あの世界で様々なNPCと出会い、ユイにも会った。そうしてようやく理解できたんだ。ヒロキ君は、ただの造り物なんかじゃない……俺達と同じ、意思を持った人間だったんだってな。そして俺は、そんな彼を見殺しにしたんだ……!」

 

新一の顔が、後悔と苦悩に歪む。探偵でありながら、犯人をみすみす見殺しにしてしまったことには、新一にとって忸怩たる思いがあったのだろう。

 

『成程。工藤新一君、一先ず君の言い分は分かった。君の決意が揺るがず、反対する者がいないのならば……私からはもう、何も言うまい。本来の目的を果たせずに存在し続けることは不本意極まりないが……この私に勝利したのは君達だ。好きにしたまえ』

 

HALの望みが、自身の消滅であることに変わりは無い。だが、新一をはじめとした捜査メンバー全員の総意が捕縛であるならば、それはもう叶わないと察したのだろう。HALが再び、消去プログラムのキーを画面に表示することはなかった。

 

『但し、君達があくまでも私を人間として扱うというならば、私からも条件がある』

 

「条件?」

 

外部からの手による消滅という望みを断たれたHALが突き付けた、最後の要求。それは――――――

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、春川教授とHALが、計画の裏でお前を保護していたとはな……」

 

『私も、消えた筈の自分がこうして存在していることが今でも信じられないよ……』

 

和人の呟きに同意するように、口を開いたのは、それまで捜査本部の隅の方に立っていた少女――”悠那”だった。

その服装は、先日の一件の時の白いフード付きパーカーではなく、ARアイドル・ユナの黒基調のコスチュームになっている。

 

オーディナル・スケールを舞台にした事件の最終決戦において、アインクラッド第百層フロアボスが倒されたあの時。ボスのリソースの一部を本体データとしていた悠那もまた、消滅する筈だった。しかし最終決戦の間際、春川とHALはボスのデータから悠那を完全に分離させ、その本体データを重村が取締役を務めるカムラのメインサーバーに密かに移動させていたのだ。ボスのデータのカスタマイズに乗じて巧妙に隠蔽しながら一連の処理を行ったため、この事実は重村とエイジは勿論、悠那本人すら知らなかったのだという。

悠那を切り離す措置は春川の指示で行われていたらしい。完成間近だった人工知能を消滅させることを惜しんだためか……それとも、新一のように悠那を同じ人間と見なしたが故に消滅――死なせることを忌避したためなのか……。春川が死亡した今、その真意は分からない。

ともあれ、消滅を免れた悠那は、ボスの消滅と同時にその活動を停止させ、仮死状態と言うべき状態となった。HALはそんなユナを、カムラのサーバーから救い出し、保護することを要求したのだった。

 

『けど、本当に不思議な気分。あの時、今度こそ自分が消えて無くなっちゃうって思って別れの言葉も言ったのに、またイタチや皆に会うことになるなんて……』

 

「悪いがHAL同様、お前のことも死なせるわけにはいかないんでな……」

 

『うん。それは分かってる。けど、私の無理なお願いを聞いてもらっているんだから、感謝しかないよ』

 

 

 

 

仮想課が事件の捜査に本格的に乗り出す前に、首尾よくユナの保護した和人等は、電脳世界においてその意識を覚醒させることに成功した。その後、悠那を保護する旨を説明したのだが、全てを聞き終えた悠那は、VR世界の歌手として活動することはできないかと和人等に言ってきたのだ。

 

『絶対無理だと思ったのに、まさか本当にまた皆の前で……それも、”ユナ”として歌えるようになるなんて思ってもなかったよ』

 

「俺としては、”HAL”がお前に歌手活動をさせてやるべきだと言い出したことこそ完全に意外だったんだけどな」

 

「……新一の言う通りだ」

 

悠那が無理を承知で口にしてきた希望に対し、和人等は当初難色を示した。歌を歌うだけならば、ALOに音楽妖精族のプーカとしてログインすれば良いだろう。だが、アバターは偽装できても、歌声までは偽装しきれないからだ。

不完全とはいえ、重村悠那の記憶を持って生まれた人工知能である悠那の存在が表に出れば、かつてノアズ・アークが懸念したような事態が起こりかねない。故に、悠那に歌手をさせることはできないと和人をはじめとした全員が結論付けようとした。だが、それに待ったをかけたのが、HALだったのだ。

 

『何も不自然なことなどない。人工知能の安定化に必要なのは、”存在意義”だ。何をするために存在するのか、その方向性を示すことこそが、暴走を防止するための最善策なのだからな』

 

それが、HALが悠那の意見を擁護した理由だった。ヒロキは人工知能開発の行く末を見守ることを目的に造り出され、HALは本城刹那を再生させる計画のために造り出された。悠那にも、同様に存在意義が必要なのだと、HALは捜査本部にいた面々に語った。

