「結構かかったな……」
事件発生からのたった数時間で、街中は荒れ果てていた。人影はゾンビばかり。事故を起こして煙を上げる車がいたる所で見られる。止まった車や瓦礫で道がふさがれている場所は数知れず。暗くなり始める前には着けたが、どうしても回り道が多くて想定より時間を食ってしまった。
暇があれば道路を整備する必要があるな。
せめて使う道の瓦礫と車は撤去しないと、走りにくくて仕方ない。
「それにしても……やっぱりここもか」
高級マンションの警備システムも無意味だったようだ。地下駐車場に車を止めて入った共用のエントランスには、ゾンビ化したコンシェルジュや警備員の姿がある。
「並木さん……」
週に四日、ここにあるフロントで働いていた彼の事は俺もよく覚えている。住人の注文を真摯に聞いて、決して愛想が良いとは言えない俺にも、通りかかると必ず挨拶の声をかけてきた彼。それが仕事だとしても好感の持てる人間だった。
そんな人だからこうなったのか。
彼はきっと自分の意思でここから逃げなかったんだろう。足元には殺された数人のゾンビ。エレベーターの前には待ち合わせ用のソファやテーブルで粗末なバリケードが構築されている。自分が逃げるためでなく、住人のため、ゾンビの侵入を防ぐために行動した痕跡だ。
「せめて安らかに……」
ゾンビになってしまった以上、元の人格は関係ない。
祈りを込めて、彼らの頭を金棒で叩き潰した。
「……この状況じゃエレベーターは危ないな……」
非常階段で実家のある最上階へと上る。
……
…………
………………
実家にたどり着いたが、扉も鍵も閉まっている。壊された様子もない。
「聖花!」
中に入って呼びかけるが、返事が無い。荒らされた形跡が無いので、ゾンビは進入していないようだが……
「聖花! いないのか!? 聖花! いたら返事をしろ! 聞こえないのか!?」
……無駄に部屋が多いのも困りものだ。
普通マンションの部屋といえば、広くても四部屋か五部屋くらいだろう。少なくとも俺の前の人生ではそれが普通だった。ところが今の俺の実家は、このマンションの最上階が一つ丸々。一世帯が住む部屋の面積としては広すぎる。そして部屋が多すぎる。
俺は自室とトレーニングルームにキッチン、あとはリビングとトイレくらいしか使わないため、開かずの部屋も多い。時間をかけて一つ一つの部屋を念入りに探すが、聖花の姿は見つからない。
ほとんど使われていないが故に部屋の中には物が少なく、モデルルームのようだ。整頓されたこの家は見通しが良く、隠れるような場所は少ない。それ以上に“円”も併用していれば見落としはしない。……それでも見つからない。
となるとあいつは家にいない。学校にも行っていない。か……だったら残りはあいつがよく行く盛り場くらいしか心当たりが無い。後でそちらに行ってみよう。
今はまず……ここでやるべき仕事を済ませなければ。
「
無駄に広いリビングに人骨、骨犬、そして骨鳥を全部呼び出す。
異形の生物が五十二匹も現れる様は心強い。
他人が見ればおそらく恐怖でしかないが。
「人骨は地下の駐車場に止めた車から荷物を運べ。犬も同伴して……そうだな、そこの五匹は地下で車の護衛、他は骨と運ばれる荷物の護衛だ。行け」
『#&@#!』
人骨たちは無言で行動に移るが、骨犬たちは了承と思われる鳴き声を一つ残していった。二十四匹もいると一言ずつでも煩いが、それより発声器官があるのかが気になるのは俺だけだろうか?
……声を出した以上はあるんだろうな。動物の特徴がより明白になっている、順調に成長しているようでなによりだ。
さて、残るは九羽の骨鳥だが……
「ついてこい」
向かったのはベランダ。
このマンションの売りの一つで、所々で煙が上がる町を一望できる。
さらにその向こうには大きな川、御別川とそこにかかるいくつもの橋
「お前たちは橋へ行け。そして食事がてら避難民を援護しろ。人間には絶対に攻撃せず、危なくなったら他の橋に。どこも危なければここに。危なくなくても明日の日の出には戻ってこい」
そう命令すると、骨鳥は一鳴きして橋へ飛び立った。
これで避難が多少なりともスムーズになればいい。
ならなくとも念獣が人目につけばいい。
次はネットだ
「……いつもより元気だな?」
自室に戻ると、カサコソと天井を這う音が激しく鳴り響く。
俺の念獣、最初の一匹。
前々から成長させていた巨大な骨蜘蛛が這い回る。
「これからは好きなだけ食わせてやれるからな……少し待て。……ああ、
そう言うと骨蜘蛛は機敏な動きで部屋一面におよぶ棚に糸を吐きかける。
とたんに飼っていた蛇とハツカネズミが危険を察し、ケースの中で暴れ始めた。
だが彼らには逃げ場が無い。
骨蜘蛛は器用に巣を作り、ケースを豪快にこじ開け、逃げた獲物を巣に絡めとる。
さらに追い討ちをかけるように糸を絡ませれば、もう逃げられない。
体を押さえて、頭をガブリ。次々とネズミが
ネズミと蛇の断末魔を聞きながら、俺はパソコンとテレビの電源を入れる。
『殺人病の感染者は爆発的に増えており……』
『現場の村井さん……村井さん! ……中継が繋がりませんね……』
『被害に合われた方からお話を聞きたいと思います。何がありましたか?』
『分からないね……急に襲われたんだよ……目がうつろな女が急に噛み付いてきて、あわてて振り払ったんだけ……ど……うう……』
『どうされまし……?』
『う……アア』
『ヒッ!? キャアアアアアア!!!』
『うわっ!? 殺人病だ!!』
『感染者だ! レポーターも噛まれたぞ!』
『助けて!! 助けてぇ!!!』
『感染者の可能性あるから気をつけろって言ったろ! 馬鹿はほっとけ! 撤収だ!!』
『そんな……! 視聴率のためにって無理に予定に無い突撃取材させたのはあなっ、アアアア!!!』
『……ただいま、大変不適切な映像が、流れましたことをお詫びしま……す』
『青木さん!』
どのチャンネルも臨時ニュースでゾンビのことを取り上げている。
最後のチャンネルは阿鼻叫喚の地獄を映し出していた。不適切どころではない。
映像は切られたが、今度はテレビ局のアナウンサーは気絶した。
収拾の付かない混乱が広がり、それに紛れて念獣の情報も拡散している。
後は……
『日本国内の原子力発電所に進入成功、システム掌握完了』
「警報装置で致命的な故障と誤報を流せ」
『プログラム使いの荒い奴だナ……警報作動したゼ』
これで職員は緊急停止をするだろう。
「アメリカの軍事施設は?」
『防備が堅いナ。全力でも途中で悟られる可能性、大。システム掌握にも時間がかかるゼ』
流石に個人では無理か……ミサイル基地などは独立させているとも聞く……
「そっちはもういい、原子力発電所の停止に全力をそそげ」
終わったらもう一度町に出よう。
EMP攻撃後に備えて、念獣の強化だ。
そう考えた俺は自分も体を休めるべく、人骨が運んできた弁当に手をつけた。
次回
主人公に仲間が?