そのためならば、彼は手段をいとわない。それは力の渇望か、それは敵わぬ祈りなのか。
――――― 答えは、未だ、高き塔の果てに眠る。
転生モノで、バージノレ鬼ぃちゃんロープレでなんかぶっこんだ。
暇つぶし程度くおりてぃ、続く予定はナッシング。
力を手に入れた時、気づいてしまった。
ああ、己は、誠の偽物になったのだ、と。
一瞬でも覚えた満足に、己の全てが折れたと分かった。挫折、だった。
「あぁ」
求めた。求め続けた。
最強の力を、描く理想を、己の全てを賭けた。立ち上がり、駆けあがり、走り、走り、走り続けて、そして辿りついた。
「嗚呼」
辿りついてしまった。
己が求めた、あの背中に。半人半魔、祈り願った、その背中に。
霞みの彼方では、無くなった。己が、成り果ててしまった。
ほんものの、にせものの、ほんものに。
「わたし、は」
零れ落ちた声は、悲劇を唄った。
―――――
死を意識した。
その身に宿る力を発揮して間もない少年にとっては、それらは脅威でしかなかった。
並ぶ銃口は、死神の葬列に似ていた。
それが、解放軍と言う名のテロ組織であり、自身はその計画の端に巻き込まれていた。ということを少年が知るのは、もっと、ずっと、先の話となる。
しかし彼は、恐らくはそのまま、死ぬところだった。
予定として。調和として。
「Scam.」
呟き。誰かが居る。感覚と共にほどけた緊張に、口から悲鳴が上がりかけ、そして。
轟音にかき消された。
世界がずれる。
そんな錯覚を覚えさせるような、不可思議な光景。丸く刈り取られた空間の中で、見えぬ刃が乱舞する。
死が、降ってくる。
ため息にも似た声を零して、その場に立つ全てが、崩れ落ちる。
青白い肌、色素の薄い銀髪。翻るダークブルーのコートが、静かに揺れ動く。微かな金属音を響かせ、それの手にある刀が納められる。
その様を、少年は見ていた。
手も、指先も、揺れるコートの裾ですら、全てがクリアだった。
真っ青な雨でも降ったかのように、視界は薄青に彩られている。
自分の力と似たような、飾り気のない一振りの日本刀。それを携えた、少年より年上と思しき、一人の男。ゆっくりと瞬いた青い蒼い目が、少年を静かに見つめ返す。
「あなたは」
擦れた声で問いかけて、しかしその声など聞こえなかったのだろう。
歩き去るその姿を、少年は見ていた。
見つめていた。
ただ、ただ、ひたすらに。それがまるで、己の憧憬であるがごとく。理想の境地と、言わんばかりに。
―――――
それは偶然だった。
一人孤独に、過酷に、己の剣技を極め続ける少年の前に、彼は再び現れた。それは、演舞。試合では無く、その合間の休息時間に行われる、模擬選の様な物。エキシビションマッチのような、観客を寄せる為だけのもの。
現われたのは、白銀の気配。鋭く、するどく、ただただ鋭利でそして、あまりに気高い。
『そして、挑戦するのは、“ ”!!』
興奮のあまり、名前が聞き取れなかった。
あの日見た、全てを屠った青い雨。あれを生みだした人と同じだと、本能が、全身が、理解していた。
『今大会まで無名も同然だったこの男、様々な魔導騎士からの声かけにようやく応じて現われた蒼き一刀!』
翻るダークブルーのコート。
銀の髪を、後ろへ撫でつける仕草。端正な面立ちに、鋭く輝く青の目。
もう何ものの声も、少年には届かなかった。
それは彼の理想郷。
それは彼の渇望した姿。
圧倒的であり、孤高であり、届き得ぬ末路。
「貴方は」
少年の目は、見つめ続けた。爛々と輝く目は鏡、映る青い剣の乱舞が、全てを薙いで屠っていく。
その全てを、彼は見落とさない。
「貴方に」
囁いた声は、枯れていた。
見開いた目に、涙は無い。
「俺は、いつか」
黒い眼、黒い髪。
青の目、銀の髪。
刹那に交錯した蒼い蒼い眼差しが、少年の全てを塗り潰す。
「貴方に」
それは冬の夜。全てを少年が諦めかける夜よりも、前のこと。