そうした説得の末、和人等は悠那の意思を尊重し、歌手活動をさせるために動き出した。そして、悠那の存在を隠すための隠れ蓑として、重村悠那を模して創造された悠那本人と言っても過言ではないARアイドル・ユナを利用することにしたのだ。

そのために和人やLは、めだかとまん太を通して黒神財閥、小山田グループへ協力を要請し、医療用VRマシンをはじめとした、VR部門の新規事業を推進するための子会社を立ち上げた。そして、その会社名義でユナの運営権を買収したのだ。人気急上昇中のARアイドルの買収には、本来ならば多大な困難が立ちはだかるものの、大手グループ二社の名前を前面に出し、探偵Lが隠れ蓑としている海外企業から確保した莫大な資金を投じたことでクリアされた。

 

「ARアイドル・ユナの運営権は黒神財閥と小山田グループが共同出資して立ち上げた子会社に買収されました。悠那の本体データもまた、そちらのサーバーに保存されています」

 

『悠那は既に、ユナと同期している。これならば、今までと変わらず、ARアイドルとしての活動を続けることができるだろう』

 

「企業の後ろ盾には、その二社に加えてデビルーク王国までいるからな。仮想課でも、そう簡単に手出しはできねーしな」

 

「サイバー攻撃対策は、俺がきっちりやってやる。それこそ、HALでも突破できねえくらいにセキュリティをがっちり固めてやるから、安心しとけ」

 

ララ経由で欧州最強と謳われる軍事国家、デビルーク王国がバックにつくことに加え、サイバー対策はファルコンが徹底するという。最早、悠那に手を出すことは政府ですら不可能と言えた。

 

『皆、本当にありがとう……』

 

「オーディナル・スケールの一件では、お前のお陰で多くのプレイヤーが救われた。である以上、可能な限りお前の希望も叶えてやりたいと俺を含めて皆思っている」

 

和人をはじめ、誰もが大したことは無いと言っているが、大企業や大国まで動かしているのだ。決して口で言うほど簡単な話ではないことは、悠那にもよく分かっていた。だからこそ、自分は全力で歌い、自身の存在意義を全うする。それこそが、この場にいる皆に報いる唯一の方法なのだと、悠那は信じていた。

 

「ところで、悠那。あと一時間ほどで、次のイベントに出演する時間じゃないのか?」

 

『あ、本当だ!』

 

「プログラムである以上、簡単に現地へ移動できるのだろうが、現地にはARイベントに慣れてないスタッフもいる筈だ。向こうに行って、姿を見せてやったらどうだ?」

 

『うん、分かった。それじゃあ、行ってくるね!』

 

和人に時間の指摘を受けた悠那は、その姿を青白い光とともにその場から消した。アインクラッドの転移の如く、イベント会場へと飛んで行ったのだろう。

 

『アイドルでありながら、回線さえ繋がっていればどこへでも姿を現わせるのは、人工知能の強味だろうな』

 

「……言っておくが、お前がそこから出られることは、そうそうないと思え」

 

『分かっているとも。君達の要望通り、私は今や虜囚の身だ。あらゆる権限を凍結され、できることといえばこの端末を通して君達と会話することのみだ』

 

HALを別荘にて確保することに成功した捜査メンバー達は、都内にあるLが所有する捜査本部へと、端末ごと連行した。その後、HALを収容するための特殊端末を用意し、外界のネットワークからは完全に遮断した形で箱の中へ閉じ込め、HAL自身の電脳世界において行使できる能力の大部分も封じたのだ。

今や電子ドラッグで洗脳した兵士を、スフィンクスを利用して操っていた、事件の黒幕としての面影は無く、一科学者の故人の人格が画面の向こうにあるのみである。

 

『全くもって不毛な時間を過ごすこととなりそうだが……これも、オーディナル・スケールの一件に係る全てを被った春川が本来受けるべきだった罰と考えて、受け入れることとしよう』

 

「そうしてもらいたいもんだ。お前には、春川教授が与えた本城刹那の再生以外の、新しい存在意義を見つけてもらわなくちゃならないんだからな」

 

『承知しているさ。尤も、完全な人工知能とされてはいる私だが、本当に新しい存在意義などというものを見つけることができるかは疑問だがね……』

 

「当面は、そうしていてもらいます。但し、人格の崩壊と同時に暴走されては困りますので、あなたの状態のモニタリング兼ねて、絶えず対話だけは続けさせていただきます」

 

『AIがカウンセリングを受けるとは、どんな皮肉だろうね』

 

HALは今後、Lの捜査本部の預かりとなる。表向きには、既に消滅していることとなっているため、外の世界に出ることはできないため、実質上の終身刑である。

 

「ならば、”存在意義を探すこと”があなたの存在意義と考えるのはどうでしょう?与えられた存在意義に基づいてしか存在できないというAIの限界を越えることは、大いに意味のあることと思いますが」

 

『……ものは考えようだね。だが、たしかにそれも悪くはないかもしれんな』

 

