「
軽く空けた扉の隙間から念をこめた釘を20本放って扉を閉める。
込めた命令は
この階を飛び回り、込めたオーラが無くなるまでゾンビの頭を手当たり次第に貫くこと。すでに続々と放送室付近まで侵入したゾンビを殺しているのが“円”でわかる。
念によって人の頭を貫く
あちらは放置して、俺は室内にあるラップトップPCを立ち上げた。
血で赤く輝く画面をふき取ると、メーカーのロゴが浮き上がっている。
故障はしていないようでよかった、手間が省ける。
「“
PCに念を込め、能力を発動。
デスクトップに金色の王冠とマントを着けた悪魔のようなキャラクターが現れた。
本来このPCは放送委員が原稿を作ったりする作業用で、ネットには繋がらないよう教職員がロックをかけてあるが……
『望みはナンダ?』
「このPCのロックを解除。繋がる回線を捜索し、ネットに繋げ」
『おやすい御用ダ』
瞬時に幾つかの画面が開いては閉じ、世界的に有名な検索エンジンが表示される。
「流石、仕事が速い」
『当然ダ』
これが“
電子機器であれば操ることができ、端末の処理速度を異常に上昇させられる高性能なハッキング、ウイルス作成ツールであり、念による端末の物理的保護や一日分のオーラを全て消費する代わりに壊れた電気製品を復元する能力も併せ持つ。
どちらかと言えば機械の修復をメインとする能力を作るつもりが、当時それだけではもったいないと感じた事と、
情報収集や勉強にはかなり役に立つ能力で、
『自画自賛カヨ』
「んぐっ……」
……自分で作ったから確かにそうなる……
言葉や感情に反応して登録した処理と言葉を返しているだけなんだが、絶妙なタイミングで水を差してくれた。
「まぁいい……まだサーバーが生きていて、現在の状況について書き込まれている掲示板を検索。その中からランダムに三つピックアップ」
『検索完了、表示するゼ』
三つのタブに別々の掲示板が表示された。ネットやテレビが使える状況にいる人たちが情報を求めているのだろう。リアルタイムで更新される恐怖の訴えや救助要請で賑わっている。
「この近辺のネットから、断裂しているルートを検索」
内容はゾンビの生態と弱点。
音に敏感で頭をつぶさないと死なない。
頭なら釘のような鋭く細い物が刺さり、脳に達するだけでも死ぬ。
手足の破壊は動きを止める事が目的であれば有効。
この書き込みを見て、頭が弱点と分かれば死ぬ人は減るかもしれない。
最後の一言に拡散希望と付け加える。
『は? これマジ?』
『冗談にしては悪質すぎ』
『本当ならこいつ、外の奴らを殺してるんだよな……』
『それも分析しながらな』
『人殺し!!!』
『大量殺人鬼!!!!』
『冗談でも本当でも、これは通報案件』
『110番電話中で通報できなかった。何が起こってんだよ……』
『犯罪自慢とかこいつバカじゃね?』
『間違いなく人生オワタwwwww』
『生き残っても牢屋行き確定っしょ』
『外行けなくて暇だから特定してやるよ』
「……いい感じだ」
現実逃避に崩壊した日常への執着……予想通り現実を認められない人々から俺への非難が殺到している。中には俺への擁護や情報は真剣に受け止めてくれたと思われる書き込みもあるが、非難のほうが多い。
この流れを
そして最後の掲示板。
ここには前二つとは違い、念獣について書き込む。
『変な生き物を見た』
『どういうこと?』
『イカれた連中なら外見りゃいくらでもいますよね?』
『あいつらじゃない。俺が見たのは動物……って言っていいのかもわからないけど、骨格標本みたいな体の鳥がいたんだよ。模様とかじゃなくて、マジで骨っぽくて羽も硬そうで、そいつが人を食ってた……』
『嘘だろ……そんなのも居るのかよ』
『日本はどうなっちゃったのよ!? おかしいでしょ!? こんなの!?』
『騒ぐなって。助けを待つ以外、どうしようもないだろ』
『骨生物の情報、もっと詳しく』
『ごめんなさい、俺もそれしか……家の中から外の道見たらいただけで、気持ち悪くて』
『使えねー』
『そいつ人を食ってたんだよな? 鳥の食い方で人をとなると……』
『閲覧注意』
『やめろ! 想像しちゃったじゃない!』
『冗談じゃすまないわよ!?』
『誰でもいいから情報求む!!!!!!』
いい具合に食いついてきた。
ここで経路を変えて別人を装い目撃例を書き込む。
『それ、俺も見ました。鳥じゃなくて蜘蛛ですけど』
『私は骨の蛇を……』
『蜘蛛に蛇!? キモッ!?』
『ちょっと黙れ! 情報提供者だぞ!』
『続けてくださいお願いします』
『産業で』
『産業とか気にしなくていいから! 命かかってんだからな!? 余計な茶々入れるなよ!』
『変な人たちから逃げていたら、突然大きな蛇が現れてその人たちを……腰を抜かしていたら私の方に近寄ってきて……でも私に興味が無いみたいに離れていって……とにかく死ぬかと思いました!』
『腹いっぱいだったのか?』
『人を襲わない可能性は?』
『満腹の方が理解できる』
『俺からも……