黒鉄一輝の脳髄は、心は、遥か高き塔の果てに埋め屠られ、呪われた。
―――――
廊下に、皮靴の立てる澄んだ足音が響く。一定のリズムを刻むそれは、足音の主の性格を表す様に思える。やがて止まる足音に合わせ、ノックも無しにとある部屋のドアが足音の主によって開けられる。
「来たか」
紫煙をなびかせ、部屋の中央に優雅に座る黒髪の麗人が微笑んだ。ほっそりとした指先が、慣れたバランスでタバコを支えている。嫣然と微笑む様は、見る者をぞくりとさせる。しかし、足音の主は氷のごとく凍てついた
「要件は」
「つれないね」
つまらなさそうに、黒髪の麗人が肩をすくめる。しかしそんな仕草一つでは、目の前の人物が対応を変えてくれるとは思っていない。だからこそ新宮寺黒乃は、さらに踏み込んで行くことにした。
この世に、魔法は、存在している。
己の魂を武具とし操る、『
国家間で、民間で、あるいは隣人同士の最中で。その類稀なる力は必要とされ、同時に恐れられてきた。連綿と継がれた歴史の果て、人々はそれに制約をつけることで折り合いをつけた。
圧倒的な力を制御する術を学び、資格を得た者だけが、正式に伐刀者として成立できるようになって、どれほどの時が経ったのか。力に対する責務として位置づけられた、《魔導騎士制度》。伐刀者として、魔導騎士の資格を持ち、能力の行使を許されるには、いくつかの“関門”を突破する必要がある。その“関門”の一つとして、黒乃の役目は重要だった。
伐刀者を育成し、その資格を認める学び舎。《魔導騎士制度》における、重要施設。
すなわち、日本に七つある騎士学校の一つ。破軍学園の理事長である。
しかしそのような権力者を前にしても、目の前の人物の持つ気配というのは、磨かれた名刀よりも鋭利。碧玉の眼も相まって、氷のごとく冷ややかだ。
「そんな仏頂面で、よくもまあ仕事が舞いこむものだね」
「要件は、と聞いている」
まったく聞き耳を持たないその返答に、黒乃は早々に白旗をあげたくなる。恐らくこのままやり取りを続けても、要件は、としか聞き返してこないだろう。そういう様子が、容易に想像できた。
「少しは遊び心を持った方が良いと思うがね。ビジネスにも、余裕は必要だよ」
「貴様のそれは余裕ではなく戯言だ。……別にこのまま契約せず帰ってもかまわないが?」
ふん、と小さく鼻を鳴らし、黒乃を見つめ返す碧玉の目。色素の薄い折れそうなほど、細い銀髪。それに合わせたかのように、青白い肌。丈の長いダークブルーの外套には、どこか貴族趣味な模様が、これまた黒い糸で刺繍されているのが分かる。年若い、見ようによっては高校生ほどの年齢だと推測される顔立ちだが、纏う空気が尋常の者ではないと明確に告げていた。
「せっかく呼んだ契約者に、その言い方はどうかと思うが」
なおも食い下がって見せた黒乃に、彼は少しばかり表情を緩める。呆れ、そんなものが、浮かんでいた。
「この契約を蹴っても、俺の生活に一切の支障はない。破軍学園からの依頼であれば話は別だが、今回は貴様個人の依頼だ。例え理事長という肩書があろうとも、それは破軍学園の総意ではない。ならば、俺を縛るには……あまりに力不足だ」
自信と共に告げられた言葉に、黒乃は苦笑いを零してしまう。確かに、言われてしまえば、そのとおりだった。
目の前に立つ、一人の青年。その名は大々的に知られてこそいないが、ある一部ではよく知られている。
かつて、その外見以外、取り立てた特徴もなかった彼は、平凡なDランク
二つ名もなく、取り立てた能力もない、伐刀者のなかでも平凡な才覚の持ち主。
だがそれは、彼が本当の力を振るう為の隠れ蓑にすぎないことを、ごく一部の者だけが知っている。凡人だと思わせることで、彼は己の力を十全に振るう場所を、高みへ駆けあがるに足る力を、彼は得た。名誉も、賞賛も、彼にはただの飾りに過ぎない。地位を得ることが、目的では無い。