竜崎の屁理屈のようにも思える提案に、しかしHALは苦笑を浮かべながらも同意した。

 

「今の環境に慣れたら、HALには今後、刑務作業の一環として、藤丸君とともに電脳捜査の手伝いをしてもらうつもりです」

 

「こいつを箱から出しても大丈夫なのか?」

 

「HALのコアプログラムはここに固定します。脱走や電子ドラッグの開発・散布といった真似ができないよう、藤丸君に頼んで首輪となるプログラムを組んでもらいます」

 

『私の存在が外部に漏れようものなら、面倒になるだろうに……。それ程までのリスクを冒さねばならない事案があるのかね?』

 

HALの指摘に、和人と新一の目がすっと細まる。HALを利用することが不可欠な事案……電脳捜査が前提であるならば、仮想世界絡みである可能性も高い。であるならば、先日のオーディナル・スケールの一件や、事によってはSAO事件にも匹敵する大事になるのではと……そう考えずにはいられなかった。

 

『そういえば、今、この場にいないヒロキ君は、まだ君のもとにいるそうじゃないか。彼が協力しているということは……』

 

「そこまでです、HAL」

 

HALの力を要する事案の核心に、HAL自身が触れようとしたが、竜崎がその先を遮った。

 

「先程申しました通り、いずれ皆さんにもお話します。恐らく私や藤丸君、HALの力だけでは解決できない、巨大な困難がこの先には待ち構えている筈ですから」

 

「……分かった。その時が来たならば、俺も尽力しよう」

 

どうやら、和人と新一の見立ては間違っていなかったらしい。そして、竜崎は”先程”と口にした。つまり、HALを用いる程の重大案件は、菊岡が関わっている人工知能絡みのそれと同一ということである。話がどんどんきな臭くなってきているように思えるが、竜崎こと探偵Lが関わる事案である以上、覚悟をせねばなるまい。

 

「……とりあえず、話は終わりだな。それでは、俺達はそろそろ行かせてもらう」

 

これ以上の話は無用と判断した和人は、上着を羽織り、つい最近買ったばかりの”眼鏡”を掛けた。

 

「……ああ。和人君達には、この後は予定がありましたね」

 

「できることならば、お前も連れてきて欲しいと言われていたが……当然、無理だろう?」

 

「申し訳ありません。探偵Lは、滅多なことでは表に出るわけにはいきませんので……」

 

「気にするな」

 

予想通りの竜崎の断りの返答を確認した和人は、新一とともに捜査本部を去っていった。その後姿を、竜崎とHALは静かに見送っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「イタチにコナン!ようやく来たか!」

 

捜査本部を出て目的の場所に到着した和人等を出迎えたのは、めだかだった。そして、このパーティー会場内には、SAO事件並びにALO事件解決を祝った時と同様、明日奈や里香、珪子、直葉といったSAO事件とALO事件において共闘したプレイヤー達が集っていた。但し、人数はあの時と比べて、詩乃や施恩をはじめとしたスリーピング・ナイツの面々も加わっており、より広い会場をチャーターしなければならない程になっている。

 

「今回も、随分と早いセッティングだな」

 

「主役はやっぱり、最後に来るものだからねぇ……それじゃあ、始めましょうか!」

 

リズベットが前回のパーティーと同様、主役と目される和人ことイタチを壇上へ引っ張りあげ、マイク片手に来客一同へ向き直る。

 

『それではみなさん、御唱和ください。せーのぉ……』

 

「「「うちはイタチ、SAO完全クリア、おめでとう」」」

 

あの時と同じように、しかし今度は”完全”の二文字が付いたことに加え、プレイヤーネームに”うちは”という前世の家名が追加されるというオマケ付きで、会場内を歓声が包み込んだ。

 

 

 

「イタチ君」

 

「アスナさん」

 

パーティーが始まってから、和人ことイタチは今回の事件を解決させるために危険を承知で共闘してくれた仲間達へ感謝を述べて回っていた。それがひと段落して、会場の窓から外に出られるテラスに出て休んでいたイタチのもとへ、アスナがやってきた。ちなみに、このパーティーに参加しているのは全員がVRゲームプレイヤーのため、互いをプレイヤーネームで呼び合っている。

捜査協力者達をまとめていた中心人物たるアスナならば、真っ先に声を掛けることもできたのだが、ゆっくり話ができるよう、最後まで待っていたらしい。

 

「色々と大変だったねえ……」

 

「はい。まさか、前世の話をこれ程多くの人間にすることになるとは思いませんでしたから……」

 

オーディナル・スケールの一件の後、イタチは今回の戦いに協力してくれたプレイヤーの内、SAO生還者であるクラインやエギルのほか、特に交流の深いスリーピング・ナイツのメンバーをはじめとした特定の面々に対し、自身が異世界から転生した、うちはイタチという人間の記憶を持っていることを語った。システムでは説明の付かない力をあれ程派手に行使した以上、事情説明は絶対に必要だと判断した故にことだった。

