地獄の中で悠々と生きる   作:うどん風スープパスタ

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プロローグ 原作開始の朝

 某月某日 午前五時半

 

 

「1400、1401、1403……」

 

 ベンチプレス用のバーベルを一本ずつ片手で持ち、ダンベルのように交互に持ち上げる。重さは一つ二百キロ。常人ならまず持ち上げられない重量だが、俺にとってはまだ軽い。

 

 忘れもしない十七年前……俺は気づけば神と名乗る男の前で意識を失い、再び目を覚ました時には赤ん坊としてこの世界に生まれていた。

 

 俺に対して興味がなかった様子の神は、面倒そうに会話をわずかな時間で済ませた。そこで理解できたのは本当にわずかな内容。

 

 一つ、俺が死んだこと。そう言われてから自分が自動車レースの最中にスピンした車を避け、勢い余ってクラッシュしたことを思いだした。

 

 二つ、俺を転生させること。その時点では目の前の男の正気を疑った。それが気に入らなかったらしい。

 

 三つ、転生先を地獄のような世界にすること。どこから出したかわからない本を参考に、最終的に“学園黙示録”という漫画の世界に決められた。

 

 軍用車両など様々な車がド派手なカーアクションをすると聞いてアニメを見たことがあるが……ゾンビだらけで、とにかく危険かつ最悪な環境だった。

 

 別の奴が直前まで神の前にいたとか、そいつには保険をかけたから俺は成り行きに任せるとか、神の話は説明不足で何のことだか大半は理解できなかったが……

 

 四つ、俺が望む能力を与えること。突然十からカウントダウンが始まり頭に浮かんだ“Hunter×Hunterの念能力”と勢いで答えた。地獄に放り込もうとしている奴がどういう風の吹き回しかと思えば、あっさり死なれても面白くないからだと言う。

 

 そこであの神がクソッタレで、俺が苦しんで死ぬことを望んでいるらしいことを十分に理解した。生きていても地獄のような世界で生き残れる力を与えてやるから生き地獄を味わえと。その先で力及ばず死ぬか絶望して自害しろと。そういう事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 生まれた時点から記憶と自我はあったが、当然何も見えないし何も聞こえない。俺は自分の置かれた状況に戸惑い、心であの男に悪態を吐き、食事以外の時間をそのどちらかで潰し続けた。

 

 やがて体に違和感を覚えるようになり、まさかとは思いながら“纏”の練習を続けていたら一歳を迎える前に成功。その後も時間は要したものの“練”“絶”“凝”と続けて習得してしまうと信じるしかない。

 

 あのクソッタレな神の話は事実だったと。

 将来的にこの世界は地獄に変わるという事を。

 だから今日まで訓練を重ねてきた。

 

「1495、1496……1497、1498、1499っ……1500! っふぅ……ノルマ終了。タイムは……19分38秒。20分切ったならもう少し数を増やすべきか……」

 

 二つのバーベルを台に置く音が部屋に響く。そっと置いたつもりだったが、気を抜いたせいか中々大きな音が出てしまった。ここは一応防音対策されているが、所詮マンションの一室。あまり大きな音は立てるべきではない。

 

 しかし俺以外に人はいないので、そこまで気にする必要もな……ん? 誰か来る。あいつが帰ってくるなんて珍しいな……

 

 そう考えつつ汗を拭いていたら部屋のドアが乱暴に開かれ、ゴテゴテの髪飾りやネイルを付けたギャル……妹の聖花が飛び込んできた。

 

「おかえ「おいこらクソ兄貴!!」聖花、いきなり叫ぶな」

「うっせーな! それより何だよ今の音!」

「バーベルを台に置いた音だ。外にも聞こえたか?」

「はぁ……家入ってすぐ聞こえたから、泥棒かと思った」

「驚かせたなら悪い事をした。すまない」

 

 俺がそう言うと、聖花は舌打ちをしてバーベルの乗った台を軽く蹴る。

 

「ったく、こんな時間にこんなん持ち上げて何が面白いんだか知らないけど、アタシ寝るから。音立てないでよね!」

「今からか? 食事は? 今日学校あるけど起きられるのか?」

「はぁ? ……説教ウゼー……皆と食べてきた、学校は起きてから考える。あ、起きたら食べるから、朝作るんだったら置いといてー」

「……分かった。だけど一応言っとく、お前このままだと出席日数足りなくなるぞ」

「言われなくても分かってるって。うちのガッコ、私立だからキビシーってんでしょ? アタシはちゃーんと計算して要領よくサボってんの。ネクラでクソ真面目で要領の悪い兄貴と一緒にしないでくんない?」