家に急いで帰るため、走っていたら巨大な蜘蛛と遭遇。
骨っぽくて作り物かと思ったら動いて威嚇してきた。
逃げようとしたら後ろに片腕の無い死体みたいな人がいた。
襲ってきたからとっさに殴ってしまい、そのまま蜘蛛の方に。
蜘蛛はその人を食べ始めました』
『ま、マジかよ……』
『マジで人を食う動物までいるのか』
『日本終わったな……』
『とりあえずその動物は複数。
種類はわからないが鳥と蛇と蜘蛛が確認されている。
他にもいる可能性あり。
共通するのは骨のような体か……情報提供サンクス』
『運がよかったな』
『今は家かどこか安全な所にいるんでしょ? ゆっくり休みなさいね』
『これ襲ってきた人を囮にしてるうちに逃げられたのか? 殴り飛ばす時に噛まれてないよな? 噛まれただけでもアウトらしいぞ』
『まだ続きがあります。怪我はしていません』
『まだあるのか?』
『黙って待つぞ』
『その場から逃げ出したのですが、帰るための道にあの人たちが多くて困り、道を探していたらまたあの蜘蛛と遭遇しました。でも今度は近づいてくるだけで襲ってきませんでした。
敵意が無いなら手を出して襲われるのもいやだったから無視していたんですが、ずっと後をついてきて、結局家までついてきました。どうやら懐かれたようです。どうしましょう』
『は?』
『ちょっとなに言ってるか分かりませんね』
『釣りか?』
『釣りじゃありません。動画を上げます』
携帯から撮っておいた念獣の動画をアップする。
練習で一匹だけ数メートルまで成長させることに成功した念獣を見るがいい。
『マジか!?』
『本当に骨っぽいな、質感が』
『手足が細い、胴体が小さい……これロボットじゃない、と思う。動力とか積むスペースが無いし、動きが滑らかすぎる』
『地面にへばりついたシーン、手足伸ばしたら直径二mはあるんじゃないか?』
『というかどうやって?』
『この蜘蛛、言葉がわかるっぽいです。家に帰り着く前に血まみれの集団がいて、お前は向こう行け、餌は俺じゃなくてはあっちだ! と言ったら集団の方へ行きましたから。その後、戻ってきましたけど』
これを燃料に掲示板は加速。蜘蛛に知性があるという説と俺の釣りであるという説がぶつかり合うが、やや知性がある説が優勢。異常ではあるがゾンビに対抗する手段としての期待が高まっているようだ。
これでいい。
この情報を、第三者を装って今度は先の二つの掲示板へ拡散。
引き続き俺への批判を続けていた掲示板の住人が混乱し始めた。
新しい生物の目撃証言と、人に懐いたという眉唾な話。
しかし自分の身を守れる可能性があるならば縋りたくもなる。
様々な議論が交わされているが、希望と懇願が混ざっているのが明白だ。
俺を批判していた連中にも、捕まえてゾンビを駆逐しようと主張する者がいる。
『自分で手を下したあいつは殺人者。野生動物に襲われた奴は事故。飼い犬にもちょっかい出せば噛まれるだろ、手を出すほうが悪いんだ!』
つっこんでみると見事に滅茶苦茶な理屈が飛び出した。
賛同する意見もあるあたり、ただ単に自分の手を汚したくない人々が一定数いるようだ。
「普通はそうだろうな……おっ、食べ終わったか」
念獣が室内の死体を食い尽くしてしまい、壁に飛び散った血を啜ろうとしている。
そんな事をしなくてもまだまだある。ちょっと待て。
掲示板の成り行きを確認した俺は、さらに大きな掲示板の幾つかに情報を拡散した後、ネット接続を切ってPCの電源も落とした。ああいう人が騒いでくれれば、もう勝手に話は広がっていくだろう。今は誰もが新しく正しい情報を欲している。騒がれるほど情報は公の物になりやすい。
その時、念獣に対する認識が“益獣”であれば俺はこの先動きやすくなる。
初見で俺の能力で生み出した、なんて考える奴はいないだろうけど、なにしろ念獣は一目見て普通の生き物ではないとわかる風貌だ。事前情報が無ければゾンビと大差ない化け物のように映る可能性が高い。
ネットが生きている内にどこまで情報が広がるかはわからない。しかし益獣であると認識されていれば不利益は多少こうむりにくくなる。また、有用性をほのめかしておく事で政府機関に興味を持たれるのも悪くない。ゾンビと一緒に駆除対象にされたら、何の得にもならないから。
あわよくば政府と接触を図りたい。当面の食料や水は備蓄はあっても有限。外の店から拾うにも限界がある。となればそれを調達する手段が必要。用意はあるけど手札は多いほうがいい。
俺の念獣は新しい世界では高い価値があるだろうし、念獣の事を俺以上に知る人間もいない。コンタクトさえ取れれば一人分の食料提供を受け入れられる可能性は高いと思っている。
まぁその時の政府に力が残っているかという不安はあるものの、できるだけ切羽つまった状況の方が俺の価値は高まる。
俺のやるべき事はできるだけ念獣を作り、強化して力をつける。それだけだ。
「行くぞ」
俺は手乗りサイズの動物や虫の形になり始めた念獣を連れて外へ出た。