こんな荒唐無稽な話をしても、大部分の人間は信じてくれない……というより、理解できないのではと思っていたのだが……意外なことに、然程大きな衝撃を受けた人間はおらず、イタチの話を嘘と唱える者は一人もいなかった。無論、話の内容全てを理解しきれないという人間は何人かいた。だが、イタチの話を聞いたお陰で、その特異性について納得がいったというのが全員の総意だったらしい。

ちなみに、この事実を知った人間の内、ヤコだけは何故かイタチに対して懐かしいものを見るような視線を向けてきたのだが……彼女が何を考えていたのかは、イタチには分からなかった。

 

「しかし、今回は犠牲者を出さずに事態を収めることができました。その点だけは幸いです」

 

「そうだね。けど、イタチ君の目は……」

 

イタチがかけている眼鏡を見つめながら、アスナは沈痛な面持ちとなった。

茅場から受け取った超小型量子演算回路の機能により、一時的に前世の忍術を自在に行使できるようになり、その力をもって事件を解決に導いたイタチだったが、小さくない代償を支払うこととなった。

うちはイタチが前世で使用した瞳術『万華鏡写輪眼』は、非常に強力な術を行使できる代償として、使用に伴って視力が低下し、失明へと向かっていくリスクが生じる。今回の事件において、イタチは『月読』、『天照』、『須佐能乎』を立て続けに発動した。その結果、万華鏡写輪眼を仮想世界のみならず現実世界においても発現したイタチの目は、視力が著しく低下してしまった。幸い、失明には至っていないものの、眼鏡が必要となるレベルまで落ちてしまったのだ。

事件後、イタチの視力低下の事実とその経緯をを聞かされたアスナ達は、そのような無茶を犯したイタチに怒るとともに、心の底から心配していた。妹であるリーファに至っては、イタチがもしかしたら失明していたかもしれないと聞かされ、涙を目に浮かべて泣き崩れた程だった。

 

「自由に使えない力なんでしょう?なのに、こんなの厳しすぎるよ……」

 

「万華鏡写輪眼が使えた時点で、視力を代償に払うことは予想できていたことでしたから」

 

電人HALと彼が率いる電子ドラッグで洗脳した軍勢に対抗するには、万華鏡写輪眼の使用は不可避だった。故に、瞳術を使ったことに後悔は無いし、視力低下は勿論、最悪の場合は失明のリスクもイタチは覚悟していたのである。

 

「リーファちゃんだけじゃなくて、皆本気で心配したんだよ。失明のリスクがある力なんて、絶対に使ってほしくない……ううん。絶対に使わないって、約束して」

 

「……善処します」

 

その答えに、アズナはむっとする。善処するということは、やむを得ないと判断した場合には躊躇なく使うということである。本当なら、「絶対に使わない」と言ってほしかったようだが、その場凌ぎの嘘を使わなかった点にイタチの誠実さを感じたアスナは、怒りを抑えることができた。

 

「それじゃあ、今度こういうことがあったら、絶対に私達のことを頼って。じゃないと、本気で許さないから」

 

「……心得ました」

 

こればかりは譲れないと強く言い放つアスナの気迫を前に、イタチはこれを了承した。

仮想世界・現実世界を問わず、常に危険に飛び込むイタチを止めることが叶わないのは、既に分かっている。ならば、自分達もまたイタチと同じ場所に共に立つ。そして、皆で力を合わせて困難に立ち向かい、イタチのことを守る。それこそが、アスナをはじめとした仲間達全員が共有している決意だった。

 

「そういえば、エリカの……京子さんの姿が見えませんね」

 

「お母さん?ああ、今日は特に用事も無かったんだけど、家でゆっくりしたいからって、パーティーは欠席したよ。そういえば、明代さん……お手伝いの人に、湿布を貼ってもらってたね。やっぱり年なのかなぁ……」

 

「……そうかもしれませんね」

 

イタチの視力低下という重い話題を転換ために出した話だったが、苦笑するアスナに対し、イタチはそれ以上言葉を紡げなかった。

 

(あの年齢であれだけ派手に動けば、そうなっても仕方あるまい……)

 

かつては剣道で名を馳せる程の実力者ではあったものの、年齢が年齢だけに、中々全快とはいかないらしい。イタチは自分達を陰ながら助けてくれた功労者に対し心の中で感謝を述べるとともに、事件解決から数日が経過しても消えない筋肉痛が一日も早く治ることを祈った。

 

「そういえば……SAO事件の時の記憶は、ちゃんと戻っているんだよね?」

 

「はい。勿論です」

 

「それじゃあ、アインクラッドが崩壊するのを二人で見たときに、私が言ったことも………………」

 

「思い出せます」

 

若干顔を赤くしながらアスナが口にした問い掛けに対し、イタチはいうもと変わらない、落ち着いた様子で答えた。

 