 

 予想どおりの返事だ。次は舌打ちして部屋を出て行くだろう。

 

「チッ……」

 

 ……やっぱりな。

 

 もう何度このやり取りをしたか分からない。

 

 あいつが小学生の頃は普通に兄ちゃんと呼ばれていたのに、不良グループとつるみ始めた中学からは“クソ兄貴”か“将樹”と名前で呼び捨てにされている。機嫌が悪い日は“もやし野郎”と呼ばれることも。

 

 前二つはどうでもいいが、最後の一つはやめてもらいたい。念(纏)を幼いころに身に着けたせいで力仕事や通常のトレーニングが楽すぎ、体質もあってかなかなか筋肉がつかないだけだ。全力を出せばトン単位の重量物でも持ち上げられる力はある。何度か車で試したから間違いない。

 

 ……残念ながら人体の構造的限界を超えているため、嘘にしか聞こえないが。

 

 それに文句を言うだけの交流すら今の俺と聖花の間には無いも同然だ。

 

 中二でだんだんと無断外泊や朝帰りを始めた当初は止めようとしたが、聖花は俺の言葉を頑なに聞き入れず反発。高校に入った今では学校が全寮制なのを理由にほとんど帰らなくなった。寮の最寄り駅から二駅の距離に実家があるにもかかわらずだ。

 

 最近は素行不良が学校の生徒や教師にも周知され、周囲との折り合いが悪いらしく、寮にも帰らず友達や男の家を泊まり歩く事もしばしばあると聞く。

 

 そんな聖花に両親は何も言わない。ただ聖花と一つしか違わない俺に「お前は兄だろ? 兄なら妹の面倒を見ろ」と言うだけで放置している。直接会ったのも二年前が最後。彼らはIT企業を経営して大金を稼ぐ世間的には立派な成功者だが、俺と聖花にとっては家庭を顧みない仕事人間でしかなかった。

 

 家は高級マンション。自分の部屋にトレーニングルーム付き。学校は原作の舞台になった私立(・・)藤美学園。

 

 食費や小遣いは潤沢すぎるほどに与えられ、トレーニング器具などの高額な物もねだれば大体買ってもらえる。きっと親の責務は衣食住に金や物を与えていれば、果たせると考えているのだろう。

 

 転生前の親の記憶がある俺は“都合のいい他人”に見えているけれど、聖花にとってはそうではなく、成長につれて明確な不満を溜め込んでいた。あいつがグレ始めたのも元をただせばそれが原因だ。

 

 ……

 

「……続きをするか……」

 

 まだやるべき事は山ほどある。

 既に原作キャラの平野コータと面識を持ち、小室孝、宮本麗、高城沙耶が学園の二年生に、毒島冴子が三年生のクラスに在籍している。これは原作の彼らの学年と同じ、つまり原作開始は今年。正確な日時は知らないがもうすぐだ。

 

 ……そう、もうすぐだ。この世界に放り出されて十七年。悔しいが、漫画の世界に放り出されたことを認めるしかなかった。今ではあの男は本当に神だとも思っている。

 

 しかし、それでも俺はあの男が気に入らない。人を馬鹿にしたような声、鬱陶しそうな顔、人を弄ぶように吐き捨てられた“生きあがけ”という最後の言葉。それらがいまだに忘れられない。

 

 生きあがけ? あいつの思い通りになってたまるか。

 苦しむ姿が見たいと言うなら、俺は地獄を悠々と生きてやる。

 そのために備える残り僅かな時間を無駄にはできない。

 

 俺は傷の多い手を握り締め、またトレーニングに戻った。




主人公 藤原 将樹(ふじはら しょうき) 

私立藤美学園高等部の二年生。原作キャラの隣の2-Aに在籍している。
学園黙示録の世界に転生した。

家族構成:父、母、妹

容姿:
標準的日本人。細身で顔もまぁまぁ整っている。
ただし“発”の一つを使用するために体のどこか(主に手や指)に怪我を負っていることが多い。

性格
必要と思えば一般的な感性の人には嫌悪される行動も淡々と行う。
乳幼児期から意識があり、行動どころか情報すら得られない時間と元々負けん気の強い性格が神へ抱いた敵意を(こじ)らせた。
地獄と化した日常の中を悠々と生きることを目的として、原作開始までの日常を犠牲にする。
ある意味で本末転倒な行動をしていることに気づいているが、やめる気は毛頭ない。

能力:
H×H(ハンターハンター)の念能力。
四大行を習得し、応用技も使える。
念能力の習得により外見にそぐわない強靭な肉体と怪力を持つ。

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