ただ己の思い描く姿であり続けることを欲して、彼はフリーランスの魔導騎士として、平凡という肩書に身を潜めている。
「分かった……バージル」
ため息を吐きながら、黒乃は折れた。バージルと、青年の名を呼びながら、彼の碧玉の目を見つめる。
「君に警備を依頼したい」
「ほう」
「もうじき、私がこの学園の理事長に就任して初めての……七星剣武祭代表選抜戦が行われる」
まだ火の残るタバコをもみ消して、黒乃は顎の下で両手を組んだ。
七星剣武祭。最強の学生騎士を決めるための、祭典にして闘争。その全段階、予選とも言えるのが、各学園で開かれる代表選抜戦である。これに選ばれることは名誉であり、七星剣王を目指す学生にはまたとない機会だ。先代の理事長によって、一定ライン以上の成績を収めた生徒で無ければ参加できなかった選抜戦を、黒乃は全生徒参加型へと変更していた。
それは日本に全部で8校ある騎士学校の中でも、破軍学園の活躍がほとんどなかったことに起因する。生徒全体の質が劣っている、そういうことではないだろうが、対外的に見ればそう言われてもおかしくない。だからこそ、現状打破の為に黒乃は理事長に就任した。
「前年度までの選抜戦は、ある程度の成績上位者から選んでいた。しかし、真に強い存在は、画一的評価で分かるものばかりでは無い」
だから、黒乃は、全ての生徒に機会を示した。
戦闘力を計り、ランクをつける。しかしそれでは計ることの出来ない何かが、今の破軍学園の生徒に眠っているのだろうか。黒乃は、それを見極めたかった。
「ここで奮起する奴らには、平等に代表と成る権利があると、私は思う。故に、私は、全生徒に参加権を付与した」
その改変事態に、なんら問題はないと黒乃は言う。現に、以前の体制を作り上げ、賄賂やら色々と面倒な遺産を残した奴らは、徹底的に排除した。文句を言う口はあれど、この学園に手を出す力はないと分かっている。だがそれでも、気にかかることが無いわけではない。
「何者かによって襲撃される危険性でもあるのか?」
至極まっとうな質問を投げかけたバージルに、黒乃は珍しくも、その余裕に溢れた笑みを無くした。
「分からん」
あまりの返答に、沈黙が生じる。明確な理由もない依頼など、まずあり得ない。バージルの能力を生かす為には、それはあまりに、曖昧なしろものだった。
それを自覚する黒乃は、この一言でバージルが話を蹴る可能性をもちろん考えていた。しかし予想に反し、彼はそこに立ち止まったままだ。
「……聞いてもらえそうだな」
「俺にも些か、思うところがあるだけだ。新たに体制を敷くにあたり、障害はつきもの。どこかしらから邪魔が入っても、まぁ不思議ではない」
その返答に、黒乃の眉間にしわが寄る。
バージルはある種、病的だ。彼ほど戦い方へのこだわりを持つ伐刀者を、他に知らないほどにこだわっている。今はさらりと前に伸ばされた銀髪も、戦闘時には必ず撫でつけることに始まる彼のそのこだわりに、黒乃は呆れるとともにそれこそが彼の強さだと理解していた。
だから、だ。
だから彼が、そのこだわりを捨てかねない様な状況に興味を示したことが、意外だった。
「依頼しておいて言うのもあれだが、学園の警備だぞ?」
警備という環境で、彼の力が振るわれる可能性は、低い。それゆえ、黒乃は思わず聞き返してしまう。動揺を察してか、バージルの口元に笑みが乗った。
「面白そうでも、役に立ちそうでも無いが、答え合わせには丁度良いと思ったまでだ」
「答え合わせ?」
「ああ、そうだ」
その目がどこか、柔らかく光る。謎かけ、だろうか。考えるが、答えは出ない。しかし、黒乃は小さく笑みを零した。
「お前の興味をひくような者が、わが校に居るか」
どこか嬉しそうに呟いた黒乃に、彼は静かに答える。
「もし、彼が、覚えているのなら……俺はきっと、答えを得るのだろう」
啓示のように、厳かに答えた彼は、そして酷く幸福そうに笑ったのであった。
終