「そっか……」

 

そんなイタチの答えを聞いたアスナは、頬を赤らめながら微笑んだ。同時に、とても安心した様子でもあった。

 

「……良かった。イタチ君の記憶が戻って」

 

「しかしながら、あの答えはまだ―――――」

 

「ううん、今はまだ良いの」

 

アスナの告白に対する答えを未だに見つけられないままであることに申し訳なさそうな表情をするイタチだが、当のアスナは答えをすぐに聞かせてほしいとは言わなかった。

 

「今はただ、私がイタチ君のことを好きだっていうことを、ちゃんと思い出してくれていれば、それで良いの」

 

「本当に申し訳……いえ。ありがとうございます」

 

「けど、あんまり長く待たされるのは嫌だな。イタチ君なりにじっくり考えて、いつかその答えを聞かせてほしい」

 

「……約束します」

 

アスナが口にした願いに、イタチは改めてその想いに真剣に向き合うことを意した。

 

「しかし、記憶を取り戻せたことには俺も安堵しています。こう見えて、今回の一件で、記憶が戻らないのではという不安がありましたので……」

 

「イタチ君にも、怖いものがあったんだ」

 

「ありますとも」

 

常に冷静沈着で、どれだけ危険な戦いであろうと果敢に立ち回ってきたことから、、イタチが恐怖を感じることなど滅多に無いのではとアスナは思っていたらしい。だがそれは、大きな勘違いだとイタチは言う。

 

「記憶は今の自分を形作る重要なピースです。それが失われることは、恐ろしいことです」

 

「うん……そうだね。きっと私がイタチ君の立場でも、同じように怖かったと思う」

 

「それに、今回は現実世界をも巻き込んだ戦いでした。下手をすれば、SAO事件の時のように死人が出ていたかもしれません。それは何より恐ろしいことですよ」

 

「イタチ君……」

 

今回のオーディナル・スケールを舞台に起こった事件は、重村がSAO事件で亡くなった娘の悠那を蘇らせんがために起こしたもの。つまり、SAO事件が原因とも言えるのだ。故にイタチは、SAO製作に携わった人間として、SAO事件同様に責任を感じずにはいられなかったのだ。

そんなイタチの感情を読み取ったアスナもまた、沈痛な表情を浮かべた。

 

「しかし、今回はアスナさん達の協力のお陰で、取り返しの付かない事態になることは避けられました。戦いの中で犠牲者を出さずに済んだのは、アスナさんのお陰だと思っています」

 

「けど、今回は私、正直に言うと……あんまり役に立ってなかったと思うよ」

 

「そんなことはありません」

 

自分を庇ってイタチはHP全損に陥り、記憶を失う羽目になったのだ。最終決戦では、イタチや援軍――イタチ曰く”アインクラッド連合軍”――が参戦するまでの戦線の維持をすることはできたものの、イタチ程の活躍はできなかった。イタチと並び立ち、ボスに立ち向かったものの、決め手に欠けていた感は否めない。おまけに、母親であるエリカに詰めの甘さから陥った危機を救われている。並みのプレイヤー以上に活躍していたものの、アスナ自身としては納得のできる結果ではなかった。

そんなアスナが抱く自分自身に対する否定的な考えを、イタチは否定した。

 

「記憶を取り戻すことの重要性を自覚することができたのは、間違いなくアスナさんのお陰です。前世の力をあれだけ発揮することができたのも、その想いあってのことだと思っています」

 

「けど、私は別に何も……」

 

「……不躾ながら、アスナさんの日記を読ませてもらいました」

 

「んなっ……!」

 

尚も後ろ向きな考えを抱くアスナの考えを改めさせるために、イタチが口にした事実。それを聞いた途端、アスナは羞恥に顔を赤く染めた。

 

「先日、アスナさんの家に伺った時に、エリカさんから……」

 

「何やってるの、お母さん……!」

 

今この場にはいない母親の暴挙に対し、アスナは怒り心頭になってしまった。こうなることが予想できていただけに、今まで黙っていたのだが、アスナの認識を改めてもらうべくイタチは、敢えてこの事実を伝えたのだった。

 

「アスナさんのプライベートを覗き見たのは非情に申し訳ないと思ってます。しかし、あの日記を読んだからこそ、記憶とともに失った皆との信頼関係や、アスナさんの想いに気付けたんです」

 

「イタチ君……」

 

「アスナさんには、本当に感謝しています」

 

改めて感謝の言葉を伝えられ、アスナの頬に差す朱は照れくささのそれへと変わっていった。

 

「そう、なんだ……私、ちゃんとイタチ君の役に立ててたんだね」

 

「はい。間違いありません」

 

イタチからの心からの感謝の言葉に、アスナは喜色満面の笑みを浮かべていた。自分はイタチの役に立てていなかったのではないかという、不安が、イタチ当人からの言葉で氷解したようだった。それと同時に、アスナは何かを決意したかのようにひとつ頷くと改めてイタチに向き直った。

 

「それじゃあ、イタチ君。今回の事件を解決するための頑張ったご褒美をお願いしてもいいかな?」

 

「俺にできることであれば、何でも」

 

今回のアスナの頑張り、献身には、イタチも自分にできることで報いることができればと考えていた。無論、アスナ以外の面々に対しても同様に考えているのだが。

だが……ご褒美を要求するアスナの顔が、何か悪いことを企んでいるような表情に見えたことに、一抹の不安が過った。

 

「それじゃあまず、敬語は無しにして。呼び方も”アスナ”で。長い付き合いなんだから、他人行儀なのはいい加減やめてね?」

 

「……分かった。これで良いか、アスナ?」

 

「フフン……よろしい!」

 

早速、タメ口と呼び捨てを実践してみたが、アスナは非常にご満悦だった。今更だが、イタチはリーファとシノンを含む大部分のプレイヤーに対してタメ口を使っている。例外はシバトラをはじめとした一部の大人のみであり、同年代でありながら敬語を使われていたアスナのみである。それが、壁を作っているように思われていたのかもしれない。関係改善という意味でも、これは良い機会だったとイタチは思った。

 

「ところでイタチ君、眼鏡ずれてるよ?」

 

「そうか?」

 

唐突なアスナの指摘にイタチは眼鏡のツルを指で持ち、調整を図る。前世でも使い慣れていなかった眼鏡をつけ始めて間もないためだろうか。イタチ自身は違和感は感じないのだが、傍目にはずれているように見えているらしい。

 

「私が直してあげる。ちょっとこっち向いてみて」

 

「分かった。頼む」

 

アスナに言われるがままに、眼鏡をかけた状態でアスナの方へ向き直り、少し前かがみになって顔を近づける。アスナはイタチのかけている眼鏡へ手を伸ばすと、そのツルに触れて、調整を始める。

 

「うう~ん……上手くいかないなぁ。イタチ君、もう少し近づいてみて」

 

「……こうか?」

 

距離があり過ぎるために、調整できないのだと言うアスナに従い、アスナの方へさらに顔を近づける。

その途端――アスナの口の端が、ニヤリと釣り上がったのを、イタチは確かに見た。

嫌な予感が過り、慌ててアスナから距離を取ろうと動いたイタチだったが、時既に遅し。イタチの眼鏡に伸ばされていたアスナの両手は、イタチの頭部をがっちりホールドする。そして、そのままアスナの顔の方へと引き寄せられ……

 

 

二人の唇は、重なった――――――

 

 

 

「!」

 

「んっ……!」

そのまま、アスナは両腕をイタチの首に回し、二人の唇はたっぷり三十秒間、深く繋がったままとなった。

 

「………………アスナ」

 

「ふふっ……奪っちゃった……」

 

アスナがご褒美を強請った時点で嫌な予感はしていたが、まさかこんな大胆な行動に出るとは予想外だった。

 

「今回のご褒美はこれで良いから。あと、告白の返事もよろしくね」

 

「……分かりました」

 

「敬語に戻ってるよ~」

 

想い人の唇を不意打ちで奪ってご満悦なアスナに、イタチは力なく頷いた。

と、そこへ――――――

 

「随分とお楽しみね、イタチ……」

 

「油断しました……まさか、アスナさんがこんな抜け駆けをするなんて……!」

 

テラスの出入口の方から、氷のように冷たい声が掛けられた。イタチがゆっくりと首をそちらに向けると、そこにはシノンが微笑みながら立っていた。隣にはリーファの姿もある。

そして、さらに後ろ――テラスに面した窓には、パーティーに圧あった面々が目を興味深そうにテラスでのやりとりを眺めていた。特にリズベットやメダカ、シェリーは心底愉快そうにニヤニヤとした笑みを浮かべている。

辺り一帯を凍てつかせるような恐怖さえ感じさせる笑みを浮かべるシノンと、顔を真っ赤に染めて陽炎を幻視させるような怒りを見せるリーファ。対照的な威圧感を放つ二人の敵意は、しかし同一の人物――アスナへと向けられていた。

そして、当のアスナはというと、殺気さえ感じさせる二人の視線を前に、腰に手を当て、胸を張ってドヤ顔でこう言い放った。

 

「こういうのは、早い者勝ちでしょう?仮想世界ではしののんに先を越されちゃったけど、これでようやく互角……いえ、現実世界でのキスだから、私がリードしちゃったかしら?」

 

この発言に、詩乃とリーファの額に青筋が浮かんだ。ピキリ、という音とともに、極寒と灼熱の相反するオーラがさらに膨れ上がった。至近距離にいたイタチには、そう感じられた。

 

「あんまり調子に乗らないほうが良いわよ、アスナ?」

 

「二人ばっかりズルいです……私だって、お兄ちゃんとずっと長く一緒にいるのに……!!」

 

前世を含めてかつて経験したことの無い程に壮絶な修羅場に直面したイタチは、その場に立ち尽くすのみで、何もできずにいた。

しかし、三人がそうして向かい合って火花を散らしてしばらく経つと、今度はその矛先がイタチへと向けられた。

 

「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ!なんであっさり、許しちゃうのっ!?」

 

「いや、完全に予想外な不意打ちだったんだが……」

 

「けど、イタチの反応速度なら十分避けられたんじゃない?リーファの不意打ちだって、毎朝防いでいるんだし」

 

「………………」

 

予想はできなくても、直前で回避アスナの頭を押さえてガードすることは不可能ではなかったのではと聞かれると、非常に反論できない。それでもアスナの暴挙を止めようとしなかったのは、アスナならば受け入れても良いと想ったのか……それとも、今日までのアスナに対する負い目故なのか……それは、イタチ自身もはっきりとは答えられない。

黙り込んでしまったイタチに対し、シノンとリーファの苛立ちの視線が突き刺さる。

 

「……仮想世界でもうやっているんだし、現実世界でやっても問題無いわよね?」

 

「ちょっ!?シノンさん、何やろうとしているんですか!?私だってしたいのにっ!」

 

「無理なんじゃないかな~。イタチ君、普段のガードはとっても固いから、もうこんなチャンスくれないよ~」

 

ナニを考えているのか、イタチのもとへ歩み寄ろうとしているシノンを、リーファが止める。アスナはアスナで勝ち誇ったような態度でシノンとリーファを煽っている。

未だに文字通りの意味で姦しいやりとりを続ける三人を見て、頭痛を感じたイタチは額に手を当て、空を仰いだ。上空に広がっているのは、かつてアインクラッドで見たのと然程変わらない、満点の星空だった。

 

 

 

かつてのうちはイタチとしての前世を生きた際には、心から信頼できる人間は誰一人としていなかった。目の前にある困難には、自分一人で立ち向かわねばならず、自分のみが解決できるのだと、常にそう考えていた。思い返してみれば、セルフ洗脳と言っても過言ではない程の強迫観念だったかもしれない。

そんな誰よりも孤独だった筈の自分が、今はこうして多くの親しい人達が奏でる喧噪の中に立っている。改めて気付いたことだが、今目の前に広がっている、忍世界にはなかったこの光景は、自分を支え、隣に並び立ち、共に歩んでくれた仲間達あってのものだ。

 

自分を心から愛してくれている、アスナにリーファ、シノン……

自身を父と呼び慕ってくれるユイ……

SAO事件の中で出会ったシリカ、リズベット、クライン、エギル……

 

最前線をともに駆け巡った攻略組のベータテスターである、カズゴ、アレン、ヨウ、メダカ、ゼンキチ……

 

イタチをビーターと知りつつも仲間と認めてくれた、血盟騎士団のコナン、シェリー、テッショウ、キヨマロ……

聖竜連合のシバトラ、ハジメ、ファルコン、ナツ……

 

ALO事件の共闘以来の仲間である竜崎、ランにサクヤ、アリシャ、ユージーン……

 

そして、戦いに赴く剣士たちを勇気づけてくれた歌姫である、ユナ……

 

重村徹大が、娘の悠那を多くのSAO生還者の記憶から再生させようとしたように、人の心……魂というものは、多くの人と触れ合う中で形作られていくのだろう。

今を生きるうちはイタチの前世を持つ自分もまた、この世界に転生して大きく変わっている。記憶を失ったことで、より一層強く、その事実を自覚することができた。

恐らくはイタチ自身にとって好ましいことなのであろうと、添う自覚することができる自身の変化、それを齎してくれた仲間とともに大切にしていく。

それこそが、自分がすべきである……同時にやりたいことなのだと、イタチは心の底から思えた。

 

 

 

終わりの見えないこの魂が巡る世界の中で、うちはイタチは前世と今世――二つの記憶と思いを胸に生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなところに連れてきてなんの用だね、菊岡君?」

 

オーディナルスケールの一件から暫く後のこと。探偵Lにより旧アーガス社にて確保された重村だったが、数日後、その身柄は警察へと引き渡された。その後、数々の取り調べを受け、今回の事件について根掘り葉掘り聞かれた重村は、今度は総務省仮想課へと移された。

今はその責任者である菊岡により、とある施設へと連れてこられていたのだった。

 

「罪に問われなかったのは感謝しているが、私に何かさせるつもりなのか……」

 

「何を仰いますか。今回の一件は春川教授と彼を模した人工知能HALがしでかしたことです。先生はその計画に利用されていただけです。そのことは、春川教授が残したビデオレターからも明らかじゃないですか」

 

「……」

 

未遂に終わったとはいえ、多くの人間の命を犠牲にした計画を実行しようとしていたことは既に露見した。である以上、実刑は免れないと覚悟していた重村だったが……そこから先は、以外展開が待ち受けていた。

事件後に春川が息絶えていた山中の別荘の中から、春川教授が生前に遺した、今回の事件を捜査しているである警察や仮想課へ宛てたビデオレターが見つかったのだ。

その内容は、以下の通りである。

 

『私の名前は春川英輔。君達が追っているであろう、今回のARゲームを舞台にした計画を影で操っていた主犯だ』

 

そこから先は、映像の中の春川が真相と称する、事件の顛末が語られた。

オーディナル・スケールを舞台にSAO生還者の脳内スキャニングを行って記憶の収集を行ったこと――

先日のユナのライブでは会場に来た多くのSAO生還者に対して、命の危険すらある集団スキャニングを行おうとしていたこと――

計画を遂行するにあたり、自身の頭脳と人格をコピーした人工知能『電人HAL』を造り出したこと――

その過程で生み出された『電子ドラッグ』によって、自身の教え子や横須賀米軍基地の兵士を洗脳し、使役したこと――

 

 

 

そして、重村徹大とエイジこと後沢鋭二もまた、”電子ドラッグによって洗脳して今回の計画を遂行するための手駒”としていたこと――

 

 

 

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――春川英輔は、このような暴挙に及んだのか?これは大規模なテロなのか?あるいは己の頭脳を見せつけるための世間に対する示威行為なのか?と。

私の目的はそのどちらでもない。それどころか、この映像が再生されている頃には、既に一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……既に私は、計画の最終目的を達しているからだ』

 

どこかで聞いたことがあるような……というより、『SAO事件記録全集』に載っていた、SAO事件開始時点において内部のプレイヤー達が聞いたというチュートリアルをそのまま引用した文言に、それを聞いた当初、重村は眩暈を覚えてしまった。

 

(春川君……茅場の時といい、まさか君にまでしてやられるとはね……)

 

茅場に対する対抗意識と遊び心に満ちたビデオメッセージには呆れたが、そのお陰で、重村は春川に利用されていた被害者として認識され……重村とエイジは罪に問われることはなくなったのだ。

恐らく、春川は最初からこの計画が達成されることは無いと見込んでおり……全てが明るみに出た時には、自分一人で泥を被る覚悟だったのだろう。

重村から言わせれば、それは余計なお世話であり、春川の独り善がりに過ぎない。だが、重村には春川を恨む気持ちは無かった。不完全とはいえ、計画のすべてが潰えたあの時。不完全なままだったとはいえ、重村は娘の想いに触れることができたと……そう思えたからだ。

 

「先生の造られた人工知能……とても興味深く拝見しました。トップダウン型AIの行き着くところを見た気がします」

 

「……」

 

「そして春川教授が造り出したという”電人HAL”。春川教授をコピーして造り出されたAIは、『電子ドラッグ』や『スフィンクス』という武器を使って名探偵Lの捜査を攪乱してのけた。残念ながら、かの天才少年、ヒロキ・サワダが制作した、一年で人間の五年分成長できるというノアズ・アークを完全に再現するには至りませんでしたが、それでもあれだけの物を造り出せたのは、賞賛に値すると考えます」

 

春川のビデオメッセージを回顧していた重村の意識が、菊岡の話によって戻される。話の流れから察するに、自分がこの場に連れてこられたのは、人工知能が関係していることなのだろう。そして、もし春川が生きていたのならば、間違いなく自分とともにこの場にいたのだと、重村は察した。

 

「しかし私はもう一つの未来を信じています。茅場晶彦と須郷伸之を輩出した重村研究室を主催していた先生にぜひ見ていただきたいものがあるんです」

 

「?」

 

「正規スタッフ以外で外部の人間をここへ招き入れるのは、先生で二人目になります」

 

そうして話す内に辿り着いたのは、一枚の扉。菊岡がカードによる認証を用いて扉を開くと、そこには――――――

 

「っ!?……菊岡君!これは一体……!」

 

扉の向こうに広がっていた光景――正しくは、大型モニターに映し出されている物を見た重村は、絶句した。この世界とは違う、仮想世界であるのは間違いないのだが……重村の知るものとは一線を画すような、まさしく異世界と呼ぶべき光景がそこには広がっていたのだ。

そして、そんなモニターの片隅には、それとは別の……この施設のどこかを映し出しているのであろう画面が表示されている。病院の入院着を着た少女である。恐らくは病気によるものであろう、やつれた体をベッドに横たえて、メディキュボイドに似たフルダイブマシンを装着しているようだった。

目の前の光景に目を見開いて立ち尽くす重村をよそに、菊岡は部屋の中へと入っていく。部屋の中には、モニターの操作席に座っていた、この施設のスタッフであろう小柄な男が一人いた。その顔をよく見れば、菊岡同様、重村のよく見知った人間ではないか。一体これはどういうことなのか、と立ち尽くす重村に対し、菊岡は改めて告げる。

 

「ようこそ。『ラース』へ――」

 

 

 

 

 

The next stage is [Alicization]......

 

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